日々是チナヲチ。
素人による中国観察。web上で集めたニュースに出鱈目な解釈を加えます。「中国は、ちょっとオシャレな北朝鮮 」(・∀・)





(シリーズ:対仏「愛国」戦争【3】へ)


 3回連続(第4回目)となりますのでシリーズものに昇格させることにします。

 きょう3月5日から全人代(全国人民代表大会=なんちゃって国会)が開幕します。チベット情勢もいよいよ正念場。そして尖閣諸島に関する問題についても眺めておかなければならないので、たぶん次回は別の話題になることでしょう。

 ただしこのオークションの件も、クリスティーズの定める落札者の支払期限は7日間以内だった筈ですから、そう長く放置してはいられないかと思いますけど。

 ともあれ今回は「対仏『愛国』戦争」に一意専心。……ええ、「流出銅像競売」ではなく「対仏『愛国』戦争」です。今後、中仏関係に他の問題が出現する可能性もありますので(たぶんそれも中国人の自称「愛国心」の琴線にふれるものと予想していますので)、名称は幅を持たせたものにしました。

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 とりあえず、オークションをめぐる一連の騒ぎについて。何よりも、「事件」に対する中国当局の間合いの取り方が絶妙で感心させられます。まずは第一段階の所定の目標、国際社会に対する「流出文化財の返還」という問題提起には成功したといえるでしょう。

 具体的にみていくと、オークション実施前は「反発・抗議・恫喝・訴訟」という、中国当局(外交部や国家文物局などの声明)を柱に民間有志やネット世論をも巻き込んだムーブメントを仕掛け、競売中止訴訟に敗訴してオークションが実施されるや、中国文化部の管轄下にある民間団体「海外流出文化財救出基金」の顧問・蔡銘超が問題の支那……いや品である円明園十二支銅像の中の2体を落札。

 なるほど中国の資産家が買い戻したのか。……と思ったら、あにはからんや落札者として名乗り出た蔡銘超は3月2日、「カネは払わない」というトンデモ宣言。略奪された文化財は無償返還されるのが筋だからだ、と主張しました。蔡銘超はその一方で、

「中国人なら、あの場面では必ず立ち上がることだろう。今回はその機会が私に回ってきて、私はその責任をしっかりと果たした。ただそれだけのことだ」

 と中国人の自称「愛国心」に火をつける大見得まで切りました。果然、ネット世論は大盛り上がりです。

 ただし国際社会からみれば、契約と信用で行われる取引においてこのような真似をするというのは言語道断であり、呆れて物が言えないとしか表現しようのない振る舞いです。中国経済は対外依存度のバカ高い構造になっていますから、少なくともビジネスに関わる中国人であれば、それが理解できるでしょう。気持ちはわかるが、このやり方は暴挙だ、ということです。

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 そこで、翌3月3日には前回紹介したように、

 ●こういうやり方の「愛国」はいけない。
 ●「愛国」はもっと理性的にやるべきだ。
 ●こういう小細工は「愛国」でないばかりか、中国人の信用を失墜させる。

 などという、実に真っ当な内容の論評記事がメディアにわらわらと湧いて出てきました。むろん、この似たような記事の津波状態は中国当局の意思を反映したものです。……というより、これも中国当局による「仕込み」というべきかも知れません。同日、外交部と国家文物局はそれぞれ、「個人の行為にはコメントできない」として、民族の英雄・蔡銘超とは距離を置く姿勢をとりました。

 論評記事も声明も、「カネは払わない」宣言に対する国際社会の反応を予想してのものです。

「蔡銘超?ああ、あいつは基地外ですから。中国がそういう流儀の国と思われるのは甚だ迷惑です。その点どうか御賢察あれ」

 というスタンスですね。ただし外交部はその一方で、

 ●略奪された文化財は中国に無償返還されるべきだ。
 ●こうした文化財についてオークションを強行することには断固反対。

 と、言うべきことを言っていますし、国家文物局に至っては、

「今後、クリスティーズが文化財の輸出入申請をする際の審査を厳格化せよ」

 との通達を関係各機関に発しました。論評記事には「それはやり過ぎ」と言わせつつも、公式声明では個人の活動ということで蔡銘超については批判も賞讃もせず、逆に国際社会に対して「流出文化財の返還問題」というものを印象づける一方、クリスティーズに対する報復措置ともいえる同社限定での規制強化を実施しているのです。

 報復措置といえば、中国がフランスのエアバス社と結んだ航空機150機分の納入契約を不履行とする、という報道も流れました。真偽のほどはともかく、外交部報道官が記者会見の際にわざわざ「それは事実ではない」と言及したほどです。

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 「事件」に対する間合いの取り方といえば、「カネは払わない」宣言が出た当日に行われた記者会見における超啓正・全国政協大会報道官のコメントもいま振り返るとなかなかに芸が細かいものでした。

 超啓正はまず、

「私はフランスが略奪してきたものを中国に返還するよう望む」

 と報道官としてコメントするとともに、

「政協委員たちは、クリスティーズが円明園銅像のオークションを強行したことを失敗(=競売が行われてしまった)と捉えてはならない、と考えている。なぜなら今回の事件はフランス人自身を含む,世界中の人々を教育したからだ」

 と、より踏み込んだ発言を行っています。前段だけなら翌日の外交部声明と同じなのですが、後段は中国当局のスタンスから逸脱した「カネは払わない」宣言を肯定したとも読める激しい内容。……ただし、問題のこの後段は「政協委員たちは」が主語になっており、全国政協大会報道官としての発言ではないのです。

 それでは世間を騒がせた蔡銘超に対し、中国当局が何らかの処罰を下したかといえば、その気配は全くなし。悪者扱いされていないことは、3月4日に至っても蔡銘超に対するインタビュー記事その他がメディアに登場していることからも明らかです。一党独裁制の中共政権にあって悪者認定されれば、発言の機会が与えられることなど、まずありませんから。

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 興味深いのはその4日、前日とは一変して蔡銘超のやり方を批判する論評記事がほぼ姿を消したことです。私の記事漁りの巡回ルートでいえば、3日には10本あったその種の記事が、4日はたった1本。しかも蔡銘超を弁護し、批判記事を叩く論評記事も1本出ています。

 全国政協、全人代と大型イベントに突入したから紙面をそっちに割かれた、という見方もできますが、前日あれほどの勢いで出た批判記事ですから、中国当局が本気であれば4日付の電子版でもトップページに何本かは残しておくものです。ところが、実際にはそうなりませんでした。メディアは一斉に「蔡銘超叩き」を行ったものの、わずか1日で鉾を収めたのです。

 さらに、中国当局が本気であればとっくに削除されているであろう「新浪網」のアンケート調査はいまなお健在であり、回答者数はいま現在で45万人に迫ろうかという勢いです。蔡銘超に対するネット世論の高い支持にも変化はみられません。

 それどころか、対外強硬派御用達の国際紙『環球時報』の電子版である「環球網」までが「新浪網」と同じ設問でのアンケートを開始。回答者数はまだ7000名強ではあるものの、やはり蔡銘超を圧倒的に支持しています。以下がその現時点における回答結果。カッコ内の数字は「新浪網」の最新状況です。

 ●蔡銘超氏が支払いを拒否していることを支持するか?
 (1)支持する。→87.7%(75.5%)
 (2)支持しない。→7.9%(16.4%)
 (3)どちらともいえない。→1.3%(4.4%)
 (4)支持するが、代金は支払うべき。→3.1%(3.7%)

 さすがは「環球網」、筋金入りですね(笑)。ちなみに前々回の数字と比べると、「新浪網」は「支持する」が微増,「支持しない」が微減。当局がゴーサインを出せばいつでもネット署名でヒートアップしそうな状態です。仮にOKが出るとすれば、そのタイミングは蔡銘超の行為に対するクリスティーズあるいはフランスの司法によるペナルティの内容が明らかになった時点でしょう。

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 今回の蔡銘超によるトンデモ行為が、実は顧問を務めている「海外流出文化財救出基金」の意を受けたものであることは、すでに明らかになっています。そして同基金は文化部の管轄下にある民間団体。加えて上述したような進退の見事さからして、私はいまでも標題の通り、

「タクトを振っているのは中国当局」

 という見方を変えていません。さらにいうと、新たなアンケートのスタートは、それが「環球網」であるだけにいよいよ捨ててはおけません。あるいは、

「そのタクトをおれに寄越せ」

 ……と蠢動し始めた政治勢力がいる可能性もあるのです。

 むろん、いまの中国社会にはこんな遊びをやっている余裕はありません。しかし物の弾みにせよ何にせよ、いったん勢いづいてしまえば、以て瞑すべしというほかないでしょう。


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 ●「新華網」(2009/03/03/17:11)
 http://news.xinhuanet.com/world/2009-03/03/content_10936109.htm

 ●「新華網」(2009/03/03/17:15)
 http://news.xinhuanet.com/world/2009-03/03/content_10936130.htm

 ●「東方早報→人民網」(2009/03/02/09:15)
 http://mnc.people.com.cn/GB/8888674.html

 ●「中国青年報→新華網」(2009/03/03/08:27)
 http://news.xinhuanet.com/politics/2009-03/03/content_10931789.htm

 ●「中国新聞網→新浪網」(2009/03/03/17:53)
 http://news.sina.com.cn/c/2009-03-03/175317327717.shtml

 ●「新華網」(2009/03/02/16:23)
 http://news.xinhuanet.com/misc/2009-03/02/content_10928870.htm

 ●「新浪網」(アンケート)
 http://survey.news.sina.com.cn/voteresult.php?pid=31174

 ●「環球網」(アンケート)
 http://survey.huanqiu.com/result.php?s=SFFzdXJ2ZXlfNDg0





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(シリーズ:対仏「愛国」戦争【2】へ)


 続報です。円明園の流出銅像2体をめぐる対仏「愛国戦争」について、中国当局が大きく舵を切りました。

 ……と言いたいところですが、現時点ではちょっと断言しかねる要素もあり、「大転舵」の流れが定着するのかどうか、ちょっと判断しかねています。

 あと数日寝かせて様子をみたい、というのが正直なところなのですが。

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 さて、「大転舵」の兆候自体は非常に明確です。今回の事件を受けた論評記事が、3月3日から中国国内メディアに一斉に登場しました。その大半が、

「こういうやり方の『愛国』はいけない」

「『愛国』はもっと理性的にやるべきだ」

「こういう小細工は『愛国』でないばかりか、中国人の信用を失墜させる」

 といった、いずれもが流出銅像2体を落札した上で「カネは払わない」と宣言した、文化部管轄下の民間団体「海外流出文化財救出基金」の顧問・蔡銘超に対する批判をも含めた冷たい反応です。

 当局もまた然り。文化部の直属機関で今回の事件に際し声明を発表したりしている国家文物局は3日、

「個人の行為なので論評できない」

 としてコメントを拒否。さらに同日行われた外交部報道官定例記者会見においても、「列強が略奪した中国の文化財は返還されるべきだ」という原則論を繰り返しつつも、蔡銘超の「愛国的活動」については、

「われわれは蔡銘超の挙を事前に知らされていなかった。報道によって知った次第だ。民間のことについては論評できない」とスルー。

 ●「『中国青年報』→新華網」(2009/03/03/08:22)
 http://news.xinhuanet.com/politics/2009-03/03/content_10931733.htm

 ●『中国青年報』(2009/03/03)
 http://zqb.cyol.com/content/2009-03/03/content_2562016.htm

 ●「『中国青年報』→人民网」(2009/03/03/08:27)
 http://world.people.com.cn/GB/14549/8894532.html

 ●「新華網」(2009/03/03/08:57)
 http://news.xinhuanet.com/comments/2009-03/03/content_10932122.htm

 ●「新華網」(2009/03/03/13:32)
 http://news.xinhuanet.com/world/2009-03/03/content_10933990.htm

 ●「新華網」(2009/03/03/07:50)
 http://news.sina.com.cn/pl/2009-03-03/075017323947.shtml

 ●「新華網」(2009/03/03/08:26)
 http://news.xinhuanet.com/comments/2009-03/03/content_10931781.htm

 ●『南方都市報』(2009/03/03)
 http://epaper.nddaily.com/A/html/2009-03/03/content_717813.htm

 ●「新華網」(2009/03/03)
 http://news.xinhuanet.com/world/2009-03/03/content_10931165_3.htm

 ●「新華網」(2009/03/03/19:30)
 http://news.xinhuanet.com/world/2009-03/03/content_10936797.htm


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 一躍時の人となった蔡銘超、屋根に登ったところで梯子を外されてしまった格好です。……とはいえ、これらの論評記事や記者会見録を読むとわかるのは、「列強が略奪した中国の文化財は返還されるべきだ」という原則は未だに揺らいでおらず、ただ蔡銘超の「カネは払わない」という方法論への批判に終始していることです。

 ひとつ注意しておきたいのは外交部報道官の記者会見での原則論。

「列強が略奪した中国の文化財は返還されるべきだ」

 ということで、もちろんそこにはフランスが含まれはするものの、名指し批判は避けたという点です。2日の超啓正・全国政協報道官が記者会見にて、

「フランス人も含め……」

 と語ったところから一歩後退している印象。ただし、超啓正は事件そのものについてのコメントであり、外交部報道官は事件への言及を避けているので、これが中国当局の方針に変化が生じたことを意味するものかどうかは、ちょっと判断しかねます。

 もう一点留意すべきなのは、上に並べた通り、論評記事の一角は共青団中央機関紙『中国青年報』から出され、それが国営新華社通信や党中央機関紙『人民日報』の電子版に転載されている、ということ。

 共青団(共産主義青年団)は中国の最高指導者である胡錦涛・国家主席の出身母体であり、胡錦涛派ともいうべきその周囲を固める胡錦涛子飼いの連中の多くはやはり共青団出身。このことから胡錦涛の直系派閥は「団派」と呼ばれています。

 そういう背景を有する、いわば胡錦涛の広報紙である『中国青年報』発の論評記事が「新華網」「人民網」など大手メディアにも転載されてひとつの流れを形づくりつつあるというのは、中国当局の「大転舵」が胡錦涛主導で行われていることを示唆するものといえます。

 中国において「転載」という作業は多かれ少なかれ政治的性質を伴っているもの。要するに「新華網」「人民網」が『中国青年報』の記事を転載したことは、両者が胡錦涛の広報紙の見解に同調することを示したといえるのです。

 ただこれは2005年春の反日騒動でもみられたことですが、反対勢力が巻き返して逆に「転載しろ」攻勢に出たり、「愛国無罪」で一般庶民が暴走したことで状況が一変し、それまでの流れがチャラになってしまうケースもあります。

 今回の件について反対勢力らしき存在の動静はまだ感じられないのですが、ネット世論は依然として強硬派が大勢を占めており、全く動揺していません。前回紹介した「新浪網」によるアンケート調査は未だに続いており、投票数はすでに40万人を突破。回答結果の比率にはほぼ変化はありません。一部の冷静な意見を抑えて、強硬派がいまもなお主流だということです。

 ワクテカのネット署名はまだ行われていませんが、一連の論評記事がネット世論のこの趨勢を変えることができないのであれば、「ほほうこれは使えるかも」とアンチ胡錦涛諸派が蠢動する可能性が残されています。そもそも中国当局が本気で「大転舵」の大ナタを振るったのであれば、「新浪網」のこのアンケートもすでに削除されている筈なのですが……。

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 ちなみに中国国内メディアの中では、電波系対外強硬派の拠り所であり、こういう事件に際しては常に煽り役となる『環球時報』の電子版「環球網」が、未だに『中国青年報』などの論評記事を転載して「換気」する作業を行っていません。

 逆に内幕暴露記事めいたものが掲載されていました。「海外流出文化財救出基金」の牛憲鋒・副総幹事がインタビューにて、

「オークションに対しては元々模様眺めのつもりで、オークションが成立しない様子なら手を出さない考えだった。だがもし落札希望者が出るようなら、こちらも動くという腹づもりだ。すると会場では900万ユーロ、1000万ユーロ、1100万ユーロと値が釣り上がっていったので、われわれもオークションに加わったのだ」

 と語っています。これが事実なのであれば、同基金を管轄する中国文化部の直属機関・国家文物局が表明した「これは蔡銘超の個人的行為」というのは誤りで、少なくとも同基金の意を受けて蔡銘超が動いた、ということになります。そうした作戦を文化部が承知していたかどうかは、定かではありません。ただ、どうやら蔡銘超個人ではなく、同基金としてのアクションだった、ということは当局が参与した可能性もあるとして留意しておくべきかと思います。

 ともあれ、『環球時報』がいまだ「健在」で、ネット世論も冷めていないという状態があと数日続くようであれば,新たな展開が生まれるかも知れません。一連の論評記事はネット世論を抑制し、常に当局によってコントロールできるレベル(当局の操り人形)に留めておきたいがために発表されたものと思われます。全国政協、全人代と重要会議が開催される時期ということもあるでしょう。しかし、果たして実際に沈静化するのか、どうか。

 そのあたりが流動的なので様々なことについて断言しかねるのです。沈静化する前にチベット問題が急浮上して局面がガラリと変わるのか、アンチ胡錦涛諸派がネット世論のエネルギーを利用して胡錦涛政権を揺さぶりにかかるのか、あるいは当初みられていた通り、今回の事件に代わって日本との尖閣問題が前面に出てくるのか。

 クリスティーズや出品者側の動きにも左右されるでしょうから、やはりしばらくは様子見、ということになってしまいます。

 ●「環球網」(2009/03/03/13:08)
 http://world.huanqiu.com/roll/2009-03/390746.html


(シリーズ:対仏「愛国」戦争【4】へ)




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(シリーズ:対仏「愛国」戦争【1】へ)


 もういい加減こういうのやめようよ、という感想がまず浮かびました。

 いやー、頭がクラクラします。というより、泣きたい気持ち(@高橋幸宏)。こんなこと言いたくありませんが、愛の対極は無関心なのです。弱小・色物系とはいえ、中国の何事かに人並以上の興味と探究心がなければ、こんなブログを余暇の娯楽としてやってなんかいません。

 ですからあまりに馬鹿げた出来事に遭遇してしまうと、愛想が尽きそうになってしまうのです。

 当ブログにとって不可欠な記事漁りを、私は昨年の6月あたりでやめてしまいました。

 第一の理由は体調不良。でも実はそれだけでなく、むしろ当時の四川大震災&北京五輪(聖火リレー)による当局の見え透いた世論誘導に乗っかって自己肥大&自己陶酔してしまい、ボルテージがバカ高くなっている中国人民を目の当たりして記事漁りを続ける気力を失った、という要因の方が大だったといえるかも知れません。医者どもがうるさかったせいもありますけど、一時期、このブログを書くことさえ嫌になってしまいまして。

 その記事漁りを今年に入ってようやく再開できるまでにこぎ着けたのですが、今回の件でまた放棄しちゃおうかなー、という気分になっています。まあ、続ける方向で調整中ではありますが(笑)。

 ……あ、申し遅れましたが「おフランス」の件です。事態は鎮静化していくだろうけど何か続編を書くことがあるかも、とは思っていましたが、まさかこういう展開が待っていようとは。orz



 ●略奪品「金払わない」と宣言 落札の中国人会見(共同通信 2009/03/02/13:14)

 【北京2日共同】第2次アヘン戦争で英仏連合軍が1860年に中国から略奪、フランスの服飾デザイナー、故イブ・サンローラン氏の遺産としてパリで2月25日に競売にかけられたウサギとネズミのブロンズ像を落札したのは中国人だったことが2日、分かった。

 ロイター通信によると、落札者を名乗る中国人は2日、記者会見し「落札した金を支払うことはできない」とし、支払いを拒否する姿勢を示した。

 新華社電によると、海外に流出した文化財を取り戻すキャンペーンを行っている中国の民間組織「海外流出文化財救出基金」が、中国人がブロンズ像を落札した事実を明らかにした。落札した中国人についての詳細は不明だが、同基金と連携しているとみられる。支払いを拒否した後の対応については不明。

 2つのブロンズ像は競売会社クリスティーズにより競売にかけられ、2点で計3140万ユーロ(約39億円、手数料込み)で落札された。

 中国外務省は「中国に所有権があるのは疑いの余地がない」と競売の中止や返還を求めていたが、それ以前に競売にかけられたサル、ウシなどのブロンズ像は中国系企業が落札で中国に買い戻したことがある。

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 ●支払い拒否の中国人「責任を果たした」 競売出品者「保有し続ける」(MSN産経ニュース 2009/03/02/23:26)

 【北京=野口東秀】第2次アヘン戦争のさなか、中国清朝の離宮「円明園」から英仏連合軍に略奪され、このほどパリで競売にかけられたウサギとネズミのブロンズ像の落札者が中国人だったことが2日、明らかになった。国営新華社通信が伝えた。落札した民間組織顧問は「金を払うつもりはない。中国人としての責任を果たしただけだ」と話しており、像の引き渡しをめぐって新たな問題が起きる可能性が高い。

 新華社によると、落札したのは流出文化財を取り戻す活動をしている民間組織「海外流出文化財救出基金」の顧問を名乗る蔡銘超氏。

 像をめぐっては、中国外務省が「中国に所有権があるのは間違いない」と返還を要求。在仏中国人弁護士らによる競売差し止め請求をパリ大審裁判所(地裁)が棄却したことから、中国国内ではインターネットなどで仏製品不買を呼びかけるなどの過激な主張が飛び交う一方、蔡氏の行為は愛国心と団結心を鼓舞する事例と受け止められている。

 ブロンズ像は、先ごろ亡くなったフランスの服飾デザイナー、イブ・サンローラン氏の遺産として競売にかけられ、3140万ユーロ(約39億円、手数料込み)で落札された。ロイター通信によると、サンローラン氏のパートナーで、競売出品者となったピエール・ベルジェ氏は、代金が支払われなければ、ブロンズ像を自宅で保有し続ける意向を表明した。



 要するに、中国当局が「出品をやめろ」「それは元々中国のものだから返せ」などと騒いでいた円明園の十二支銅像のうち2体(イブ・サンローラン氏の遺産)が、中国による根拠のない要求をフランスの司法が一蹴しパリでクリスティーズによってオークションにかけられ、どちらも落札されたと。

 で、その落札者が実はアパレルで財を成した蔡銘超という中国の資産家。しかも「海外流出文化財救出基金」という民間団体の自称顧問。ところがこの蔡銘超が記者会見を開いて「落札したがカネは払わない」という驚天動地の宣言。クリスティーズは目下のところノーコメントを通していますが、出品者は「払わないなら家に置いておくまでだ」と反応。……というのが当事者たちの現時点での動静。

 ……おっと当事者がひとつ欠けていました。他でもない中国当局です。オークションが行われるまでの再三再四の反発・抗議・恫喝・訴訟から蔡銘超による落札、そして「カネは払わない」宣言まで、実は以前から準備されていたシナリオのひとつだった。……と私はみています。「挙国一致」なのです。

 大事ことなのでもう一度。実はこの騒動、落札者個人とかではなく、最初から中国当局が演出・脚本を担当して仕組んだ茶番なのではないか、と。

 そもそもこの蔡銘超が顧問を務めているという「海外流出文化財救出基金」というのは、中国文化部の管轄下にある民間団体。当局に直結しているという点においては、反日サイトの代表格である「中国民間保釣連合会」よりも毛並みが良いのです。

 その中国文化部の直属機関に名前を列ねているのが「中国国家文物局」。オークション実施以前に中国当局は外交部などから声明を出すなどして騒ぎ立てていましたが、この中国国家文物局も声明を出しています。



 ●<中仏>「盗難文化財」の競売に反論声明、「金儲けの道具ではない」―中国(Record China 2009/02/25/23:41)

 2009年2月24日、中国国家文物局は、清朝末期に北京の円明園から英仏連合軍に略奪された動物像をめぐり、競売中止の申し立てが棄却されたことを受け、「国際社会の協力を仰ぎたい」とする声明を発表した。人民日報が伝えた。

 国家文物局は声明で「中国人民の正当な要求が尊重されることを願う。中国政府は断固として競売の反対を表明する」と改めてその立場を強調。「違法に流出した中国の文物を他人の金儲けの道具にしてはならない」と強く反発した。また、パリの裁判所が棄却の理由を「法的に問題ない」としたことは、95年に採択された盗難文化財の返還に関する国際条約「ユニドロワ条約」に反すると指摘。所有者のピエール・ベルジェ氏が「ダライ・ラマ14世をチベットに戻すこと」と政治的な条件をつけたり、高額での買い取りを要求したりしたことを非難した。(後略)



 「事後」にクリスティーズが文化財の輸出入申請をする際の審査を厳格化するよう全国の関係各部門に通達を出したのも、この国家文物局です。

 さらに。「事後」における実質的な中国当局の意思表示が行われています。きょう3月3日から開幕する全国政協(全国政治協商会議=なんちゃって野党を中心とする形骸化した党外オブザーバー機関)の超啓正・大会報道官が2日の記者会見において今回の件にふれ、

「フランスが略奪してきたものを中国に返還するよう望む」

 と真正面から切り込む一方で、

「政協委員たちは、クリスティーズが円明園銅像のオークションを強行したことを失敗(=競売が行われてしまった)と捉えてはならない、と考えている。なぜなら今回の事件はフランス人自身を含む,世界中の人々を教育したからだ」

 と、フランスの司法によって民事はもちろん、刑事起訴される可能性すらある蔡銘超のトンデモ行為を大肯定してみせたのです。今回のオークション自体が全くの過ちで、絶対にやってはならないことだと全世界の人々に思い知らせた、ということでしょうか。何という気宇壮大ではなく自己肥大。

 ま、当ブログで以前から指摘し続けている通り、世界の中心を自認する中華思想のプライドと19世紀以来列強に散々喰い物にされてきたというトラウマの両方を、いずれも医学で扱うべき深刻なレベルで一人格に抱え込んでいる。……という民族的宿痾ですね。わかります。

「中国よ法治を知れ歴史を知れ恥を知れ」

 と前回、このタイトルはちょっと色物すぎるかなー、と思いつつ使ってしまったのですが、何とまあ、実際に中国には法治(契約)と廉恥の概念がすっぽりと欠落していたんですね。

 今日は火曜日ですから外交部報道官による定例記者会見が開かれるとすれば、そこでより踏み込んだ、よりオフィシャルな声明が出されるのではないかと思います。

 ちなみに前回も指摘した通り、上の声明に出てくる「ユニドロワ条約」にはフランスも日本もイギリスもアメリカも調印していません。このために中国側はオークション中止を求めたフランスの裁判所における訴訟で敗訴しています。

 ちなみにユニドロワ条約なのかどうか、流出文化財返還に関する国際条約には申請手続きにおいて時間的制限などがあり実質的に機能していない、ということを『香港文匯報』かどこかで香港か中国の法律学者がコメントしていた記事もありました。

 ●「新華網」(2009/02/24/20:04)
 http://news.xinhuanet.com/newscenter/2009-02/24/content_10887200.htm

 ●『中国青年報』(2009/02/27)
 http://news.xinhuanet.com/politics/2009-02/27/content_10906955.htm

 ●「新華網」(2009/03/02/16:23)
 http://news.xinhuanet.com/misc/2009-03/02/content_10928870.htm

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 さて、超啓正が上の記者会見でわざわざ「フランス人」と言及しているように、こうなってくると中国の喧嘩相手はクリスティーズというよりフランスそのものとなってきます。昨年春のフリーチベット支援や聖火リレーでの抗議活動以来ギクシャクしている中仏関係ですが、先の温家宝・首相が欧州歴訪でフランスをスルーしたのに加え、このほど渡欧した中国商務部が率いる訪問団が総額130億ドルの契約を各国との間に交わしたものの、このときもフランスは仲間外れにされています。

 そしてこういう記事も。

 ●フランスへの報復?エアバス購入取りやめ=損害額は100億ドルに…中国(RecordChina 2009/03/02/10:50)

 報復措置?このニュース自体はエアバス社の現地法人によって否定されているのですが、肝心のところは企業秘密だとかで煙に巻いています。とりあえず、金融危機で中国当局から国内航空各社に旅客機購入をなるべく先延ばしにするかキャンセルするか努めよ、との通達が出ているとのこと。エアバス社に対しても既発注分についてそれが行われていて、その過程で意地悪されている可能性はあるかも知れません。はてさて。

 ともあれ、「カネは払わない」宣言を発表した対仏「挙国一致」戦争の最前線に立つ蔡銘超はまた、

「中国人誰もが(この問題に)立ち向かい、私は自分の責任を果たしたにすぎない」

 と大見得を切っています。この「愛国的発言」に、かねてよりオークションに猛反発していた中国のネット世論はいうまでもなく大沸騰。大手ポータルの「新浪網」がさっそくネット上でのアンケートを実施しています。現時点で32万人強が投票と、久々の盛り上がりぶりです。ええ、いよいよ「挙国一致」という訳で。



 一、華人が高値を出して銅像を落札したことはよかったか?
 (1)銅像は本来中国へ無償返還すべきもの。悪意で釣り上げられた値段に手を出す必要はない。→84.4%
 (2)銅像が中国に取り戻されるのであれば高値でも構わない。→11.7%
 (3)どちらともいえない。→3.9%

 二、蔡蔡銘超氏が支払いを拒否していることを支持するか?
 (1)支持する。→74.7%
 (2)支持しない。→17.3%
 (3)どちらともいえない。→4.3%
 (4)支持するが、代金は支払うべき。→3.7%

 三、今回の事件でどのような影響が出るか?
 (1)中国人が国家利益を保全するやり方をフランスに思い知らせる。→72.9%
 (2)ビジネスに従事する中国人の海外におけるイメージが悪化する。→13.8%
 (3)フランス人の中国人に対するイメージが悪化して、両国関係の対立が深まる。→9.9%
 (4)わからない。→3.4%

 ……対外問題でネット世論が盛り上がれば当然強硬論が主流となるものですが、早くもこの結果。アンケートの設問がすでに「中国vsフランス」になっていることにも留意しておきましょう。これが中国当局の意図かどうかはともかく、すでにそういう流れになっているということです。

 ――――

 さあ、「愛国無罪」に向けたスタートの号砲がいま,鳴り響きました。とりあえず予想されるのは、「カネは払わない」宣言をした落札者・蔡銘超に対するクリスティーズからのペナルティ措置、ひいてはフランスの司法による処罰です。

 ……ええ、この状況になれば「蔡銘超を守れ」とか「銅像を中国へ無償返還しろ」といったお題目によるネット署名がまず考えられます。「愛国無罪」爆発へのプロセスを改めて出しておきましょう。

 (1)『環球時報』や『国際先駆導報』が煽る。
 (2)ネット世論が沸騰する。
 (3)ネット署名が開始される。
 (4)署名運動が現実世界の街角でも展開され始める。
 (5)街頭署名活動に集まった群衆が騒いだり、抗議デモが行われたりする。
 (6)プチ暴動発生。

 現時点は(2)の段階ですが、これが(3)のネット署名に進むかどうかは中国当局の本気度次第。日本相手ならともかく、フランスとの喧嘩なら暴発には至るまい、せいぜいフランス系スーパーであるカルフールの不買運動とか店舗前デモ程度で済むだろう。……と党中央が多寡をくくっているのならネット署名にゴーサインを出すでしょう。そのあたりの機微については今日行われるであろう外交部報道官定例記者会見で見きわめたいところです。

 ●「広州日報→新華網」(2009/03/02/08:16)
 http://news.xinhuanet.com/fortune/2009-03/02/content_10925110.htm

 ●「共同通信」(2009/03/03/01:32)
 http://www.47news.jp/CN/200903/CN2009030201000841.html

 ●「新浪網」
 http://survey.news.sina.com.cn/voteresult.php?pid=31174

 ――――

 最後に。

 今回の標題に「大丈夫?」を入れたのは、現在の悪化した社会状況でネット署名なんか始めちゃったらマズいんじゃないの?……という含みに他なりません。フランス相手にゴネ続けるという姿勢を可とする判断の是非は措くとしても、折しも尖閣問題の舞台(土俵?)が出来上がりつつある状況なのです。

 中国当局は日仏相手の二正面作戦を選択するのでしょうか?尖閣問題となれば政争を呼ぶことになりかねないのですが、大衆の勢いにもなかなか抗えるものではありません。悪くすれば,正に「時勢」が醸成されることに。wktk?……そりゃもちろんワクテカ。

 ところで、その一方でチベット情勢がにわかに緊迫してきています。

 ●治安部隊、抗議の焼身自殺図ったチベット僧を銃撃 中国(asahi.com 2009/03/01/01:46)

 この事件が発生した四川省アバ・チベット族チャン族自治州で3月1日、約200名の僧侶が寺院内で始めた法要を治安当局が介入して中止させたため、抗議デモが発生。当局は人民解放軍及び武装警察を急派し、現地は戒厳令状態となった模様です。

