日々是チナヲチ。
素人による中国観察。web上で集めたニュースに出鱈目な解釈を加えます。「中国は、ちょっとオシャレな北朝鮮 」(・∀・)





 ちょっとした患い事になってしまい、病院に数日間、泊まる破目になってしまいました。

 そのあと大人しく自宅療養。

 いまは、もう大丈夫。……とは、まだいえないコンディションです。それにこの一週間ばかり、「新華網」はじめ中国・香港・台湾メディアには御無沙汰しております。中国関連の情報はテレビのニュースで観たくらいなので、まずはリハビリテーション。ブランクを埋めなければヲチに入れません。

 幸いこの一週間ばかり、中国情勢に大きな変化はみられないようで。

 ただ種がまかれつつある印象はあります。被災者や、学校瞬時倒壊で子供を失った遺族の怒りのボルテージは上昇中のようですし、地震でできた土砂ダム決壊の危険、情報開示の少ない「核」への疑惑、疫病の流行懸念。

 むしろ地震とは直接関係のない問題の方が深刻かも知れません。穀物や食品油などの輸入関税を引き下げることになったようですね。

 自衛隊機の派遣云々は胡錦涛サイドがいくらなんでも調子に乗り過ぎた。……のか、チベット問題勃発以来、今年は常に「煽り役」に徹している『環球時報』あたりが日本側の報道を目ざとく拾い上げて、それが大手ボータルなどに転載されて騒ぎになったのか。

 きのう「網易」をのぞいてみたら掲示板は糞青(自称愛国者の反日信者)テイストぱかり。

「中国の土地を、軍靴を履いた日本人に断じて踏ませてはならない」

 ……てな感じでしたが、さきの胡錦涛来日における日中両国の合意事項のひとつに、「日本海軍の軍艦」(海上自衛隊の艦艇)が6月中に、日の丸と軍艦旗(自衛隊旗)を翻して中国に親善訪問の答礼にやって来るということを、みんな知らないのでしょうか。

 ともあれ掲示板を埋め尽くした糞青発言が一向に削除されないところをみると、そうした書き込みを放任させておけるだけの政治勢力がある、ということはいえるでしょう。胡錦涛にとって好ましい雰囲気だとは、ちょっと思えません。

 日本の救援・医療チームへのくどくどしい讃歌、その狙いのひとつには、この海自艦艇の訪中を前にした世論誘導、ムードづくりという側面があったと思うのですが、ネット世論の硬化の具合によっては、今後の展開が読みにくくなってきます。

 胡錦涛はここでもう一発花火を打ち上げておかないと、「日本軍アレルギー」を交えたままの微妙な空気の中で「日本海軍」の親善訪問を迎えることになります。恰好のネタがあるかどうかは不明ですが、ちょっとリスキー。

 ――――

 まあ例によって、のんびりと身体を慣らしていくつもりです。「中国」から強制隔離された一週間は、内心忸怩たるものが……と思いきや、意外にものんびりとした気分に浸ることができました。

 「道楽」「心気を休めんがため」ということで当ブログをやっているつもりなのですが、今年は年頭から休みなしの大ネタ続きで、ついオーバーペースになっていたのかも知れません。

 それでもやはり心残りなのは、25日の日曜日に渋谷へ行けなかったことです。けしからん。実にけしからん。


★★★5月25日 けしからんフリーチベットコレクション in 渋谷★★★








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「上」の続き)


 ●御家人(2008/05/23/22:18送信)


 Aさん:

 御家人です。今回は何だか無理にレポートを御願いしてしまったようで申し訳ありません(笑)。

 現在のAさんの周囲の環境を紹介して頂いて、安堵しつつもちょっと驚いたというか、何やら拍子抜けといった感想を抱いてしまいました。あまりにマターリしすぎていますから(笑)。「怖い」と言いつつもどこか非日常的な事態を楽しむというか、何となくお祭り気分というか、そんな印象です。少なくともピリピリしてはいないようですね。

 小学生のとき、台風の接近で授業が午前で切り上げとなり、給食のパンだけ持たされて、グループごとに教師に引率されて下校したことがあります。私は今回、ついそんなことを思い出してしまいました。以前頂いたルポに、大学構内に無料電話コーナーが設置されたという記述がありましたね。地元の大学でもありますし、もちろん親族が被災した学生もいるのでしょうけど、バスケットコートで露営する学生について、Aさんの描写からはそういう悲壮感は感じられません。

 お馴染みrengeさん御手製の被災地マップによると、成都市だけで死者4179名・負傷者21703名が出ています。要するに死傷者2万5000名以上ということになりますが、成都市は広いですから郊外で被害が出ているのでしょうか。

 日本の報道によると震源地方面の重傷者はまず成都市の病院に搬送されるとのこと。日本の医療チームも市内の病院で活動しています。郊外に被災者のための住宅なども建設され、すでに入居者がいて、医師なども常駐しているようです。報道だけに接していると、あたかも成都が野戦病院のメッカとなったような印象を受けるのですが、ガラスが割れる程度の被害だったためか、Aさんの大学内では緊張した空気がないようですね。

 もっとも添付して頂いた伊勢丹の写真などをみても、壁に貼り付けてあるスローガンがどこかよそよそしく、他人事といった印象です(写真のキャプションは私が勝手につけてしまいましたが、問題があれば訂正します)。市中心部では大きな被害がなかったので基本的に落ち着いているということでしょうか。それでもAさんの接した余震予報?で成都から逃げ出すべく駅に市民が殺到して大混乱したり、市内で「加油中国!」(頑張れ中国!)を呼号しつつ練り歩くデモめいた昂揚した一団がいたようです。

 また、ネットで日本メディアの報道に接しているAさんは御存知かも知れませんけど、テントなど救援物資の横流しや転売、義援金の横領といった疑惑、まあ中国における日常茶飯事なのですが、これがそろそろ出始めているようです。便乗犯もいて、都江堰で水餃子を法外な値段で売っていた業者が処罰されたとかなんとか。

 全体に、局面が救出モードから復旧モードへと切り替わりつつあるのを感じます。落ち着きを取り戻し始めたともいえますが、逆に冷静になったところで「おから工事」などの不条理や救助活動の遅れに改めて怒りが募り、被災者たちが当局を相手に剣呑な動きに出るといった可能性もあるのではないかと私は思います。今回の自身の被災面積はだだっ広いので迅速な救助が行き渡らなかったことは仕方がないと思うのですが、当の被災者たちにはまた別の思いがあることでしょう。

 Aさん御指摘の通り、二次災害の問題も現実のものとなっていますね。北川の県城は「防疫」との名目で市民を全て避難させ、人民解放軍が封鎖しています。街は放棄されるそうです。それでも香港紙の記者が現地に潜入して、「私たちはここに残る」と頑張っている家族がいることを伝えていました。

 ――――

 中国国内メディアの報道について、ネット上での記事漁りと日本のテレビで流れる映像から私が受けた印象は「壮大なる茶番が行われている」というものでした。被災後間もなく「ネガティブな報道は控えろ」という指示が中央宣伝部を仕切っている李長春・党中央政治局常務委員から出ています。とはいえ「前向きな報道」、例えば温家宝の情味あふれる前線視察、救助隊の活躍ぶりや美談、英雄譚、お涙頂戴モノに徹しろ。……ということかといえば確かにその通りなのですが、それだけでは何かが欠けているような気がします。

 今回のルポを含めAさんから頂いた一連の現地報告を読み直して考えたのは、「誰のための報道なのか」ということです。いかに「前向きな報道」限定であっても、被災者や震災を見守る国民のため、という主題に沿ったものであればまだマシなのですが、今回はどうも違います。「民」を保護するというより「官」を守るため、よりあからさまにいえば「中共人」による一党独裁体制の維持・強化を念頭に置いたシフトではないか、というのが私の結論です。

 地震が起きたらどう行動すべきか、震災後の二次災害にはどういうものがあり、どう備えるべきか、普段から準備しておくべき防災策は何か、といったような実用的なQ&Aや豆知識よりも、専門家をゲストに招き、国民にとっては実際的ではない的外れな話をさせたり、また上述したような「前向きな報道」の数々も、さらには被災者の体験談紹介から義援金募集番組に至るまで、いずれも「国民の保護」という立場に拠っていないため、どこか上滑りして空々しく感じるのではないかと思います。

 最近、香港の最大手紙で反中的スタンスが最も強い『蘋果日報』や、インテリ好み?とされる『明報』などに興味深い評論が出てきています。3日間の「服喪期間」の初日である5月19日に、犠牲者を追悼するべく全国で半旗が掲げられ、黙祷が行われたことを、中国国内メディアには許されない角度からみつめ、積極的に評価する内容のものです。

 いわく、中国の歴史において、いや中華人民共和国に限っていっても、毛沢東のような国家指導者ではなく、民衆のために半旗が掲げられ黙祷が行われ、つまり国家が国民を追悼するということが過去にあっただろうか。今回の服喪期間は歴史的ともいえる前代未聞の事件。これは政府の進歩を示すもので、庶民派を掲げる「胡温体制」の体現といっていい。大きく評価すべきだ。……といった趣旨のものです。

 読んでいて「なるほどねえ」と私は思ったのですが、それも一瞬のこと。すぐに中国人に生まれて来なかった幸運を天に感謝しました。進歩かといえば確かに進歩なのかも知れませんが、これはいま現在の国際基準に照らしての評価ではなく、昔の中国との比較ですから、そういう比べ方をされても犠牲者は浮かばれないのではないかと。

 しかも今回の「服喪期間」は単なるセレモニーで制度改革のような構造的なものではありませんし、そもそも「服喪期間」そのものを「ハーフタイム」として後半戦への準備期間に使うという党中央の企図を私は感じています。半旗・黙祷で熱狂した国民も、あれは一体何に感動して涙を流し、「加油中国!」を叫び続けたのか。「中華民族はいかなる困難にも決して挫けることはない」といったような、抽象的な気分だったのではないかとつい思えてしまいます。

 それは、義援金募集で「寄付をしない奴は非国民」みたいな空気が支配的になっている怖さ、寄付金の少ない外資企業を晒しageる異常さ(しかも流言飛語が根拠だったりする)にも通じるものではないか、という印象です。結局のところ鉾先が変わっただけのようにも思います。

 「ダライ集団」「欧米諸国」「西側メディア」批判と「聖火を守れ」運動、そしてカルフールやCNNを血祭りに上げんとしたエネルギーが、いまは四川大震災、というより震災を奇貨として当局が打ち出した「加油中国!」路線へと単純に乗っかってしまったのではないでしょうか。

 ……ここまでは胡錦涛政権の思惑通りといえるかと思いますが、地震発生から10日が過ぎ、そろそろこのエネルギーも散らしにかからないと何が起きるかわからない、という懸念が当局側にはあることでしょう。「ハーフタイム」と私が表現している「服喪期間」の目的のひとつにはその準備をするということがあったかと思いますが、具体的にどういう措置が講じられるのかは興味深いところです。

 ――――

 対日感情について、日本チームによる救援活動が中国国民を感動させた云々という記事を中国国内メディアでも日本メディアでも目にします。実際に日本の救助隊が活動した現場では、中国側が見捨てた場所を錬度のより高い日本チームが助けにきてくれた、ということで感謝の気持ちが非常に強かったのではないかと思います。

 ちょっと意地悪な見方をすると、掘り出した遺体を前に日本チームが整列して黙祷を捧げたことが美談になっているのは、中国の救助隊がその面に関してぞんざいであることを思わせます。ただ修羅場である救助現場で、しかも生存者のいる可能性がある状況下では、遺体にいちいち黙祷している余裕などない、ということはあるでしょう。

 それはともかく、報道によると中国の対日感情がこれで大幅に改善されているとのこと。ただ中国全体でみると国営の新華通信がくどくどしく褒め上げてお膳立てしているという面があり(ロシアチームや韓国チームに対しては、かくも念入りではありません)、「加油中国!」ムードとの相乗効果となって、やや過剰な「日本ありがとう」ブームになっているのではないでしょうか。

 要するに上っ面だけのもので、これは胡錦涛訪日の延長線上に置いていいものだと思います。国民の間で親日度を高めることで、胡錦涛が日本で取り交わした約束事に対し、それを批判する政治勢力を押さえ込む、といった政略的な一面が強いのではないかと愚考する次第です。

 一方で、江沢民が十数年間行ってきた反日風味満点の愛国主義教育を改めようという、胡錦涛政権による以前からの動きともリンクしていることでしょう。「鬼畜米英」から「ぜいたくは敵だ」への衣替えです。中共政権にとっては「抗日戦争」がアイデンティティの重要な部分を占めていますから、日本からみれば「反日色」が消えることは絶対にありません。ただヒステリックで条件反射的な江沢民型の「反日」は建設的ではないし現実的でもない、という認識からシフトチェンジしたい、という思惑が胡錦涛にはあると思います。

 ただ前回のコメント欄で90さんが指摘されたように、反日感情の改善は年長者になるほど顕著であり、逆にいうと私のいう「亡国の世代」=「鬼畜米英」型の虚構で塗り固められた愛国主義教育を受けて育った江沢民チルドレンの世代に対しては大きな作用を及ぼしていません。虚構に拠った感情的な「反日信者」だけに、日本に対するイメージを容易に改められないでいるのでしょう。

 日本側の対中外交も薄っぺらい融和ムードに依存していますから、何かあれば中国ではまた「反日」気運が高まることになるだろうと私はみています。今回の「震災」熱が持続しているうちは、現地での接触で対日感情の好転を実感することはままあるでしょうが、これに安堵して変に胸襟を開いたりせず、基本的には表面的な事象にすぎないと考えておく方が賢明であり身のためかと思います。

 ――――

 私の方も例によって長文になってしまい申し訳ありません。Aさんの現地報告は報道とは毛色の違ったものであり、また独特な観察をなされていることから、当方としては啓発されることが非常に多く、感謝しております。

 ド長文もまた、色々と啓発された結果として頂ければ幸いです。m(__)m

 今後、成都を含む被災地周辺では被災者の不満や救援物資・義援金をめぐる不正の発覚などによって突発的な事態が発生する可能性があります。外出時にはくれぐれもお気をつけ下さい。





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5月21日、成都市内の伊勢丹の前にて。人出は普段より少ないのでしょうか?




5月19日、「ハーフタイム」たる服喪期間入りに伴う通知。バラエティなど娯楽系の番組は全て放送中止になる、とのこと。



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 何だか前回のエントリーで催促してしまったようで心苦しいのですけど、うれしいことに四川省成都市在住のAさんから最新ルポが届きました!Aさん、いつもいつも本当にありがとうございます。m(__)m

 今回も日本のメディアが伝えていない空気感満載の貴重な内容です。しかもAさんは地元の大学で日本語を教えているため大学構内に居住しており、贅沢をいわなければ生活が自己完結する(外に出る必要がない)という意味で一種の閉鎖的な空間である「大学」という環境独特の雰囲気も捉えています。

 メディアが伝える殺伐とした現地情報とはかなり毛色の違った、しかしこれもまた現地の一風景という意味で、非常に価値のあるレポートになっています。

 以下のルポ、今日(22日)の昼に頂いたものですが、私の方は生憎急ぎの単発仕事が飛び込んできてしまい、この時期にしては妙に忙しい時間を送る破目となってしまいました。おかげでまだAさんへの返信を書けないままなのですが、この種のルポは鮮度が命なのでまずはAさんの分をupし、私からのレスは後刻加筆することと致します。Aさん、申し訳ありません。m(__)m

 ちなみに「一衣帯水」という言葉、あくまでも私見ですが、日本語においても日中関係,特に日中友好を語る上での枕詞というか、常套句であるように思います。「狭い海ひとつ隔てただけの隣国」というニュアンスなのでしょう。

 私などは、その「狭い海」があったおかげで、地続きの朝鮮と違い日本は中国からの余計な毒素に染められることなく、このため独自の道を歩むことで中国語でいう「軟實力」(民度のようなもの)の強化に成功し、列強の喰い物にされた中国とは対照的に、明治維新→近代化そして第二次大戦後の急速な復興の素地を作ることができた。……と考えているのですけど(笑)。

 前置きが長くなってしまいました。それではタイムラグがややあるものの、四川省成都市のAさんと回線がつながっております(←これ、一度言ってみたかったw)。早速現地の様子などをリポートしてもらいましょう。Aさん、宜しくお願いします。



 ●Aさん(2008/05/22/12:22送信)


 御家人さん :

 こんにちは。Aです。昨日のエントリー拝見しました。例の余震の件など含め、こちらで感じた事などまたお伝えします。


 ■余震

 5月19日夜、地元テレビで、「今夜から明日朝にかけて強い余震の恐れあり」という情報が流れたそうです。22時ごろ、学生らがまたぞろぞろとグランドやら、屋外に寝具を持って移動するのを窓から見ました。私は何も聞いてなかったので、何事かと飛び出すと、そういう話が聞こえてきました。

 雰囲気からいえば、なんだかお祭りみたいな感じでした。大学側も遅くまでライトを照らしていて、その明かりでバスケットをしてる奴もいたし。全然避難って感じじゃなかったですね。話を聞いた学生は、「怖い」とはいってたものの、全体的にはにぎやかな感じでした。

 私は、まぁいいや、と結局部屋の中で寝たのですけど、実際余震が来たのかどうかはわかりません。来なかったのでは?と思いますし、そう言ってる知人が多いです。

 私たちの大学は、この余震の可能性もあって、今週も臨時休講となりました。これで2週間連続休講です。
 
 今の状況を話せば、昨日の夜から雨が降っていて、学生らは多くシートを準備するなどして、屋外生活にも慣れてきた様子です。あと気付いたんですけど、結構キャンプ用の「テント」を持ってる学生が多いみたいです。避難している様子は、先日お伝えしたとおりとあまり変わりなく、のんべんだらりと、また時間があればバスケットを、という感じです。

 余震は確実に減っています。ただ、時々忘れた頃にやってくるので、今後も警戒が必要かと思います。

 ただはっきり言って、今回の件、狼少年状態ですね、放送局は。ソースをはっきり見てるわけではないのですけど、地学を専攻した端くれとしていえば、余震を時間的にはっきり断定できるってのは、「はぁ?」と思っちゃいました。疑わしいです。「今後も引き続き警戒が必要」というのが日本だったら普通なんですけどね。
 
 今回の報道、なんだかふざけてるなーと思うこと仕切りです。前半は、温家宝の動向、後半は、100時間ぶりに救出、そういう映像を繰り返し流し、そんな中で思うのは、本当に必要な情報(二次災害を防ぐには、地震がおきたらどうする?)などといった基礎的情報があまり流されていない、あるいは、流すのが遅い/少ないと感じます。多少流れてはいるんですけど、量から言えば圧倒的に少ないですし、「流しましたからね」って程度に見えます。カゲキな音楽で、カゲキな演出で、今回の地震を伝えてる番組の方が圧倒的に多いですから。なにかのドラマか映画みたいな演出です。

 余談ながら、昨日本屋に行きましたら、「地震の手引き」みたいな冊子が無料で配られていました。日付を見るに、地震以後の発行となっています。こういうの、TVでもっと大々的に流さないと意味が無いと思うのですが・・・。

 お伝えしたかどうかわすれましたが、CCTVを見てると、現場からの生中継が全く無いことに気付きます。INTERNATIONALを中心に、ざっと見たのですけど、INTERNATIONALは特派員を派遣してるのに、現場からは全部「電話」ですからね。他のチャンネルの一部の番組で生中継を見かけたのですが、それも夜。

 そういう意味では、TVだけではないのですけど、この国って、公益的な意味で、確実な情報を広く伝えるって言う能力には欠けるし、興味は無いのだろうなと思いました。以前、成都双流空港で飛行機が遅延した事があり、そのときの客を誘導する遅さには参ったものでした。下手すると置いていかれるような状況ですし、スタッフでさえも今の状況を把握していないらしかったし。

 この辺は、数日前、産経新聞に慶応大学の教授の体験談が掲載されてましたけど、「危機管理能力」という意味では、ホントにオリンピック大丈夫?っていう感じがします。指揮系統、情報系等はばらばらでしょうし、スタッフもなにかあったら、「お客より私が!」でしょうね。

 あと、相変わらず緊張感ないですね。先日日本隊をはじめとする外国部隊をTVで見ましたら、きちっとした救助の格好をしてヘルメットを被ってましたけど、こちらの部隊は、一部ヘルメットを被っていますけども、ノーヘルの部隊を多く見かけます。あれだけ危険な地域で危険な作業するのに、それ?みたいな…。

