日々是チナヲチ。
素人による中国観察。web上で集めたニュースに出鱈目な解釈を加えます。「中国は、ちょっとオシャレな北朝鮮 」(・∀・)











 昨日のことです。病院の帰りに靖国神社に立ち寄ったら、このような素晴らしいものを目にすることができました。いつもバッグに放り込んであるショボいコンパクトデジカメで撮ったのでこんな程度ですが、実物はそれはもう、息を呑むような美しさでした。

 靖国神社では毎年花見をしていますが、こういう光景は初めてです。桜の散りどきと強風と折からの雨による偶然の造形とでもいうべきでしょうか。今年はここと千鳥ヶ淵緑道で桜見物ができなかった私には、何よりの御馳走となりました。

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 花見ができなかった理由は、宿痾の併発症のようなものが出て入院する破目になったからです。数日で退院の筈が、途中で容態が悪化して1週間くらいに延びてしまいました。一時は結構アブナかったそうなのですが、当人は意識がありませんからICUとかに入れられてもわかりません。黄菊ならぬ御家人が危うく「心電図ピー状態」になるところでした。

 ……てな訳で、今回は文字通り死線を越えての生存報告であります。いまはもう普通の生活に戻っていて何の支障もありません。

 臨死体験とかまるでなかったのでガカーリしています。もっとも私は善人善女でないどころか、寺やら仏やらを糞のようにしか思わぬ不心得者ですから、天機を与えられなかったのかも知れません。

 ちなみに、寺や仏が糞ってことは神社か、神道か、というとそうでもありません。靖国神社は特別な場所ですから別格とすれば、神社にも大して有難味を感じません。ただ私は原始人ですから、神奈備の山とか磐座とかに出会うともうゾクゾクしてしまうタチです(笑)。

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 閑話休題。かなり緩和されていた医師からの体力・気力・集中力に関する制約が今回の入院で再び厳しくなってしまいました。残り時間も多少短くなったようなので、身辺整理その他を優先させる必要も出てきました。

 とりあえず、今度の土曜日に「外国人地方参政権絶対阻止!」みたいなデモが行われるようなのですが、これはスルーして明日から一週間近く故郷の茨城県日立市へと行って参ります。デモは陣太鼓ドンドコな人たちに任せて、私はいま目に焼き付けておかなければならないものを、しっかりと胸に刻んでくるつもりです。





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 東京を離れてもうすぐ2週間。大和国をウロウロしています。

 むろん今回は、旅仕事ではありません。

 本日の宿は上の通り、耳成山に向き合うことのできる場所。天香具山や三輪山も一望できます。午後5時くらいから夕靄が湧き出て神宿る山々の裾野を満たしていく情景がたまりません。

 ……私の宿痾の主治医であるN医師から記事漁り解禁令が出そうになってきたので、実質的にはすでに「晩年」である私は、一期を飾る思い出にと旅に出ました。

 ニッポンの原点は大和と出雲だと私は勝手に考えています。出雲国は1月末に堪能したので、今回は大和国を巡り巡って、自分が日本人であることを心ゆくまで再確認してお腹一杯になって、それでおしまい。

 ……あ、ただし帰りはなぜか「サンライズ出雲」なんですけど(笑)。往路は上野発札幌経由で奈良に入っていますし(汗)。

 ともあれ「いま現在でしかできないことを」ということで諸条件を勘案した結果、迷うことなく生涯最後の長旅に踏み出した次第。自分では「娑婆にサヨナラ旅行」と呼んでいます。

 言うなれば俗世への暇乞い。東京に戻れば新しいシフトの下での仕事と生活が待っていますので。あとはもう、死ぬまでそのまんま。

 あと一週間ばかりで全日程を消化し、帰京する予定です。





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10年ぶりの東海道新幹線。




立てたタバコが倒れないのはお約束。ちなみに「サンライズ出雲」(東海道線区間)でも同様です。




現在籠城中であるホテルルートイン岐阜羽島駅前。




部屋の窓から。


 私用で岐阜羽島に来ています。

 強化合宿のつもりで目を通すべきものを色々持って来て読んでいるのですが、バンクーバー五輪が始まってしまうとやはり気が散ってしまいます。現時点でのメニュー消化率は60%(笑)。

 別に岐阜羽島でなくても良かったのですが、ホテルがオープン間もないとかで宿泊費が激安キャンペーン中。交通費を加えても御殿場に籠るのと大差ないので今回は伊吹山系を眺めることにしました。東京から乗り換えなし・約2時間で来られるのもありがたいです。

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 ここまで来たら本当は犬山城まで足を伸ばしたり、華厳寺あたりでしし鍋に舌鼓を打ちたいところですが、合宿ゆえにそれはお預け。まあそれでも一応街歩きくらいはしてみようと散歩に出たら、街がありませんでした(笑)。

 いやー本当に何もないのです。元々何もなかったところに新幹線が通るってんで岐阜羽島という駅をこしらえたのですが、それから半世紀近く経っても何もないまま。




駅前がとても寒いです。




駅前から伸びている大通りもこれまた寒くて。



 ああここはちょっと天理に似ているな、と思いました。日本でも珍しい宗教都市・奈良県天理市です。奈良へ行ったとき石上神宮へお参りするためにそこで下車したのですが、神社までの道すがらカルトな建物がたくさんあって辟易した覚えがあります。

 まあそれは仕方ないとしても、駅前広場が変に寒々としていて、街は小綺麗なんだけどどこかよそよそしくて、変な秩序のようなものが組み上がっている雰囲気が街全体に漂っています。良い意味での猥雑さに乏しい商店街を歩きつつ、北朝鮮の平壌というのはこんな感じなのではないかと勝手に想像したりしました。

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 岐阜羽島はカルトの聖地ではないものの、駅前はいわば人工都市ですから無機質であることから逃れられていません。しかも駅の利用者が少ないため商店街がなく、それゆえ賑わいもなく無愛想で、

「ああこんなところにゃ死んでも暮らしたくないもんだ」

 という、天理同様の感想を抱かせてくれます。カルトでないだけマシですが、多少の偶像崇拝は入っているようです。




ほらね、将軍様が(笑)。



 近くを走っている県道が、このあたりで旧街道というか美濃路と重なっているのが取り柄といえば取り柄。ただし現在は土建屋のトラックが往来するだけの幹線道路で沿道にはファミレス崩れか大衆食堂のようなものしかなく、往時を偲ばせるよすがなどは何もありません。

 近所の人たちに尋ねてみたのですが、老いも若きも「美濃路?何それ?」てな反応ばかりで、むろん由緒を記した高札などがある筈もなく、このあたりは羽島市の怠慢を責めたくなります。

 唯一の救いは、駅から離れるとビジネスホテルや立体駐車場などの視界を遮るものがなくなるので、冴え冴えとした伊吹山系を拝めるということです。十数分も歩けば長良川の土手に出ることもできます。









