平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

医龍 最終回

2006年06月30日 | 職業ドラマ
「医龍」最終回。

  1
 朝田龍太郎(坂口憲二)は最後まで揺るがない男だった。
 その信念の強さが新しいヒーローを作った。
 彼の信念はこう。
「生きようとして戦っている患者がいる限り俺達は戦う」
「死なせて良い患者なんていない。助かる命を助けようとしないのはそれだけで罪だ」
 それは霧島軍司(北村一輝)であっても同じだった。
 困難なバチスタ手術の中、朝田は手術室を抜けて霧島の治療に当たる。
 加藤晶(稲森いずみ)、里原ミキ(水川あさみ)は反対する。
 霧島の命よりバチスタの成功・子供の命の方が重要だからだ。
 晶とミキは揺らいだ。
 しかし朝田の信念は変わらない。
 これで朝田のキャラが引き立つ。 

 また朝田は信念の男であると共にチームを信頼する男だ。
 途中抜けることに対して、朝田は伊集院登(小池徹平)に尋ねる。
 晶の第一助手が務められるかと。
 晶の腕は信頼している。他のチームの人間の腕も。
 残るは伊集院。
 伊集院が「出来る」と言えば、一時現場を任せられる。
 判断を伊集院に任せたのは、朝田が彼を信頼しているからだ。
 葛藤の末、「出来ます」という伊集院。
 これでチームを信頼する男、朝田を描いた。

 テレビドラマでは、視聴者に感情移入してもらうため、主人公の弱さを描くが、この作品ではそれをしなかった。
 朝田はあくまで信念と超一流の技術を持ったスーパーヒーロー。
 仲間を信頼するヒーロー。
 こういう主人公の描き方もあるんだ、と思った。

  2
 さて今回、朝田によって心を解放されたのは霧島。
 晶や荒瀬門次(阿部サダヲ)など、朝田と関わった人間はみんな心を解放されてきた。
 晶は教授戦に勝つために犠牲にした医者の心。
 荒瀬は人殺しの十字架。
 今回は霧島の弱さが吐露された。 
「人は所詮一人だ。人は人とかかわるから孤独を感じるんだ」
 霧島は傷つくのを恐れるあまり、自分の心を閉ざした。
「僕は平凡な人間だ。存在感の薄い人間。僕も彼らのようになれない。そんな凡人だ」
 霧島は自分の非力を認識していた。
 また、朝田らチーム・ドラゴンの人間の「特別な才能」に嫉妬していた。
 そして彼らの強く結びついたチームワークにも。
 朝田たちが持っているものはすべて自分にないもの。
 そんな霧島が勝つためには、政治の力を使うしかない。
 「教授」という権力を持つしかない。
 それが霧島の行動論理だった。 
 彼は朝田に命を助けられ、今までの自分を壊した。
 自分の弱さを認め、「私は……愛してたわ」と言ってくれる存在・晶がいたことを思い出した。
 そしてチームの大切さも学んだ。
 今までの自分から解放された霧島は晶に言う。
「俺もチームを作りたくなった。君が作ったような最高のチームを」

  3
 この物語は
  1.困難な手術
  2.人物の心の解放
  3.教授戦      の3プロットから成り立っている。

 善と悪もはっきりしている。
 この中で一番オイシイキャラはジョーカー鬼頭笙子(夏木マリ)だろう。 

  4
 赤ん坊の手術と霧島の手術ではメリハリを見せた。
 赤ん坊の手術は繊細。
 霧島の手術はワイルド。野戦病院の手術。脳死時間の4分半。
 この見せ方がうまい。

  5
 野口教授(岸部一徳)は最後まで悪だった。
 彼は「君、トムヤンクンが好きだったね」と言われてタイに飛ばされる。
 政治力・権力は砂の上に作られたもの。
 簡単に崩される。
 他人に頼って作られた自分というものは弱いということを教えてくれる。

 大切なのは個人の心。
 これだけは誰にも壊すことができない。

 これが朝田を通して、この物語が一番描きたかったことだろう。
 単純明快・骨太のいいドラマだった。
コメント (2)   トラックバック (31)

指輪物語

2006年06月29日 | 小説
「指輪物語」(THE LORD OF THE RING)

 壮大な物語というのは、この作品のことを言う。
 世界設定は緻密で、キャラクターは強さと弱さを併せ持ったキャラクターたちだ。灰色の魔法使いガンダルフ、人間の国ゴンドールの王の血をひくアラゴルン、エルフで弓の使い手のレゴラス、主人公を最後まで守ると誓う庭師のホビットのサム、悪に囚われた白い魔法使いサルーマン。
 この小説を30回以上読み返して、あとは何回読み返したか忘れてしまった人がいるほど面白い。「スターウォーズ」とか、後の作品にも与えた影響も大きい作品だ。