 他の場所でも抗議活動が行われ逮捕者が出たりしているようですが、事の次第では再び国際社会でチベット問題がクローズアップされ、この種のことには特に敏感なフランスでフリーチベット気運が高まれば。……これまでの経緯もあり「中国vsフランス」の構図が激化、となれば例によって中国はお得意の人海戦術で「愛国無罪」まで突き抜けてしまう可能性が高まります。

 対仏「愛国無罪」モードが発動されれば、たぶん尖閣問題から考えて日本に対する「愛国無罪」も途中からセットでついてくることになるのではないかと。元々日本相手に単発の線で私は考えていたのですけど、まさか中仏バトルがこういう展開に至るとは思ってもみませんでしたから。

 正念場であります。

 ●「博訊網」(2009/03/02)
 http://news.boxun.com/news/gb/intl/2009/03/200903021915.shtml


(シリーズ:対仏「愛国」戦争【3】へ)




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(シリーズ:対仏「愛国」戦争【1】)


 例の「おフランス」で行われたオークションという事件ですけれども。

 本来「事件」というべきものでは全くないのですが、中国が無理を通そうと強引にねじ込んだことで、日本を含む世界中のメディアに注目されることとなってしまいました。

 とはいえ事態はスケジュール通り、サクサクと進行しました。ただ中国側が「おいちょっと待て」と因縁をつけて、その邪魔立てを図り見事に失敗しただけです。

 無理を承知で競売差し止め訴訟なんて横槍を入れたり、国内の対仏世論を悪化させたり、フランス在住はもとより、海外の中国人に騒がせようとしたり。

 この一連の動きをどう表現したらいいのか適切な言葉が思い浮かばないんですけど、強盗の理屈のようなものです。ある人が所有しているものをオークションに出そうとしたら、

「それは元々はおれのものだ。だから競売に出さずおれに返せ」

 とまあ、ジャイアンのようなことを。

 基本的に、先進国をはじめとする世界の主要国はみな、法律によって運営されています。法治国家ですね。それらの国々によって構成される国際社会もまた然り。様々な約束事があって、それを無視したり悪用したりすると非難を浴びたり、相応の報いを受けたりします。

 中国も一応その中で呼吸するような国家になっているものの、約束事云々という意味では例外的な存在といっていいでしょう。今年で建国60周年を迎えるというのに、未だに「法治国家の実現」(依法治国)を大目標に掲げている国なのです。法制あれど法治なし。

 さてその経緯ですが……書くのも面倒くさいし阿呆らしいので、時系列順に下に並べておきます。御参照あれ。

 ――――

 ●中国、略奪品の競売中止要求 清朝時代のブロンズ像(共同通信 2009/02/18/17:31)

 ●清代の銅像所有フランス人「中国が人権認めれば返す」(asahi.com 2009/02/21/14:07)

 ●競売中止の是非判断へ清朝略奪品で仏裁判所(共同通信 2009/02/23/23:12)

 ●仏裁判所、中国側の訴え棄却 清朝時代の略奪品を競売(共同通信 2009/02/24/07:59)

 ●<中仏>「クリスティーズを締め出せ!動物像の競売にネットユーザーが猛反発―中国(Record China 2009/02/25/16:57)

 ●<中仏>「盗難文化財」の競売に反論声明、「金儲けの道具ではない」―中国(Record China 2009/02/25/23:41)

 ●サンローランの競売総額463億円 競売史上最高額を記録(MSN産経ニュース 2009/02/26/10:07)

 ●「もっと歴史知るべきだ」 遺品競売で中国メディアが批判(共同通信→MSN産経ニュース 2009/02/26/10:28)

 ●中国、清朝略奪品競売会社を非難「一切の結果負うべきだ」(共同通信 2009/02/26/13:02)

 ●中国、クリスティーズの輸出入審査を強化(共同通信→MSN産経ニュース 2009/02/26/13:42)

 ――――

 ……こうやって眺めてみると「強訴」という言葉が適切かも知れません。平安時代あたりに寺社仏閣が僧兵を使って朝廷に無理難題を呑ませようとした、あれに似ているように思えてきました。

「中国、略奪品の競売中止要求」

 なんてタイトルの記事がありますけど、その競売中止を求める根拠が中国側にはありません。だから「それは元々は中国のものだから……」と理屈にならない理屈で横車を通そうとして、しかしながら拠って立つべきものが全くありませんから予定通り敗訴。

 その前後には国内のネット世論を盛り上げさせて、いかにも13億もの中国人民が切歯扼腕し憤慨して血涙を流しているかのような演出を行う。フランス在住の中国人にも集会を開かせたりする。ここら辺が僧兵みたいなものですね。

 しかしながら根拠のない無理難題ゆえにスルーされてしまい競売成立。するってーと今度は「歴史を知れ」とか「中国人民の感情を無視した」などといった、理屈にもならない言辞を弄して、往来で四肢をバタつかせて駄々をこね泣きまくる幼児かのような見苦しい振る舞い。

 さらに「一切の結果を負うべきだ」「クリスティーズの輸出入審査を強化」などと今度は逆ギレ。

 そうした一連の行為を「恥」と思わないのは、きっと自らを世界の中心と任じて憚らない中華思想という民族的宿痾のせいでしょう。まあ大国超大国も似たようなことをやったりしますけど、もう少し見映えよく、何事かを後ろ盾にしつつ、瀟酒にやってのけるものです。その意味で、フランスとの今回の喧嘩は見苦しさ満点で中国の完全敗北。

 ところで、こういう始末に負えない中国の恥ずべき挙措について私たち日本人はもうすっかり慣れていますね。例えば靖国神社に首相が参拝したときに中国外交部が出す抗議声明とか中国国内メディアの騒ぎっぷりがそれです。

 根拠がないので抗議声明は毎度毎度「中国人民の感情を傷付けた」という訳のわからないフニャフニャした理由が繰り替えされます。実は内政干渉をしているという時点で、中国は日中共同声明に明確に違反しているのですが。

 それでも日本人はお人好し、というより日本人の中に心得違いをしている者がいて、しかもそういった手合いは主として教師とかマスコミとか評論家や政治家あたりに群居しているため、この中国の無理難題に真面目に取り合う馬鹿が大勢出てきます。

 いや馬鹿ではありませんね。中国様の代弁者として働くことで、何らかの利権を得ようとしている訳ですから。

 ところがフランスはそんな甘い国ではありませんでした。駄々をこねる中国に対し冷笑を以て報い、

「ダライ・ラマ十四世がチベットに戻られるようにするなら返してやってもいいよ」

 と、銅像の所有者から切り返された中国は「無茶苦茶なことを」と逆ギレする始末。なるほど中国に対してはこういうあしらい方をすべきなんですね。……まあ僅々数年前、小泉純一郎・首相の時代には日本もそれをやっていたんですけど。

 ――――

 略奪や盗難などによって海外に流出した文化財を保護する約束事というのは、国際社会には実はあります。ユニドロワ条約というのがそれで、盗難なり略奪であることが証明されれば、当該文化財は本来の持ち主の国に返還されるというものです。中国がこの条約に調印したのは1996年。

 ところが、この条約の締結国というのは約30カ国のみで、アメリカもイギリスも日本もフランスもこれに調印していません。

 だから中国がいくら騒いでも約束事としては機能しませんし、法的根拠にもならず、実際フランスで今回行われた裁判がそうであったように、「何それ?」と一蹴されてしまうのです。

 要するに中国は手も足も出ません。悔しいのう悔しいのう。

 電波系対外強硬派あたりが好む『環球時報』、これは僧兵どもの主犯格のようなものですが、党中央機関紙『人民日報』の系列紙です。その電子版『人民網』の記者が26日に開かれたオークションの傍聴席にいたという記事がありました。

 中国人記者ということで、まず入場する時点でカメラの持ち込みを禁じられ(一般観客は持ち込みOK)、オークションが始まってみると、それまで静かに進められていた競売が、問題の銅像2体が落札されると期せずして会場に拍手が湧き起こったとのこと。悔しいのう悔しいのう。

 記者はさぞや不愉快だったでしょうが、さらにその拍手のなかで、意外にも記者の隣に座っていたフランス人のお婆さんから、

「まあ可哀想にねえ」

 と声をかけられたので、それに対して一瞥を与えることもなく、黙って席を立ち会場を後にしたそうです。悔しいのう悔しいのう。

 ●「人民网→環球網」(2009/02/26/09:29)
 http://world.huanqiu.com/roll/2009-02/385420.html

 ――――

 しかし、悔しい悔しいとも言っていられません。中国はいま常ならぬ状態にあります。

 江沢民型の経済成長モデルが超格差社会の出現という形で行き詰まる一方、一党独裁制の必然的な帰結ともいえる「官」による汚職や横暴がごく日常的に蔓延。さらに物価高の後にドカンと降って湧いた世界金融危機によって輸出頼みの経済構造が一頓挫。失業者が量産され、まずは出稼ぎ農民1億3000万人のうちここ数カ月で2000万人が職を失ったとか。

 その一方で、就業難も深刻です。今年の大学新卒者は大体いまごろ就職先が決まるそうですが、現時点での予定就業率は驚くなかれ35.6%。大雑把にいうと、新卒予定者の3人のうち2人までは身の振り方が決まっていないのです。じゃあとりあえずバイトでしのげばいいじゃん、フリーターになるしかないな、というのは日本の話。そういう職すらなくて、就職説明会で出稼ぎ農民と新卒予定者が就業機会を奪い合ったりしているのが現実です。

 こうした状況のなか、デモ・スト・陳情ひいては暴動といった「民」による抗議活動が連日頻発しているのが、いま現在の中国社会。「官」たる中共政権にとって、何が怖いかといえばこれが大規模な暴動→政権顛覆運動へと発展することでしょう。

 何らかの形で怒りのエネルギーが噴出してしまうと、その怒りの鉾先がどこであれ、展開次第ではいつの間にか「反政府」へとベクトルの向きが変わっていても不思議ではありません。庶民にしてみれば、現在のような状況を生み出したのは「官」であり、また特権を振りかざして汚職や不埒な悪行三昧を繰り返しているのも「官」ですから。

 ……という訳で、今回のようなケースで拠って立つべきものがないためにネット世論に騒がせて……要するに人海戦術で臨む、というお決まりのやり口も、実は白刃の上を素足で渡る際どさがあります。30歳から下は実に歪んだ愛国主義教育というものを受けている世代ですから、相手が日本であれロシアであれフランスであれ、例の「愛国無罪」が再燃して暴走し始めると、社会状況が改革開放政策を始めて以来最悪といっていい危険水域にありますから、解き放たれたエネルギーがどこへ向かうかわからなくなります。

 それゆえ、当局には「騒がせる」にしても自然発生的な「騒ぎ」にしても、あくまでもその手綱を自分で握っていられる状態をキープしなければならない、という微妙なさじ加減が求められます。今回のオークションの件にしてもロシアによる中国貨物船撃沈事件にしても、煽り役を担当する『環球時報』や『国際先駆導報』は怒りの記事と同時に火消し的なニュースも併せて流すことでバランスをとろうと試みています。

 むろんそうした国内情勢だけでなく、ロシアやフランスとの関係を必要以上に悪化させたくない、という党中央の意図もあるでしょう。

 ●沿海部の就職難、中国の不安の種に―米紙(RecordChina 2009/02/26/08:20)
 http://www.recordchina.co.jp/group/g28920.html

 ●今年度卒業生の就職率わずか35.6%、超氷河期か―中国(Record China 2009/02/25/07:14)
 http://www.recordchina.co.jp/group/g28896.html

 ――――

 ちなみに、「愛国無罪」にはそこに至るプロセスというものがあるように思います。

 (1)『環球時報』や『国際先駆導報』が煽る。
 (2)ネット世論が沸騰する。
 (3)ネット署名が開始される。
 (4)署名運動が現実世界の街角などでも展開され始める。
 (5)署名活動で集まった群衆が騒いだり、抗議デモが行われたりする。
 (6)プチ暴動発生。

 ……といったところで、2005年春の反日騒動は(6)まで行きました。昨年春のフリーチベットに伴う対仏感情悪化に端を発した動きは(5)まで進行し、フランス系スーパー・カルフールの前に群衆が屯集したり店内に乱入したりしました(「シリーズ:攘夷運動2008」参考)。皮肉にもその勢いを止め、エネルギーの向かう鉾先を全く違う方向へと転じさせたのが5月の四川大震災です。

 今回はロシアに対してもフランスに対しても、騒動は(2)から先には進みませんでした。オークションに対しては「環球網」(『環球時報』電子版)が大手ポータルサイト「騰訊網」(QQ.com)と共同ネット署名を開始した、との告知はありましたが、実際にそのページに飛んでみると、署名ではなく単なる怒りの声をぶちまける掲示板でしかありませんでした。当局による抑制が機能した、とみるべきでしょう。

 一方で、こうした対外的な騒ぎは往々にして政争を呼ぶものですが、ロシアやフランスではネタにならないのか、本来動くべきアンチ胡錦涛諸派にそれらしい挙動はみられませんでした。目下のところは別次元での綱引きが進行中です。

 以下は余談になるかも知れませんが、「歴史を知らない」とわめく中国には「お前が言うな」というツッコミが最適です。中共史観はそれを絶対に認めようとはしませんが、物事の価値観というものは、時代によって変化していきます。過去に、他国を侵略し植民地化して自国の勢力を伸張することが正義だとされた時代がありました。今回のオークションで騒がれた圓明園の銅像2体が流出したのは、正にその時代です。もちろん、略奪というのはほめられたことではありませんけど。

 第二次大戦における日本の敗北という作用もあったでしょうが、戦後、植民地だった地域が続々と国家として独立し、植民地化=悪という価値観が新たに登場します。その新たな価値観の時代に逆らうかのようにドサクサにまぎれてチベットに武力侵攻し、その地を併呑したのが他ならぬ「歴史を知れ」の中共政権です。

 その意味で、

「ダライ・ラマ十四世がチベットに戻られるようにするなら返してやってもいいよ」

 という銅像所有者による中国への切り返しは意地悪とかユーモアではなく、中国の返還要求に対する意外に見事な「返句」であるといえるかも知れません。

 という訳で、一件落着。……といくかと思えば、さにあらず。ネット世論で息を巻く糞青ども(自称愛国者の反日信者)を燃え上がらせるためには、やはり真打ちである日本の登場が欠かせません。

 ●尖閣めぐる首相発言に抗議=中国(時事ドットコム 2009/02/26/20:56)

 ●中国、首相発言に反発 尖閣の領有権問題で(共同通信→MSN産経ニュース 2009/02/26/21:20)

 ほーら。来ましたよ来ましたよ。心ときめく春はもう目の前なのであります(笑)。


(シリーズ:対仏「愛国」戦争【2】へ)




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シリーズ「08憲章」【8】へ


 この2週間ばかり、「08憲章」を追いかけることに費やしてしまったようです。

 本当は、別のことを書くつもりでいました。中国はバラけていくしかないのではないか、というのがその主題です。

 前にも書きましたが、中国は今年、ちょっとした戦争を3つやっています。年初の雪害、5月の四川大震災、そして8月の北京五輪です。国力の消耗、ということをいいたいのですが、織り込み済みであった北京五輪を別とすれば、中共政権にとって余計な出費になったといえることでしょう。

 北京五輪も織り込み済みとはいえ、建設需要の一段落などによる、五輪直後に来る短期的な不況から逃れることはできません。過去の開催国がいずれも経験してきたものです。日本では東京オリンピックの直後にやはりそれに見舞われましたが、高度成長期にあったため成長率が幾分か鈍化するだけで済みました。

 ところが中国は五輪不況だけでなく、不動産と株のバブル崩壊が同じ時期に発生してしまいました。そして秋口からは米国をはじめ主要先進国の景気後退。輸出依存型、というより「輸出中毒」状態の中国経済はこの影響をまともに受け、広東省あたりでは工場がバタバタと倒産。その数たるや数千とも数万ともいわれますが、実態は未だ明らかになっていません。

 ともあれ、大量の失業者が発生しました。本来なら1月下旬の旧正月前に帰省する出稼ぎ農民たちも早々と帰郷。給料を踏み倒されたケースが多々あるようですから、子供にお土産を色々買ってあげようと思っていた出稼ぎ農民たちは悔しくもやるせない思いで帰途に就いたことでしょう。

 で、出稼ぎ農民たちの地元政府は、いつもなら旧正月明けにまた出稼ぎに行く農民たちを、失業者という形で大量に抱え込むことになってしまいました。放っておいては社会不安のタネになりますし、かといって中央政府が助けてくれる訳ではないので、雇用機会の創出が焦眉の急。