 要するに、「楽しめるのは人の手が入っていないところだけ」という不可思議な特性を持っているのが岐阜羽島。見所満載の美濃国にあって、どうもここだけは真空地帯のように例外であるようです。

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 籠城戦ですから携帯口糧は十分に準備してきましたし、岐阜羽島駅構内にコンビニめいたキオスクがあるので不自由はありません。ただし外食となると「美濃路」まで多少歩かなければなりません。

 もっともホテル内にレストランがあり、ここで夕食をとることができます。とはいえ有り体は朝食バイキングの食堂ですから悪い意味で飾りっ気がなく、やや極端にいうと旧日本海軍軽巡洋艦の兵員食堂をモダンにしたような場所にテレビが一台置かれているだけです。

 利用するのは宿泊客ですから揃いも揃って部屋の備品である甚平を着崩した姿で、なぜか要育毛率と肥満率の高げな小汚いオサーンばかり。テレビはローカル局の地味な番組と見たこともないCMを流していて、嫌が応にも場末感と僻地感をかき立ててくれます。

 ……でも、こういう枯れ葉が詰まって水が淀んでいるドブのような雰囲気に身を委ねてしまうと妙にくつろいだ気分になるので、私は嫌いではありません。大垣へ出る路線バスや岐阜・犬山方面へ乗り継げる名鉄の駅があるので、次回は是非観光の足場として利用したいところです。

 ただ一点、「ホテルルートイン岐阜羽島駅前」は新しく清潔でフロントの対応もとても良いのですが、部屋は狭いですね。同じ「コンフォートシングル」でも同系列の「ホテルルートイン御殿場駅南」に比べると格段の差がありました。





 もし来年に来ることがあれば、「開業1周年キャンペーン」とかで現在の宿泊料金が維持されているに違いありません。





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 昨年秋以来、病気療養をいいことに「常時東京に張り付いていろ」という駐在員の仕事を一時的ながらも大幅に減らした私は、公用私用で東京を留守にすることが多くなりました。

 転地療養という建前のもとカナーリ楽しんでいたりしたのですが、かように自由な日々も、もうすぐおしまいです。

 それはともかく、私は離京・帰京のたびに靖国神社に参拝して挨拶めいたことをします。

 最近は拝殿だけでなく、「piyo」さんから教わった元宮と鎮霊社にもお参りしています(拝殿左横の黐の木の奥に秘密の入口が)。こちらは鬱蒼とした樹林のなかに鎮まっているので、ふと風が騒ぐと嵐気めいた雰囲気が満ちてただごとではありません。

 今回は私用で岐阜羽島というところへ行くことになり、新幹線は昼なので朝9時ごろ靖国神社へ行きました。

 地下鉄に乗ったらラッシュアワーなのにガラガラであれ?と思い、思いつつ九段下で下りて地上に出て大鳥居を仰いだら、その下に街宣車やら変な人たちが屯集しておりました。

 そうか、今日は建国記念日だ。旗日だから地下鉄も空いていたし、「紀元節」だからこういう手合いが湧いて出ているのだな。……とようやく気付いた次第。

 「こういう手合い」が群れている横を通るときに、

「イタい香具師どもが集うスレはここでつか?」

 と腹式呼吸でつぶやいてみました。何人かがそれに応じて振り返ったのですが、一瞥したのみで何も起こりませんでした。

 連中が「2ちゃんねらー」ではなかったからでしょうか。自分をイタいと思っていないからでしょうか。……むしろ、私の発した言葉を言葉と解さず、犬が物音に振り返るような反射的行為だったのかも知れません。

 もちろん、最もイタいのは「ここでつか?」などと大声で呟いている年甲斐のない私に決まっています(笑)。

 どうも私は、勤王の志はおろか尊王のココロのカケラすら持ち合わせていないヒコクミンであるようです。

 一般参賀とかで感極まって万歳を唱えたり、「紀元節」ということでお揃いの変な車&変な服装で靖国神社に来るような手合いはどうにも苦手で。……まあ虫酸が走るとでもいいますか。

 建国記念日なんざ、私の中では「みどりの日」(4月29日時代)と双璧をなす胡散臭い祝日でしかありません。たまたまその日に九段へ来たことで、嫌な思いをしてしまいました。

 もちろん、靖国神社にとって2月11日は大切な日ですから、冒頭に掲げた写真の通り、鳥居の様子が普段とちょっとだけ違っています。





 これですね。榊の枝を掲げるのです。神職の方に尋ねると、「清浄」を重くするためだそうです(元日や例大祭でもこれをやります)。そう言われてみると、なるほどある種の清潔感を伴っているように思えます。

「やっぱり、紀元節だからですか?」

 と問うと、

「いや、建國記念祭です」

 と訂正されてしまいました。……建國記念祭。orz

 どことなく有難味のないというか、清浄さに欠ける俗っぽい名前なので可哀想になりました。何というか、百貨店のバーゲンセールとかサンバでカーニバル♪ってな感じで。そうでなければ、北島三郎がしゃしゃり出て来そうで。ええ紅白歌合戦のように。

 靖国神社も、悲痛であります。「國」という漢字に意地がみてとれるようでもあります。

 ともあれ離京の挨拶を済ませてから遊就館茶室で一服した私は、わが生活圏内では「このひとがいちばん美人だ」と確信している店長さんの笑顔に癒されて帰途に就きました。

 ちなみに水天宮は子宝&安産の神様のせいか、鳥居に榊を飾ってはいませんでした。

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 そんな訳でいまは岐阜羽島にいます。駅前のビジネスホテルに籠城中。




自室の窓から。イブーキ。



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 昨日は東京都心部でも雪が降りました。

 私は早々に寝てしまったので盛大に降り出したところしか見ていないのですが、今日の午前中に散歩した際、水天宮の本殿の屋根に雪がそれなりに積もっていたり、人形町~小伝馬町~馬喰町と歩いた際に日の当たらない部分にちょっとした雪塊が残っていたりしました。

 つい更新を滞らせてしまいましたが、1月の私は御殿場でマターリと年始を過ごしてから、最後の「旅仕事」である「北海道」「奈良」をこなして帰京して一息入れたあと、自らを労る意味で、神宿る里・旧八束郡八雲村大字熊野を中心に、車中泊も含めて一週間ばかり出かけておりました。

 いま、臍を噛んでおります。出発を一週間遅らせていれば現地で雪景を拝めたのに、という憾みです。まあ毎日好天で暖かかったおかげで、出雲神話から戦国時代に至るまでの旧八雲村の史跡の数々を堪能することができたのですけど。

 明日は2月3日。出雲国一之宮・熊野大社では節分祭で盛大に雅楽が奏されることでしょう。人出を嫌うので敢えて閑散期を狙ってスケジュールを立てたのですが、天候のこともあり現地に行って初めて知った雅楽に関することもあり、いまは少し後悔しています。