   1
 指輪の持ち主は善の心を失い、権力への執着心を持つ。
 人を殺すことも厭わなくなる。
 「指輪物語」はこの邪悪な指輪を捨てにいく話だ。
 この辺がアイテム探しの他のファンタジーと大きく異なる。作品の読み方は人それぞれでいいのであって解釈をくわえることは作品の魅力を損なうと作者のトールキン自体が戒めているのだけれど、核問題に興味を持っている人が読めば、指輪は<核兵器>に見える。核兵器という力を持ったら人はやはり狂わされる。自分を絶対と思い、この強大な力を使いたくなるというわけだ。
 主人公のフロドはホビットという小人族で善の心を持った青年だ。
 武器をふるう力や強大な魔法を持たないが、強い心がある。指輪を滅びの山の噴火口に捨て行くことに関する会議が行われた時、人間、エルフ、ドワーフといった者は指輪の力に惑わされてケンカ口論を始めるが、フロドだけが惑わされない。
 フロドはそんな青年だ。彼だけが指輪の誘惑に惑わされないで、捨てにいくことが出来る選ばれた青年なのだ。
 しかし、旅の終わりにさしかかり噴火口に指輪を投げようとする時、フロドは………。

   2
 この物語はふたつのプロットから成り立っている。
 ひとつはフロドが指輪を捨てに行く旅の記録。
 邪悪な指輪に引き寄せられるように追ってくる邪悪な者たちに読者はドキドキする。
 もうひとつは人間とエルフの連合軍と邪悪なる者たちの激しい戦争。
 ここには勇猛な将軍たちや権力争いの政治が描かれる。
 そんな壮大なドラマを楽しむのもいいが、少し足を止めて作者が描いている美しい風景描写や詩を楽しんでみるのもいい。
 世界のバックボーンにある神話の世界や舞台となる中つ国の歴史を読みとってみるのもいい。
 朝食を2回、昼食とおやつ、夕飯と夜食と計6回食事をとるゆったりしたホビットの生活にあこがれるのもいい。
 読むたびにいろいろな発見があって好きになる、そんな作品が「指輪物語」だ。

   3
 作者トールキンが「指輪物語」を書き始めた理由。
 作者j.R.R.トールキンは英国オクスフォード大学の言語学の教授だ。
 「指輪物語」を書き始めた理由というのが変わっている。エルフの言語を発明し体系立てたいという言語学的欲求からなのだ。いわゆる「言葉あそび」である。
トールキンが勤めたオクスフォードの同僚には、ファンタジーの名作「ナルニア国物語」を書いたC.S.ルイスがいる。彼らは毎週木曜日の夕食後にルイスの家に集まって、大好きなファンタジーについて語り合うサークルを作った。そこで毎週少しずつ朗読されていったのが「指輪物語」である。パイプをくゆらせ書斎でお茶を飲みながら、冒険談を語るトールキンの姿が思い浮かぶ様だが、実に英国的だ。
 「指輪物語」はトールキンが44歳の時に書き始められた。暇を見つけて執筆され、完結したのは13年間後の1949年。
 時間に追われせかせかと忙しい現代人に比べて何とも優雅。こんなトールキンのスタイルを考えながら読んでみると、「指輪物語」は別の顔を見せてくれる。

J.R.R.トールキン著 瀬田貞二訳 全6巻
「旅の仲間」上下、「二つの塔」上下、「王の帰還」上下(評論社)

※以前書いた雑誌記事より抜粋・引用。
コメント

アテンションプリーズ 最終回

2006年06月28日 | 職業ドラマ
 最終回「大空へ!旅立ちの時」。

  1
 第1話の美咲洋子(上戸彩)から変わったこと。

 ひとつは仲間。
 若村弥生(相武紗季)、関山有紀(大塚ちひろ)はもちろん、弘田沙織(上原美佐)、麻生カオル(笛木優子)とも心を通わせた。
 すごく嬉しいこと。

 ひとつは恋。
 中原翔太(錦戸亮)。
 言葉は少ないが頼りになるやつ、一番気が合う。
 一人でやっていけないのでは?と洋子が不安を言うと、10年後も叱られてるんじゃないか?と冗談を言い、負けそうな時は空に連れていってくれると言う。
 すごく大事な人。

