いや、私がそう思っているだけで、東京三菱UFJ銀行側がそう言っている訳ではありません。念のため。
同銀行深セン支店で日本人上司が中国人従業員を平手打ちした、というのが事件の発端。平手打ちしたことはどうやら事実のようですが、その後の中国人従業員の対応、中国側の素早い報道と報道を受けたネット世論の反応などにより、事態が現実の数歩先を一人歩きしているような観を呈してきました。
ちょっと先の読めない展開です。これでまた2005年春のような「反日騒動」の火の手が上がるとは考えにくいのですが、中国当局に付け込むスキを与えてしまった、とはいえるように思います。
日本側も報道していますので、事件の流れを確認しておくために、やや長くなりますが一応引用しておきます。
●「日本人上司が暴行」50人スト 深センの邦銀支店 地元紙報道(Yahoo!/産經新聞 2007/07/29/11:15)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070729-00000903-san-int
【北京=矢板明夫】中国の広東省深セン市で27日、日系銀行の日本人上司が中国人部下を殴り、同銀行の中国人従業員約50人が抗議のストライキに突入したと、28日付の地元紙「南方都市報」(電子版)が伝えた。報道を受けて、インターネットの各掲示板には「日本非難」の書き込み数千件が殺到している。
同紙によると、27日午後8時ごろ、東京三菱UFJ銀行深セン支店で、人間関係のもつれから、ある中国人従業員が日本人課長にいきなり右頬に平手打ちを受けたという。席に戻った従業員の説明を聞いたほかの中国人スタッフ約50人は「職場に安全感がない」などとして、一斉にストライキに入り、連名で銀行側に対し「中国担当の幹部の公開謝罪や、当事者の中国からの転勤」などを求める書面を提出した。同課長は同従業員に謝罪をしたが、受け入れられなかったという。
ネットに寄せられた書き込みは、ほとんど同銀行スタッフのストを支持するもの。「日本企業を中国から追い出すべき」といった主張や、「日本系金融機関を利用しない運動」を呼びかける過激な意見が多い。
中国では2005年1月、上海カネボウ化粧品で、化粧品の店頭販売を担当する全国の女性従業員数百人が、日本人幹部の言動を「人権侵害」などと主張し一斉に出勤を拒否した事件があった。日系企業の上司と中国人部下のトラブルはたびたび「辱華(中国を侮辱した)事件」として受け止められ、国民の反日感情の高ぶらせる原因となっている。
三菱東京UFJ広報部の話「報道されたという事実は把握している。何らかのトラブルから、平手打ちの暴力を振るったことも事実。しかし、ストライキに突入したという事実はない。事実関係の詳細を把握したうえで、しかるべき対応を取りたい」
●邦銀深セン支店の日本人上司が中国従業員を殴打(サーチナ 2007/07/29/19:12)
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2007&d=0729&f=national_0729_001.shtml
27日午後8時ごろ、東京三菱UFJ銀行深セン支店で、日本人課長が中国人従業員を平手打ちした。すぐに日本人課長はこの従業員に謝罪したが、同行の中国人従業員50人あまりが一斉にストライキに入った。中国人従業員たちは「中国スタッフ全員の心の声」という声明文に全員が署名、東京三菱UFJ銀行の中国総本部に対して公開謝罪を要求。また、平手打ちした日本人スタッフには全従業員の前で事情を説明し、書面で謝罪の上、辞職するよう求めた。中国新聞社が伝えた。
本件に関しては情報が錯綜しており、中国現地のインターネット上でも様々な書き込みが行われている。中国現地の報道によれば、東京三菱UFJ銀行の日本本社は担当スタッフを広東省深セン市に派遣、事件解決を図るという。
●日本人課長、部下を平手打ち 中国で抗議騒動(asahi.com 2007/07/30/00:41)
http://www.asahi.com/international/update/0730/TKY200707290327.html
中国・広東省にある三菱東京UFJ銀行の現地法人支店で27日、日本人課長が部下の中国人従業員を平手打ちし、中国人の同僚ら50人が課長の辞任や謝罪を求めて抗議する騒ぎがあった。
28日付の地元紙「南方都市報」によると、27日夜、同支店の25歳の男性中国人従業員がオフィスで上司の日本人課長に品物を届けようとした際、右のほおを平手打ちされた。課長はその後、「機嫌が悪かった」などと謝罪したが従業員は受け入れず、中国人の同僚約50人が抗議。署名を集め、謝罪や殴った課長の辞任を求めた。
三菱東京UFJ銀行広報部は「日本人行員が中国人行員を平手打ちしたのは事実で極めて遺憾。概要を調査した上でしかるべき対応を取りたい」としている。
元ネタは広東省の地元紙で権力に屈しない社会派報道で鳴らしている『南方都市報』です。報道者が『南方都市報』であることが、ことさらに報道内容の信憑性を高めている気がしないでもありません。一方で「小日本」ネタなら確実に部数が伸びるという判断が編集サイドにあったような気が……まあいいや。その元ネタはこちらです。
●日本人上司が中国人従業員を平手打ち 同僚50名がスト突入で抗議行動(新浪網 2007/07/28/04:44)
http://news.sina.com.cn/s/l/2007-07-28/044413543794.shtml
私の感想。中国というアウェーで、しかも中国人従業員を多く抱えている職場で、日本人が先に手を出してはいけません。この点において当の日本人上司はどういう心境で行為に及んだかはわかりませんが、ともあれ禁忌を破り、地雷を踏んでしまったことになります。
行きたくもない中国なんぞに飛ばされて、言葉もロクに通じない環境でストレスが蓄積されていたのかも知れませんけど、先に手を出したのは何ともマズかったように思います。日本の会社だって部下を平手打ちにするなんてこと、まずないでしょう?
