中小企業の「うつ病」対策ー人、資金、時間、情報に余裕がない

企業の労働安全衛生、特にメンタルヘルス問題に取り組んでいます。
拙著「中小企業のうつ病対策」をお読みください。

(参考)「労働法は守れなくて当然」はもう通用しない

2017年08月27日 | 情報

「労働法は守れなくて当然」はもう通用しない
8/2(水) 東洋経済  倉重 公太朗 :安西法律事務所 弁護士

昨今、「働き方改革」の必要性が叫ばれていますが、一方でこれまではあまり注目されていなかった、「企業が犯している労働法違反」が摘発されるリスクが高まっています。これまで、労働法に反する時間外の長時間労働やサービス残業などは、「ある程度は仕方ない」「現実は法律と違う」といった理屈で、野放しになっていたのが現実です。
しかし、時代は完全に変わりました。長時間労働に関する労災事件などがニュースバリューを持ち、厚生労働省が労基法違反企業の名称を公表するとそれが報道されるようになりました。また、これまで労働時間の上限については法的規制がなかったところに、今後法改正による労働時間の上限規制が行われ、刑事罰も科される可能性があるなど、労働時間をめぐる問題は大きく変化しています。

■「知らなかった」では済まされない
近時の長時間労働による健康被害に関する報道状況や社会的関心からすれば、労働時間の問題は、どのような規模の企業にとっても、コンプライアンス(法令順守)における最上位項目と言っても過言ではありません。これまでは意識が低かった経営層も、もはや「そんなことが違法になるなんて知らなかった」では済まされないのです。
人事担当者のみならず、経営幹部、管理職が知っておくべき長時間労働のリスクについて、改めて整理しておきたいと思います。特に長時間労働の放置に関しては、労働基準監督署(労基署)からのリスクのみならず多方面にわたります。
これまでは、労働時間の問題は「人事(総務)に任せた」という考えの経営者の方は多かったと思います。しかし、今後は知らないことが最大のリスクになります。また、労働時間を実際に運用・管理するのは現場の管理職です。したがって、人事・総務・法務などの管理部門ではなく、現場管理職の方が問題を理解する必要があるのです。もちろん、すべての働く方にとっても、長時間労働のリスクを理解し、仮に会社が無理解であれば、会社の考え方を改めてもらうよう働きかけることもまた重要でしょう。
まずは、行政責任について見ていきましょう。長時間労働による行政責任として大きいのは「労災責任」です。うつ病などの精神疾患について、厚生労働省は「心理的負荷による精神障害の認定基準」を定めています。この基準を満たすと、「業務上災害」として労災保険給付が支給されることになります。長時間労働については、同認定基準において残業時間(1カ月当たりの法定労働時間を超える残業時間数)80時間を超えると労災が認められやすくなり、100時間を超えると相当程度の確率で認められ、160時間を超えるとそれだけで労災認定がなされるという関係にあります。
近時の労災認定における「労働時間」のとらえ方は、会社に滞在する「在社時間」=「労働時間」とされるケースが多く(本来在社時間と労働時間は別物ではあるはずですが)長時間労働が認められやすい傾向にあります。

■自社名が「ブラック企業」として検索上位に
そして、最近の行政の動きとして怖いのは、「企業名の公表」です。過労死が発生したり、100時間を超える長時間労働が一定割合認められ、労基法違反があるなどの場合には、厚生労働省HPに企業名が出ることがあります。これがウェブメディアで「国が認めたブラック企業リスト!」などのタイトルで記事化され、ついには配信先であるヤフーニュースなどの大きなメディアにも露出してしまうことも少なくありません。そうすると、一般の人が会社名で検索をかけた時、ネガティブなニュースやまとめサイトが多数に上位表示させるようになってしまうのです。
インターネット上の情報は、一度テキストとして残されてしまうと、消えることなく残り続けます。こうした事態を招くと、企業イメージに与えるダメージは深刻です。具体的には、新規取引の停止や既存契約の解除、官公庁の入札停止、銀行融資ストップや引き揚げなどがありえます。新卒採用にも影響する例があり、会社説明会を開催しても誰も学生が来なかったり、大学から出席を拒否される例も見られます。こうした損害を数値化することは難しいですが、本業利益に直結し、場合によれば次に述べる民事損害賠償責任よりもよほど大きいというケースもあります。近年はもっとも重要な観点です。
次に、民事責任です。労災が認められた事案では、ほぼ例外なく、後に長時間労働を原因とする安全配慮義務違反の損害賠償請求が企業に対して行われます。労災保険給付により一定の金銭給付がなされたとしても、労災保険ではカバーされない範囲の損害が存在しますが、企業はこの点について賠償責任があるからです。
労災保険ではカバーされない典型的なものとしては、精神的損害に関する慰謝料や、将来稼いだであろう収入相当額の逸失利益が挙げられます。損害額は、年齢と年収によって金額が定まりますが、事案によっては賠償額が億単位となることも珍しくありません。数千万~億単位の賠償となれば、「1年分の利益が吹き飛ぶ」という会社もあるでしょう。
民事は金銭の問題ですが、労基法違反はそれに留まらず、刑事の問題にもなりえます。ここでの刑罰は罰金刑が多いですが、これは軽微な交通違反のいわゆる罰金とは異なり、「前科」の対象にもなります。長時間労働における刑事処分としては、時間外労働割増賃金(残業代)未払いや36(サブロク)協定違反によるものが多く見られます。
なお、労基法違反は法人としての処分のみならず、個人に対する刑罰もあることには注意が必要です。処罰の対象は、時間外労働を命令する直属上司が最も可能性が高いですが、現場の方だけではなく、人事責任者、役員、場合によれば社長も対象となる事案もあります。会社の方針でやっていることだから、自分が責任を追及されることはありえないと思っている人は多いのではないでしょうか。しかし、現実には刑事罰というあまりにも大きい制裁がありうるのです。

■長時間労働対策として最も重要なこと
最後に一言だけ、長時間労働などの法違反を是正するために必要な考え方について、述べておきたいと思います。それは人事が「ノー残業デー」を企画することでも、現場に「労働時間を減らせ!」と檄を飛ばすことでもありません。そもそも、労働時間を減らすには、人を増やすか、仕事を減らすか、生産性を上げるしかないのです。しかし、生産性を上げるには限界がありますし、人や仕事を変えないままに「労働時間を減らせ!」という掛け声だけでは、サービス残業の温床になったり、上司の思いを「忖度(そんたく)」して労働時間を隠してしまう事態となります。
業務を減らすということは、具体的には「○時以降の問い合わせには翌日回答する」「納期○日以内は無理」「これ以上のサービスは行わない」という判断を行うことです。つまり、最終的には「仕事を減らす」=「売り上げの数字を減らしても良いのか」という判断が求められますが、これは正に経営判断です。
そうだとすれば、経営層が現場と一体となり、「何をどこまでやるか」「何をやらないか」という線引きを行うことが最も重要なことなのです。実例として、ある企業の社長は、労働時間短縮のためにあるアフターサービスを廃止した際に、取引先に対して自らお詫びと説明行脚を行いました。このように、経営層が本気で取り組むこと、これが長時間労働対策として最も重要なことです。もはや「知らなかった」では済まされないのです。現在のコンプライアンスの最上位項目として本気で取り組む企業が増えることを願っています。


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