 TVは殆どが地震速報ですけど、一部番組では、相変わらず日本軍云々らしきのドラマをやっていたり…。昨日まで喪に服す期間だったんですけど、その中で唯一普通っぽい番組をやってたのが「子どもチャンネル」だったんですが、それも、「水泳でおぼれないように」という、なんだか今じゃなくてもよくない?みたいな内容。節操無いっていうか、緊張感無いっていうか…。

 ですから、こういうと不謹慎かもしれませんが、今回の報道やなにかを見るたびに、どんどん地震自体への興味を失ってしまってます。当然、被災された方、なくなった方、今も瓦礫の下に居る方を気の毒に思いますけど、それより遥かに、膨張し誇張した情報、利用する政府、以前も書きましたけど、一つの方向には動いているのですけどその実中身が伴ってない中国人民を見るに、白けちゃってます。世紀の災害っていうわりにはこれかい?っていう…。


 ■日本隊の救助

 これ、結構中国人民には響いているようです。

 市内のある日本語学校の先生から聞いた話ですが、今まで「日本大嫌い」という子から、「私は日本と日本人に感謝したい」というような言葉を貰った、とか。それでこの先生、それでは、ということで、重慶の日本領事館に早速電話して伝えたところ、既に領事館にもそのような話がいくつか届いてる、という話でした。

 実際、ここのアパートの管理人からも、「日本が来たんだって~?」と声をかけられています。
 
 ただ私はこの件に関して懐疑的です。あまりにも手のひらの返しっぷりがすばやすぎるというか。彼らの根幹に、「反日」というのがあるはずなのに、と思ってしまいます。つまり、また彼らにとって不都合なことがあれば、すぐに手をひっくり返すだろうなと見ています。

 私がいやなのは、これが友好の象徴などと言うふうに使われる事です。私の友人(日本語教師)も、5月12日を境に日中は変わるのか!なんて言ってる人も居ます。いやなもんです。これを契機に、「友好」だの「一衣帯水」だのって平気でいいだして、日本にどかどかやってくる契機にならなきゃいいんですけど。

 御家人さんに一つ伺いたいのですけど、「一衣帯水」という言葉は、日本で流通してますでしょうか? なんと言ったらいいんでしょう。日本で市民権を得てる言葉なのだろうか、ということと、日本人で使う人はいるのだろうか、ということです。

 私は日本に居るときは聞いた事がありませんし、こっちにきて初めて聴いた言葉でした。

 
 ■学生の意見

 大学が連続して休講なので、学生の意見をなかなか聞けずに居ます。一昨日ちょっとだけある女学生から話を聞きました。

 私の、「温家宝首相の視察についてどう思う?」という問いに対し、

 「私は胡錦涛より彼が好きです。彼は大雪のとき、民衆が困ってるときに早く来て、民衆を励ましました」

 …と。いぜん、御家人さんのメールの中で、「ころりと騙されてる」というのがありましたけど、これのことかなぁ、と思うと同時に、こういうのがいわば「定石化」してくわけで、今後なにかあったら「すぐ政府」という構図が、一人っ子の彼らだけに、より顕著に要求していくだろうな~と思います。当局は大変ですね。
 
 余談ながら言えば、昨年7月の安倍首相の新潟地震当日の査察というのがありましたが、私は懐疑的です。本来国の大将は簡単に動いちゃいけないんですから。部下や偵察部隊にしっかり調査させて、落ち着いた頃に行けばいいんです。一番大変なときに言ったらただの「仕事の邪魔者」でしょう。


 ■Tシャツ

 以前、パクリTシャツ"i love china"の件、お伝えしましたが、昨日、「文川地震……被災者を救え!」とかいうTシャツを見かけました。

 なんでしょう、こういうのを「ビジネスチャンス」ってことで儲けようとしてるその嗅覚力は凄いですね。


 ■参考までに

 ▽女性記者が地震現場リポートでっち上げ? 中国のネット“炎上”

 ▽「四川省は原爆のメッカ」

 ▽米国が懸念する四川大地震での核兵器施設

 ▽「パンダの国の大地震」その時の現場は 慶應大学名誉教授・池井優

 ▽このニュース、今のところ、こちらでは目にしていません…。

 もし既にご存知でしたら、すいません…。

 ここ数日で感じた事はこんな感じでしょうか。またなにかあればお伝えします。いつも長文、申し訳ないです。





 Aさんからは以上です。私の方はまだ仕事に追われていまして、書きたいことは色々あるのですが、この分だと日付をまたぐことになってしまいそうです。

 それにしても、同じ成都でもこうして普段とはちょっと違うものの、基本的には穏やかな営みが続けられている空間があるのだなあということを再認識させられます。むしろこれが多数派なのかも知れません。

 ひと口に成都といっても広いですし、メディアは当然ながら災害報道にふさわしいシーンを優先しなければなりませんから、こうした一面は見落とされたままになってしまいます。そこをフォローしてくれるAさんの行き届いたレポートには、ただただ感謝するのみ。

 ともあれ、Aさんの生活空間まで殺伐としてこないよう、祈るばかりです。Aさん、長文大歓迎ですからどうかお気になさらずに。それから、くれぐれも無理しないで下さいね。


「下」に続く)




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 いや別に、喜んでいる訳ではありません。「雨が降り出しました」ということを扇情的に訴えようとしたところ、かようなタイトルになったまでのこと。

 三行で説明しますと、

 ●雨が降り出しました。
 ●通り雨で終わるか本降りになるか、他の地区でも雨になるかは、目下のところ不明です。
 ●雨を避けることも「ハーフタイム」の要点のひとつだったのに、及びませんでしたね。

 ということになります。「雨」とは当局(官)に対する「民」からの批判・反感がひとつの流れとして露わになることです。今回は「小雨」の模様ですが、果たして、果たして。

 ともあれ事件を伝える『読売新聞』(電子版)の速報を。限られた行数に必要な情報が全て織り込まれた、正にプロの仕事といえるでしょう。



 ●「校舎倒壊、手抜きが原因」…児童の父母ら抗議のデモ(YOMIURI ONLINE 2008/05/21/14:43)
 http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20080521-OYT1T00437.htm

 【都江堰市(中国四川省)=大木聖馬】四川大地震で校舎が倒壊し、児童数百人が死亡した中国四川省都江堰市・新建小の児童の父母らは21日、「校舎倒壊は手抜き工事が原因だ」などと訴え、市当局への抗議デモを行った。

 父母らは、仮設テントに臨時に置かれた市教育局に詰めかけ、テント3張りをなぎ倒したうえ、中にあるパソコンやプリンターなどをけったり地面にたたきつけたりして破壊した。

 現場には警察官約300人が動員され、記者を含む外国メディアはすべて排除された。デモ参加者のなかに拘束者が出ているかは不明だ。

 携帯電話の一斉メールでの呼びかけに応じた約300人の親が、同市内中心部の広場に午前9時(日本時間同10時)ごろから集まり始め、一様に「なぜ周囲の建物は壊れずに残ったのに、小学校の校舎だけが倒壊したんだ」「役人がわいろを受け取り、工事費を安く上げたから事故になった」などと怒りをあらわにした。死亡した子を思い出して号泣する親も続出した。

 約200人の親は、小学校の仮設テントに置かれた市教育局へ移動し、事故の原因究明を求める署名を渡した上で、対応した教育局の副局長を取り巻き、「10日近く過ぎているのに、なぜ説明に来ないのか」などと詰め寄った。その際、一部の親が怒りにまかせてテントを倒したり、パソコンを破壊したりした。

 現場には、市の共産党幹部も現れ、「共産党を信じてほしい」などとなだめたが、親たちは納得せず、「(幹部は)どうしてもっと早く出てこないんだ」などと罵声(ばせい)を浴びせた。




 無駄のない、まことに濃密な記事です。付言するなら、この記事にアクセスすると、当局者に抗議する父兄の画像もみることができます。警察が出てくる前なのか後なのかわかりませんが、遺族の激しい怒りに対し「官」の代表である当局者が当惑し気圧されつつひたすら低姿勢を装う、という構図を明確に捉えていてこれまたGJ!です。

 騒ぎを収拾するため出てきた都江堰市の党幹部は無能ですね。
「共産党を信じてほしい」なんて、「官vs民」の対立軸を深めるばかりの禁句でしょう。そもそも中国国民が共産党を信じなくなったからこそ、江沢民が反日風味満点の愛国主義教育を始めた訳で。怒る「民」を前にこのボンクラ発言、極めて大胆かつ野心的なものといえます。

 デモの兆候は、なかった訳ではありません。つい一昨日(19日)、被災地のひとつである綿陽市の教育局が、

「校舎倒壊の原因がおから工事という指摘は事実無根」

 という「燃料投下」に等しい発言を行っていたからです。

 ●綿陽教育局:倒�校捨為豆腐渣工程說法無依據(新華網 2008/05/20/07:22)
 http://news.xinhuanet.com/edu/2008-05/20/content_8210770.htm

 「倒壊した校舎はおから工事だった」というネット上の掲示板を含めたメディアの声に反論する形で当局者の口から飛び出したものですが、地元の遺族や被災者が耳にしたら怒髪衝天は疑いなし、という可燃度の極めて高い内容です。

 ただ「renge」さんがいつもupして下さっている地図をみればわかるように、綿陽市は死者数が万を越す甚大なる被害の出た地域で、地震湖決壊の恐れも指摘されている危険地区。このため住民の少なからずは成都方面へ向けて避難中であり、抗議行動のようなものが発生する可能性は少ないのでは、と私は考えていました。

 するってーと、意外にも火の手は綿陽ではなく、成都により近く、しかしなから校舎倒壊などによる生き埋め被害が相次いだ都江堰市で上がってしまったのです。しかも今日21日は政府が定めた「服喪期間」の最終日である3日目。

 この「服喪期間」、初日の19日には天安門広場に集まった群衆が黙祷した上で「中国加油!」(中国がんばれ!)を涙ながらに連呼、一部がヒートアップして「中国加油!」を呼号しつつデモ行進に移行しかけたのを警官隊が押しとどめる一幕も。……要するに当事者でない人々は大いに盛り上がったものの、被災地の人たちは素直にそれに従う気分ではなかったということになります。

 おから工事や当局の救済措置に対する怒りや不満もあるでしょうが、


 まだ行方不明者が大勢いるのに、喪に服すなんて要するにお弔いな訳ですから「ふざけるな!」という行方不明者の家族もたくさんいることと思います。




 と前回指摘したような感情も根強いでしょう。……根強いからこそ、今回、デモが発生したのです。おから工事への怒りだけではなく、「服喪」というイベントで実質的な救助活動打ち切りを宣言した北京の中央をも含む「官」への恨みつらみも含まれている、といっていいかも知れません。

 ともあれ今回のデモ、

「被災者怒りのデモ、キタ━━━(゜∀゜)━━━!!!!」

 という粗雑なタイトルでは「生き埋め被害者の家族が一群となって当局のテントに突入、機材破壊も」といったプチ暴動めいたイメージが浮かびかねませんが、速報に接した印象としては、

「それなりに準備された組織的な抗議活動」

 という鮮やかな感想が残ります。

 ●動員については携帯メールを通じた呼びかけに応じて自発的に参加した形。
 ●しかしながら衝動的・突発的なものではなく、事前に署名活動が行われている。
 ●署名活動や携帯メールの発信から、デモの「核」ともいえる実行委員会が存在しているらしい。
 ●デモ自体はその署名を当局者に渡すことが主眼だったらしく、テント引き倒しやパソコン破壊は一部の暴走。

 ……などといった点はなかなか興味深いものです。地元小学校が受けた不条理な被害に対する地元の被災者、というか同校PTAの抗議行動という、いわば「ホーム」の利に拠ったものではあるものの、これが型となって他の地区へも飛び火する可能性があります。

 またブン川、綿陽方面から避難してくる被災者の第一目的地がこの都江堰であることから、今後も行われるかも知れない「ホーム」の抗議活動に、よそから避難してきた「アウェー」の連中が合流して規模が拡大する線も考えられます。

 ●抗議の鉾先は「官」であり、また「官」と癒着業者によるおから工事であり、さらにはおから工事を生んだ腐敗体質。

 ……という点においてはどの被災者にとっても異存はなく、「民」の怒りは被災地点の違いを超えて容易に共有されるものだからです。

 ちなみに、校舎倒壊とは別の問題として、震源地方面からの避難民が揃って都江堰を目指してくることに市当局は頭を痛めていることにも留意しておきたいところ。よそからも被災者がなだれ込んでくるため、都江堰市だけでは対応できない事態になっているのです。この点は市当局を一方的に責められません。ただ事実のみをいえば、都江堰に入ってくる被災者たちの間には、

「都江堰市当局は地元住民の保護を優先して、自分たちを構ってくれない」

 という不満がたまりつつあるようです。二次災害を恐れて避難してくる震源地付近の住民が増えるにつれ、この空気はいよいよ醸成されることになります。民政部が「とにかくテントの数が足りない!」と悲鳴を上げていますが、その最前線が都江堰市だといってもいいでしょう。

  ――――

 このほか今回のデモにおいては、

「現場には警察官約300人が動員され、記者を含む外国メディアはすべて排除された」

 という点にも要注目。不満爆発リスクの高い避難所近辺における警戒兵力が十分でなかったことと、外国メディア排除がいよいよ始まったというものです。この点は都江堰市当局というより、北京の党中央の打つ手が一歩遅れたというべきではないかと思います。

 ところで、当ブログが「服喪期間」を
「ハーフタイム」と呼ぶのは、党中央が「服喪日」に3日間もあてたという点に着目してのことです。

 実は「服喪」なんていうのはお題目で、本音は時間稼ぎ。前半戦の流れをいったん打ち消すとともに、新しい流れをつくるための作戦会議&準備行動というのが主眼ではないかと。……具体的には、

 (1)被災者救済・被災地復旧への態勢強化と二次災害への対処。
 (2)準戒厳令状態入りのため、治安部隊を被災地に大量投入。
 (3)被災地・全国各地それぞれに「結界」を張っての世論誘導・思想統制・意思統一の実現。
 (4)一枚岩でなくなった党中央内部の意思統一。

 といったテーマについての作戦を練り、実施準備を整えるための3日間ということです。「服喪」という思考停止期間を設けることで、その間に急ぎやるべきことをサクサクやってしまおうと。

 ……と、にわかに重要な話題にさしかかりましたが、長くなりそうなのでこれは次の機会に。

 ともあれ、そうした「ハーフタイム」の最中に、「後半戦」で警戒・予防すべき烽火が早くもあがってしまいました。党中央の思惑を超えて、事態は第二段階に入ってしまっている、といえそうです。

 単なる通り雨なのか、本降りになるのか、他の地区でも雨になるかははまだわかりません。

 わかりませんが、短時間ながらも本降りになりかねない「組織立った大粒の雨」だったことは確かであり、地元当局ひいては党中央がこうした動きにどう対処していくのか注目したいところです。

 ――――

 そういえば大型余震予報?が出たため、成都から離れようとする住民が殺到して駅などで混乱が発生しているようですが、同市在住のAさん、そうした慌ただしい気配は大学構内にまで及んでいるのでしょうか?流言飛語の類も含めて、何かあったら是非ご一報下さい。

 もちろんAさんだけでなく、他の現地在住の方、また中国国内在住の方々からの関連情報をもお待ちしております。m(__)m





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 壮大なる茶番、というべきでしょう。中国が昨日5月19日から3日間を、四川大震災の犠牲者に対する服喪期間とすることを決めました。初日の昨日はさっそく地震発生の時間に3分間黙祷。被災地はもちろん、北京の天安門広場とか全国各地で人が集まったり仕事の持ち場持ち場で「黙祷3分」が行われたようです。

 同時に自動車のクラクションが鳴らされてうるさいのなんの。黙祷なんて1分で十分。残り2分で瓦礫片付けるだけでも仕事が進みますよ。

 今回の震災は
「おから工事」という言葉が日本でも定着したように人災の面が非常に強いのですが、党・政府が旗を振って全国で黙祷3分なんてやると何やら他人事めいてくるから不思議です。「茶番」である証拠は日本の国際緊急援助隊に聞いて下さい()。

 胡錦涛・国家主席の前線視察を歓迎するために救出作業が2時間ストップしたという話もありましたね。これまた茶番。……いや、これこそ茶番。救助部隊が胡錦涛の視野に入る学校の門前だけをガサゴソやって、主席殿がその場を離れると救助部隊もさっさと撤収したそうです。……ええ、生徒多数が生き埋めになっている瓦礫の山と化した校舎を放置して。

 そもそも、今回の四川大震災における救出活動に対する当局の姿勢やその統制下にある中国国内メディアの報道ぶりそのものが茶番なのですが、この
「胡錦涛歓迎のため救出作業2時間中断、救助部隊は門前を掃くだけのなんちゃって救助活動に終始して胡錦涛が消えると撤収」は実に象徴的な光景といえるでしょう。

 ――――

 喪に服すってんで中国国内のニュースサイトは「新華網」はじめみんな白黒になりました。新聞もたぶん、そうなのでしょう。雑誌はどうなのかな?……元編集局長兼編集長の立場から言わせてもらうと、これほど有り難いことはありません。印刷コスト大幅減ですしどうせ白黒なら紙質を落としても読者から文句は出ません。広告費据え置きで白黒印刷ならもう言うことなし。震災景気、震災万歳、てなところでしょうか。得した分の数字を示して総経理とハイタッチは間違いありません。

 不謹慎?生活賭けて2時間睡眠でコンテンツの充実と販売部数向上とコスト削減と部下掌握に血道をあげている身にとっては、まず頭にはそれが浮かぶのが当然であり、そうでなきゃ職務怠慢。その上で、編集部内に被災者の親族なりがいれば仲代達矢のような表情つくって涙を二粒くらいこぼしてやれば士気向上にプラスとなります。悲壮さをみなで分かち合って頑張るぞ、おー!ってなもんです。……中国は知りませんけど、私がいた当時の台湾や香港は、そういうノリでした。

 私は震災体験者ではありませんし、当ブログは基本的に素人ヲチ日記ですから可哀想とかいった言葉は滅多に出てきません。個人的感情として色々思うところはありますが、当ブログにとっては120時間ぶりの救出劇が起ころうと死者が何人に達しようと無意味。……あ、政治的影響を考えると死者が10万を超えれば多少インパクトがあるかも知れませんけど。

 救助部隊がようやく被災地全域に入ったそうですから、死者・行方不明者数も今後1週間で上積みされることでしょう。もし8万8000人で揃えるなら「むう、そこまで茶番に徹するか!」と当局を見直してやります。ほら、五輪開幕(8月8日)にかけて、というやつです。……中国においては当局の数字自体が茶番ですから、これは不穏当な表現でも何でもありません。

 とにかく最近は素材にもならない糞みたいなニュースばかりで(特に中国国内メディア)、記事漁りをする身にとっては実の伴わない作業ばかり増えて非常にムカついていたところです(素人ヲチ屋は「パンダ3頭行方不明」で怒髪衝天)。胡錦涛ならともかく、もし温家宝の乗ったヘリが山間部に墜落して爆発炎上、乗員全員死亡ということになっても「無意味」ですね。ネタとしては面白いものですし、中国国内に基地外が増えるであろうという点ではみるものがあるかも知れませんけど。

 被災地で黙祷しながら涙を流している人の気持ちはよくわかります。もし私であれば泣き虫でベタ弱ですから声を殺してボロボロ涙をこぼしていたことでしょう。まだ行方不明者が大勢いるのに、喪に服すなんて要するにお弔いな訳ですから
「ふざけるな!」という行方不明者の家族もたくさんいることと思います。

 しかし、
服喪期間を設けることによって、中国当局は事実上、それまでの「救出モード」から今後は「復旧モード」へ移行することを全国民に知らしめたことになります。両チームとも攻撃意欲に欠けて散漫な試合運びとなった前半戦が終わって、ハーフタイムを迎えた気分です。

 そして、四川大震災そのものだけでなく、震災をめぐるあれこれや政治状況も第二段階を迎えることとなります。

 ――――

 実のところ私自身はいまブログを書く気にはなれないのですが、当局が「服喪期間」を設けてそれに突入した以上、一応ふれておかなくてはと思い、嫌々ながらとりあえず書いていることを未来の自分に伝えておきます。「書く気になれない」というのを腑分けしてみると、

