日々是チナヲチ。
素人による中国観察。web上で集めたニュースに出鱈目な解釈を加えます。「中国は、ちょっとオシャレな北朝鮮 」(・∀・)





 中国政府が1月1日から穀物および穀物製品の輸出関税を引き上げ、国内供給量を増やす措置に踏み切りました。物価抑制策です。ところが小麦粉などの多くを中国本土からの輸入に依存している香港がその影響で大打撃を受け、小麦粉そのものはもちろん、パンやケーキなどの価格が急騰。需要の高まる旧正月を前に業者も消費者も頭を抱えている。……と当ブログにて先日報じました。

 ●物価抑制策が飛び火、香港で「パン恐慌」発生!(2007/01/05)

 今回はその続報。いつも長々と書き散らすので試しに3行でまとめてみましょう。

 ●中国当局が香港・マカオを「輸出」対象から外す救済措置。
 ●でも小麦粉自体が元々高い上にいまも値上げ基調。
 ●だから前途は悲観的。たぶん。

 以上、終了。それではまた。m(__)m……という訳にもいかないので、この5日ばかりの事態の推移をあとづけてみます。

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 まずは中国当局から出された救済措置から。



 ●中国、小麦など穀物類に輸出関税を適用 今年1年間(人民網日本語版 2008/01/09/11:21)
 http://j.peopledaily.com.cn/2008/01/09/jp20080109_82239.html

 中国国務院関税税則委員会はこのほど国務院の合意を得て、2008年1月1日から1年間、小麦、トウモロコシ、もみ、コメ、大豆などの穀物類と穀物製品8 種類57品目に対し、5~25%の暫定輸出関税を課すことを決めた。麦類と麦製製粉品はそれぞれ20%と25%に、トウモロコシ、もみ、コメ、大豆は5%に、それらを原料とする製粉品は10%に輸出関税率が設定されている。

 国務院関税税率委員会によると、国は香港・澳門(マカオ)・台湾への生活必需品供給を重視しており、その影響を考慮した結果、今回の暫定税率は国際市場を主な対象とするものとし、香港・澳門両特別行政区および台湾地区での住民消費を目的とする穀物輸出を含まないことが決まった。(編集ID)




 要するに特別行政区(植民地)である香港・マカオは輸出関税引き上げ措置の対象外とする、というものです。原文はこちら。

 ●「新華網」(2008/01/08/21:34)
 http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-01/08/content_7387530.htm

「住民消費を目的とする穀物輸出」

 という奇態な表現は、

「お前らが食う分だけお目こぼしだ」

 との意味です。穀物・穀物製品価格は国際市場でも値上がり局面。となれば機をみるに敏な香港商人は
横流しをやりかねません。中国本土から安く仕入れた小麦粉を海外市場で売りさばいて利ざやを稼いでウマー。……てな具合です。「住民消費を目的とする穀物輸出」とは、要するにそれをやるな、とクギを刺している訳。

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 ちょっと余談になりますが、色々な業界で、香港は総人口と消費力に照らせば不釣り合いに大きな市場規模を持っています。横流しの拠点となるからです。域内諸費分の方が少ない業界もあるのではないでしょうか。アジア向けで廉価設定のゲームソフトが欧州へ流れたり、日本に逆流して秋葉原の隅っこで売られていたりします。中国語説明書のついたやつです。

 テレビゲームに関していうと、以前は香港で正規品として売られていないソフトや、発売が日本より遅くなるソフトやゲーム機などを日本で買って香港に運んで売ることで並行輸入業者は稼いでいました。

 もう10年くらい前の話ですが、東京ゲームショウでスクウェア(合併前)が会場内で
無料配布していた「ファイナルファンタジー」シリーズの試遊版か何かのCD-ROM、これが香港では1枚800香港ドル(約1万2000円)で売れたという伝説があります。……いや、当時メディアとして関わっていた私たち古株にとっては実見した紛れもない事実。

 業者はスクウェアのブース前で3回行列してCD-ROM3枚をゲットすればそれだけで飛行機代が浮くことになりました。むろん3回でやめたりする馬鹿はいません(笑)。当時は香港から出張してきて取材を終えて帰る飛行機は手荷物をたくさん抱えた並行輸入業者ばかりでした。その後何年かして東京ゲームショウに物販ブースが出現して、無料配布品もチープになったので現在では伝説扱いです。

 その後、香港で販売される正規品ゲームソフトの品揃えが充実してくると並行輸入業者は日本で仕入れた商品を売りさばく旨味がなくなりました。そしていまや、香港正規品が日本のゲーム機に対応する上に廉価であることに目をつけて、香港正規品ゲームソフトを欧州や日本へ「横流し」または「還流」するようになっているのです。

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 さて、救済措置が即応的に打ち出されたことは、中国当局が輸出関税引き上げ措置の実施を決めた当初、香港・マカオへの配慮を全く欠いていたということになるでしょう。輸出関税措置がいかに緊急避難的なものであることを際立たせる形になり、中国指導部の危機感というか焦りっぷりが垣間見えるように思います。

 ともあれこの救済措置で40%近く暴騰していた小麦粉価格がいったん沈静化するものと業界ではみられています。パンの値段も多少は戻るかも知れず、消費者もホッと一息。……かといえば、実はそのあたりがちょっと怪しいのです。

 上記エントリーで指摘した通り、中国政府は穀物・穀物製品の輸出関税を引き上げる一方で、小麦粉などに
輸出許可制・数量割当制をもひそかに実施しています。つまり総量規制なのですが、今回の「救済措置」はこの点について言及しておらず、言及していない以上、総量規制は引き続き行われると考えるのが無難なところ。私同様に『経済参考報』の記事を読んだのか、香港紙では『明報』と『星島日報』がこの点を指摘して、

「いまだ先行きは不透明だ」

 としています。需給バランスの逼迫感はさほど改善されないのではないか、という危惧です。日常食べているパンだけでなく、これから旧正月(旧暦の元日は2月7日)に向けて、お正月の定番である年�(中国風お餅)や蘿蔔�(大根餅)、それに贈答用のケーキなど菓子類の需要が高まる折も折。実際には期待するほど値段は下がらないのではないか、という見方です。

 また生き馬の目を抜く商魂たくましい香港人業者は、問屋であれ小売であれそういう理屈を構えて値下げに応じない可能性も高いといえます。

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 香港商人を勢いづける要素がもうひとつあります。中国本土の穀物・穀物製品価格そのものが国際市場同様に高騰しているということです。価格上昇幅次第ではチャラにしてもらった輸出関税分が相殺されるかも知れません。

 また、旧正月に向けて需要が高まるのは中国も同じこと。……となると
「高値のまま旧正月入り」というシナリオが現実味を帯びてきます。

 ということで、「救済措置」を伝える香港各紙の報道も混迷感メインで少し悲観的な色彩のものが多くなっています。個人的には、旧正月に配偶者が香港へ帰省しますので好物である老婆餅とプリンタルトの値上がりが心配です。

 ちなみに、旧正月を前に高騰しているのは小麦粉や小麦粉系食品ばかりではなく、中国の昨年の物価上昇の主役だった豚肉もまた然りです。現時点においては供給量は安定しているようですが、価格そのものが高いので庶民には打撃。そのために豚肉などの密輸量が増えていると香港紙『東方日報』が報じています。

 野菜を積めたトラックに豚肉を隠すなどして香港に持ち込んでいるそうです。その豚肉がまた闇ルートのもので、それだけに病豚率が高いという危険物。香港側税関のチェックは甘く、中国側の税関役人は密輸業者と癒着しているとのこと。

 野菜にしても産地証明がいい加減な来歴不明のものが相当量香港に入っている模様。毒肉毒野菜毒魚は香港にとって対岸の火事ではありません。さすがに暴動のようなものは起きたりしてはいないものの、食品レベルでは中国本土同様、すでに「YOUはSHOCK!」な世界になりつつあります。

 ……ていうのはちょっと大袈裟でしょうか。でも地元生まれで地元育ちのローカルならともかく、香港人と同じような場所で食品を買う外国人在留者にはちょっと厳しいかも知れません。

 私も香港に渡って最初の数年は食あたり?に悩まされたことが何度かありました。普通にマクドナルドを食べて七転八倒(一晩中発熱&ゲイリー)したことも2回。配偶者なんて帰省して腹を壊して帰ってくることがあります。

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 ●『明報』電子版(2008/01/08/20:35)
 http://hk.news.yahoo.com/080108/12/2mn69.html

 ●『蘋果日報』(2008/01/09)
 http://www1.appledaily.atnext.com/

 ●『星島日報』(2008/01/09)
 http://www.singtao.com/yesterday/loc/0109ao03.html

 ●『香港文匯報』(2008/01/09)
 http://paper.wenweipo.com/2008/01/09/HK0801090003.htm

 ●『大公報』(2008/01/09)
 http://www.takungpao.com/news/08/01/09/MW-848204.htm

 ●『東方日報』(2008/01/09)
 http://orientaldaily.on.cc/new/new_a00cnt.html?pubdate=20080109
 http://orientaldaily.on.cc/new/new_a02cnt.html?pubdate=20080109
 http://orientaldaily.on.cc/new/new_a03cnt.html?pubdate=20080109




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 現地では「パニック」というほどの騒ぎにはなっていないのでしょうけど、最大手紙『蘋果日報』はじめ今朝の香港紙(2008/01/05)の多くがそういうノリで報じているため、またタイトルは少々扇情的にということで
「パン恐慌」としました。

 でも実際、庶民レベルではシャレにならない事態のようです。

 発端は中国政府による物価抑制策のひとつです。1月1日から小麦、トウモロコシ、コメ、大豆など穀物の輸出関税引き上げに踏み切りました。対象は小麦粉など穀物製品にも及んでいます。これは前回既報した通りです。



 ちなみに物価関連でいうと、1月1日から穀物類(小麦、トウモロコシ、コメ、大豆など)やその加工製品に対する輸出関税を引き上げると12月30日に中国財政部が発表しています。引き上げ率は様々ですが、これは国内への供給量を増加させて穀物価格上昇を防ぐための緊急措置的な色彩が強く、いわば
「もはや恥も外聞もなく」といったところです。日本でも報じられていますね。

 ●「人民網」(2007/12/30/18:35)
 http://politics.people.com.cn/GB/6719976.html

 ●中国からの穀物輸出ストップ? 緊急「輸出」関税(MSN産経ニュース 2007/12/30/23:43)
 http://sankei.jp.msn.com/world/china/071230/chn0712302343004-n1.htm




 ところがこの
「恥も外聞もない」措置、実は輸出関税の引き上げだけではないことが判明しました。中国の専門紙『経済参考報』の関連記事を読んでいて発見したのですが、輸出関税引き上げと同時に、小麦粉、コーンスターチなど穀物製品については輸出許可制及び数量割当制が発動されていたのです。

 ●『経済参考報』電子版(2007/01/03)
 http://jjckb.xinhuanet.com/gnyw/2008-01/03/content_80034.htm

 要するに
総量規制。そこまでやらなきゃいかんのか、そんなに切羽詰まっているのか中国は!……といったところですが、たとえ現実にはそこまで逼迫していなくても、どうやら切羽詰まりそうなので先手を打った、ということなのでしょう。これは日本にも多少影響する措置になるかと思います。

 で、中国国内の物価抑制のために実施されたこの輸出関税引き上げ&輸出総量規制が、意外なことに中国の一部で「恐慌」を発生させることになってしまいました。いや、中国の一部といっても先っぽのほんの一部なんですけど、生活用水から食品などの多くを中国に頼っている上に、言論の自由や報道の自由が保障されている場所であるため派手に騒がれることになってしまいました。

 ええ、香港のことです。確かに「特別行政区」(植民地)ということで中国の一部なんですけど、物価抑制策がここへ飛び火してしまいました。上述した通り、今朝の香港紙の多くがこれを報じています。

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 香港各紙の報道を総合すると、
中国本土からの小麦粉輸入価格が今回の措置を受けて25~30%高へとハネ上がったそうです。香港政府統計署によると、昨2007年の1~11月の統計では、香港の小麦粉輸入元は中国本土が60%、日本からが26%、カナダが5%、とのこと。

 まずはこの「60%」が2~3割高となったのですからたまったものではないでしょう。日本の小麦粉について私は無知ですが、もし原料の一部を中国からの輸入に頼っているとすれば、そのうち値上げという形で影響が出るでしょう。

 現時点においては、小麦粉そのものを売るスーパーなども困っているのですが、それ以上に頭を抱えているのがパン屋さん。コスト急増分は販売価格に上乗せするしかありません。種類にもよりますが、概ね
1個あたり0.5~1香港ドル値上がりしている模様です。定番のメロンパンは20%の値上げ。香港ではパン食が定着していますから、これは痛いことでしょう。

 廉価で親にとってもありがたい学校給食(朝食)もパン値上げの影響が出ており、いまは料金を据え置いているものの、この状況が続くようなら値上げも考えなければならない、とは学校側の声。

 消費者も痛いのですが、パン屋さんも
「SARS(中国肺炎)のときよりひどい」とこぼす有様。特に大手メーカーとなると、原料の高騰が続くようであれば販売価格にそれを転嫁する一方、人員削減などの思い切った措置を講じる必要に迫られる可能性もあるようです。

 また、これからが季節となる
湯圓も約20%値上がりしているそうで、旧正月の定番である年�(中国風お餅)や蘿蔔�(大根餅)も値上がりは避けられそうにないそうです。

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 業界筋によると、香港の小麦粉の在庫は約1~2週間分しかないとのこと。現在中国本土からの輸入は、「価格急騰」とも「輸入自体がストップ」したともされて情報が錯綜しているのですが、中国政府が救済措置を講じない限り、香港人にとっては厳しい旧正月となりそうです。

 かつて鳥インフルエンザで御馳走の並ぶ正月の食卓から鶏料理が消えたことがありますが、それによる「淋しいね」よりも定番メニューの「値上がり」の方が痛いことは言わずもがな。

 小麦粉系だと影響は相当広く、旧正月前後にこれまた香港人の朝食としてはお馴染みの
インスタントラーメンが値上げされるという見方も出ています。むろんケーキも範疇内。ホテルの「下午茶」(アフタヌーン・ティー)も料金値上げになるのでしょうか。

 この「恐慌」、考えてみれば
中国本土で起こり得るであろう事態の予告編のようなものであることを思うと、なかなか深刻なものがあります。特に小麦粉系を主食とする中国北部、旧正月に水餃子といった習慣の地区では痛いことでしょう。

 あ、上海あたりのように麺を食べるところでも似たようなものですね。コメ高騰も不可避でしょう。香港はコメ輸入を中国本土にそれほど依存していないので、そのあたりの影響がないのは不幸中の幸いです。

 という訳で、
「予告編」であることを念頭に置きつつ続報を待つことにします。




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 いまさら?と言われそうですがこれは拾っておいた方がいいでしょう。

 香港の立法会(議会)議員補欠選挙が12月2日に行われました。因縁の「女の戦い」となった対決の結果は、「香港の良心」と呼ばれる民主派のアンソン・チャン(陳方安生・67歳)が親中派のレジーナ・イップ(葉劉淑儀・57歳)に4万票近く差をつけて勝利しました。既報分はこちらを。

 ●お前らにはその程度がお似合い>>香港人(2007/09/11)
 ●香港で熱き「女の戦い」勃発。(2007/10/01)

 さて今回の選挙、これをどう評するかと問われれば、標題の通り
「『勝者』が負けて『敗者』が勝った」といったところです。

 
「陳太」(陳方安生)は選挙戦に勝利したものの、内容は辛勝というべき接戦。民主派の動員力の限界を示してしまいました。一方の「帚把頭」(葉劉淑儀)は敗れたとはいえ、親中派の動員力の強さ、また浮動票の一部も取り込んだという予想外の成功を収めて新たな支持層を開拓。

 今回は議員(親中派)病死による補欠選挙でしたが、来年には任期満了に伴う立法会議員改選が行われます。勝ったとはいえ伸びしろのなさを露呈してしまった民主派とは裏腹に、今回敗れた親中派は来年以降に向けて明るい展望を持ったのではないでしょうか。

 ――――

 香港と香港人を語る上で、当ブログは大雑把で図式的すぎるのを承知の上で、香港人をざっくりとタテ斬り&ヨコ斬りにするという腑分けを行っています。

 まずは世代での分け方。



 ●「大陸脱出組」

 新中国成立や政治運動、またそのしっぺ返しによる凄まじい飢餓のために香港へ逃げてきた世代。広東省の農民などが中心なので無教養な者が多いものの、この世代が必死に働いたからいまの香港がある(改革開放政策という追い風も吹いて、香港が「中国への窓口」という最高のポジションを得たこともありますけど)。中共政権の悪政で脱出してきたものの中国本土に望郷意識があり、結構親中派だったりするが、多くは政治に無関心。広東省の農民あがりだからもちろん北京語はほとんど話せない。その代わり客家語とか潮洲話が話せたりする。

