うひょひょ。
いやいや標題の通りです。やっちゃいましたねー。
忙しいのはわかりますけど、これは大ポカ。減俸処分くらいにはなるかも知れません。
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全人代(全国人民代表大会=立法機関)が昨日(3月16日)閉幕して温家宝が毎年恒例の首相による締めの記者会見を行いました。もちろん一応全文読みました。……感想ですか?
「まっこんなとこでしょ」
「出ました一党独裁節」
「はいはいワロスワロス」
てなところです。「十一五」(第11次5カ年計画)の初年度で「和諧社会」(調和社会)の構築が強調された昨年に比べれば目新しさや見所が減るのは自然なことでしょう。
……と流したいところですが、あにはからんや仏紙『ルモンド』の記者から「ピー」扱いの爆弾質問が飛び出しました。
「もうひとつの質問は、中国の元首相で共産党の元総書記だった趙紫陽の本が最近香港で出版されたことについてです」
温家宝の取り巻きどもの背筋を一斉に冷や汗が走ったことでしょう(笑)。ちょうど早めの昼食でテレビの会見中継を観ながら仕出し弁当を食べていた胡錦涛が思わず箸を落とした、という消息筋情報はありませんけど。
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趙紫陽。……趙紫陽といえば天安門事件(1989年)での失脚劇。そして趙紫陽で失脚劇で天安門事件といえば、皆さん御存知のあの写真です。失脚が確定的になった趙紫陽が天安門広場に集まっている大学生たちを見舞い、
「申し訳ない。私は来るのが遅すぎた」
と涙をにじませて語りかけた場面を捉えたあの写真。ハンドマイクを手にした趙紫陽の右隣にいるのは他でもない温家宝です。
当時の温家宝は趙紫陽の腰巾着ではありませんでしたけど、ポストは趙紫陽の下僚であり、招来有望な若手の改革派として知られていました。民主化運動に対しても比較的寛容だったとされていますが、本当のところはわかりません。
ただ同じようなスタンスとみられていた先輩格の胡啓立や田紀雲が趙紫陽失脚後に干されたのと異なり、温家宝は見事な政界遊泳術でもって首相にまで登り詰めました。
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いまは「胡温政権」などと呼ばれていますが、私のみるところ温家宝は胡錦涛・国家主席とは微妙に距離を置いているような印象です。同じ方角へ歩いているようでも入れ込み方は胡錦涛ほどではなく、状況が悪くなったらトンズラするための退路を常に確保しているポジショニング。政治手法も異なります。
一方で炭鉱事故の遺族の肩を抱いてウソ泣きしたり、子供を笑顔で抱き上げてみせたり。いずれも報道陣がいないとやらない限定芸ですが、幸い中国の民度は低い。これで「親民総理」とソツなく庶民の人気取りをしているのです。実にいやらしい。
……そういう温家宝のキャラを思うとき、私はいつもあの写真を思い出すのです。目を潤ませて学生に必死に呼びかける趙紫陽の右隣で、緊張感のカケラもない間の抜けた表情で、
「あのー私、たまたま隣にいますけど直接関係ありませんから」
とでも言いたげに立っているあの姿。何といいますかあの……キリがないのでこのくらいにしておきますけど。
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ともあれ、
「もうひとつの質問は、中国の元首相で共産党の元総書記だった趙紫陽の本が最近香港で出版されたことについてです」
という『ルモンド』の記者による爆弾質問の続きをば。
「彼はその本の中で、中国がもし近代化を実現したいなら、台湾のような民主を実現する政策が必要だ、台湾も以前は独裁統治という状況だったが、いまは民主と多党制を実現している。……と指摘しています。この元総書記の談話についての見解をお伺いしたい」
……というものです。冷や汗をかかされた温家宝の取り巻きどもは揃って椅子から飛び上がって棒立ちでしょう。
「趙紫陽の本」とはいうまでもなくあの『趙紫陽軟禁中的談話』。当ブログで再三激賞・推奨しているために私を「布教者」呼ばわりする人までいます(笑)。……違いますよ。そもそも私は趙紫陽のファンかも知れませんけど信者ではありませんから。
単に日本の書店が販売していないのと、中共の走狗のような書店に儲けさせたくないのと、そして何よりも非常に価値のある本だと思ったので皆さんに読んでほしい一心で。……ええそりゃ「アニメンタリー決断」を買うためという動機もほんの少しはありました。すみません。m(__)m
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そんなことより爆弾質問の件です。全人代閉幕記念の首相記者会見、というオフィシャルな場ではNGワード間違いなしの「趙紫陽」に加え、台湾がどうしたこうしたはいよいよ禁句。