 ●実質的に人災>天災が生んだこの被害、という「やるせなさ」。
 ●この国難ともいえる非常時に際しても面子とセクト主義と茶番をなお優先しようという「馬鹿らしさ」。
 ●そして「中国もとうとうここまで来ちまったか」という「ああ終わりの始まりだ」という気分。

 ……てなところです。誠にもってどうしようもありません。

 ともあれ「第二段階」にふれておくと、まずは震災そのものが二次災害を懸念される時期に入ったということです。鉄砲水や土石流や疫病の蔓延などがそれでして、一部ではすでに被害も出始めているようです。

 核施設の安全問題も大丈夫なのでしょうか。軍の報道官が「いかなる問題もない」と問答無用型の語気で断言していたので余計に心配になります。だって同じ会見で「損害は軽微」って言っている以上、とりあえず何らかの損害は出ているのです。それでいて、

「いかなる問題もない」

 と言い切るのは矛盾ではないかと思うのですが(ガラス窓1枚割れただけだって要目を満たさないことになるので問題の筈ですから)。

 ……まあ人民解放軍の報道官なんざ外交部に輪をかけて辻政信なんでしょうから治癒不可能。あの大声と気合いで報道陣を押し切ろうというスタンスからして自分の立場がよくわかっていないのでしょう。

 それよりも重要なのはやはり被災者です。負傷者への行き届いた治療はもちろんとして、被災者の生活や心理面でのケア、さらに生み出された膨大な数の震災孤児の問題にも対処しなければなりません。

 それらについて、誰が対処するか、誰がカネを出すか、という点で、テーマによっては中央政府と四川省政府が揉めることもあるでしょう。以前は別の事情(経済成長率最優先)で、そして今回は復旧急げという理由から、結局また例によって「おから工事」がひそかに流行しそうな気がします。むろん建設予算の一部着服という「官」とそれに癒着する業者間のお約束によるものです。

 「官」だけではありません。すでに広州あたりの学校で募金活動を行って、それを教師と生徒が横領するという事件も起きています。これだけボランティアが入ると玉石混淆で、ボランティアの名を借りた観光(被災地実見ツアー)とか、現地入りして救援物資の販売・転売なんてことも。被災地では救済二の次で自らの商売(商店経営)に精を出していた党幹部が処罰されていましたね。仮にこれが生活必需品を売る店で、品物は横流しされた救援物資から調達されていた、ということならいよいよお約束の展開なんですけど。

 ――――

 まあいいや。第二段階については次の機会に譲るとして、前半戦で感じたことをいくつか。

 まずは初動についてですが、これは鈍いのか合格点をやるべきなのかよくわかりません。温家宝・首相は地震発生の1時間後には専用機に乗り込んで現地に向かっていたそうですが、温家宝が来ることで一部の士気は上がるとしても、人命救済の役には立ちません。「首相が来てくれた!」というムードもどうせ一時的なものですし、早く来た分、化けの皮がはがれるのも早いともいえますし。

 今回は2月の雪害当時と異なり、立ち上がりが素早かったことと地元当局にとって迷惑でしかないリップサービスを行わなかったということでは合格点。ただしテレビ特番など中国国内メディアが温家宝を取り上げ過ぎたために逆効果になった部分も少なくないかと思います。

 それよりも救助部隊の主力である人民解放軍と武装警察(武警。内乱鎮圧用の準軍事組織)ですね。いち早く現地入りした温家宝には、実はこれらを指揮する権限がなかった、ということは措くとして、成都軍区はチベット情勢をにらんで警戒態勢を敷いていたこともあり、動員は速かったのではないかと思います。ただ今回は戦争ではないので道具を持ち替えないといけない。現地への道路を寸断している土砂の排除や被災地での七つ道具が行き渡らぬまま、被災地の代名詞となったブン川入りを部隊ごとで競う形になりました

 万難を排して現地入りを急ぐというのはいいのです。ただ十分な装備を持たされぬまま、一番乗りを争うというのはいかがなものか。これ、どうみても面子を賭けたものとしか思えません。実際に一番乗りを果たした部隊に勲章だか感状だかが出ています。道なき道をゆき……といった状況だったのでしょうから偉業ではあると思うのですが、勲章なり感状なりをもらった時点で「おれたちはやった!やったんだ!」みたいな気分になられると被災者は迷惑するばかりでしょう。そもそも専用機材なしではまともな救助活動ができません。

 ブン川というのは山間部にある猫の額ほどの平地なのですが、そこへ空挺部隊の降下も行われました。予定日が悪天候のため翌日に順延し、輸送機からパラシュートを開いて無事降下、携帯した無線?か何かで途絶していた地元当局と成都方面との連絡を復旧させたそうです。見事といえば見事なのですが、天候的にも地形的にも空挺部隊にとって悪条件ばかりであるブン川降下を強行する必要があったのか?という疑問が残ります。困難な降下作戦であることは、参加者15名が遺書を書いて出撃したことでもわかります。

 たかが15名では何の救助活動ができる訳でもなし、平地があるならヘリで兵隊を運べばそれで済む話、だと思うものの、空挺部隊はパラシュート降下してナンボの世界。しかも空挺部隊といえば往々にして精鋭で編成されている誇り高き面々。これも面子ではないかと私は思うんですけどね。遺書まで書かせて作戦を強行したのは「わが部隊も救助作戦に参加した」というアリバイ作りに思えてなりません。参加したことで戦地加俸みたいなものをもらえるかどうかは、わかりませんけど。

 それから軍隊といえば兵站、つまり補給の問題は解決しているのかなという疑問もあります。トラックに満載された救援物資が途中の被災地で「もう3日間も飲まず食わずだ」という被災者たちに包囲されて積み荷を強奪されるなんて事件が起きていました。軍隊や武警も身ひとつで現地入りしたものの、七つ道具はないし携帯口糧なぞ一週間分もないでしょうから半ばガダルカナル状態に陥っていたのではないかと。

 あとは指揮系統の問題です。よその大軍区・省軍区から医療チームなど各種部隊が現地入りしているようですが、大軍区の上にたつ総参謀部あたりが成都に出先機関設けて統一を図っているのか、よそからの部隊は成都軍区の指揮下に入るよう命じられているのか。これは補給調達にも関わる重大な問題だと思うのですが、詳しい方は是非ご一報下さい。

 ――――

 もうひとつだけ救助部隊に関する話を。軍や武警にとっては救助も仕事のひとつであることは言うまでもありませんが、仕事である以上、評価というものが必ずついて回ります。非常に不適切な表現をするならば、救出した生き埋めの生存者数、掘り出した生き埋めの遺体数、また避難させた住民の数や治療者数などにポイントづけが行われている、ということはあるのでしょうか。

 このあたりも詳しい方の解説を待ちたいところですが、ポイントづけがされているのであれば、救助部隊の指揮官は初動期を過ぎれば救助対象の選り好みを始めても不思議ではないと思います。異なる指揮系統や部隊間の競争意識に加え、そうした構造が現地で縄張り意識を生んだりしてはいないのかな、と気になります。

 縄張り意識、上で書いたセクト主義というのは現地ばかりではなく、中央たる北京にも存在しています。好例が日本が地震発生当日に申し入れ、実施部隊は翌13日朝に空港で「あとは飛行機に乗るだけ」という状態で迅速に出発準備を完了していた国際緊急援助隊の受け入れをめぐる中国当局の逡巡です。皆さん御存知の通り、生き埋め被害者の生存率が72時間を超えるとガタ落ちする、という目安が常識としてあるのに対し、中国当局が受け入れに応じたのはこれが過ぎてからという間の悪さ。

 これも一種の縄張り争いで、受け入れるかどうかで一悶着あったのでしょう。この期に及んでもなおそれかい。……と私などは思い、これも末期症状の一種かと考えたりしたのですが、日本メディアの報道によると、現地における人民解放軍の救助部隊も日本の国際緊急援助隊の出現にはいい顔をしなかったようですね。日本隊が得意とする守備範囲とは異なる地域での救援活動に回されたのも、このためかも知れません。

 仮に72時間よりも早く日本チームが適所にて救援活動を展開していれば、近くで活動する軍や武警の面目は丸潰れになったことでしょう。設備でも錬度でも大きく後れをとっている上に、何といっても相手が相手、侮蔑と憎悪の対象である「小日本」「日本鬼子」ですから。

 同様の意識が中央を一枚岩でなくした、という可能性はきわめて高いかと思います。

 5月16日、日本の国際緊急援助隊が現地入り(青川県)したことを大手ポータルのニュースサイトが報じたとき、その記事に付随する掲示板に、

「何でこんなに遅いんだ?(中国)政府は何をグズグズしているんだ!」

 といった怒りの書き込みが殺到しました。私はそれを眺めて、ああ事態は第二段階に入りつつあるなと思いつつ、お前ら思い上がっちゃいけないよ、という意味で、

「以人為本?生命至上?――切記各位都呼吸於“面子壓倒一切”的官本位社會。」

 と書き込みました。「お前らはな、お上の面子最優先の、民意の存在が許されない世界で呼吸してるんだよ。忘れるんじゃねーぞ」といった趣旨の、まことに思いやりにあふれた内容です。一日一善。

 ――――

 このあたりについてはもう少し書くべきことがあるのですが、ああハーフタイムそのものや第二段階についてもまだまだ言及すべき事柄がたくさんありますけど、私も士気が低下してきたので今日はこのくらいにしておきます。





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「上」の続き)






 ●Aさん(2008/05/15/15:36送信)


 御家人さん :

 先ほどネットカフェでブログ拝見しました。私のメールが掲載され些か恥ずかしいような感じです。私はここに住んでいるというだけで、専門家でもなんでもないですし、私が見て感じた事はお伝えしますが、どちらかといえば伝聞の情報も入ってるかもしれません。

 昨日、TBSラジオを聴いていた友人から連絡が入り、TBSのレポーターが成都入りしたそうですけど、成都の様子として、「ネットカフェでゲームに興じる連中が居る」と伝えていたそうです。私の友人は放送関係に勤めているのですけど、こういった側面性を報じた今回のTBSを評価していました。
 
 大学は落ち着きを取り戻しつつあり(まだ休校措置が取られていますが)、今日、様子を見ていたら、学生会が「救援物資受け付け」を開始していました。見ていると、多くの学生が布団や服などを提供していました。

 今回の件で凄く疑問に思うのは、完全に中国が世界を相手に被害者に回るのに成功したということです。ちょっと前まで世界の災害に対する関心は、ミャンマーでした。しかし、日本もそうだと思うのですけど、こちらではミャンマーに関する話題が消えてしまいました。

 被害者という意味では、チベットの件では一刻でも早く火消しに走ったのに対し、今回は、見せることで結束させ、引っ張るだけ引っ張り、対外的にアピールしようという意図をモロに感じ、嫌味な感じがします。TVや中国人の言動を見ていてどうも不愉快なのはそこです。

 こちらからはこんな感じです。御家人さんもお体ご自愛下さいませ。








 ●御家人(2008/05/15/20:47送信)


 Aさん:

 御家人です。いつも貴重な現地報告、ありがとうございます。m(__)m

 Aさんのお友達の「側面性」という言葉がありましたが、Aさんの現地ルポは正にそれであり、私が価値を感じているのもその点にあります。センセーショナルな方向へ傾きがちな日本のマスコミ報道に対し、「いや、でもこういう状況も同時に起きててさ」という、現地在住者にとっては常識かも知れないものの、日本国内からみると「おおそうなのか」という情報提供は非常に意味のあることだと考えております。

 瓦礫の山とか野宿する市民の姿はプロがとっくに拾っているので珍しくもありません。しかし大学というある意味閉鎖された環境にいる若い世代が、地元で起きている出来事に対してどう反応しているか、といった内容は非常に貴重です。当ブログに寄せられたコメントからも、Aさんによる一連のレポートから様々なことが読みとられている形跡がうかがえて、有意義な情報として扱われていることに「甲斐があった」というか、喜びを覚えています。

 一般市民視点、しかも大学という特殊な環境下でこそ、みえてくるものがあると思うのです。

 例えば以前言及なさっている「I love China」のTシャツにしても、どういう動機で着ているのか、「愛国」なるものの実質が聖火リレー&攘夷運動から四川大震災へと当局によって意図的にシフトされつつあるなか、「I love China」を着ている学生の気分も変化しつつあるのか、着る人は増えていくのか、また「I love China」着用者の背後には予備軍がたくさんいるということなのか、中国人教師はこうした動きをどうみているか、学生寮から五星紅旗を掲げている意図は何なのか。……などは、取材陣がまず拾わない題材でしょうから。

 御指摘のように中国は国際社会において「被害者」との立場を確立しつつあるようです。日本においてもミャンマーの話題は脇に追いやられ、チベット問題などは影をひそめてしまいました。ただ「長野」から胡錦涛訪日のドタバタという流れを経てきていますから、日本のテレビ局も、

「温家宝の活動を強調しすぎ」
「軍隊を英雄視する怪しい動き」
「肝心の被災者の声が拾われていない」

 つまりは国内の様々な不満封じ込めと当局への求心力向上、それに国際社会でのイメージ回復を狙っているんだろ。……といったふうに、中国国内の報道に対してかなり冷静に眺めるようになりました。

 私も今回の震災に対しては、中国報道の記事量の多さと、日本のテレビ局が伝えているような報道内容の極端な偏向ぶりに辟易しています。ボランティアの存在は中国国内メディアの報道からも確認できるのですが、具体的にどういう組織なのかはみえてきません。ちなみに「学生会」というのは昔も今も学校当局の手先といいますか、大学党委員会の走狗のような存在なので、救援物資受付活動は官製のものとみて間違いないと思います。

 政治的にみれば、今回の大震災は「日本に対して妥協的すぎる」と胡錦涛が批判されかねない時機を潰したこと、排外的ナショナリズムを終息させつつ、対外的にも対内的にも好ましい形での「愛国活動」が成立できそうなこと(主要紙の論調がこれで足並みを揃えつつあります)、また上述したように国際社会での孤立感緩和にプラスであること……などが指摘できます。

 ただこの種の「愛国活動」も煽り過ぎると被災者救済などへの対処ぶりに関する当局批判を生みかねませんから、党中央宣伝部には慎重さが求められることでしょう。

 あるいはより深刻かも知れないのは、四川省が中国における穀倉地帯のひとつであるとともに、養豚業のメッカであることです。物価高騰の流れが止まらない経済への影響はまず避けられません。疫病やダム決壊などによる二次災害も懸念されるところです。

 一方で、軍隊が本格的に被災地入りしていることで現場は戒厳令状態になると思われ、取材制限が強化されることについて海外メディアからの批判が出る可能性があります。

 震源地のあたりは3月にチベット人が蜂起したりした場所です。当時,中国は国際社会を刺激しないよう武装警察の投入でお茶を濁していましたが、今回の地震で大手を振って軍隊を大量進駐させられるようになりました。

「軍隊は民族の別なく救済に努めている」

 などという記事が新華社から出ています。出ていること自体が異様です。聖火リレーが実際に行われているというのに、私はいまだに、8月に北京で五輪が開催されるということにリアリティを感じられないままでいます。単に私が愚鈍なだけなのかも、知れませんけど。

 当局による救助活動や救済措置が十分でないことに対し、被災者の苛立ちが深まりつつあるようです。ネタ探しのために学外へ出るといったような御無理はくれぐれも避けて下さい。どうかお気をつけて。


 ――――


 ……以上です。

 ●中国当局主導による「愛国」意識シフトの試み。
 ●中国国内メディアによる異質な特集報道。
 ●治安部隊の大挙進駐による少数民族居住区の戒厳令状態突入。
 ●一部でプチ略奪も発生するなど強まりつつある被災者の苛立ち。
 ●地震への対処に関するネット世論の一部でみられる当局批判。
 ●経済面への影響。

 ……など、事態は聖火リレー問題勃発当時よりも広範さと深刻さを伴うかも知れない、ある種の転換点にさしかかりつつあるように思います。軍隊をかなり動員していることから、軍部に対する胡錦涛の掌握力が強まるかどうかも興味深いところです。

 その一方で、チベット問題を忘れてはなりません。折からダライ・ラマ十四世が欧州訪問に入ったところです。





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5月12日、地震発生直後のテニスコート(大学構内)。建物から飛び出した学生たちがウロウロしています。




地震当夜、余震による建物倒壊を恐れてテニスコートに野宿する学生たち。結構わくわくしているのかも。




翌日朝(13日)。雨のため露天組が移動した模様。




ゴミを散らかしたままなのは中国人のデフォ?



 ――――

 四川大震災、そろそろ別方面から斬り込もうかという考えと、最新経済統計などお約束のルーティンワークにも手をつけなきゃと思案していたところ、四川省成都市在住のAさんが写真を送ってきてくれました。

 日本のテレビで紹介されるシーンとは対照的に、緊張感のない画像です。しかしそこに価値があります。Aさんが以前指摘したように、学生たちの姿からは危機感を感じられません。

 中国の大学というのは全寮制が原則で、基本的に構内で生活体系が自己完結できるような仕組みになっています。要するに選り好みしなければ大学の外へと出なくても済むようになっており、幸いAさんが日本語を教えているこの大学は大地震による被害が軽微であるため、構内で日を送る大学生たちは娑婆のように殺気立ってはいないということなのでしょう。

 同じ成都でもシートを屋根代わりに小屋掛けして野宿している市民がいること考えれば、金魚鉢の中といったこの環境とこの雰囲気は正に別世界。それでもテレビなどで地元の惨状くらいは目にしている筈ですが……。

 私が留学していた「大学生=エリート」という時代であれば、ゆくゆくは自分たちが社会を背負って立つのだという自負心などから問題意識もあり(バラつきはありましたが)、今回のような状況下に置かれればまず集会などを開いて合議し、学生たちだけで一隊を組織して社会のためにひと肌ぬぐ、といった気っぷを示したでしょうに。……要するに時代が変わった、私が歳をとったということなのでしょう。orz

 いまの中国の大学生たちに、そういうことを期待してはいけないのかも知れません。あるいは官製ではなく自発的な組織によるボランティアは、いまのピリピリした御時世では御法度で、大学側からNGを言い渡されたりしているのでしょうか。

 以下にAさんからのメールを。



 ●Aさん(2008/05/14/15:16送信)

 御家人さん:

 重ね重ね、丁寧なメール有難うございます。

 いま、成都は、昨日一日降り続いた雨も上がり、晴れています(正確には曇っています、ですが)。ややもわっとする、そんな天気です。
 
 さて、先ほどネットカフェから、写真を送ってみました。月曜(12日)から今朝(14日)にかけて大学構内で取ったものです。いま、私のアパートから見えるテニスコートでは、学生たちが片付けをしたり、テントやシートを干したり、はたまたバスケットやバトミントンをしています。先ほどちょっと様子を見に行ってきたのですが、ごみは散らかす、片付けない、で、間違っても被災者ではなく、馬鹿大学生が野外キャンプをして騒いでみました、みたいな雰囲気です。
 
 大学構内には、無料通話コーナーが設けられたりしています。平穏を取り戻しつつあるともいえますが、まだ明日以降の授業がどうなるか分りません。このまま週末まで休み?でしょうか。何しろ都江堰出身の子も学生には居るでしょうし、まだまだ救済活動は始まったばかりですからね。家族が被災しているのに、こんなところで!という空気もあるでしょうし。

 先ほどネットカフェに行ってきました。私のPCからの回線が弱いため、御家人さんのブログもそこで読んでいるのですが、最近、出が悪くなりました。マークされるのでしょうか。よく、画面がフリーズします。ネットカフェは相変わらず「ゲームセンター状態」で、なんていうんでしょう、日本のパチンコ屋に入ったときのような雰囲気で、タバコの煙も好きじゃない私は、早く出てしまいたい感じです。

 ネットカフェにいたとき、ちょっと強い余震がありました。なんだか慣れてしまった私は机の下にもぐろうかと思ったのですが、それより先に、中国人学生連中らが、怒涛の勢いで出口から我先に我先にと飛び出していきました。ものすごい勢いで、余震よりもそっちが凄いくらいです。男も女も皆、です。結局余震は大した事は無かったのですが、かなり敏感になってるということはいえると思いますし、あんなに一気に逃げたら混乱して怪我するだろうなぁ、と思うのですけど、建物が脆弱なこちらでは、そのほうが良いのでしょうか?