 ひとつは師。三神(真矢みき)教官。
 卒業して洋子は言う。  
「三神教官がいなければ、今あたしはここにいませんでした。たくさん叱っていただいてありがとうございました。どんなマニュアルよりも三神教官が一番の教えでした」
 こう言えるまでに成長させてくれた。
 若者にとって、こういう厳しい師は大切。
 三神は嫌われてもいいから、洋子を厳しく鍛えた。
 若者にとって、こういう厳しい時間は大切。
 言うことを何でも聞いたり、甘やかすのはその人のためじゃない。
 こうして三神の指導のもと、訓練生のバッチを返した洋子。
 しかし、洋子にとって三神はいつまでも師だ。
 卒業しても洋子は訊いてくる。
「空には必ず仲間がいます」と答える三神もいまだ教官だ。
 また、研修が必ずしも型にはめることではないことも教える。
「最初の頃のふてぶてしさはどこに行ったのですか?あの頃の自分を信じて突っ走るあなたの強さ忘れないで下さい。もともと持ってたあなたのよさを」
 教えられた基礎をベースに今度は洋子の良さを出して、いいCAになってほしい。それが洋子に三神が伝えたかったこと。
 OJT最後のフライトで、洋子は心臓発作のお客様を助ける。
 その姿は本物のCA。
 それだけでもプロフェッショナルだが、洋子はさらに言う。
「お孫さんに会うんでしょう。戻ってきて!」
 こう言えるのが洋子の個性だ。
 三神はそれを大事にしてほしいと思う。
 三神は洋子にとって永遠の師だ。

 こんな貴重な時間を過ごさせてもらった洋子は幸せだ。

 そして第1話から問われ続けている「あなたにとってキャビンアテンダントとは?」に対する洋子の答えとは?
 洋子は明確な言葉では言わないが、その表情から「喜び」であることがわかる。
 仲間がいて師がいてお客様がいて、洋子はCAであることに喜びを感じている。

  2
 いくつかの恋。
 洋子と翔太は前述のとおり。世界一のCA・整備士になるための同志。
 だが、それ以上にお互いに感じ合うものがある。
 ラーメン食べにいこうか? さりげないが、いいせりふ。
 まだ恋人になりきれない感じもいい。

 弥生は失恋。
 失恋してテンション高めでがんばったが、糸が切れて泣き出した。
 弥生らしい。
 自分が失恋した理由も冷静にとらえている。洋子だ。
 それで洋子を責めないというのもさわやかだ。
 告白した結果を描かず、翌日テンションの高い弥生を見せて、「もしかして恋が成就したのでは?」と視聴者に思わせるシナリオも見事。

 関山ちゃんは堤(小泉孝太郎)にアクションを仕掛けた。
 堤、しっかり関山ちゃんを見てやれよ!と言いたい。

 三神と桜田キャプテン(小日向文世)。
 ボウリング。もう1回試させてほしいという桜田。
 前回、倒れなかったボウリングのピン。

 「アテンションプリーズ」の恋愛表現は全体としてさりげない。
 いきなり4カップルが出来た「トップキャスター」のストレートな恋愛表現と比べてどうか?
 ライトアップした木と倒れないボウリングのピン。
 僕はさりげない方が好きだ。
 両作品とも同じ職業物だが、職業に重点を置いている「アテプリ」の方が訴えたいことはわかる。
 8年越しの恋愛を描いて「トップキャスター」はどっちつかずになってしまった。

  3
 火曜9時のがんばる女の子もの。
 内容はオーソドックスだが、安定している。
 今後が楽しみだ。
コメント (2)   トラックバック (25)

トップキャスター 最終回

2006年06月27日 | 職業ドラマ
 トップキャスター最終回

  1

 蟹原健介(玉木宏)の飛鳥望美(矢田亜希子)への告白。
 ライトアップした木の上で。
「もしも望美に手の届かない物があったら俺が代わりに取ってきてやる!もしも望美に見えないものがあったら俺が明かりをつけてやる!もしも望美の空が暗くなったら太陽だって取り替えてやる!」
 木から落ちて健介、記憶喪失?すると望美が言う。
「その時は教えてあげるよ!私はアナタの恋人よって」

 これの善し悪しは意見の分かれるところだろう。
 ただ、僕には鼻についてきた。
 ライトアップされた木の上で告白。いかにも月9的だ。
 素直にいいなぁと思えなくなってきた。
 それは椿木春香(天海祐希)住んでいた高級マンションも同じ。
 飽きた、冷たい感じがする。
「クロサギ」の棚の落ちるボロアパートや「ギャルサー」のおまわりのボロアパートの方が新鮮。(余談だが、「医龍」では主人公たちがどんな家に住んでいるかの描写がない。確かカルテ1で朝田の海辺の古い一軒家が出てきたくらい。これは「医龍」が病院という非日常のみを扱った作品だからであろう)
 春香と雅人の結婚式もうわ~っハズカシイ!

 いずれにしても、この月9的なもの、どう評価されるのであろうか?

