満州からの引揚者がやっている中華料理屋というのがありましたが、最近はどうなっているか?
終戦直後は結構あったようです。
客と雑談して満州のどこにいたかくらいまではしゃべるが、では満州で何をやっていたのか、その先は沈黙というのもあったとか。
大昔、中華料理屋で料理している主人が役人風の老人で、中華料理のオッサンとは思えなかったのを覚えていますが、こんな人がそれだったのでしょう。
そして引揚者たちの料理や台湾出身者の料理がルーツとなって、日本風中華ができたのでは。
満州から引き揚げて自分の腕で料理屋をやろうと思いつくとすれば、若くても終戦時に今の中高生くらいの年齢ということになります。
となると存命していても引退している人が大半で、店が残っていてもやっているのは二世・三世となりそうですがサテ今はどうなのか?
終戦直後は結構あったようです。
客と雑談して満州のどこにいたかくらいまではしゃべるが、では満州で何をやっていたのか、その先は沈黙というのもあったとか。
大昔、中華料理屋で料理している主人が役人風の老人で、中華料理のオッサンとは思えなかったのを覚えていますが、こんな人がそれだったのでしょう。
そして引揚者たちの料理や台湾出身者の料理がルーツとなって、日本風中華ができたのでは。
満州から引き揚げて自分の腕で料理屋をやろうと思いつくとすれば、若くても終戦時に今の中高生くらいの年齢ということになります。
となると存命していても引退している人が大半で、店が残っていてもやっているのは二世・三世となりそうですがサテ今はどうなのか?