 ともあれ2月であります。これから1カ月、私は「身辺整理」と「自主トレ」に明け暮れることになりそうです。前者は晩年にふさわしい生活にシフトすべく本業副業の再編成を行うことであり、後者は素人による中国観察の本格再開に向けた始動作業のようなもの(まだ「キャンプイン」できる状態ではありません)。

 私の場合、神田神保町の「すずらん通り」といえば内山書店と東方書店ということになるのですが、先日その内山書店と階上のアジア文庫にて、「自主トレ」に必要なものをごっそり買い込んできました。

 「記事漁り」に対してN医師の解禁令がまだ出ないままなので、とりあえず昨年の中国の流れを私なりに体内へ注入しておこう、というのが「自主トレ」の主旨。

 このため、なるべく手垢のついていなさそうな内容の定期刊行物を選定したのですが、ついその最新号を読んだら気が昂ってしまってどうにも眠れなくなってしまいました。なるほど「記事漁り」がまだNGな訳だと理解しつつ、刺激の少ない古いものから、と昨年初めから順を追って読み始めることに改めた次第。

 昨日の『読売新聞』がトップで伝えた「日中共同歴史研究委員会」のニュースにもうっかり接してしまい、実はいまもカナーリ焦れています。

 ……要するに、いまなお暫くは当ブログの本旨に沿ったエントリーを書けないことの弁明をしている訳で(笑)。とはいえ「旅日記」に変じてから3カ月、ようやくここまで回復してきたので、もうちょっとだけの我慢我慢と自分に言い聞かせているところです。

 取り急ぎ近況報告まで。気が向けばまた「旅日記」(続編)をupすることがあるかも知れません。





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 みなさん、新年明けましておめでとうございます。

 とりあえず、改めて富士山をば。





 この年末年始は静岡県御殿場市にて過ごしております。「旅仕事・松江編」を終えたあと、自腹で三泊してから(見事にユウアイされましたw)「サンライズ出雲」で東京に戻ったのが12月26日朝。ひと休みして御殿場入りしたのが一昨日の午後です。

 糧食を買い込んで窓から富士山の見えるビジネスホテルに籠城。乙女峠を越えて箱根に行くこともなければ、乙女峠へ富士山を望みに行くこともありません。書き仕事もありません。文字通りマターリであります。

 いやーホントに一息つくといった感じで。

 一連の「旅仕事」はそりゃ中国観察に比べれば楽なものですが、仕事ですから楽しんでばかりもいられませんし、様々な調整作業や切符や宿泊先の手配、それに気働きも結構あります。当然ながら実際にはここで書いているほどサクサク&ユルユルではありません。まあ、「哀史」を省いた旅日記が当ブログでのエントリーと思って頂ければ幸いかと。

 やっぱり旅は自腹に限ります。……という訳で御殿場に来ている次第。つかの間の休養のようなもので、東京に戻ればすぐ長めの「旅仕事」が2本待っています。今度は暴挙&秘境探訪。香港の編集部が少々悪ノリ気味になってきました。

 とはいえ、私にとって未踏の地を訪れるのはうれしいことながら、作業自体は極めて不本意なものなので「旅仕事」もこの2本で打ち止め。2月からは常態に復すべく準備にとりかかるつもりです。

 中国観察の本格再開に向けた動きはもちろんですが、何やらそれよりも、われらがニッポンの行く末を案じて自分相応のアクションを起こさねば、次の世代に顔向けができなくなりそうな気配で。

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 いずれにせよ、今は心身とも休むことに専念します。なーに部屋からぼんやり富士山を眺めているだけのことです。ビジネスホテルながらコストパフォーマンスに優れた宿で、部屋も快適なら施設も新しく十分。




 ▲そして窓の外がこれ。ベッドの枕の位置から撮ったものです。





 ▲1月1日00:06、要するに年が明けたばかりの富士山。珍しく思い切り夜更かししてみました。


 それでも習い性の悲しさで朝の目覚めは04:30。でも元日はこれでよいのです。5時に開く大浴場で一番風呂&貸し切り状態。そのあと暁闇のなか新橋浅間神社に初詣です。神社に詣でるならやはりこの時間でしょう。

 その往路、何気なく振り仰いだ空に目が釘付けになりました。日出を控えて退いてゆく満月が、富士山頂付近へと姿を没しつつあるのです。ほのかな月光が稜線のシルエットを闇の中に浮かび上がらせている様はあくまでも静かでした。







 御殿場ならば初日の出よりも、初日の出を浴びてほんのりと身を染める富士山ビューがお約束。これまた自室から一枚。





 いやーたまりません。私にとってこれほど癒されて元気になる回復魔法な場所はないでしょう。あぶく銭があるなら月の半分はここに来て本業&中国観察に没頭したいところです(笑)。

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 ……とりとめもないことを長々と書いてしまいましたが、ともあれ今年も宜しく御願い申し上げます。m(__)m





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今年は、何もありません。

来年は、寿命を縮めない程度で、大いに気張るつもりです。

それでは富士山、今年最後の夕景を。目下滞在中である御殿場のビジネスホテルの窓から。









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 病気療養中の稼ぎ口である「旅仕事」(香港誌での観光記事執筆に向けた取材旅行)の松江編が本日午前をもって終了します。

 昨日21日(月)は数日来の手に負えない強風が治まり、ようやく雪が上から下に向けて降る光景を見ることができました(笑)。

 もっとも晴れたり曇ったり、みぞれや粉雪が舞いつつも反対側の空ではきれいな青空が広がっていたり、といった目まぐるしい天候の変化は相変わらずで、滞在期限の関係で槍が降ろうと外歩きしなければならなかった私には苛酷な気象条件。

 それでも松江城の内堀外堀を屋形船で回る「堀川めぐり」に乗船したり、お約束の絵葉書写真を撮ったり、郷土料理や銘菓を撮影したりすることができたので、やることはやったぞと一安堵。幸い積雪がなかったので、前回滞在分の写真と合わせて形を整えることができました。

 唯一のトラブルめいたものといえば、記事で紹介すべく今回宿泊したホテルが実に素晴らしくサービスが行き届き、設備も整っており対応も懇切丁寧で、公式HPの展望温泉写真なんか実は風景部分をはめこんだ合成で♪。

 ……要するにインギンブレイで非常に愉快な出来事が続出したので、こんな有り難い宿を香港人に紹介するのは余りにもったいない、ということで編集部と連絡。急遽予定を変更して宍道湖ビューの別のホテルを慌ただしく取材させてもらったことくらいでしょうか。

 負け組が泊まるホテルを選定してしまった自らの目の至らなさを恥じ入る次第です。これについては後日書くことがあるかも知れません。

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 まあ、いいでしょう。ともあれ本日をもって、私は愛すべき松江を離れます。

 そのあと故あって2日間ばかり姿を消します。とりあえずネットには接続しませんし携帯も使いません。

 ユウアイなんですけど、もちろん友愛されてしまう訳ではありませんよw。





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 仕事らしいこともできぬまま、無為に松江で三泊してしまいました。ひとえに悪天候によるものです。