  2

 よく言うと軽さ。悪く言うとドラマに深みがない。
 収賄事件も結城雅人(谷原章介)が罪を被り、説得されて父親に戻った会長(伊武雅刀)が罪を認めて解決。(前回、会長が「誤報だ」と言ったのはどうなったのだろう)
 爆弾事件も潜入した花屋(犯人)の姿が偶然、春香の目に入って追跡の末、逮捕。(その前に届けられた花は何の意味があったんだろう)
 ともかく事件の解決が安易。
 解決のための知恵もなければ、人物の葛藤もない。
 この作品の作家さんは出来事を淡々と書く方のようだ。
 今回のエピローグもそう。
『柴田(児玉清)が社長になって、ザ・ニュースが復活。望美がキャスターをやることになり、春香がアメリカで取材記者をしていました』
 この事を映像でなぞっているだけ。

 爆弾犯の動機=「春香に人じゃない」と言われたから、というのも短絡的で今の犯罪ではあるのだが、鬱屈した犯人の内面を深く描くことも出来たはず。 

 この作品の軽さ浅さ、どう評価されるのであろうか?

  3
 この作品は春香の魅力で持っている。
 春香はこんなことを言う人物。
「人生のゴールってスタートする事じゃないかな?」
「みんなと出会って、この世で一番の宝探しは人との出会いだと思った」
「チャンスから逃げたらダメ。ピンチから逃げたらもっとダメ。チャンスはピンチの姿をしてやってくるもんなのよ」
 このメッセージがどれだけ今の人にインパクトがあるかは別として、春香の考え方、人柄がこの作品を支えた。
 ただ、僕には次のようなメッセージの方がインパクトがある。
 たとえば、「野ブタ。をプロデュース」の小谷信子。
「この世はどこまで行っても、同じ世界が続いているだけ。私が住んじゃいけない世界が、ずっと続いているだけ」

 春香と信子、今はどちらが共感を集める人物なのだろうか?
コメント   トラックバック (16)

あいのり 6/26

2006年06月27日 | バラエティ・報道
 スーザンの告白。
 何と言ってもMIEの顔がいい。
 スーザンが想い出になるまで新しい恋をしないと言うMIE。
 スーザンの現れる前のMIEは自分がスーザンを好きなこと、いっしょに過ごしたあいのりの旅を大事に思っている。
 自分の気持ちを断ったスーザンへのわだかまりもあいのりの旅への後悔もない。
 ただ誇りがあるだけ。
 だから今でも好きかと聞かれて「好きだ」と答えられる。
 そしてスーザン登場。
 「働いてるの?」
 MIEの近況を聞いて……というか本題にはいってほしい。
 そして始まったスーザンの告白。
 ダラダラと煮え切らないスーザンだが、言おうとしていることはMIEに伝わっているようだ。
 MIEの顔は輝いている。
 なかなか本題に入らない1時間の告白も楽しそうに聞いているMIEは本当にスーザンのことが好きなんだなとわかる。
 MIEの顔はどんな女優さんでも出来ない顔。
 スーザンが自分を想ってくれることへの喜びに溢れている。
 MIEは「スーザンよりずっと前から好きだったMIEの気持ちは今でも変わっていない。お願いします」と言ってスーザンの告白に応える。

 そしてキス。
 恥ずかしくてなかなかキスを出来ないスーザン。
 MIEも笑ってしまう。
 スーザンは本当に無器用だ。
 MIEがいなくなって自分の気持ちに気づいた。
 このキスも告白もそう。
 この無器用さもどんな男優もできないこと。
 最後に嬉しさのあまり池の中に飛び込んで。

 池からスーザンの手を取って引っ張り上げるMIE。
 やったーと飛び跳ねるスーザンとスーザンに合わせて飛び跳ねるMIE。
 ふたりの幸せがこちらにも伝わってくる。
 心から祝福したくなる。
 何の飾りのない恋愛ドラマ。 
 作り物でない恋愛ドラマを見た。
 これを見てしまうと、すべてのTVドラマが嘘に見えてしまう。

 ひさびさにさわやかな気持ちになった。
コメント

功名が辻 吉兵衛の恋

2006年06月26日 | 大河ドラマ・時代劇
 第25回「吉兵衛の恋」

  1
 千代(仲間由紀恵)と市(大地真央)の間にある信頼と友情。
 本来なら会えば笑って過ごせる間柄。
 だが、取り巻く立場がふたりを引き裂く。
 千代は秀吉(柄本明)家臣・一豊の妻。
 市は信長の妹で反・秀吉の勝家(勝野洋)の妻。
 市は自分で選んだ運命とはいえ、状況がふたりを引き裂く。
 「ロミオとジュリエット」の物語パターンはこんな所にもいきている。