 ●「むかし型香港人」

 「大陸脱出組」が香港で産み落とした世代。香港で生まれ育ち、英国統治時代に社会に出た。1989年の天安門事件を目の当たりにしているので中共政権を信用してはいないし、2003年の「七一大遊行」(伝説の50万人デモ)を現出せしめた香港民主化を推進する主軸世代。とはいえ所詮は香港人、「商売第一」だから景気がちょっと上向くと政治への問題意識はすぐ頭を引っ込めてしまう。仕事で必要ある者を別とすれば北京語は話せない。ていうか耳汚しになるから話すな。

 ●「現在型香港人」

 香港で生まれ育ち、1997年の中国返還後に社会へ出た。要するに北京語が必修科目となり中共政権が押しつけてくる「香港型愛国主義教育」のプログラムで成人した。天安門事件当時は幼児・児童のころなのでイメージを結べない。それゆえ中共政権への違和感は「むかし型香港人」に比べれば小さく、例えば「マスコミが自主規制している」と感じる「むかし型香港人」に「そうかなあ?」と逆に異質さを感じたりする。そこそこマトモに北京語を話す。

 ●「未来型香港人」

 「現在型香港人」が将来結婚して生まれてくる世代。中共政権への親和度は先代以上で、「香港型愛国主義教育」を受けているから「私は中国人」がデフォ。もちろん北京語を巧みに使う。「天安門事件……何それ?」「文革……何それ?」「50万人デモ……何それ?」orz



 これに対して自己認識という斬り方をすると、

 ●私は大陸から逃げてきた中国人。
 ●私は大陸から逃げてきた香港人。
 ●私は香港人。
 ●私は香港に住んでいる中国人。
 ●私は中国人。

 ……と、5段階くらいに分けられると思います。これを上の世代別分類に絡めると、色々なものがみえてきます。

 あくまでも個人的印象ですが、1990年代初めに私が香港に渡ったころ、「むかし型香港人」が「私は香港人」と言い始めていて、つまり
「香港人意識が根付きつつある」と、それが新鮮に受け止められていました。私の仕事仲間や元同僚や配偶者はみんなこの「むかし型香港人」&「私は香港人」です。

 私と同い年である義姉(配偶者の姉)に尋ねてみたら、やはり躊躇することなく「私は香港人」という答が返ってきました。この「世代&自己認識」は選挙での投票性向にもよく反映されているように思います(「商売第一」要素を割り引く必要はありますけど)。

 むろんそれは投票すれば、であって、投票に行かない人が多いのが香港の課題です。日本と違って香港は住民票がないため、まず有権者登録を事前に済ませていないといけないのです。

 ですから「投票率50%」の基数は日本のように「20歳以上の日本国民」ではなく、有権者登録を済ませた人が分母となります。日本の算出法(18歳以上の香港市民権保持者)に照らせば、たぶん「50%」は30%とか25%くらいになってしまうでしょう。

 ――――

 それはともかく、先日ある出来事で私はショックを受けました。

 例によって配偶者の従妹であるアオイちゃん(20歳・学生)と北京語で雑談していたときのことです。年齢に照らせばアオイちゃんは「現在型香港人」。

「文化大革命……何それ?」

 と私に問い返した剛の者であります(笑)。天安門事件(六四事件)は大略を知っていたものの、北京の学生が屯集していた場所(天安門広場)は私に教えられる始末。

 で、電話中にふとアオイちゃんの自己認識を尋ねてみたくなったのです。

 ●私は香港人。
 ●私は香港に住んでいる中国人。

 の二者択一で示したところ、

「香港に住んでいる中国人」

 という回答が迷うことなく即座に、スラリとごく自然に返ってきたのでビックリしました。

 ――――

 御家人
「本当にそうなの?」

 アオイ
「うん。私の周りのコはみんなそうだよ。……あ、でもね、『マナーが悪い』とか『無教養』みたいな意味合いで『中国人』て言われたら『私たちはそうじゃない。一緒にするな』って思って嫌だけど。そうでなければ、『香港に住んでいる中国人』かな」

 御家人
「××(配偶者)や××の大家姐(義姉)は『自分は香港人だ』って言ってたよ」

 アオイ
「歳が違うもん、歳が」

 ……参りました。m(__)m

 いやー本当に仰天しました。「私は香港に住んでいる中国人」なんて不届者(笑)がこんな身近にいたとは。教育ってのは怖いものなんですね。

 以前のエントリーで指摘したように、香港は香港人自体が1990年代後半からそれまでの「成り上がり志向」(香港ドリーム)から「学歴重視」へと意識変化が進行していたので、社会からある種の活力が失われ、「守り」に入りやすい傾向、被雇用者=従属者属性が強まる方向へと変質しつつありました。

 偶然ながらその時期が香港返還と重なったため、「香港型愛国主義教育」が身につくことで従属者属性に中共政権による方向づけが行われたのだろうと思います。

 いま、アオイちゃんが20歳であるように、彼女のような「現在型香港人」の先頭集団が有権者資格のある18歳を続々と超えつつあります。年とともに「現在型香港人」の割合が強まっていきます。

 これまで、香港の選挙では接戦が予想されると
「投票率がカギ」と常に言われてきました。これは日本にもある傾向ですが、香港の場合は親中派が組織的な動員力に優るため、投票率が低いと勝率が高くなります。逆に投票率が高く浮動票が増えると、事実上「むかし型香港人&私は香港人」の大挙参入となるため、その大半は民主派に取り込まれてきました。……ところが、

「私は香港に住んでいる中国人」

 と認識している世代が増えてくるなかで投票率が高まると、これまでとは違う結果になる可能性が強まります。

 ――――

 それが新たな傾向として主流になりつつあることは、11月18日に実施された区議会選挙で民主派が歴史的惨敗を喫し、親中派政党が大いに議席を伸ばしたことに表れています。

 ●「植民政策」と中共のテコ入れが奏功?香港区議会選で親中派圧勝。(2007/11/22)

 このときの投票率は、香港式の計算法で38.8%。この程度の投票率だと親中派が勝つのは当たり前、と言われそうなので、もうひとつ、2年前(2005年)の数字を出しておきます。公民教育委員会が香港市民に対して実施したアンケートの結果を香港紙『明報』が報じたもの。「祖国意識」「国民意識」の浸透ぶりを確認する調査だったようです。


 ●『明報』(2005/02/15・リンク切れ)
 http://hk.news.yahoo.com/050214/12/19f95.html

「あなたは××人?」

 ●中国人(25%)
 ●香港の中国人(23.3%)
 ●香港人(21.2%)
 ●中国の香港人(19.2%)




 2005年の時点で、香港人における「中国人意識」はまだ半数にも達していません。とはいえ翻って考えれば、これを以て、

「香港人の中で『自分は中国人』と揺るぎなく答える人が4分の1に達している」
「『香港の中国人』と『中国人』の合計が半数近くに達している」

 と言うこともできます。「現在型香港人」の台頭によって、その比率は今後ますます高まっていくことでしょう。

 ――――

 ずいぶん遠回りをしてしまいましたが、
「陳太」vs「帚把頭」の香港立法会議員補欠選挙。事前の世論調査では「陳太」の支持率が40%を超え、「帚把頭」を10ポイントほど引き離していました(その他はいわば泡沫候補)。

 これは意外な接戦で「陳太」にとっては予想外の苦戦。「香港の良心」と称され、出馬表明時には湧きに湧いた「陳太」で、しかも相手の「帚把頭」は典型的な悪役。2003年に自由を制限する法律(国安条例)を不完全なまま強行成立させようとして民意の大反発を買い、「50万人デモ」を引き起こした元凶ともいえる政府高官です(法案が廃案となり辞職)。

 つまり非常にわかりやすい図式であるにも関わらず、両者の差はたったの10ポイント。元々親中派が持っていた議席ということもあるでしょうが、中共政権を背景にしたなりふり構わぬ組織戦術が、民主化で沸騰する勢いだった2003年当時ならともかく、現在なら有権者に対してそこそこ通用するということです。「現在型香港人」という新規有権者の参入も無視できません。

 「陳太」の応援団は最大手紙『蘋果日報』。「陳太」後援会の機関紙になったかのように記事&社説で連日「陳太」への投票を呼びかけ、

「『陳太』が負けそうだ。みんな投票へ行こう」

 と投票日当日には号外を出すほど煽りに煽りました。一方の「帚把頭」陣営は親中紙が「陳太」叩きの論評記事を連日掲載し、投票日が近くなると、

「『陳太』を支持するなら投票用紙の(4)にチェックを」

 という携帯メールを大量に発信。投票用紙の(4)はもちろん「帚把頭」です。他にも、

「広東語を話せない『帚把頭』応援団がたくさんいた」

 などの報道もあり中共政権もこの一戦に力を入れていることをうかがわせました。

 ――――

 こうしたなか、専門筋の間で持ち出されたのはやはり投票率。「帚把頭」サイドの組織戦術が予想以上に健闘しているため、

「4割が分水嶺。投票率が40%を超えれば浮動票の力を得て『陳太』勝利だろう」

 との観測が投票日が近づくにつれ主流になっていきました。『蘋果日報』が「投票に行こう!」と必死に煽ったのもそのためです。

 そして本番。7時に開始された投票は「陳太」vs「帚把頭」の一騎討ちの様相で、出口調査でも接戦が報じられました。そんななか、投票率は18時半時点で38.3%。19時半時点ではついに「分水嶺」とされた40%を超えて41.7%、20時半には45.0%となり、最終的には52.0%。

 「陳太」17万5874票、「帚把頭」13万7550票と4万票近い差をつけての「陳太」勝利です。とはいえ
得票率は「陳太」が54.6%、「帚把頭」が42.7%。

 投票率が52%に達したのにこの数字?……というのが、
「『勝者』が負けて『敗者』が勝った」と私が評する所以です。

 実は今回の選挙区については部分的に直接選挙が導入されて以来、
「六四黄金比」と呼ばれるものがありました。民主派と親中派の得票率なり議席数なりが常に6:4で落ち着く、というものです。

 ところが今回、投票率が50%を超えて中間層、浮動票が相当加わったにもかかわらず、
民主派は「陳太」を以てしても得票率が60%を割り込み、初めてこの「黄金比」が崩れたのです。逆にいえば、浮動票の取り込みという点において親中派の躍進が目立った、ということです。「陳太」なのに6割に達さず、「帚把頭」でも4割を超えた。……ということが民主派にとって重い課題として残ったといえるでしょう。

 一方で民主派は、世代交代が進んでいない、要するに次世代リーダーが育っていないとしばしば指摘されています。なるほど「陳太」は67歳。10歳年下の「帚把頭」が来年の立法会議員選挙への出馬表明を早々と行ったのに対し、民主派のエース格のひとりである「陳太」は家族が再戦に反対していると報じられています。

 有権者の毛色が変わってきたこと、親中派につく浮動層が相当いたこと、そして来年の改選・さらにその次の選挙を見据えたときに、「香港に住む中国人」と自己認識する有権者が右肩上がりに増えていくことは確実ですから、民主派はその手駒からみて先細り感があり、伸びしろは小さいといった印象が残らざるを得ません。

 これに対する親中派は、「香港に住んでいる中国人」意識の「現在型香港人」から忌避されずに意外に票を積み上げられたことから、今回は敗れたものの次回以降には期待できる要素が増えたといえるでしょう。

 これまで「六四黄金比」を支えてきた「むかし型香港人」にしても、アジア金融危機とネットバブル崩壊を経験して不景気の怖さが肌身に沁みていますから、民主化がブームではない現在、民主派が変に大勝して中共政権との対立色が強くなっては困る、と判断する向きも少なくないと思われます。どちらにとって追い風なのか?と考えれば、
「『敗者』だけど勝った」なのです。

 ――――

 ところで、この構図を一朝にして崩し、再び民主派圧倒的優位の状況を生み出す秘策は、ない訳ではありません。……いや秘策というより偶然に期待するというべきでしょうが、台頭しつつある「現在型香港人」にショックを与えればいいのです。

 正確には、「現在型」を含む香港人全てに衝撃を与える出来事が中国本土で発生すれば、それだけで親中派の支持率はガタ落ちします。かつて「むかし型香港人」がそうだったように、1989年の天安門事件のようなインパクトを伴う出来事を目の当たりにすれば、中共不信が再燃して香港政界の勢力図は一変するでしょう。

 そんなの秘策でも何でもないじゃないか、と言われそうですけど、そういう偶然に期待するしかないほど、民主派は手詰まりの状況に直面しているのです。

 まあ、どっちが勝とうが所詮香港は中共政権の植民地。後は墜ちていくだけですから、私としては本業のお給金と副業及びコソーリ活動の原稿料がもらえる環境でいてくれれば、それでいいのです。




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 もはや旧聞かも知れませんが、これは一応ふれておいた方がいいでしょう。

 香港で区議会選挙が日曜日(11月18日)に実施されました。結果は下馬評を遥かに上回る親中派政党の圧勝、つまり民主派政党の惨敗となりました。親中派の大躍進が目立った選挙結果です。

 区議会議員というのは、香港の政策に直接タッチする「なんちゃって国会」である立法會よりワンランク下の議会で、地方議会のようなものです。選挙では民主化とか一国家二制度なんて大上段に振りかぶったテーマより、「団地の民生」「住民の苦情処理」「街の生活環境改善」など各選挙区での議員の働きぶりが評価される傾向にあります。

 ……いや、「評価される傾向にありました」というべきも知れません。

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 誤解する向きがあるかも知れませんので一応申し上げておくと、区議会議員は全534議席のうち405議席が普通選挙で当落が決まります。ほぼ民意が反映されるということです。

 これに対し、立法会は全議席の半分が普通選挙(直接選挙)で、残りの議席は業界別代表などという、有権者が限定され、かつ事実上親中派が当選しやすい仕組みになっています。直選議席でも当選する親中派はそれなりにいますから、議会の過半数を常に親中派が制するような仕組みになっている訳です。

 区議会議員選挙が全て直選議席というのは、地元密着型で香港の大方針に口をはさむ余地がほとんどないため、「植民地・香港」の宗主国たる中共政権も安んじているのでしょう。

 今回の区議会選挙に関する事前予想では、民主派が議席を減らすであろうことは確実視されていました。というのも、議員の任期は4年です。

 4年前といえば2003年。香港政府の失政や、グレーゾーンが多く「自由」を無制限に縛りかねない国安条例(ミニ憲法である香港基本法第23条の立法化)に反対する香港市民が伝説の「七一大遊行」(50万人デモ)を実施し、その後普通選挙全面導入に向けて香港市民が大いに盛り上がった時期でした。

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 そうした状況下で行われた区議会選挙は当然ながら親中派が惨敗。民主派が大いに議席を増やした経緯があります。要するに民主派大勝には時勢の追い風に乗ったバブル的要因がかなり作用していました。

 その証拠に、その後行われた立法会選挙では直選議席でも民主派が伸び悩み、親中派が勝利する結果となっています。

 実はこの立法会選挙でもし民主派が圧倒的勝利を収めていれば過半数の議席を占める可能性もあり、いわば天王山ともいえる選挙だったのですが、それだけに親中派及びその後ろ盾である中共政権の必死の巻き返しにより、また民主派自身にもエラーが続いて敗北する結果となりました。

 一方でこの結果には、香港経済が回復基調にあるという要素も作用していたように思います。香港経済は対中ビジネスが主流ですから、これが元気を取り戻してくると市民は民主化などといった政治問題を二の次にしてしまいます。

 結局、香港人は2003年に「市民」へ生まれ変わる萌芽をみせたのですが、経済が好調になってくると身に沁みついている植民地根性が再び頭をもたげてきた、といった印象です。

 香港人の属性だけでなく、中共政権が掲げる「一国家二制度」が実質的にはかつて江沢民が「反動基地」と悪罵した香港を中国に組み入れ、同化させるためのスローガンでしかないことに絶望したという面もあるでしょう。

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 ですから今回の区議会選挙、民主派の苦戦は予想されてはいたのですが、フタを開けてみると想定外の大敗。

 民主派は294名の立候補者を立てたもの、当選したのは108名。これは親中派の旗頭である民建連だけの115議席にも及びません(前回62議席)。

 特に民主派の主軸である民主党は108名を参戦させて当選したのは59名(前回95議席)。1997年に香港が中国に返還されて以来最大の敗北を喫しました。当然ながら、現職議員の落選が相次いでいます。

