ボクらの こころは なな色きんぎょ (幼児・小学生向け、絵本)
「ほら見て、お母さん! オモチャの金魚がプールの中でキラキラ光っているよ」
ミヨちゃんは金魚を指さしました。
「あら、ほんとにきれいだわね」
お母さんは、しゃがんでミヨちゃんを見つめました。
「きれいだなぁー」
ミヨちゃんはとてもうれしそうでした。
「小学1年生のミヨちゃんが一番乗りだーい」
大人のボクは 言葉が上手に話せません。でも、今日はがんばってセッキャク(接客)するんだ。
「いらっしゃいませ! ミヨちゃん金魚釣り券を下さい。そしたらこの釣り糸と交換するから金魚を釣ってね!」
「ボク、ちゃんと言えたかな? 言葉をちゃんと言えたかな?」
ボクは少し心配になった。でもきっと言えたはずだよ。だってボクの隣で職員のケイコさんが満足そうにうなずいているもの。
ミヨちゃんはボクから受け取った釣り糸で、狭いゴムプールの中をひっかきまわした。
「わぁ~ そんなにしちゃだめだめ! 水がこぼれちゃうよ」
ミヨちゃんのお母さんが心配そうにビニールプールの中をのぞきこむ。
その時、ボクも一緒に手を伸ばしそうになって、慌てて引っ込めた。
だって
「ストップ!」って合図をケイコさんの手が言っていたから…
「ボクもカシコクなったもんやね!」
””ぶよ~ん! ぴちゃ!””
プールの水がはねると、金魚も跳ねる。
ミヨちゃんが水しぶきを上げるたびに、ケイコさんは飛びのいた。
服がぬれたら困るからかな。
でも、ボクは平気のへっちゃらだ。
ボクとミヨちゃんは頭から水をかぶって、はしゃいだよ。
””えいっ! バシャン!””
ミヨちゃんが水面を思いっきり叩く。
すると金魚は波打った水面をすべり、ジャンプして空高く飛んでいった。
青空を泳ぐ金魚をボクもミヨちゃんも立ち上がって見上げた。
「わぁ~ こっちへ降ってくる~」
フレアスカートを両手で広げ、顔をお日さまに向けたまま、右に、左に、ミヨちゃんはかけまわる。
すると――
””ポトリ””と、金魚はミヨちゃんのスカートの中に落ちたんだ。
””ナイスキャッチ””
「わ~、つれた、つれた! ママ、釣れたよ!」
ミヨちゃんの声にお母さんもうれしそう。
「良かったね、ミヨちゃん。すごいじゃない?」
その声を聞いていたらボクも金魚釣りがしたくなった。
””ちょっとだけ…いい? 一回だけでいいんだ””
ボクがそう思ったとき。
後ろを振り向くと、ケイコさんの声がしたんだ。
「ヨーヨー釣りはいかがですか?」
その時、ボクは思い出したんだよ。それはヤクワリ、そう、ボクの役割はー。
お客様のセッキャクなんだ。(接客)
ボクは「しょうがいしゃ施設」に通っているんだ。
今日はそんな僕らが地域の人たちを招いて楽しむ夏祭りなんだ。
ケイコさんは、ボクらに3つの役割をくれた。
その1 整理券を「作る係」
その2 受付で整理券を「配る係」
その3 お客様「対応係」
ボクは小さいお友達が金魚釣りを楽しんでくれるように、お相手をする係。
「夜、7時をすぎたらね。金魚があまったら、みんなも金魚釣りしてもいいからね。それまで我慢、がまん!」
ケイコさんはウインクする。
ボクもウインクをして返したよ。
そうだ、がまん、がまん!
そんなとき、そおーっとボクの耳元で声がしたんだ。
「ワシも券あるよ。金魚釣り、するよ!」
近付いた顔をよく見ると、40才になったばかりのヒロさんだった。
「ボクだって、ホントは あそびたいんだ。でもね、だめなんだよ」
ヒロさんはボクのおなかをグイと押した。
「でも、ワシ、券、あるよ!」
「じゃあ、ボクも」
と、とちゅうまで言いかけて、ぐっと、あくびを飲み込むように口を閉じたんだ。
ちょっと考えてボクはこう言ったんだ。
「小さいお友達が先! ボクらは係があるから、あとで!」
ボクがそう言うとケイコさんが にっこりしたよ。
だからボクもにっこり。
でもヒロさんは がっかりだ。
これ、ひみつなんだけどね。
ヒロさんったら、あれから何度も、なんどもボクのところへやってきたんだよ。
ポケットから券を出して、
「金魚とヨーヨー釣り、するよ」
だめだって さっきから何度も言っているのにね。
10回目にヒロさんがきたとき、あまりのしつこさにケイコさんも大笑いしたんだ。
だからボクも笑った。
たくさんの小学生の友達がきて、150個あった金魚も残り10個になったとき。
ケイコさんは言った。
「残った金魚でみんないっしょに金魚釣りをしよう。今日はみんな頑張ったもんね!」
「ほんとぉ~?」
みんな おおよろこび。
ボクも、
「やったー」って叫んだんだ。
それからケイコさんは、「ちょっと、見てきます」と言って走っていった。
きっと、ヒロさんを探しに行ったんだ。
ボクは『待ってましたぁ~』とばかりに、釣り糸で光る金魚をひっかけた。
これこれ!
これが欲しかったんだ。
やっとボクらの番だ。
その時、しゅ~ボンボン!
音がすると、水面も揺れた。
赤い色。黄色。銀色。金色にプールの水が光った。
「わぁ~、花火だ!」
みな、高い、たかーい空をみた。
つぎにボクは花火が落ちてくる水面をみた。
音で ゆれている?
みんな光ってる、ひかっているよ!
夜空も。
水面も。
金魚も。
みんなキラキラ重なって光っている。
ボクの こころも金魚みたいに光っている。
ワクワク、ドキドキして光っているよ!
ヨーヨー券を配る係だったサトちゃんが、いつの間にかボクの隣でヨーヨーをバンバンバン!! と、叩いている。
サトちゃんのお母さんは心配そう。
「破裂するよ~」
大丈夫かなぁ?
サトちゃんは、そんなのお構いなしって感じでバン、バン、バン!!
そこへケイコさんが戻ってきた。
「ヒロさん、いなかったわ。最後まで参加せずにあきらめて帰っちゃったみたいだね」
なんだぁ! 帰っちゃったのか。
ボクはもらったんだけどな。
光る金魚。
だって、がんばったもん。
ボクを金魚を手に持ってピースのポーズ。
つぎの日の朝になった。
なんだか二人の様子が気になったんだ。
ボクはケイコさんと、ヒロさんのふたりを交互にみた。
「ワシ、最後までちゃんといたよ」
「いなかった! あちこち、探したのに見つからなかったよ」
「ワシ、ちゃんといたぞ! ワシの金魚はどこにある?」
「もう、ないよ」
「ヨーヨーはどこにある?」
「もう、今年はもうないよ」
「ワシ、最後まで いたぞー!」
「また、来年のお楽しみに…ね♪」
おしまい
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