  2
 本題の吉兵衛の恋。
 相手は20歳も下のたき(細川ふみえ)。
 吉兵衛(武田鉄矢)の生活はすべて山内家のために捧げられており、吉兵衛はおなごにうつつを抜かしている場合ではないと考えている。
 一方、たきはファーザーコンプレックス。
 父親のような男性を求めている。
 破れている袴を見て父親を思い出すたき。
 世話をしたいという気持ちが彼女の気持ちを傾かせる。
 家中の噂(一豊だけが知らない・笑)。
 千代が動く。
 「命令です」と言って無理やり袴を受け取らせる。
 たきの縫った袴をはいて見せる吉兵衛。
 これはたきを受け入れた証拠。
 吉兵衛のような頑固者は誰かが強引に背中を押してやらなければならない。
 そして縁談の話。
 その一線だけは越えられない吉兵衛。

 恋愛のきっかっけは様々。
 相手に父親を見て、恋に落ちることもある。
 袴の綻びという何でもないことがきっかけになる。
 恋愛の発展も様々。
 相手のために何かをすることが想いを深める。
 自分から動けない者は誰かが背中を押してやらなければならない。
 気持ちの表し方も様々。
 このふたりは袴を仲介にした。
 たきは新しい袴をさり気なく置き、吉兵衛はそれをはいて見せ、これも繕ってくれと頼んだ。
 袴を小道具としてうまく使った見事な恋愛物語だ。
 来週は悲劇が待っているようだが。

  3
 この物語は様々な夫婦像を見せることで、一豊夫婦を浮き彫りにしている。
 今回の比較は勝家夫婦。

 一豊(上川隆也)は政治的な判断をすべて千代に委ねている。
 というかすべてを千代にうまく操縦されている。
 一豊は秀吉の傍に住むこと。新しい家臣のこと。
 勝家は市に政治的判断を指示されている。
 三法師を信孝に委ねること。信長の葬儀のこと。家康と手を結ぶこと。

 一豊と勝家。
 同じように妻に操縦されていることには変わりがないが、本質は違っている。
 千代が行っているのは、すべて一豊のため。山内家のため。
 市が行っているのは、自分の秀吉嫌いのため、織田家のため。
 市は勝家を利用しようとしている。
 今回、吉兵衛にしたような恋の仲介を市は絶対にしない。
 相反する夫婦を描くことで浮き彫りになる主人公夫婦。うまい手法だ。

  4
 今回は秀吉の描写も面白かった。
1.策士秀吉
 長浜城に入った柴田勝豊を調略。これは長浜城を勝家に渡した時点から計算していたことらしい。雪で勝家が身動きがとれないことも計算に入れていた。勝豊が寝返ったことで諸侯へのアピールにもなっただろう。
 時代は武力の時代から、政治の時代へ。
2.俗物秀吉
 勝家に嫁いだ市のことを想像して「あんなこと、こんなこと」とわめく秀吉。こんな秀吉は大河ドラマ史上初であろう。市が「卑しい」と言ったのもうなずける。
 素直に自分の本音を出してしまうところと演技。
 この二面性が秀吉の魅力だ。
 同時に妻一筋で演技のできない一豊との対照にもなっている。

★研究ポイント
 物語の作り方
 ・過去の物語の骨組み(例・ロミオとジュリエット)を使う。
 ・主人公と対照的なキャラクターを置く。
 恋愛ドラマの作り方
 ・父親のような男を求める女性。

★名セリフ
「毎日長浜城に住んでる姿を想像していたら願いがかなう気がする」
「暗い顔をしていては人に疑いをもたらします。陽気に陽気に」
 ※前向きに生きること。これが大事ですね。山内家は本当に明るい。
コメント (6)   トラックバック (20)

ギャルサー 最終回

2006年06月25日 | その他ドラマ
 最終回。
「死にそうな主人公が仲間たちの力で助かる」
「仲間たちとの別れ」
 オーソドックスなよくあるストーリーをカウボーイとギャルでアレンジした。

 冒頭、シンノスケ(藤木直人)の代わりにイモ子探しをしている3年後のサキ(戸田恵梨香)を出して、シンノスケは死んでしまった? と視聴者を錯覚させたが、オーソドックスなストーリーに乗っかっているため最終回としてはイマイチ。
 シンノスケを助けるためのアイテム、「一番高い空を飛ぶ鳥の羽」「一番深い海で眠る貝殻」「一番急な崖に咲く花」「一番青い羽を持つ蝶」「一番美しく飛ぶブーメラン」を手に入れる過程は絵として面白かったが。