 こうなると非常事態ですから、全国的なバランスはもとより、他省のことなど構っていられなくなります。

 各地方に対する中央の拘束力も低下する一方。というより「競争原理の導入と分権化」が改革・開放政策の骨子ですから権限面で中央が弱体化することはお約束なのです。問題はその代わりに「市場で調節しバランスを保つ」とされていたその「市場」なるものが、経済改革の進展の鈍さから、より大きくは政治改革が手つかずのままであるため十分に機能していないことです。

 そこで……と続けるつもりが、突如出現した「08憲章」により全て流れてしまいました。話題をとられたという意味でもあり、私が馬鹿は馬鹿なりに描いていたシナリオを練り直さなければならなくなった、という意味でもあります。

 ――――

 「08憲章」に関する事態を知ったのは12月10日の昼過ぎでした。

 香港でまたぞろ鳥インフルエンザの騒ぎが。……と仕事仲間との業務連絡の際に耳にしたので、へーそうなのか、と香港紙『明報』の電子版をのぞいてみたところ、

「人権宣言60周年で民主化求める憲章発表、学者300名が連署、公安は劉暁波氏を昨夜拘束」

 という見出しが躍っていたので驚いたのなんの。

 ●『明報』(2008/12/10)
 http://hk.news.yahoo.com/article/081209/4/9nhg.html

 反体制系ニュースサイトを回って入手した原文がこれまたエグい内容で、中国共産党による一党独裁体制の終結を公然と求めているほか、三権分立、普通選挙制、司法の独立、多党制などを導入せよとの提言です。

 私は、中華人民共和国における主要先進国並みの民主化実現は絶対に無理だと常々考えています。1人当たりGDPでいえば先進国に近い水準を持つ香港、あの「特別行政区」という名の植民地である香港に対してさえ、中共政権は普通選挙制の全面的導入を許さない方針を崩していません。中国本土でいえば、民主化を実現するに適したレベルにまで民度を高めるのに何年かかることか。

 そもそも民度を高めることすら中共政権は許していません。その証拠が、当局に都合の良いよう硬直した価値観を刷り込ませる(独自思考力を眠らせる)愛国主義教育。党の私兵である人民解放軍という名の武力に裏打ちされた独裁体制でこそ、利権や何やらで潤うことのできることを骨の髄から知っている「中共人」が、大政奉還に応じるなんてことは、余りに非現実的な発想です。

 それゆえこの「08憲章」も画餅同然だと思ったのですが、知識人ら303名の連署で一党独裁終結を求めている点は、恐らく反右派運動(1957年)の引き金となった百家争鳴以来の異例の出来事です。

 そして時勢はあたかも上述したような状況。経済はハードランディングへのアプローチに入りかけており、歪んだ発展モデルの必然的な帰結といえる超格差社会に加え折からの失業問題や党幹部の汚職などによる不公正の蔓延に対し各地で陳情、デモや暴動、ストライキが頻発しています。民主化云々はともかく、中国共産党の暴政を真っ向から批判する内容が周知されれば、あるいは……と考え、半信半疑でこのネタに飛びつきました。

 ――――

 ともあれ、303名の連署という規模での公然たる中共政権批判は、1989年の民主化運動~天安門事件以来のものですから大ネタであることは間違いありません。そこで、いつかは……と温めていたブログ独自のインタビューという構想を試みてみることにしました。こういう話題は香港の著名なチャイナ・ウォッチャーに解説してもらうのが一番ですし、素人のブログでもこのくらいはやれる、ということを示したいという密かな気分もありました。

 中国観察には欠かせない月刊誌『開放』編集長で名うてのチャイナ・ウォッチャーである金鐘氏に白羽の矢を立てたのは、実は私が偶然、同氏の携帯電話の番号を知っていたという単純な理由によるものです。303名の連署者のひとり、ということも重要でした。

 他の筋に当たることもできますが、いくつかの手順を踏むために時間がかかってしまいます。かといって香港紙の編集部に電話して、中国取材で奮闘している記者の談話を拾うなんてことにはまるで価値を感じないので(素人ではあるものの、中国観察という点では私の方が年季が入っていますから)、全く念頭にありませんでした。

 「08憲章」全文を2回読んでから質問を約20個こしらえて、サクサクと中国語に翻訳。そのあと最初の意思疎通がうまくいくように、自己紹介とインタビューの申し込みという電話口での「台詞」を簡潔にまとめてこれも中国語で準備し、「台詞」を何度か練習してから度胸一発と電話しました。誰に対しても丁寧で親切な人柄は以前から知っていましたが、金鐘氏が私の求めを快諾してくれたときはさすがに嬉しかったです。

 早速,用意しておいた質問をメールで送り、自分は当ブログのエントリー書きにとりかかりました。その文末に「ボーナスステージがあるかも」と書いたのは、この金鐘氏インタビューのことです。一応OKしてくれたものの、実現するかどうかは回答のメールをもらうまでは確言できなかったので。

 これが12月10日のことです。その夜11時過ぎに金鐘氏からメールがあり、

「2時間書いているけど、まだ書き終わらない」

 と伝えてきたので私は激しくビビリました(笑)。物書きが一問一答式の回答に2時間を費やしてもまだ終わらない、というのは回答のひとつひとつが長文か、あるいは全てをひっくるめた一本の文章に取りかかっているかのどちらかだと想像したからです。「年末進行」という本業の超繁忙期の合間を縫ってやっていることですから、翻訳量が膨大になると私はたまったもんではありません。

 ところが、翌11日の14時すぎに届いた回答のメールは、私が恐れていたほどの長さのものではありませんでした(短くもありませんでしたけど)。私は安堵するとともに、金鐘氏の真心を強く感じました。各設問に対して最も適切な形で、しかも日本人向けにわかりやすく回答しようと、推敲を重ねたからこそ時間がかかったのでしょう。肉声よりも思いのこもった、心の声ともいうべきインタビュー記事が完成しました(全て金鐘氏のおかげです)。

 おお、と思ったのは、この回答メールには標題がつけられていて、そのまま原文を発表しても記事として成り立つ体裁になっていたことです。翌12日に私の肩書をどうするかという問い合わせのメールが来て、その日のうちにネット上の中国語サイトで発表されました。中国観察の世界においては第一人者のひとりである金鐘氏の「心の声」は、中国人に対しても簡潔ながら深みをも伴った、しかも分量的に間尺に合うものとみられたようで、現時点までに20以上のニュースサイトを中心とする中国語媒体で転載されています。

 ――――

 「08憲章」の署名者がどんどん増えていったのは当ブログで既報した通りです。いま現在で第八次署名者名簿まで発表されており、総計は6000名を超えました。下記の通りです(カッコ内は累計署名者数)。

 【1】 303  ( 303)
 【2】 440  ( 743)
 【3】 526  (1269)
 【4】1231  (2500)
 【5】1014  (3514)
 【6】1412  (4926)
 【7】 637  (5563)
 【8】 628  (6191)

 当初私が考えていた以上に知識人以外の階層にも広がり、特に不公正の犠牲者である「維権人士」や「公民」(一市民)、「農民」そして一般社会人など、いわゆる庶民レベルで浸透しつつある勢いにはただただ驚くばかりです。当局による署名メール送信への規制強化により第七次からは署名者数は3ケタに戻っていますが、このペースを維持できれば年内に署名者数が1万という大台に乗ることでしょう。

 以下は当ブログで常々指摘していますが、書斎派が書いたこの「08憲章」は現在の社会状況に照らせば悠長すぎて見向きもされない部分がたくさんあります。民主化綱領としてはこれで正解なのですが、暴動やストが頻発しているいま現在において、三権分立や普通選挙制などを説いても「それどころじゃない」と一蹴されることでしょう。

 しかし、「08憲章」には大衆受けする「ポップな部分」もあります。



 ●社会から公正さを失わせた中国共産党による一党独裁体制への批判。

 ●一党独裁制によって必然的にもたらされる党幹部の汚職、特権ビジネス、様々な横暴に対する断罪。

 ●一党独裁制の終結要求。



 というのがそれに当たります。この部分だけが独り歩きして庶民レベルに受け入れられると、「尊王攘夷→勤王倒幕」という可能性もないとはいえません。ただそれは、

「中華人民共和国の枠内での民主化を平和的に実現し、最終的には台湾をも取り込んだ『中華連邦共和国』を現実のものにしたい」

 とする「08憲章」の趣旨からは離れることになります。金鐘氏ら「08憲章」に賛同して連署した人たちは別として、発起人たちにとっては、

「それでは困る」

 ということになるのではないかと。以下、邪推モードに入ります(笑)。

 ――――

 民主的な国家の実現を願う「08憲章」の発起人たち知識人もまた、中国人であることを忘れてはなりません。「08憲章」が言及している通り、民主化には程遠い現状ではありながら、中国が経済成長によって国際社会でも影響力を持った大国になった部分は肯定されています。

 ここが大事なところでして。

 恐らく発起人たちにしてみれば、現在の「中華人民共和国」という国家の枠組みが崩れて、バラけてしまっては困るのではないでしょうか。バラけたあと、そのうちの何ピースかが民主化を実現できたとしても、国際社会における「大国」としての地位はもはや望めません。

 チベット、ウイグル、内モンゴルといった地区も含め、さらには台湾をも併呑して、米国に肩を並べる大大名として天下に号令を、と考えているかどうかはともかく、大大名の地位は失いたくはないでしょう。バラけていくつかの普通の大名になってしまっては、元も子もありません。……中国人であれば、これは自然な発想といえるかと思います。

 それゆえに、いま現在「08憲章」をめぐる事態が複雑になっているような気がします。発起人たちは現今の社会状況に鑑み、「08憲章」を以て知識人たちに指針を与える一方で、

「このままではバラける。バラけたくなければこの方向へ舵を切れ」

 と中共政権に脅迫状を突き付けたつもりなのかも知れません。むろん、私のいう「ポップな部分」だけが浸透してデモや暴動が激化するような事態にはなってほしくないでしょう。

 国際社会における中国の存在感を保持したいからです。

 「大国」でありつつ平和的に民主化を実現したい、ということでしょうが、それが事実であれば、余りにムシのいい話のように私には思えます。中共政権自体が「08憲章」の提案を呑むつもりがないでしょうし、民度の問題もあります。そもそも中国社会にも民主化という長期的なプロセスを消化していけるほどの余裕は残されていません。

 バラけそうになったら、中国共産党の私兵たる人民解放軍の出番、ということになるでしょう。ただし、軍全体が党中央の命令に従ってくれるかどうかは、わかりませんけど。

 私たち日本人も、この辺りについては考えておく必要があると思います。隣国を「大国」のままにしておくよう努めるべきか、それとも一定期間は情勢が不安定になるものの、いくつかのピースにバラける方が日本のためになると判断して、その方向へ向けたアクションをとるべきなのか。

 これは、決して対岸の火事ではありません。


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 「08憲章」への賛同者である第七次署名者名簿が12月20日、ネット上にて発表されました。

 署名者数は第六次に比べほぼ半減の637名。署名はメールによって行われるのですが、そのメール送信に失敗するケースが頻発しており、当局による規制が強化されている模様です。

 このため署名受付側は、従来は2つだったメールアドレスを3つ追加して窓口を広げる一方、署名者は異なるメールアドレスに1回ずつ、合計2回は送信するよう呼びかけています。

 今回は農民14名、失地農民11名のほか、「共産党員」との肩書が5名いました。他には陳情者や社会の不公正による被害者、また一般社会人や海外からの署名などが多数を占めています。

 ちょっと注目しておきたいのは「学生」の署名が目立ったことです。高校生、大学生、大学院生の合計が98名にものぼり、第七次署名者の15.4%を占めるに至っています。

 私の正直な第一印象は、

「おいおい、大丈夫なのかこいつら?」

 といったところです。政治運動を経験せず、いい意味でも悪い意味でも天真爛漫な「亡国の世代」が、勢いだけで署名しているのではないかと余計な心配をしてしまいます。「学生」だけでいいのに大学名まで書く者もいれば、「学生」の後ろに「民主予備軍」と書いている者もいました。うーん。

 ●「博訊網」(2008/12/20)
 http://news.boxun.com/news/gb/china/2008/12/200812201104.shtml

 ――――

 私も当世学生気質が知りたいものですから、カレン族のLさんが働いているコンビニの、店内限定で親しくしている夜勤シフトの中国人アルバイトに「08憲章」の写しを渡しました。拙宅の最寄りのコンビニは福建人で固まっていますが、ここはここで別の地域出身の連中が地縁でまとまっています。一応、全員中国の大学卒業生だそうです。

「ヒマなときに読んで,感想を教えて。君ら若い人たちの意見が知りたいから」

 と、たまたま夜勤シフトに入っていた一人に手渡すと、

「でも、私は政治に興味がないですから」

 と及び腰だったのに、昨夜行ってみたら、レジの背後の棚に「08憲章」のコピーが置かれていて、別の中国人アルバイトが客のいない時間に熱心に読んでいました(笑)。このコンビニの中国人の間で回し読みされているようで、

「これ、いつ発表されたんですか?」

「いま何人くらい署名していますか?」

 と私が逆取材を喰らう始末。

 ――――

 この連中もまた政治運動を知らず、江沢民の「愛国主義教育」を全身に浴びて育った「亡国の世代」ではあります。

 しかしながら、愛国主義教育というのは北京五輪の聖火リレーにまつわる騒ぎが典型的だったように、外圧には「うるせーおれたちは中国人だー」と脊髄反射のようにして反発し、ある程度団結することができます。

 ところが国内事情となるとどんな教育を受けていても、日常目にしたり周囲からの見聞で実態を肌で知っていますから、「08憲章」の内容が広がりをみせているという現象には、「いや私は政治は……」と言いつつも、実はかなり興味があるようです。

 第七次名簿の署名者数が半減したのが当局の規制によるものか、あるいは「08憲章」自体の勢いの弱まりを示すものかは、少し様子を見てみないとわかりません。

 ただ今回は、学生の署名者が100名近くに達したことに驚きました。むろん目を剥くほどの数ではありませんけど、若い血潮をたぎらせた一部の連中が、「愛国無罪」のときのように街頭署名活動とか始めちゃったらどうなるんでしょうか。

 とりあえず生真面目な連中ばかりであるコンビニの中国人アルバイトの一同には、

「これは危険な政治活動だから、絶対署名なんかしたらいけないぞ。絶対ダメだからな」

 と念を押しておきました。……いや、ダチョウ倶楽部の真似ではなく(笑)、私のために、です。


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 「08憲章」に対する日本側の報道について「otsu-desu」さんよりコメントを頂きました。ちょうど良い機会なので、私も自分の考えを述べさせて頂くことにします。



 ◆守護言論自由(otsu-dosu) 2008-12-19 16:07:15


 産経がネットの記事で、08憲章に関してネット規制は殆ど行われていないような報道を行っていましたが、それはたぶん「大嘘」です。

 別の記事や「現地報告」よると、かなり早い段階で大量の記事が削除されていたそうです。
 ですので、憲章の全文自体を読んでいない人や、憲章の存在自体を知らない人も多いでしょう。
 憲章自体を知らない労働者も多いでしょうから、そういったものに触発されてどうのという事すらないのかも知れません。

 >その先にあるのが「08憲章」がいうような「民主国家への平和的な変革」などでないことは確かです。

 やはり、共産党内改革派による政治改革を求めた昔の学生は賢明だったと思います。

 ●ネットは「中国式民主主義」を生むか?
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20081111/176863/

 ●ネットに放たれた中国政府の「ボランティア」たち
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20081120/177880/

 ●やはり現れた、ネット文化革命「08憲章」
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20081217/180548/

 産経新聞の書いた大嘘記事

 【ちゃいな.com】中国総局長・伊藤正 歴史的な一石になるか
 http://sankei.jp.msn.com/world/china/081219/chn0812190336001-n1.htm



 otsu-dosuさん、引用されている記事に目を通しました。『産経新聞』電子版記事、署名コラムですから執筆者の主観が前面に押し出されたものとなります。ネット規制に関する印象も人それぞれですから、それはそれでいいのではないかと。otsu-domさんが御指摘の、

