日々是チナヲチ。
素人による中国観察。web上で集めたニュースに出鱈目な解釈を加えます。「中国は、ちょっとオシャレな北朝鮮 」(・∀・)





 ご無沙汰してしまい申し訳ありません。

 神宿る里・旧八束郡八雲村大字熊野での二泊三日と年末年始の富士山三昧で、どうにもマターリした気分が抜けないまま現在に至っております。

 とはいえ、いまは例によって「旅仕事」の最中。最後の2本である「北海道編」を終えて、昨日から「奈良編」がスタートしております。……ええ、いまは奈良駅前のビジネスホテルに滞在中です。

 この2本の記事はそれぞれ東京から現地に往復する形で経費が出ており、記事の内容もその形を踏むことになるのですが、出入りが面倒なのと「鉄ちゃん」が多少入っている私のことですから、そこはそれ、些か自腹を切って寝台特急で結び、まとめて仕上げる形にしてしまいました。

 ……てな訳で札幌から大阪まで「トワイライトエクスプレス」に乗ったところ、強風その他によるダイヤの大幅な乱れで遅れに遅れ、27時間の列車旅行に!

 新幹線などであれば座席に座ったままで窮屈な思いをするところですが、寝台車ですから予定外の長居は大歓迎。天与の僥倖とばかりに心ゆくまで堪能させて頂きました。

 閑話休題。

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 今日は珍しく真面目な話です。拡散推奨とのことなので、メルマガ『台湾の声』から以下の記事を転載します。




 ★★★【拡散を】鳩山首相南京訪問阻止祭り!(期間《2010年1月10日~同6月13日》)★★★


 ジャーナリスト・水間政憲

 ●民主党政権への不信任投票方法(購入要領)は、各新聞紙上に「大手書店ランキング」として掲載されることを目的として、書店店頭での購入とネットでの購入も紀伊國屋書店に集中して戴ければ幸いです。重点対象紀伊國屋書店は、新宿本店と大阪梅田本店、札幌本店、仙台本店、福岡本店ですが、それらの週刊ベスト10は各新聞地方版に掲載されます。それがそのまま、マスメディアの民主党政権支持アンケート調査に疑問をもっている国民の意思表明にもなり得ます。

 ◆対象本(投票本)は『「南京事件」の総括』(田中正明著・小学館文庫・540円)の一冊でお願いします。紀伊國屋書店ネット購入URLは(http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4094060022.html)です。

 ●尚、参考資料としては、『南京の実相』(自民党歴史議連監修・日新報道)、『「南京事件」日本人48人の証言』(阿羅健一著・小学館文庫)、『パール判事の日本無罪論』(田中正明著・小学館文庫)をお薦めします。


 ◎松が開ける間もなく、鳩山首相が本年6月に「南京大屠殺記念館」を訪問するというニュースが飛び込んできました。

 それは、「南京大虐殺」の嘘が国際的にバレそうになり、中国側が仕掛けてきた究極の情報戦です。現在の「南京大虐殺」の政治宣伝の根源は、東京裁判で米中が合作した謀略でした。

 それを踏まえると、戦後の「南京大虐殺」の発信源は、東京発ということになります。

 その自虐史観の象徴でもある「南京大虐殺」の真相を知らずして、国会議員は務まりません。故中川昭一先生が「歴史議連」を立ち上げたのは、正に「南京大虐殺」の嘘を暴くことにあったのです。

 その意志を引き継がれた「歴史議連」会長中山成彬先生、同事務局長西川京子先生、同小委員長戸井田とおる先生方のご尽力により、2007年6月19日に国内外の記者を集めて「南京問題の総括」を発表した以後、朝日新聞ですら、戦後初めて日本側と中国側の主張を両論併記するにとどめています。

 国際的に蔓延していた「南京大虐殺」の政治宣伝問題は、昨年、自民党「歴史議連」が、米国上下両院議員全員に南京問題の総括本『南京の実相』を発送した時点をもって、楔を打ち込むことが出来ております。

 現在、中国が置かれている状況は、日本国内での「南京祭り!」で1ヶ月間、紀伊國屋書店デイリーベスト10上位を維持したことなどを見ていて、中国側も相当焦っているのです。

 陸川監督が制作した「南京!南京!」が、カリフォルニアでの映画祭に不参加とのニュースも流れていますが、本来であれば「チベット問題批判」の映画を相殺できる、格好な「政治宣伝」に利用できる「弾」だったものが使えなくなったことを意味しています。

 中国は、所謂「南京大虐殺」をヒトラーの“ホロコースト”米国の“広島・長崎大虐殺”に比肩する二十世紀の戦争犯罪と糾弾してきました。今回の中国の狙いは、情報戦や歴史認識に無知な鳩山首相を騙し「広島」と「南京」を相互に訪問することで、「未来思考の日中友好」との使い古された美名のもとに、所謂「南京問題」を「ホロコースト」や「広島・長崎大虐殺」と同類の戦争犯罪と固定化のため、日本国首相に「南京の嘘」を認めさせるのが目的の謀略です。