ただ、その事件に対する中国人従業員の反応、何やら団結して文書までこしらえて中国総本部に謝罪を要求するとかこの日本人上司を辞任させろという姿勢には素朴な怒りを覚えます。言葉にすればタイトルのように、
「テメーら畜生のくせに生意気言ってるんじゃねえ!中国総本部に公開謝罪を要求だと?つけ上がりやがって分際をわきまえろこの糞支那畜が!」
となります。これが私の偽らざる本音。
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この事件を報じた香港紙『明報』(2007/07/29)の書き出しは、
「深センで日本人上司が中国人従業員を平手打ちにするという『辱華』事件が発生した」
ですよ。何ですか「辱華」ってのは。「中国・中国人を侮辱する行為」って意味でしょうが。香港ではインテリに人気のある新聞とされる『明報』がこれですから何をかいわんやです。
香港人の民度も中国本土より半世紀程度進んでいるとはいえ、靖国神社や尖閣諸島、歴史教科書などこと日本に対するネガティブな報道となるとこの調子。私などは、有毒食品を輸出したり海賊版を量産しておいて居直ったりする中国当局、また日本など外国で犯罪を繰り返す中国人こそ「辱華」だと思いますけどね。
●『明報』(2007/07/29)
http://www.mingpaonews.com/20070729/ccb1.htm
第二次大戦中に日本軍によって占領統治されたという恨みよりも、日本関連については中共史観を鵜呑みにしていて、いまは香港型愛国主義教育の「国情教育」によってそれが増幅されているのかも知れません。……いや、増幅されているのは「反日」ではなく根拠のない「中華」意識というべきなのかも。
しつこくなりますがいつものやつを。要するに漢民族の病気、その発作が起きたといったところです。……とは、
●「中華」を自認してはばからぬ、もんのすごーく高いプライド。
●でも19世紀以降列強諸国に蹂躙されたうえ、見下していたあの「小日本」にもやられた、というもんのすごーく強いトラウマ。
という2種類の、医学(心療内科)が扱うべき深刻な症状が一人格・一民族(漢族)に同居しているという厄介なものです。ビョーキではなく真性の病気。当の漢族がそれを自覚しているのかは知りませんが、今回もその痛点を刺激されて騒動めいたものに発展した、ということのように思います。
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『南方都市報』の報道によるとこの日本人上司はほどなく平手打ちにした中国人従業員・徐氏に謝罪しています。ところが徐氏はそれを受け付けませんでした。衆目の面前でビンタされたことで「面子をいたく傷つけられた」ということでしょうか。この日本人上司は以前から徐氏に対して態度が悪く、以前にも仕事上のことでトラブルがあったりしたそうです。
「徐氏は反撃することも、口で言い返すこともしなかった」
「徐氏は温厚な、頼りがいのある同僚だった」
といった中国人従業員のコメントも『南方都市報』は拾っています。
「この上司は以前からローカルスタッフを見下していた」
「ビンタしたとき、他の日本人従業員が徐氏に『彼はお前のボスなんだから、ビンタして当然なんだよ』と言った」
……とも。まあ以前からローカルを見下していたかどうかは現場にいない私にはわかりません。ただこういう情景描写で「日本人=悪人・横暴/中国人=善人・弱者」といった非常にステロタイプな光景を読者に印象づける仕掛けになっています。
速報も特徴のひとつです。『南方都市報』によると、事件が起きたのが7月27日の午後8時ごろ。その後記者が徐氏その他中国人従業員に取材して翌朝の紙面に記事を掲載しています。ネット上では28日未明から早くも転載する形で報道。
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ネット世論の反応はいつもの「反日」基調の書き込みが主流ながら、
●この徐って奴は何でやり返さないんだ。どうせ失業するのが怖かったんだろう?