 ただ、今回の傾向として民主派の有力議員が親中派の新人候補にあえなく敗れるという結果が相当みられたことで、民主化機運の伸び悩みとか香港経済の回復といった要因だけでは説明できないのではないか、という見方があります。

 同感です。そもそも区議会議員選挙は地元での働きぶりが評価の決め手になることが多いので、地元で住民の意見を汲んで甲斐甲斐しく働いてきた民主派の議員が治績ゼロの親中派新人に敗れるというのは、何か別の要因も作用しているように思います。

 すると、私の大好きな香港のコラムニスト・呉志森が『蘋果日報』に発表した記事(2007/11/21)に興味深い分析がありました。ポイントは2点。まず、選挙区で頑張って働いても有権者の顔ぶれ自体に変化が生じているのではないか、というものです。

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 香港は7年間居住すると無期限IDカードを申請することができます。外国人でも香港住民として相応の待遇を得られるようになる、というもので、これには選挙権も含まれます。

 香港在住当時、私も有資格者でしたが申請する気はありませんでした。何やら縛られるようで嫌だったからです。だいたい中国の植民地とそういう縁を結ぶことが嫌で嫌で(笑)。

 呉志森はまずこの「滿7年」に注目して、中国本土から移民して7年に達した「新規有権者」の存在が、選挙区によっては当落を左右した原因になっているかも知れないと指摘しています。

 最近の中国本土からの移民は政治的理由で逃げてきたというより、香港にいる親類縁者のツテを頼って定住権を得た者が圧倒的多数ですから、いかに地元で民主派が汗を流して働いても、これら「新規有権者」は理非を越えて民主派であることを忌避し、親中派を優先するのだ、というものです。

 実際にそれがどれほど作用しているかはともかく、この着眼にはなるほどなあ、と私は盲点を衝かれたような気がしました。これは中共政権による「植民」政策が直接的に実を結んでいるケースといっていいと思います。

 チベットや新疆で行われているようなことが、ささやかながら香港でも実施され、それが成果をあげつつある、ということになります。これは教育面での「同化政策」同様、見過ごせない事実のように思います。

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 もう一点は、中国の支援を背景にした親中派の動員力・組織票です。イベント開催、電話攻勢はもちろん、投票日にはバスを何台も仕立てて有権者を投票所まで送迎するという至れり尽くせり。もちろんこうして優遇される有権者たちは親中派候補への投票を誓っている連中です。

 華やかで周到かつ執拗なまでのこうした動員力は、資金的にもマンパワーの面でも民主派には真似できないところです。

 ……この2点は大局を左右するほどの要因ではないかも知れませんが、今後中国本土からの「移民」がますます増えるであろうことを考えれば、一笑に付すことはできないように思います。

 加えて中国からの圧力で進められている香港型の「愛国主義教育」を全身に浴びて育った世代が有権者の年齢になれば、親中派に投票することについての抵抗感は「むかし型香港人」(香港生まれで、英国統治下で成人した世代)に比べればずっと低いことでしょう。

 とはいえ、今回の選挙結果は有権者の意思をそのまま反映したものなのですから、この事実は素直に受け止めざるを得ないでしょう。

 ちなみに、今回の区議会選挙の投票率は38.8%。香港の場合は住民票がありませんから、まず有資格者の住民が自発的に有権者登録を行います。それを基数とした投票率が38.8%ですから、有権者登録をしていない住民が少なからずいることを考えれば、実際の(日本でいうような)投票率は30%とか20%台とか、ともかくもっと低い数字になることになります。

 この「投票率の低さ=浮動票の少なさ」も動員力・組織票に長けた親中派の勝利の一因といえるかも知れません。

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 余談ですが、配偶者の従妹でときどき私に電話してくるアオイちゃん(20歳・学生)や配偶者の姉も投票に行かなかったそうです。

「だって誰に投票していいかわからないから」

 とはアオイちゃんの弁。素直で実によろしい(笑)。まあ4年前とは異なり、「むかし型香港人」も半ば投げてしまっていますから、この点は似たようなものでしょうけど。

 政治への無関心はともかく、「植民」が少しずつ進行していることに危惧を覚えます。……ああ私は香港嫌いを標榜しているのでザマーミロと言わなければなりませんね(笑)。まあ「終わりを約束された街」ですから、一歩前進とでも言っておきますか。

 それにしても中国共産党というのは、お化粧の仕方は相手次第ではあるものの、基本的にやることは同じなんですね。




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 昨日(11月15日)の夜のことです。香港人である配偶者が隣室にいる私に「ようつべ」を送りつけてきました。



 配偶者の説明によると、この動画は香港を代表するスターのひとりであるアンディ・ラウ(劉徳華)が四川省・成都市でコンサートを開いた際のものだそうです。

 コンサート中にファンの男性が花束を持って舞台にかぶりつき、アンディ(白い服の人)が前に出てきてそれを受け取って、握手をしてあげました。

 事件はその直後に起きました。念願を果たしてアリーナ席前の通路に戻ったその男性ファンを突如わらわらと湧いて出た「保安」(警備員)どもが取り囲み、殴る蹴るの暴行を加え始めた模様。

 舞台の前でそれが行われているので、アンディはすぐ気がつきました。ここからが「華仔迷」つまりアンディのファンにしてみれば、日頃からファンを大切にしているアンディの真骨頂ともいえる場面です。楽曲が進行中なのに構わず、

「停手!」(やめろ)

 とマイク越しに言い放つや、かなり高さのある舞台から単身アリーナ席前の通路へと躊躇せずに飛び降りたアンディは警備員どもの間に割って入り、殴られていたファンを背後にかばうようにして警備員たちと揉み合う格好に。アンディは相当激昂している様子です。

 そこへアンディないしは主催者側のスタッフが多数駆けつけてきて警備員とアンディの間を引き離したのですが、ファンが殴られるのを目にするなり、それを守ろうとしたこの条件反射のような行動、これはなかなかできることではありません。

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 普通なら見て見ぬフリをするかどうかはともかく、気の利いた者ならスタッフに合図して収拾を図るところでしょう。アンディ・ラウは私より5~6歳くらい年上ですし数え切れないほどライブを行っていますから、こういう場面に出くわしても慌てることなく、分別や打算が働いたかも知れません。

 あるいは40代だから踏み切れたのかも知れません。それにしても自分のコンサートを置き捨てて、よくもあの高い舞台から飛び降りたものです。やはりアンディらしさの発露、といったところなのでしょう。

 配偶者が広東語を教えている生徒さんの中には何人か年季の入った「華仔迷」がいます。来日する際の成田空港でのお出迎え・お見送りはもちろん、香港で開かれるコンサートからファン向けのイベントにも皆勤するほどです。そこまでコアというかディープなファンになると、アンディの方も顔を覚えてくれていて、偉ぶることなく、逆に気さくに声をかけてくれたりするそうです。ファン冥利に尽きるのではないかと思います。

「華仔はやっぱりすごい。ファンを大切にしている。普通の『明星』(スター)ならここまでやらない」

 と配偶者も興奮気味で何度も繰り返していました。きっと今回の事件は「華仔迷」の間では伝説となることでしょう。

 それにしても警備員もやることがひどいですね。たぶん農村争議を実力で鎮圧すべく当局が駆り集める「雇われ暴徒」と同じような連中なのではないかと愚考する次第。

 ●『星島日報』(2007/11/13)
 http://hk.news.yahoo.com/071113/60/2jez8.html

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 このアンディ・ラウの美談について、上で「分別や打算が働いたかも知れません」と書きましたが、私自身はそういうことなく、アンディの本能的な行動だったのではないかと考えています。事件を目にしてまず出た第一声が、

「停手!」

 と、広東語だったからです。同時に、英国統治下で成人した「むかし型香港人」だなあとも感じました。私の仕事仲間や配偶者もみんなこの「むかし型香港人」です。

 私に言わせれば「本来型香港人」。親が大陸から脱出してきた、その二代目です。アンディのように仕事で必要な場合は別ですが、そうでなければまず北京語を話せません。試しに話させるとその汚れ濁ったような発音にこちらは頭を抱えたくなります。

 ところが当ブログに何度か登場してもらった、ときどき私に電話してくる配偶者の従妹・ミドリちゃん改めアオイちゃん(20歳・学生)は「むかし型」ではありません。アオイちゃんも大陸脱出組の二世ではありますが、小学生のときに香港返還を迎え、北京語が必修科目となった教育プログラムを経ていますから、一応マトモに北京語を話すことができます。「現代型香港人」といっていいでしょう。

 今年6月1日の香港返還10周年記念日に「宗主国」たる中共政権からは胡錦涛・国家主席がやって来ました。この胡錦涛の眼には、香港は「同化政策」がまだまだ不足していると映ったらしく、国民教育やら愛国主義教育やらにもっと力を入れろ、と注文をつけて帰っていきました。

 ●「終わりを約束された街」――香港について。・上(2007/07/02)
 ●「終わりを約束された街」――香港について。・中(2007/07/04)
 ●「終わりを約束された街」――香港について。・下(2007/07/09)

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 現在香港の教育現場で日夜量産されているのは「現代型香港人」です。1989年に中国で生起した民主化運動を支援する大規模デモが連日行われたことや、天安門事件の衝撃を体感していません。英国統治時代の記憶や肌触りを持っていません。その点ですでに中共政権に対するイメージが「むかし型」と異なっています。

 また、必修科目ゆえ北京語がちゃんと話せる分だけ中国に「同化した」といえるかも知れません。これも教育プログラムの「成果」なのでしょうが、「むかし型」よりも中共政権の価値観に寛容で違和感を感じにくくなっている一面もあるでしょう。

 アオイちゃんたちはその先頭集団ということになるのでしょうが、この世代は10年もしないうちに結婚してほどなく親になることでしょう。生まれてくる子供たちは「未来型香港人」です。テレビで中国国歌が流れても「むかし型」のように眉をひそめることがありません。北京語は普通に使えます。でも家では広東語。これでは広州の中国人と大差ありません。

 ……もっとも、社会の仕組みや政治制度が異なりますからいきなり広州まで退化することはないでしょうけど、中共的価値観にはより従順になっていることだろうと思います。「香港人らしさ」というか「香港人意識」というか、まあ香港人としてのアイデンティティのようなものが「むかし型」に比べると驚くほど希薄になっていることでしょう。

 国家という大局を顧みずに何事も地元優先で事を運ぶ、あるいは一種の「地域エゴ」のようなありさまを、中共政権では「本位主義」と呼んでいます。中国は教育を通じて、「現代型」「未来型」の香港人から「本位主義」を拭っていこうとしているのでしょう。

 ●「愛国度」が試された?――香港vs中国(2004/11/25)

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 それがシャレでない証拠に、

「国語の授業は北京語でやるべきではないか」

 という声が一部から出ており、語文教育・研究常務委員会という部門からそのテストケースとして2億香港ドルを投入し、小中学校計120校でそれを実現に移そうという計画が進んでいます。さらに踏み込んだ「同化政策」です。

 北京語で国語を教えるという試みはこれまでにもごく一部の小中学校で行われていたようですが、成果が上がっているという意見の一方で、広東語・北京語・英語を取り混ぜることで子供たちが混乱するためかえってよくない、という意見もあります。

 ●『明報』(2007/10/29)
 http://www.mingpaonews.com/20071029/gaa1.htm

 いずれ「国語教育は北京語で」が主流になるのでしょうが、広東語潰しといえなくもないそうした流れが、いまひそかに教育現場で進行しつつあるということです。

 ……で、冒頭の話題に戻ります。ファンが警備員に暴行させるのを目にしてアンディ・ラウが、

「停手!」

 とつい広東語で叫んでしまったのは、W杯予選で中国代表のPKを止めた香港代表のGK同様、中共政権にしてみると、

「大局を顧みない本位主義」

 の発露ということになります(笑)。たぶん「未来型香港人」によるコンサートなら第一声から北京語が自然に飛び出すことでしょうから。

 それにしても、「本来型香港人」が「むかし型」になっていくことには、「ザマーミロ」と思いつつも(笑)、一抹の淋しさを覚えずにはいられません。




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 きょう10月1日は中国の国慶節。建国記念日といったところでしょうか。香港にとっては中国返還後10回目の国慶節です。

 いやー香港なんてのはね、もうダメ。中国の植民地になったことで「終わりを約束された街」になっちゃったから、後は地獄へ一直線。そのじわじわと腐っていく様を生暖かく眺めていればいい訳で。

 ……と私は公言しているので(表向きはそういうことにしておいて下さい)、香港の政情にもあまり興味がありません。前にも書きましたが最近来日した香港の仕事仲間や馴染みの編集者と飲んだ際にも、

「お前ら『一國兩制』って知ってるか?『一國』っていうのは中共一党独裁政権のことだ。『兩制』ってのは『内地式奴隷制』と『港澳式奴隷制』そうだろ?」
(一國兩制=一国家二制度、内地=中国本土、港澳=香港・マカオ)

 と冗談を飛ばして挑発したのですが、連中にはウケまくってしまいました。orz

 そういう天下国家なんて考えたって自分たちではどうにもできないんだから笑うしかないのです。それよりも次号の販売部数とか他誌の動向とか編集部内の権力闘争をどう収拾するかが喫緊事(業界内の派閥関係から私は3回飲む破目になりました)。どうしても香港が嫌なら外国のパスポートを持てばいい訳で。

 それで最終学歴は「中五」で北京語が話せなくて、余暇はACG(アニメ・コミック・ゲーム)三昧。アキバ系であることを別とすれば、現在ではオールドタイプともいえる「在りし日の香港人」です。香港にいたころはガキにしか見えなかったのですが、歳月がみんなを30代にしてしまいました。

 もちろん20代前半の恐らく北京語で私と会話できるであろう若手もいるのですが、私は会ったことがありません。何やら「格」のようなものがあるらしく、そういう連中は日本取材なんて10年早いと香港で留守番しているか、来日しても私を交えた集まりには連れてきてもらえないようです。

 ――――

 それはともかく、先月半ば、香港の政界に一陣の風が吹きました。
「香港の良心」と称される英国統治時代からのエリート官僚で中共とは反りが合わない陳方安生(アンソン・チャン)というオバサンが、香港の議会である立法会の補欠選挙への出馬を表明したのです。……ということは既報していますね。

 ●お前らにはその程度がお似合い>>香港人(2007/09/11)

 民主派はこれを喜んで政党(民主党とか社民連とか素敵な名前ばかりw)を越えて応援していこうということになったのですが、天安門事件の名誉回復を求めるかどうかといった中共当局への「強硬度」などの線で調整がつかず、結局もう一人の候補が出馬を表明。

 ただ民主派は一人をみんなで担ごうという点では合意していましたから、9月30日に内部で予選が行われました。予定通りアンソン・チャンの勝利で、晴れて民主派連合が一致して推す立法会補選立候補者となりました。

 勝利後、アンソン・チャンは2012年の「雙普選」(行政長官&立法会全議席への普通選挙制導入)実現を目指すと表明。また天安門事件の速やかな名誉回復を目にしたい、とも語りましたが、このあたりの「強硬度」が民主派の中で予選を行う破目になったのでしょう。

 ともあれ、勝利。とはいえこの予選におけるアンソン・チャンの得票率は77.3%。圧勝と形容してもいいのですが2割も逸したあたりがちょっと微妙。香港大学が行った該当選挙区の有権者1000人以上に対し実施した予選に関する世論調査でも、「アンソン・チャン支持」が47%、敗れた「対立候補支持」が10.9%、「どっちも不支持」が29.9%と、何となく気になる結果をはじき出しています。

 ――――

 で、民主派はアンソン・チャンを担ぐことになった訳ですが、これに対して親中派が候補者として持ってきたのが
前保安局長の葉劉淑儀(レジーナ・イップ)。これでこの立法会補選が俄然盛り上がることとなりました。



 ●香港議会補選、女性同士の一騎打ちに 元保安局長出馬へ(asahi.com 2007/09/27/19:35)
 http://www.asahi.com/international/update/0927/TKY200709270526.html

 香港政府元保安局長の葉劉淑儀(レジーナ・イップ)氏(57)が27日、親中国派の最大政党「民主建港連盟」などの支持を受け、12月の香港立法会(議会)補欠選挙に無所属で立候補すると表明した。民主派陣営からは、香港政府ナンバー2の政務官を務めた陳方安生(アンソン・チャン)氏(67)が出馬を決めており、女性同士の激しい一騎打ちになりそうだ。