「中国指導部は、憲章のネット情報をほとんど規制しておらず、一党独裁を揺るがすことはないと踏んでいるようだが」

 という部分も執筆者が受けた印象によるものでしょう。私はこの見方に同意しませんが、「大嘘」と激語する必要もないと思います。余り血圧を高くしてはいけませんよ。

 それから、

「共産党内改革派による政治改革を求めた昔の学生は賢明だったと思います」

 という見方には賛同しかねます。民主化運動終息後、

「結局は学生と知識人だけの運動だった。一般庶民を取り込むことができなかった」

 という反省が少なくとも私の周囲の学生リーダーたちの間にはありました。私もこれには全く同感です。

 ところでこのコラムに限らず、日本のマスコミの「08憲章」に対する報道の仕方自体に私は誤りがあると考えています。

 記者は「08憲章」を指でなぞるように精読したのでしょうけど、それが祟って、このコラムを含めて天安門事件などを引き合いに出しつつ「民主化だ民主化だ」という線で「08憲章」を位置づけています。

 問題のコラムの冒頭に天安門事件当時の描写が出てくるのは象徴的です。

 ――――

 私が思うに、「08憲章」を民主化運動の流れで理解するのは致命的な誤りで、今後の事態の推移をいたずらに読みにくくするものではないかと。

 いま現在、そんな悠長なお題目を唱えている余裕は中国社会に残されていません。全国各地で毎日、「官」に対する何らかの抗議活動が行われているではありませんか。せっかく現地在住なのに、その方面への考察が甘過ぎますね。

「憲章への署名者は当初の303人が1週間で5000人を超えたが、学生はほとんどいない。2005年春の日本の国連安保理常任理事国入りに反対するネット署名では、数日で200万も集まった。憲章に賛同していても、政治的リスクには敏感なのが、青年層の当世気質なのである」

 という一節も執筆者らしからぬエラーであるように思います。当局肝煎りのネット署名と、今回のように明らかに反体制をうたった声明に対する署名は根本的に質が異なるものです。せめて「200万人も集まった」ネット署名が事実上官製であることに言及してほしかったところです。しかも、

「学生はほとんどいない」

 という事態の把握の仕方に、結局のところ1989年の民主化運動~天安門事件を想起しつつ今回の動きを捉えているように思います。

 以前に指摘していますが、現在の中国社会に「08憲章」が投下されたことで起きる作用は「民主化」ではなく「導火線」だと私は思います。

 このあたりは見解の相違、というところですが、問題のコラムは何やら通り一遍にやっつけ仕事をしました、という感じで、もう少しマトモな内容であってほしかったです。『産経新聞』は日本のマスコミの中でも「08憲章」を追いかけている貴重なメディアですけど、このコラムに費やした紙幅を、北京で奮闘している野口特派員に回してあげて欲しかったです。

 あるいは、米国や香港の特派員に発起人で拘束された劉暁氏に近い筋へのインタビューに充てるべきだったと思います。発起人のひとりとみられる余傑氏が帰国したことを受けて北京の空港あたりで通り一遍の話を聴く程度でお茶を濁すつもりなのでしょうか。

 ――――

 皆さん御存知の通り、私は素人です。それでも著名なチャイナ・ウォッチャーで香港誌『開放』編集長・金鐘氏にインタビューすることができました。

 インタビューを申し入れOKをもらったのが「08憲章」発表の翌日で当ブログにおける第一報となった12月10日(エントリー発表前)であり、金鐘氏からの回答を受けて記事の体裁を整えたのが「08憲章」発表の2日後。当ブログでそれを発表したのは翌12月12日です。

 ちなみにインタビューで言及しているように、金鐘氏は「08憲章」宣言について「こんな感じでどうか?」という草稿が回ってくるほど発起人に近い立場にあります。

 インタビューに踏み切ったのは、現今の中国の危険な社会状況にあって、「08憲章」が単なる書斎派による浮世離れした民主化綱領ではなく、その中に私がいう庶民受けしやすい「ポップな部分」、すなわち、



 ●社会から公正さを失わせた中国共産党による一党独裁体制への批判。

 ●一党独裁制によって必然的にもたらされる党幹部の汚職、特権ビジネス、様々な横暴に対する断罪。

 ●一党独裁制の終結要求。



 ……が含まれていたからです。これをいま現在の剣呑な中国社会に放り込んだら、何が起きるか、わかったもんじゃありませんから。

 ――――

 春のラサにおけるチベット人弾圧の際にも書きましたが、私は中華人民共和国において一党独裁体制が終結し民主化して多党制と普通選挙制が実現して……などという寝言というか脳内お花畑な期待は微塵も持っていません。

 ネット署名はあくまでもネットというバーチャルな世界のもので、現実世界とは違う、という見方もあるようですが、中国はそんな甘い国ではありません。いかにネット署名であれ、「08憲章」のような反体制的な内容の文書に賛同するという意思表示を行うことは、最悪の場合、現在の生活を捨てる覚悟を伴うに等しい行為です。

 それなのに、『08憲章』は5000人を超える署名を集めている。尋常ならざることです。また、それを現出せしめたのは中国の経済・社会状況が尋常ならざることをも示していると私は思います。

 ちなみに、「otsu-desu」さんがリンクをはった他の記事についても、私個人は認識のズレを感じています。中国のネット事情に関する紹介は悪くないと思うのですが、

「やはり現れた、ネット文化革命『08憲章』」

 など、この著者が自分の長所として強調している中国問題とか庶民レベルでの感覚に対するカンとか経験値ってどれほど意味があるのでしょう?直観やセンスというものは、自称プロの方々にのみ宿るものではありませんし、経験値が邪魔をして事態の本質を見誤る場合もあるのです。

 とりあえず、日本の大手新聞社などによる「『08憲章』=民主化」という単細胞ぶりには辟易しています。見解の相違と生意気を承知で申し上げますが、プロの皆さんの猛省を促しておきます。……あ、応援歌というタイトルですから「プロの皆様方、各員一層奮励努力せよ」とするべきでしたね。

 それから日本政府。米国のように劉暁波氏の拘束について一言あってもいいと思うのですが。


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 「08憲章」の第六次署名者名簿が発表されました。

 今回は合計1412名と前回よりペースアップ。そして「08憲章」署名者総数は、ついに5000名を突破しました。

 前回の第五次名簿に続き、フツーの社会人が多いです。ホワイトカラーをはじめ、労働者、農民、公民(一市民)、失業者。少数民族の名前もあります(インド在住のチベット人作家も)。毎回多数名を列ねている「教師」というのは、前回のエントリーで紹介したような人たちのことではないかと。

 また、「失地農民」(耕地強制収用などで移住と転業を余儀なくされた農民)も複数登場。「維権人士」という肩書は、その数からみて「官」の横暴による被害者や陳情者を含んでいるように思います。居住地がいくつかの地域で固まっているので、半ば組織化されている可能性が十分です。

 香港の立法会議員の署名もまとめて追加されました。もちろん「長毛」こと梁国雄の名前も。

 そしてとうとう「農村村民代表」という肩書が出現し、ゾクッとした戦慄のようなものが私の身体に走りました。

 ――――

 以上は反体制系タレ込みサイト「博訊網」が転載した記事によるものです。

 ●「博訊網」(2008/12/17)
 http://news.boxun.com/news/gb/china/2008/12/200812171239.shtml

 いわゆる書斎派とか象牙の塔の教授先生といった狭義の知識分子はいよいよ少数派になっています。この階層の人たちが署名しなくなったのではなく、一般市民・農民の署名が膨張する一方だからです。

 署名者のコメントを見ると、当局は署名先のメールアドレスへの送信を妨害しているようですが、署名者は何度も繰り返し試したり、規制突破アプリなどを用いて署名しているようです。

 5000名を突破したことで、「08憲章」はひとつの関を超えた観があります。1万人を大台とすれば、そこまでの道のりの半ばをわずか1週間で踏破。

 とにかく一般庶民の署名が増えていることに、中国社会の奥底における密やかながらも不気味な鳴動の存在を感じずにはいられません。


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 「08憲章」の続報です。第五次署名者名簿が発表されました。

 何と合計1014名。これで「08憲章」の署名者総数は3600名を超えたことになります。

 名簿を眺めると、やはり書斎派の知識人より一般社会人が目立ちます。退役軍人や「民工」(出稼ぎ農民)に加えギタリストも登場。農民や大学生の勢いも健在です。

 他にウイグル族とおぼしき名前もありますし、「家庭主婦」という肩書での署名も。それから「公民」という肩書も増えてきました。「一般市民」といったところでしょうか。

 また、失業者やリストラされた人の署名も同様に増加傾向。やたらに多い「自由職業者」という肩書には具体的なイメージを結べないのですが、あるいは失業者やニートも混ざっているのかも知れません。

 海外在住者の署名もペースダウンしていません。香港人の署名もまとめて出てきました。在日中国人の名前もありますし、日本人ピアニストの署名者までいます。現地の大学で教鞭をとっていらっしゃる方のようです。

 ――――

 以上は反体制系タレ込みサイト「博訊網」の報道によるものです。

 ●「博訊網」(2008/12/15)
 http://news.boxun.com/news/gb/china/2008/12/200812151257.shtml

 元ネタはたぶんここかと↓。米プリンストン大学の中国人学生や教師が中心になって運営している、民主化運動系サイトでは筋の通ったところです。

 ●「縦覧中国」(2008/12/15)
 http://chinainperspective.net/ArtShow.aspx?AID=136

 金鐘氏から来たメールによると、私のインタビュー記事(中国語版)を最初に出したのもこの「縦覧中国」とのこと。

 ●「縦覧中国」(2008/12/11)
 http://chinainperspective.net/ArtShow.aspx?AID=122

 ――――

 ともあれ「08憲章」、まだまだ勢いが持続していることに心強さを覚えます。一般市民の加入が目立っていることを強調しておきましょう。

 もっとも署名者数が3600名を超えたとはいえ、いまは散在する粒のひとつひとつに過ぎません。

 これを端緒に何らかの連携が生まれていくのかどうか、また以前から官民の対立がある地域に与える影響などに注目したいところです。中国最強の武装農民戦闘集団とかに、ちょっと期待してしまいます。

 ともあれ、「08憲章」におけるポップな部分、具体的には中国共産党批判と党幹部の汚職蔓延に対する非難、また一党独裁制の終結要求などが伝播していけば、署名者はまだまだ増えていくことでしょう。

 取り急ぎ速報まで。


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 週末ですので気楽にいきましょう。私も大きな仕事を終えてちょっと虚脱しているような感じです。

 「08憲章」の署名者は依然増加中で……というか勢いが強まっている模様。

 署名者名簿は発表された「08憲章」に添付されていた303名を「第一次」として、ネット上では第二次、第三次という形で新規署名者名簿が公開されています。この辺の情報はタレ込みサイト「博訊網」を定点観測していれば転載記事で拾えます。

 ●「博訊網」
 http://news.boxun.com/

 で、先ほどこのサイトをのぞいたところ、今日(12月14日)は「第四次名簿」が転載されていました。たぶん前日(13日)の署名者をまとめたものかと思われますが、これが何と1231名にものぼり、「08憲章」の署名者総数は2500名を超えました。

 中国本土の署名者について職業を見ていると、すでに知識人よりもホワイトカラー、ブルーカラー、農民、大学生、自営業など「フツーの人」の方が多くなっている印象です。

 これとは別に、拘束された劉暁波氏の釈放と「08憲章」に盛られている主張の実行を求める署名はすでに3000名を突破。胡錦涛政権の発足以来4年余にして経済・社会状況が最悪の状況下で、こういう動きが勢いづいているというのは容易な事態ではありません。

 ――――

 民主化というのは金鐘氏もインタビューで指摘していたように、時間をかけて段階的に進めていく長期的な悠長なテーマで、本来であれば暴動が頻発しているほど生活に行き詰まった庶民からは見向きもされないものです。

 しかし「08憲章」の「08憲章」たる所以は非常にまとまった具体的な民主化方案であることと同時に、中共一党独裁体制に正面からダメ出しをしている点。民主化には興味がなくても、特権階級とその悪行三昧を真っ向からぶった斬る部分は実にわかりやすいものです。庶民もそれを日常的に見慣れているだけに、この一節に溜飲を下げるというか、ある種の爽快さを伴って快哉を叫ぶことでしょう。

 お固いようで意外にポップ。現在の行き詰まった社会状況下において大衆受けするポイントといえます。「08憲章」の本旨からは少しズレているのかも知れませんが、当局からみれば火種として機能しかねない非常に恐ろしい部分です。

 この当局が「08憲章」の発起人の一人である劉暁波氏を拘束したものの、それ以上に大きく踏み込む大弾圧を行っていないのは興味深いところです。

 党中央の迷いや躊躇を示しているのかも知れませんし、署名者への監視や署名者増加の防止策などは行いつつも、デモや暴動という形で爆発しない限りは模様眺め、ということかも知れません。もちろん、爆発すれば3月のチベットのときのように「六四モード」を発動して、なりふり構わぬ武力弾圧という「人民戦争」になるでしょうけど。

 ですから、「08憲章」は金鐘氏がインタビューで語ってくれたような意義深い民主化方案であるものの、いま現在の中国社会では「火種」としての役を振られています。「民主化なんて無理」という風に流してしまうこともできますが、「民主化」として語らずに、蓄積された庶民レベルの不満を爆発させかねない「導火線」あるいは「信管」として考えれば、これはどうにも無視できないものなのです。

 もちろん「一時は話題になったけど結局は不発」になる可能性もあり、現状ではそういう展開が五分五分というより、むしろ四分六分の六分が「不発弾」というのが冷静な認識といったところでしょう。七分三分の七分という方がより適切かも知れません。

 ――――

 さて、恥を忍んで申し上げることになりますが、金鐘氏に対する私のインタビュー記事の原文(中国語)は金鐘氏によって記事仕立てにされた上で、香港紙『信報』電子版に掲載されました。

 ●『信報』電子版
 http://www.hkej.com/template/forum/php/forum_details.php?blog_posts_id=7020

 標題とリードが追加された以外はほぼオリジナル通りです。金鐘氏が当ブログと私を持ち上げ過ぎているのですが(orz)、これは香港における「08憲章」の扱いはまだまだ不十分だ、という同氏の認識によるものかも知れません。

 一方で、中文媒体において「08憲章」に関するニュースは多いものの、その意義深さを語った記事はそう多く出ていません。その意味で、「08憲章」宣言について簡潔かつ的確に、しかも発起人と親しい者が語るという点で、記事の長さも含め間尺に合った適切なものと金鐘氏が判断したのかな、と考えているところです。

 その判断を裏付けるかのように、早速転載が始まりました。上記「博訊網」をはじめ、現時点でニュースサイトなど7つのウェブサイトがこの記事を転載しています。

 掲載も転載も、コソーリ活動で慣れていますので私にとってサプライズではないのですが、中国観察の世界では第一人者である金鐘氏と一緒に仕事ができたこと、そして金鐘氏がその記事を原文で発表してくれたことが、もんのすごーく嬉しいです。

 昨夜,同氏からメールが届きました。チャットや会話などはできないものの、写真などのコンテンツを仲間うちで共有するというサービスが香港で普及していて、それを利用している金鐘氏が「お友達名簿」に私を加えてくれた、というものです。ナカーマ(AA略)であります。

 そういったことも含めて、今回は心身ともに消耗する仕事でしたが、疲労しながらも充足感に満たされています。

 手前味噌で申し訳ありません。m(__)m

 ――――

 以下は余談の余談です。

 インタビュー記事などと取っ組み合っていた11日に、AMAZONに注文しておいた「いきものがかり」のニューシングルと、松本零士氏の傑作「ザ・コクピット」の第一巻が届きました。

 この文庫サイズのコミックは以前に全巻まとめてオトナ買いしたので拙宅にある筈なのですが、如何せん私の仕事場は香港のゲーム週刊誌の編集部の如く、様々なものが雑然と積み上げられて腐海としか表現しようのない状態で、一度消えてしまったらもう僥倖に期待するほかない、といった状態。

 ここ数日、このシリーズの中でも名作が揃っている第1巻が無性に読みたくて仕方がなかったのです。それが修羅場の最中に届いてしまいました。

 幸い、エントリーは12日未明に出すことができたので、朝になったらいつもの喫茶店で一服しつつこれを読もう、と思っていました。

 ところがインタビュー記事を「中文媒体にも出す」という金鐘氏からのメールが来たため、万一に備えて自宅待機を余儀なくされることに。orz

 昨日(13日)、土曜日ということもあって平日はリーマンで賑わうのが嘘のように静かな喫茶店で、1時間かけてようやく念願を果たすことができました。そのあと今度は「音速雷撃隊」と「鉄の竜騎兵」(ザ・コクピット第2巻)が観たくなってDVDでウルウルしましたとさ。

 という訳で楊枝削りです。


ザ・コクピット (1) (小学館文庫)
松本 零士
小学館

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ザ・コクピット (2) (小学館文庫)
松本 零士
小学館

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TOKUMA Anime Collection『ザ・コックピット』 [DVD]

徳間書店

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気まぐれロマンティック
いきものがかり,水野良樹,山下穂尊,江口亮,中村太知
ERJ(SME)(M)

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 そういえば、カレン族の正月の集まりに招かれるお礼に作ったカンバッジも昨日届きました。今年もあと半月なんですね……。


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「上」の続き)




◆インタビュー:「08憲章」が中国を変える!――香港誌『開放』編集長・金鐘氏




  

           金鐘氏近影(2007年)                1994年、劉暁波氏(左)と



■格段に進化した「民主化綱領」

 ――「08憲章」は事実上現在の中共一党独裁体制を否定し、一方で民主的国家の成立を目指すと宣言したものとみていいか?