 さてラストメッセージ。
 自分の命に代えてシンノスケを助けてくれと言うサキにシンノスケは言う。
「一人で生きてきたと思うな。おまえのお父さんお母さんに失礼だ」
 そして別れの時。
 シンノスケは渋谷の街を否定した。
「この街、食べ物をゴミのように捨てる。それに慣れた人間、食べ物に感謝しなくなる。この街、家に帰らなくても生きていける。それに慣れた人間、親に感謝しなくなる。この街、夜でも明かりがついてる。それに慣れた人間、やがて太陽に感謝しなくなる」
 そして自分の生き方について
「空を見ろ!空には星がある!必ずお前達の歩く道を照らしてくれる星がある。それは一人一人違う道だ。その星を見つけろ。見つかったらもう道に迷わない」
 さすが日テレ。「巨人の星」だ。
 これらのメッセージについては、説教くさかった。
 サキたちエンゼルハートの人間全員が納得してしまうのも気になる。
 最終回だから全員納得してしまぬのは仕方がないが、何か物足りない。
 キャラクターどうしのぶつかり合いや葛藤がないとドラマは面白くならない。
 キャラクターを描かないと面白くならない。
 今回はシンノスケに対峙するキャラクターがいなかったため、シンノスケが一方的にメッセージを語ることになってしまった。
 個々のメッセージもそれぞれに重いものなのだから、ストーリーにしてドラマで描いてほしかった。
 斬新ないい作品だっただけに、この最終回は残念。

 「芋子」については、実はシンノスケの母親「渋谷サチ子」だったというオチ。
 そして「馬子」探し。
 軽く笑える。
 大きく笑えたのはジェ~ロニモ~(古田新太)。
「あれ、おまえのワイフか?結構タイプ!」
「無理!ありえない!多すぎるもん!渋谷人多すぎるもん!俺、傲慢だった。進之助に無理言ってた。渋谷、17歳、芋子、情報少なすぎ!」
 シンノスケもギャルたちも渋谷に来たジェ~ロニモ~に全部持っていかれた感じ。脇キャラのバランスは難しい。

★研究ポイント
 ドラマの作り方:
 キャラクターの葛藤、ぶつかり合いがないとドラマは面白くならない。
 テーマはドラマにして描かないと伝わらない。説教くささだけが残る。

★名セリフ
「なんだよ。普通にいい話じゃん。つまんねぇよ!」
 ※シンノスケのお守りについて語ったサキのリアクションせりふ。
 バラエティで使われているこういうやりとりが今後ドラマでも使われるようになる?
コメント (2)   トラックバック (28)

クロサギ 最終話

2006年06月24日 | 職業ドラマ
 「クロサギ」最終回。

  1
 黒崎(山下智久)と氷柱(堀北真希)の出した結論とは?

 まず氷柱。
 桂木(山崎努)から御木本(岸部シロー)の居場所を教えられて、「きみは黒崎をどうしたいんだ?」と聞かれる。
 警察に逮捕させるか? 
 詐欺を続けさせて復讐を成し遂げるか?
 このふたつの選択肢に対して、氷柱は「わからない」と言う。
 氷柱には、どちらが黒崎にとって幸せかがわからないからだ。
 結局、彼女の出した結論は検事になって、黒崎のような人間を出さないこと。
 氷柱は葛藤の末、「法」を信じ「検事」になることを決めた。

 そして黒崎。
 春日(萩原聖人)を喰って、御木本にたどり着いた。
 しかし捕まってしまう。
 警官に取り押さえられながら「まだ、終わっていないんだ!」と叫ぶ。
 そして証拠不十分で釈放。
 黒崎は柏木に言う。
「御木本を喰った後に柏木の心臓をもらう」
 黒崎の出した結論は「詐欺師」を続けること。 

 では、氷柱と黒崎は平行線か?別々の道を歩くのか?
 答えはNO!
 これがこの作品の見事なところ。
 氷柱は検事を目指し、黒崎は詐欺師を続けることを決意したが、ふたりの心は通じ合っていた。
 「検事」「詐欺師」という枠にとらわれるのではなく、「人間」として関わっていくことを決めたふたり。
 様々な葛藤を経て、ふたりは理解し合い、「黒崎」と「氷柱」として関わっていくことを決めたのだ。
 なるほど、ドラマの解決にその方法があったのかという感じ。
 詐欺師を続けるのか?やめるのか?という解決ではなく、人として関わるという解決方法。
 それゆえラストシーンはさわやかだった。
 黒崎の笑顔も。

 少なくとも黒崎は氷柱と一緒にいる時は、復讐や詐欺を忘れ、あの笑顔を見せるだろう。

 物語の結論を黒か白かで片づける時代は終わった。

  2
 黒崎の心を溶かしたものとは?