 葉劉氏は「12年長官選挙での直接選挙実現を支持する」と民主化への理解を示した上で、「私は陳方氏より若く、中国政府とも意思疎通ができる」とアピール。英国植民地時代の価値観を体現する人物として中国政府が警戒する陳方氏との違いを強調した。

 葉劉氏は03年、香港政府が反政府行為や結社の自由を制限する「国家保安立法」の成立を目指した時の保安局長。立法案は50万人民主化デモの引き金となり、廃案に追い込まれた。葉劉氏は辞任したが、議会での「こわもてぶり」は親中派から一定の評価を得た。




 単に女の戦いという理由からだけではありません。このレジーナ・イップは記事にもある通り、自由を制限するという意味においてグレーゾーンが多く、当局の解釈次第でどうにでも運用できる「国安条例」(国家保安立法)の成立を目指した中心人物(保安局長でしたからね)。

 ところが香港市民はこれに猛反発し、政府の無為無策といった他の要因も加わって、2003年7月1日に伝説の50万人デモが発生。この歴史的な事件を新華社は3日間報道せず、一方で立法会より一段下がる区議会議員選挙を控えていた親中派が激しく動揺。もともと「国安条例」の成立に積極的だったのが、デモの凄まじさに鮮やかに寝返って民主派同様、反対派へと一変。これで立法会の過半数を得ることができず法案は廃案となり、非難を一身に浴びたレジーナ・イップは保安局長を辞任して政界から身を退きました。

 一方のアンソン・チャンは中共当局の押しつけてくる政策に反発して政務官を辞職した経緯がありますから、因縁の対決ということもできます。『香港文匯報』など親中紙は早くもアンソン・チャンへのネガティブキャンペーンを展開しています。

 ちなみにレジーナ・イップのことを香港人は
「帚把頭」(ほうき頭)と呼んでいます。髪型が竹箒のようだからで(笑)、むろん、これは好意的な表現ではありません。ただこのあたり、即物的な表現に撤する広東語の面白い一面ともいえます。

 眼鏡をかけた男性は「四眼仔」(四つ目男)、ハゲ頭のオジサンは「光頭[イ老]」、フランシスコ・ザビエル型のハゲは「地中海」、そして現在香港の行政長官(特首=トップ)である曽蔭権はその服装から「蝶ネクタイ」と、もう見たまんま。そうした表現が新聞の見出しを飾るからいよいよ面白いです。

「蝶ネクタイ北京へ出発」
「ほうき頭が出馬表明」

 といった感じで、そのまま使われます。

 ――――

 ともあれ今回の補選、お互いにエース級の候補者を担ぎ出したことで意地の対決ということになりそうです。前評判はアンソン・チャン優勢なのですが、中共当局や親中派が切り崩し工作や某かの圧力を施して来る可能性もあり、目が離せない展開となりました。

 ……おっと、紋切り型になってしまったので「帚把頭」に登場してもらいましょう。

 香港暮らしが長い人には懐かしいビデオクリップです。必見。


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 ●『明報』電子版(2007/09/30/16:28)
 http://www.mpinews.com/htm/INews/20070930/gb71628c.htm

 ●『明報』電子版(2007/09/30/17:00)
 http://www.mpinews.com/htm/INews/20070930/gb71700c.htm

 ●『明報』電子版(2007/09/30/17:10)
 http://www.mpinews.com/htm/INews/20070930/gb71710c.htm

 ●『明報』電子版(2007/09/30/21:48)
 http://www.mpinews.com/htm/INews/20070930/gb72148c.htm




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 仕事でフラストレーションがたまっているので、ちょっと鬱屈を散じさせて頂きます。御迷惑でしょうがお付き合い下さい。

 今朝の香港各紙(2007/09/11)は、

「陳方安生が出馬表明へ」

 という話題で持ち切りでした。
陳方安生(アンソン・チャン)「香港の良心」と呼ばれるオバサンで、同じ香港人でも中国の後押しでWHOのトップになったオバサンが地元香港でも以前から評判が散々で、実務においても悪臭を振りまいているのとは大違いです。

 ちなみに「陳方」というのは複性ではなく、香港の場合は結婚している女性を漢字で表記する際、結婚後の姓の後ろに旧姓を置くのが一般的だからです。アンソン・チャンは旧姓が方で陳さんと結婚した女性ということになります。

 「香港の良心」とは、アンソン・チャンが英国統治時代から優秀な官僚として知られていること、そしてたぶん民主化に比較的寛容で北京(中国政府)が押しつけてくる政策に批判的なスタンスであったことから生まれた称号でしょう。中国返還後の第一次董建華内閣でもナンバー2の座に就いたものの、無能かつ一意専心中共追随の董建華・行政長官(香港のトップ)との確執で野に下りました。

 暫くは大人しくしていたのですが、一昨年冬の民主化デモに参加したことで再び脚光を浴びました。第二次董建華内閣の後を継いだ曽蔭権・行政長官がアンソン・チャンの元部下にあたることも存在感を漂わせる一因でしょう。

 ――――

 で、そのアンソン・チャンが立法会議員の補欠選挙に出馬することを今日、表明しました。立法会議員というのは普通選挙である直選議席が全議席数の半数に押さえられていて、残りは業界代表議員のような形で有権者が限定され、かつ親中派が当選しやすい仕組みになっています。こうすることで北京が目の敵にしている民主派が過半数を占めないようになっているのです。

 今回アンソン・チャンが出馬する補選は直選議席なのですが、これがちょっと因縁めいています。元々この席を占めていたのは親中派政党
「民主建港連盟」(民建聯)主席だった馬力というオサーンなのですが、この馬力が1989年の天安門事件について今年、

「虐殺なんか起きていない」
「戦車のキャタピラに潰されて人間がミンチになったといわれているが、ミンチになっているんだから人間か豚かわかりゃしないだろ」

 といった発言をして香港人の大多数を敵に回しました。非難囂々です。民建聯も直選枠で一定数の議席を常に確保していますから主席の妄言に大弱り。

 ところが因果応報とはよくいったもので、この馬力が非難の凄まじさに中国本土へと雲隠れしてほどなく、
あっという間に癌で死亡。溜飲を下げた香港人がたくさんいると思いますが、いちばんホッとしたのは民建聯ではないかと(笑)。

 そして、空席になったその議席をめぐって各政党が候補者を準備していたところ、アンソン・チャンが出馬する意向らしいというニュースが出現。これを受けて民主派系の政党は自らの候補者を引っ込めて
「みんなでアンソン・チャンを担ごう」という方針に急転換。そりゃもう「香港の良心」ですし現行政長官の元上司ですから格も評判も段違いなのです。

 注目の出馬表明はついさっき行われました。香港はしばらくこの話題で盛り上がることでしょう。香港各紙は「馬力の暴言~即死」以来の政治ネタとして張り切っているに違いありません。

 ――――

 でもねー、と思うのです。アンソン・チャンは存在感があるとしても、たかが補選への出馬でしょ?行政長官選挙でもあるまいし、当選したって立法会議員のひとりにすぎませんから、議会の勢力図が大きく変わることもないでしょう。別に劇的でも何でもありません。逆にその存在感とは裏腹に、単なる議員のひとりに収まってしまうアンソン・チャンが哀れになります。

 ま、香港の政界がネタ不足というマスコミ側の事情もあるかも知れませんけど、これで大騒ぎしているのをみると、香港の「民主化」への動きもずいぶん後退したものだなあ、というのが私の実感です。

 以下は香港大学が9月4日~7日に実施した世論調査結果(『蘋果日報』2007/09/11)。



 ●2012年に実施される行政長官選挙の直選化(普通選挙)に賛成しますか?

 

 ――――

 ●2012年に実施される立法会議員選挙について、半数の議席を直接選挙、残り半数を比例代表制にするとの意見に賛成ですか?


 



 普通選挙制導入に対する香港人の熱意は圧倒的かと思いきや、意外に高くないのです。はっきり「賛成」(支持)と答えたのは行政長官選挙で59%、立法会議員選挙で51%。「一半半」は「どっちでもいい」です。「唔知/難講」というのは「わからない・何ともいえない」てなところでしょうか。

 アジア金融危機の後遺症、ネットバブルの終焉、経済的環境の変化(中国経済の重心が広東省など華南地区から上海周辺へと移行)そして中国肺炎(SARS)といった数々の衝撃と、それに対する董建華政権の無為無策あるいは失政が2003年7月1日の伝説的な50万人デモを生みました。

 香港人はその勢いを駆って、民主派主導のもと
「全面的な普通選挙制導入」という目標に邁進し始めたかのように見えたのですが、経済状況が回復して董建華が胡錦涛にクビを飛ばされて現在の曽蔭権体制が成立したことで、また北京からパンダを贈られたりして、……要するに中国がアメとムチを併用する香港人の扱い方に習熟してきたことで、以前の熱気が色褪せつつあるかのようです。

 「反對/一半半」と回答した人の中には、「中国と事を構えると商売がうまくいかなくなるから困る」という思惑もあるでしょう。これに「唔知/難講」を含めると、

「どうせ最後は中共政権に隷従させられる訳だし」

 という諦めのようなものも含まれているのではないかと思うのです。そこは元来が植民地ですから、「どうせ無理なんだから」という気持ちがすぐ顔をのぞかせます。どうしても嫌になったら社会を変える運動をするより外国のパスポートをとる方が早いし楽だし。……という思考法が香港人らしくもあります。

 ――――

 これに加えて中共から押しつけられている香港型愛国主義教育「国情教育」「国民教育」などが普通話(北京語)の授業とともに若い世代には施されている訳で。中国における「民主化の孤塁」ではあるのですが、所詮はこんなもん。

 私にとっては本業及び副業のコラムとコソーリ活動(香港紙での文章発表)を展開できる程度の環境があれば香港なんかどうなってもいいです。

 ……そうだ、今回の一件について次の機会に配偶者の従妹で北京語を使う例の翠ちゃん(Midori)に尋ねてみましょう。

 そういえば翠ちゃんは先日改名して
葵ちゃん(Aoi)になったそうです。ミドリという名前は配偶者が適当につけたものなのですが、広東語を学んでいる生徒さんたちから、

「いまどきミドリ?」
「もうちょっと今風の名前をつけてあげなきゃ可哀想」

 という声が相次いだためアオイちゃんになったとのこと。全国のミドリさん申し訳ありません。という訳で不肖御家人ともどもアオイちゃんを今後とも宜しく御願いします。m(__)m

 ――――

 何やら鬱屈を散じたようにはみえませんが、

「お前らは終わりを約束された社会の住人なんだよ。元々海賊版こしらえたりパクリしかできない程度の、レベルの低いお前らにはそれがお似合い。これから中国並の民度にまで墜ちていくのを生暖かく見守ってやるからせいぜい感謝してもらおーか(笑)」

 というのが今回の主題なので、これでいいのです。




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「中」の続き)



 先月末のことです。権力に屈しない社会派の新聞として中国で人気の高い『南方都市報』の姉妹誌である『南方周末』、これまたしばしば鋭い記事を掲載する雑誌なのですが、同誌が香港の中国返還十周年にかこつけて中国国内メディアの禁忌ギリギリの際どい文章を掲載しました。

 ●あなたが知らないであろう香港(南方周末 2007/06/28/15:52)
 http://www.nanfangdaily.com.cn/zm/20070628/xw/zmxwzt/200706280023.asp

 何が際どいかといえば、香港における法輪功の反体制活動や毎年6月4日に維園(ピクトリアパーク)で開催される天安門事件(1989年)の名誉回復を求めたキャンドル集会に言及していることです。

 もちろん「法輪功」とか「六四」といった固有名詞は使われていませんが、わかる人にはすぐピンとくる書き方です。天安門事件後の政治的引き締めで大半が姿を消してしまいましたが、1980年代後半の中国にはこういうニヤリとさせられる記事を掲げる雑誌が結構あったものです。

 という訳でこの文章はヲチの教材としては恰好のものです。「法輪功」「六四」などを念頭に置きつつ読めばあなたもニヤリとさせられることは必定。その点を別としても秀逸な内容の記事です。

 で、香港シリーズの素材として私が目にとめたのは香港を代表する大富豪・李嘉誠に関するくだりです。香港で貧富の格差が拡大しつつある、という文脈の中で語られているのですが、

「10年前、李嘉誠は李超人(超人=スーパーマン)と呼ばれ、私たちの偶像だった。努力をしさえすれば成功するチャンスがあるという『香港ドリーム』を代表していたのだ。でもいまではタクシーの運転手でも李嘉誠のことをロクデナシとか独占主義者とか官民癒着だなどと罵っている。香港人はかつて、金持ちの金持ちたる所以は自分で努力したからだ、と考えていたけど、いまでは富裕層への反感さえ生まれている」

 というフェニックスTV関係者のコメント。香港社会の構造転換と香港人の価値観の変化をよく表現していると感じたのです。

 ――――

 同じ目的のために私が準備しておいたのは冒頭の写真です。この女性、アイドルにしては歳をとりすぎているようですし、女優としても劣化したルックスで、かような巨大広告にはふさわしくありません。

 でも、いいのです。なぜならこのオバサンは芸能人ではなく、有力予備校のカリスマ講師。「58A」「91B」というのは「會考」と呼ばれる統一試験(日本のセンター試験のようなもの)でAランクの成績をたたき出した学生のうち58名、Bクラスでは91名がこのオバサンの教え子だったという意味です。英語に限るとAクラス学生を輩出した予備校講師として3年連続トップ。

 配偶者が里帰りしたときに撮ってきてくれたものですが、私はこれをみて何やらため息をつきたくなるような気分にとらわれました。香港と香港人は本当に変わってしまったんだなあ、という感慨です。

 以前の香港には、大学といえば香港大学と中文大学の2校しかありませんでした。エリート養成機関ともいうべきものです。それが少しずつ新設大学が出現して数が増えました。

 私が香港を離れる直前の1998年の「ミス香港」本選で予選突破者に対し出されたクイズには、

「いま香港にはいくつ大学がありますか?」

 という問題が登場。正解は6校でしたが、いまはもっと増えていることでしょう。

 私はそのクイズをたまたまテレビで観ていて、6校という正解を意外に思いつつ「ああこれは香港社会に構造的変化が起こるな」と直観しました。同時に「香港人」も変わるだろうと思いました。

 10年近く経って、その予感が間違いでなかったことをこの写真が証明してくれています。1990年代前半に大学受験といえば限られた英才にのみ与えられたチャンスで、受験勉強のために家庭教師を雇うのが普通でした。

 ところが、いまや大学が増えたために受験勉強をする生徒も増え、そのニーズに応えて予備校が出現し、そればかりか写真のような大きな広告を掲げられるほどの産業として成立しているのです。

 ――――

 香港人といえば
「No money, no talk.」という言葉があります。カネこそ全て、なのです。学歴などはさほど意味を持たず、それより機敏で機転がきいて商才のあることの方が重視されました。うまくチャンスをつかめば、李嘉誠のように成り上がるという「香港ドリーム」の成功者になれるからです。

 ところが、前掲『南方周末』の記事が示しているように、かつてはヒーローとされた李嘉誠を、現在の庶民は憎悪の対象にさえしているのです。一言でいえば、「香港ドリーム」が消えてしまったからでしょう。

 財界をみればわかります。李嘉誠もまだ健在ですが、その息子はM&Aなどで派手な動きをして、むしろ父親より存在感を示しています。他の成功者たちも財閥を形成しており、いまや二世の時代です。香港特別行政区の初代行政長官(香港のトップ)で無能ぶりを市民から散々攻撃されたトウ建華も財閥二世組。

 要するに、成り上がって到達すべき世界がすでに成功者たちの二世らによって仕切られており、割り込むチャンスがなくなってしまったのです。階層間の対流が以前に比べ大きく減少したといったところでしょうか。「香港ドリーム」など現在においては過去の幻影でしかありません。

 そのうちに大学の数が増えて、「香港ドリーム」が期待できなくなった香港市民は学歴重視志向へと転じました。簡単にいうと、香港の大学は一部をのぞいてエリート養成機関という属性を持たず、李嘉誠ら「香港ドリーム」を体現した財閥の手足となる兵隊、つまりホワイトカラーの量産工場へと性格を変えたのです。

 カネこそ全て、という価値観は香港人というよりむしろ中国人特有のものというべきかも知れませんが、香港においてはその特性も揺らぎつつあるようにみえます。

 ――――

 実は当シリーズの前回にあたる「中」にて配偶者の従妹で二十歳の学生である「翠(Midori)ちゃん」に登場してもらったのですが、若い世代の香港人の平均像とするにはちょっとネジが飛びすぎているような気がして、私は念のために副業のコラムを連載している香港の某ACG系週刊誌の編集部に電話してみました。