「その通り。中国を日本のような民主国家にするというものだ。ただ(「08憲章」の文面では)『一党独裁』という言葉は避けているが」

 ――「08憲章」は長期的ビジョンとしての提案なのか、それとも切迫感に満ちた「檄文」とみるべきか?

「中国の民主化は長期的な目標。『08憲章』が主張しているものの多くは短期間で実現できるものではない。だが『08憲章』の発表に踏み切ったのは切迫感によるもの。中国社会の人権、法治、両極分化などといった不公正が、社会における様々な対立をエスカレートさせている。『時代遅れした現行の体制はもはや改める他ないことを、災難のような収拾のつかない状況が明示している』と『08憲章』の前言にある通りだ。憲政制度改革への着手は待ったなし、ともいえる。官民ともにそういう共通認識を持つべきだ」

 ――1989年の民主化運動~天安門事件当時と比べて、「08憲章」の主張する内容には相違点や進歩した点はあるか?

「1989年の学生運動(民主化運動)は、北京の大学生が官僚による汚職蔓延への反発や胡燿邦の再評価を求めたことに始まり、それが報道の自由、トウ小平引退を求めるという、国内はもとより世界の民主化運動を震撼させる圧倒的な動きに発展した。鎮圧されてはしまったが、その意義は極めて大きい。だがあの運動は、全体主義体制を根本から全面的に改造するという大方針を最後まで打ち出すことはなかった」

「当時の天安門広場のリーダーたちは結局のところ、政治的・思想的にまだ未熟な大学生だったからね。だが今回の『08憲章』はほぼ形の整った中国改造の民主化綱領で、ここ百年の中国における無数の志士たちの心血と夢が凝縮されている。だから内容についていえば、『08憲章』は明らかに1989年の学生運動よりも遥かに高い見地に立ち、とても成熟したものになっている」


■切迫した危機意識が生んだ「08憲章」

 ――中国国内の知識人たちが「08憲章」を発表した動機は?

「動機は3つあると思う。まずは現実的な切迫感。歪んだ形での発展が、根深く広範で際限のない悪影響を中国にもたらしているという点だ。それが良知ある知識人の心に重くのしかかっている」

「第二に、ここ20年近くの中国の『国民社会』の発育と成長が、『皇帝への上書』といった伝統的な考え方から知識人を解放し、社会に直接訴えかけるスタイルを生み出した。それが今回、わずかな時間で300名以上もの、しかもその大半は知名度も活動分野もバラバラな人たちの署名を集め得た要因だ」

「第三点は、外国の経験に学んだこと。チェコの劇作家ヴァーツラフ・ハヴェル氏が1977年、ヘルシンキ宣言に織り込まれた人権擁護を当局に対し求めた『憲章77』が、1980年代のチェコや東欧の民主化に歴史的貢献を果たした。これは中国の知識人たちにとって忘れることのできない啓示だ」

 ――「08憲章」の起草作業はいつごろから?

「『08憲章』の起草作業が始まったのが具体的にいつごろかは,私も知らない。ただ、来年の『六四』20周年と今年の世界人権宣言60周年という二つの節目を迎えるにあたって、発起人たちの間で話し合いが行われたとは聞いている。結局12月10日の世界人権デーに今回の文書を発表することにした訳だが、執筆にはあまり時間をかけていないようだ」

「執筆者の中心的存在である劉暁波氏は、海外の中文メディアでよく知られている政論家。この20年来北京に居を構えて、中国社会と政治に対する鋭敏な観察者というスタンスを貫いている。1988年に北京師範大学で博士号をとり、過去に中国独立作家ペンクラブの会長を務めたこともある」

 ――わざわざこの時期を選んで「08憲章」を発表したことに何か含みはあるのか?国内の経済・社会状況に混乱が出始めたというタイミングとの関係は?

「『08憲章』の出現が中国社会の悪化と危機に関係していることは話した通りだ。だが今日(12月10日)発表したのは、単に世界人権デーに合わせただけのこと。もちろんこれは非常に良いタイミングだ。チェコの『憲章77』も人権擁護の名の下に発表されたことを忘れないでほしい」


■保護者なし。投獄覚悟の孤独な闘争

 ――中国国内で「08憲章」のようなものを発表するというのは政治的リスクが極めて高いものと考えるが?

「そう、リスクがある。12月8日の夜に、劉暁波氏は『国家政権顛覆煽動罪』で『刑事拘留』された。劉氏は『08憲章』を起草するに際して、投獄に備えてちゃんと用意をしていたそうだ。ハヴェル氏も当時、日用生活品を整えていつ逮捕されてもいいようにしていたというが、これは全く常人には理解できない、崇高な使命感を有した人の覚悟だ」

 ――発起人をはじめ署名した知識人たちは何を拠りどころとしているのか?後ろ盾はあるのか?

「彼らに後ろ盾がいるかだって?人に聞かれたことがあるよ。戊戌の変法の康有為ら六君子には光緒帝がいて、1989年の民主化運動には趙紫陽がいたが、いまは誰が『08憲章』のメンバーを保護しているかってね。私の知識と分析でいえば、『08憲章』には保護者の存在が全く見出せない」

 ――1989年の民主化運動のときは、党中央にも趙紫陽のブレーンなど民主化を支持する開明的なグループがいたが、現在はどうか?いまの中国に「08憲章」を支持あるいは保護する政治勢力は存在するか?

「歴史を振り返る必要があるね。あのとき趙紫陽派が学生運動の後ろ盾だったかどうかはともかく、少なくとも学生運動に同情的で武力鎮圧には反対していた」

「1980年代を通じて行われた中国共産党上層部の権力闘争というのは、国家も国民をも滅茶苦茶にした文化大革命を経て反省の念を深めた胡燿邦や趙紫陽ら第二世代の指導者と、トウ小平に代表される保守的・伝統的観念の元老派というべき第一世代との間に発生した調和しようのない衝突といっていい」

「この衝突は元老派が学生運動を武力鎮圧したことで終わった。以後現在までの20年間、中共当局は銭ゲバな経済路線を強力に推進して、社会をまるごと、カネこそ全ての世界にしてしまった。様々な利益でエリートの大半を縛り上げて、国家の命脈、中枢部そして痛点を掌握したんだ」

「権力者とエリートが利益共同体となって、貧民たる庶民を圧制の下に置いた。そうなると1980年代のような党上層部内の対立はもう起こらない。連中はどんな反体制的な動向に対処するにせよ、共通した立場にあるからね」

「つまり、党中央には『08憲章』を支持する政治勢力が存在することはない。たとえ内心では同情していても、ひとつの勢力を形成するには至らない。民主派・自由派知識分子で党員になっている者は『08憲章』に間違いなく共鳴するだろうが、その程度の支持で上層部を動かすのは困難だ」


■大学生より庶民に期待

 ――現在の大学生は質の面で1989年当時より大きく劣り、社会的な問題意識も希薄なように思えるが?

「その見方には全く同感だ」

 ――では「08憲章」が大学生の間で広く支持されると思うか?

「大学生の政治への情熱は20年前とは比べようもない。だから『08憲章』を支持する学生はいるとしても限定的だろう。内心では支持していても名乗り出る度胸はないだろうね」

 ――「08憲章」を発表することで学生運動の再現を期待するという意図はあるのか?

「1989年の学生運動を再現するには、『08憲章』ひとつだけでは足りないな」

 ――「08憲章」は広範な庶民の支持を得られるか?

「一般社会での支持度は大学生や知識人たちよりも高くなると思う。特に基本的な権利すら侵害されている底辺の民衆やネットユーザーあたりだね。でも彼らの意思表示の方法は制約を受けるだろうな」

 ――「08憲章」は海外の中国人たちの間で、また国際世論に広く支持されるか?

「海外の中国人は中国本土や香港、台湾よりも強く支持するだろう。国際世論からも一定の支持を得られると思うが、もちろん1989年のように熱烈なものにはならない。(『08憲章』は)ただ一片の文書に過ぎないし、それが運動にも発展していないからね。世界的な経済危機にあって、多くの国が中国経済の支援に頼っているという側面もある」


■当局は強硬姿勢、対話より暴力か

 ――中国当局は「08憲章」についてどういう形で対処するか?

「中共当局は強硬な態度で臨んでくる、というのが私の見方だ。劉暁波氏を『刑事拘留』したのは不吉な前兆といえる。2009年は中国の『政治の年』だ。天安門事件20周年、チベット暴動50周年と、いずれも『多事多難の年』になることを感じさせる」

「治安系統を統括する周永康(党中央政治局常務委員)は江沢民系の保守的な人物で、独裁の威力の信奉者だ。劉暁波氏の逮捕を『2009年の鎮圧を控えたお掃除』だなんて言う者もいる」

「『蘇東波』(ソ連・東欧社会主義政権の相次ぐ崩壊)は中共にとっての悪夢。連中は『08憲章』が『憲章77』になることを決して許さないだろう。ネット上の規制を強化して『08憲章』が広まるのを封殺するだろうね」

「ただ翻って考えれば、強力な鎮圧はより大きな抵抗と社会の動乱を招くだけだから、賢明な対処法は暴力ではなく対話に他ならない。そのどちらを選ぶかについて中共上層部では意見が分かれるかも知れないが、賢明な意見が大勢を占めるのは難しいと私はみている」

 ――あなたが「08憲章」に署名した理由は?

「私が編集長を務める『開放』が創刊以来22年間、一貫して守ってきた政治的理想と原則が,『08憲章』と完全に一致したからだ。それに劉暁波博士は長年にわたる寄稿者であり、私たちの友人でもある。彼は『開放』に数多くの素晴らしい政治評論を書いてくれたし、言行一致で深い内省力を持った尊敬に値する人物だ。だから『08憲章』の推敲中の原稿が私のところに回ってきたとき、公に彼を支持しようと決意した」


■暁闇に包まれて結実の日を待つ

 ――現在、中国の経済・社会状況は坐視できない混乱した状況に陥りつつあるようにみえるが、今回の「08憲章」の発表は中共政権に対する致命的な一撃となるか?中国に平和的変革による民主化実現を促すものとなるか?

「それこそが『08憲章』の起草者,署名者と数多くの署名していない中国人の願いだ。差し当たってどういう運命をたどることになろうと、『08憲章』は長期的な影響力を有していると私は確信している。それは1989年の民主化運動のような勇壮なものではないかも知れないが、種として密やかに中国人の心に入り込んで根を張り、いずれ花を咲かせて実を結ぶことだろう」

「新時代の理性は必ずや暴力に守られた邪悪に取って代わる。アジアにおいて初めての共和国を成立させた民族は、必ずその栄光を取り戻すだろう」

「しかし、私たちはいま少し黎明を控えた暁闇に耐えなければならない。著名な余英時氏(米プリンストン大教授、『08憲章』署名者)からは、死に際の猛虎の凶暴さを見くびるな、と忠告されたよ」

「確かに中国共産党による統治は強大で多種多様であるだけでなく、その手段も極めて巧みで手が込んでいる上に,より緻密なものになりつつある。これが『08憲章』の前に立ちはだかる現実なのだ」
(2008年12月10日 / 聞き手:河井森太郎)


 ――――


■金鐘氏プロフィール

 1980年に中国本土から香港へ転居。1981年に中国情報月刊誌『七十年代』編集者となり、1987年に中国情報月刊誌『開放』を創刊、編集長として現在に至る。

 1997年からは開放出版社の編集長職も兼任し、『毛澤東鮮為人知的故事』(2006年)、『趙紫陽軟禁中的談話』(2007年)などのヒット作を刊行。著書に『小平的中國』『中國的演變』、編著に『共產中國五十年』『紅朝宰相周恩來』。『趙紫陽軟禁中的談話』と『紅朝宰相周恩來』は和訳版が日本で発売されている。

 1994年に台湾誌『中国通』の特集企画「華人の中国問題専門家はこの10人」の一人に選ばれる。「08憲章」発起人の中心人物・劉暁波氏は20年来の知己。1988年に行った劉氏へのインタビューが後に中国当局による劉氏批判の主要根拠となり、香港はもとより中国国内でも話題を呼んだ。香港の政論家としては中国政府によって入国を禁じられている唯一の人物(1996年~)。



 【※注】今回の記事(上下)の拡散用に文字稿(画像なし)をダウンロードできるようにしました。

 http://www.csync.net/service/file/view.cgi?id=1229052677

 ダウンロードしてコピペするだけです。ブログなどでどんどん使っちゃって下さい。その方が金鐘氏も私も嬉しいですし、「08憲章」に署名した人たちはもっと喜んでくれる筈。ただし金鐘氏の承認を得てやっていることなので、冒頭か文末に、

「【※注】この記事はブログ「日々是チナヲチ。」(http://blog.goo.ne.jp/gokenin168/)の了解を得て同ブログより転載したものです。」

 の一文だけは必ず明記するようにして下さい。m(__)m




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◆一党独裁に叛旗!全面的民主化求める異例の檄文「08憲章」


 中国共産党による一党独裁体制の終結と全面的な民主化を求めた「08憲章」と題する文書が12月10日、中国の学者や作家、弁護士,新聞記者など303名の署名とともにインターネット上で発表された。

 知識人らの連署による政策批判や政治犯釈放要求は過去にも行われてきたものの、300名以上が実名を明らかにして公然と一党独裁を批判するのは極めて異例だ。

 「08憲章」は著名な反体制評論家・劉暁波氏らが発起人となって起草されたもので、「一党独裁」と明記してはいないものの、

「新中国は名義上は『人民共和国』だったが、実質的には『党の天下』だった」

「執政党が政治,経済,社会の一切を独占し」

「その結果数千万人の生命が失われ、国民も国家も極めて惨憺たる代価を払うことになった」

 などと一党独裁体制を真っ向から批判。その一方で多党制、三権分立、普通選挙制,基本的人権の尊重、共産党色の払拭などといった全面的な制度改革を実現することで中国が健全な民主国家に生まれ変わることができると主張している(囲み記事「『08憲章』の主張」参照)。

 ――――

 中国当局は強硬姿勢でこれに対処するものとみられ、すでに劉氏ら複数を8日、「国家政権顛覆煽動罪」の容疑で刑事拘束。今後も署名者への監視・拘束が相次ぐのは必至だ。

 ただしネット上で各所に転載された「08憲章」は現在でも中国国内から検索することができ、その大半はすでにアクセス不能となっているものの、一部のウェブサイトではいまだに全文を読むことが可能。これについては署名者が出揃ったところで一斉摘発を行うのではという見方もある。

 しかし「08憲章」に賛同した署名者数は海外在住の中国人も含め,12日現在ですでに1000名を突破。中国国内では知識人だけでなく労働者、農民、企業経営者,プログラマー、大学生などの新規署名が目立ちつつあり、賛同者が従来の枠を超えて庶民の間にも広がる勢いを見せ始めている。

 折しも主要先進国の景気後退を受けて、輸出頼みでやってきた中国経済は失速中。広東省だけですでに数万社が倒産したとみられ、突然の工場閉鎖や解雇通告、また経営者の夜逃げで失業者となった出稼ぎ農民たちが騒いで官民衝突に発展するなどの事件が頻発している。

 不動産と株のバブルもはじけて原野商法や高利をうたった違法な資金集めなどの被害者による暴動も相次いで発生。一方で中国独特の歪んだ経済発展モデルが超格差社会という形で行き詰まった状態でもあり、待遇改善を求めるタクシー運転手が地域を越えて連携し、各地で同時多発的にストライキを決行したのは記憶に新しいところだ。

 ――――

 こうして中国社会に不穏な空気が漂い始めた矢先、基本的に書斎派である知識人を中心に発表された「08憲章」が庶民レベルでも受け入れられることになれば、事態は意外な展開をみせる可能性もある。

 署名者には耕地強制収用や再開発事業で生活の場を失った農民や市民など被害者に対する救済活動に奔走している人権派弁護士や、エイズ患者救済活動家などが多数名を列ねている。すでに半ば組織化されている被害者経由で一般市民などへのつながりが生まれていけば……?