 あ、また余震、横揺れが大きいです。

 先ほど、ぶらっと男子寮の方も見てきたのですけど、男子寮も避難勧告が解禁されたようで、ぞろぞろと寮に戻ったりする学生が多く見受けられました。男子寮は一つの村ように固まっているのですけど、窓から五星旗が何本もはためいているではないですか。ぞっとしました。なんかその…、

 「それでいいんだ!」

 「中国はつえーんだぜ!」

 「オレたち愛国!何か悪い?」

 ……というような雰囲気。間違いなく、ここ数ヶ月の社会的な動きに呼応してのこの行動、と考えると、先の「I love China」もそうですが、もろに感化されやすい世代、年代だったか、と 思いました。

 実は女の子の寮にはこうした傾向は無いのです。やはり、同性としてわかるのですけど、男は突っ走り易いということもあるのでしょうかね。

 こちらの報道に関して、防災的見地からの報道が無い、と申し上げましたが、ほんの少しだけ、消防関係者が出演している番組を、CCTVのニュースで見かけました。ただ、全体に比べると少ないですし、圧倒的多数の情報は、温家宝です。だんだん、顔が泣きそうな顔になっています。おまえ今回のヒーローじゃねーだろーという感じなんですけど……。

 いま、外事部の女の子から連絡が入り、水道水を飲むな、と連絡が入りました。既におなかの中に入ってしまってますけど…どうしたらいいのでしょう…???

 確かに御家人さんの仰るように、中国の記事は戦う中国人という視点の様ですね。いまCCTV INTERNATIONALを見てますけど、特別番組を組んでますが、やはりトップニュー スは温家宝の行動です。

 ただ、どこまで騙せるか。見せたくないものをどこまで隠しきれるか、でしょうか。

 気になったのですけど、今回の件、ネットにみられる中国の若者などのムードはどうなんでしょうか。たとえば、今回のエリア、多くがチベットエリアに近いわけで、天罰だ、などという意見も出てるのでは、と思います。その反面、成都市内で献血に参加する人もいるという報道もあり、聖火リレーやるやらないなどのように意見が分かれたら面白いかな、と思っています。因みに、さすがに事態が深刻になったのか、CCTV INTERNATIONALでも、聖火リレーニュースは扱いがかすんできました。

 私も、地震に関しては遥かに経験のある日本チームを入れたほうが良いと思うのですが、まずそれはなさそうですね。ほしいのはお金だけでしょうか。この辺が日本政府も甘いところです。お金渡すなら人も入れろとでも言えば良いのに。

 長くなってはご迷惑でしょうから、今日はこの辺にします。また何か感じたり、学生の意見なども拾えたら、後日紹介します。




 ……すみません。地震関連の記事が胡錦涛来日時よりもずーっと多くて記事漁りだけで蒲柳の質である私は体力が尽きてしまいました。とりあえず、寝ます。眠らせて下さい。m(__)m

 寝て起きてから、追加して書くことにします。申し訳ありません。

 それでも一言。私は今回の四川大震災に対して寄付は絶対に行いません。香港の新聞の表現を借りると、役人のモラルが低下している中国では「大發國難財」(国難=義援金で大儲け)ということになりかねませんから(前例あり)。

 それ以上に、懐に入れられなくてもどれほどマトモな使われ方をするか疑問です。被災地には少数民族が多数生活しているとはいえ、中共政権に金を渡せばチベット人などを統治する暴力装置に磨きがかかるだけでしょう。ではどこに寄付すればいいかについては、皆さんで考えることにしましょう。

 長野を五星紅旗の海に沈めた在日中国人留学生どもが張り切って寄付活動を展開しているようですから、中国のことは連中に任せておけばいいのです。人員派遣は断るけどカネなら大歓迎なんて国は放置すべきではないでしょうか。




「下」に続く)





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「上」の続き)


●御家人(2008/05/14/07:49送信)


Aさん:

 御家人です。予想されていたことではありますが、各地の様子が次第に明らかになるにつれ、被害の拡大に息をのむ思いです。いま現在の情報によると、死者数は1万2000名以上、さらに2万3000名が生き埋め状態にあるそうです。一般に生き埋めは72時間が勝負といわれますし、被災地の全てに救助隊が入った訳ではありませんから、最終的には死者5万名を超える大震災になるのではないかと思います。

 成都市でも場所によっては被害が出ているようですね。まあ市といっても日本でいえば都道府県ひとつ分くらいのボリュームがありますから、市の中心部から離れたところが被災地になっていても不思議ではないかも知れません。

 現地邦人の方々の情報収集について、ネットでYahoo! JAPANへアクセスできるのであれば「離れ小島」になる恐れはありませんね。安心しました。余震について日本側からは特に情報がなく、気象庁にも地震の初動期に出したプレスリリースがあるのみで、参考にはなりません。昨日(13日)震源地でM6クラスの余震が2度あったこと、今後もしばらく同レベルの余震が発生する可能性がある、とは「新華網」が報じています。

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 その「新華網」など中国国内のニュースサイトを一晩かけて回ってみたのですが、Aさんの御感想通り、「さてシンガポール一番乗りはどの連隊か?」などと進軍ラッパが鳴り響いているような印象で、震源地への徒歩行軍を競い合っているようなニュースや義援金がどんどん集まっているとか、ネット世論が全力で応援しているとか救援物資を運び込む手配りが整いつつある、あと一部英雄的行為、そして温家宝、といった内容が多く、歴史的な大災害だというのに何やらポジティブな読後感の残る記事ばかりで、新華社記者の腕前には脱帽するのみです。

 日本の取材陣は温家宝が陣頭指揮を執っている都江堰をはじめ、『産經新聞』などは綿陽市北川県あたりまで入っています。新華社の配信記事にも同県で「街が廃墟と化した」といったものがあり、現時点における取材はこのあたりまでが限界なのだろうと思います。とはいえこれは随分深入りに成功しているといえるかも知れません。当局側も報道陣を統制する余裕がないということでしょうか?

 ただし現在、震源地その他に軍隊が続々入りつつあることから、今後は本格的な報道管制が敷かれる可能性があります。要するに「街が廃墟に」よりも凄まじい被害状況は隠蔽されるか、あるいは生々しくない描写で、例えば死者何名、行方不明者何名といった単純な数字で示されることになるのかも知れません。

 このあたりは内外の反応をみつつという面もあるかも、と思います。「街が廃墟に」で十分なインパクトを国民や国際社会に与えられなければ、「いくつもの集落が消滅」という悲惨度がより高めのニュースを流してみる、といったような。

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 日本など震災救助のノウハウが蓄積された国からの専門チームが派遣されれば……と思うのですが、日本側の報道によると中国が日本をはじめ海外の救助隊の現地入りを拒んでいるとのこと。空港まで来ていてあとは飛行機に乗るだけ、という待機状態だった日本の専門チームの隊員が、中国政府が受け入れ拒否の報に、抑制しつつも無念さをにじませる表情がテレビで流れていました。

 受け入れ拒否は「道路事情が悪く、現地入りしても働けない」といった理由だったようですが、温家宝がいる都江堰の中学校が倒壊して900名が生き埋めになっているような状況ですから、行けるところまでで十分に仕事ができる筈です。

 面子なのか、見られては困るものがあるかはわかりませんが、中国政府は……「以民為本」と呼号しつつも肝心なときに相変わらずこの姿勢では、助かる命も無駄に失われていくしかないでしょう。

 ただ、中国というのは、本来がそういう国なのかも知れません。人間だけは無尽蔵。人海戦術という言葉があるように、何事も足りない部分は人命をどんどん投入することで間に合わせているのが「仕様」なのではないかと。機械を使うべきところを人命喪失で補う、というケースは炭坑から工事現場まで、様々な産業で実見できると思います。農民暴動や都市暴動の原因となる土地強制収用などにおいても、剥ぎ取る土地に存在する人命、そこに暮らす者の人権など「官」にとっては眼中になどないかのようです。

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 耐震という配慮が全くなされていない建築であれば地震で見事に崩壊して住人が死ぬのは当然ですが、「官」にしてみればそれは織り込み済みなのかも。いまなお愚民教育をしているくらいですから、国民の衣食住にコストをかけるという観念が、私たちからみれば恐ろしく希薄なのかも知れません。

 「1億死んだって総人口の1割にもならないし」という覚悟というか価値観というか、そういうものが中共政権の行動原理の根本に厳然と存在しているように思います。半世紀を超える中華人民共和国の歴史がその動かぬ証拠です。

 「余震が怖いから」と言って雨なのに民衆が屋外で寝ることに固執するのは、自覚してはいないでしょうが、結果的には「官」に対する本能的な、精一杯の抵抗になっていると表現してもいいかも知れません。当局が開いた記者会見で、

「学校や住宅は倒壊しているのに、政府庁舎だけは無事だ。これはどういうことか?」

 といった鋭い質問が女性記者から飛んでいました。記者も現場を目の当たりにして殺気立っていて、「民」の境遇に突き動かされるようにして口から出た言葉なのかも知れません。非常に象徴的な光景といえるかと思います。

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 昨日、党中央というか中共政権そのものを東京でニヒルに眺めている古馴染みの不良党員B氏と茶をしばきました。その際に地震の話に及んだときも、

 私「これを契機に防災意識とか耐震基準とかが変わると思うか?」(変わりゃしねーよな)

 B「うん。そりゃもちろん変わるよ」

 私「ほう、変わるのか」(意外)

 B「変わる。考え方が、360度、変わるのさ」(ニヤニヤ)

 私「なるほどねえw」(誰がうまいことを言えとry)

 ……てな具合でした。でも実際に、本当に必要なことは当局の都合に合わせて骨抜きにされて同じ過ちを繰り返す、という無限ループこそが中国のようでもあります。30年にも及ぶ改革開放政策、特に江沢民時代に入ってからの時期についても同じことがいえるのではないかと愚考する次第。足りない部分はあくまでも人命軽視の「人海戦術」で埋め合わせるのです。

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 そういう背景がありますから、「明日の事は分らない」「いまさえあればいい。いま食べられればそれでいい」といったAさんの御感想には私も全く同感です。

 現在を含めた歴代王朝が常に「護民官」というスタンスをとらず、ただただ「民」に対しては収奪者であり続けたこと、また甚だしく人治であることから、収奪されるばかりの「民」はもちろん、収奪する側である「官」の内部にいる者とて「明日」についての保証が心もとなかったということ。これが全てでしょう。

 そういう歴史が三千年も続き、驚くべきことに21世紀の現在もなお古代以来の同じ状態にある訳ですから、「いま食べられればそれでいい」が半ば本能的な民族的性格、一種の行動原理として定着してしまっているのでしょう。そりゃ汚職も横行しますし「やったもん勝ち」「あくまでも私利私欲の追求」の世界となって、ルール無視&マナー不在の社会になる訳です。

 一言でいえば「公徳心の欠如」ということになるかと思います。

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 ……何だかまた長くなってしまいました。すみません。

 急ぎ結語に入るとすれば、高まりつつある「愛国無罪」ムードを被災者救済という「I love China」な愛国活動へと誘導することで、当局が持て余しているエネルギーを散らそうとするのではないか。……と以前指摘しましたが、これは当局の報道ぶりからも実証されているように思いますし、今後いっそう煽り立てられることでしょう。

 同時に、被災者救済を喧伝することで御指摘のように国際社会においてチベット問題などを脇へ追いやるという狙いもあるかと思います。2カ月しのげば五輪ムードに入ることができますから、当局にとってもヤマ場意識があるに違いありません。

 余談ですが、都江堰の指揮所の天幕で温家宝が盛んに指示を出している茶番映像は私も観ました。言わずもがなの指令内容に対し、

「好的好的」(はいはいわかりました)

 と如何にもうざったそうな下僚の態度と語気にはつい笑ってしまいました。温家宝は首相としては無能ですから居てもいなくてもいいのですが、一応「親民総理」(庶民派宰相)ということになっているので、同じ役立たずなら最前線に立たせている方が多少は国民へのアピールとなっていいかと思います。

 10年着古したジャンパー(自称)を羽織って、現地で被害者の境遇にウソ泣きしてみせる(報道陣の前限定)。奴にはそのくらいしか芸がありません。雪害のときのように、余計なリップサービスをすると事態がいよいよ混乱しかねないので地元当局が迷惑します。「一秒を争う」「望みあるなら最後まで」などと言っているくらいで最適といえるでしょう。

 それにしても、こういう形で聖火リレーが中国国内でも「妨害」されることになるとは、思いもよらぬことでした。まだまだ触れるべき話題があるのですが、とりあえずこのくらいにしておきます。ド長文で申し訳ありません。m(__)m


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 ……以上です。文字ばかりで申し訳ありません。次の機会にはビジュアルなども加えていくつもりです。

 一応直近のまとめ的報道を紹介しておきます。



 ●四川大地震:震源地で7700人死亡・不明 全人口の8割(毎日jp 2008/05/14/13:20)
 http://mainichi.jp/select/today/news/20080514k0000e030044000c.html

 【都江堰(中国四川省)浦松丈二】中国・四川大地震の発生から3日目となる14日、震源地のアバ・チベット族チャン族自治州ブン川(ぶんせん)県の映秀鎮で死者・行方不明者が全人口の8割近く、少なくとも7700人に達するなど壊滅的な打撃を受けていることがわかった。新華社通信によると、州政府緊急対策室幹部が明らかにした。被災各地では人民解放軍部隊などの救出活動が続くが、道路や通信が寸断され、後続の救援部隊や物資の到着が遅れている。一方、被災各地で計約2万3000人が生き埋めとなっており、作業は「時間との闘い」の様相を呈している。

 人口約1万人の映秀の生存者は2300人で、このうち1000人が重傷を負っている。四川省政府などによると、省全体で1万2000人以上、、負傷者は2万6000人以上。倒壊・損壊家屋は同省だけで346万戸という。ブン川県などでは詳細な安否確認ができない地域もあり、犠牲者数はさらに拡大するのは確実だ。

 ブン川県には、13日昼の人民解放軍の先遣隊に続き、同日夜に武装警察部隊が入った。道路寸断で、支援物資の空中投下が計画されている。一方、崩壊したトンネルをう回するなどして同県から約50キロの道のりを22時間かけて歩いた会社員5人が、南隣の都江堰市で保護された。

 山岳地帯の四川省では、1933年に起きたマグニチュード7.5の地震後、川がせき止められてできた湖の決壊で2500人が死亡した。今回、重慶のダム17個所に亀裂が確認され、決壊の恐れがあると、緊急事態宣言が出ているという。

 一方、国務院(政府)台湾事務弁公室は14日、地震で台湾出身の男児(3)が死亡、大人2人が軽傷を負ったと発表。中国人以外の死者が公にされるのは初めて。また、ブン川県臥竜(がりゅう)の観光中に連絡が途絶えた英国人ツアー客31人は、無事に成都へ戻ったことが確認された。




 このように、現地にはすでに日本メディアも続々と入っていますので報道はプロの皆様方にお任せします。言うまでもないことですが、こういう乱戦模様のときこそ記者としての腕の見せ所なのですから、みなさん頑張って下さい。m(__)m

 当ブログは本来の趣旨に沿った内容をということでヲチを主体としつつも、今回の地震がAさんのような一般の在留邦人の目にはどう映っているか、また一般市民の視点からも垣間みることのできる地震に対する中国政府の姿勢や、はからずも地震によって浮き彫りにされたもの、そして地震が今後各方面に与える影響などについて考えていけたらいいな、と考えています。





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 四川大震災、前回に引き続き四川省成都市在住のAさんからの現地ルポと、それに対する私のレスというメールのやりとりを紹介します。

 いずれも長文で誠に申し訳ありませんが、今回は中国国内メディアの報道ぶりに対する感想や「中国人とは」という深い部分までAさんの考察が及んでいて、現地滞在者でないと実感として湧かない部分、また日本メディアが報じていない一面などもあり、なかなか興味深い内容となっています。



●Aさん(2008/05/14/02:18送信)


 御家人さん:

 メール有難うございます。先ほど、御家人さんのブログで記事がUPされてるのを見ましたけども、まだ見ていません。というのも、以前お伝えしたように、大学の回線があまりにも遅く、表示まで時間がかかるのです(地震の影響ではないと思われます)。

 今回の件、色々感じる事が多く、また同時に日本人の防災への考え方も同時に考えました。地震国生まれあることのほかに、自分のことを話せば、実は私は大学時代の専攻が地学で、こうした地震への備えというのも一つ科目としてあったので、当然と思ってる部分が、こちらの方々にとってはそうでもなかったりするわけです。

 そんなこともあり、今日また色々感じた事があります。多分、普通の新聞では報じられていないことかもしれません。今回の件、感じた事はなるべく御家人さんにお伝えしようかなと思っています。ここで感じた事など共有できればと思っています(少々不謹慎な言葉もあるかもしれません)。

 先ほどYahoo! JAPANを見ていましたら、9千人もの方が生き埋めという文字をみて、本当に吃驚しています。私たちの大学は比較的被害が少なかった地域でしょうから、60kmほど離れた都江堰やその先でそんなことが起きているというのが、なんとも…。

 現段階で、死者1万人は越えているとこちらのニュースでも報じています。

 なお、一般の電話はOKですが、ケータイは未だにつながり難い状況が続いています。


 ■現地で気付く事

 大学は今日、明日と全面臨時休講となりました。昨夜は殆どの学生に屋外で寝るように指示が出されていた模様ですが、その避難勧告も今日は一部で解除されました。解除されていない学生は、今日も屋外で寝ています。私のアパートからグランドやテニスコートが見えるのですが、屋根の下で寝ている学生が見受けられます。

 いま、成都は弱い雨が朝からずっと降っています。気温も、5月にしては寒いほどです。成都でこれですから、被災地の都江堰などはもっとひどいのではないでしょうか。
 
 ネットカフェの情報をお伝えしたということは、まぁ、私もネットカフェに行っていたことを意味するのですが、ネットゲームに興じる馬鹿は山の様に居て、今日は空席待ちをするほどの混み様でした。殆どがネットか動画を見てる感じですよ。学内は地震で外に出ていろというだけで、する事の無い学生にはネットくらいしかやる事がないのかもしれません。まぁ、私もそうですけど。

 まぁでも学内は非常に緊張感は薄いように感じます。被害が出なかったというのは幸いで有りますが、それとは別に、何か他人事というか、感じていないというか、「え、かんけーねーじゃん」というような雰囲気が蔓延しています。それについては下記別項にまとめます。

 学外にはあまり出ていないので、外の状況は分りませんが、学外に住んでいる中国人日本語教師の話によれば、成都市内でも家屋の倒壊がけっこうあるようです。というのも、最近の建物はまぁまぁ良いらしいのですが、昔の建物など、耐震など考えていないからでしょう。先にも書きましたが成都は「地震が無い」と信じられてきたのですから。

 1年位前、こちらで、ビルを壊すところを目撃したことがあるのですが、貧弱というか、ただ煉瓦を積み上げてセメントで固めただけと見受けられます。それもただやってるだけなので、仕事は雑。耐震云々のこともそうですが、そもそも家をまともに作るという部分からも議論の余地がありそうです。なお、そこで壊されたビルで使われていた煉瓦を、どっかの業者がどっかに運んでいきました。つまりどっかで再利用ということでしょう。

 地震情報に関して言えば、圧倒的に足りないものを感じますね。それは、防災情報。

 日本でこのような地震が起これば(日本の報道は得てしてやや過剰、過剰演出という傾向がありますけども)、気象庁の予報官などが現状、原因、これからの予測を解説しますよね。地震国として、または、物事を正確に伝えるという一種の真面目さがあると思うんです。これは私たちは十分にその利益を得ているし、デマやなにかが少ないのもこういうところにあるし、誇れる事の一つだと思います。

 反面、こちらは、後述するように、温家宝の動きを追ってみたり、病院が云々、という事ばかりで、では大半の生き残った人たちは今後どうすべきなのか、あるいは二次災害を防ぐにはどうしたらいいのか、という観点が全く欠けています。

 多少、国家地震局の人のコメントが紹介されていましたが、全体の放送時間に比べればかなり少ないですし、インパクトもありません。そもそも人民の間にそうした科学的考察が浸透しているとは思えません。そういう情報を出したところで、人民が有用に情報を使えるかどうかは別ですが。

 色んな人と話をしていると、一番現実的に行動しているのは私を含めた日本人のようです。性格というのもあるでしょうけど、経験があります。アメリカ人やオーストラリア人の隣人は、大丈夫か?という会話をお互いするものの、ではどうしたらいいのだろう、次に気をつけるべきことは?ということには意外と考えが行かないようです。中国人には、お前は色々経験があるだろうからなぁ、と、変な意味で羨望の眼差しで見られます。

