(「上」の続き)
ところで、前述した劉建超報道官の記事は定例会見の中から日中首脳会談に関する部分を抽出して短い記事に仕立て上げたものです。でも靖国参拝後間もないタイミングでの首脳会談は当初から望み薄とみられており、外相会談が開けるかどうか、というのが本来注目されていた点です。
……で、定例会見の質疑応答(国内で公開できるものだけ)を全て収録した記事に飛んでみました。すると次のようなやり取りを発見しました。
問「さっき両国の首脳会談を釜山(APEC)で行う予定はないということだったが、外相会談を行う予定は?」
答「両国外相の会談が行われるかどうかについては、いまのところ私の手元に情報は来ていない」
http://news.xinhuanet.com/world/2005-11/15/content_3784604_2.htm
……と、いよいよ胡錦涛テイスト。まだ少しはやるつもりがあるのでしょう。でも、それなら今回の主導権争いは胡錦涛派優勢で進んでいるのか、と問われれば、現時点で手元にある材料では首を横に振るしかありません。とは、きのう(11月15日)夜までに以下のようなニュースが流れたからです。
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●ヒトラー例え小泉首相批判 靖国参拝で中国外相(Sankei Web 2005/11/15)
http://www.sankei.co.jp/news/051115/kok077.htm
中国の李肇星外相と韓国の潘基文外交通商相は15日、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の会場である釜山で会談し、李外相は小泉純一郎首相の靖国神社参拝に反対する考えを強調、両外相は再度の参拝は許されないとの意見で一致した。先の小泉首相の靖国参拝について、中韓外相が協調して反対の意思を表明するのは初めて。
また李外相は同日、釜山のホテルで「ドイツの指導者がヒトラーやナチス(の追悼施設)を参拝したら欧州の人々はどう思うだろうか」との表現で、靖国参拝を重ねて非難。参拝中止に向け「基本的な善悪の観念を持つべきだ」と訴えた。
韓国側によると、李外相が参拝について「アジアの人々の感情を傷つける。再度の参拝はいけない」と切り出した。(後略)
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私からみると、李肇星外相はアンチ胡錦涛寄りではないかと思えます。少なくともアンチ胡錦涛諸派連合からの受けは悪くない筈です。あの軍部過激派によるクーデターの噂すら流れた呉儀ドタキャン事件のころ、和気藹々とした家族風景を『中国婦女』誌に紹介され、それを上海の「東方網」や『文匯報』が転載しているからです。好感度アップを狙ったイメージ作戦のようなものです。
●李肇星夫人の語る家庭と息子、そしてロマンあふれる夫婦の思い出(新華網 2005/05/28)
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2005-05/28/content_3014591.htm
それにしても、いかに放言や挑発的言動で知られる李肇星とはいえ、ヒトラーとナチスを喩えに持ち出して靖国問題に言及するとは大雑把すぎます(言及すること自体内政干渉ですし)。まるで糞青(自称愛国者の反日教徒)が鬱憤晴らしをするかのようで、これは示威ではなく自慰。日本側の反発を呼ぶことは確実ですし、この言動が国内に報道されれば反日気運が高まり、その挙げ句突拍子もない事態に発展する可能性もあります。
ですからこれも李肇星らしい妄言の類だろうと私は思いました。外交部報道官の記者会見でも外相会談に含みを残していましたし。会談相手も麻生外相ではなく、歴史認識に関しては価値観を共有する韓国の外相です。この問題で中韓は共闘するぞ、という対外的メッセージの意味合いもあるでしょう。
鬱憤晴らしで飛び出したものだとしても、この反日気運を呼びかねない危険な言動を中国国内で報道させなければいいのです。あるいは市民レベルで報じられなくても、党上層部レベルにのみ流れる内部情報にすれば、特に軍部や対外強硬派に広がっているであろう対日ストレスを散ずることもできるでしょう。
実際、中韓外相会談はシンガポール、ニュージーランドとの個別外相会談とまとめて報じられました。もちろんヒトラーやナチスを引き合いに出した乱暴な言動、あるいは「小泉」「靖国」といった固有名詞は全く出てきませんでした。
●李肇星外相、韓国・シンガポール・NZの外相と個別会談(新華網 2005/11/15)
http://news.xinhuanet.com/world/2005-11/15/content_3782888.htm
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ところが、です。日付がきょう11月16日に変わってから事態が急に動きました。
『中国青年報』が中韓外相会談を単独で報じ、それもヒトラーやナチスを削除することなく、また「小泉首相」「靖国」といった固有名詞も登場する形で記事になっているのです。
●中韓外相が靖国参拝反対で一致、日本の首相が今後参拝することは絶対に許さない(中国青年報 2005/11/16)
http://zqb.cyol.com/gb/zqb/2005-11/16/content_92054.htm
タイトルからして殺気立っています。確認したところでは「新華網」や「人民網」(『人民日報』電子版)といった大御所サイト、それに大手ポータル「新浪網」(SINA)が即座にこの記事を掲載しています。となればこれに追随する動きが続くことでしょう。
●「新華網」(2005/11/16/08:10)
http://news.xinhuanet.com/world/2005-11/16/content_3786415.htm
●「人民網」(2005/11/16/08:48)
http://world.people.com.cn/GB/1029/42354/3860205.html
●「新浪網」(2005/11/16/04/49)
http://news.sina.com.cn/o/2005-11-16/04497448984s.shtml
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あまりの急展開に私も正直、戸惑っています。中国イレブンが二手に分かれての殴り合い、つまり政争だったとすれば、この結果は明らかに胡錦涛側の敗北を示しています。でもそれならなぜ胡錦涛の御用新聞である『中国青年報』が一番槍をつけたのでしょう?
敗者である胡錦涛の御用新聞に敢えて先陣を切らせた、ということでしょうか。胡錦涛と『中国青年報』を掌握した、というアンチ胡錦涛諸派連合による一種の示威活動です。両軍ともに小粒な連中の集まりですから、そういう嫌がらせ・見せしめのような狭量きわまる挙に出ないとも限りません。
とりあえず言えることは、胡錦涛が筋を書いた脚本はあえなく崩壊し、時計の針が10月17日、つまり小泉首相が靖国神社を参拝した時点にまで巻き戻された、ということです。「麻生発言」には全くふれられていないことから、小泉首相を柱とする日本の政治勢力に対する宣戦布告と言えるかも知れません。
「靖国」はこちらにとっても譲れない原則問題だ、ということを日本側に知らしめるということです。一種のリセットといっていいでしょう。「靖国」を許容した上での首脳会談や、外相会談延期などという手ぬるい報復措置もリセットされます。
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仕切り直しという訳です。あるいは、こういう布陣を敷いた上で麻生外相との対決に臨む、ということでしょうか。……署名論評などが出てくればこの突発した事態の機微を少しはうかがうこともできるでしょうが、現時点では『中国青年報』が陥落し、「新華網」や「人民網」それに「新浪網」なども足並みを揃えた、という事実しかお伝えすることができません。
ごく個人的な印象で言うことを許してもらえるなら、こうした主要メディアの慌ただしい動きは、5月末の呉儀ドタキャン事件当時のそれを彷佛とさせるものがあります。ヒトラーやナチスを持ち出すといった乱暴な比喩は李肇星の個性といえるかも知れませんが、一方で武断的かつ硬質なものを感じずにはおれません。そういう印象だけに頼れば軍部が動いた?と勘繰ることもできますが、結局は感想にすぎず、それを示唆する材料もまだ出ていません。
何かが始まったのではないか。……そう思わせる気配を感じることができるのみです。
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