 あるいは、ユーザー数が2億人を突破し、都市部住民の代弁者として政府も無視できない存在感を示すようになったネット世論が、「08憲章」を好意的に受け止めて盛り上がるようであれば……?

 生活に行き詰まって蹶起する事件が多発するなか、「民主化」という悠長なテーマを掲げた「08憲章」が一般層に受け入れられるかどうかは甚だ疑問だが、一党独裁体制やその必然的帰結のひとつである党官僚の汚職や特権ビジネスの蔓延を公に批判する、という凛然たるスタンスが共感を呼んで火種となり、反体制的なムーブメントが生まれるという「大化け」の目も。

 ともあれ、中共政権に対する「叛旗」、知識人による「宣戦布告」ともいえる、ある意味歴史的な文書が出現しながら、日本のマスコミによる報道は遺憾ながら未だ詳細に欠け不十分だ。

 こうなったら関係者に直接聞いてしまおう、ということで当ブログは無謀にも独自取材を敢行。

 中国問題に関する評論や消息筋情報が満載で中国観察には欠かせない、香港の月刊誌『開放』の編集長にして著名なチャイナ・ウォッチャーである金鐘氏に話を聞いた。

 同氏は劉暁波氏とも親しく、「08憲章」にもすでに署名している。有数の中国観察家にふさわしく、金鐘氏は「08憲章」の内容に対する充足感と希望を託す心情を吐露しつつも、「08憲章」が直面している厳しい現実を冷静に分析・解説してくれた。

 「大化け」はやはり、夢で終わるのだろうか?




金鐘氏が編集長を務める『開放』はチャイナ・ウォッチャー必読の月刊誌。
画像クリックで同誌のウェブサイトへ。




◆「08憲章」の主張


 ●「自由,人権、平等、共和、民主、憲政」の六点を基本理念とする。

 ●「一党独裁」と明記していないものの、中共政権に真っ向からダメ出し。↓

「新中国は名義上は『人民共和国』だったが、実質的には『党の天下』だった。執政党が政治,経済,社会資源の一切を独占し、反右派運動、大躍進、文化大革命、六四(天安門事件)、また民間宗教活動や人権擁護運動への弾圧など一連の人権災害をもたらした。その結果数千万人の生命が失われ、国民も国家も極めて惨憺たる代価を払うことになった」

 ――――

 主な具体的目標は下記の通り。

 ●多党制、普通選挙制、三権分立の実現と基本的人権の尊重。

 ●集会・デモの自由、表現の自由、言論の自由、結社の自由、報道の自由、出版の自由、宗教の自由、学術研究の自由の実現。

 ●私有財産の保護。

 ●財政・税制改革の断行と社会保障制度の確立。

 ●環境保護の強化。

 ●都市と農村の二本立てである戸籍制度の一本化。

 ●各組織における党委員会は国家による法治を著しく阻害するため廃止。

 ●イデオロギー色の濃い政治教育や政治科目試験の廃止。

 ●軍隊の国軍化(現在の人民解放軍は政府ではなく党中央の指揮下にある)。

 ●香港・マカオの自由な制度を保障し一国家二制度の実質を保つ。

 ●自由と民主を前提に台湾と対等な立場で協議の場を持ち、最終的には民主的憲法の下に中華連邦共和国の建国を目指す。

 ●過去の政治運動で迫害された者とその家族に対する名誉回復と国家賠償の実施。全ての政治犯、良心または信仰によって犯罪者とされた者の釈放。




「下」に続く)





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 それでは問題です!

 ちゃーらーらーちゃらっらー ちゃちゃちゃちゃちゃーららー。

 ……はい、正解はYMOの「以心電信予告編」の冒頭4小節でした。……なんて与太を飛ばしている場合じゃなくなりました。

「いやはや大変なことが起きてしまいました」

 とは前回の書き出しですが、今回は、

「いやはや大変なことになってしまいました」

 です。何やら私も当事者の一人になってしまった訳で。

 ――――

 簡潔にいきます。前回の文末にて、


 【※注】不肖御家人、何やら腰が引けているようでも、「08憲章」の内容が内容だけに暗躍することだけは忘れません。この件については、ひょっとしたら贅沢なボーナスステージがあるかも。……とだけ、申し上げておきます。m(__)m



 と書きましたが、人事を尽くしたおかげで幸運にもボーナスステージのゲットに成功しました!

 右サイドの「御家人の特別推奨本」にある『趙紫陽軟禁中的談話』を出版したことでも知られる香港の中国情報月刊誌『開放』。香港観光に来た中国本土の旅行者がこっそり買って帰る雑誌としては同ジャンルの『争鳴』と人気を二分する大手誌です。

 その『開放』の社長兼編集長で今回の「08憲章」にも署名している金鐘氏に対し、生意気にも当ブログがこのほど独占取材を敢行してしまいました。

 開設以来4年半にして初めての本格的なインタビューであります。しかも相手は著名なチャイナウォッチャー。ボリャームと内容に富んだインタビュー記事を明日付(12月12日)の当ブログに掲載します。

 実は昨日午後(12月10日)、当方が同氏の了解を得た上で、一問一答式を想定してメールにて質問を送ったのですが、夜半になって、

「2時間書いているがまだ終わらない」

 というメールが金鐘氏から届いて、こちらは戦慄。

 各設問に対する回答のボリュームが果てしないものになっているのではないか、あるいは回答ではなく、まとまった文章が送られてくるのではないか、とあれこれ考えてなかなか寝つけず、今朝は睡眠不足のままカレン族のLさんと恒例の「朝食会」となりました。

 ――――

 昼ごろに連絡を入れてみたら、

「ああ、書き終わりましたよ。もうすぐ送ります」

 と嬉しい応答に私は大感激。……ただし話はそこでは終わらなかったのでした。

「ところでこの件だけれども……」

 とやにわに金鐘氏が語り始めました。せっかくだからこの機会を利用して拡大企画にしてしまおう、というのが金鐘氏の意向。弱小ブログのインタビューに過ぎなかった話が、私の想像を超えて遥かに大きくなっていたのです。

 「08憲章」とその内容に関する解説をより多くの人に知ってほしいから、私が翻訳してここに出す「日本語版」を、日本国内でどんどん拡散してほしい、マスコミ等にも送付してほしい、というもので、

「いやはや大変なことになってしまいました」

 を頭の中で繰り返しつつ、金鐘氏のプロフィールや画像などがほしいとこちらからお願いし、OKをもらって、いま送られてきた肝心カナメのテキストに目を通している最中。いや、これはしびれます。ビリビリくる内容です。

 ちなみにタレ込みサイト「博訊網」によると、「08憲章」への賛同署名者数は海外の中国人を含め、すでに1000名を突破したそうです。

 ――――

 発表された第二次署名者一覧をみると、中国国内では弁護士、芸術家や作家、医師などを含めたいわゆる知識人だけでなく、記者、企業経営者、学生、プログラマー、エイズ救済活動家などが散見されるようになりました。何と軍人も1名。あとは農民の署名者が増えてきたのと、組織化された人権擁護グループがまとまって名前を列ねているのが目を引きます。

 もともと農村の土地強制収用や都市再開発での強制立ち退きなどの被害者救済で活躍していた人権派弁護士が多数署名していますから、こうした人たちから半ば組織化されている被害者、さらにそこから一般庶民へのつながりが生まれていけば、ひょっとすると大化けする可能性もあります。

 ●「博訊網」(2008/12/11)
 http://news.boxun.com/news/gb/china/2008/12/200812111257.shtml

 一方、劉暁波氏の逮捕は胡錦涛・国家主席が直々に命じたものだ、との消息筋情報も出ています。「08憲章」における「中華連邦共和国の成立を目指す」という一項に、

「これは人権や民主の認識の相違に関する問題ではなく、国家分裂の企みだ。中華人民共和国を顛覆し新たな中華連邦共和国の建国を企図するという深刻な問題だ」

 と激怒し、

「署名した者たちは全て国家反逆罪を犯したに等しい。厳重に処罰しなければならない」

 との指示を下したというものです。いやーさすがは胡錦涛、私のように端折ることなく、しっかりと「08憲章」を精読しているようですね(笑)。

 ●「博訊網」(2008/12/11)
 http://news.boxun.com/news/gb/china/2008/12/200812111309.shtml

 最後に改めて「08憲章」の要点を以下にまとめておきます。



 ●基本理念は「自由,人権、平等、共和、民主、憲政」であるとし、

「新中国は名義上は『人民共和国』だったが、実質的には『党の天下』だった。執政党が政治,経済,社会の一切を独占し、反右派運動、大躍進、文化大革命、六四(天安門事件)、また民間宗教活動や人権擁護運動への弾圧など一連の人権災害をもたらした。その結果数千万人の生命が失われ、国民も国家も極めて惨憺たる代価を払うことになった」

 と中共一党独裁体制にダメ出し。主な具体的目標は下記の通り。

 ――――

 ●多党制、普通選挙制、三権分立の実現と基本的人権の尊重。

 ●集会・デモの自由、表現の自由、言論の自由、結社の自由、報道の自由、出版の自由、宗教の自由、学術研究の自由の実現。

 ●私有財産の保護。

 ●財政・税制改革の断行と社会保障制度の確立。

 ●環境保護の強化。

 ●都市と農村の二本立てである戸籍制度の一本化。

 ●各組織における党委員会は国家による法治を著しく阻害するため廃止。

 ●イデオロギー色の濃い政治教育や政治科目試験の廃止。

 ●軍隊の国軍化(現在の人民解放軍は政府ではなく党中央の指揮下にある)。

 ●香港・マカオの自由な制度を保障し一国家二制度の実質を保つ。

 ●自由と民主を前提に台湾と対等な立場で協議の場を持ち、最終的には民主的憲法の下に中華連邦共和国の建国を目指す。

 ●過去の政治運動で迫害された者とその家族に対する名誉回復と国家賠償の実施。全ての政治犯、良心または信仰によって犯罪者とされた者の釈放。



 「中華連邦共和国」はともかく、考えてみると最後の一項も興味深い内容です。トウ小平が主導したために放置されたままの反右派運動、それから1989年の天安門事件において処罰された者や被害者の名誉回復を実現し、国家による補償も行う。……ということになります。

 わかりやすくいえば、天安門事件で失脚した趙紫陽の名誉回復が行われることとなり、そうなれば失脚した趙紫陽の後釜に座った江沢民やその後継者である胡錦涛の正統性が揺らぐことになる訳です。

 まあ、それを言ったら中共政権そのものが民意の洗礼を受けていない訳ですから正統性も何もあったものではありませんが。

 ともあれ金鐘氏へのインタビュー記事は明日付(12月12日)の当ブログにて掲載します。ご期待下さい。

 そして私はこれから翻訳作業。……とその前に、急いで顔を洗ってきます(笑)。


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(シリーズ「08憲章」【1】)


 いやはや大変なことが起きてしまいました。中共一党独裁体制に対する、知識人たちによる「宣戦布告」です。

 まずは日本メディアの報道から。



 ●中国で一党独裁終了求め署名 作家や弁護士ら300人以上(共同通信 2008/12/10/10:08)
 http://www.47news.jp/CN/200812/CN2008121001000182.html

 【北京10日共同】世界人権宣言の採択から60周年となる10日、中国で共産党の一党独裁体制の終了や人権保障などを求め、著名な中国人作家や弁護士ら計303人が署名した「08憲章」と題する文書が、インターネット上で発表された。

 中国で、これだけ多数の人が実名で一党独裁を公に批判することは異例で、当局が署名者への締め付けを厳しくすることは確実。香港の人権団体によると、署名者の一人の著名作家で民主活動家の劉暁波氏は既に拘束されたという。

 署名したのは、劉氏のほか、天安門事件で息子を亡くした丁子霖さん、人権擁護活動に取り組む李柏光弁護士、独立ペンクラブ副会長の作家、余傑氏ら。

 同憲章では、中国は「人民共和国」の名の下、実質的には共産党の天下だと主張。独裁政権下で起こされた文化大革命などで数千万人の国民が犠牲になったとして、独裁体制を終わらせ、全面的な民主選挙を実施し、政党政治を実現するべきだと訴えた。

 ――――

 ●一党独裁体制終了求め署名 中国、弁護士ら300人以上が民主化要求(MSN産経ニュース 2008/12/10/19:01)
 http://sankei.jp.msn.com/world/china/081210/chn0812101908004-n1.htm

 【北京=野口東秀】中国の学者や弁護士、新聞記者ら303人が、人権の保障や民主化、共産党の一党独裁体制の終結を求めて署名した「08憲章」と題する声明が10日、インターネット上で発表された。世界人権宣言採択から60周年に合わせたもので、大半が実名で一党独裁を批判するのは異例だ。当局は“仕掛け人”とみられる著名な反体制作家、劉暁波氏(53)を拘束したもようで、今後、署名者ら体制批判者への締め付けを一層強化するとみられる。

 署名したのは、故趙紫陽元党総書記のブレーンだった鮑●(=杉の木へんを丹に)氏、天安門事件で息子を亡くした元大学助教授の丁子霖氏、独立系作家の余傑氏、法律学者の賀衛方氏ら。

 同憲章では「中国は実質的に党の天下だ。党は政治、経済、社会の資源を独占。政治改革を拒否し、官僚は腐敗、道徳も荒廃し、社会が二極分化している」などと主張。一党独裁を終結させて、全面的な民主選挙の実施や司法の独立、政治犯の釈放、集会や結社、言論・宗教の自由-など19項目の要求を掲げている。(中略)

 署名者のひとりは「今年は人権宣言60年だけでなく、中国の改革開放から30周年。来年は中国建国60周年だ。民間人として独立した見方を提出する必要があった」と声明の背景を説明した。

 各地の当局者は主な署名者への監視を強化し始めた。しかし署名運動は労働者や大学生らにも波及しているという。

 中国では、経済の悪化で広東省などで労働者の暴動が頻発しており、当局は矛先が政府に向く可能性を懸念し、11月から地下教会の幹部や人権派弁護士らに対する締め付けを格段に強めてきた。(後略)



 「08憲章」の原文を読んでみると、その内容がもう凄いのなんの。

 ●縦覧中国
 http://chinainperspective.net/ArtShow.aspx?AID=92

 まずはドカーンと中共一党独裁体制に真っ向からダメ出し。目指すは全面的な民主化だ!というもので、「六大理念」として「自由,人権、平等、共和、民主、憲政」を挙げた上で、次のような具体的目標を掲げています。



 ●多党制、普通選挙制、三権分立の実現と基本的人権の尊重。

 ●集会・デモの自由、表現の自由、言論の自由、結社の自由、報道の自由、出版の自由、宗教の自由、学術研究の自由の実現。

 ●私有財産の保護。

 ●財政・税制改革の断行と社会保障制度の確立。

 ●環境保護の強化。

 ●都市と農村の二本立てである戸籍制度の一本化。

 ●各組織における党委員会は国家による法治を著しく阻害するため廃止。

 ●イデオロギー色の濃い政治教育や政治科目試験の廃止。

 ●軍隊の国軍化(現在の人民解放軍は政府ではなく党中央の指揮下にある)。

 ●香港・マカオの自由な制度を保障し一国家二制度の実質を保つ。

 ●自由と民主を前提に台湾と対等な立場で協議の場を持ち、最終的には民主的憲法の下に中華連邦共和国の実現を目指す。

 ●過去の政治運動で迫害された者とその家族に対する名誉回復と国家賠償の実施。全ての政治犯、良心または信仰によって犯罪者とされた者の釈放。



 ……までを求めるという、驚くべき内容。そして、そのために速やかに憲法改正を実施すべきだと「08憲章」は主張しています。

 民度が低いから普通選挙制など云々、というのは措くとして、もしこれが全部実現したら中国はフツーの国になりますね。

 何という反革命!しかし驚天動地のこの内容への署名者数は海外の中国人も含め、すでに500名を超えています。

 海外組は独自に支持声明を発表。天安門事件の学生リーダーで長期間投獄された王丹や、『河殤』などその独特の筆致が私を魅了してやまないルポライター・蘇暁康をはじめとする1989年の天安門事件で国外に脱出した知識人(方励之とか鄭義とか。懐かしー)など錚々たる顔ぶれです。

 ●縦覧中国
 http://chinainperspective.net/ArtShow.aspx?AID=91

 香港では民主派の著名議員や活動家が参陣。それから『争鳴』と並んで香港における中国情報月刊誌の大手である『開放』(趙紫陽本を出したところです)、その社長兼編集長であるバリバリのチャイナウォッチャー・金鐘氏も署名しています。どこまで盛り上がるのかは、いまのところ見当がつきません。