 話題はそれますが、今月末、外国人講師による特別授業があるのですが、「地震と防災」というテーマで話そうかといまテーマ変更を申し出ています(以前のテーマは「日本の鉄道」でした)。私自身、中国や中国人の考え方は嫌悪していますが、それとは別に、人として伝えなければという思い、地学を学んだものとしての思いからの行動です(地学の存在意義の一つは、防災とその喚起にあると考えます)。

 私自身のほんとうの専攻はやや違うのですが、知識がないわけではないですし、どうしたらいいか分らないという回りの中国人になにか伝えられるだけのものはあると思っています。

 おっと、いまも余震。いまのは小さいですね。

 話が変な方向に行きますけど、日本も今回の地震、他人事と思ってはいけませんね。日本で危なくないところは余り無いはずですから。日々備えておく、地震の際の場所の確認などは最低限やっておかなければと思われます。

> 現地情報や気付いたこと、「このあたりは日本とは違うな」など、関連情報は貴
> 重ですので御遠慮なく情報発信をお願いします。日本にいる者にとっては、身の
> 回りのことについてのルポだけで、十分に価値ある情報になります。例えば以前
> のメールにありましたが、地震当日にネットカフェでネトゲに興じているガキが
> いた、ということ自体、断片とはいえ現場の雰囲気の一端をうかがわせる貴重な
> ニュースです。m(__)m
>
> それから当方からの質問なのですが、現地の在留邦人の情報収集は何に頼ってい
> るのでしょうか?ネットにつないで日本のニュースサイトなども閲覧できるので
> あれば理想的なのですが,何か不自由な点があれば当ブログにて日本側のまとめ
> 的報道を紹介できればと思います。

 私の意見を言えば、殆どがネットと思われます。日本のYahoo! JAPANなどです。あと、余震情報が現地在住者には必要な事かな、と思います。今も書いたようにCCTVや地元TV局が当てにならないので。

 今日は地元TVは一日中地震の事をつたえ、CCTV INTERNATIONALでも一部特別番組が組まれましたが、正直言うと、本当に必要な情報は無かったと言えると思います。というのは、

  ●温家宝首相が現場入りして陣頭指揮
  ●温家宝首相が被災者を激励
  ●成都市内、天府広場などで一夜を過ごした人民にインタビュー(「寒いですか?」など)
  ●病院に運び込まれる人、手当ての様子をレポート
  ●成都市内で、献血に参じる成都人民の様子

 などばかりです。

 これはどう解釈すべきか難しいところですが、中国当局側で、明らかに「演出」していると思うようになりました。温家宝首相が現場入りしたところで、別段なにか変化があるわけでもないでしょうし、温家宝首相の指示の様子も、そんなの誰でもいえるじゃん、というようなものばかりです(温首相に、隊員が報告しているシーンがあったのですが、温首相は、「一秒を争う」「望みあるなら最後まで」と言うばかりです)。

 瓦礫の下でうずくまってる方に、「もう少しでプロの救助隊が来る」と叫んだところで何か解決するのかなと、私などは懐疑的なのですけど、果たしてこれらはどの程度意味があるのでしょうか。そんなことを言わせている暇があるのなら、一刻も早く救助隊を入れたほうが良いと思うのですが。その時間、救助してないわけで。

 TVも、温首相の映像をかなり追ってる感じですが、彼の表情には、いつもの艶やかさや、笑顔は消え(彼の艶やかな笑顔は、外国人に妙に人気が有るようです)、かなりこわばった表情でした。日本の友人から、15時ごろの中国当局の記者会見の模様を見たという話が届いたのですが、中国当局の担当者の目が泳いでいた、とメールをくれました。

 一部の報道では、かなりの数の方がまだ生き埋めである、と報じています。思うのは、助かるか助からないかよりも、目の前で行われているという状況、「看得ドン」という状態じゃないと理解しないのではないか、と。そう考えると、今回の被害、震源地のwenchuan(ブン川)だけが強調されていますが、綿竹や徳陽(いずれも成都市の北の町。甚大な被害があったところ)にまできちっと救助の手が行ってるか、あるいは、行ってると人民が認識できる状態か、というところがポイントだと思います。

 読売などの記事では、少し住民の不満の声なども漏れ出ているようですから。
 
 今日、ネットカフェに行ったり、あるいは、アパートの管理人などの様子を見ていたのですけど、皆さん、TVにかじりついて様子を見守っています。やはりアレを見た人は、解放軍は頑張っていると見るでしょう。

 今回の件、振り返るにはまだ早いでしょうけど、ちょっと中国人のモロさが出たかなと思っています。確かに、地震は彼らにとっては「人生初」と言う人も多く、戸惑った人が大半だと思います。それは確かにそうなんですけど、しかし、そういう部分を差し引いて、日々の生活の中で「何が起きるか分らない」という認識や、「だからこそそれに対して備えておく」という意識が希薄か、無いんだな、と思うわけです。変な言い方をすると、毎日が毎日のまま続いていて当たり前であると思うだけに、トラブルにすぐパニくってしまうというか。

 学生に「将来はどうするの?」などと未来の事を聞くと、決まって、

「明日の事は分らない」

 と口々に言います。

「どうして日本人は将来のことを聞くのですか?」

 と問い返してくる学生も。このことと今回のことを結びつけて考えたいのですが、どうしても、

「いまさえあればいい。いま食べれればそれでいい」

 というような考え、拡大解釈すれば、御家人さんが指摘するような、「マナーの悪さ」にもつながると思います。

 つまりは、いまがあるかないかの、「○」か「×」かのどちらか。たとえば登山に行くときに、おにぎりや水だけでなく、非常食を備えていくように、だからこそ「備えよう」とか、だからこそ「準備しよう」ではなく、なんていうんでしょうか、自省的な視点……?いまさえあればいい、というのが透けて見えて、それが、ネットゲームやら、バスケしたりという緊張感のなさにつながるのではと思うのです(まぁ、私どもの大学は殆ど無被害なので、そうしてしまいたくなる気持は分らないのでもないのですが…)。

 彼らの言うように、確かに、Tomorrow never knowsではありますが、問題はそこから先。だからこそどうするのか。備えようというのが、ごくごく人間的だと思うのですけどねぇ……。

 現代中国人を見ていてもう一つ感じるのは、どんな事でもそれを誰かに責任を委譲することでしか、納得し得ないということです。確かに天災で甚大な被害で、その点は気の毒に思いますが、反面それを自分自身で抱え込んでいくというか、彼らの中から芯の強さをどうしても感じないのです(上手く言えないんですけど)。ゆえに他人へすぐに委譲する。それが分ってるからこそ、当局が奔走して、「救助(している様子)」を見せなければならない、ということかな、と思います。

 誤解の無いように繰り返して言えば、私が問題に思うのは、本来もっと自分で抱え込んでも良い部分ですら他人に委譲してしまうという傾向が、少なくとも中国人は日本人より強いのでは?…ということです。まず自分でできること、その上で……ということです。

 昨今、日本人もそんなふうになってると思います。辛いことは多く、不当な事も多いですが、まずは自分で考え、それでできない場合に回りと話し合い、その上で地域や法律や国が機能するというのが、非常に理想的で高度だと思うのです。

 話を戻しますけど、そう考えると、ほんとうにここ数日が当局にとって正念場だと思われます。さすがにこれを「愛国」という言葉では引っ張れないでしょうし。いまのところ、頑張る解放軍や、強い中国を演出していますが、援助疲れ、息切れなんかを起こし始めたら、ちょっと危ないでしょう。

 被災者は日を追って増えるでしょうし、これはチベットと違い、民間レベルでの被害ですからね。私の学生には被害がないでしょうが、学生の家族、親戚などで、やられた人も多いでしょう。都江堰出身の子も確か一人居たと思います。

 私がここで考察した事がかなり当たってる事だとすれば、これは中華民族のかなりの脆弱性を露呈した事ではないかな、と思うのです。何かが回ってるときはいいですけど、ちょっとでも狂い出したら、それが止まらない、あるいは何かに委譲せざるを得ない。それはかなり危ういことではないでしょうか。


 ■気になる事

 他にも気になる事があります。

 まず略奪。日本で珍しいと言われたのは震災などの際、それに乗じた略奪が少なかったということだそうですね(最近は出始めているようですが)。今回どうなのでしょうか。またはこれを黙殺、封じ込める方向なのでしょうか。
 
 あとは、旅行業界への影響です。

 私の友人で、日本語ガイドとして働く女の子が居るのですが、折からのチベット暴動の影響で、商売あがったり状態だそうです。日本からのツアーは軒並みキャンセル。今回の地震の震源地方面は、九寨溝への通り道ですから、これはこの業界への影響は甚大でしょう。

 お金関係で言えば、物価の上昇に拍車をかけるということはあるのでしょうか? この辺はおいおい体感を伴った上でレポートします。

 それから、どれだけ外国人が入るのか、ということです。チベットと違い、今回は開かれた場所でですけど、先に書いたように読売などが、民衆の「不満」を拾い始めています。これができるのは外国勢でしょう。どれだけ外国人が入るのか、または、外国人を入れないのか。その辺も一つポイントだと思われます。

 あとは、この問題に隠れる事もあろうかと思います。つい今しがたまで、胡錦涛訪日やチベットで揺れていたわけですけど、うっかりすると、中国が被害者ぶったまま、いままでの事を無かった事にするというか、そのままで居続けたり、居直ったりする可能性があります。地震は地震、それはそれときちっと分けて考えることが大事だと思いますし、逆に考えれば、当局が急いでいる理由、暴動や「着火」にならないように必死になってる理由が浮かび上がってくるのではないでしょうか。

 建物の話を少し書きましたが、下手すると天災が人災になる可能性もあります。このあたりは復旧が急がれるところです。

 以上、色々思いつくまま、素人考えで書いてみました。間違ってる箇所その他、色々あるかもしれません。その辺は大目に見ていただければ、と思います。また感じた事があれば、お伝えします。




 ……と、今回は現地ルポに加えなかなか考えさせられる部分もあり、話題が広くまた深くなったことで、読者の皆さんのインスピレーションを刺激する要素があちこちに散りばめられているといった観があるのではないでしょうか。

 おかげで、この後に掲載する私のレスも苦吟を繰り返したした上でようやくひねり出した、意味不明めいたものになっています。諒とされたし。

「下」に続く)





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「上」の続き)



●Aさん(2008/05/12/23:30送信)


御家人さん :

 いま、御家人さんのメールとCCTVを交互にみていました。22時のCCTVニュースでは、3000名死亡は硬いと報じています。ちょっと思ったのですが、これは、震源地に近いところには、チベット族や少数民族の方が住んでるところと推測します。亡くなったのはその多くが少数民族の方なんでしょうか。

 メールを書いている今も、余震が続いています。大雑把に平均すると20~30分に1回ほどのペースでしょうか。私自身、こんなに激しい地震は初めてですので、ビックリしている部分もあるのですが、私の学生の方がビックリしていて、地震が起きた当初は、学生はあわてて外に飛び出し、隣のクラスの子では、泣いている子も居たようです。

 御家人さんが書かれているように、成都市内の繁華街や市内はさほど大きな被害は無かったのかもしれません。ラジオを聴いていた学生の話では、都江堰方面はやばいらしいという話もあるようです。今後明日にかけ、被害情報が出てくるかもしれません。

 アパートでは、当初、電気ガス水道はOKだったのですが、TVとネットが断線してしまい、先ほどメールを送ったのはネットカフェからでした。いまは復旧しています。

 アパートのベランダからは、運動場&テニスコートが見えます。今日はこの時間でも電気が点いていて、夕方大学当局から学生は建物に近づかないようにというお達しが出ていたのですけど、それが引き続き継続してるのでしょうか。グランドで夜を明かすつもりでしょうか。2~3時間前に外を散歩(取材?)していたら、どっかから「打包」した弁当箱を持ってる男子学生が居ました。

 しかし、雰囲気は日本のそれとはちがっていて、学生もなんだか祭りでもあるのか?というほど、だらだらしている感じで、グランドではバスケットをする子も多いし、寝巻きで外に出てる子も見かけました。緊張感がないっていうんですかね。

 また階下のオーストラリア人の先生によると、地震直後、下着のまま外に飛び出した学生も居たようです。

 また何か情報が入りましたら、お伝えいたします。御家人さんもくれぐれもお体ご自愛くださいませ。体調という文字を良くお見受けするので、少々心配しています。






●Aさん(2008/05/13/09:48送信)


御家人さん :

 こちらで地元TV局が、被害状況を伝えています。都江堰方面がひどいようです。

 日本で伝わってるかどうか分りませんが、こちらで集めた情報をいくつか。

■大学内
 ・ 今日は一日全面休講。明日以降は不明。
 ・ 教室には鍵がかかり、建物への入室は不可
 ・ 学生は一夜を外で過ごした模様。私のアパートの前のテニスコートには、学生らが後にして散らかした様子が
 ・ しかし、学生は、トランプしたり、バスケしたりと昨夜は遅くまで騒いでいた模様。今日は小雨なので、だいぶ落ち着いていますが。
 ・ 中国人日本語教師などは、アパートから出て、昨夜は車の中で一夜を過ごした模様。話し振りから、余震を凄く怖がっており、地震にどう対応して良いのか分らない様子。火をすぐに消す、身を守る(頭を守る)等のことをお伝えしました。
 ・ 学内には、ベンチで休んでる学生が。昨夜きっと寝られなかったのでしょう。
 ・ 寮へ戻れるのかどうか、不明。

■市内
 ・ 成都市内、さほど被害がないと思っていたのですが、中国人教師によれば、50名死亡とか。怪我人も多いでしょう。
 ・ 古い家屋が成都市内には残っており、そういった家屋が潰された模様。
 ・ 昨夜のCCTVでは、四川省内の化学工場が倒壊、液体アンモニアが流出し、付近の住民6000名が避難、と伝えています。
 ・ 未だに余震が時折続いており、(20~30分に1回程度かな?)、かなり皆さん怖がっているようです。

といったところでしょうか。





●御家人(2008/05/13/17:03)


Aさん:

 速報大感謝です。交通・通信手段の寸断により地震の被害に関しては全容解明に程遠い状況ですが、過去30年における最悪のものとなることが確実視されており、「20世紀最大の地震災害」と呼ばれた1976年の唐山大地震を上回る被害になるのではないかという観測もあります。

 現地情報や気付いたこと、「このあたりは日本とは違うな」など、関連情報は貴重ですので御遠慮なく情報発信をお願いします。日本にいる者にとっては、身の回りのことについてのルポだけで、十分に価値ある情報になります。例えば以前のメールにありましたが、「地震当日にネットカフェでネトゲに興じているガキがいた」ということ自体、断片とはいえ現場の雰囲気の一端をうかがわせる貴重なニュースです。m(__)m

 それから当方からの質問なのですが、現地の在留邦人の情報収集は何に頼っているのでしょうか?ネットにつないで日本のニュースサイトなども閲覧できるのであれば理想的なのですが,何か不自由な点があれば当ブログにて日本側のまとめ的報道を紹介できればと思います。

 M6級の余震の可能性が指摘されていますから、何事においてもくれぐれも御無理なさることのないよう、お気をつけ下さい。


  ――――


 ……以上です。さっき流れた19時のNHKのニュースによると、死者は確認されただけで1万1921名に達したそうです。まずは在留邦人の皆さんのご無事を願うばかりです。

 現在、日本のメディアが次々に現地に入りつつあるようですが、基本的な情報はCCTVや新華社頼みです。それでも現地の方々に「こういう情報を出してほしい」というお求めがあれば、当方にて出来る限り対応させて頂きます。

 また、被災地を含む中国各地からの現地情報をお待ちしております。



 【在重慶日本国総領事館】四川省地震に関する皆様の安否確認について


 1.ご存じのとおり、12日午後2時30分頃、四川省ブン川県を震源地とする大きな地震が発生しました。

 2.これまで日本人の方が怪我をされた等の情報はありませんが、総領事館では、引き続き、四川省に滞在されている日本人の方の安否確認を様々なルートにより確認中です。

 3.この関連で、特に出張者あるいは観光客の方に関して、この地震により連絡が取りにくい状況にありましたら、以下の当館メール宛にご連絡下さい。

 アドレス:japancq@gmail.com

 http://www.chongqing.cn.emb-japan.go.jp/Japanese%20pages/top_page_j/anpi_kakunin.htm




 なお、昨夜(12日)の時点で早くも2ちゃんねるに秀逸な地図が出現しました。各地の被災状況はより深刻なものとなっていることは確実でしょうが、地理感覚の把握に大いに参考になると思います。





 今回の大地震に対する当ブログ本来のスタンスによる見解はAさんへの私の返信の中でも少し触れましたし、先日のコメント欄にて、



 素人ヲチ屋として冷たい言い方をすれば、今回の地震は胡錦涛にとって僥倖だったといえるでしょう。被害状況にもよりますが、政治的には最低でも2週間くらいはこのネタで時間が稼げます。

 うまくやればヒートアップした国民のエネルギーを散らすこともできるでしょう。ていうかこの地震を利用してそれをできないようであれば政治家失格。

 あとは詳報待ちですね。




 と書いた通りです。他にも言及すべきポイントが色々ありますが、詳細はまた回を改めて。





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 当ブログは素人がやっている悲しさで、中国観察日記ながら本来不可欠である「消息筋」というものに恵まれていません。

 留学時代に仲良くなった中国人学生がいまはひとかどの地位に就いていて、東京に出張してくる際にメールや電話ではとても話せない、色々な話を聴ける程度です。しかも私の友人は学究肌が多く、党務・政務関連に進んだ者は少ないので、話の深さには限りがあります。

 あとは別の意味で最強の消息筋がいます。盧溝橋を造った人を先祖に持ち純粋な旗人言葉を話す親王家の末裔とか、故・蒋経国一家のお抱え風水師とか……最強ですし色々面白い話を教えてくれるんですけど、あいにく当ブログが扱う方面とは無縁なものが多いのが残念。

 最も心強い存在は読者の皆さん、特に中国在住の方からのコメントです。すでに帰国なされていますが、北京大王たる「dongze」さんや東莞の反革命分子(笑)「五香粉」さんなどからは興味深い現地ルポを送って頂いていましたし、いまでもシンセン在住さんやqueさんをはじめとする皆さんが常に絶妙のタイミングで濃い内容のコメントを寄せて下さっています。

 このほか、メールにてまとまった情報を提供して下さる在中邦人の方々も結構いて、現地感に乏しい私にとってはいつも勉強させて頂いております。ただし、私もひとまとまりの文章を返信しようとするので、レスまで時間がかかってしまいいつも心苦しい思いをしています。

 ――――

 このほど、胡錦涛来日のドタバタが一段落したのでようやく返信作業に入れるかと思ったら,今度は四川大震災。今年の中国はあまりに「濃すぎ」ます。

 考えてもみて下さい。年頭からの出来事を並べてみれば、物価高、雪害、毒餃子事件、政府部門の世代交代、チベット問題、ウイグル問題、株安、高まる「愛国無罪」の気運(排外的ナショナリズム&中国世界最強気分)、そして国家主席来日。……その合間合間にはお決まりの農村暴動や再開発・立ち退きをめぐる都市での騒動があり、また「散歩」という名のデモが大都市で発生したりもしました。それでもまだ北京五輪を控えているのですから、今年はこの先、何が起きても不思議ではないように思えてきます。

 それはともかく、以前当ブログにも登場して頂いた、四川省成都市の大学で日本語を教えているAさんから頂いたメールに対し、ようやく時間が空いたということで返信を書いていたところで今回の大地震です。成都市は震源地から最も近い大都市であり、またやはり大きな揺れに見舞われたということで、現地ルポとしての価値があるかと思い、Aさんのお許しを得て以下に掲載する次第です。

 大地震そのものだけでなく、「愛国無罪」の予兆ともいえる「I love Chine」Tシャツの流行に対する御考察もあり、Aさんからのメールは非常に濃厚にして、かつ震災に遭遇した現地の空気をよく伝えた実に興味深く,価値ある内容となっています。



●Aさん(2008/05/12/11:01送信)


御家人さん :

 こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

 成都もだんだんと暑くなって来ました。つい此間まで、暖房を入れていたのですが、間髪も無く、いまはついついクーラーを入れてしまう日々です。元来、クーラーなど余り好きではないのですが、この街は風が吹かないので、どうも部屋がむっとしてしまい・・・つけてしまうというわけです。

