熟年の文化徒然雑記帳

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ジョセフ・E・スティグリッツ:企業の貧欲はパンデミックを長引かせるのか?

2021年05月17日 | 政治・経済・社会
Will Corporate Greed Prolong the Pandemic?
May 6, 2021
JOSEPH E. STIGLITZ, LORI WALLACH

   プロジェクト・シンジケートのジョセフ・E・スティグリッツとロリ・ワラッハの上記の論文「企業の貧欲がパンデミックを長引かせるのか?」
   時宜を得ているので、紹介しておきたい。

   世界中のメーカーが必要な技術と知識へのアクセスを許可されれば、世界のCOVID-19ワクチン生産の不足は終熄するであろう。しかし、まず、米国や他の主要政府は、現在の必須要件であるレントシーキングを認めないこの解決策に対して、製薬会社が反対していることを認識する必要がある。
   COVID-19パンデミックを終わらせる唯一の方法は、世界中の十分な人々に、ワクチンを接種することである。「私たち全員が安全になるまで誰も安全ではない」というスローガンは、我々が直面している疫学的な現実を言い得て妙である。あらゆる地域での感染で、ワクチンに耐性のあるSARS-CoV-2変異体が発生し、私たち全員が何らかの形でロックダウンを余儀なくされる可能性が出てきた。インド、ブラジル、南アフリカ、英国などで、気になる新しい突然変株株が出現しており、これは、最早、単なる理論的脅威ではない。

   さらに悪いことに、ワクチンの生産量は、現在、ウイルスの拡散を止めるために必要な100〜150億回の用量を提供するには程遠い。4月末までに、世界中で12億回しか生産されていなかった。このままでは、途上国の何億人もの人々が、少なくとも2023年まで無免疫のままで放置される。
   したがって、バイデン米大統領政権が発表して、他の100カ国が同調して、ワクチン独占を可能にしてきた世界貿易機関(WOT)の知的財産(IP)規則を改めて、新型コロナワクチンの知的財産(特許)の保護を一時免除する考え・COVID-19緊急免除を求めたとの提言は、ビッグニュースである。これらの障壁を一時的に取り除くWTO協定のタイムリーな交渉は、世界中の政府や製造業者がワクチン、治療、診断の生産を拡大する必要がある法的確実性を生む。

   昨年秋、ドナルド・トランプ元大統領は、一握りの豊かな同盟国を糾合して、そのような放棄交渉を阻止した。しかし、このような利己的なブロックに対してバイデン政権に対して圧力が高まっており、200人のノーベル賞受賞者と元国家元首と政府のトップ(多くの著名な新自由主義者を含む)、110人の米国下院議員、10人の米国上院議員、400の米国市民社会グループ、400人の欧州議会議員、その他多くの人々の支持を集めている。

   さて、このWTOのCOVID-19緊急免除問題にどう対処すべきか、リベラル派のノーベル賞経済学者スティグリッツの結論は、
   製薬会社に、人命よりも前に、利益を上げさせてはならない。We must not let drug companies put profits ahead of lives.
   詳細に語られているが、尤もだと思っているので、コメントは避けて、スティグリッツたちの論文の紹介(一部抄訳)を続けたい。

不必要な問題
   開発途上国のCOVID-19ワクチンの不足は、主にワクチンメーカーの独占管理と利益を維持するための努力の結果である。非常に効果的なmRNAワクチンのメーカー、ファイザーとモデルナは、彼らのワクチンを生産しようとする資格のある製薬メーカーによる多数の要求への応答を拒否している。また、世界保健機関(WHO)の自発的なCOVID-19テクノロジーアクセスプールを通じて、貧しい国々と技術を共有しているワクチンの創始者は1社もない。

   最近、会社は、より貧しい国で最も危険にさらされている人々に、仲介機関であるCOVID-19ワクチングローバルアクセス(COVAX)を通じて、ワクチン用量を与えることを約束した。これは、代替手段ではなく、これらの約束は製薬会社の罪悪感を和らげるかも知れないが、世界的な供給への有意義な追加手段ではない。

   営利目的の企業である製薬会社は、グローバル・ヘルスではなく、収益に焦点を当てている。彼らの目標はシンプル:利益を最大化するためにできるだけ長くマーケト・パワーを維持することである。このような状況下では、ワクチン供給問題の解決に、もっと直接的に介入すべきは、政府の義務である。

