中国では権力争いが表立って行われることは稀です。
「現指導部を率いる胡錦涛総書記を、先代の江沢民党軍事委主席が面白く思っていない」
「江沢民は隙あらば胡錦涛を失脚させて、自分の腹心を後釜に据えたいらしい」
「いやそのために江沢民は胡錦涛の足を引っ張る動きばかりしている」
……などと香港の政論誌などは実に刺激的に書き立てますが、野次馬である私たちに真偽のほどは全くわかりません。
ただ、感情からすれば江沢民が胡錦涛を面白く思っていないのは自然なことのように思います。胡錦涛は改革・開放政策の父ともいえるトウ小平が直々に大抜擢したうえ、当時党トップのポストである総書記だった江沢民の後継者とすることまで指示しました。
トウ小平の死後、その遺言に沿って骨灰をまく際に家族以外で唯一立ち会ったのが胡錦涛と言われていることからも、故人との関係の尋常ならぬ緊密さがうかがえます。やはりトウ小平によって引き上げられ、総書記にしてもらった江沢民ではありますが、後継者を自分で決められないことには忸怩たる思いがあって当然でしょう。
香港誌風にいえば、江沢民は上海閥の親玉、胡錦涛は共青団人脈の系列ということで、二人の縁は濃くありません。江沢民にしてみれば、馴染みの薄い胡錦涛ではなく、上海閥の中からお気に入りの腹心を選んで自分の跡継ぎにしたいところでしょう。そのお気に入りというのが曽慶紅副首相だと言われています。
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それはともかく、日本にとって中国が異質の国であるのは、党のトップは総書記というのが実は建前にすぎず、軍権を握る者こそが最高実力者だということです。
ポストでいえば、党軍事委員会主席。かつてトウ小平もこの席に居座って院政を敷きましたし、いまは江沢民がその例に倣い、総書記の座こそ胡錦涛に譲ったものの、いまなお総書記時代以来の党軍事委主席の座だけは明け渡していません。つまり、中国の最高実力者は江沢民ということになります。
とはいえ、江沢民には毛沢東やトウ小平のようなカリスマ性がなく、また毛沢東やトウ小平のように軍を率いて実戦に臨んだこともありません。
要するに院政を敷けるほどの実力が江沢民にはなく、威令の及びにくい軍部の機嫌取りをしつつ、ちまちまと動いて胡錦涛の足を引っ張るぐらいが関の山ということです。
そのちまちまとした動きの中の重要なひとつが、反日分子を使って反日一辺倒のネット世論を形成させたり、尖閣諸島に船を出させたりすることではないか、と私は考えています。
そういう活動を実際にやっているのは民間有志による組織ですが、政府批判の文章をネット上で発表するだけで政治犯にされてしまうような国で、民間団体が新幹線導入反対のネット署名を集めたり尖閣諸島に船を出すといったような、現指導部の姿勢とは必ずしも一致しない大それた真似ができる筈がありません。
それができるのは、中国語でいう「後台」、つまりバックボーンがいるということです。それも現指導部も迂闊に手を出せないような、よほど強力な後ろ盾です。
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それが江沢民であろう、というのが私の見方ですが、もちろんこれは私の独創ではなく、プロのウォッチャーの中にもそう考えている人が少なくないように思います。特に尖閣問題については、強い関心を示している軍部も後ろ盾の一翼を担っていることでしょう。
要は反日をテコに現指導部を揺さぶるという訳です。反日教育は江沢民が総書記時代にスタートさせた虚構ですが、情報統制を敷いた中で十数年もそれを続ければ、虚構も染み渡って可燃度の高い反日感情が形成されます。15年前の天安門事件(六四)当時まだ幼かった若い世代には、虚構こそが真実となります。
例えば昨年の珠海における集団買春事件で、中国政府は反日世論に突き上げられるようにして日本人3名を国際手配しましたが、本来ならばそこまでやることはないでしょうし、胡錦涛にとっても本意ではなかったでしょう。
総書記就任当初から、胡錦涛の対日外交の基調はほとんど変わっていないように私には思えます。それは昨日書いた楊振亜・前駐日大使の談話の内容とほぼ一致するもので、
「過去のことは教訓ということで、まあお互い前向きにいこうよ。でも靖国参拝したら怒るよ。あと釣魚台(尖閣諸島)はウチのものだからね」
という線でとどまり、歴史問題をしつこく言い立てる江沢民時代よりは「反日度」がかなりレベルダウンしています。が、そうはさせじと反日を煽りに煽って、あわよくば指導部のミスを誘おうとするのが江沢民ではないかと思うのです。逆に、江沢民には精々その程度のことしかできない、ともいえるでしょう。
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有力な反日サイトをのぞくと、総本山的な「愛国者同盟網」を筆頭に、アジアカップの日本の試合を反日活動の好機と捉えていることがわかります。
「重慶の奴はスタジアムに行ってブーイングを頑張れ。釣魚台関連の横断幕忘れるな。他の地域の奴らは重慶のサポーターに声援を送るんだ」
との趣旨です。そうやって反日を煽る動きに対して、胡錦涛が自分の広報誌ともいえる『中国青年報』を使って何とか鎮静化させようとしている。昨日の文末でふれた
「江沢民がたきつけた火を、胡錦涛が必死に消して回っているようでもある」
というのは、つまりそういうことなのです。
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