 悪天候、といってもどんよりとした雲に閉ざされて雪に降り籠められる、というのとはちょっと違います。

 晴れてはいるのです。雲間から青空がのぞいて柔らかな冬日が差したりして。

 ところが、宍道湖ビューであるホテルの自室でそれを見て出かけると、晴れているのに粉雪やみぞれが降っていたりします。あっちは晴れているのにこっちは横殴りの淡雪、といった状態。

 しかも風がものすごく強くて、これには全く難渋しています。強風を受けて、粉雪も降るのではなくトンビのように「飛んでいる」というか、綿毛のように「宙を舞う」というか。

 降るのではなく横っ面から飛んでくるので、向かい風のときなどはもう大変。写真を撮ろうにもカメラを向けるとたちまちレンズに雪が付着します。よってデジカメを労って撮影は封印。

 ともかく「サンライズ出雲」以来、雪が上から降っているのを見たことは一度もありません。orz

 強風ゆえに雲がどんどん運ばれてくるので、天候の変化も目まぐるしいです。パッと晴れたのでよし出撃、と出かけると10分も経たぬ間に横殴りの雪がバーッと飛んできます。それでも敢えて歩いてみると八甲田山。

 しかも私はメガネを使用しているので、瞬く間に向かってくる雪に視界を塞がれる始末。しかし10分くらいするとまた晴れ間に変わったりします。よし、と安堵して再び歩き出すと10分後にはまた天候が悪化して八甲田山。

 全くもって手に負えません。地元の人たちから話を聴いて回りましたが、12月の松江は「こんなもん」なんだそうです。ただ強風は例年にないものなので辟易しているとのこと。

 もっとも所詮は粉雪とみぞれ程度なので、主要観光スポットを含めた松江市中心部の積雪はほぼありません。……てな訳で、香港の編集部からお願いされた「雪景を是非」も淡雪の如く消えて、私が目論んでいた「ユルユルマターリ」ペースに(笑)。

 ただし、私は何でもない路地を伝い歩くようにして松江のごく一般的な風景(これが珠玉のように貴重なのです)を眺めて回りたかったので、「街歩き」がロクにできない現状には手を束ねているところです。

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 「サンライズ出雲」で現地入りした12月18日(金)は、まだマシな方でした。出雲市は晴れていたので、強風とはいえまだ歩くことができたのです。……あ、でも粉雪が断続的に舞ってはおりました。

 神社はやはり朝、最低でも午前中が清々しくていいですね。まだ人の少ない出雲大社に参拝(@粉雪)したあと、その隣にある島根県立古代出雲歴史博物館をのんびりと見学(暖房の効いた館内に一歩入るやメガネが真っ白に曇ってしまいました)。この博物館は各展示室のコースが回りやすい上に、解説も入念でわかりやすいばかりか、展示室ごとに説明をしてくれる職員の方が立っていて至れり尽くせりでした。

 青銅器の陳列に力が入れられていて、鉄の産出→鉄器の普及→出雲王朝の繁栄、といったあたりの紹介が物足りなかったものの、パソコンの動画で出雲に関連する様々な出来事を見せてくれたのは良かったです。個人的には「国譲り」神話の詳細を知りたかったので、このムービーは重宝しました。

 「国譲り」とは出雲を治めていた大国主命が大和政権に屈してその統治下に入れられてしまう、ということだと思うのですが、その過程が面白いのです(私の受けた印象で話を進めるので細部は異なるかも知れませんが)。

 大和政権から派遣された最初の進駐軍司令官は出雲入りしたら「喜び組」みたいなハニトラ接待でも受けたのか現地にすっかり馴染んでしまって、音信不通になってしまいます(笑)。そこで大和政権は第二の進駐軍司令官を派遣するのですが、これまた同様で3年経っても復命してきません(笑)。……私がいちばん好きなくだりです。

 3人目の建御雷神が現地入りすることで、出雲はようやく大和政権の軍門に降ります。大国主命の住まいとしてその要望通りに造られたのが出雲大社なのですが、御祭神にされたというのは要するに処刑されてしまったのでしょうか。

 出雲大社の宮司である千家はこれまた進駐軍の一派で、出雲大社は大国主命が祀られているとはいえ、それを司っているのは出雲を簒奪した大和政権側の人間ということになります(この千家の家系の長さも皇室並みですから無形文化財というか世界遺産モノです)。

 現代の出雲人がそのことや「国譲り」をどう感じているのか聴いて回ると、

「もう慣れてしまっていて」

「あれは神話だし」

 ……という人が多かったものの、「皇室なにするものぞ」という気概には少なからず接しました。「進駐軍め畜生」という意味の話をしてくれる人もいたのは楽しかったです。私にとっての出雲は、そうでなければなりません。

 博物館を出るとまた晴れ間の粉雪。ともあれ出雲市での用事は済んだので駅までトンボ返りし、天候が変わらぬうちにと松江へ戻って「松江ニューアーバンホテル別館」にチェックインしました。

 とりあえず温泉大浴場でひと風呂浴びて、散歩に出ようかと思ったらもう暗雲&宙を舞う淡雪。自室から一望できる宍道湖は強風ゆえに白く波立ち、水深の浅い湖底の砂が巻き上げられて泥のような色をしていました。サンセットどころではありません。

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 18日(金)の夕食はカウンター席だけの小さな料理屋。これが2度目になります。

 前回は宿泊した「ホテルルートイン松江」のすぐ近くにあったので、予約もせずぶらりと入ったら出てくる料理ひとつひとつが滅法美味なので驚きました。店内の雰囲気も和やか。非常に印象的だったので東京に戻ってググってみたら、小さいながらもドラマのモデルになった有名な店のようです。

 私の独断と偏見によって、松江で一番美味い店はここだ、と断じておきます。だって取材だもん経費♪……なのですが、ここに入って広東語を聞くのは真っ平なので、もちろん記事になんかしたりはしません(笑)。

 19日(土)は悪天候を物ともせず出雲蕎麦を食べに武家屋敷方面へと出撃したら案の定、八甲田山(笑)。蕎麦よりも寒さしのぎで一服したお茶屋さんで、堀川めぐりの屋形船を眺めつつ頂いた出雲ぜんざいや地元の銘菓「若草」が美味しかったです。

 この日の夕食は地元でも有名な料理屋。一人なのでカウンター席になったのが幸運でした。和食だと一応飲み物としてお酒を頼むのですが、私は松江なら「やまたのおろち」と決めています。五合ほど頂きました。酒量は大したことはありませんけどこの程度ならまず酔いません。

 ところが古社を愛してやまない板長兼代表取締役とのカウンター越しの会話で、神社と進駐軍についてすっかり意気投合してしまい、地元の古社についての耳寄りな情報をたくさん教えてもらって、これにはもう酩酊しました(笑)。