 さて、胡錦涛訪日などで日中を取り巻く状況が日々変化していますが、こちらで感じた事などまた少しありますので、いくつか伝えさせてください。

■I love china のTシャツ

 先週の半ばくらいからでしょうか、大学構内で、「I love china 」のTシャツを見かけるようになりました。いくつかのタイプがあるようで、前面が、「I love china (loveの部分は、赤いハートマー ク)」で、背面が、中国の領土を示したもの、あるいは、「beijing 2008」などというものです。

 大学構内には、「Tシャツ売ります」というような張り紙も結構出ていましたので、そういうところに目をつけた「業者」が居るのかもしれません。

 日に日にこのTシャツを着ている人が増えています。私のクラスでも何人か居るのですが、どういう傾向があるかといえば(言葉を選ばず言えば)、単細胞的な短絡的な思考の子が着る傾向にあるように感じます。

 あるいは、深い意味も考えずにカルチャー的に着ているのかな、と。先日の長野騒動の際、CCTVのHPに載った中国人女子留学生と思しき女の子の頬にフェイスペインティングを見かけました。五星旗があんなにカジュアルに捉えられている事に、異様な思いを持ちました。以前中国人に、あれは「血の色」と聞いた事がありますが(どこの国旗もそれぞれに歴史が有ると言ってしまえばそれまでですが)、カジュアルすぎるというか、彼らの根っこのなさ、ただただ浮ついた気持を画面を通して感じ考えました。

 まぁ、デザイン的には、あまり格好の良いものとは言えないし、他の子はきっと「そこまでしなくても・・・」という思いがあるのかもしれません。
 
 いま、いくつかのタイプがあると書きましたが、今日見かけたもので、バックプリントが、「listen to China's voice」と書かれているものがありました。

 また、先日私の会話の授業のなかで、ちょっとしたロールプレイをやってもらったのですが、結構「聖火リレーのトーチをフランスに奪われた」というテーマで話す子が何人か居たりします。彼らの思考を想像するに、「被害者である」という意識が、集団的に根付いているらしく、また、そもそも「思考する」ということや「理由を落ち着いて考える」ということをできないし知らないのがいまの学生ですから、何か「燃料」が投下された場合、すぐに着火し易い状態、沸点に近づいているというのかな、と、御家人さんの記事とあわせて考えて、思います。

 繰り返して書けば、御家人さんの記事を読ませてもらって、共産党上層部は、あれこれあわてている様でもありますが、実際民間大学生は、表面上あわてているわけでもなさそう、とも見えましたし、いままでそう見ていました。しかし、大学生の流れが、着実に、「被害者モードon!」になってるわけで、この、ゆっくりと、しかしじわっとした流れが、どこに行くか分からない、というのが、御家人さんがかねてから何度も指摘されていることなのかな、とも思います。

 最近、街に行き、日本から来ましたと語っても、そんなに引かれるケースは少なくなり、寧ろ、「日本に行きたい」だの、「日本の漫画はxxx」、「浜崎あゆみがxxx」、「ジャニーズのxxxは・・・」という事ばかり語られます。これは私だけの経験ではないようで、特に「中国って反日なんでしょ?」と感じてしまったまま中国入りする旅行者やバックパッカーなんかは、逆の反動で、「別に中国って大したこと無かったよ」という感想になり、「政治が言い過ぎるんだ、仲良くすればいいじゃないか」という論法につながってるように思います。

 こういうことが、一見理想的な形のようで、非常に表面的で、目を眩ませることではないかな、と危惧しています。






●Aさん(2008/05/12/18:22送信)


御家人さん :

 たびたびメール失礼します。

 ご存知のように、今日14:29ごろ、こちらで大きな地震が発生しました。ちょうどそのときは、私は授業が始まるころで、教室で待機していたのですが、かなり大きく長いゆれを感じました。

 今のところ、私の学生を含め、私の大学では大きな被害は出ていないようです(多少、学食の窓ガラスが割れた、コンクリートが落ちた、ということはありましたが)。

 私は比較的落ち着いていたのですが、学生らは、ほとんどの子が地震初体験ということで、かなり動揺しているようです。

 気になるのは、大学の建物の耐震構造です。建築は詳しくないのですけど、こちらは地震が少ないという風に一般的に言われていることもあり、非常に貧弱な構造では、と思われます。

 事実、いま、大学当局から建物から離れ、広い場所へという指示が出されており、学生、教職員とも運動場などに避難しています。
 
 電気、ガスなどは使えますので、部屋に戻れば普段の生活ができるのでしょうけど、少々不安が残りますね。

 とはいっても、いま、ネットカフェからメールを書いていますが、となりの学生と思しき男の子なんかは、地震なんかかんけーねーといわんばかりに、ゲームに興じています。もちろん地震を体験したはずですが。
 
 とりあえずこんなところです。

 なお、「I love china」ですが、あれは、「I love NY」のパロディ的なデザインなんでしょうね。今日、地震発生後に構内を歩いていて、また増えたなぁと思ってるところです。数にすれば全体の1割~1.5割なんでしょうけど、目立つというか…。





●御家人(2008/05/12/22:34送信)


Aさん:

 御家人です。何度もメールを頂きながら御返事を差し上げず申し訳ありませんでした。この時期、仕事はオフシーズンなのですが、お察しの通り胡錦涛来日や長野での聖火リレー余波などでのあれこれがあり、また身体の方も本調子ではないため、Aさんはじめ色々な方に不義理をしてしまっております。m(__)m

 それにしても今年の中国は年頭以来、休むヒマを与えてくれません。胡錦涛が帰国してやれやれと思った途端に今度は大地震。NHKのニュースもトップ扱いでした。成都の西北西90kmが震源でマグニチュード7.8級とのこと。新華社によると確認された死者はすでに107名。ご無事なようで何よりですが、御懸念の通り小学校や中学校が姿をとどめぬほど倒壊して瓦礫の山と化したような映像がこちらでも流れています。

 ニュース映像をみる限りでは、成都市では地震に不慣れな市民は随分驚いている様子でしたが、市内で大きな被害が出ていなければ、いまごろは落ち着きを取り戻しているのではないでしょうか。ライフラインが寸断している地区もあるようですが、成都は大事に至らず僥倖でありました。ただ余震にはくれぐれも御注意下さい。私が留学していた時代は情報収集のためNHKやBBCを聴くぺく短波ラジオが必携だったのですけど、ネットと携帯のある現在ではお持ちの方がどれほどいらっしゃるか……。

 ともあれ温家宝が陣頭指揮のため現地入りするとのこと。といっても震源地とは連絡が途絶えているためまず成都に飛行機で入ることになるのではないでしょうか。

 成都からのお便りをいつも楽しみに拝見しています。カルフールのときも速報して頂きありがとうございました。

 若い世代の間で浸透し始めている「I love China」はちょっと怖い現象です。こうしたエネルギーは往々にして一定レベルまで浸透したところで突如噴出するものです。私がよく使う「ライトユーザー」まで取り込むようになると、政府もうかつにねじ伏せられないパワーとなります。問題は正に御指摘の通り、聖火リレー以来のドタバタについて被害者意識が強いという点でして、被害者だけに「噴出」段階という「キレる」時点で、これが攻撃的なものとなりかねません。

 私の体験でいえば、エネルギーは「噴出」するまで多くの人がその兆候に気付かず、火の手が上がったのをみて驚くものです。これが「ライトユーザー」をも広く取り込むようになると、ムーブメントの内容次第では党中央が「動乱」認定を出さなければならない騒ぎになります。ただ私が現地で体験した民主化運動と違って、現在は「愛国」という錦の御旗に正面切ってダメ出しできない状況ですから、当局も扱い方に苦慮することでしょう。

 文化大革命など政治運動を経た経験から、当局発表については何事もまず疑ってかかった私と同世代や、それより年長の中国人と違って、現在の若い世代は政治運動を知らず、愛国主義教育を受けていること、また歪んだ形ながらも経済発展を実現しつつある現状を基本的には肯定していることから、あまりに素直にコロリと騙されている印象があります。カルフールやCNNへの敵意で垣間見えることができたかと思いますが、あれは「噴出」段階にはまだまだ距離があります。せいぜい前座といったところです。

 ただ素人ヲチ屋の見方から冷徹に申し上げますと、当局が大衆の扱い方や民意の機微に長けていれば、今後実情が明らかになるにつれ被害状況が確実に拡大するであろう今回の地震を奇貨とすることでしょう。充満しつつある排外的ナショナリズム、あるいは「中国世界最強」型のエネルギーに対し、「被災地を救え」キャンペーンを発動することで、「熱」を散らすことに利用するかと思います。

 被災地救済も「愛国的活動」ですから、これへ目を向けさせることで排外的気分や被害者意識をレベルダウンさせつつ、充満したエネルギーを上手に費消させることができるかも知れません。「素人ヲチ屋の見方から冷徹に」というのは、この角度からみた場合、当局にとって地震の被害は大きいほどよい、ということになるからです(いま地震の死者が3000~5000人・負傷者1万人になる可能性との新華社電をNHKが伝えています)。

 御無沙汰してしまった件、改めてお詫び申し上げます。残された御任期をつつがなく送られるよう東京の空の下で祈年しております。


「下」に続く)



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 中国人民が最近、何やら熱暴走気味なのが気になります。

 「亡国の兆」というのは余りに大袈裟ですけど、これだけハイテンションで突っ走っていると、北京五輪までの間に、どこかで何事かが起こることは避けられないように思います。むろん、「何事か」というのは荒れるとか暴発するとかいった、国際社会にとって望ましくない事態。

 これについては前回言及した通りです。


 最近は、聖火リレーで日本や韓国の在外中国人が頑張った、聖火を守り切って海外ルートを終えることができた、中国に不遜な報道をしたCNNを在米華僑が訴えた、そのCNNは謝罪の方向で動いている、聖火リレーで中国の面子を潰したフランスは詫びを入れてきた、カルフールはひれ伏した、ドイツ企業の広告が中国人を侮辱する印象を与える(と漢人どもは考えている)ということで抗議し撤去させた、……などといった「中国最強」ムードに漢人自身が酔いしれている真っ最中。

 そしていま現在は、エベレストの頂上まで聖火を運び上げたことでボルテージ最高中国世界最強といったところでしょう。




 そのハイテンションを利用して政治的に何かを画策する動きが中国上層部の中にあれば、いよいよ剣呑ということになります。その種の動向は、まだ明確にはみえてきていませんけど。

 3月に発生したチベット問題が聖火リレーを経て「攘夷運動」へと変質し、排外的ナショナリズムが中国全土を席巻しました。これは単にカルフール不買運動とかアンチCNNというだけではありません。

「西側諸国は中国への理解が不足している」

「国際社会は中国という別系統の文明を受け入れるべきだ」

 といった論調が中国国内メディアに出始めています。これまでは人権問題などでつつかれると、

「わが国の特殊な国情に鑑みれば……」

 などと言い訳していたものですが、最近はこの「特殊な国情」を
西側とは別種のスタンダードとして受け入れろ、という一歩踏み込んだ姿勢に変化してきているように思います。西側先進国を中心とする従来の「国際基準」に「中国基準」も肩を並べる形で認知しろ、という訳です。そのうちに「中国こそが世界基準」などと言い出しかねません。要するに「攘夷」だけではなく、夜郎自大というか増上慢ともいうべき症状も目につくようになってきた、ということです。

 ――――

 ガス抜きという言い方がありますけど、この種のエネルギーというものは、ある程度まで燃焼させないと沈静化しません。カルフール不買運動に象徴される「愛国」という大義名分の下に台頭した排外的ナショナリズムに対し、それを過剰に煽り過ぎて自業自得、逆に持て余す形になってしまった中国当局は、

「一番の愛国は自らの本分を尽くすこと」

「自分の持ち場をしっかりと守り、より完璧を目指して究めることこそ最大の愛国活動」

 といった胡錦涛が北京大学で発表した重要講話で具体的な「愛国活動」を一応押さえ込むことができました。ただし、「歪んだ愛国主義」ともいうべき蓄積されたエネルギーがそれで消えてくれたか、といえばどうやらそうではなさそうであることは、上述したような集団ヒステリーじみている「中国最強」ムードをみれば一目瞭然です。

 こうした爆発力を残している危険な兆候(というか現実)に対し、中国当局はいまなお持て余し気味であるようです。党中央機関紙『人民日報』が5月10日付で「オリンピックの栄光は全世界のもの」という署名論文を掲載しました。新華社での扱いも大きいですから重要論文といっていいでしょう。



 「アジアにおいて3回目のオリンピックが20年ぶりに開催されるが、北京五輪は中国人民だけのものではなく、日本人民を含めたアジア人民のものでもあり、世界各国人民のものである」と胡錦涛(国家)主席は日本訪問中に指摘した。


 ●人民日報評論員文章:奧林匹克光榮屬於全世界(新華網 2008/05/10/20:00)
 http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-05/10/content_8142579.htm




 という書き出しで始まるこの署名論文は、要するに
「お前ら北京五輪は中国のものだなんて勘違いして変に盛り上がるなよ」と、中国国民のハイテンションを戒めるものでしょう。わざわざ「日本人民を含めたアジア人民のもの」と日本が出てくるのは日本滞在時ゆえに胡錦涛がそう発言したのかも知れませんが、この発言が中国で報じられることを念頭に置いていたと考えれば、「反日」気運を前もって封殺しておくという意図がある可能性もあります。

 ネット世論が「中国最強」ムードといった「あらえっさっさー」状態に近いことは一応警戒すべきものです。このエネルギーが例によって「愛国」の名のもとに日本への反感という形へベクトルの向きが改められ、それが何らかの行動という形で現実世界に出現すれば、2005年春の反日騒動の再来となりかねません。胡錦涛の今回の訪日の成果に対し「妥協的」「日本に甘過ぎ」という評価が軍部を含む党上層部内で勢いを持てば、ベクトルを改めようとする向きも出てくることでしょう。

 単なる「反日」ではなく、2005年と同様に胡錦涛をめぐる政治状況が背景となり、牽引役ともなります。要するに政争ということですが、この場合は単に対外強硬派だけでなく、上海閥に代表される利権集団、要するに過去30年の改革開放政策で形成された既得権益集団が、胡錦涛政権が挑もうとしている政治・経済面での構造改革に対する「抵抗勢力」としてより大きな存在感を示すことになるかと思われます。胡錦涛の敵に回る訳です。

 こうした政治勢力が2005年と同様に、「愛国」という誰もが異を唱えにくい錦の御旗を押し立てて、「反日」という排外的ナショナリズムで胡錦涛政権を揺さぶろうとするのではないかと。「反日」ではなく「反米」かも知れませんが、可燃度の高さがずば抜けている以上、政争を仕掛けたい連中が「反日」を選択する可能性は高いと思います。……もちろん、もし政争が勃発するなら、ではありますが。

 その場合、いまなお深刻化し続けている超格差社会、物価高をはじめとするインフレ懸念を拭い去れない経済状況、株安、党幹部による汚職の蔓延、環境汚染や食の安全問題……などにより国民の間にフラストレーションが蓄積されているという、2005年春よりもより悪化している現状が事態を拡大させることになるでしょう。

  個人的には、中共一党独裁体制が「反日」で始まる国民の「暴発」を上手に押さえ込むのは相当困難ではないかと考えています。また、中国社会に「暴発」を包容できるだけの体力や余裕が残されているとも想像しにくいです。

 ――――

 中国国民のハイテンションを中国当局が持て余しているらしい形跡を、もうひとつ挙げることができます。胡錦涛が日本滞在中に在日華僑・留学生の代表と面会した際、

「4月に長野で行われた聖火リレーを守ってくれたという、みなさんの情熱的な行動に感謝する」

 と公言しているのです。「長野」は日本人の対中感情に大きな変化をもたらしました。むろん、中国にとっては望ましくない変化です。その直接の原因をつくったあの長野を埋め尽くした五星紅旗の波を、何と胡錦涛が自ら肯定してみせたのです。

 ● 胡錦濤感謝中國留日學生保護聖火(新華網 2008/05/09/07:08)
 http://news.xinhuanet.com/overseas/2008-05/09/content_8132537.htm

 日本のメディアがこれを報じたかどうか確認していませんが、日本人はこの事実だけはしっかり覚えておくべきだと思います。胡錦涛のこの発言、「長野」を肯定せざるを得なかった状況があったのかも知れませんが、日本人の感情を逆撫でにするものといっていいでしょう。

 一方で、もし「肯定せざるを得なかった」状況があったのだとすれば、胡錦涛をめぐる政治状況が厳しいものになっていると想像することができます。いよいよ剣呑という訳です。

 そして、標題の件ということになります。「中国最強」という熱暴走の鉾先が日本に向くかCNN絡みで米国に向くか、あるいはダライ・ラマ十四世との絡みで英国になるかはともかく、もし「反日」ということであれば、事態を流動的にする要因が今回の胡錦涛来日でひとつ加わりました。大したことではないかも知れませんが、「大したこと」につながる火種のひとつになるかも知れません。



 ●「人権問題で対話と協力」盛り込む 日中合意文書(asahi.com 2008/05/08/12:19)
 http://www.asahi.com/politics/update/0508/TKY200805080115.html

 日中両政府は8日、福田首相と胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席との7日の首脳会談で合意した内容について、「日中両政府の交流と協力の強化に関する共同プレス発表」として公表した。両首脳が7日署名した共同声明では触れられなかった人権分野での協力など70項目が盛り込まれた。
(中略)

 このほか、
海上自衛隊艦船の6月訪中などの防衛交流、経済貿易、省エネ、環境保護、資源など幅広い分野の協力が盛り込まれた。(後略)



 ええ、「日本鬼子」の再来です。「日本海軍」の軍艦があの日の丸と軍艦旗を掲げて中国にやって来るというのです。「行きはよいよい『返り』は怖い」が実現する運びとなりました。それもカナーリ微妙な時期に。

 ●極上燃料?「日本鬼子」の再来だ!(2007/09/05)
 ●行きはよいよい「返り」は怖い?駆逐艦訪日で「東亞病夫」の面目躍如。(2007/11/29)

 これについては上記エントリーでほぼ言い尽くしておりますので特に付言することはありません。……あ、日本を親善訪問するに際して、乗員の多くに「複雑な感情」、つまり相当な抵抗感があったという指揮官のコメントが当時の中国側の報道の中にありました。

 親善訪問専門である冠婚葬祭鑑の乗員でもそんな具合ですから、一般市民とりわけ糞青ども(自称愛国者の反日信者)の反応いかばかりかと考えずにはおれない次第。

 とりあえず、「事態を流動的にする要因」がひとつ加わったということを頭の隅っこにでも留めておいて頂ければ幸いです。

 それから胡錦涛による
「お前ら長野ではGJ!」発言、これは怒りとともに胸に刻むべきものであるように思います。





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 日本で画期的な動きがあったために、このところ中国をお留守にしてしまいました。……という訳で一週間ぶりに戻ってみたら、何やら怪しげな新展開めいた状況が。

 あと数日寝かせて様子をみたいネタなのですが、なかなか気になる火種です。とりあえずいえることは、

「関西方面の皆さん、胡錦涛歓迎OFFを奴の行く先々で執拗にどんどんやっちゃって下さい」

 ……ってこれじゃあ禅問答ですから順を追って話の筋をば。

 ――――

 3月にチベット問題が発生した初動期における中国当局の対応が「中共一党独裁体制」を死守するためのマニュアルに沿ったものであることは当ブログで指摘してきた通りです。簡単にいえば、

 ●対外的には国際社会における存在感にあぐらをかいて居直る。
 ●対内的には報道管制、思想統制、政治教育、印象操作といった厳しい「結界」を張ることで、「悪者はダライ集団」という線で国民の意思統一を図る。

 というものでした。この時点における中共政権にとっての嬉しい誤算は、総人口の9割以上を漢族が占めるという状況下で悪者認定されたのがチベット人という「異民族」だということ。予想以上に「意思統一」の効果が上がったようです。

 当局はこりゃ好都合とばかりに「ダライ集団」批判にいよいよ力を入れる一方で、漢族の「ダライ憎し」が中国国内のチベット人に対する排斥運動などに発展しないよう、派手ながらも細かい配慮に基づいた宣伝工作を展開し始めました。

 ところがこのチベット問題が聖火リレーに対する抗議活動というこれまた意外な方向へと飛び火します。種火をもらったアテネに始まって、リレーではロンドン、パリ、サンフランシスコと、行く先々で開催国としての面子丸潰れ事態が続出。