●なぜ警察を呼ばないのか?
●外資企業の経営者は大変だな。ビンタ一回で謝らなきゃならないんだから。これが中国人社長だったらどーよ。10回殴ったって謝らないぜ。抗議に立ち上がる同僚もいないだろうし。外国人社長は中国人よりずっといいな。
●中国メディアの報道はちょっと信用できないな。果てさて本当のことなのかどうか……。
●もし俺だったら黙っちゃいない。生活のために人格も尊厳も捨てるというのはゴミだ。
●ひとつの不文律、そこには理非も原則も道徳もなく、人を死に至らしめるかもしれない不文律!ただただ奴隷に甘んじ、唯々諾々、小心翼々、何はともあれ上には盲従、さもなくば職を失う……これは中国社会のひとつの縮図でもある。
……といった、やられて黙っていた徐氏を非難する声や、冷めた見方も散見されました。こうした掲示板での発言、所詮は他人事ですから言いたい放題になるものですけど、見ようによっては中国社会の現状に対する絶望感めいた心情を吐露する声もあったことは留意しておくべきだと思います。
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さて、三菱東京UFJ広報部が、
「報道されたという事実は把握している。何らかのトラブルから、平手打ちの暴力を振るったことも事実」
としてはいますが、経緯は調査中とのこと。中国でのブランドイメージに響きかねないので東京の本社も中国総本部も泡を食っていることでしょう。対応が注目されるところです。
一方の中国人従業員たちは「中国スタッフ全員の心の声」という声明文に全員が署名。ゴネています。それ以外の何物でもないでしょう。『南方都市報』の報道でも平手打ちに及んだ日本人上司は徐氏に謝罪しているとされているのに被害者はそれを受け付けず、この上司に従業員全員の前で事件の経緯について説明し、被害者には書面で謝罪し引責辞任することを求めています。文化大革命ですかこれは?
さらにこの声明文によれば、東京三菱UFJ銀行の中国総本部に対し加害者を代表して公開謝罪するよう要求。また、平手打ちした日本人スタッフは今後中国国内では勤務させないよう保証せよとも求めています。どうして中国総本部まで引っ張り出さなければならないのか。言語道断です。
つけ上がるんじゃねーこの糞支那畜が、実力もないくせにプライドばかりは一人前てなぁどういう了見だ(怒)。……とは私の香港における仕事経験に基づいての感想です。もちろん今回のケースに当てはまるかどうかはわかりません。
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ところでこの声明文の中に興味深い一節があります。
「同社内に良好な制度を構築し、中国人従業員の人格と尊厳を尊重すること」
という部分です。ここは民族的病弊の発露ではありませんね。中国共産党のニオイがプンプンします。これまたタイミングのいいことに、中国に進出した米国系スーパー「ウォールマート」の一支店に「工会」(労働組合)が設立されて一周年、という記事が出たところです。
●「新華網」(2007/07/29/08:40)
http://news.xinhuanet.com/2007-07/29/content_6444940.htm
この記事によると、「工会」の設立は「和諧」(調和)と「ウィン・ウィン」への第一歩だそうです。ガハハハハ。「工会」ができたら次は中国共産党委員会が設置されたりして。いずれも企業のためになるのかどうかは現地在住の方からのコメントを待ちたいところです。
ともあれ今回の事件、騒ぎが大きくなれば地元当局がまず介入してくるでしょう。例によって中共語を翻訳するとすれば、「調停」という名のもとにあれやこれやを日本企業側に押しつけてくる可能性があります。
ただ胡錦涛政権の対日融和路線や安倍首相の留任、また事件がいわゆる歴史問題などとは無縁で、下手をすれば中国企業にも飛び火する恐れがあることから、騒ぎを大きくしない方向に当局が動くかも知れません。
そもそも党大会を控えた時期ですから、反日騒動再燃、という方向へと発展するかは甚だ疑問です。これはネット世論の反応から得た感触でもあります。ただ中国当局が今回の事件を奇貨として、外資企業への労組設置に積極的になる可能性はあります。ま、荒れるのならとことん荒れてほしいのですけど(笑)。
ともあれ、続報待ちということで。