「あなたが言う香港で出版された本と私がいま話したああした観点の間には何の関連もないと私は思います。私はその本を読んだこともありませんし」
と温家宝はスルリとかわしたのですが、NGワードであることには違いありません。……ということで、国営通信社・新華社をはじめ中共系メディアが会見後に報じた一問一答からはこの部分は削除されてしまいました。
ただ会見を生中継していたテレビだけは削除しようがありませんでした。政治的には画面がいきなり「裸形で交歓する男女」に切り替わる以上のインパクトです。放送事故といったところでしょう。
日本でも報道されていますね。
●中国首相会見の趙元総書記関連質疑 政府系ネットが削除(asahi.com 2007/03/16/22:45)
http://www.asahi.com/international/update/0316/016.html
(前略)記者会見をネットで文字中継した中国政府系サイト「チャイナネット」が、89年の天安門事件で失脚した故趙紫陽元総書記に関連した質疑を削除し、ネット中継を一時中断した。
質問したのは仏紙ルモンドの記者。2月に香港で出版された趙氏の発言録に「中国の現代化のためには台湾のような民主化が必要」とあることについて「どう評価するのか」と尋ねた。
温首相は中国の掲げる「社会主義民主政治」について一般的な見解を述べるにとどまり、「香港での出版と私の見解は関係なく、私はその本も読んでいない」と答えた。
このやりとりの直後、同サイトのネット中継が約30分間にわたり中断。趙氏に関連した部分が削除されて再開された。(中略)
温首相は天安門事件当時、趙氏の秘書役にあたる共産党中央弁公庁主任として、一緒に天安門広場を占拠した学生を見舞ったことがある。
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●中国首相:趙紫陽元総書記の証言集へのコメント避ける(毎日新聞 2007/03/16/21:42)
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/asia/news/20070317k0000m030114000c.html
(前略)会見を実況中継した中国中央テレビなどはこのやりとりを放送したが、新華社通信などのネット版は削除した。
朝日もなかなか意地悪ですねー。最後の一段落は余計でしょう。ひょっとして温家宝が嫌いなんでしょうか(笑)。もっとも、この最後の一句を加えたことで「爆弾質問」の可燃度の高さが余すところなく表現されたともいえますけど。
で、テレビの実況中継は放送事故ですから別として、中共系メディアは問題の部分を一斉削除。中国国内の報道はもちろん、香港では親中紙『大公報』電子版による速報はもとより、『明報』電子版までが削除後の「修正バージョン」を掲載しました。『星島日報』ともども、「趙紫陽」削除の一件にもふれていません。堕ちたものです。
そんな具合ですから香港の親中紙としては筆頭格の『香港文匯報』が掲げた「全文」もどうせ……と思いつつ念のために目を通してみたところ驚倒しました。何と何とノーカット版ではありませんか。「ピー」の部分までしっかり収録されています(笑)。
「本紙記者が録音したものに基づいて整理した」
と記事の冒頭にあります。いつも通り楽して新華社電を使えばよかったのに、変に張り切ってオリジナル記事にしたのが裏目に出てしまったようです。おいたわしや。
電子版の方がいまもノーカット版を掲載していますから、紙面もそのままでしょう。あっと気付いたときには印刷を終えていたのだと思います。……いや、電子版がいまもノーカット版のままですから、ひょっとしてまだ気付いていないのかも。
●『香港文匯報』(2007/03/17)
http://paper.wenweipo.com/2007/03/17/CH0703170009.htm
ちなみに上の『ルモンド』記者と温家宝のやりとりはこのノーカット版に拠っています。
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ちょっと真面目な話をしますと、今回の記者会見で温家宝は政治制度改革の必要性を強調しており、『東方日報』(2007/03/17)など、それに注目した香港紙もありました。実際、温家宝いわく「二大改革」として、
●市場化を目標とする経済制度改革の推進。
●民主政治の発展を目標とする政治制度改革。
と、政治改革を経済改革と並列させました。ただし、政治制度改革には「推進」という単語がついていませんでしたけど。……いや、中共政権は伝統的にこういう手法で政治的意図や含意を表現するものですから、一応勘繰ることが必要なのです。
