熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ハイテクもローテクが基礎・・・岡野雅行代表取締役

2007年07月26日 | イノベーションと経営
   刺しても痛くない注射針を披露した岡野工業の岡野代表は、同業他社に頼まれてこの注射針の図面を公開し、その従業員を2年にわたって預かって修行させたが、とうとう同じ完成品を作れなかったと言う。
   カバンからジャラジャラ言わせて鈴を出して、この小さな鈴が一枚板の金属で出来ているが、とっくに特許が切れているのだが、誰も同じものを作れない。これこそ本当の特許だと言う。
   この鈴の金型を一社だけに貸与して独占生産させているが、100歳に近い先代が亡くなると、他社にも金型を作ると言ってあるので、息だけでも良いからしていてくれとそれこそ大切に扱っていると笑わせていた。
   このローテク、すなわち、雑貨の金型を作れない人間には、ミクロン単位の精度を要求する先の細い刺しても痛くない注射針など作れるはずがないと言うのである。
   蚊の針のように細くて先に行くほど更に細くなる針は、穴あけでは出来る訳がなく、一枚板を丸くまげて合わせてつくるのだ。生産が止まると生命に関わるので、一切、自分たちの6人の町工場で製作している。

   ものづくりには最も重要な筈の金型屋は、金型製作専門で、その金型をプレス屋に下ろしていた。
   ところが、メーカーに部品を納めるプレス屋が大量生産して儲けているにも拘らず、金型屋は、一回限りの生産で一向に利益にならない。
   プレスもやろうとしたが、業界の慣習と掟は厳しく、プレス屋から村八分になるのでそれも出来ず、結局、何処の金型屋もプレス屋も出来ないものを作ろうとしたのが、岡野工業のオンリーワン戦略の始まりだと言う。

   この話は、伊藤元重教授のスマイルカーブ論と違うが、これはデジタル時代の理論で、マスプロダクションのアナログ時代には、上流や下流でなくても中流の大量生産メーカーが利益を上げられれたのである。
   日本の製造業が世界を制覇していたのは、このマスプロダクションの工業化社会の時代のことであった。

   現在、岡野工業では、このように最先端を行く金型を作り出して、自社で独自製品を生産しているが、これは、ニコンの優秀なエンジニアであった義理の息子がニコンで習得した生産管理や品質管理などの手法を駆使してやっているからで、欠陥品はゼロだと言う。
   1から10まで何でも一人で出来なければ、独立した金型屋は出来ない。
   大企業には、技能オリンピックで金賞を取った技術者や素晴らしいエンジニアが沢山いるが、みんな専門的な技能や技術に秀でた人間で、一人だけでは何も出来ない半端人間ばかりを作っていて、独立など出来る訳がない。

   ところで、どこでも出来ないものを岡野工業に製作を依頼に来る大企業は、いくらでも出すからやってくれと言う。
   話を聞いて判断し、「出来る」と答えると、急に態度が変わって「いくらかかるか、見積もりを出してください」と言う。
   出来るか出来ないか、どうすれば出来るか分からない段階で、山勘で答えているのに見積もりなど出せるわけがない。
   岡野工業は、いわば町医者で、大学病院が見放した患者を最後の綱として「助けてくれ、いくらでも出すから治してくれ」と患者を持ち込まれるようなもので、こんな時に、「見積もりを出してくれ」と言うか、と聴衆を煙に巻いた。

   「予算を取らなければなりませんので」と言うことなので、それもそうなので、
   岡野代表は、2000万円かかると思うと1億円と答えることにしているようだが、勿論、ここは信用の問題で、実際には実費精算すると言う。
   
   最後に、岡野代表は、、飲みにくいので、切り口のタブ穴を大きくしてくれと言うビール第三位の会社からの依頼で作成したと言って、ビールのアルミ缶を二つ取り出した。一つは普通のビール缶で、もう一つはタブ穴の大きな缶で、遠くからでもその大きさの差は良く分かる。
   35度に暖めたビールを詰めた缶を1メートル上から落として爆発しないようにして開発したのだが、過去のしがらみと利権などの関係があって、実際には製造されていないのだと言う。
   「良いものは出てこない。高くてインチキなものばかりで、良いものは潰されてしまう。」と顔を曇らせる。
   ものづくり日本の悲しい現実を寂しそうに語っていた。
   
   2年ぶりに、INNOVATION Summit 2007に登場した岡野代表だが、東京の下町向島の懐かしい雰囲気を漂わせた江戸落語を聞いているような威勢のよい語り口は益々冴え渡って健在であった。
   ものづくり日本なら、こんな人こそ、人間国宝に指定すべきである。
   
コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 役人を出し抜いた骨太の方針... | トップ | 究極のレシペ牛丼が消えた経... »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
pod castで聞きました (yosuke)
2007-09-16 11:09:01
こんにちは、初めまして。
pod cast で岡野さんの話を聞いて巡っていたらたどり着きました。
pod castでの話の中で岡野さんの言葉から響いた一つに、鈴のような雑貨をやらないと注射針は出来ないんだよ。という所です。
イノベーションという言葉は派手に聞こえますが、実は地味な事柄の積み重ねなんだな・・・と思いました。
返信する
Unknown (アシモ)
2007-10-14 01:26:18
 結局こうゆう技術オリエンティッドな話を抵抗勢力が分断していることが日本の停滞をまねき、理工系の進学率を下げ、ものづくりボロボロな日本に仕向けた抵抗勢力の存在を改めて認識した。
 金型屋を搾取する構造が、鮮やかに分かる展開で、どこでもあるさといったら人の真の知価を増殖できない先細りの社会しか日本には訪れない。
 はっきりいってプレス屋とは政治家だとトヨタや日立の技術者もいっていた。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

イノベーションと経営」カテゴリの最新記事