 編集長とは現地の業界における戦友の中の戦友、10年を超える長い付き合いの間柄です。ひいき目でなく、現在の香港ACG系雑誌業界における編集長としては最強の存在。拙文の熱烈なファンでもあり、私を引き抜いて翻訳者からコラムニストに仕立て上げたプロデューサーでもあります。

 臆面もなくいえば、私のコラムは奴の期待通りに読者を集め、その駄文のために雑誌を買うという奇特な読者が少なからず出現して、雑誌の売り上げに一定の貢献を果たし続けています。

 ……それはともかく、編集部になら若い連中がいるだろうから、いわゆる「国情教育世代」に接触できる筈、と私は踏んだ訳です。ところが編集長から帰ってきた答は、

「そんな若い奴、いないよ。みんな御家人さんが知っている顔ばかりだから」

 というものでした。とすれば10年近く前から業界入りしていた連中ということになります。さすがに奴だな、と思いました。これは出版に限らず全ての業界にいえることですが、離職率の高い香港にあって、転職という色気を出させずに部下をしっかり掌握しておくことは容易ではないからです。

 ――――

 御家人
「美術部隊にもいないのかよ」

 編集長
「いない。昔からの奴らが辞めないで続いているし、新人も採っていないから」

 御家人
「お前ら平均年齢高いな(笑)。てことは、最終学歴は全員『中五』か」

 編集長
「まあそうだな。『中三』の奴も何人かいた筈だけど」

 御家人
「大卒はいないよな?」

 編集長
「いる訳ないだろ。みんな御家人さんの顔見知りなんだから」

 そうなのです。ざっと10年ばかり前、私がまだ香港に住んでいて、本業が香港の某出版社の渉外担当(対日交渉要員)だったころはACG系誌をはじめ、どの編集部にも大卒の学歴を持つ香港人など一人もなく、日本の高校2年に当たる中学5年生、いわゆる「中五」で社会に出るのが一般的でした。

 この編集長も私の配偶者も「中五」です。もちろん同じ「中五」とはいえ、日本流にいえば偏差値はまちまちで、進学校(編集長)もあればバカ学校(配偶者)もあります。

 「中六」「中七」というより高い学年もあるのですが、これは大学進学を狙うごく限られた生徒たちが進む課程。

 ですから最終学歴が「中五」の香港人が日本の大学や専門学校に留学するときは、日本語能力試1級の資格だけではダメ。高校2年までの学歴しかありませんから、来日前か来日後にまず「中六」に相当する課程をこなさなければいけません。「中六」の修了証書を買う、という方法もあるようですが(笑)。

 ――――

 ただ上述したように、1990年代も後半から大学新設が相次ぎ、大卒者の数が急増しました。当然のことながら大卒インフレとでもいいますか、大卒という最終学歴の価値も急落。

 同じ時期にアジア金融危機が発生して香港が不景気となったこともあり、大卒初任給の平均額も大幅減となったものです。

 そのころ、つまり私の香港における最後の最後という時期に、私のいた出版社のゲーム雑誌の編集部に大卒の新卒者2名が入ってきました。就職難で望んでいた業界に入れず、ゲームやアニメが好きだから編集部入りを決めた、ということでした。

「おいおいこんな糞みたいな職場に大卒が入るのかよ」

 と編集者どもは驚いていたものです。私はこの二人に親しみを込めて「地球君」「李白君」とニックネームをつけました。前者は地球物理学専攻、後者は中国の古典,特に唐詩が守備範囲だったからです(笑)。

 その後、私が台湾の出版社に引っ張られてから香港のACG系雑誌業界では中国人お決まりの権力闘争や野心家の蠢動、さらに労資対立などから分離独立が進み、私を引き抜いた編集長は編集部ごと独立するという驚天動地のクーデターに成功。他にも中堅クラスの連中がいくつかのグループに分かれて新雑誌を立ち上げるなどして、元の会社は数年後に倒産。香港の業界は私にとって訳のわからない世界になってしまいました。

 「地球君」と「李白君」はその過程で相前後して比較的マトモな、お堅い業界に転じたと聞いています。賢明な選択というべきでしょう(笑)。

 ――――

 何がいいたいのかといえば、香港が「香港らしさ」を失いつつある観があるのは、「宗主国」が中国に代わったからだけではない、ということです。

 私の印象でいえば、「香港らしさ」とは一種の活力であり、俗にいう「生き馬の眼を抜く」という何でもありの世界です。「やったもん勝ち」という行動原理に「No money, no talk.」という単純明快な価値観。さらに加えるとすれば「反権力」的性向でしょうか。権力者がすっ転ぶのを大笑いして喜び、権力や強者に媚びる連中を嫌悪するというニオイがかつての香港人にはありました。

 「反権力」の一面はご愛嬌として、「何でもあり」という香港人の世界は、特にビジネス面において日本人の目には「野蛮」と映ります。ただし中国本土ほど未開でないために、それは何とか許容し得る「野蛮」であり、これを好意的に「パワフル」とか「活力にあふれた社会」と表現することもできました。

 それを支えていたのが「香港ドリーム」です。実例として李嘉誠などの成功者がいました。かつての香港人たちは、李嘉誠たることを望んだのです。

 ところが、いまや成功者の二世が仕切る時代。空席はすっかり埋まっており、「香港ドリーム」も伝説と成り果てました。替わりに登場したのが学歴重視志向です。その具体的表現として予備校という新産業の台頭があり、写真のようなカリスマ講師がもてはやされる状況の出現があります。

 大学から量産されるのはホワイトカラー予備軍ですから、以前の香港人に比べればおとなしくて線が細く、創業意識に乏しいキャラクターばかりとなります。それが翠ちゃんたちの世代です。

 ――――

 この香港社会の構造的変化が中国返還とほぼ同時期に進んだことは、統治者たる中国にとっては僥倖ともいうべきものでした。

 学歴追求という価値観が浸透するほど、香港型愛国主義教育である「国情教育」を長い時間施すことができるようになるからです。近い将来、受験において「国情教育」の成績が重視されるようになる可能性もあるでしょう。

 若い世代が創業者よりも勤め人という従属者志向に傾くようになったのも、中国にとっては願ったりかなったりだろうと思います。

 どの社会にもその社会なりに、また民度相応に落ち着く(秩序が固まる)時期が必ずやってきます。故・司馬遼太郎氏の名作『坂の上の雲』は、明治維新で正に御一新となった日本社会が、落ち着いてしまう直前までを描いたものです。

 香港がいま、その過渡期を終えようとしているのではないか、と私は考えています。要するに、中国返還という出来事がなくても「香港ドリーム」の終焉とともに香港社会は落ち着く方向へと進んでいってしまっただろう、ということです。

 ――――

 落ち着いてしまった香港社会に「観光地」以外の売り物、国際社会の中にあって誇れる特色がどれほどあるか、ということを考えると、それだけでも「終わりを約束された街」という言葉が私の頭には浮かんできます。

 それに加えて未開で野蛮な一党独裁国家から統治されなければならないのです。「死路一條」(地獄へ一直線)というほかありません。約束された「終わり」に改めて太鼓判が押されたようなものです。

 それからすでに10年。香港が今後いよいよ活力の乏しい社会になっていくとしても、例外的な「香港らしくない」人材を輩出することはあるでしょう。ただし、

 ●かつての中国人国費留学生がそうであったように、そうした人材は恐らくより自由で安定した社会に活躍の場を求めて香港を離れていくのではないか。

 ●そうした逸材が創作する「いいもの」が香港社会に直接還元されることはいよいよ少なくなるのではないか。

 ……というのが、現時点における私の香港に対する感想です。

 少なくとも私は未だに、「終わりを約束された街」の前途に一筋の光明すら見出すことができずにいます。




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「上」の続き)


 私が上海に留学していたときに大学生・知識人たちによる民主化運動が生起し、天安門事件(1989年)にて終息しました。

 当時の中国は改革・開放政策がまだ緒についたばかりで、大まかな針路はみえていたものの、実際面では模索段階。いうなれば一塊の大きな石ころのようなものでした。削り方によってはそれなりに美しい彫像にもなる可能性を秘めていた訳です。

 そのころの削り手は趙紫陽。積極的なあまり前のめりになることもありましたが、総書記在任中に「党政分離」が提起されるなど、一党独裁制のもたらす弊害を極力防ごうとする一方、法治や民主に理解を示し、それを政策に反映させつつ富国強兵を実現しようという明快なスタンスの持ち主でした。

 その趙紫陽が天安門事件で失脚。トウ小平の大抜擢により、私のいた上海のトップだった江沢民がその後を襲いました。

 ところが、この江沢民が最悪の削り手でした。十数年にわたってあちこちを無定見かつ無闇やたらにガリガリと削った挙げ句、最高指導者の座を胡錦涛に明け渡したとき、元々の石ころは実にいびつで醜悪な、作品ともいえない作品になっていました。

 削り落としてしまった部分はもう直しがききません。胡錦涛は温家宝とともに「科学的発展観の徹底」「和諧社会の実現」などという方針を掲げて少しはマシな形にしようと頑張っているようですが、江沢民が散々に削ってしまったために歪んだ形状となったオブジェは、基本的に修復不可能でしょう。

 この江沢民が最高指導者である期間において行った数々の愚挙のなかで、中国史に刻むべき最大のものは反日風味満点の愛国主義教育を学校教育の場に導入したことでしょう。反日云々はともかく、硬直した思考と価値観を繰り返し教え込まれることで柔軟性が失われ、その結果として中国人の民度が退行したように思います。

 この愛国主義教育を受けて育った世代、ざっくりといえば30歳以下といったところですが、私はこれを「亡国の世代」と呼んでいます。

 似たような世代が香港でも台頭しつつあります。これは「亡国の世代」ではありませんけど、香港から香港らしさを徐々に消し去り、中国本土に同化させる役割を担うことになると思います。

 むろん、そのためのプログラムが学校教育の現場で実施されています。

 ――――

 香港紙『蘋果日報』(2005/06/05)によると、この香港型愛国主義教育は「国情教育」と呼ばれているそうです。

 香港では毎年6月4日に天安門事件の名誉回復を求めるキャンドル集会が開かれますが、一昨年に同紙記者が集会に参加した大学1年生のカップルからそれに関する話を引き出しています。

(国情教育では)中国は多党制で統治されている(一党独裁ではない)国家だ、とても偉大な国家だ、なんて教えられるんだけど、それって僕らが聞いている話と全然違う。だからここに来て六四事件のことを勉強しようと思って。まあ実地の国情教育だね。学校の国情教育では六四事件には全然ふれない。何でだろう?」

 2005年に大学1年生だとすると、天安門事件当時はまだ幼児。香港が中国の「植民地」になった1997年時点でもまだ小学生ですから、教育の仕方でいかようにも染め上げられるでしょう。

 ●中国は多党制で統治されている国家。
 ●学校の国情教育では六四事件には全然ふれない。

 『明報』(2007/06/05)には1989年6月4日生まれ、つまり誕生日が天安門事件当日という少年が登場しています。今年で18歳ですからもう青年ですね。

 他にもどの新聞だったか、やはり6月4日生まれの少年が紹介されていて、小学生のころ先生など大人たちから、

「君の誕生日は何の日か知っているかい?(クスクス)」

 とからかわれてもチンプンカンプンだったそうです。要するに天安門事件を知らないし、教えられていないという訳です。

 実際に教育指導要綱のようなものにおいて、天安門事件は「教えなければならないもの」には含まれていないようです。それでも個人的信条から授業で時間を割き,当時の映像を流してみせる中学校の先生などがいて、事件の悲惨さに接した生徒たちは絶句し、泣き出す女子生徒たちもいた、という報道もありました。

 ――――

 唐突ですが、私には翠(Midori)ちゃんという香港人の女の子からときどき電話がかかってきます。李嘉欣(ミシェル・リー)型の美人で二十歳の学生です。といっても配偶者の従妹ですから当家に波風が立つことはありません(笑)。香港人はイングリッシュ・ネームをつけるのが一般的なのですが、彼女は日本が好きなので、わざわざミドリという名前を選んだそうです。

 香港では広東語が日常使われていますが、中国返還後、小学校から北京語(普通話)が必須科目となりました。翠ちゃんもなかなか流暢です。要するに私は彼女と自在に会話することができる訳です。

 そこで尋ねてみたのですが、「国情教育」という名前の科目はなく、中国通識何たらとか中国文化といった科目で国情教育に相当するものを学んだそうです。

「『六四』て何のことだか知ってる?」

 と聞くと一応知っているようで、語らせてみると事件の大まかな内容はしっかり把握していました。ただ、

「北京の、北京の……学生たちが座り込んだ場所、あそこ何ていったっけ?」

 と言うので、オイオイと思いながら「天安門広場」と教えてやりました(笑)。これらは学校で教わったのではなく年長者から仕入れた知識とのことです。まあ及第点だなと思いつつ、

「じゃあ文革、文化大革命は知ってる?」

 と第二問を示したところ、

「……何それ?知らないよ。聞いたこともない」

 と言うので私はぶったまげました。そして文革について説明させられる破目になりました。ゆるゆると話を進めていったのですが、

「……ところで、老舎って作家は知ってる?」

「知らない。誰それ?」

 ……話になりません。二十歳で学生ですから、翠ちゃんは勉強のできる組の筈なんですけど。orz

 文革を「聞いたこともない」のですから「大躍進」「反右派闘争」「三年困難」などはもちろん知りません(確認済)。特に政治的な問題意識など持っていないフツーの女の子はこんな感じだよ、と本人は言っていました。

 ――――

 うーんと私は考え込んでしまいました。いままでの、私の知っている香港人たちとは別人種ともいえるようなニュータイプが台頭しつつあるという印象です。

 文革初期には香港でも暴動が起きたりしてかなり荒れて、香港史においても重要な時期なのです。が、その文革自体を「聞いたこともない」と、平然と言ってのける。そして流暢に北京語を話してみせる。私が現地で暮らしていた1990年代には想像すらできなかった「ネオ香港人」が育ちつつあるのでしょうか。

 もちろんこの翠ちゃんが香港の若い世代の平均像かどうかはわかりません。なにせ超ドレッドノート級天然たる配偶者の従妹です。親は違えど血筋は同じ(笑)。実際の「平均像」はもう少ししっかりしているのではないか、と個人的には思うのですが。

 ただ新中国成立後、第一次五カ年計画期をのぞけば改革・開放政策に舵を切るまでほぼ一貫して政治運動やその反動である不作・飢餓に翻弄された暗黒の歴史が「宗主国」の重要な部分を形成しているということ、また一党独裁制の弊害……などに無知な傾向はあるかも知れない、と私は思いました。とりあえず学校では教えていないのですから。

 恐らく今年二十歳である翠ちゃんや上記『蘋果日報』の取材に応じた大学生が「国情教育世代」の最先端のあたりでしょう。彼女たちが30歳に達するころには、香港の様子も随分と変わっているかも知れません。その先は社会の牽引役になっていくのですから言わずもがなです。この調子だと香港が中国に取り込まれるのは意外に早いかも知れない、と私は思いました。

 例えばこの世代が新聞記者などになったりすると、自主規制を自主規制とも思わなくなるでしょう。前回(上)、中国における「常識」は香港にとって往々にして「非常識」であることが多いと書きましたけど、「国情教育世代」であれば、この「非常識」をさほど抵抗なく受け入れてしまう可能性があります。

 中国本土の愛国主義教育が硬直した思考癖の持ち主を育んでいるとすれば、香港の国情教育は「宗主国」に対して柔軟な人間を量産しているといえるかも知れません。空恐ろしいことです。もちろん、中国はその狙いのもとに、香港に対して国情教育を押しつけ、浸透させるべく努め、圧力をかけ続けているのでしょう。

 ――――

 それでも中国からしてみると、まだまだ香港は努力が足らないと映るようです。

 胡錦涛・国家主席が香港返還十周年記念のために香港入りし、6月30日に香港特別行政区政府が主催する歓迎晩餐会でスピーチを行っています。その後段でわざわざそのことに言及しているのです。



 ●香港特別行政区歓迎晩餐会における胡錦涛の講話(新華網 2007/07/01/01:27)
 http://news.xinhuanet.com/politics/2007-07/01/content_6313133.htm

 (前略)
特に強調しておきたいのは、青少年が香港の未来と希望であり、国家の未来と希望でもあるということだ。われわれは青少年に対し国民教育を行うことを重視し、香港と本土の青少年同士の交流を強化して、香港同胞の愛国・愛港という光栄なる伝統の松明の炎を代々伝えていかなければならない。(後略)