勘繰りといえば、政治制度改革は汚職撲滅の点からも必要だという問答もあり、質問者(中国中央テレビ記者)が「陳良宇」(汚職嫌疑で失脚した上海閥のプリンス)という固有名詞を使ったのに対し、温家宝はその回答でこの固有名詞を出すのを避けました。これも温家宝流の政界遊泳術なのかも知れません。
で、政治制度改革なのですが、これは温家宝が「ちょっと言ってみただけ」ですから本気にしてはいけません。開明派であることをアピールするためのポーズだと私は思います。最高指導者である胡錦涛はそこまで踏み込んでおらず、「党内民主」の強化を唱えるのが精一杯だからです。
過去の党大会で最も開明的な方針を示した第13回党大会(1987年)で当時総書記だった趙紫陽が提起した「党政分離」(党による行政への干与を禁じる)、この言葉が出て来ない限りは本気度は限りなく低く、やるとしても人員合理化とか実質を伴わない汚職摘発機関を政府に新設するといった程度でしょう。
そもそも「諸侯」と呼ばれる各地方勢力をどう縛り上げてその暴走を食い止めるか、というマクロコントロール強化が至上課題である現在、「分権化=中央政府による拘束力低下」となる施策に踏み切れる訳がありません。
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ついでに言うと、現段階で「党政分離」を掲げて本気で政治制度改革に着手すれば、中共政権は間違いなく潰れることでしょう。
この荒療治を外科手術に例えるなら、患者である中国社会は「和諧社会」を唱えなければならないほど「不調和」で、様々な不平等、不均衡、格差といったものが浸透して全国各地で暴動が頻発するほど状況が悪化しており、要するに手術に耐えられるだけの体力がもはやありません。
やるのなら趙紫陽が総書記だった段階で、経済改革と並行して断行するべきだったと思います。惜しまれるのは、先に経済改革上の重要な施策(価格改革)に着手したところスーパーインフレが発生して社会が混乱し、未成熟な制度のスキを衝いた官僚による汚職も蔓延したため、政権運営の主導権が趙紫陽ら改革派から李鵬など保守派の手に移ってしまったことです。
その半年余り後が天安門事件で、趙紫陽をはじめ政治改革に本気だった面々は失脚したり干されたり逮捕されたりして潰滅。後を継いだ江沢民は開明性に乏しいうえ飛躍した着想を生む能力に欠けていました。ソ連や東欧などの共産党独裁政権がバタバタと崩壊していった時期でもあり、政治改革は忌避され、忌避されたまま20年近くを中国は走ってしまいました。
その片肺飛行のツケが現在の「不調和」です。趙紫陽時代と比べると既得権益層という抵抗勢力がすっかり足場を固めてしまっていて、それゆえに弱者による暴動が頻発しています。
この段階で何事かをやるとすれば、まずは不平等、不均衡、格差の上に乗っかることで潤っているこの既得権益層を潰すことでしょう。抵抗勢力を討伐するには「強い中央」であることが不可欠となり、いきおい民主化や分権化の方向へ進むことになる政治制度改革は墓穴を掘るようなものなのです。
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これはもう胡錦涛政権が発足する前から当ブログで再三指摘していますが、トウ小平・江沢民による「負の遺産」である既得権益層を潰すことが使命である胡錦涛には、「強権政治・準戦時態勢」による抵抗勢力解体という荒療治しか選択肢はありません。
そして実際に胡錦涛政権は内政面においては様々な形による統制強化を実施し、開明派体制を期待していた中国内外の知識人たちを失望させました。
晩年の趙紫陽も『趙紫陽軟禁中的談話』においてこの胡錦涛の非開明的で古臭いスタイルをこき下ろし、
「これではゴルバチョフの二の舞で既得権益集団に潰されることになる」
と指摘しています。……が、私はこの見方には賛同しません。既得権益集団を潰さなければならないから、だからこそ「非開明的で古臭いスタイル」である「強権政治・準戦時態勢」が必要なのだと私は思います。
趙紫陽には酷ですが、時代が違うのです。『趙紫陽軟禁中的談話』を読んでいると趙紫陽が最後まで錆びていなかったことがわかるのでファンとしてはとても嬉しいのですが、軟禁生活だっただけに現状把握の点では不自由な面があったのだと思います。
……いや、そういう環境に置かれてもなお冴えていたからさすがは趙紫陽、というべきでしょうけど、語りすぎるとまた「布教者」にされてしまうので、この辺で(笑)。
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【余談】本題とは直接関係ありませんけど、温家宝の訪日計画が5日間から3日間に短縮されたという報道が出ていますね。これは事態が香ばしくなってきた証なのでしょうか?……だとしたら「好戯在後頭」(wktk)ですねえ(笑)。