1930年代にハンス・セリエという科学者によって提唱されたストレス学説の誕生の経緯からその後の発展を解説した部分と、ストレス学説が医学界に受け入れられさらにストレス反応を伝達するホルモンの発見競争などの科学者たちの人間模様を描いた部分が半々の本です。
著者は生理学の科学者で著者の父親がセリエの学説を日本に紹介したという経緯もあり、また、留学先で新物質の発見・特定に寄与した著者の父親やその前の世代の日本の研究者達への思いもあり、後者の人間ドラマの方により力が入っているので、科学教養書(講談社ブルーバックスです)というよりは読み物として楽しめます。
細菌学全盛で感染症以外は病気とみなされなかった頃に発熱や胃腸障害、痛みなど(それらはありふれた症状で「休んでいれば治まる」と治療や研究の対象でなかった)をまさに病気であるとしてストレス学説を打ち立てたセリエの独創性を高く評価しています。
セリエが著書で科学の進歩には新たな研究分野を切り開く「課題発見者」と新たに開拓された研究分野で研究を進めていく「課題解明者」が必要であると論じたことを引用し、著者は「課題発見者」が稀にしか現われないだけでなく、最近の学問の発展に伴う再分化で「課題解明者」 の研究スケールの矮小化を嘆いています。
近年のノーベル賞受賞者の選定は、あらかじめ選定開始時点での学問の動向(悪く言えば流行)に基づいてまず受賞分野を決め、次に決定した受賞分野から受賞者を選定するらしい。実際にノーベル賞受賞者選定委員会は「ノーベル賞は研究分野に対して与えるのである」と公言している。
こういわれると、近年の日本人科学者のノーベル賞受賞は素直に喜んでいいのかわからなくなります。
まあ、少なくとも学問の動向の中心にいることは悪いことではないですかね。