 滞在日程からするとかなりタイトになるのですが、これは行かねばなるまい、と決意した次第。まあ天候には恵まれていませんが「ユルユルマターリ」ペースなので何とかなるでしょう。目的を果たしたらこの店に再度立ち寄り板長兼代表取締役に報告するつもりです(笑)。

 昨日である翌20日(日)は午前中にホテルの中の人と仕事について打ち合わせをさせてもらいました。そのあと街に出たところ、時間潰しに入った喫茶店で隠岐出身のウエイトレスさんにこれまた魅力的なスポットを耳打ちされてしまいました。

 夕食の老舗寿司屋ではカウンターの隣席の戦前世代夫婦と松江の「街歩き」について盛り上がり、これまたオススメ情報を仕込まれる始末。

 どうも松江では接する人がみな私をこの地に長逗留させようと企んでいるように思えてなりません。

 それでも近づく滞在期限。私はいま、揺れております(笑)。





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「上」の続き)


 新見のあたりからにわかに積雪が濃くなりました(07:40)。ただし天気は晴れのままです。ううむ。









 ところが。新郷駅を通過したころ(08:03)から空が急に曇ってきました。ほどなく、待望久しかった雪が降り始めました(笑)。

 伯備線は単線です。上石見にて上り列車との行き違いのため停車(08:08)。標高1112mの大倉山、その山麓にとりついたあたりです。雪は降る降るじゃんじゃん降っています(笑)。そして、

「上り列車が遅れているためもう少々停車致します」

 とのアナウンスが。おおおワクテカ。しかし松江もこんな天気だったら雪景撮影どころではないな、その前に出雲市がこんな感じだったら観光どころではないぞ、と心配にもなります。

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 上石見を発車(08:13)してからは風が強まって雪は横殴り状態になりました。積雪もグレードアップ。

 降雪のため窓に水滴が付着していて見苦しいのですが、一応動画を撮りました。

 変な音楽が流れていますがこれは個室内で鳴らしていたもので、BGMではありません。まあ心臓の弱い方は御覧にならない方がよろしいかと(笑)。





 ……もっともこの降雪も一時的なもので、しばらくすると雪は止んでしまい欣喜していた私はオイオイオイ状態。ほどなく晴れ間も見えてきていよいよオイオイオイであります。

 米子に着いたら(09:05)雲ひとつない快晴になっていました。orz

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 しかし。松江の手前で再び急速に天候が悪化し、暗雲がたちこめるようになりました(09:25)。と思ったらチラチラと降雪再開。おおおであります。ただ出雲市に着いてもこの調子だとチト困ります。てかカナーリ困ります。みぞれとか雨だといよいよ進退に窮することになってしまうでしょう。

 09:31松江着。見まごうことなく降雪です。一応「淡雪」と雅びておきますが、発車してみると強風ゆえに再びの横殴り状態。こんな感じです。





 ちなみに私は終点まで乗りたいのと出雲大社へ参拝したいのでここでは下車しません。

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 松江で下車しないもうひとつの理由は、宍道湖ビューです。

 淡雪横殴りは松江限定の局地的なものだったのか、宍道湖を望めるころになると雪は降り止んで空には出雲らしい八雲じみた姿のいい雲が。晴れ間ものぞいて天候は回復しましたが強風で湖水が波だっており、残念ながら愛でるに値するものではありませんでした。

 動画撮影はお約束です。湖より空を景色の主役に据えたい感じです。……あ、変な音楽が流れていますがこれは個室内で鳴らしていたもので、BGMではありません。まあ心臓の弱い方は(ry。





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 そして09:58、終点の出雲市到着であります。晴れてはいるのですが大きな雲も点在していて、ホームに出ると粉雪が舞っていたりしていて油断がなりません。観るべきものをサクサクと観て早々に松江へ移動すべきだなと思いました。

 「サンライズ出雲」はやはり快適でした。「トワイライトエクスプレス」や「北斗星」とは異なりビジネスホテル風味とはいえ、車窓の風景が十分旅情をかき立ててくれます。

 大満足。





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 いま岡山駅です(06:30)。お早うございます。m(__)m

 「サンライズ出雲」はここで高松へ行く「サンライズ瀬戸」を切り離すため6分停車します。

 その切り離し作業を見物しにホームへ出て行った人もいるようですが、私に入っている「鉄ちゃん」は車両関係には関心がないのでスルー。

 それよりも、岡山駅も構内で「ワイヤレスゲート」が使えるのでブログ更新を試みましたが、ホームであるせいか十分に受信できず企ては失敗。

 「dongze」さんから頂いたコメントは読むことができました。







 ▲「サンライズ出雲」の一人用B個室「シングル」は思った以上にスペースがあり、御覧のように二一式一三型(私の愛機マクブクプロ13インチ)で仕事をするにも十分な空間があり快適そのもの。電源もあるので前回乗車したA個室の「シングルDX」が無駄に贅沢に思えてしまいます。この個室はオススメです。

 ちなみにここ岡山では雪が降っていません。ていうか晴れてます。倉敷では何という見事な朝焼けを拝むことすらできました。ダイヤの乱れに備えて携帯口糧を多めに持参してきたのでちとガカーリ。orz

 これから山間部に切れ込んで行く伯備線に入るので、中国山脈の分水嶺あたりからの天候に期待w。

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 伯備線に入りました(07:20)。山間に分け入って行くと、待ち望んでいた雪景がついに出現。ただし雪は降っておらず、空はきれいに晴れています。









 まあ雪景というよりも「少し雪が降った跡」という感じで物足りません。山には雪が積もっていませんし、空は冴え冴えと晴れていますし。

 「サンライズ出雲」の「シングル」で快適かつマターリ過ごしている私にとっては、車中ではダイヤが乱れるほどじゃんじゃん雪が降って、終点・出雲市に着いたら晴れていた、というのが理想的な展開なのですけど(笑)。

 でもまあ、一面の銀世界というよりはこういう程よい積雪の風景の方が味わい深くていいかも知れません。

 それにしても、「サンライズ出雲」の「シングル」の居住性はその行程の長さにちょうど見合っていて良いです。

 22時発ですから東京を発車したらほどなく就寝。起きれば伯備線の絶景が続く渓流風景。そして松江を過ぎれば宍道湖ビューがあります。食堂車や車内販売などは一切なし(飲料の自販機はあり)。これが22時間も乗る「トワイライトエクスプレス」だと退屈することになるのでしょうけど、「サンライズ出雲」ですと出雲市09:58着ですから、飽きてくる前に終点に到着。……といった具合です。

 しかも、A個室の「シングルDX」だと広々としたデスクとゆったりしたチェアがありますからついそちらに座ってしまうのですが、「シングル」は寝台だけなので胡座をかいてマターリと眺望を楽しめるのも悪くありません。今回は特に雪景ですので、「シングル」の旅を堪能することができました。


「下」に続く)





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 いま東京駅近くの「ルノアール」におります。東京22:00発の「サンライズ出雲」に備えて待機中。