 隠蔽しきれぬ状況に中国当局は開き直って「聖火を守れ」運動へシフトです。悪者は「ダライ集団とそれを支援する海外勢力」に拡大され、同時に聖火リレーを激しく「妨害」した国に鉾先を向ける形で、「聖火を守れ」ともども愛国主義モードに突入しました。……正確には愛国主義に名を借りた排外的ナショナリズムを煽り立てるというタチの悪い、しかし中共政権にとってはマニュアル通りのお約束な展開です。

 ――――

 ところが。初動期の嬉しい誤算で「異民族の畜生め」と可燃度が高くなっていた中国国民,特に江沢民の始めた愛国主義教育を全身に浴びて育った危険体質の若い世代が、この愛国モードで当局が展開した更なる煽りによってとうとう大炎上してしまいました。これによって事態は「チベット問題」から「攘夷運動」へと質的転換を遂げることとなります。

 ●これは胎動なのか?(2008/04/17)

 差し当たっての標的とされたのはフランス系スーパーのカルフール。4月下旬に不買運動が展開された後、チェーンメールなどで密かに計画されていた通り、5月1日に国内の主要都市で改めて示威活動が行われました。

 ●「反日注意報」発令、外出時は傘をお忘れなく。 (2008/04/19)
 ●【攘夷】何だか始まっちゃったようですが。【速報】(2008/05/01)

 シナリオ通りに躍ってくれた糞青ども(自称愛国者の反日信者)に、

「当局がこれを放置していたら『愛国無罪』の再来は必至だ。下手をすれば北京五輪が吹っ飛ぶ。うひょひょ」

 と私は胸が痛みました。……というところで舞台が日本に移ってしまったのですね。

 ――――

 さすがに当局も煽り過ぎたことを後悔したようで、4月下旬にカルフール不買運動が展開された時点から「火消しモード」に入ります。新聞やニュースサイトには、

「理性的な愛国を」

「一番の愛国は自らの本分を尽くすこと」

「学生にとって最大の愛国活動は学業に打ち込むことだ」

 といった体裁の論評記事が続々と登場。ただ偶然なのかどうかメディアの足並みにバラつきがあったため、「煽り」の余熱を引きずったままの不徹底な沈静化工作となり、上述したように5月1日の「攘夷活動」を許してしまいました。

 これに危機感を抱いたのか、5月3日に胡錦涛・国家主席が北京大学を視察した際に重要講話を発表。内容は「一番の愛国は自らの本分を尽くすこと」そのものの徹底した「火消し」調で、この「胡錦涛講話」を学生に浸透させるべく各大学が政治学習の強化を打ち出し、さらには教育部までが通達を発して胡錦涛講話に学べと大号令。

 一方で糞青どもの総本山であり、カルフール不買運動でも主動的役割を担ったと思われる「中国民間保釣連合会」「愛国者同盟網」といった反日サイトには恐らく政治的圧力がかけられたのでしょう。「攘夷運動」はこの時点から急速にしぼんでしまうのです。訪日で北京を留守にすることになる胡錦涛が出発直前にクギを刺したことが奏功したとみるべきなのか、それとも最高指導者の胡錦涛がわざわざ出馬しなければならないほど「攘夷熱」が危険水域に近づいていたのかは不明です。ネット世論の動向から、たぶん前者ではないかと個人的には考えています。

 ともあれ狂躁が一段落したことで、当ブログの出した「反日注意報」も非公開ながら胡錦涛講話がメディアに出た5月4日付で解除。……したのですが、ひょっとすると数日中に再発令ということになるかも知れません。ちょっと寝かせて様子をみなければならないというのが、この今後数日間です。

 ――――

 気象概況を申し上げますと、攘夷熱が終息して天候が回復してきた矢先に、気になる前線がにわかに張り出してきた、といったところでしょうか。この前線の発達具合で注意報を出すかどうかも決まるのですが、その前線というのが中国外交部の神経過敏ぶりなのです。より具体的には、胡錦涛が来日してから日本で行われている様々なチベット支援を中心とする抗議活動に対する反応。軽くスルーすればいいものの、外交部報道官はなぜかタイムリーにいちいち脊髄反射して不快感を表明するのです。

 といっても、現時点までで目立った抗議活動が行われたのはまだ2回だけ。まずは来日初日の5月6日に4000人が馳せ参じるチベット支援デモが行われ、一方で胡錦涛が福田首相と会見・会食するレストランに近い日比谷公園では警官隊とデモ隊の小競り合いが発生しています。

 続いてはつい昨日(5月8日)の、胡錦涛が講演を行う早稲田大学周辺での抗議活動&小競り合い。……ということになりますが、外交部報道官は定例記者会見においてどちらにも俊敏に反応しているのです。

 1回目については前々回に紹介した通りです。「少数の右翼分子」という表現で、日本としては、またテーマに照らしても異例の大規模デモを、何やら右翼の街宣車がうるさく走り回っただけのような印象に変えてしまいました。

 昨日の早大攻防戦については、同日午後の定例記者会見でこれまた素早く反応。日本側の報道によると、



 ●胡錦濤主席:「講演先での抗議行動は少数」…中国外務省(毎日jp 2008/05/08/19:46)
 http://mainichi.jp/select/world/asia/news/20080509k0000m030049000c.html

 【北京・浦松丈二】中国外務省の秦剛副報道局長は8日の定例会見で、来日中の胡錦濤国家主席の講演先で起きた中国への抗議行動について「極めて少数だった。大半の日本国民は日中友好を支持していると信じる」と述べた。さらに「一部の人による騒音で中日関係発展の車輪や両国民の友好の潮流が妨げられることはない」と強調した。




 と簡単にまとめていますが、実際は報道官の回答としてはかなり長い発言です。



 記者「胡錦涛主席が早稲田大学で講演した際、大学構内でチベット独立を支持する抗議活動が発生したが?」

 秦剛「一部の勢力や人間が胡錦涛主席の訪日期間中に何らかの活動を行っていると聞いている。だがここで指摘しておきたい。それらはごく少数の人間による行為に過ぎず、広範な日本人民は中日友好を支持しており……(中略)……一部の人間による騒音で、中日関係の発展を前進させる車輪と、中日両国人民の友好という時代の流れが妨げられることはない。この一部の人間の騒音が何デシベルあるかは知らないが、チベットは結局のところチベットで、中華人民共和国の分つことを許されない領土の一部分であり、チベットの歴史の進歩を連中には妨げることなどできない。……と、連中には言っておく」


 ●秦剛就胡錦濤訪日、梅韋傑夫訪華、援緬等答問(新華網 2008/05/08/21:33)
 http://news.xinhuanet.com/world/2008-05/08/content_8131751.htm




 チベット、チベットとしきりに言っています。チベット問題に関する質問ですから当然といえば当然なのですが、果たしてこの発言、秦剛は誰に向けて言っているのか?と考えてしまいます。そりゃチベット独立派だろーと言いたいところですが、

「一部の勢力や人間が胡錦涛主席の訪日期間中に何らかの活動を行っていると聞いている」

 という伝聞調の切り出しは、どこか他人事めいた物言いで斜に構えた姿勢。

「一部の人間による騒音で、中日関係の発展を前進させる車輪と……」

 というどこかよそよそしい表現も、チベット独立派に向けたものであるなら
「真っ向からぶった斬る」といういつもの気魄が欠けているように思います。文脈からして日中両国の国民でないことは明白ですが、日本政府に向けられたものでもありません。

 ……実は私自身,未だに答を出せないでいるのですが、一方で別種の状況が進行しています。チベット問題勃発から排外的ナショナリズムの火の手が上がるまで、今回は常に「煽り役」の旗頭だった『環球時報』が、昨日あたりから気になる記事を出し始めています。

 『環球時報』といえば党中央機関紙である『人民日報』系の国際紙で、新華社系列の『国際先駆導報』とともに電波系反日基地外紙の王道を歩んでいる新聞。聖火リレー問題では西側メディアや英独仏への悪罵を放ち続けて健在ぶり(笑)をアピールしていたのですが、前述した胡錦涛の重要講話が出た時点から大人しい論調に転じていました。鉾を収めたといったところです。

 ――――

 ところがその『環球時報』が、今度は最大の敵役である日本に向けて剣を抜いたかのような気配を示しています。以下は同紙電子版「環球網」の記事から。

 ●自民党タカ派が福田首相の対中平身低頭外交を批判(2008/05/08/14:56)
 http://world.huanqiu.com/roll/2008-05/106313.html

 ●中国、日本の常任理事国入りに初めて前向きな姿勢を示す(2008/05/08/14:59)
 http://www.huanqiu.com/first/2008-05/106316.html

 ●東シナ海ガス田問題で中国が譲歩か(2008/05/08/18:50)
 http://world.huanqiu.com/roll/2008-05/106494.html

 ●胡錦涛主席が早大で講演「歴史を銘記するのは恨みを抱き続けるためではない」(2008/05/09/05:57)
 http://china.huanqiu.com/roll/2008-05/106625.html

 ●日本の右翼はパンダを拒否することで中日関係を破壊しようという馬鹿なことを考えている(2008/05/09/07:09)
 http://www.huanqiu.com/first/2008-05/106636.html

 4本目が中国新聞社の配信記事である以外は、いずれも日本メディアの報道を引き写したか孫引きしたものです。

 タイトルからわかるように、糞青どもを反日モードへと誘導するかのような記事ばかり。右翼やタカ派の暗躍でなければ、中国が日本に対して譲歩している印象を与えるネタで揃えています。燃料投下といっていいかも知れません。実際に各記事に付随する掲示板には糞青テイストな書き込みが殺到中。

 ――――

 これが本来の『環球時報』、といってしまってもいいのですが、わざわざ「暖春」などと銘打ち、融和ムードを盛り上げて胡錦涛が日本に滞在しているこの時期ですから、御法度の水をぶっかけるような記事という見方も可能です。まずは、そういう記事が呼吸する余地があるということが気になります。

 それからこうした糞青どもを騒がせそうな記事は、胡錦涛が訪日前に出した「重要講話」に貫かれている火消しモード全開路線に異を唱える性質のものといえなくもありません。

 官製通信社が配信した
「早大講演」はオフィシャルなものですから演説稿全文が新華社から出ていますが、この「早大講演」に『環球時報』の「常任理事国」「東シナ海」の2つを加えて並べると、眺めるうちに糞青でなくても、

「胡錦涛の対日路線、ちょっと甘過ぎじゃないか?」

 という印象が漢人の頭に浮かんでも決して不思議ではありません。

 特に最近は、聖火リレーで日本や韓国の在外中国人が頑張った、聖火を守り切って海外ルートを終えることができた、中国に不遜な報道をしたCNNを在米華僑が訴えた、そのCNNは謝罪の方向で動いている、カルフールはひれ伏した、ドイツ企業の広告が中国人を侮辱する印象を与える(と漢人どもは考えている)ということで抗議し撤去させた、……などといった「中国最強」ムードに漢人自身が酔いしれている真っ最中。

 そしていま現在は、エベレストの頂上まで聖火を運び上げたことでボルテージ最高中国世界最強といったところでしょうから、
「胡錦涛は日本に甘すぎるのではないか?」というイメージが余計に際立つ時期です。

 ――――

 それが小市民であれば床屋の政談で済むことでしょうけど、党中央クラスとなれば話は別なものとなります。……とまあ、要するに下衆の勘繰りへと話を持っていきたい訳で(笑)。

 『環球時報』が他紙と横並びでなく、特定の政治勢力の拠点として独自に機能しているのであれば、一連の報道は胡錦涛路線に対する立派な異議申し立てということになります。糞青でなくても、その飼い主になっていそうな対外強硬派なら文句をつけたくなるところでしょう。チベット問題への対処、例えばチベット亡命政府との接触を許したこと自体,気に食わないことだろうと思います。軍人あたりなどは特に。

 その軍人の中でも血気盛んであろう若手将校などを対象に、胡錦涛講話の学習活動を行わせたという『解放軍報』(人民解放軍機関紙)の記事が「新華網」に転載されていました。

 ● 全軍青年官兵深入學習胡錦濤考察北大講話精神(新華網 2008/05//05/09:03)
 http://news.xinhuanet.com/mil/2008-05/05/content_8106552.htm

 
「一番の愛国は自らの本分を尽くすこと」ですから、余計な議論などせずに戦技を磨け、部下掌握力を高めよ、精神を練れ、といったことになるのでしょうか。胡錦涛講話を浸透させる対象がまだ明確でないため何とも評し難いのですが、邪推モードに入ってしまうとこういう記事も意味ありげに見えてくるので困ります(笑)。まずは「新華網」が転載したところから気になるのです。

 現在の胡錦涛路線からすれば反日の旗振りが行われる可能性は低いでしょうが、2005年春の反日騒動のときのように、政争の具として反日が持ち出されるのであればこの限りではありません。『環球時報』テイストな記事が垂れ流され続け、大手ポータルのニュースサイトもそれを転載していく動きが強まれば、ネット世論の風向きもおかしくなる可能性があります。何といっても「外敵」の中で可燃度の最も高い相手ですから。2005年にはネット上で行われていた署名活動を成都のイトーヨーカドー前という現実世界で行ったところ、いきなりプチ暴動が起きています。何が導火線になるかわからないところが反日の怖さです。

 政争であれば、上述したように対日政策における強硬度をめぐる不協和音か、さもなくばチベット問題の処理に関する意見対立といったところではないかと思います。本当にそういう気配があるなら、ですけど。

 ――――

 そこで冒頭の、

「関西方面の皆さん、胡錦涛歓迎OFFを奴の行く先々で執拗にどんどんやっちゃって下さい」

 という話になるのです。デモが起これば外交部報道官がすぐに反応してくれる筈です。邪推モードでいえば、あれは外交部が過敏になっているのではなく、過敏になるよう胡錦涛サイドとは異なる政治勢力から圧力をかけられている可能性があります。

「『ダライ集団』に甘いからこういうことが起きるんだ、もう外国の声なんかに耳を貸すな」

「ほら見てみろ。日本を甘やかすから分離独立分子がのさばることになるんだ」

 ……などといった感じで。そして秦剛が本当はスルーしたい問題の弁明に大汗をかくことになるのです(邪推モード)。劉建超ならデブですからもっと汗をかくことでしょう(確信)。

 ですから関西方面の皆さんには是非頑張って頂きたいな、と思うのです。まず、抗議活動が行われる。行われたときに外交部が反応するかどうか、反応するとすればどういった表現でどのくらい言葉数を要するか。『環球時報』はどう報じるか、逆にいまのところ日中友好礼賛記事で飾られている胡錦涛の拠点たる『中国青年報』のスタンスは変化するか。『人民日報』はいつ動くか。……などなど、チェックしたい項目が目白押しですから。

 ともあれ、胡錦涛講話でいったん落ち着いた筈のところが、ちょっと妙な気配になっているのではないか、という感覚はあります。それが現実にどういう形で表面化するのか、手持ちの材料では肝心のその見通しをまだ全く立てられません。そういうときは、こうやって余太話に興じるしかないのです。





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 「淡色椎茸」さんから前回のエントリーについてコメントを頂きました。長くなってしまったので今回はそれに対するレスということに。当ブログの趣旨からは外れる内容なので事実上「閑話扱い」とします。横着ですみません。m(__)m



 ●多数派と人権(淡色椎茸) 2008-05-08 01:57:15


 一点だけ指摘させていただきます。ブログ主さんの感覚に対する私の違和感です。

 >「ライトユーザー」の取り込みといった感覚が全く欠落している主催者に呆れ、そのマーケティング意識の低さに辟易しました。

 この部分はよくわかります。


 >自分たちがみんなの声を代表しているのだという昂揚感・・・多数派意識とでもいうべきものでしょうか。

 >多数派のニオイを感じた、ということなのかも知れません。

 >多数派意識と、安心感を与えてくれる敷居の低さ。

 >一連のデモを後押ししているサイレント・マジョリティ


 こういう表現を何度も使用されているところに違和感を持ちました。「多数派意識」が「昂揚感」や「安心感」をもたらすというのはよくわかります。これを否定する気はありません。素朴な気持ちとしてはよくわかります。

 しかし、私たちが問題にしているのは人権問題です。「人権」が試されるのはまさに「少数派の権利」が問題になるときです。

 人権とは、基本的には、多数派(民主主義とか公権力)から少数派(普通は弱者)を擁護し尊重するためのものです(自由主義とか立憲主義とか)。

 少数派が、多数派の考えや感覚に反することを勇気を振り絞って訴え表現するときにこそ、その社会の多数派の人権感覚が試されます。

 そして、中国でのチベット人たちの立場はこの「少数派」です。だからこそ、「少数派の人権こそちゃんと尊重しろ!」と私たちは言っているはずです。

 「多数派意識」や「多数派意識がもたらす昂揚感や安心感」とははるかに遠い、というかまったく別の位置に存在するのが「人権」という概念であり中国でのチベット問題だと言っても過言じゃない、ということをご理解いただけたら嬉しいなと思いました。




淡色椎茸さんへ

 真摯なコメントをありがとうございます。私も真面目に回答させて頂きます。



 「人権」が試されるのはまさに「少数派の権利」が問題になるときです。




 私もそう思います。ただし、例外的に「少数派の権利」に注目が集まり、「にわか」「流行」といった平素は人権問題に大きな関心を払わない「ライトユーザー」が出現することがあります。仮にチベット問題を純粋な人権問題として捉えるのであれば、いま現在がそれにあたります。チベット人にとっては、中共政権に実質的に併呑されてから、約半世紀を経てようやく巡ってきた好機です。

 ところがその千載一遇のチャンスに、政治的な立ち位置を問わず、日本では従来型の人権団体が「ライトユーザー」の取り込みに成功していません。今回のデモの成功において、ネットを通じた組織臭の希薄なある種の連帯が主たる原動力になったことは、はからずも「従来型」の限界を露呈したものではないか、と私は考えています。

 御指摘のように、「人権」問題そのものは少数派が弱者としていわれなく虐げられることに起因しています。今回のチベットの例のように「ライトユーザー」が出現する機会は常に稀です。いきおい、人権を抑圧される側の少数派、これを支援する応援団というものも往々にして少数派になってしまいます。少数派である以上、多数派の共感を得るための組織力や資金力、メディアを通じた訴求力にも限界があることはやむを得ません。

 しかし、ひと昔前ならともかく、現在においては、



 「多数派意識」や「多数派意識がもたらす昂揚感や安心感」とははるかに遠い、というかまったく別の位置に存在するのが「人権」という概念




 ……という考え方こそが自分で自分の限界を設定してしまっているのではないか、と最近私は考えるようになりました。これは「従来型」の限界でもあります。この壁を破る上で、巨大掲示板やブログ、またYouTubeやニコニコ動画のような、従来型の人権団体が長じているとはいえないツールを上手に使いこなす動きに、私は「長野」を控えた時期から注目し、また期待するようになりました。

 顧みられることの少ない少数派の問題を広範に認知させ、問題意識を共有せしめるという点において、新手の媒体をしなやかに扱うことのできる人々による新しい動きが、「従来型」には出来なかった何事かをやり遂げるのではないか、というものです。期待過剰ではないかと半ば思いつつも、いまの私はそれを夢想し、その実現を願うようになっています。


 ――――


 ところで、ただ一点だけ、私が強調しておきたいことがあります。



 「多数派意識」や「多数派意識がもたらす昂揚感や安心感」とははるかに遠い、というかまったく別の位置に存在するのが「人権」という概念であり中国でのチベット問題だと言っても過言じゃない




 という御認識には致命的な誤りがあるのではないか、というものです。チベット問題は純粋な人権問題などという単純なものではありません。異なる思惑を秘めた大国など複数の政治勢力が切り結ぶ、その磁場がチベットであり、磁場であるがゆえにチベットの人権問題が折にふれクローズアップされるのです。政争の具、と表現してもいいかも知れません。

 北京五輪を控えたこの時期にチベット問題が脚光を浴びたのも決して偶然ではなく、明らかにタイミングをはかって行われたものだと私は考えています。中国当局もそれに備えていたでしょうし、実際に当ブログで予測し、また跡づけてきたように、内外に対しきわめて迅速に「結界」を張り巡らすなどの手を打っています。

 しかしこの密やかなつば迫り合いは、聖火リレーに対する抗議活動という形で一気に表面化し、国際問題化します。中国は、それに対してもマニュアル通りの対応。……するとその思惑通り、主要各国政府の出足は揃って鈍いものでした。初動期において、チベットに対する人権弾圧に真摯に向き合い、中国に対し実のある圧力・制裁的措置を具体的にチラつかせた国があったでしょうか?