 愛国教育への力の入れ方がまだまだ足りない、努めよ励めよと香港政府に鞭を入れているのです。

 つまりどういう内容の教育だと満足するのか、胡錦涛に聞いてみたいところです。

 ちなみに胡錦涛の香港訪問期間中、台湾から香港入りしようとした「法輪功」のメンバー約300名が入国を拒否されています。マスコミについては「上」にて紹介した通り。いまや香港の「自由」には、すでに様々な枠がはめられているといっていいでしょう。

 少なくとも、中国返還時点の香港を一塊の大きな石に例えてみるとすれば、この十年間、その削り手が香港人自身でなかったことは確かです。

 香港人が削り手になることを望んだのに対し、「宗主国」は常にミニ憲法である香港基本法を都合良く解釈したり、半ば恫喝的な圧力を加えたり、あるいは逆に経済的な優遇措置などでそれを阻んできました。

 「理想よりパン」ではなく「理想より金儲け」ということで、アメをしゃぶらされて軟化したヘタレもまた多いのですけど。……ともあれ「香港特別行政区」というオブジェを形作るべき彫刻刀は、いまも中共政権の手にしっかりと握られています。


「下」に続く)




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 香港は昨日7月1日に中国返還十周年を迎えました。

 節目ということで胡錦涛・国家主席が香港を訪れ、「庶民との交流」として2世帯を家庭訪問するというヤラセを行い、晩餐会や十周年関連式典に出席し、

「普通選挙導入などもってのほか。民主化なんて余計なことを考えず、北京に従順であることだけ心がけろ」

 という中共の本音を示唆した重要講話を発表して帰っていきました。

 ――――

 当然ながら当ブログでもこの話題を放っておかない手はありません。……が、私ははからずも香港との縁が深くなってしまったために、ここ数日間、苦吟する破目となりました。

 何度か書いているかと思いますが、私は香港と香港人が嫌いです。

 ……というのはむろん一般論としてであって、配偶者やその家族や仕事仲間、それに副業としてACG系週刊誌(ACG=アニメ・コミック・ゲーム)で書いているコラムの読者たちなど、私と何らかの具体的な接点のある人たちを香港人だから嫌いと思ったことはありません。

 仕事仲間が「やったもん勝ち」という香港伝統の行動原理に走ろうとするとき、その行為を指弾することはあります。ただ指弾しつつも、この行動原理こそが香港社会の活力の源なんだけどな……と内心考えていたりします。

 自分についていえば、20代半ばから30代前半という「吸収力」の最も旺盛な時期を香港で過ごしてしまった、という悔恨があります。いわゆる「田舎の3年・都の昼寝」というやつです。ただ「よそもの」として暮らすという気楽さと、創作レベルの低い環境ゆえに私の仕事でももてはやされたことで、つい安逸に流れてしまったのですから、これは自業自得というものです。

 ともあれ、私にとって香港は赤の他人ではありません。嫌いだ嫌いだといいつつも、どうしても乾いた眼で見据えられないところがあります。

 特に政治や社会という角度から香港を眺めると、中国語でいう
「無奈」、まあ「虚しさ」や「やるせなさ」といった思いがこみ上げてくるばかりです。

 ――――

 香港は昔もいまも植民地です。1997年6月30日までは英国による統治。それ以降は中国に返還され「特別行政区」という扱いに変わりましたが、自分たちの代表を自分たちで選べないという点においては植民地のままといっていいでしょう。

 私は当ブログで香港を語る際、「終わりを約束された」という表現を多用します。昔もいまも「植民地」だからではありません。基本的には、香港よりおよそ半世紀は民度が遅れているであろう中国が「宗主国」になってしまったからです。香港自身が変わってしまった部分もありますけど。

 この10年間の中共のやり方からいえることは、この新しい「宗主国」は自分たちより成熟した社会である「植民地」香港から学ぶという姿勢に乏しいということです。このあたりは実に「宗主国」らしく、統治者として自らのしきたりを「植民地」に押しつけるばかり。

 未開で一党独裁国家である中国における「常識」の多くは、香港にとって往々にして「非常識」でした。香港はその「非常識」に従うことを強要されました。香港市民の「無奈」を思うべきです。

 要するに、中国は香港がこれ以上成熟して中国社会との距離が開かないようにその場足踏みをさせて、中国が香港のレベルに到達するまでそこで止まっていろ、というスタンスのように私にはみえます。でも民度という点において中国が香港レベルに到達するということが、現実に起こり得るでしょうか?

 ……それを考えると、香港はすでに「終わった」に等しい都市になってしまった、という印象が残ります。「非常識」が浸透させられていくにつれて、アジアの金融センターという役割も失われていくと思います。

 ――――

 言論の自由、表現の自由、報道の自由といったことは、香港のマスコミにおいてはすでにその実質を失っています。

 中国からの有形無形の圧力に加え、中国という市場について算盤をはじく経営者からのプレッシャーなどによって、香港のマスコミは様々な場面で自主規制を強いられ、10年前に比べると権力に対し非常に従順な存在となりました。

 私は「コソーリ活動」と称して香港や台湾の新聞に複数の筆名で文章を発表していますから、この自主規制というものを肌で感じています。

 例えば、香港の新聞で李登輝・台湾前総統について好意的に書くことはできません。書くことはできますけど、それが掲載されることはまずありません。

 書くとすれば、李登輝氏に対する「好意」のニュアンスを極力抑えて、「台独教父」という枕詞をつけた上で、日本人が李登輝氏に魅かれるのはなぜか、ということを乾いた表現で書くことになります。香港の最大手紙であり、中国に対し最も批判的なスタンスの『蘋果日報』も例外ではありません。

 そういった10年前には存在しなかった余計な縛り(配慮)が、どんどん増えてきています。

 ――――

 以前、私が副業のコラムで使っている筆名で書いたものが香港紙に掲載されたことがありました。それを副業先に、

「どうだこれが俺本来の守備範囲だ。故郷に戻ったような気分だよ。お前らが有り難がっているACGの文章なんて所詮は片手間の仕事。お前らに真似できるか?できねーだろー」

 と、冗談半分でアクの強いメールを送って自慢したところ、その新聞を読んだ編集部から連絡してきて、

「コラムと同じ筆名を使うのだけはやめてくれ」

 と意外にも泣きつかれてしまいました。万が一ということがある、中共から報復されるも知れない、そういう政治的リスクは極力避けたいから、どうか頼む、というのです。

 競争誌から不当な中傷を受けたくはない、ということもあるでしょうが、それを含めて、以前の香港にはなかった政治的配慮のようなものを、いまの現場はせざるを得ないようです。

 ――――

 もっとも、そうした余計なものは少なくとも4年前にはすでに存在していて、新聞でいえば『明報』の筆鋒が大人しくなり、『東方日報』は姉妹紙『太陽報』ともども親中色を前面に押し出した編集スタイルに転換し、その露骨さが香港市民の不評を買っていました。

 いや、当の私も当時書いたコラムの文章があやうく掲載NGになりかけたことがあります。不当に「自由」を縛りかねない法律制定の動きに対し、香港市民がいまは伝説となっている歴史的な大規模デモ(参加者50万人)を決行したときのことでした。

 ●2003香港50万人デモ:当時の手記から。(2006/06/30)

 下記2本はいずれも舌足らずで拙い内容ですが、クレームがついたのは(2)の方です。

 (1)若將「上游/下游」追根究底……/――淺探基本法第23條!?

 (2)本港業界的瓶頸、本港業界的無奈

 グレーゾーンが多くいくらでも「自由」を制限できる法律制定の動きがあり、それに反対する超大型デモという大事件が起きた以上、たとえACG系コラムとはいえ表現者として意思表示をすべきだし、読者にも決してACGと無縁な話題ではないことを知ってもらおう、という考えから書いたものですが、編集部は時節柄ビビってしまったようです。

 ちなみに少しだけ自慢させて頂きますと、その半年前に書いた(1)に対してはACGに限らず、香港の様々な分野のクリエイターたちからお礼と感謝のメールをたくさんもらいました。「私たちの感じていることや直面している問題をここまで余すことなく表現してくれた文章は今までありませんでした。ありがとうございます」といった内容が多かったと記憶しています。

 ――――

 あれから4年経って、私のコラムでは政治の話をすることはNGという約束が成立しています。まあ現在の私にはコソーリ活動という別空間がありますので、コラムはACG業界と市場の動静やそれに関する解説・分析・予測といった本来の内容に撤しています。

 どうしても必要なときは「お前らが要らないなら他の雑誌に回す」と再び脅せばいい訳で(笑)。

 その副業先がコラムとは別のシリーズ企画を持ち込んで来ました。要するに私に書けということなのですが、私はこれ以上香港に尽くしてやる必要はあるまいとモチベーションは最低レベル。でもこういう仕事は引き合いが来るうちが華なので迷わず承けました(笑)。

 せっかくだから私の統一ブランド名?である「大毒草」を名前に使わせろ、せめてロゴだけでもページのどこかに置かせろ、と求めたのですが、この点でも譲ってくれません。相手は同じロゴが当ブログで使われているのを知っていますから、万が一を考えてのことでしょう(名刺には載せているのに)。

「じゃあ書かない」

 と言いかけたのですが、「引き合いが来るうちが華」という言葉と原稿料(香港では破格レベル)に大人しく要求を引っ込めてしまいました。私も「終わりが約束された」香港の眷属と化しているのかも知れません(笑)。

 ――――

 ……こうしたマスコミレベルの話とは別に、香港社会の質的転換や中国から押しつけられた「非常識」によって、若い世代の香港人が従来とは「別人種」になりつつあります。中共の価値観がじわじわと浸透し始めているということで、この点からみても香港は「終わりを約束された街」に成り果ててしまっている、といえるかと思います。

 それにしても「一國兩制」(一国家二制度)という美名のもとに過去10年、中国が香港に対して行ってきたことは、植民地統治そのものです。台湾とは違って、香港は日本と価値観を共有できる地区ではなくなりつつある、というのが私の実感です。


「中」に続く)




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 前にちょっと書いたことがあるかも知れませんが、私は身体のあちこちに疾患を抱えていまして、そういう歳でもないのですが残り時間を意識せざるを得ないという星を背負ってしまいました。

 真面目な話、10年後もこのブログを続けていることができたら冥利に尽きます。そのときは「よくぞ保ったなこの命」という意味も込めて有志でオフ会でも開きましょう。

 場所はやはり遊就館の喫茶室でしょう。零戦を間近に眺めつつ海軍コーヒーに海軍カレー。できれば恩師の口利きでゲストも準備します。恩師にとっては唐家センあたりは教え子で、武大偉や王毅は子供扱いですから、仮にもしいま開くのであれば王毅を来賓にすることができるでしょう。

 そのときはむろん座興もやります。私と王毅の二人羽織、てのはどうでしょう(笑)。もちろん私が羽織に隠れる役で、海軍カレーや海軍コーヒーを王毅に食べさせてあげようという趣向です。

 ……それはともかく、年甲斐もなく香港人観光客をついイジメてしまったことに反省、というのが今回の主題です。

 ――――

 つい先週のことですが、病院で定期検診のようなものを受けてから神楽坂で仕事の打ち合わせをしました。例によって香港サイドの制作水準の低さが話題になって、毎度のことながら畜生やってらんねーなーとムカつきつつも、隠忍自重。

 私は日本人で打ち合わせ相手と同レベルの仕事くらい楽にこなせますし、私が身を置く業界における香港の制作水準の低さは10年来身に染みています。でも、あいにく香港側代表という立場なので日本人ながら日本側の苦情を受け付けるのも仕事のひとつなのです。というより本業の半分くらいはそれです。ストレスがたまりますよ。

 打ち合わせが終わってもイライラした気持ちが続いていたので、天気も良かったし靖国神社に行って気分転換しようと思い立ちました。神楽坂から東西線に乗ればすぐ九段下ですから。

 九段下から靖国神社の最寄りである1番出口で地上に出ました。ここでちょっとした「事件」が起きてしまったのです。いや、私が引き起こしたのですけれど。

 ――――

 地上に出たらいきなり広東語が耳に飛び込んできました。見るとすぐ前に香港人の家族連れがいました。両親に息子ひとりの3名。父親は私と同じくらいの年格好でした。

 父親がガイド役らしく、靖国神社の大鳥居の方を指差して何やら子供に説明しているのです。私が耳をそばだてていると、聞こえてきたのは
「軍国主義」「甲級戦犯」「小泉」「右翼」といった実に香港人らしい単語です。仕事仲間の中にも、来日して一緒に酒を飲んだりすると、

「御家人さん、言いにくいですけど日本は歴史問題を……」

 などと切り出す奴がいます。そういうときは、

「お前、日中関係の話をするなら、日中両国が取り交わした3つの政治文書ぐらいは読んでいるよな?名前を挙げてみな」

 という一言で沈黙させます。馬鹿は馬鹿なりに、一心不乱に仕事に打ち込めばそれでいいのです。

 ――――

 香港人というのは老世代は往々にして中共政権の政治運動や、そのしっぺ返しで発生した飢饉から逃れるため広東省から香港に逃げてきた連中が多いです。

 香港で生まれ育った30~40代の世代も1989年の天安門事件(六四事件)や中国返還後に受けた無理無体を通じて中共への抜き難い不信感があります。ガキの世代だと香港向け愛国主義教育である「国情教育」なるものに染め上げられているのでどう育つかは未知数ですけど。

 ただ興味深いのは中共不信ではあるくせに、こと日本に関する歴史認識では大半の香港人が疑うこともなく中共史観を素直に受け入れていることです。

 第二次大戦で日本軍に占領されたことも関係しているでしょうし、戦後陸続と香港に流入した広東人には日本軍との接触経験があるというのも理由のひとつでしょう。毒々しい虚構で塗り固められた南京虫事件や香港占領の映画を、そのまま史実と受け止めている馬鹿が多いです。

 まあ民度ですね。もともと広東省から流入した無教養な農民が多数派を形成している訳ですし、馬鹿であっても不思議ではありません。私のストレスもたまる訳です。

 ――――

 ともあれ、地下鉄を下りて地上に出たら上述したような刺激的な広東語を私は耳にしてしまいました。もちろん香港人は私を釣り上げるためにそういう話をしていたのでありませんけど、折悪くムカついていた私はねこまっしぐら。

 平素なら香港に対しては「民主化の孤塁」とか「中共の植民地という終わりを約束された土地」といった多少の同情心を持ち合わせているんですけどねえ(もちろん「いい気味だお前らにお似合いじゃねーか」と思いつつ)。それにしてもこの日の私は機嫌が悪かったですから。

「 o畏 o畏 o畏 香 港 人」
(おいおいおい香港人)

 とまず言って振り向かせておいて、

「 我 話 俾 イ尓 o地 知 , o尼 o個 地 方 係 唔 o岩 イ尓 o地 香 港 人 o架 !」
(教えてやる。ここはお前ら香港人の来る場所ではない)

 と一方的に喧嘩を吹っかけてしまいました。私は以前、靖国神社で香港のテレビクルーに説教して大感謝されたことがあります。

 ●意地悪?でも結果的には親切だしここホームだしぃ。(2005/08/20)

 が、この日は裏も表もなく罵倒一本槍。

 ――――

「大 家 都 知 イ尓 o地 香 港 人 無 セ 文 化 水 平 ,又 唔 識 歴 史 ,邊 有 資 格 講 靖 国 神 社 o架 ? 才高 × 錯 」
(お前ら香港人の民度の低さは誰もが知っている。しかも歴史も知らないくせに靖国神社を云々する資格がどこにある?【ピー】)

「 セ o野 話 甲 級 戦 犯 ? 甲 イ尓 個 死 人 頭 呀 ,收 皮 喇 仆 街 ! 快 D 返 香 港 拜 車 公 廟 睇 左 報 喇 !」
(A級戦犯だと?この糞ったれが、黙りやがれ畜類。とっとと香港に帰って寺参りでもして親中紙でも読んでいやがれ)

 相手は呆然としています。そりゃそうでしょうね(笑)。

「 行 開 喇 ! 想 教 仔 就 教 o的 六 四 o既 o野 先 喇 ! 問 イ尓 イ尓 o地 香 港 人 o既 歴 史 教 科 書 有 無 講 六 四 ? 」
(こっから消えろ。ガキに物を教えるならまず六四のことを教えてやれ。お前ら香港人の歴史教科書に六四は出ているか?)