 ここは私が加入している月額380円で使いたい放題の無線LANサービス「ワイヤレスゲート」が利用できるうえ、頼めばコンセントに近い席に案内してくれるので非常にありがたいです。アイスコーヒーは510円しますけどメンバーズカードで1割引(@盗聴Edy)なのです。

 自宅でマターリしていてもいいのですけど、準備を全て済ませてしまうとやはり落ち着かなくなり、早めに出てきてしまいました。うずうず。

 私の場合、東京を離れるときは一連の手続きが必要です。

 まず靖国神社に「離京します報告」のあと、遊就館茶室で零戦&海軍珈琲で一服。これは一昨日に済ませました。

 あとは門出を祝すための儀式を生活圏内で執り行います(歩くのが好きなので徒歩圏=生活圏はカナーリ広いのですが)。

 まずは私が独断と偏見によって日本で一番美味いと信じ込んでいる「満天らーめん」で満天チャーシューメンと餃子を存分に賞味してから、「初音」のみつまめで締め。

 「満天らーめん」も「初音」も私にとっては二週間に一度通う贅沢処なのですが、旅行に出るときは吉例によって制限が外れます。午前中に発つ場合は前日にやってしまいまいすけど、今日は夜汽車なので当日に、おごそかに。

 あ、この季節になると首筋に寒気めいたものを感じて「何やら風邪を引きそうな」と思ったときも、特例として「初音」に駆け込んでお汁粉を頂きます。女将さんによると頭がよく回るようになるのでお汁粉は一仕事と取っ組み合う前に活を入れるべく食するのが一番だそうですが。

 飲んだり食べたりはここまでで、最後に荷造りと身支度を整えたあと、車中食のため「宇田川」でカツサンドをテイクアウトしてきます。

 これを持って家に戻るのが至福のひとときでして、古めかしい柄ながら堅牢な紙袋の底に歩きつつ手を当ててみると、揚げたてのカツサンドの包みの熱が伝わってきて気持ちがホクホク。同時に「旅に出るんだ」という実感がじわじわと湧いてきて心が浮き立ちます。

 ……いずれも私にとっては古式。20世紀最後の2年ばかりを香港企業~台湾企業の東京駐在員として過ごしていた時分、出張で大阪や台湾に行く際にやっていたものです。台湾へ飛ぶときはカツサンドを食してから機内食を平らげておりました。

 その後、台湾勤務を経て再び帰国してからは「東京から離れるな」という仕事になってしまったので、この「しきたり」は久しく絶えていたのですが、病気療養→転地療養(=旅仕事w)となるに至ってめでたく復活。災い転じて……とは正にこのこと、かも知れません。

 いまテーブルに載っけているカツサンドの紙袋に手を当ててみました。まだ少し温かいです。じわじわ。

 このカツサンドは「冷めてからが美味い」(@店主)のが売りなので、「サンライズ出雲」に乗車して一服してからがちょうど食べごろ。

 地名でいえば熱海あたりでしょうか。楽しみで楽しみで仕方ありません。

  ――――







 河岸を変えました。いま「銀の鈴」とかいう場所にいます。ここでも使えるワイヤレスゲヱト。

 とはいえ些か時を過ごしたようです。現在「サンライズ出雲」入線15分前。

 そろそろ9番ホームに上がります。

 それでは、また。

 ……あ、書き忘れました。私の宿泊先は下記の通り。

 ●松江ニューアーバンホテル

 リンク先に飛ぶとライブカメラで宍道湖をたっぷりと眺められます。お試しあれ。

 以上。





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▲写真は記事の内容と大いに関係があります。



 再びっていうか箱根から数えて三度目ですね。今度は島根県・松江市へ行くことになりました。

 正確には「なりました」のではなく自分で企画を上げて通ったものです。前回の「修学旅行」において、次の寝台特急までの時間調整で二泊した松江を私はすっかり気に入ってしまい、再訪を誓っておりました。めでたくそれが実現する運びとなった次第。

 「豪華寝台特急の乗車体験ルポ」3本(「サンライズ出雲」「トワイライトエクスプレス」「北斗星」)を一気にやってしまった「修学旅行」の途中、香港の編集部との連絡を重ねるうちに、私にも「要領」というべきものがわかってきました。

 香港人の日本観光といえば、宿と交通機関にはこだわらず、食事も一点豪華主義程度に済ませて、ただただ観光スポットを見られるだけ見て回るという強行軍がセオリー。……ですから、「トワイライトエクスプレス」の一人用B個室「シングルツイン」に揺られながら、

(香港人がこんな旅行するかJK。大体寝台券を押さえられねーだろ)

 と考えつつ北海道まで行ったのですが、どうやら編集部の意図は、

 (1)型通りの日本観光には飽きているリピーター狙い。
 (2)どーだお前らにこんな旅できるか(プゲラ)。

 ……といったところにあるのだと理解するに至りました。(2)に関しては同業他誌へのライバル意識も絡んでいるようです。ともあれ、そう悟った時点で私は良質な外注ライターへと変じました(笑)。

 ――――

 そういうことなら松江もアリだろ、ということで札幌滞在中にパパパッと企画書を仕上げて画像を添付し編集部に送りました。レイクビュー&サンセット&眺望豊かな温泉大浴場&屋形船での堀川めぐり&お城と武家屋敷そして何よりも豊富で美味なる海の幸。

 しかも、地味(笑)。秘境というほどではなくとも穴場とはいえます。

 さらに、こじんまりとした街ですから観光スポットの大半は徒歩で回れます。「通」が二泊三日で楽しむには恰好の場所ではないかと。一応現地滞在中にあちこちで話を聴いたら香港人はほとんど来ないとのこと(定期航路がある関係でロシア人が意外に多いそうです。あとは朝鮮人)。

 どうだ!……とアピールしたら果然すんなりとOKが出たので即座に宿と切符を確保しました(笑)。

 ただ、多少の齟齬をきたしました。「鉄ちゃん」が多少入っている私の立てたプランでは当然ながら東京から「サンライズ出雲」の二人用B個室(サンライズツイン)で現地入り。しかし編集部の要望は香港から直接関空へと飛ぶコースにしてほしいというのです。

 少しばかり揉めたものの、交通費のうち新幹線(東京ー岡山)と在来線特急「やくも」(岡山ー松江)分を経費として捻出する、大阪ー米子間は画像を使わず資料と文字稿で処理する、ということで話がまとまりました。

 私自身は「サンライズ出雲」の一人用B個室(シングル)を利用することになるのですが、実はそれでもアシは出ないというか余得があるかもという線なので、もちろんモーマンタイであります。

 この他に二泊三日分の宿泊費と現地での交通費と食費、そして原稿料。私は四泊するので自腹分が出てしまいますが、七珍料理は経費で食って、あとは平素の粗餐で済ますつもりなので余り痛くありません。それに主要スポットの写真は前回滞在時にあらかた撮影してあるので今回はユルいユルい。