常識的なソリューション
   ここ数週間、製薬会社のロビイスト軍団は、WTO のCOVID-19ワクチン特許免除を阻止すべく政治指導者に圧力をかけるためにワシントンに群がっている。業界が尤もらしい議論をするのと同じくらい多くのワクチン用量を生産することにコミットしていたら、供給問題はすでに解決されていたかもしれない。
代わりに、
   製薬会社は多くの矛盾した主張に頼ってきた。彼らは、既存のWTOフレームワークは技術へのアクセスを可能にするのに十分な柔軟性があるため、放棄は必要ではないと主張する。また、発展途上国の製造業者がワクチンを生産する工場や能力を欠いているので、免除は効果がないと主張する。
   免除は、研究インセンティブを損ない、欧米企業の利益を減らし、他のすべての主張が失敗した場合、中国とロシアが西側を、地政学的に凌駕するのを助けるとしたらどうするのかと警告する。
   バイデン政権が放棄交渉を行うと発表した直後の主要なワクチンメーカーの株価の急激な下落によって証明したように、「市場」はこの考え方を追認している。免除すれば、より多くのワクチンが製造され、価格が下がり、利益も得られる。
   それでも、業界は、放棄が、ひどい前例を作ると主張しているので、その主張のそれぞれを順番に検討する価値があるとして、スティグリッツは、特許放棄の是非を論じる。

ビッグファーマーの大きな嘘
   長年にわたる情熱的なキャンペーンとHIV/AIDSの流行における何百万人もの死者の後、WTO諸国は、医薬品へのアクセスを確保するために、強制的なIPライセンス(政府が特許所有者の同意なしに国内企業が特許のある医薬品を生産することを許可する場合)の必要性に合意した。しかし、製薬会社は、この原則を覆すために可能な限り全力を尽くすことを決して諦めなかった。そもそも免除が必要なのは、製薬業界の強烈な反抗のためである。一般的な医薬品IP体制が、より柔軟であったなら、ワクチンや治療薬の生産はすでに急増していたであろう。
   途上国が新技術に基づいてCOVIDワクチンを製造するスキルを欠いているという議論は、偽りである。米国とヨーロッパのワクチンメーカーが、インドの血清研究所(世界最大のワクチン生産者)や南アフリカのアスペンファーマケアのような外国の生産者とのパートナーシップに合意したとき、これらの組織は顕著な製造上の問題を抱えていなかった。さらに、ワクチンの供給を増やすのに同じ可能性を持つ企業や組織が世界中に沢山存在しており、彼らに必要なのは、技術とノウハウへのアクセスだけなのである。
   その一方で、CEPIは、ワクチンを製造できる約250の企業を特定した。WTOの南アフリカ代表が最近指摘したように:「発展途上国は、高度な科学技術能力を持っている。ワクチンの生産と供給の不足は、特許権利者自身が、人命よりも利益を優先して、自身の狭隘な独占的な目的を果たすために制限的な契約を結んでいる。」からである。
   mRNAワクチン技術の開発は困難で高価であったかもしれないが、実際の製品の生産が世界中の他の企業にとって手の届かないところにあるわけではない。モデルナの元化学ディレクター、スハイブ・シディキは、技術とノウハウを十分に共有すれば、多くの近代的な工場が3、4ヶ月以内にmRNAワクチンの製造を開始できるはずだと主張している。

   製薬会社の頼みの綱は、既存のWTOの「柔軟性」に照らして免除は必要ないと主張することである。彼らは、発展途上国の企業は、スタンドプレイしているように、強制的なライセンスを求めてこなかったと指摘している。しかし、この関心の欠如は、欧米の製薬会社が、既存の柔軟性が決してカバーできない可能性のある特許、著作権、独自の工業デザインと企業秘密と言った類いの「排他性」の膨大な法的システムを作成するためにできる限りのことをしたという事実を反映している。mRNAワクチンは世界中に100以上の成分を持っており、多くは何らかの形でIP保護を受けているため、このサプライチェーンの各国間の強制ライセンスを調整することはほとんど不可能である。
   さらに、WTOの規則では、この貿易は世界的なワクチン供給を増やすために絶対に不可欠であるにもかかわらず、輸出のための強制的なライセンスはさらに複雑である。例えば、カナダの医薬品メーカーBiolyseは、J&Jが自主的なライセンスの要求を拒否した後、J&Jのワクチンのジェネリックバージョンを開発途上国に生産し、輸出することは許可されていない。