 と言ってもまだ立ち尽くしているので、今度は大声で、

「 行 開 喇 含 家 � ! 」
(消えろこの【ピー】)

 と言ったら付近を歩いていた日本人が一斉にブンッ!とばかりに振り向いて私に視線が集中したので恥ずかしかったです。香港人家族は神保町の方へとコソコソといった足取りで坂を下っていってしまいました。とんでもない基地外に遭遇したとでも思ったことでしょう。

 ――――

 いやー反省しています。日本は個人がいかなる信条を持とうと法に反しない限り自由な社会ですから(香港はちょっと違います。)。

 それに悪い先入観を持ったまま靖国神社の境内に入ってもそれはそれで「ともあれ自分の眼で確かめる」という立派な精神です。

 連中が靖国神社に入ろうとしていたかどうかは知りませんけど、狛犬にペンキを浴びせるような基地外支那畜という雰囲気ではありませんから、もし境内をのぞくつもりがあったのなら申し訳ないことをしたと思っています。零戦も見てほしかったですし(笑)。

 年甲斐もなく馬鹿なことをしたものだと反省しています。でも香港には長く住んでいたものの嫌な思い出ばかりで、香港人らしくない配偶者や苦楽を共にしている仕事仲間は別ですけど、一般論としていえば私は、実は私にとって最も縁の深い香港と香港人が大嫌い。それでムカついていたこともあり聞きたくもない広東語とその内容についキレてしまったという訳です。

 悪かったなー>>糞香港人ども。一党独裁国家の植民地で呼吸する気分はどうだい?

 いやいや本当に反省していますよ。スッキリしなかったといえば嘘になりますけど(笑)。まあ御家人乱心の巻ということで。




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 えーと、「保釣運動」という極めて男性的な活動(笑)が中国にあります。香港にも台湾にもあります。それぞれの代表が一堂に集まって福建省・アモイ市で会議を開催したこともあります。

 むろん政治活動に属するもので、スポーツなどではありません。でもひょっとすると、参加者たちにとってはある種の被虐感を期待した「プレイ」なのかも知れません(笑)。

 「保釣」とは中国語でして、「保衛釣魚台」の略です。「釣魚台」とは尖閣諸島のことで、要するに尖閣防衛運動。当ブログでもときに取り上げていますね。有名なのは中国における反日サイトの総本山のひとつである「中国民間保釣連合会」。

 その会長は反日活動家の代表格・童増です。対日民間戦時賠償訴訟を十年以上支援している苦労人ながら「空気が読めない」「口が軽い」という致命的な欠点があり、それが一種の愛嬌になっています。糞青(自称愛国者の反日信者)が崇拝する珍獣(プロ化した糞青)ですから、さすがに頭のネジが数本飛んでいるのです。

 当ブログでもときに……と書いてふと気付きました。実は当ブログがスタートしてから保釣分子が船を出して日本の領海に入り、魚釣島に上陸を試みるといった活動は1度も行われていません。最近台湾の保釣分子が漁船を出したものの、台湾当局の妨害などもあり(GJ!)日本の領海前で大人しく引き返しています。

 いや、台湾は船を出せただけマシです。中国の保釣分子は出港準備にとりかかると、毎回なぜか屈強なる武装警察のお兄さん方がわらわらと湧いて出てメンバー全員をがっちりと拘束。抗う手合いは電気警棒でビリビリ。

 保釣分子はその都度「不当逮捕だ」なんてネットで騒いでいますけど、そうやってバーチャルな空間で吠えていた方が連中の身のためでしょう。

 ――――

 つまり中国本土からはこの2年以上、保釣分子による船出は行われていません。正確には当局が圧力をかけて有無をいわさずに押さえ込んでしまうのです。

 政治的な流れを反映しているから、といっていいでしょう。「中国民間保釣連合会」のような民間を名乗る組織が領土問題という政治的な活動を展開できるのも、強力な政治的保護者がいるからです。以前のように船を出せなくなったのは、その後盾が凋落傾向にあることを感じさせます。

 まあ船を出しても日本の海上保安庁が手ぐすねをひいて待ち構えていますからね。あのボロ漁船を左右からはさみ込む神業ともいえる操鑑技術は旧帝国海軍の第二水雷戦隊を彷佛とさせます。そうなるともう身動きがとれなくなって保釣分子はすごすごと退散(海保の皆さんいつも本当にありがとうございます)。

 思い知ったかザマーミロ、てなもんですが、中国側にしてみればいつもいつも公開処刑されている訳で、その映像などを「中国民間保釣連合会」が公開すると糞青が切歯扼腕します。ええ、それ以上のことは何もしませんし、できません。デモひとつマトモに打てないことは、昨春の反日騒動で実証されています。

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 当局が船を出させないもうひとつの理由として、軍部の士気にかかわるということがあるでしょう。公開処刑されるたびに、

「海軍は何をしているんだ!」

 という非難の書き込みが大手掲示板に相次ぎます。実際には日本が海上保安庁で対応しているように、中国も海軍が扱う仕事ではないのですが、やはり士気には響くでしょう。

 だから今度船を出すなら巡視船の護衛つきか、あるいは本当に軍を出動させて奪回作戦を行うか、ともかく魚釣島に上陸して中国側が実効支配する状況まで持っていかないと面子にかかわるでしょう。

 でもこの21世紀に、しかも五輪開催を控えている中共政権にそんなことできませんし、外貨依存率や海外市場への依存度が極めて高い経済構造ですから、経済制裁でもされたらたちまち失血死。米国も尖閣諸島を「日米安保の担当する区域内」としています。だから押さえ込むしかないのだと思います。

 ところが残る香港の保釣分子が動きました。本当は8月15日に出港予定だったのが中国当局の妨害(たぶん)で延期を余儀なくされたボロ漁船「保釣二号」が昨日(10月22日)、香港から尖閣諸島を目指して出港したのです。

 延期の経緯についてはこちら。

 ●どうしていま尖閣?(2006/06/13)
 ●速報:基地外香港人の尖閣上陸計画が中止に?(2006/08/08)
 ●続報・尖閣問題。(2006/08/10)

 同船には中国本土からの参加者も多数加わる予定だったのですが、中国当局が出境を阻んだことで大幅減。ともあれ現地まで3日間の行程だそうです。

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 さてこの香港の連中「香港保釣行動委員会」ですが、「基地外」を冠したように、純粋な保釣分子ではありません。

 靖国で騒ぎ、軍票で騒ぎ、慰安婦で騒ぎ、民間戦時賠償で騒ぎ、さらには天安門事件(1989年)の名誉回復を叫び、普通選挙制の導入など民主化でも暴れるといった騒ぎ屋集団です。最近はラジオの地下放送局を稼働させた咎で有力メンバーが警察に連行されたりしています。

 なぜ騒ぐのか。それもなぜマスコミのいる前でないと騒がないのか。……選挙運動だからです(笑)。実際にこうした騒ぎ屋の代表格である「長毛」こと梁国雄が前回の立法局議員選挙で上位当選を果たしています。その「長毛」が議員になった後も有権者の期待に応えて騒ぎに騒いでいることは以前紹介したことがありましたね。

 ●香港は燃えているか?・上(2005/10/25)

 そして、今年船を出すことにこだわるのは十周年だから。10年前の1996年に船を出した際は、日本の領海に入ったところで海保の巡視船に包囲されて進めなくなったため、よせばいいのに船長以下が止めるなか、総指揮官が「あとは泳ぐ」と言って命綱をつけて青い海へとジャボン。……と飛び込んだはいいものの、高波にビビッて引き上げてもらおうとしたら命綱が首に絡まってキューッと哀れ御昇天。さすがは命綱だ、なんて言ってみたりして(笑)。

 ――――

 この1996年当時というのは英国統治の末期も末期。あの天安門事件を平然とやってのけた中共政権への返還を翌年に控え、不安感や閉塞感が香港社会に充満していました。

 そんなときに起きた保釣運動(選挙運動)に対して、香港を挙げての支援が行われたのです。不安や閉塞感を香港政庁にも中共政権にも睨まれる心配のない「保釣」で紛らわせたかったのだと思いますが、反日デモなどもあって当時現地在住だった私は非常に嫌な思いをしました。

 華字紙は海保を「海軍」、巡視船や巡視艇を「軍艦」と虚報を飛ばしましたし、運動に批判的だったり冷静な視点からこの騒ぎを捉えようとしたコラムニストたちは叩かれ、非難され、編集部によってコラムを潰されるという言論封殺まで行われました。幸い私はACG系(ゲーム・アニメ・コミック)ですから無事でしたけど。

 ●香港で経験した「保釣運動」の馬鹿さ加減。(2004/08/04)

 上の方に張ったリンクでもわかる通り、2006年の香港市民は保釣運動には実に冷ややかで、資金カンパも目標額に届かないていたらく。船出する方も主要メンバーがケガで欠けたりしてノリはいまひとつ。頼みの「長毛」は船に弱いとのことで尖閣諸島により近い台湾から乗船するという情けなさです。

 上海閥あたりの反撃?と勘ぐれないこともありません。せっかく盛り上げた日中友好ムードがこの挙でブチ壊しになるかも知れないからです。少なくともプラスには働かないでしょうし、中共政権にしてみれば日本側に借りをつくることになります。

 ただ、もし上海閥~海外の華僑というラインで動いたのなら、資金が満足に集まらなかったという情けないことにはならないでしょう。これで胡錦涛の足を引っ張るなんて作戦にはちょっとみえません。

 ――――

 ともあれ流した汗にアリがたかるという噂?の劉建超・外交部報道官が尖閣諸島の領有権を主張しつつ、

「中国側の『保釣』人員の行為に日本側が冷静に対処し、中国側の船舶や人員に危害を及ぼさないよう強く要求する」

 なんていう及び腰の声明を発表しています。強く要求する前に自分で始末したらどうなんだデブ。

 ●「新華網」(2006/10/22/17:56)
 http://news.xinhuanet.com/world/2006-10/22/content_5235185.htm

 まあ水曜日(10月25日)がヤマ場になるそうですからひとまずワクテカということで。前にも書きましたけど、私はわざと上陸させて、陸に上がったところを逮捕、というのがいいのではないかと。前回みたいに強制送還なんてヤワなことをせず、逮捕・送検・起訴・裁判・有罪判決と日本の司法のプログラムをこなさせれば、中国側の敗北感はいよいよ強まるのではないかと(笑)。

 それにしても不思議です。そもそも日中間には領土問題など存在していないのに、なぜ騒ぐのか。不思議です。基地外香港人の空気の読めなさ加減は毎度のことなんですけどねえ。

「今回は水上バイクという秘密兵器が」

 とか報じられていますけど、明らかに外海を舐めてますね。でも、保釣分子や騒ぎ屋はやっぱりそのくらいでないといけません(笑)。

 http://hk.news.yahoo.com/061017/12/1utn4.html
 http://hk.news.yahoo.com/061022/60/1v1ma.html
 http://hk.news.yahoo.com/061022/12/1v1m9.html
 http://hk.news.yahoo.com/061022/12/1v1ru.html
 http://hk.news.yahoo.com/061022/60/1v24q.html
 『蘋果日報』(2006/10/18、2006/10/22)




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 続編ではありませんが、前回の「補遺」のようなものです。

 前回皆さんから寄せて頂いたコメントにレスするつもりで、また自分の考えをまとめてみるつもりで書いてみます。

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「ここまで冷めた見方をするのは香港人の民度ゆえなのか、それとも中国本土と違って香港には言論の自由があるため本音で語ることができるからなのか。」

 と私は前回の文末に書きましたが、私自身の見方は後者。中国本土における中共への不信感や嫌悪感は相当なもので、それに危機感を持ったからこそ江沢民が反日風味満点の「愛国主義教育」を導入した訳です。

 外から見ると単なる「反日」のようですが、中共政権にとっては威信低下の改善と求心力向上を狙った、つまり「反中共」という餡を覆い隠すための「まんじゅうの皮」が「反日」です。むろん当時は反日姿勢をとった方が対日外交上お得だった、ということもあるでしょう。

 ところが改革・開放が深化するにつれ、様々な理由から「貧富の差」や「汚職の蔓延」、「失業」あるいは「失地農民」といった問題が目につくようになりました。このため当初は分厚い皮(反日)で餡を包んだつもりが、いつのまにか薄皮まんじゅうになっていて、危うくその皮が剥げかけたのが昨年の反日騒動です。

 中共政権にとって「反日」は一種の便宜的かつ戦略的なお題目だったのですが、本気で「反日」を唱えている民間組織の馬鹿どもを別とすれば、生活者にとっても「反日」を掲げてひと騒ぎし、蓄積された鬱憤、特に「官」への恨みつらみを晴らしたかったのでしょう。

 ――――

 大学生やニートは生計を考える必要がありませんから、そういった問題には比較的呑気でいられるのです。もちろん大学生の中には低所得層出身の苦学生がいて、そういう連中には社会の現状について某かの問題意識があるかも知れません。しかし親元の経済状況が仕送りに反映されて学生の間にも大きな「貧富の差」が存在することから、そうした問題意識が大学生全体で共有されることがないのだと思います。

 さて昨春の薄皮が剥げかけた反日騒動を経験して、中共も民衆が「反日」をお題目にしていること、そして餡を包んでいる「反日」という皮がずいぶん薄くなってきている、ということを学習したようで、それ以降は靖国問題であれ尖閣問題であれ、反日分子の活動を厳しく取り締まっています。「SAYURI」が中国本土で上映禁止になったのはその極端な例です(笑)。

 同じ理由からネット上の言論に対する規制も強化されつつあります。恐らく言論の自由があるとすれば前回紹介した香港のBBSでの声のように、「九・一八」でありながら「反日」にとどまらず、別の方向に話題が飛んでが盛り上がっていっただろうと思います。

 その実例といえるかどうか。……胡錦涛政権が発足した当初、反日サイトの活動やネット上での反日言論への規制を強化したことがあります。すると反日を語れなくなった糞青(自称愛国者の反日信者)は意外なことに中国国内の社会問題に目を向ける素振りを示しました。胡錦涛の対日路線がほどなくダメ出しされて対日強硬論が台頭することで糞青も本来の姿に戻っていったのですが、あの短期間に垣間見せた変化は非常に興味深いものでした。

 ――――

 ここからは香港の話です。前回紹介した香港のBBSは嫌中共&民主化熱望が基本スタンスになっているので、中共への点が辛くなっている部分があります。それを割り引いて考える必要がありますし、あそこの連中も中共への嫌悪感を示す一方で「反日」的傾きがない訳ではありません。

 ただ香港人は世代ごとに異なる経験をしており、例えば現在の第一世代は大躍進やその無理が祟って発生した飢餓地獄から逃れるため香港に密入境しています。

 当然ながら政治運動への嫌悪感=中共嫌いという心理がありますが、一方で「新中国を成立させた」という中共への評価や中国本土への望郷意識もあります。

 ですからこの世代の中共に対する見方は複雑で、ひとくくりにできないといえるでしょう。

 ――――

 第二世代は英国統治下の香港で生まれ育ち、教育を受けて社会人になっていますから、中共政権へのいかがわしさを感じています。それを決定的にしたのが1989年の天安門事件で、香港での支援デモにも学校単位・職場単位で参加しています。中国返還後の中共からの政治的抑圧もあって、中共への好感度は限りなく低いです。

 ……むろん政治的傾きには個人差がありますから、これは一般論にすぎません。個人差といえば、香港時代の私にとって最初で最後の日系企業から転職した後、やはり転職組のローカルスタッフが集まって鍋をつついた際に日本人では私だけに声がかかって参加したことがあります。そのとき以前は受付嬢だった女性から、

「中共に統治されるくらいなら、日本軍に占領された方がずっとマシ」

 と真顔で言われて答に窮したことがあります。

 ――――

 第三世代は天安門事件当時はせいぜい児童、という歳ですから、天安門事件に伴う香港での騒ぎを体験、というよりかすかに記憶しているに過ぎません。ただこの世代は香港の民主化要求や自由を規制する法律制定への反対運動(2003年の50万人デモ)などを通じて民主、自由、人権といったものの価値を知っており、それに制約をかけようとする中共に好感は持っていません。

 ただ香港では中国返還に伴って香港型愛国主義教育ともいうべき「国情教育」なるものが教育のカリキュラムに組み込まれました。まずは日本による侵略だの南京虫事件だのといった中共史観を叩き込み、反右派闘争や大躍進、文化大革命などはサラリと流し、天安門事件は完全スルー(教科書にも記載なし)。

「中国は多党制で中共が善政を敷いている」

 といった白々しい虚構を教わります。……第三世代は学生時代の最後にこれを受けて成人していることが気になります。

 ――――

 第四世代は現在在学中ですから、「国情教育」でどこまで染めあげられるか戦々兢々。とりあえず必修科目である北京語は一応話せるようです。ただ香港ディズニーランドに押し掛けた中国本土からの観光客のマナーの悪さと程度の低さには反感を持っていたようですから、そうした角度から、