 ――――

 他人の褌で相撲を取ることを覚えた私は「しめしめこれでマターリできるわい」とニンマリしていたところ、事態は思わぬ要因により急転直下。

 天候であります。毎日ネットで天気予報をチェックしていたら、私の組んだスケジュールだと滞在中はずっと雨、雨、雨。これはマズいぞと調整して出発日を3日遅らせてみたところ、雨からは免れましたが、今度は雪、雪、雪。

 松江での最終日以外は全て「雪」が絡む予報となっています。それもかなり降りそうな気配。

 でもまあ雪なら何とかなるだろ。デジカメ使うのも主に屋内だし(ホテル内、七珍料理、武家屋敷etc)。……と多寡をくくっていたのですが、どうでもいいことには機敏な編集部から電話が。

「御家人さん、松江ではずっと雪ですね!いやーありがたいです。旧正月(今年は2月14日~・長期休暇ゆえ観光シーズン)向けに絶好のネタになりますから、雪景、ぜひ雪景をお願いします!」

 この悪魔、であります。

 私が目論んでいた「ユルユルマターリ」は何やら崩壊しそうな悪寒。雪景といっても雪がじゃんじゃん降っているときでは画になりませんから、日中は毎日、機関全速即時待機で臨まねばなりません。私が今回の旅行で一番楽しみにしていた私用である神魂神社(出雲大社より古い!)への参詣すら実行できるかどうか、怪しくなってきてしまいました。

 ――――

 どうも事前の腹づもりとは裏腹に、行き当たりばったりの旅になりそうな気がします。

 そもそも今夜乗車する「サンライズ出雲」が大過なく終点・出雲市に着いてくれるのかどうかも大不安。今夜から明朝にかけての天候次第では、伯備線~山陰本線ですからダイヤが乱れるかも知れません。何たってつい昨日までは松江の明日の天気が「暴風雪」となっていましたからw(いまは「雪」に変わりましたけど)。

 まあ現地での初日となる明日は仕事とは関係なく出雲大社方面を観光する予定ですし、むしろ「『サンライズ出雲』6時間遅れ」くらいのトラブルに見舞われた方が楽しくなりそうなようでもあります(笑)。とりあえず出雲から松江に移動できればいい訳で。

 ともあれ寝台特急ルポと異なり、天気が絡むと先行き不透明。期待半分・不安半分の心持ちで行って参ります。





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 雌伏すること約半年。ようやくデモに参加できる身体にまで回復しました。

 むろん、N医師のOKをとりつけています。

 実は、前回紹介した「一日1万歩までならOK」というN医師と私のやり取りには後段があります。体力消費の制限緩和を受けた私が、

「……それじゃ、デモに参加してもいいですか?」

 と恐る恐る尋ねたところ、N医師はじーっと私の顔を見つめてから、

「あなたは毎朝、ひとりでデモ行進しているようなものじゃありませんか」(フリチベ戦闘服による「散歩」のこと)

 と言われてしまいました(笑)。ともあれこれでOKであります。

 ただし、条件は付けられました。

 ●張り切りすぎないこと。
 ●シュプレヒコールに大声で唱和しないこと。
 ●旗などの余計な荷物を持ったりしないこと。
 ●疲れたと思ったら即途中離脱すること。
 ●ブログに書く際には余計な調べごとをせず、旅日記のように淡々と書くこと。

 ……これならモーマンタイです。私は元来、デモ(日本国内限定)で張り切ったりするような性質ではなく、一兵卒として黙々と行程をこなして解散すればさっさと帰るクチですし、カメラを携帯しているので旗持ちは頼まれても断りますし、むろんコーラーに合わせて咆哮するような積極分子ではありません。

 そもそもデモなんざ、時間をやりくりしヒマをつくり出す、なんて無理までして出る必要などない。……と私個人は自らに規定しています。体調回復と中国観察の方が、私にとってはデモなどより何百万倍も大切です。

 そう考えながらも、止むに止まれぬ気持ちになって、機会があればつい参加してしまうのですけど。やっぱり仕様がお調子者なのでしょう(笑)。

 ――――





 ともあれ12月12日、「習近平来日抗議デモ」なるものが千代田区で開催されました。主催者は「ウイグル問題を考える会」という私の知らないところでしたが、協賛団体として、

 ●日本ウイグル協会
 ●台湾研究フォーラム
 ●南モンゴル応援クリルタイ
 ●チベット問題を考える会
 ●モンゴル自由連盟党
 ●チベット青年会議日本支援委員会
 ●日本チベット友好協会
 ●中国民主団結連盟

 といった諸団体が名を列ねていたので、ああいつもの顔ぶれだな、と安堵に似た気持ちで出かけました。

 当日は常盤橋公園に「13:30集合、14:00進発」とのこと。私はこの「集合~進発」までの30分が非常に苦手ですので14時直前に飛び込もうと考えていたのですが、歯医者が予想していたよりも早く終わってしまい、また集合場所近辺に時間をつぶす場所もなかったので、早々に着いてしまいました。orz

 何が「非常に苦手」かといえば、「開会式」めいた延々と続くリレートーク。小学生のころ、運動会といえば常に士気旺盛で臨んでいた私は、校長先生の話に始まって来賓挨拶が続くあの開会式を憎悪しておりました。まああれと似たようなものです。

 イリハム・マハムティさんの熱いスピーチだけは大好きなのですが、正直なところその他大勢からは創見に乏しい演説を長々と聴かされるので毎度辟易とします。

 私にとってはデモにおけるコールの確認と諸注意だけを聞けばそれで十分。これがウナギの寝床のように細長い渋谷の宮下公園なら奥の方に隠れて「やってらんねーな。早く出発しようぜ」と思いつつ喫煙者に徹するのですが、今回の常盤公園は実に狭い場所なので、それもできません。

 それでも積極分子にしてみれば、ああしたスピーチでも士気が高まるのかも知れません。私にしてみれば無味乾燥なリレートークにも、

「いいぞ!」
「その通り!」

 と、「ん~中村屋っ!」といった呈の合いの手が入ります(笑)。ついそう叫んでしまう心情が全く理解できないので、やはり「発奮せざる面々」&「黙々たる一兵卒」が私には似合いです。

 ――――







 何はともあれ日比谷公園まで歩いてきました。オサーンである私よりも年上にみえる50~60代年配の参加者がかなり多かったので意外に思いました。

 いつものことながら、活動家の方々が和太鼓をドンドコ打ち鳴らすような調子で悲憤慷慨する様子は眺めていて実に好ましい風景。縁の下の力持ちとしてデモを支えたスタッフの皆さんには心から「お疲れ様でした」と言いたくなりました。

