中共政権が先月(2007年1月)、弾道ミサイルによる衛星破壊実験を行ったことに対し国際社会でブーイングを浴びたことは記憶に新しいところです。この実験に対し最近になって「あれはもうやらない」という正式な意思表示が行われました。曹剛川・国防相が訪中した額賀福志郎・前防衛庁長官ら自民党の衆議院議員団に対し語ったものです。
以下は日本の関連報道。
●「デブリは実験前からある」中国国防相 条約にも違反せずと(Sankeiweb 2007/02/12/23:34)
http://www.sankei.co.jp/kokusai/china/070212/chn070212000.htm
中国の曹剛川国防相は12日、国際的に批判を浴びた衛星破壊実験について「国際条約違反とは思っていない」としながらも「今後、実施する考えはない」と述べた。訪中した額賀福志郎前防衛庁長官に語った。中国軍幹部が、同実験に関しコメントするのは初めて。額賀氏が「日本も含め国際的懸念が高まっている」とただしたのに対し、国防相は「科学技術の実験を行った。いかなる国も対象とせず、いかなる国の脅威にもなっていない」と強調した。額賀氏はさらに「宇宙ごみ(スペースデブリ)が懸念される」と抗議したが、国防相は「宇宙には10センチ以上のものが(実験前から)1万個以上あると聞いている」と答えた。(後略)
●衛星攻撃実験「行わない」 中国国防相が初めて言明(asahi.com 2007/02/13/00:09)
http://www.asahi.com/international/update/0213/001.html
中国の曹剛川国防相は12日、中国が1月に実施した衛星攻撃兵器(ASAT)実験に関して「今後行わない」と明らかにした。(中略)中央軍事委員会副主席の地位にある軍首脳が同実験を行わないと言明したのは初めて。
●「今後、実施する考えはない」 衛星破壊実験で中国国防相(Sankeiweb 2007/02/13/09:28)
http://www.sankei.co.jp/kokusai/china/070213/chn070213001.htm
(前略)曹国防相は実験理由について、「科学技術上の実験」とし、「いかなる国も対象とせず、いかなる国の脅威にならない」と強調、「国際条約に反するとは思っていない」との認識も示したという。衛星破壊実験で、米国の専門家は、破壊された衛星の破片は、他の衛星に当たれば損傷を与える1ミリ以上の大きさで200万個を超えるとの試算を公表しているが、曹国防相はこの点には言及しなかったという。
●衛星破壊実験、「今後は考えぬ」 中国国防相(asahi.com 2007/02/13/10:31)
http://www.asahi.com/international/update/0213/006.html
中国の曹剛川国防相は12日、訪中している額賀福志郎・前防衛庁長官に対し、衛星破壊実験について「今後は実験をする考えはない」と述べた。額賀氏が記者会見で明らかにした。実験は宇宙での軍備競争を拡大させる恐れがあると国際的な批判を浴びたが、額賀氏によると「科学技術上の実験であり、いかなる国も対象にしておらず、脅威になっていない。国際条約にも反していない」との説明があったという。(後略)
●中国・対衛星兵器実験:衛星破壊「今後しない」(毎日新聞東京朝刊 2007/02/14)
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/asia/china/news/20070214ddm002030068000c.html
【北京・大塚卓也】中国の曹剛川国防相は12日、訪中している自民党の額賀福志郎前防衛庁長官と会談し、1月に実施した衛星破壊実験について「今後は行わない」と述べた。宇宙での新たな軍拡競争につながりかねないという国際的懸念に配慮したと見られる。
曹国防相は同実験について「科学技術上の実験で、いかなる国も対象とせず他国の脅威にはならない」と強調。実験で宇宙空間に破片ごみが飛散したとの批判に対しては、「(中国の実験とは関係なく)10センチ以上のごみがすでに1万個はあると聞いている」とかわした。(後略)
「もうやらない」
と言いつつも、先の実験については悪いことだとは思っていないようですし、悪かったとも言っていません。
自分の主張をあくまでも正当だとしてゴリ押しし、批判勢力の存在を認めず、自らに非があることを認めず、謝罪することもない。……といった態度は国際社会でも中国国民に対しても全く同じで、この点見事に一貫しています。「中共節炸裂」といったところでしょうか。
ところで、中共政権の国営通信社・新華社電によると、額賀前防衛庁長官の一行は曹剛川国防部長以外に、盛華仁・全国人民代表大会常務委員会副委員長、王家瑞・党中央対外連絡部長、唐家セン・国務委員らとそれぞれ会見しています。それぞれとの逢瀬に関する原文はこちら。
●曹剛川(新華網 2007/02/12/13:25)
http://news.xinhuanet.com/politics/2007-02/12/content_5730155.htm
