一昨日(26日)台湾で実施された大規模デモ「三二六大遊行」について書きたいのですが、私は……私は愚鈍な上に単細胞なので、どうもいけません。
香港人が2003年7月1日にやった「七一大遊行」のときもそうでしたが、こういう「尋常でない理不尽」に立ち向かう「尋常でないデモ」に出くわしてしまいますと、私はもう理も非もなく身の内から慄えてしまいます。
理不尽に怒るよりも、デモ参加者たちのいじらしさ、いたましさ、それに切なさ……そういう感想が年甲斐もなく先に立ってしまって(私は精神年齢が低いのです)、とにかくヲチすることを忘れてしまうのです。
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「尋常でない理不尽」があり、それに異を唱える「尋常でないデモ」があります。2003年の香港人による「七一大遊行」も、台湾人が今回実施した「三二六大遊行」も、それにあたります。「尋常でない」というのは私が勝手にそう呼んでいるだけです。常ならぬ、とか、常識では測り難い、といったニュアンスと考えて頂ければと思います。あるいは無視して頂いて構いません。
香港「七一大遊行」を例にみてみます。「尋常でない理不尽」とは、香港市民は普通選挙を実施できるレベルの民度を有しているのに、その権利が中共の思惑(統治上何かと面倒)により十分に与えられていないことです。「七一大遊行」で掲げられた要求は様々でしたが、基本的には、
●当局の恣意的な判断で自由を制限し得る悪法(国安条例)への反対。
●香港政府の政策運営の拙さを象徴する無能な行政長官(香港政府のトップ)への辞任要求。
●政府や議会が無能であっても、その首をすげ替える権限が市民に与えられていないことへの不満。
……という3点に絞ることができるかと思います。第3点についてより具体的にいうと、直接であれ間接であれ、香港市民には行政長官を普通選挙で選ぶ権限がなく、立法会(立法機関)議員の選出も普通選挙枠は限定されるているため、無能なトップに不信任を突き付けられず、議会でも正確に民意を反映することができない、というものです。
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第1点及び第2点についても、つきつめれば第3点の要求に行き着くでしょう。行政長官がいかに無能でも、ある法律に市民の大半が反対を叫んでも、普通選挙が実施されない以上、市民には制度上どうすることもできないのです。クーデターや要路者の暗殺といった物騒な方法を除けば、残された唯一の手段は街に繰り出してデモを行う、ということになります。実際、その後の香港における市民の政治的要求は、行政長官及び立法会全議席での普通選挙導入に絞られていきます。
中共がそれを許さないのは、前述した通り統治上何かと面倒だからです。北京の意に沿わないトップや議会が出現したらやりにくい、という思惑によります。このため香港市民が求める立法会全議席への普通選挙導入は未だに実現されていません。行政長官も実質的に相変わらず中共によって選ばれています。民度相応の政治的権利をほとんど与えられていない、というのがここでいう「尋常でない理不尽」です。
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これに対する「尋常でないデモ」というのは、ひとつにはデモの規模、というより人口に占める参加率が際立って高いことにあります。「七一大遊行」は人口700万余りの香港で50万人が参加しました。今年2月1日現在の東京都の人口は1246万人です(※1)から、つまり東京でいえば100万人以上の都民がデモに参加する計算になります。常ならぬ参加率です。
というより、日本でこの参加率はまずあり得ないでしょう。普通選挙の基礎に立った政治制度の仕組みでいえば、それほどのデモが起きる前に、内閣は空気を読んで善後策を打ち出すか、あるいは議会から不信任動議が出されるからです。
上にも書きましたが、「七一大遊行」における参加率の驚異的な高さは、「このままではいけない」と市民の大半が感じるようなギリギリの段階に立ち至ったとき、もはやデモを行う以外に選択肢が残されていなかったからです。
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さて今回の台湾人による「三二六大遊行」です。
李登輝・前総統は故・司馬遼太郎氏との対談において「台湾に生まれた悲哀」という話題に言及しましたが、「香港人に生まれた悲哀」に比べれば、まだ幸運ということができると思うのです。
大陸と陸続きである上に人民解放軍が駐屯し、経済的にも水も電気も大陸(中国)なしでは生きていけなくなった香港には、中共政権下において独立という目は全く残されていません。この点、台湾は恵まれています。日米の助太刀をはじめ国際世論の後押しを期待することもできますし、そもそも現在すでに実質的な独立状態にあり、あとは正式な手続きをするだけなのです。
政治制度も香港の遥か先を行っています。トップである総統にせよ国会議員である立法委員にせよ、台湾人は普通選挙で、つまり民意に拠って選出することができるのです。……しかし、ここが「尋常でない」ところです。そういう民主政体を持ちながら、中共政権の「反国家分裂法」制定に対しては、結局のところデモ以外に有効な選択肢がなかったのですから。
台湾の「三二六大遊行」が向き合った「尋常でない理不尽」とは、言うまでもなく中共の横暴です。実効支配したことのない台湾を「不可分の領土」とし、現在実質的に主権国家である台湾がそれを正式に宣言する動きを示した場合、「非平和的な方法」(武力)を以てそれを粉砕し、「台湾と台湾同胞を解放する」というのです。もちろん、ここでいう「台湾同胞」とは、台湾に暮らす人々の全てと同義ではありません。
この無理無体に対して、民主政体の下で呼吸する台湾人が「尋常でないデモ」を行うしかなかった。そこに私はいじらしさ、いたましさ、そして切なさを感じるのです。