「おれたちは大陸の奴らとは違う」

 という優越感のような意識はあります。

 ただ前述したように、いずれの世代においてもその底流には「反日」ないしは「侮日」意識があります。政治意識の高い連中を別とすれば、「反日」は基本的に中共史観を鵜呑みにしていること、第二次大戦で日本が香港を占領したことによるもの。一方で中国本土に対しても優越感を持ち、台湾の愛すべき素朴さを田臭と貶す「小中華意識」が、日本文化を受容しつつも「小日本」(侮日)という感情を心の隅っこに貼り付かせているのです。

 ――――

 BBSによってはそうした「反日」色が露骨に出ているところもあります。ただ、カラオケで私に「反日」で挑んだA君などは例外というよりビョーキであり、普通の香港人はそこまで馬鹿なことはしません。

 他にやる人間がいるとすれば、「反中共」「反日」「反香港政府」と何事でも先頭に立って騒ぎまくり、その騒ぎっぷりが人気を呼んで前回の立法局議員選挙では最多得票を記録し当選した梁国雄(通称「長毛」)くらいのものでしょう。あれも眺めている分には面白いのですが、要するに馬鹿の類です。

 香港人が台湾人と異なるところは、中共の悪政を知識としてではなく、体験として実感しているところです。天安門事件でのデモや2003年の50万人デモ、中国本土からの観光客のマナーの悪さと程度の低さ、そして自分は体験していなくても、第一世代から「体験」として語り継がれている様々なエピソード。

 要するに「肌で感じている」訳で、そこに比較的高い政治意識が加われば、前回紹介したBBSのような反応になる訳です。

 ただ香港は実質的に中国の植民地であり、言論の自由などはあっても政治的には普通選挙制すら未だに許されていません。如来様の掌の上で飛び回る孫悟空のようなものです。

 キツい言い方をするなら、党の意向で司法を無視してどうにでも料理されてしまう中国本土の国民が「政治的畜類」であれば、香港人は「半畜類」といったことになるでしょう。

 ミニ憲法ともいうべき「香港基本法」の附則が定めるところによれば、仮に普通選挙が実現されたとしても、自分たちが選んだトップ(行政長官)が中共の気に入らない人物であれば、全人代常務委員会によって「無効選挙」とされてしまいます。

 ――――

 救いのない社会という訳です。しかも「五十年不変」ということになっていますから、2047年には事実上の中国本土化が行われても文句が言えません。こういう環境においては、目の見える人ほど辛い思いをし、一種の絶望や諦念に苛まれることでしょう。実際、条件が整えば移民する、という人が少なくない理由のひとつもそこにあるのではないかと思います。

 ただ最後に改めて強調しておきますが、香港人の大多数は中共史観で極彩色を以て描かれた日本というものを鵜呑みにしており、底流には「反日」「侮日」意識があります。

 いま「保釣運動」(尖閣防衛運動)はごく一部の活動家によるものとなっており、香港市民の多くから無視されたも同然の状態になっています。でも香港社会に閉塞感が充満し、その不満を中共にも香港政府にも持ち込めないといった状態になったら、どうなるかわかりません。

 中国返還を翌年に控えて先行き不透明な状況が香港社会を覆っていた1996年当時と同様、「保釣運動」が市民から支持され、平時なら伏流水でしかない「反日」を爆発させることで鬱憤を晴らす、ということになる可能性はあると思います。




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【2003/07/01】

 香港には都合7年間住んでしまったので多少の思い入れはあるけれど、愛着はない。それでも仕事仲間がたくさんいて、駄文の供給先でもあり、政治に向き合う意識の極めて希薄な香港人が大挙してデモを行うと聞けばさすがに無関心ではいられない。そんな訳で香港電台第一台をインターネットで16時から23時まで流しっ放しにしていた。

 ――――

 デモの集合時間前から銅鑼湾が人であふれていて、維園(ビクトリア公園)に入ることもできない……というのっけからの報道に何だかすごいことになっているなと思っていたら、結局50万人が参加するという空前絶後のデモとなった。50万人は主催者発表だけど、警察発表も当初35万、後に40万人へと修正されたらしいから、実数はもっとあったかも知れない。主催者と警察の発表にこれほど差のないケースも香港では珍しいかも。

 さてデモ隊の先頭は15時に維園を出発して、1時間ちょっとかけて目的地たる中環の政府庁舎前に着いたんだけど、もちろんその時点では最後尾が出発していないどころか、起点(維園)に入るのに延々と人間の大渋滞が発生しているという有様。

 それで地下鉄が最寄り駅への停車を一時的に取り止めたり、地上への出口が封鎖されたりもした。手際が悪いのではなくて、想像を絶する参加者の数によるものだ(主催者の当初予想は10万人)。まさに人津波。

 結局最後尾が維園を出たのが20時ごろ。灼熱といっていい暑さだったようだが、小競り合いとか待たされる不満からの騒動といったものもなく、香港人は平和的かつ秩序だったデモを見事にやり遂げた。これは賞賛に値する。

 私は96年の「保釣運動」、あの低能無知にして感情的な乱痴気騒ぎ(マスコミを含む)を思い出して、香港人も成熟したものだと感心することしきり。それとも無責任に騒いで済む「保釣運動」と違って、今回は自分たちの社会に直接関わることで、ヘタなことをすると即座に厄災が降りかかってくるからオトナだったのかな……などと意地悪く考えてみたりもした。

 ●香港で経験した「保釣運動」の馬鹿さ加減(2004/08/04)

 ――――

 配偶者は香港人だけに50万人という数に素直に感極まっていた様子。私もまた感動したけれど、一方で人口約700万にして50万人をもデモに走らせる事態の深刻さを思った。「反23条」の旗のもとに行われたデモではあるけれど、参加者の思いは様々だった筈。

 例えば民意を逆撫でにするが如き政権運営、お粗末な経済政策、その具体的表現としての高失業率、中国肺炎(SARS)への対応のマズさ、閣僚の不正をかばう姿勢……などだが、いずれにしても特首(行政長官=香港のトップ)と立法局議員の全てを自分たちで選ぶことができない、つまりは民意を政治に反映するシステムがないから、市民はデモをするしかなかった、ということではないだろうか。

だって欧米とか日本ならこんなものすごいデモに発展する前に政権交代が起きているだろうし、民意に拠って立つ以上、まともな政権ならここまで事態を悪化させることもあるまいに。その意味で、「反23条」という主題よりも「還政於民」(政治を民の手に返せ)というスローガンの方がこのデモの本質を示しているように思う。

 香港にいるころ「香港は自由な社会だ」と香港人が口にするのをしばしば聞いたけど、心の中で私はいつも「どこが?大陸と比べてならわかるけど」と思っていた。

 何でも報道できて何でも言えることで香港人は自分たちが自由であると思っていたようだが、その一方で自分たちの政府に口をはさめないんだから、有り体は如来様の掌の上で心ゆくまで踊る孫悟空に過ぎない。植民地時代しかり、九七以降もまたしかり。

 例えばお隣の台湾と比べれば、香港の「自由」と民主政治のシステムは10年以上遅れている……といっていいのではないか。さてさて香港人はこの歴史的なデモを通じてそのことに気付き、動き出すのかどうか。

 ――――

【2003/07/03】

 デモから2日、香港主要紙は相変わらず関連ニュースに大きく紙面を割いているようだが、突っ込みが甘過ぎると感じるのは気のせいだろうか。

 「23条」とか董建華の失政とかは表面的なことで、問題を突き詰めれば政治制度の問題に行き着くと思うのだが(もっと突き詰めれば中共による統治の問題にぶち当たる?それは言わないお約束)、それを正面から論じた報道を見ないのは私が見落としているからだけなのか?

 立法局の全面直選と真の民選特首制度(普通選挙制)、これが実現しないことには民意を反映した政治が行われる筈もなく、何かあったら香港人はやはりデモをするしかないということになる。……とでも、どこか書かないものだろうか。

 基本法(及びその附則)の定めるところによれば、上記の制度を実現することは不可能ではない。ただし、手続きの最後には必ず全人代常務委員会の批准が必要となる。

 つまり中共が首をタテに振らない限り……ということになる。その中共の情報統制下にある大陸人民も、香港問題については大多数の香港人とは懸絶した認識を持っている。やがて多くの人が、香港という地名に悲哀を感じることになるのだろうか。

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 昨日『××』の原稿を出した。いま香港で起きていることに知らん顔をして日本の××市場の話を書く気には到底なれなかったので、半年前に提起した問題(香港××業界は作品の発信地たり得るか)に時節柄のネタを絡めた。時局ネタとはいえむろん毒気を抜いて、オブラートにくるんだ大人しい物言いとなっている。――少なくとも私はそのつもり。

 で、読者各位は知らないことだが、実はこの文章の掲載について、当初『××』編集部は躊躇した。このまま載せることはできないと言ってきた。敏感な問題なのでいくつかの表現をもっと軟らかくしてほしい、内容には編集部一同大いに賛同するが、なにぶん敏感な問題なので……というのだ。

 私も『××』に迷惑をかけるのは本意ではないので、どこが問題なのかと聞いた。編集部はいくつかの点をあげた。それを聞いて、ああダメだこりゃと思った。それで、

「それなら掲載しなくていいよ。この文章は他の雑誌に出すから、『××』には掲載しなくていい」

 と、伝えた。すると編集部は、

「ちょっと待って。いま思いついたことがあるから、一同に諮ってみる。あとでまた連絡する」

 と慌ただしく電話を切った。

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 一服つけてコールバックしてくるのを待っているとき、15年近く前に、同じようなことがあったのをふと思い出した。

 私が上海に留学していたとき、天安門事件が起きた。翌年2月の修了式の際、留学生代表のような形にさせられていた私が答辞のようなスピーチをする破目になった。やりたくなかったが仕方ないので予定稿を準備した。ところが、その中の一節が引っかかった。

「この一年間、私たちは上海で色々なことを見聞しました。見るべきもの、見なければいけないものは、全てはっきりとこの目で見ることが出来たと思います。これは今後さらに中国を理解し、中国と付き合っていく上で、大きな助けとなることでしょう」

「冬が終われば春が来る、これは人の意志では変えようのないことです。中国の冬(2月だったしw)が終わり、春が来ることを心から待ち望んでいます」

 ……まあこんな内容だったが、これで私はスピーチをやらずに済んだ(笑)。大体引き締めに転じていた当時の政治状況にあって、「六四」当時からマークしていた学生に話をさせようという方がおかしいと思うのだが。

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 ほどなく編集部から来電。全文をそのまま出すという、何とも呆気ない結末。私がもう『××』では書かないと言い出すかと思ったのだろうか。先刻とは打って変わって、

「実は前に『反23条』の広告を載せようかと考えたこともあるんだ」

 などと言っている。さらに、

「今回この文章を出すという行動を以て支持を示すのだ」

 とも。一体何の支持表明かは知らぬが、私を政治に巻き込まないでもらいたい(笑)。だいたいそんな内容の文章ではない。

 まずは一件落着となったのだが、何だか胸くそ悪くて休む気がしない。もちろん編集部に対してではなく、へんぺんたる××誌の編集部にも気を使わせるいまの香港の空気を思ってのことだ。

 そんな訳で、写真を添付しておく。老戦友(フォトグラファー)が閉鎖直前の啓徳機場を撮影したシリーズの中で、私が最も気に入っている一枚。どうやら香港は、すっかり変わってしまったらしい。




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 休日なのに何でこんなに忙しいのかわかりません。というより私の本業、日本側は土日や祝祭日関係なしの年末進行(月月火水木金金……古すぎ?)ですから愚痴をこぼしても始まらないのですが。

 という訳で、今回は「muruneko」さんから前回頂いた御質問に回答する形式とらさせて頂きます。ただし手抜きではありませんよ。

 まずは頂いた御質問から。

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 ●支那人はどの程度状況を理解してる? (muruneko)
 2005-12-23 12:05:04

 御家人さん、確かに「籠の中の鳥」である香港人民主派の閉塞感や現状への不満が良く伝わってきました。

 このような直接選挙制への攻防が香港で行なわれているという状況を本土の支那人はそもそも認識・理解しているのでしょうか?

 本土の新聞やTVに出る類の話ではない(報道抑制の対象)ぐらいは容易に想像が付きますが、様々な噂が庶民の間で流布されている筈と推測します。

 羨ましく(妬ましく)思っている、それとも「ふーん」と対岸の火事視して興味も無い、はたまた目出度くも愛国教育の成果で「民主主義」に反感を持っている、民度が低すぎて理解できない、どんな感じなのでしょうかね?

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 >>murunekoさん

 1997年の香港返還を私は現地(香港)で迎えたのですが、地元テレビ局のニュースや新聞報道をみた限り、大陸人(広東省を除く)は香港人が諸手を挙げて返還を喜んでいると信じて疑わないようでした。……「香港・香港人」に対する致命的な誤解、といっていいでしょう。

 現在もそういう意識差、いやむしろ断絶に近い価値観の違いが根強く残っているように思います。私が「なんちゃって香港人」として反日サイトの掲示板に入ると、

「中央が色々援助したり優遇措置を与えたりしているのに文句を言うとは贅沢だ」

 という声が出たりします。大陸側が過度な愛国主義を香港人に期待し(大陸人は香港人も同じ気持ちだろうと誤解している訳です)、その余りの極彩色ぶりに香港人がひいてしまう、という場面を目撃したこともあります。

 その一方で、香港の民主化が進めば大陸の民主化にも好影響を与えるだろうと期待する向きもありますが、私はそれはないだろうと思います。民度が違い過ぎますから。

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 実は昨年、某翻訳掲示板で香港人として振る舞っていたとき日本人から質問を受けて、返還後の香港人の心情を書いたことがあります。これは後に副業先の編集部の連中に読ませたところ絶賛されましたから、リアル香港人の意識からそう遠くない内容なのでしょう。それを仕立て直して大陸の掲示板に貼ってみたところ、

「香港の立場は理解できるが、大局眼を持たない本位主義傾向が強いと思う」

 という感想が相次ぎました。「本位主義」とは「諸侯経済」で「諸侯」が地方保護主義に走ることを批判するときに使われる言葉です。地元最優先で中国全体の局面を理解しようとしない風潮、ということかと思います。

 ちなみに、「なんちゃって香港人」の私が某翻訳掲示板で日本人にレスした上記文章を貼っておきました。ネスケ推奨です。IEで見ると文字化けやレイアウトの崩れなどがあるかと思います。……もう1年以上も前、ちょうどサッカーアジアカップが中国で開催された直後のものです。

 ●Re: 19411208先生(2004/09/04)

 あと古いエントリーですけど、よかったらこちらもどうぞ。

 ●大激論!香港人vs中国人(2004/08/05)
 
 ●「愛国度」が試された?香港vs中国(2004/11/25)

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 中国国内メディアによる香港報道は非常に偏向かつ限定されており、要するに返還当時に「香港人はみな喜んでいる」と報じたスタイルそのままです。今回の件についても、

「政治改革によって大きく民主化への道を踏み出せる筈だったが否決されたのは残念」

 という曽蔭権・行政長官(香港のトップ)の談話などが紹介された程度です。

 http://news.xinhuanet.com/tai_gang_ao/2005-12/22/content_3953628.htm

 反対派の意見や「12.4」民主派デモなどといった詳細はもちろん省かれています。短波ラジオで「VOA」(美国之音)や「RFA」(自由亜洲電台)、あるいはBBCなどを聞いたり、ネットで当局の封鎖をくぐり抜けて情報を得たりしなければ詳しい経緯はまずわからないでしょう。

 ただ、現在は広東省など一部地域に限って香港への観光旅行(自由行)が認められています。そういう機会を通じて何事かが大陸に還流されていく可能性はあるでしょう。何たって新聞スタンドに寄れば反中共雑誌が普通に売られていますし、スターフェリーの乗り場近くで法輪功が活動していたりするのですから。今後観光客の増加に伴って「還流」が無視できない状況となり、中共は何らかの手を打つ必要に迫られると思います。

 もっとも「還流」が無視できない状況となるまで中共政権が無事でいれば、の話ですけど。

 ですから基本的には、当局によって染め上げられた「香港人」のイメージが庶民レベルには浸透しているのではないかと私は考えています。そもそも大陸の人間にとって、「反日」「台湾」に比べれば、政治的な存在としての「香港」はそれほど興味を引く対象ではないようにも思います。



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