   ワクチン供給不足のもう一つの要因は、企業レベルと国家レベルの両方での恐怖である。多くの国は、米国と欧州連合(EU)が、何十年もの脅威の後に強制的なライセンスを発行した場合、援助を遮断したり、制裁を課したりするのではないかと懸念している。しかし、WTOの放棄によって、これらの政府や企業は、企業訴訟、差し止め命令、その他の課題から絶縁されるのである。

人民ワクチン
   大手製薬会社が行う第三の議論: IP免除は利益を減らし、将来のR&Dを妨げる。前の2つの主張と同様に、これは特許的に偽りである。WTO免除は、IP保有者に、ロイヤリティやその他の補償を支払うと言う国家法的要件を廃止はしていない。しかし、より多くの生産をブロックするという独占者の選択肢を取り除くことで、免除は、製薬会社が自発的な取り決めに入るインセンティブを高めるであろう。
   したがって、WTO免除があっても、ワクチンメーカーは収益を積み重ね得る。2021年にファイザーとモデルナのCOVID-19ワクチン収入は、政府が、基礎研究の多くを資金調達し、ワクチンを市場に投入するための多額の前払い資金を提供したにもかかわらず、それぞれ150億ドルと184億ドルに達すると予測されている。
   はっきり言うと、製薬業界にとっての問題は、医薬品メーカーが投資に対する高いリターンを奪われるということではない。それは、彼らが、間違いなく豊かな国で高い価格で、将来販売される年間成長製品を含んだ販売で独占利益を逃すかも知れないと言う疑いである。

   業界の最後の手段は、免除が、中国とロシアに、米国の技術へのアクセスを得るのを助けるだろうと主張することである。しかし、ワクチンはそもそも米国の創造物ではないので、これはカナードである。mRNAとその医療応用に関するクロスカントリー共同研究は何十年も前から進められてきた。ハンガリーの科学者カタリン・カリコが、1978年に最初のブレークスルーを果たし、トルコ、タイ、南アフリカ、インド、ブラジル、アルゼンチン、マレーシア、バングラデシュ、および米国国立衛生研究所を含む他の国々で作業が続けられてきた。
   さらに、魔神はすでにボトルから出ている。ファイザー製ワクチンのmRNA技術は、BioNTech(トルコ移民とその妻によって設立されたドイツの会社)が所有していて、すでに中国の生産者Fosun Pharmaにワクチンを製造するライセンスを与えている。中国企業が貴重なIPを盗んだ本物の例は多々あるが、これはそのうちの1つではない。また、中国は独自のmRNAワクチンを開発して生産しようとしている。1つは第III相臨床試験であり、他は、冷蔵庫の温度で保存することができ、コールドチェーン管理の必要がないものである。

どうして米国が本当に負けるのか
   地政学的問題に焦点を当てた人々にとって、より大きな懸念の源は、建設的なCOVID-19外交に従事するアメリカのこれまでの失敗である。米国は、使用していないワクチンの輸出を阻止している。感染の第二の波が、インドを壊滅的な状態に追い込んだときに、未使用のアストラゼネカ用量を解放する適期と判断した。一方、ロシアと中国は、独自でワクチンを開発生産したのみならず、世界中のパートナーシップを築き、世界的な予防接種の取り組みをスピードアップするために、重要な技術と知識の移転に従事してきた。
   毎日、感染症が世界の一部の地域で新たに増殖の一途を辿り、危険な新しい変異体が出現して、我々全員のリスクが高まっている。世界は、この重要な瞬間に、どの国が助け、どの国がハードルを投げたかを覚えている。

   COVID-19ワクチンは、多くの政府が支援する基礎科学のおかげで、世界中の科学者によって開発された。世の中の人々が利益を享受するのは適切である。これは道徳と私利私欲の問題である。製薬会社に、人命よりも前に、利益を上げさせてはならない。We must not let drug companies put profits ahead of lives.
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