今回のデモの参加人数には諸説ありますが、100万人でも50万人でも、そんなことはどうでもいいのです。台湾の人口は2300万人前後でしょうか。再び東京都との比較でいえば、25万人以上、ないしは50万人以上の規模であり、これまた日本では実現しそうにない、尋常でないデモ参加率の高さということができます。
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「尋常でない理不尽」の元凶である中共が、この「三二六大遊行」に神経を尖らせていたのは、デモ終了後、日付けが変わる前の26日22時すぎには新華社が署名論評を出したことでもわかります(※2)。
それが「尋常ならぬデモ」であり、その動員力が決して低くなかったことは、中共も認めざるを得なかったのでしょう。「台北市の幹線道路でいずれも大渋滞が発生した」という表現がそれを暗示しています。もちろんその一方で、
「これは政治的ショーにすぎない」
「このデモのために主催者はNT$8000万も費やした」
などと報じて、このデモが台湾人の民意を反映していないことを強調するのに躍起になってはいますが(※3)。
あとは新華社の署名論評における「分裂を企む者は絶対にいい終わり方をしない」(※2)という恫喝や、「平和を欲するなら台湾独立に反対することだ」(※4)といった恫喝的呼びかけ、また「台湾の民衆はデモを迷惑に思っている」といった虚報です(※5)。いや虚報ではないかも知れませんが、針小棒大の限りを尽くした報道であることは明らかです。……とりあえず注目すべきは、今回のデモについて中共当局がそれを隠そうとせず、逆に国民の危機感を煽るべく上記のようにじゃんじゃん情報を流している点かと思います。
もっとも、いずれも報道であり国務院台湾弁公室から出た声明ではありません。その声明がまだ出ていないようなので、胡錦涛政権の腰の据わり具合を見定めることはまだできません。新華社や『人民日報』の署名論評が出ていますから、基本的にはその線に沿った内容での公式見解となるのでしょう。
ただ、「反国家分裂法」の制定を対台湾強硬派の主張に胡錦涛が妥協したもの、とする見方が観測筋では出ているようです。最近の珍獣や糞青どものはしゃぎっぷりからみても(具体的には「珍獣使い」の続編で書くつもりです)、その可能性は高いかと思います。とすれば、今回の「三二六大遊行」で危機感をいよいよ強めた強硬派に胡錦涛がさらに妥協を余儀なくされる、ということになるのかも知れません。……あ、胡錦涛自身の肚がわかりませんから「中国政府の台湾に対する姿勢がより硬化するかも知れない」と言うべきですね。
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「三二六大遊行」についてはその当日、台湾メディアが実況するが如くにどんどん最新情報を流していました。その中には台湾在住の外国人も多数参加したという報道もありました。「台湾魂」というTシャツを着て参加した米国人グループなどもいたようです。
私がとても羨ましく思ったのは、デモ隊の列の中に日本人留学生の一団もいたことです。「台湾がんばれ」隊を組織して台湾人とともに台湾大学の校門前からデモ隊に加わり、
「護台湾、護日本、護亜洲」(台湾を守れ、日本を守れ、アジアを守れ)
と、これまた粋なシュプレヒコールを叫びつつ練り歩いたそうです(※6)。実に得難いと思うのは、こういう何らかの危機感なり価値観を共有できる関係が日本と台湾の間には成立するということです。中共や南北朝鮮では絶対に望めませんし、香港でもこういう形で一体感が生まれることはまずないでしょう。
ちなみに、中共側の取材者で目ざとくそれを発見した者もいるようです。ごく短い記事ですが、「政治ショーにすぎないデモ隊」の中に「何と場違いなことに日本人の姿があった」とし、
「このデモが目指すものが何なのかについて、疑問やいかがわしさを感じさせた」(※7)
と陰謀じみた物語に仕立て上げています(笑)。デモの様子やその趣旨は日米欧のマスコミを通じて全世界に発信されましたからね。相当こたえているのかも知れません。肚に据えかねてもいるでしょう。それだけに、中共の今後の出方が注目されるところです(しまった紋切り型だ)。
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【※1】http://www.toukei.metro.tokyo.jp/jsuikei/2005/js05010000.htm
【※2】http://news.xinhuanet.com/taiwan/2005-03/26/content_2747560.htm
【※3】http://news.xinhuanet.com/taiwan/2005-03/26/content_2745661.htm
【※4】http://news.xinhuanet.com/taiwan/2005-03/26/content_2744708.htm
【※5】http://news.xinhuanet.com/taiwan/2005-03/26/content_2746887.htm
http://tw.people.com.cn/GB/14812/14875/3272570.html
【※6】http://tw.news.yahoo.com/050326/43/1mvps.html
【※7】http://news.xinhuanet.com/taiwan/2005-03/28/content_2751874.htm
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【余談】香港人の中で、今回の「三二六大遊行」に将来の香港の姿を感じた人はどれほどいたのでしょうか。普通選挙導入を求める香港市民ですが、仮にその要求がかなえられたとしても、結局は「三二六大遊行」のような形でしか中共に異義申し立てをできないでしょう。「香港に生まれた悲哀」は「植民地に生まれた悲哀」と言い換えても差し支えないかと思います。
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