平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

花燃ゆ 第38回「届かぬ言葉」~あの者らの国を思う声を活かせんで、何が国づくりじゃ

2015年09月21日 | 大河ドラマ・時代劇
 新しい日本をつくろうとする美和(井上真央)と楫取(大沢たかお)。
 しかし、まずは挫折。

 奇兵隊の身分の低い者、農民・町民などの兵士が切り捨てられ、理不尽に殺されてしまった。
 兵士のひとりの若者は「アメリカに行ってみたい」という夢を持っていたのに、反乱軍として捕まって、自分が殺されることを覚って「夢なんて見らんにゃよかった」
 美和が望む<誰もが夢を持って生きられる国>が、早速、挫折したわけだ。

 楫取も無力な自分を責める。
「あの者らの国を思う声を活かせんで、何が政(まつりごと)じゃ。何が国づくりじゃ」

 でも、まあ、国や政治なんて、そういうものなんですよね。
 国民全員が幸せになれる政策なんてあり得ないし、政治家は自分の利益集団(=この作品でいえば、武士階級)のために政治をしている。
 敬親(北大路欣也)のように下々の者の所に降りてきてくれる支配者など、まれ。
 大きなもの(=明治政府)を守るために小さなものは切り捨てられる。
 兵士の若者が言ったように、支配階級にいない底辺の者は、夢など持ってはいけないのだ。
 小さなものが夢を持って懸命に努力しても、大きなものに簡単にたたきつぶされる。

 さて、今回も<偶然>が作劇で使われた。
 カラスの鳴き声→銃の発砲→戦闘開始。
 前回の偶然はいただけなかったが、今回のはよかったと思いますよ。
 敬親の感謝と謝罪で事が収まるかと思った瞬間、カラスの声で事態が一変する。
 人生が、些細な偶然によって左右されることがよくわかる。
 人生はコントロール出来ない。
 事件もコントロール出来ない。
 人はこれを「運命のいたずら」「天の配剤」と呼んだ。

 <比喩>は相変わらずダサい。
 水仙の花が血で赤く染まる(笑)
 深読みすれば、水仙は、春の訪れを告げる<雪中花>とも呼ばれているから、春(=新しい時代)がやってくる前の悲劇という意味合いか?
 脚本の小松江里子さんは、『天地人』で紅葉をしばしば使っていたけど、こういうの好きだよな~。

 あとはオープニングで、はじめて雷鳴が登場!
 これに何の意味があるのだろう?
 演出の方に聞いてみたい。

コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする