goo blog サービス終了のお知らせ 

熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ロバート・アイガー著「ディズニーCEOが実践する10の原則」

2022年11月09日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   2005年10月から2020年2月25日まで、マイケル・アイズナーの後任としてウォルト・ディズニー・カンパニーのCEOであったロバート・アイガーの自叙伝を軸とした経営論で、簡潔かつ明快な叙述の冴えが絶妙で、非常に面白い。
   カリスマ経営者アイズナーの印象が強くて、アイガーはよく知らなかったのだが、就任後、2006年にピクサー・アニメーション・スタジオを、2009年にはマーベル・コミックを、2012年にはルーカス・フィルムを、2018年には20世紀スタジオ(21世紀フォックス)を買収して、子会社化して、ウォルト・ディズニー・カンパニーを巨大なメディアエンターテインメント企業に作り上げて、今日を築き上げた手腕は、見上げたものである。
   CEO就任時に、3つの目標戦略、すなわち、第1に良質なオリジナルコンテンツを増やすこと、第2にテクノロジーへの投資と発展、第3にグローバルな成長発展、を立て果敢に経営を推進して、ICT革命下の最先端を行く科学技術、デジタルテクノロジーを縦横に駆使したグローバル企業に成長させたのである。

   ヒョンナ切っ掛けから、ABCテレビに入社して、最低賃金の雑用係のスタジオ管理者からスタートして、周りのみんなが、自分より学歴も家柄も良い職場の中で、自分が誰よりも汗水垂らして一生延命働く人間だとと言うことが自分にとって一番大切で、人一倍働いていることに誇りを持って仕事に打ち込んだ。
   転機が訪れたのは、ABCスポーツに移ってからで、世界を見せてくれ、より洗練された人間にしてくれたという。パリで、正式なフランス料理を食べ、「モンラッシェ」を注文し、モナコで高級スポーツカーに乗るなど、労働者階級しかいない郊外の質素な家で育った自分には、クラクラするような経験であった。
   この職場で出会ったのが完璧主義者の上司ルーン・アーリッジで、「もっといいものを作るために必要なことをしろ」という「完璧への飽くなき追求」、そして、「イノベーションを起さなければ死ぬ」という貴重な教訓を教えてくれて、アイガーの経営哲学のバックボーンとなった。

   そのABCが、弱小企業のキャップ・シティーズに買収された。
   幸い、経営者のトムとダンが理想の上司で、馴染みのない領域であっても、才能ある人を成長できる立場に置けば、自然に上手く行くはずだという「才能に掛ける」方針であり、アイガーを身内として扱ってくれたので、どんな仕事のチャンスも頼まれたら拒まない信条を通してきたので、ABCエンターティンメントのCEOに任命されて、業界で首位奪還を果たし業績を上げた。
   ところが、次期CEOだと言われていたこのキャピタル・シティーズ/ABCも、ディズニーに買収されてしまった。

   ディズニーに入社するかどうかへの葛藤、入社してからの空席のナンバーツーのCOOを置かずにアイガーを阻害するアイズナーとの経営の軋轢など、それに、コーポレートカルチュアの違いや吸収された社員の悲哀など吸収合併の問題点を克明に描いており、この苦難な苦い経験が、アイガーのピクセル以降の買収戦略に教訓を与えて成功させたのであろう。
   和解してナッバツーになってからは、アイズナーの経営の晩年でもあり、アイズナーの細部に拘るマイクロマネジメントやピクセルに纏わるスティーブ・ジョブズとの諍いやデイズニーの直系ロイ・ディズニーとの係争など内紛塗れの経営について書いており、
   その後の後継者選びで、アイガーが艱難辛苦を耐え抜いて、デイズニーのCEOに就任するまでの経営の裏舞台の展開が面白い。
   アイガーのこの辺りの取締役たちのリアルな動きを読んでいて、学問上でしか知らなかったアメリカの取締役会の姿が、ビビッドに分かって興味深かった。

   この本の紙幅の半分を占めているのは、CEOとしての最初の100日と、ピクサー、マーベル、スターウォーズすなわちルーカス、そして、フォックスの買収に関する記事で、まさに、アイガーのイノベィティブな経営者の真骨頂をを見るようで感動的である。

   やはり、一番印象的な買収は、ピクサーの買収で、スティーブ・ジョブズとの邂逅である。
   有効な提携関係で業績を伸ばしながら推移していたディズニーとピクサーの関係を、前任者のアイズナーがズタズタにした後での買収交渉であるから、本来なら上手く行くはずがないのだが、ブランドそのものであるディズニーアニメーションが惨憺たる状態であり、アイガーとしては、ディズニーを立て直すためには、ジョン・ラセターとエド・キャトマルの協力が必要であり、ピクサーの持つ重要な資産である人財の能力と芸術的な志の高さ、良質な作品への拘り、ストーリーテリングにおける創意工夫、テクノロジー、経営陣の構成、そして温かい協力的な雰囲気など、すべてがディズニーには必要であり、どうしても買収して子会社化したい。

   興味深いのは、ピクサー買収発表直前のジョブズの対応である。
   散歩しようと誘われて、中庭のベンチに腰を下ろすと、ジョブズは、アイガーの背中に手を置いて、妻と主治医しか知らないので他言するなと言って、すい臓ガンの再発を語った。
   どうして私に? どうして今打ち明けるんだ?
   これから私はディズニーの大株主になり、取締役になる。だから、病気のことを知らせた上で、君に買収から手を引くチャンスを与えなくちゃならないと思った。
   ガンが肝臓に転移して、生存確率も教えてくれ、死期が迫っていることが分かったが、後数分で買収が成立するという直前、
   アイガーは煩悶したが、買収は中止しないと結論した。
   ジョブズが、何としてでも息子が高校を卒業するのを見届けたいと言っていたが、卒業まであと4年と聞いて愕然とした。と述べている。

   ピクサー買収後、何か大きいことをしたいときは、取締役であり最大株主であるジョブズに相談し、取締役会に正式に提案する前に助言と支援を貰っていた。取締役達は彼に一目置いており、その意見には影響力があった。と言う。
   マーベル買収の時も、ジョブズがCEOに口添えして助けてくれたし、何か頼み事があると、「大株主の君にお願いしたいんだが」というと、いつも、「そんな風に見ないでくれよ。失礼だぞ。僕は君のともだちなんだから」と返したという。

   アイガーは、さらに先を考えて、「自分たちのコンテンツを、中間媒体を挟まずに自社のテクノロジープラットフォームを使って、直接消費者に届ける」ことだと考えて、GAFAとのアプローチを考えたり、ジョブズがいきていたら、アップルとの合併の可能性を考えていたと言うから、もし実現していたら、今とは違った展開をしていたであろうから興味深い。

   誠実一途の買収交渉や買収企業のコーポレートカルチュアををそっくりそのまま尊重して温存して無理にディズニーカラーに染めようとしなかったことなど、アイガーの企業買収の極意が淡々と語られていて、経営学書としても興味深い。
   MBAコースの格好のケース教材になりそうだと思いながら読んだ。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« インフレーションが老いを直撃 | トップ | 秋日和のわが庭でのひととき »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

書評(ブックレビュー)・読書」カテゴリの最新記事