 デモ参加者の数も予想していたよりずっと多かったです。2コ梯団、合計200名くらいはいたかも知れません。

 私と同様「やむにやまれぬ気持ち」にかられて参加した人もいれば、小沢訪中団とか、中国のゴリ押しに積極的に迎合して宮内庁の反対を押し切り掟破りを行った鳩山政権、といった余りにもわかりやすすぎる図式に怒りを覚えてデモ隊に加わった人も多かったと思います。

 唐突ですが、現状に照らせば日本はこのまま、堕ちるところまで堕ちていくでしょう。まだ後戻りできる地点で踏みとどまれるかどうかが、大袈裟にいえば国運の分かれ目です。

 そのときカギになるのは、もちろん国民の判断であり、日本人としての良識ということになります。地滑りのような勢いで鳩山政権を実現させた有権者が、手遅れにならない段階でその誤りに気付くことができるかどうか、それが全てです(私は、基本的には楽観論者です)。

 むろん、私は黙々たる一兵卒ながら、当事者のひとりとして現在の事態を坐視しているつもりはありません。浮世に背を向けたような格好で体調回復を最優先に日々を送っているのも、そのためであります。

 ――――

 ところで、常盤橋公園でも日比谷公園でも見知った顔を探したのですが、これという人には会いませんでした。個人的には久闊を叙したい方々がいたのですが、残念ながら見当たりません。「piyo」さんや「dongze」さんにもお会いできませんでした。

 ところが、私が一服つけている少し前を、見覚えのある物腰の人が通っていきました。大声を出すのも憚られたので普通に背中へ呼びかけてみましたが、反応がありません。

(やっぱり人違いかな。それとも俺が嫌われてるのかもw)

 と思いつつその人の行方を目で追っていくと、集団からちょっと離れたベンチに腰をかけて携帯をチェックしている風情。そこで思い切って近づいて「失礼ですが……」と声をかけたら、果たして遊就館茶室での突発OFFでお知り合いになることのできた「のと」さんです。デモに出るには「上京」する必要のある場所にお住まいなので、ちょっとビックリしました。

 それにしても思いかけずの再会と、色々お話することができて嬉しかったです。「修学旅行」で訪れた関西方面のことについて、あれこれ教えてもらいました。この過程で「のと」さん特有の好ましい雰囲気についてこれまで私が感じていた疑問のようなものも氷解して、なるほどと納得した次第。

 終わり良ければ全て良し、であります。デモも予想外に人数が集まりましたし、私も「散策」を兼ねてこの種のイベントへの復活を果たすこともできました。

 今後も機会があれば、「黙々たる一兵卒」に徹していく所存です。

 ついでながら、「発奮せざる面々」&「黙々たる一兵卒」が多数加わり、むしろデモ隊の主流を占めるようでなければ、デモなんざ所詮は「打飛機」(広東語)に過ぎない、ということを指摘しておきます。





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 「修学旅行」が終わって、先日、定期検診へ行ってきました。

 11泊12日の長旅をしたにもかかわらず、幸い経過は良好とのことです。とはいえ完治の望めない宿痾。要するに中国観察を本格再開できるような「小康状態」への回復を順調に続けているということでしょう。

 極めて遺憾なことながら、担当医は当ブログの読者です(笑)。もちろん中国情勢に特段の興味があるという訳ではなく、以前うっかりブログを書いていることを口にしてしまったら、当人がやったのかどうかはわかりませんが、名前でググられて発見されてしまいました。患者である「御家人観察」としてチェックしている模様。

 ……であるため、

「奈良で歩き過ぎたとはどういうことですか」

「小樽へ行く電車で爆睡するほど疲れていたというのはなぜですか」

 と今回もいくつか突っ込まれてしまいました。orz

 ――――

 ……あ、「医者」とか「主治医」とか「担当医」といった呼称にもクレームがつきました。私よりずっと年上で、温厚で、柔和な微笑をいつも口元にたたえているような人ですから、もちろん「ぞんざいな呼び方をするな」という意味ではありません。

「『医者』や『主治医』では何だかロボットのようなので、折角ならもう少し人間くさい呼び方にして下さい」

「では『N山先生』ということで」

「『先生』は嫌です。それから『山』も余計です」

「それじゃ、『N医師』ではどうですか?」

「ああ、そのくらいが丁度いい」

 ということで一件落着。

 ――――

 今回はそのN医師から、

「もう少し歩いても大丈夫でしょう。毎日1万歩を上限にして下さい」

 と、新たなお許しが。でも1万歩くらいなら今までもフツーに歩いているんだけど……と書くとまたN医師に突っ込まれてしまいますね。

「ウォーキングをしてもいいですか?」

 私は「墨堤徒歩行軍」を再開したくてウズウズしているのです。

「それはまだ時期尚早。もう少し我慢して下さい」

 と、そこまでの規制緩和には至りませんでした。

 ――――

 この日、帰路に靖国神社に立ち寄りました。帰京報告のようなものです。もちろん遊就館茶室で海軍カレー&海軍珈琲&零戦もたっぷりと楽しんできました。

 ……と、ここからが本題です。拙宅を出るとき快晴で気持ち良く冷え込んでいたので、

(今日なら、あるいは)

 と思って、カメラを持参することにしました。果たせるかな冒頭の画像の通り、見事な「まぼろし富士山」を拝むことができた次第。

 「まぼろし富士山」というのは配偶者と私の間だけで通じる固有名詞のようなもので、靖国神社の大鳥居の脇にある田安門の交差点、その歩道橋の上から市ヶ谷方面を望んだときに、靖国通りの向こうに夕闇を背景に浮かび上がる富士山のことです。

 このビューポイントは以前にも紹介したことがありますが、「幻」たる所以の第一は期間限定であること。秋から春にかけての時期で、湿度が低く快晴のときのみ鮮やかなシルエットを見ることができます。

 見える時間もかなり限られます。今時分ですと、16時頃に行っても暮色に染まり出した空があるばかりで、富士山は影も形もありません。そこで遊就館茶室で30分ばかり時間をつぶしてから再び赴くと、ようやく「まぼろし富士山」に会えるのです。

 しかしながら、17時を過ぎるともう暗くなってシルエットの鮮度も失われますから、観賞時間は30分から1時間弱くらいではないかと思います。「幻」なのです。

 ――――





 「まぼろし」を冠せしめた第二点は、いうまでもなくその姿があまりに幻想的であることによります。

 恐らく早朝にこの場所へ行くと、冠雪したすがすがしい山容に接することができるかも知れません。それはそれで良いのですが、私はやはり夕刻を推します。

 街が暮れていく時間帯にあのシルエットを見せつけられると、東京も富士山に見守られているんだなあ、という気分になって、しみじみしてしまうのです。

 ……もっとも、あいにく私には飲酒の習慣がないので、「さあ一杯ひっかけて帰るか」ということにはなりません。

 でもまあ似たような心持ちで帰途に就きますから、つい日本橋人形町に寄り道して、晩飯代わりに天保八年創業という老舗甘味処のふんわりした「玉子ぞうに」を賞味したりしてしまいます。

(´々`)y━・~~~





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