●盛華仁(新華網 2007/02/12/13:25)
http://news.xinhuanet.com/politics/2007-02/12/content_5730156.htm
●王家瑞(新華網 2007/02/12/16:36)
http://news.xinhuanet.com/politics/2007-02/12/content_5731107.htm
●唐家セン(新華網 2007/02/12/20:51)
http://news.xinhuanet.com/politics/2007-02/12/content_5731938.htm
いずれも短信ですから軽く読み流せるのですが、「おや?」と気になる部分があって引っかかりました。
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気になったのは曹剛川との会見及び唐家センとの会見です。いずれも文末の方にさりげなく、
「中国国際戦略学会の熊光楷・会長が会見に同席していた」
と書いてあります。曹剛川の方の記事によると、そもそも日本側はこの中国国際戦略学会の招きで来日したとのことです。後日シンポジウムでも開かれるのでしょうか。ともあれ招待主である熊光楷会長が同席していても不思議でないようではありますが、出過ぎているような気がしないでもありません。
曹剛川は国防部長という肩書きで会見に臨んでおり、日本側は宮本雄二大使も同席しています。唐家センは国務委員としての会見です。いかに招待主とはいえ、国防部長、国務委員が出て外国からの訪問客と会見するオフィシャルな場所に「中国国際戦略学会会長」とはやや不釣り合いな肩書きのように思えなくもありません。
……が、いまの中国の政情に照らせば、これが不釣り合いにはならない、といった感覚なのかも知れません。あるいは一種の「お目付役」だったりして。
私がやや過敏になっているのは、もちろん故なきことではありません。この熊光楷という人物は規定を破って人民解放軍総参謀部のナンバー2である「副総参謀長」職に居座り続けていたのを、2005年末に胡錦涛政権が何とか退役させ、引きずり下ろしたのです。
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ところがこの熊光楷、それで政治的に終わったのかといえばそうではなく、兼任していた中国国際戦略学会の会長という肩書きで活発に活動しており、今回のように国防部長や国務委員の会見にも出しゃばってくるほどです。
その熊光楷、江沢民に近い人物ともされていますが、それよりも電波系対外強硬派の親玉的な存在であることに注目する必要があります。電波系といえば2005年、
「台湾有事で米国が中国を攻撃すれば、中国は核兵器で反撃することになる」
との発言を公に行って昇進停止1年の処分を食らった朱成虎少将が有名ですが、熊光楷はそれに先立つこと10年前(1995年)に米国高官に対し、
「中国は台湾海峡での衝突において核兵器を用いる用意がある。米国は台北よりもロサンゼルスの心配をした方がいい」
という、よりドスの利いた発言をかましている「核戦争の熊さん」なのです。
●握ったか・握られたのか・胡錦涛。(2006/01/05)
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この電波系対外強硬派の親玉ともいえる熊光楷が軍から退役させられても政治的になお健在で、今回のような会見にも顔を出す、つまり存在感をアピールするというのは、現在の政情を象徴しているようでもあり、軍部の相次ぐ「独断専行」めいた行動を裏打ちしているようでもあります。
……いや、以上は私の邪推に過ぎませんけど、退役させた熊光楷を胡錦涛が完全に潰せなかった、つまり政治的に終わらせることが出来なかったのは事実でしょう。
熊光楷は昨年末には、
「『台独』という最大にして最も現実的な脅威に積極的に対応しよう」
などと発言しています。それ自体は中共政権の基本方針に合致したものといえるでしょうが、そこは電波系対外強硬派の親玉ですから、「積極的に対応」の程度が胡錦涛政権と一致しない可能性はあります。
●「新浪網」(2006/12/29/14:54)
http://news.sina.com.cn/o/2006-12-29/145410892324s.shtml
他にも尖閣問題について日中間の衝突事件が「発生する可能性はある」として、それを防ぐためのメカニズムを両国政府間で構築しよう、ただ個人的にはそれと同時に政治家レベルでの危機管理体制を整えて、政治家による問題解決を図らなければならないと考えている。……とも語っています。
●「新浪網」(2006/05/09/08:43)
http://jczs.news.sina.com.cn/2006-05-09/0843368961.html
いずれにしても「こいつが言うから危ない」のです。退役したとはいえ、この熊光楷が人民解放軍にどれだけの影響力をなお残しているかには興味があります。今回はからずも表舞台に登場した「核戦争の熊さん」ですが、今後もその動向に注意を払う必要があるのではないかと愚考する次第です。