 復讐にとらわれていた黒崎。
 その頑なな心の扉をこじ開けたのは、氷柱の言葉だった。
「あなたはひとりじゃない。どんなことがあっても私がいる」
 これは孤独な戦いをする黒崎が一番欲しかった言葉。
 復讐のためにすべてを捨てた黒崎が一番欲しかったのは、自分を思ってくれる人。
 これが黒崎の心をえぐった。
 考えてみれば、黒崎の過去を知った氷柱が考えに考えて出した言葉がこの言葉だった。
 それは「詐欺をやめなさい」ということでもなく、「納得いくまで復讐をしなさい」ということでもなかった。
 氷柱が必死に考えた言葉だから重みがある。
 だから黒崎の心を打った。

  3
 最終回は騙しのオンパレード。

 黒崎の逮捕はすべて桂木の仕組んだこと。
 警察の注意を黒崎に向け御木本を逃がすためのものだった。
 新川波江(杉田かほる)の訴えも実は桂木が買収で取り下げさせた。
 そして釈放。
 結局、黒崎も桂木に踊らされた。
 さすが詐欺のフィクサー。
 行う仕掛けも大きい。
 また、柏木の心臓が悪いというのも騙しであったようだ。

 しかし、早瀬(奥貫薫)も桂木を騙していた様子。
 漬け物はスーパーの漬け物の素でつけた物だと告げた。

 その他にも警官隊を巻いた黒崎の騙し、御木本の椅子に座っていたのは神志名(哀川翔)だったという騙しなどがあった。

 一方、嫉妬に狂ったゆかり(市川由衣)が黒崎を警察に売ったという件はドラマとしてどうであろう。
 スタッフとしては視聴者をあっと驚かせたかったのだろうが、これだとゆかりは完全な迷惑女。
「修行し直して来ます」と言われても、視聴者の反感は残る。
 マイナスだった。

★研究ポイント
 ドラマの作り方:黒か白でない、別のドラマの結論。人間としての結びつき。

★名セリフ
「まあ、元気でね、吉川氷柱さん」
※初めて氷柱の名前を呼んだ黒崎。ひと言で氷柱への気持ちを表現した名セリフ。小道具として猫もうまく使っている。黒崎は氷柱に猫の世話を頼んだ。猫はふたりをつなぐ重要な小道具として機能した。

「とにかくこれで、共済組合の借りは返したからな。お前がどう思おうが、俺もお前も桂木さんのゲームのコマだ」
※黒崎を助けた白石(加藤浩次)。このせりふをひと言言って去っていく。実においしい役だ。現状分析も出来ている。

「ぼくだけは見逃してね」
※この愛嬌を見せることで、桂木キャラは膨らみました。

「だから人間は面白い」
※柏木の行動論理。彼は金や復讐で行動するのではない。人間を楽しむために行動する。
コメント (2)   トラックバック (27)

奈良放火殺人事件

2006年06月23日 | 事件・出来事
「やり直したかった」、逮捕の長男供述 (読売新聞) - goo ニュース

 この少年は後妻で連れ子で家庭では孤立していたようですね。
 唯一の拠り所の父親が求めていたのは、成績・医者になることだったようですし。
 この父親の要求に応えられなくては父親にも見放されてしまうようなプレッシャーがあったのでしょうか?
 また、不得意で父親にも教えてもらっていたという英語の試験がよく出来ず、嘘を言ってしまったことが、犯行の引き金になってしまったようですが、「お前は嘘つきだ」というようなことも父親に言われていたのでしょうか?
 まさにどこにも居場所がないという感じ。
 捕まる前に公園の滑り台で寝ていたという少年。
 ワールドカップを見たくて人の家に上がりこんでいた少年。(本来なら家族とワクワクして見たかった……)
 すごく孤独な姿です。

 最近の家族を殺害する犯罪は、必ず火をつけるようです。
 それは証拠隠滅?
 家族の死んでいる姿を見たくないという想い?
 あるいはこの少年が「やり直したい」と語っているようにリセット願望でしょうか?
 すべてを灰にしてしまえば、リセットできるというような。

 また、人を殺すということは想像してみるとわかるのですが、すごくエネルギーのいること。怒りのエネルギーなどが持続していないと出来ないこと。
 この少年の場合、鬱屈したエネルギーが爆発したのでしょうか?
 あるいは強烈な自己破壊願望。
 こんな大事件を起こせば、少年はその後の人生を捨ててしまったようなもの。
 いままで作り上げて来た自分を一気に破壊する行為。

 こう考えてみると、現代人には「逃げ道」と「居場所」が必要であるような気がします。

★関連記事
 奈良県田原本町(たわらもとちょう)の医師(47)方が全焼し、母子3人が死亡した火事で、奈良県警に殺人と現住建造物等放火容疑で逮捕された私立高校1年の長男(16)が、県警捜査本部の調べに「常々家族4人を殺そうと思っていた」と供述していることがわかった。捜査本部は、両親らへの不満や、事件があった20日午後に高校で予定されていた保護者会へのストレスから突発的に事件を起こした疑いがあるとみて調べている。

 調べでは、長男は20日午前5時15分ごろ、1階台所付近に火をつけ、2階で寝ていた母(38)、次男(7)、長女(5)を死亡させたとされる。父親は当直勤務で不在だった。長男は「火をつけたら、(3人が)逃げ遅れて死ぬと思った」と供述している。父親は約10年前に再婚し、長男は前の妻の子どもだった。