 ただし、かような勇気と良心に突き動かされたカウンターレボリューションを中国当局が坐視している訳がありません。タレ込みサイト「博訊網」によると、評論家の劉暁波氏など発起人複数の拘束が報じられています。

 ●「博訊網」(2008/12/10)
 http://news.boxun.com/news/gb/china/2008/12/200812100259.shtml

 ――――

 出足好調な「08憲章」。すでに拘束者が出ているように、本名を晒しての支持表明が限りなく高い政治的リスクを伴うものであることは言わずもがなです。その勇気と良心に私は心から敬意を表し、拍手を惜しみません。

 ただ日本の報道のように、署名者一覧には確かに大学生なども名を連ねていますが、これはごく少数で、今後どどーっと参入組が登場するとは、ちょっと考えにくいところです(ごく少数ということであれば、労働者や農民、また私企業経営者などの名前もあります)。

 1989年当時の大学生は選り抜きのエリート候補生たちでしたから俊秀揃いで、社会への問題意識も強い連中がいくらでもいたのですけど、進学率が大幅に高まってエリート養成機関からホワイトカラー量産工場(しかし新卒者の3分の1は即失業)へと大学の位置づけが変わった現在、大学生に多くを望むことは難しいでしょう。

 でも、世界人権デー(12月10日)に合わせて出してみました、というには命がけのパフォーマンスです。

 折しも主要先進国の景気後退を受けて、輸出頼みでやってきた中国経済は失速中。突如の倒産や経営者の夜逃げで失業者となった出稼ぎ農民たちが騒いだり、労使紛争が官民衝突に発展したり、バブルもはじけて原野商法などの被害者が暴動を起こしたりと世の中が剣呑になってきた矢先。

 中国独特の歪んだ経済発展モデルが超格差社会という形で行き詰まった状態でもあり、この不穏な空気を捉えて民主化運動!……と言いたいところですが、その線を狙うほど知識人たちも馬鹿ではないでしょう。

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 状況は、確かに民主化運動~天安門事件の発生した前年である1988年に似ていますし、当時も政治犯釈放を求める民主派知識人たちの連署が行われたりしました。ただし社会状況はカナーリ違います。

 当時は基本的に「みんな貧乏」という中で汚職で懐を潤す党幹部などへの怒りが募り、民主化運動に発展しました。しかしこれは主として学生・知識人に限定されたムーブメント。市民は基本的に終始応援団のスタンスを崩しませんでした。農民はたぶん何も知らなかったかも知れません。

 これに対し、極端にいえば「2割の金持ちと8割の貧民」で構成されている現在の超格差社会においては、生活が立ち行かなくなった市民や農民が蹶起を余儀なくされ、デモや暴動が全国で頻発しています。

 生きるか死ぬか、要するにパンを求めての闘争であり、理想を追う書斎派の「民主化運動」などという悠長な動きに市民農民が入れ喰い状態となることは、まずないでしょう。肝心の大学生は就職活動で必死ですし。

 やるとすれば民衆蜂起による中共政権顛覆しかありません。

 より重要なのは、1988年当時の知識人の動きは権力闘争の色彩を少しだけ帯びていた、という点です。価格改革によるスーパーインフレ発生の責任を問われ、改革派の趙紫陽から保守派である李鵬に経済運営の主導権が移ったことを危惧した趙紫陽のブレーンや若手知識人が、巻き返しを図って学生を煽って民主化運動へと持ち込んだ、というパワープレーの側面を無視することはできません。結局、中途半端な権力闘争の割を食って趙紫陽は失脚してしまうのです。

 ただ、当時はそれでも趙紫陽やそのブレーンなど、民主化に理解を示し、ひいては積極的に支持するグループが党中央の中に政治勢力として存在していました。現在の中国にはそれがありません。

 むしろ、チベット問題が中国とフランスの間で再燃した感のある現在、国際世論の同情を狙ってみました、という方が少しは現実的です。しかしそれでも実効はあまり期待できませんし、来年の天安門事件20周年&建国60周年に照準を合わせたものとしても、「08憲章」は割に合わない行動といえるでしょう。

 それだけに署名者たちの勇気と良心に賛辞を惜しまないのですが……。

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 こうした知識人たちが書斎から出て市民・農民の中へと入り横の連携を強めていくと面白くなるかも知れませんが、これもどこまで期待してよいのやら。

 しかしながら、天安門事件当時との比較としてもう一点、基本的に1989年の民主化運動はあくまでも体制内改革を志向したものだったのに対し、「08憲章」が一党独裁制を明快に否定しているという点は極めて重要です。ここに庶民が反応すれば、もしかすると。……という万馬券を狙っていいものか、どうか。

 目下のところは、「08憲章」という今回の大胆な行動に対し、中共政権がどこまで無茶をするか、といったところが焦点ではないかと。その次第によっては国際社会が動くかも知れませんから。

 同時に「08憲章」が中国国内の庶民レベルに浸透するかどうかも、まあポイントでしょうか。

 ……天下を引っくり返そうという檄文だというのに私のノリが悪くて申し訳ありません(笑)。大事件ではあるのですが、インテリ主導のままでは社会を揺るがす動きにはなりませんから。

 それ故に、「08憲章」がどのレベルまで浸透するかが一応のポイント。すでにある程度組織化され官民衝突も経験している労働者や農民が署名に続々と加わるようになったら、私も慌てて顔を洗いに行かなければならないでしょう。


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 【※注】不肖御家人、何やら腰が引けているようでも、「08憲章」の内容が内容だけに暗躍することだけは忘れません。この件については、ひょっとしたら贅沢なボーナスステージがあるかも。……とだけ、申し上げておきます。m(__)m


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 私は在宅勤務で定時出社・退勤とかタイムカードとは無縁な仕事環境にあります。ちょっと見にはフリーランスのようですが、正社員契約を結んで月給を頂いているという点では紛うことなくサラリーマン。

 ただし雇主が香港企業なものですから、「時間に縛られない」というのは言い換えれば「無制限に仕事をさせられる」ことになります。実際、定休日もありません。休日は自分で捻出しろと言われています(涙)。

 それからこれも香港企業の特性かも知れませんが、仕事によっては歩合給が上積みされることもあります。例えば気合いの入った制作物の場合、仲介者報酬として発行量に応じた一種のマージンめいたものが私の懐に転がり込んで来ます。ちょっとうれしいです。

 それから「本業に差し支えなければ副業も無問題」というアバウトなところも香港ならでは。それに安んじてコラムを連載したり単発仕事を請け負ったりしているのですが、本社では「御家人の副業は本業にも旨味をもたらす」と勘違いしてくれているので助かります。実際のところ、本業につながる副業なんて、あまりありませんから。

 で、ここ数日は「本業につながらない副業」に忙殺されていました。現地のテレビドラマをどうこうするという作業なのですが、単純な翻訳と違って余計な手間がかかる分、難渋しました。別に請けなくてもいい仕事ですし身体に負荷をかけるべきでない状態なんですけど、そこは「引き合いが来るうちが華」という身に染みついた貧乏根性が発動されてしまうのです。

 本業だっていきなり倒産して東京駐在員の私は梯子を外されてしまう恐れがあります(笑)。もちろんそうなる前に手を打てるよう、本社内部に複数の間者を放って動静を常に把握してはいますけど。

 ……血気盛んなころならともかく、いい歳になっても続けている稼業ではありませんね。かといって、もはや引き返したり別のコースに転身できる歳でもありません。人生の階段を踏み外した成れの果てといいますか、「留学生崩れ」の典型的なバッドエンドの道を歩んでいるような気がします。orz

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 前置きが長くなりましたが、要するにここ数日は副業に追われて中国観察の真似事をする余裕がありませんでした。

 ただしいま旬の話題といえば、四川大震災による土砂崩れなどで川がせき止められてできた地震湖。というかその中でも最大規模の唐家山に決壊の危険迫るといったもの。……これについては新華社だけが現地取材を許されているようで、電子版「新華網」にその文字実況ページがあります。仕事をしながら音楽を流すように、そのページだけは開いておいて推移を眺めていました。

 ●新華網直播車抗震救済現場報道
 http://www.sc.xinhuanet.com/topic/2008dz/zbc/zbc66.htm

 唐家山での取材が新華社だけに限定されているという点で、党中央がこの事態を非常に重視していることがうかがえます。それから、国営通信社の独占取材となれば報じられる状況は間違いなく大本営発表ですから、「行間を読む」というチナヲチの基礎練習にも最適。……という訳で、更新される記事をチラチラと眺めつつ仕事をしていました。

 最初に当局が立案した作戦を説明しておきましょう。唐家水地震湖が満水に近づき、これが一大決壊すると途方もない被害を呼ぶため、堤防というか水をせき止めている土砂に排水路を設けて、少しずつ水抜きをすることで最悪の事態を回避しようというものです。

 堤防に小さく穴をあけたとでも思って下さい。水位が高まってその穴に達すれば地震湖の水はそこから下流へと流れ始めます。流れるに従って水の勢いで穴が拡大されます。ほどよく拡大されることで地震湖の水位が低下し、また堤防の全面決壊を防ぐというのが作戦の眼目です。

 もちろん、これはリスクを伴う作業です。排水路の穴が「ほどよく」どころか水流の勢いの強さに予想外に突き崩されて堤防が大決壊となる可能性も十分。何せ大自然が相手です。余震もあれば雨も降る。それによって発生した土砂崩れが地震湖に流れ込めば、水位が一気に上昇します。ドーンと一大決壊となれば下流域は目も当てられない大惨事になることは疑いなし。

 もちろんそれを考慮して、当局も下流域住民を高台に避難させるといった措置を講じました。唐家山地震湖の堤防が3分の1決壊した状況を想定しての避難命令です。早くから封鎖されている北川県の県城(県政府所在地)はいいとして、その周辺やさらに下流域の住民に避難命令が出ました。より下流に位置する綿陽市では住民が避難せず残っているものの、警報が出ればすぐ逃げられるよう予行演習が行われたりしているようです。



 ●せき止め湖満水 住民不安無人の街で赤い水没ライン(MSN産経ニュース 2008/06/07/19:08)

 【北川(中国四川省)=野口東秀】中国・四川省大地震で北川県の唐家山にできた巨大な「せき止め湖」の南方約25キロ南の通口に入った。7日の時点で、満水になっており、国営新華社通信によると、排水路やそれ以外の場所から水が流れ始めた。水抜きに失敗した場合は決壊する可能性があるが、当局はこれを否定している。軍など関係当局は新たな排水路の工事を開始。爆破を含めた土砂の排除も検討している。

 関係者によると、水位は深い所で700メートルを越え、幅は数十キロに及ぶ。湖の3分の1が決壊した場合、下流の綿陽市など460万平方メートルが水没。全壊の場合は6230万平方メートルが水没し、130万人の避難が必要となる。すでに住民25万人以上が高台などに避難。北川県と江油市、綿陽市の水没するとみられる街はすでに無人化しており、軍と公安当局が道路を封鎖している。通口では、水没の危険性がある民家の壁などに、決壊した場合の「水没ライン」が赤いペンキで書かれている。




 さて、唐家山の水位上昇により、堤防に設けられた排水口からの排水は一昨日(6月8日)から始まっています。ただし排水が始まっても余震や降雨によって地震湖の水位は上昇する一方。そこで人民解放軍が排水の障害になる岩石を爆破したり砲撃したり、また第二の排水路を設ける工事に着手しています。ただいずれも織り込み済みの状況だったのか、昨日までの大本営発表にはまだ余裕が感じられていました。

 ところが今日(10日)になって何やら緊迫してきました。……いや、記事の字面自体は「安全だ」「順調だ」といったもので、排水口が次第に拡大しつつあるため、懸念されていた地震湖の水位も低下し始めたとのことです。当局の思惑通りかといえばその通りなのですが、一方で排水口が大きくなりすぎたと思わせる記述も出始めました。「ほどよく拡大」の線を越えてしまったということです。

 これによって予想される最悪の事態は地震湖堤防の大決壊と、下流域での洪水発生。むろん、新華社電ではそんなことには触れていませんが、

「排水口の大きさが防災基準を超えた」

「堤防上で作業していた人員には高台への避難命令」

「堤防上のヘリ撤収へ」

「堤防上の人員、撤収完了」

 など、唐家山地震湖で何やら慌ただしい動きになっていることがうかがえます。要するに、排水量が予想を超える水準となり入水量を上回るようになったため、地震湖の水位低下という喜ぶべき状況にはなったものの、排水流の勢いが堤防および下流域に影響をもたらす懸念が頭をもたげてきたという訳です。



 ●流水量急増、下流では決壊=せき止め湖から兵士撤退-四川大地震(時事ドットコム 2008/06/10/12:51)

 【成都(中国四川省)10日時事】中国・四川大地震で四川省北川県にできた唐家山の「せき止め湖」で10日、水の流れを止めている岩や漂流物の爆破処理などで流水量が急増した。新華社電によると、土手が決壊する恐れが高まり、排水作業をしていた兵士らがヘリコプターで撤退。下流にできていた4つの小規模なせき止め湖は決壊し、周辺は水没した。

 3キロ下流では流水量が毎秒6440立方メートルに達し、100年に一度の洪水に相当する規模。あふれた水は江油市内に達した。唐家山せき止め湖の水位は、7日朝に排水が始まった時に比べて10メートル下がった。
(後略)



 私には
今回の「地震湖水抜き」というミッション、堤防の3分の1決壊を前提に立案されているように思えてなりません。実際、綿陽市でも「3分の1決壊」で水没するとみられる地区の住民はすでに避難させられています。「洪水発生は不可避だが大洪水だけは全力で防ぐ」てなところかと。

 まあ、唐家山地震湖で慌ただしい動きが出始めたということは、排水口から出た水流が伝っていく下流域も安全ではなくなるということです。北川県の水文站水門、ここはもちろん開け放たれているのですが、現時点における水量の規模は歴史的なもので、「100年に1度の洪水に匹敵」だそうです。であれば、下流域の都市や集落で水没する場所も間違いなく出てくることでしょう。

 地震湖から30km下流にあたる北川県通口鎮においては、河床に流れ込んだ排水された濁流の水位が刻一刻と上昇し、同鎮の標高最低地点まであと1mに迫っているとのこと。排水量が今後低下する見通しはなさそうですから、以て瞑すべしといったところです。

 濁流はすでに北川県の下流にあたる李白の里・江油市にも達し、さらに下流へと驀進中。ちなみにこの江油市と北川県の間にかかる黄江大橋地点では水位が冠水まであと5mにまで達しており、さらに江油市と下流の綿陽市とを結ぶ道路は「全面決壊」を想定した交通規制が敷かれているそうです。

 その綿陽市では住民の全体避難を意味する「全面決壊警報」は発令されていないものの、警報が出れば即応できるようにせよ、という注意報はすでに出ています。ライフラインでいうと電力供給と給水は問題なく行われているようですが、水は予備水源に切り替えられている模様。

 さらに、綿陽市の上流にかかる鉄道宝成線の鉄橋の付近では水位は上昇する一方で、橋脚付近の陸地がすでに水没しつつあるとのこと。

 水利部の陳雷・部長は
「唐家山の排水作業は理想的な効果をもたらしている」と胸を張っているのですから当局としては「シナリオ通り」ということになるのでしょうけど、上述した下流域の最新状況から、「3分の1決壊」を織り込んだ上でのものではないかと私は邪推する次第です。

 その「3分の1」で済むかどうかがやや微妙になってきているのですが、これは今後の展開次第。夜までにまた新たな展開があるかも知れませんが、とりあえずここで筆を置きます。

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 最後に日本メディアの注目記事をば。事実ならシャレになりませんよこれは。


 ●四川省、せき止め湖がもたらす汚染 核廃棄物水没の恐れ?(MSN産経ニュース 2008/06/07/18:31)

 香港を拠点にする中国人権民主化運動情報センターが7日に報じたところによると、せき止め湖決壊の危険性で緊迫している四川省綿陽市北川県の唐家山地区に中国で最も重要な核研究施設および空軍施設が集中しており、それら50施設のうち20の設備移転が完了していない。それが理由で唐家山せき止め湖の排水作業が当初の予定より遅らされているという。このまま唐家山せき止め湖の排水が行われば、この地域に埋められている過去40年分にわたる大量の核廃棄物や危険な軍事化学工業原料が地下水にしみて広域核汚染あるいは化学汚染が引き起こされる可能性があるという。
(後略)



 続報待ちですね。





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