 中国が「日中友好」を唱えたいのあれば、手始めに、広島など政令指定都市に照準を合わしている、核弾頭を外すことを宣言することの方が先だろう。鳩山首相の南京訪問の、その先に控えているのは、日本国首相も認めたのだからと、「南京大屠殺記念館」をユネスコ世界遺産に登録することが目的なのです。

 このような単純な方程式は、歴史認識に無知な鳩山首相でも、簡単に解することが出来るのであり、仮に「南京大屠殺記念館」を訪問するようなことになったら、名門政治家一家四代目の鳩山由紀夫首相は、聖徳太子と真逆の意味で国賊として、歴史に刻まれることになるでしょう。

 昨年の「南京祭り!」に参加された皆様方には、今回は、参加して戴くことより『鳩山首相南京訪問阻止祭り!』を、拡散することに専念して戴けることを願っております。

 ※拡散対象団体は、本来の保守支持基盤である神社・仏教系団体や防衛省関係など、皆様方が思い付くところや「歴女」「仏女」関連サイトなどに拡散できれば有効かと存じます。

 この「祭り!」が、民主党政権を追いつめることになれば、一石二鳥どころか三鳥にも四鳥にもなり得ますので、民主党政権へ不平不満をもっている国民に、不信任投票を兼ねていることを説明して、一人でも多く参加して戴ければと願っております。

 100万人以上が参加されることになれば、暗雲低迷な闇に包まれた閉塞状況に、風穴が開くだけでなく、我が国に後光が差し込んでくると確信しております。



 外国人参政権の問題ともども、次世代に顔向けできないような日本にしてしまうことだけは断固避けたい、と私個人は考えております。

 いまさらながらに思い出されるのは、やはりこの動画です。












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 定期検診の帰途に靖国神社へと立ち寄りました。

 偶然ながら「政権交代」総選挙の翌日となりましたが、折からの豪雨を浴びつつ念じたことはいつもと同じです。

 日本の最も困難な時期を担い、焼け野原から世界有数の経済大国への復興を実現した先代に対して(現存の方も含めて)、また明治維新以来の国事に奔走し斃れた人々に対して、

「ありがとうございました。本当にありがとうございました」

 と、ただ感謝するばかりです。

 そのあとは遊就館茶室で海軍珈琲。ここでいつも私は、零戦を眺めつつ自分と向き合うことになります。

 ――自分には何ができるか。何をすべきか。

 その一事のみです。

 自問自答を通じてもたらされる答案は、いつも同じ。

 賎業と宿痾に妨げられつつも、余暇の娯楽であるこのブログを何とか継続していく、ということしかありません。

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 「政権交代」に中共政権は欣喜しているようです。いいでしょう。……ただし、日中両国間では民度がまるで違います。刷り込まれる価値観が懸絶しています。

 そこでどうなるか。……ということは、これまでを振り返れば一目瞭然です。日本と中国の接触面がより広くなり深くなればなるほど、日本人の対中嫌悪感が高まっていく一方。中国に媚びる傾きを示す日本の政権担当者への不満も膨らむことでしょう。

 それから、情報をマスコミだけに頼ることをしない世代が育ちつつあります。さらには、ブログをはじめとした個人による情報発信や、見知らぬ者同士によるネットを通じた連繋の成立。

 その結果、本来のあるべき日本人へと「先祖帰り」しつつあるような覚醒とも呼ぶべき変化が若い人を中心に広がりつつありことは以前指摘した通りです。

 この流れをより確かなものへと育てていくことが、いま必要なことではないかと思います。

 私は、中共政権にとっての「大毒草」を育てていくのみです。新政権にとっての「大毒草」にもなるかも知れませんね。

 ニッポンの、終わりの始まりでは、ありません。

 日本人たらんとする日本人たちにとっての、始まりの、はじまりなのです。





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 piyoさんから良い動画を教えてもらいました。拡散推奨です。











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 5月6日。……日本人として、この日を記念すべきだと私は思うのですが、如何でしょう?