 とはいえ各国の世論はそれでは収まらず、主に対内的措置(世論対策)として日本などを除く主要国政府,特に英仏をはじめとする欧州各国が中国に対しやや厳しい姿勢を示すこととなりました。それでもせいぜい「政府首脳の五輪開会式ボイコット」(するかも)程度ですけど、国際世論が中国の姿勢に非を唱える形にはなりました。

 欧米の主要メディアも頑張りましたね。五輪イヤーに開催国でこんな事件とは絶好のネタ。何たって絵になりますし,数字も取れますから。

 ――――

 実はそれゆえに、今回は日本でも「海外の人権問題」というテーマにおいては珍重すべき「ライトユーザー」が出現した、といってもいいでしょう。「長野」にせよ今回のデモの成功にせよ、そうした要因の存在を無視することはできません。「従来型」が超えられなかった壁を突き破るかも知れない「新しい動き」について、私が「期待過剰ではないかと半ば思いつつ」と但し書きをつけるのも、チベット問題の背景の複雑さを考えてのことです。

 チベットにおいて、不条理な人権弾圧は確かに行われています。これは断じて改善させなければなりません。ただしそれを試みる上で、単に人権人権と指弾するだけでは余りに素直で純粋に過ぎ、書生論に傾き過ぎているのではないかと私は思うのです。

 きっかけとしては、義憤、可哀想、何とかしてあげたい。……それで十分です。でも考えを深めていくに際しては、抑圧を非難する一方で人権とは別口の搦め手からも攻めるなど、もっと現実的なアプローチを考えることが必要ではないかと。

 ダライ・ラマ十四世の偉大さは、宗教的存在としてだけのものではありません。現実的なアプローチという点についてのバランス感覚に富んでいるという一面についても高く評価すべきです。政治力といってもいいでしょう。その面も含めて偉大な存在であり、ノーベル平和賞もその「偉大なる両面」への賞讃であろうと私は思います。

 要するに、人権問題としての方法論だけでは解決しようのない複雑さがチベットにはあり、「チベットの人権問題」だけを見つめていても、やや視野を広げて「チベット」そのものだけを見つめていても、問題解決の糸口など到底見出せない。……というのが私の認識です。

 ではどうするかといえば、私たち国民レベルに照らしていうなら、自国政府に現実的アプローチを採らせるべく迫る世論形成を図る、ということになるでしょう。そのために、私たちが人権問題だけでなく、チベットをめぐる複雑な情勢や弾圧者たる中共政権の泣き所・アキレス腱などについての認識を深める必要があることはいうまでもありません。チベットと無縁な場所を叩くことでチベットの人権状況が改善される可能性もあるのです。

 ――――

 以前のエントリーでも書いたことですが、中共政権によるチベット人への人権弾圧について、私は純粋に義憤する一方で、まことに拙くはありますが中国情勢(ひいては国際政治)の一部分という捉え方もしています。当ブログの趣旨に照らせば、むしろ後者に軸足を置いているという方が正確でしょうし、私自身のスタンスもまた然りです。その方が、チベット人の身に降りかかっている問題を改善するためにはより確かなステップだと思うからです。



 「多数派意識」や「多数派意識がもたらす昂揚感や安心感」とははるかに遠い、というかまったく別の位置に存在するのが「人権」という概念であり中国でのチベット問題だと言っても過言じゃない




 という御認識は、当ブログの慣用句で表現するなら「極めて大胆で,野心的」ということになる、というのが私の考えです。私のスタンスは異なります。義憤はします。しかしあくまでも現実的なアプローチをより好み(しばしば無茶や暴走もしますけどw)、「ライトユーザー」の取り込みを常に私なりに念頭に置いています。歳が歳ですから、若い世代の純粋な部分に訴えかけるべく確信犯になることもあります。

 でも、それが目標達成(問題提起や問題解決)への近道であるなら、それでいいじゃないかという考え方です。「人権」というお題でいうなら、少数派の問題から発展しないことに切歯扼腕するより、いかにして多数派を形成するか、あるいは幸運にも取り込むことのできた「ライトユーザー」をいかにして逃がさずにおくか、という方策・謀略を練ることの方に私はより積極的に時間を割きます。

 チベットの人権問題に対しても同様です。今回のチベット問題で日本では大きな役割を果たしている2ちゃんねるにおいても、初動期の激情がほとばしるかの如き義憤モードから、幾度かの「実戦」という実践を経て、現実的な方法論を模索する方向へと流れが変わりつつあるようにみえます。もともと中国に対する反感の強い傾向がある巨大掲示板ですから、私などには考えも及ばないような、ユニークながらも確実なアクションを思いついてくれるのではないかと、私は但し書きをつけながらもやはり期待しているのです。

 ――――

 最後になりますが、当ブログにおいて素人を標榜しているのは伊達ではありません。私は本当に無学ですから、頂いたコメントに対して噛み合わないレスになっているかも知れません。そのときは申し訳ありませんが「どうせ御家人は馬鹿だから」ということで許して下さい。

 とりあえず、



 「多数派意識」や「多数派意識がもたらす昂揚感や安心感」とははるかに遠い、というかまったく別の位置に存在するのが「人権」という概念




 という物言いについて、私は真っ向から否定するつもりはありませんが、素直に同意することはできません。10年前であれば御説の通りでしょうが、個人個人の情報発信やネット上での連帯が現実のものとなっているいま現在においては説得力を失いつつあるのではないか、というのが私の認識です。こと「人権」に関しては、これまでマスメディアが障害物として立ちふさがっていた部分も結構あるように思います。今後は隠されていた部分に光が当てられる事例も増えていくのではないでしょうか。

 ●「多数派と人権」という課題は、これだけ道具が揃ってきたのだから、後はそれをどう上手に扱うかという頭の使い方次第で克服していけるのではないか。

 ●同時に、問われるべき「多数派の人権感覚」もまたそうした新しい道具によって成熟していくのではないか。

 ……と私は考えています。もちろん新手のツールにも光と影があることでしょうが、私は基本的に楽観論者です。


 ――――


 【※】もし前回のエントリーの内容と矛盾する部分があるとお感じになった場合は、こちらの方を正解とみて下さい。m(__)m

 とはいえ、あのデモは私にとってやはり理屈抜きにただただ感動的でした。「長野」組の皆さんには及びませんけど、今回参加できたことは一期の語り草になると思います。




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 そのとき、デモの終着点である代々木公園の野外音楽堂にいた私は、夢を見ているような錯覚にとらわれていました。

 すでにたくさんの人で埋まっている会場に、それでも行進を終えた集団が続々と入ってきます。

 間断なく湧き上がる
「FREE TIBET」というシュプレヒコール。

 いかにも東京の5月にふさわしい、清々しい青空を背景に、高々と掲げられた無数の雪山獅子旗が、風にはためいているのです。

 参加者は約4200名。この種のデモとしては大規模といっていいでしょう。

 そして、その圧倒的多数を占めたのは、自分たちの生活とは直接関係ない、外国における人権弾圧であるチベット問題に義憤し、あるいは諸問題に関する日中両国政府の姿勢に我慢ならずに、ネット上などの告知に応じて駆けつけた一般市民。

 プラカードや団扇などの小道具も、2ちゃんねるなどネット上の有志が制作したデザインが多く用いられていました。

 そうなのです。考えてみれば、今回のデモはネット上を除いた媒体での事前告知はごく一部でしか行われませんでした。

 それなのに、この人数。現場を包むこの熱気は、この昂揚感は、どうしたことでしょう。

 近くにいた人が、しゃぼん玉を吹き始めました。まんまるい泡が揺れながら風に乗って次々に高く舞い上がり、雪山獅子旗の波の中へと消えていきます。

 東京でこのような光景が現出するとは、思ってもみませんでした。

 ――――

 つい先年まで、私はデモというものについて、重大な勘違いをしていました。

 私にとって、デモといえば。

 数百~数千人規模の整然とした隊列が湧くようにして街中にいくつも出現し、各々が目抜き通りを行進したり、ときに広場に一大集結したり、あるいは順番に政府庁舎前で座り込みを行ったりします。シュプレヒコールという形で理念を掲げ、野次馬であふれる沿道からは声援と拍手喝采。むろんデモ隊には悲壮感などカケラもありません。

 むしろ、その正反対というべきでしょう。自分たちがみんなの声を代表しているのだという昂揚感と、それに伴う晴れやかで高々とした気分。非日常的な行為という意味でのお祭りムードもあります。

 「官」に向き合うという緊張感がない訳ではありませんが、それよりも
「おれたちは周囲から支持されている、民意の代弁者なのだ」という意識が強く前面に出ていて、そこから醸し出される明色の空気がデモ隊を支配している、といったところです。

 デモとはそういうものだと、思っていました。……1989年、留学先の上海で際会した民主化運動での体験によるものです。私のいた大学でも学科ごとにデモ隊が組織され、仲のいい中国人学生から、

「お前、××科になんて行くな。おれのとこで一緒にデモしようぜ」

 と引っ張り込まれたり、自分から友人のいるデモ隊に加わって歓迎されたり、留学生でまとまってグループとなってどこかの組に紛れ込んだり。……2カ月にも満たない短い期間ながら、最低でも30回以上、私はデモ隊の一員となりました。

 北京における情勢の推移,特に6月4日の天安門事件以降は、武力弾圧に対する抗議行動色が強まって怒りと悲壮感も加わりましたけど、

「自分たちはみんなの代弁者として政府に向き合い、異議申し立てを行っているのだ」

 という意識が常にデモ隊にはありました。実際、路傍の市民もみな応援してくれていましたし。……私にとって初めてのデモ体験が、これでした。

 ――――

 この
「自分たちは民意を代表して政府に反発しデモをしている」という、昂揚感を伴う晴れやかな意識を表現する適当な言葉が、ちょっと思い浮かびません。

 とりあえず腑分けしてみましょう。……まずは、それを意識しているかどうかに関わらず、
「自分たちが民意の代弁者だ」「おれたちは多数派なのだ」(主流派というべきかも)という気分が漠然と、あるいは明確に当時のデモ隊をいつも包んでいました。

 ただし、単純に「多数派=マジョリティ」ということではありません。デモ隊の人数が多い、ということでもありません。

 「政府のスタンスが民意と大きくかけ離れている」という状況下での、民意の代弁者。

 ……というべきもので、要するに「官」(政府)の姿勢に対する反発や怒りが「民」の側に満ちあふれている、といった限定的なシチュエーションで、民意の代表者たちがデモを行うと、参加者の間には上述したような独特な昂揚感が生まれるようです。

 野次馬たちもデモ隊と思いは同じですから、当然ながら沿道からの声援や拍手も湧き起こります。

 かなり強引に例えを引くとすれば、初の甲子園にいざ出発せんとする地元高校野球部のために近隣町内会なり市役所なりが開催した壮行会、といった情景に似ていなくもありません。デモ隊(ナイン)と野次馬(地元民)のそれぞれの気分としては、それに近いものがあったように思います。

 少なくとも私が上海で体験したデモには、そういう雰囲気が漂っていました。……仕方がないので、ここでは仮に、

「多数派意識」(「自分たちは民意を背負っている」という気分。……自覚しているかどうかはともかく)

 と呼ぶことにします。

 ――――

 香港や台湾を転々として日本に戻った後、2003年に人口700万ばかりの香港で、伝説の50万人デモが生起しました。

 民意を表現する場を封じられた香港市民が圧倒的多数派の意思表示として行ったこのデモについて、私は副業で現地誌にコラムを連載している都合上、半ば当事者意識を持って臨みました。このデモがサブカルチャーとは一見無縁なようで、実はコンテンツ産業にとっては重大な関わりがあることを、一回を割いて若い読者に訴えました。このときも私には明確な「多数派意識」がありました。

 ところがその後、都内で台湾独立や反中国をテーマにしたデモに参加したときに愕然としました。

 参加者はわずか数百名。みなぎる悲壮感。そして、沿道から注がれる
「何この人たち?」的な違和感満点な視線。一緒に参加した配偶者はドン引きです。

 むろん、昂揚感など少しもありません。正直に白状すると、逆に自分が浮いているような、晒しものになっているような気恥ずかしさがありました。同時に、
「ライトユーザー」の取り込みといった感覚が全く欠落している主催者に呆れ、そのマーケティング意識の低さに辟易しました。

 そして、それまでに私が関わってきたデモこそが、限定された状況下でのみ成立する異質なものであることを知ることになったのです。それ以来、3月にチベット問題が持ち上がるまで、私はデモというものを可能な限り忌避し続けてきました。

 ――――

 しかし、今回ばかりは違ったのです。チベット問題について
「にわか」「流行」のライトユーザーといっていい私に、今回のデモは敷居の高さを感じさせない一種の気楽さを与えました。

 ネット上での告知や2ちゃんねるの「大規模OFF」板における盛り上がり、また小道具の画像データupやネットプリントなど様々な下準備やアイデア提供などには、かつて辟易したような政治団体めいた気配は少しもなく、逆に
「どうやらみんなが動き始めたらしい」という戦慄ともいえるような感覚を覚えました。「多数派意識」のニオイを感じた、ということなのかも知れません。

 私自身は、長野における聖火リレーをめぐって群がり起こった事象に強く背中を押されたということもあります。ただネット上の盛り上がりも、私同様に背中を押された人たちによるものなのだと思います。

 その意味では、
時間・金銭・体力というコストを惜しむことなく、また危険に巻き込まれるかも知れないというリスク覚悟で長野に乗り込んだ有志のみなさんの行動こそが、差し当たっては全てのはじまりということになるでしょう。改めて、心から感謝と敬意を表したいと思います。有志であり勇士たる皆さんの行為が、日本人の背中を押したといっても過言ではないでしょう。

 この長野での聖火リレーが行われた4月26日に呼応したものなのかどうかはともかく、同日に東京では「毒ギョーザに抗議するエプロンデモ」が実施されました。さほどの規模にもならないだろうと思ったこのデモに私も加わったのは、その趣旨が日本人の民意を代弁している(=「多数派意識」)と感じたからです。

 さらに重要なことが、もう一点。



●注意事項とお願い●

中国の国民を侮辱する文言は使用しないでください。
チャンコロ、劣等国民、兇悪シナ人、死ね、うざい等、相手を侮辱したり露骨に差別したりする文言は禁止です。

平服+エプロンでお願いします。
日の丸鉢巻等、街宣ウヨク団体を思わせるような服や装身具はやめてください。
日章旗は小旗であれば可とします。

エプロンと共に、プラカードをご持参いただくのは大歓迎です。
こちらでも用意しますが、全ての方に行きわたる数は用意できません。
A3位からA1サイズのプラカードを作って、持参して頂ければ幸いです。




 参加を決めたのは、また当ブログにてこのデモを推奨したのは、この文言からにじみ出ている感覚に、ライトユーザーとして、一人の小市民として安心感を覚えたからに他なりません。

 そして、昨日行われたデモにも同じ気配を私は感じました。「長野」が日本人の背中を押してくれたことで、「FREE TIBET」の旗の下に様々な想いを込めた民意がまとまろうとしている。ねらーが常になく盛り上がっている。ネット上での主催者の告知も丁寧で念入りなものでした。それもまた有志によって、ビラの形で配布されたりしました。

 安心感を与えてくれる敷居の低さに加え、
「政府の姿勢に対する反発や怒りが国民の側に満ちあふれている」ことで「多数派意識」が醸成されつつあるという感覚。日本人が動き始めた、という気配のようなものを感じて、私もまた傍観者でなく、このデモに勇躍参加する気持ちになったのです。

 ……その結果は、冒頭に書いた通りです。日本にとって、まことに異質なデモが現出しました。

 出発時間ギリギリに列の最後尾に並んだ私からは、すでに進発しているというグループの姿は見えません。それどころか、「遅刻組」が続々と私の後ろに列をなしていくのです。

 その勢いともいえる人の流れを目の当たりにしつつ、デモの前に日本青年館で行われた集会に1000人以上が参加しているとの話から、私のような集会不参加組が合流することでデモの規模は3000人に達するかも知れないと感じました。

 ――――

 ところが、それどころではなかったのです。デモ行進中に後方を振り返ると、隊列が延々と続いているだけで最後尾が確認できません。先頭グループも終始視認することができませんでした。

 これは大変なことになった、と思いつつ、いつしか私はかつて味わったあの昂揚感に包まれていました。表参道に入って通行人の密度が濃くなると、沿道から拍手してくれたり、「いいぞっ」「頑張れよっ」と声をかけてくれたりしました。

「FREE TIBET!」

 とデモ隊に唱和してくれる人までいます。ああ、同じだ、これは上海のときと同じだ。……と、しみじみと思いました。

「自分たちは民意を背負って政府に異議申し立てをしている」

 という、「多数派意識」です。

 途中で、意味不明な騒音をまき散らすばかりな右翼団体の街宣車の列とすれ違いました。私は右手を高く掲げて親指を下に向けて振り、この迷惑としかいいようがない連中に対し何度もブーイングを送りました。周囲にいた人も私に応じて同じ動作をしてくれました。うれしかったです。

 終着点である代々木公園の野外音楽堂に着くと、すでに先発組が群衆をなし、たくさんの雪山獅子旗が揺れていました。東トルキスタンなど他の民族の旗も混じっています。

 その列に加わり、解散式が始まりました。個人的にはちょっと冗漫なイベントになってしまったように感じましたが、その間にも続々と後発組が入ってくるのです。

「デモ参加者が4000人を超えた模様」

 との報道陣からの情報に、会場は湧き立ちました。19年ぶりの昂揚感、そしてこれほどの人数での一体感というものに全身を包まれながら、私は様々なことに思いを馳せました。

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 ……とりとめもなく、ただ感じたことだけを記してしまいました。ちなみに今回のデモをはじめ当日に行われた趣旨をほぼ同じくする様々なイベントに対しては、中国外交部が報道官定例記者会見において、早くも不快感を表明しています。

 ● 秦剛就胡錦濤訪日、與達方面接觸、伊核等答問(新華網 2008/05/06/20:49)
 http://news.xinhuanet.com/world/2008-05/06/content_8116964.htm

 その不快感を引き出した記者の質問は、

「胡錦涛・国家主席が日本を訪問するにあたり、日本の少数の右翼分子が示威活動を行ったが、中国側の見解は?」

 となっています。記者が実際にそう尋ねたのか、中国外交部が手を入れたのかはわかりませんが、
「少数の右翼分子」と抗議活動の規模と主体を局限しつつも即時といっていい素早いタイミングでの不快感表明に、日本人の意思表示に対して中国当局が意外さ、あるいは些かの脅威を感じていることを読みとることができるのではないかと思います。

 むろん、一連のデモを後押ししているサイレント・マジョリティを意識してのことでしょう。

 だとすれば、これは外交部の失態ともいえる迂闊さといわざるを得ません。日本における民意の多数派がいかなるものであるかを、……特に「長野」が日本人の対中感情に無視できない変化をもたらしたことを、十分に読み切れなかったことになるからです。

 一方ではわれらがフフン♪こと福田首相が中国毒餃子事件やチベット問題に対して示した姿勢に、日本国民がどういう感情を抱いたかという点についても研究が甘かったのでは?支持率の推移に留意していなかった訳でもないでしょうに、ねえ。

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 ちなみに、この日の午前中は私にとって初体験の
「小規模OFF」に参加してきました。

 どういう人が来るのだろう、数人だけだったら困るな、オサーンで浮いちゃったら嫌だな、変な集まりに発展しちゃったらどうしよう。……などと事前にあれこれ考えて緊張していたのですが、記念に撮影させてもらったのが下の1枚。御覧の通り人数もほどよく集まり、終始和やかムードでとても楽しい思い出となりました。

 主催者の方、行き届いた御手配ありがとうございました。午後のデモに関するビラは非常に重宝しました。改めて御礼申し上げます。

 本当は昼食も皆さんと御一緒して色々なお話を聴きたかったのですが、そこはそれ、私は恒例の
「御照覧あれ&零戦&海軍カレー独りだけOFF」がありましたので残念ながら離脱せざるを得ませんでした。m(__)m

 午後のデモでは合流できませんでしたが、この「小規模OFF」では聖火リレーの際に長野へ行ったという若い方と歩きつつ雑談することができました。あなた方の行動があったからこそ、今回の異質なデモが成立したのです。現地で五星紅旗の波に圧倒された無念さと引き換えに、日本人の背中を押すという大きな役割を果たしたということを、どうか誇りに思って下さい。







 【追記】頂いたコメントなどから、「多数派意識」なるものについての説明不足によって文意が伝わりにくくなっていることを思い、一部の表現を改めるとともに多少加筆しました。(2008/05/09/09:25)







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