 古びていないだけに、歴史上の出来事では、まだありません。それでも日本の歴史……というのが大袈裟であれば、日本の市民運動の歴史にとって画期を成し遂げた日として,記憶すべきだと思うのです。

 一周年ですよ、一周年。

 昨年2008年の5月6日に、フリーチベット代々木デモが東京で実施されました。



 


 そのとき、デモの終着点である代々木公園の野外音楽堂にいた私は、夢を見ているような錯覚にとらわれていました。

 すでにたくさんの人で埋まっている会場に、それでも行進を終えた集団が続々と入ってきます。

 間断なく湧き上がる「FREE TIBET」というシュプレヒコール。

 いかにも東京の5月にふさわしい、清々しい青空を背景に、高々と掲げられた無数の雪山獅子旗が、風にはためいているのです。

 参加者は約4200名。この種のデモとしては大規模といっていいでしょう。

 そして、その圧倒的多数を占めたのは、自分たちの生活とは直接関係ない、外国における人権弾圧であるチベット問題に義憤し、あるいは諸問題に関する日中両国政府の姿勢に我慢ならずに、ネット上などの告知に応じて駆けつけた一般市民。

 プラカードや団扇などの小道具も、2ちゃんねるなどネット上の有志が制作したデザインが多く用いられていました。

 そうなのです。考えてみれば、今回のデモはネット上を除いた媒体での事前告知はごく一部でしか行われませんでした。

 それなのに、この人数。現場を包むこの熱気は、この昂揚感は、どうしたことでしょう。

 近くにいた人が、しゃぼん玉を吹き始めました。まんまるい泡が揺れながら風に乗って次々に高く舞い上がり、雪山獅子旗の波の中へと消えていきます。

 東京でこのような光景が現出するとは、思ってもみませんでした。


 ●それは全く異質なデモ。日本人が動き始めた?(2008/05/07)



 と、この出来事に対する驚きと頼もしさに接した私は、敢えて当ブログらしくない、いつもと異なる筆致での「つかみ」を上のエントリーにて試みてみました。

 チベットで行われている中共政権による想像を絶した人権弾圧、という自分たちとは一見無関係なテーマに、4000人を越える日本人が結集したという事実は、正に歴史的なものといっても過言ではありません。

 むろん、フリーチベットの旗のもとに集まった人々の思いは,様々だったことでしょう。

 純粋なフリチベサポーターだけでなく、東トルキスタンや南モンゴルの独立支持者も結集し、さらには1年前に私が書いたように、毒餃子問題や東シナ海ガス田問題、長野での異様な聖火リレー、そしてより生活に密着した脅威である中国人犯罪、などに対する中国当局の傲岸不遜な居直りと日本政府の弱腰。そういったものに対し怒りと歯がゆさを感じる日本人のパワーもまたエネルギーとなっていたと私は考えています。

 だからこそ、あれほどの人数が集まったのです。そうした時勢を背景にしているとはいえ、デモそのものはネット上で有志が連携しつつ準備が進められ、また既存媒体での事前告知がほとんど行われないものでした。新しい運動のカタチという意味でも、象徴的な出来事だったといえるでしょう。

 また、日本人の対中感情を改善することはまずないであろうこのイベントが、保革で言えば保守、右左でいえば右に傾いているとみられても不思議でないこのデモが、これほどの規模によって実現したことも特筆すべきです。

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 ブームは去りましたが、あのデモを契機に日本全国に播かれた種は、確実に芽吹き、しっかりと根を張りつつあります。その証左のひとつとして、日本人の中国に対する「親近感」の最低記録が更新を重ねていることを挙げてもいいでしょう。

 2月25日のチベット人における元日、また3月14日のラサ騒乱一周年に際して、日本の大手新聞社はいずれもそれをスルーすることなく、むしろスクープを狙うかの如き積極さでそれを報じました。

 単に中国における重要な問題ということだけではなく、チベットに対する日本人の関心の高さが一時的なものでなかったことを示すもの、といっていいでしょう。報じる価値があるだけでなく、「売れる」ニュースだから報じたという側面もあるように思います。

 新疆ウイグル自治区、つまり東トルキスタンにおいて中国が核実験を繰り返し、尋常ならぬ被害を住民や家畜に及ぼしていることを告発するシンポジウムに合わせて、その話題を報じた新聞もありました。

 日本人の中で,何かが変わり始めている。あるいは「先祖帰り」といってもいいかも知れない、好ましい意識の変化が生じつつあることを、私はいまも信じ、また実感しています。

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 オチをつけておくと、この日は胡錦涛・国家主席が来日した日でもあったんですねー。晴れの門出に横合いから水をぶっかけられたうえ、顔面にべったりと泥を塗られるに等しい予想を上回る大規模デモが行われたことに、中国外交部はその日のうちに報道官定例記者会見を通じて不快感を露わにしました。異例の脊髄反射は、やはり面子丸潰れの悔しさとある種の危機感からくるものなのでしょう。

 矜持、惻隠の情……といった言葉が脳裏で閃いては消えていきます。定義は人それぞれであれ、日本人が自らを日本人たらしめる意識を持つという一種の覚醒が、これからも絶え間なく続きますように。

 それは取りも直さず、世界有数の経済大国として国民が繁栄を謳歌できるニッポンを私たちに遺してくれた、先人たち(御存命の方々も含めて)に対する報恩であり、また次世代にバトンを渡すという責任を伴った行為でもあります。

 少なくとも,私はそう信じています。……願いつつ,祈りつつ、自らもまた励みつつ。





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