 保護者会では中間試験の結果が保護者に渡される。これまでは主に母親が出席しており、20日も学校側に参加を申し込んでいたという。調べに対して、長男はこの保護者会を強く意識していたと述べている。

 また長男は、放火した方法について「ガスコンロでタオルに火をつけて台所の床に置き、その上に近くにあった封筒や紙を落とした」と供述。いずれも火元の台所周辺にあるもので、事前に周到に準備した形跡は見受けられないという。

 一方、京都市左京区で22日に見つかった長男が入り込んでいた住宅の電話線が切断されていたことが判明。京都府警は長男が切断したとみている。住宅に入った理由について、長男は「日本対ブラジル戦を見たいと思って入ったが、1日間違えた。放送していなかったので寝てしまった」と話したという。

 捜査本部は23日午後、長男を奈良地検に送検した。

★追記
 24日の「サタズバッ」ではこんなコメントも。
「黒か白かの二進法世代。中間がない」
「すぐにリセット。少しずつ改善して行こうとする地道さがない」
「悩み方が足りない。あるいは相談する人がいない」
「殺害して放火という少年事件が続発。犯罪は真似られ連鎖する」
「いい家族、いい子供を演じている」
「親が子に期待するのは当然だが、期待に応えられなくても認めてあげられる親子関係が必要」
 ※失敗するとすぐ責めるワールドカップの状況にも言及
「冷たい親子関係でなく、ジタバタする親子関係を」
コメント (4)

ワールドカップ 日本×ブラジル

2006年06月23日 | スポーツ
悔やむ豪州戦の3連続失点 ジーコ監督一問一答 (共同通信) - goo ニュース

 さて残念だったワールドカップ。
 素人なりに感じたこと。

1.個人のサッカー・組織のサッカー
 ジーコが目指した個人のサッカー。
 個人が自分の判断で自由に組み立てれば、バリエーションのあるサッカーができる。
 このサッカーについては惨敗したこともあり、否定的なようだ。
 日本チームはブラジルチームじゃない。
 1対1の勝負で負けるのであれば、組織力で勝るしかない。
 会社もそうだが、日本人は個人よりも組織だからね。
 型にはまったプレイ。ある意味マニュアル。
 現に一部の選手などは、自分の置かれた状況で攻めたらいいのか、守ったらいいのか迷った選手がいたそうだ。
 攻めたり守ったり自分の行動基準が曖昧だから、無駄に走りまわって疲れてしまう。
 ジーコが言うところはわかる。
 型にはまったプレイはその与えられた型以上の力を発揮できない。
 個人がそれぞれに力を発揮すれば、相乗効果で様々なバリエーションが生まれる。
 ただし、個人が力を発揮するのは、各個人の能力が優れている場合。
 優れた選手の要求に劣った選手がついて来られなければ威力を発揮しない。
 俺が俺がになったりする可能性もある。
 個人か組織か?
 サッカーだけでない。他のチームスポーツも。
 また、日本を考える時にも留意すべき視点だ。
 個人的はスーパープレイヤーが大活躍するような試合を見てみたいが。

2.精神力
 スポーツで選手の「心が折れてしまう」シーンは見たくない。
 選手の諦めずに闘う姿や楽しんで闘う姿。
 これを見たい。
 そして、この点、今回の日本代表はどうだったのだろう?
 ジーコは精神的弱さを「未熟」と表現したようだが、同様に精神力を感じなかった。
 一方、熱心なサポーターの方はすごい。
 この状況であっても「ありがとう、日本代表」と言え、「自分たちの応援が足りなかった」と言える。
 すばらしい。
 試合の内容に不満たらたらの僕などは見習いたい強さだ。

3.日本代表チームの今後
 ジーコは初戦のオーストラリア戦がすべての歯車を狂わせたと考えているようだ。
 では、初戦がうまく行っていれば歯車がかみ合って勝利できたのか?
 波に乗れて決勝トーナメントに進めたのか?
 そこは冷静に見極める必要がある。
 3試合で取れた得点は2点。取られた得点は8点。
 おまけに後半で崩れて逆転されて。
 3試合とも同じ試合展開。
 そこにはFWの決定力不足と言った個別の問題だけでない、全体に関わる根本的な問題があるような気がする。
 よく「自分たちのサッカーをしたか?」ということが言われるが、今回の日本代表チームに「自分たちのサッカー」というものがあったのか?
 売りの運動量やつなぎ(パス)もイマイチ。
 FWの決定力不足。
 期待の中盤はパスミス。まわして突破もできない。
 DFは格上には翻弄。後半はスタミナ切れ。体の大きさもほしい。
 日本は何だったのか?
 野球なら所属選手の特徴によって
 繋いで得点していくチーム/大砲の揃った打撃のチーム/走るチーム/守るチームと言った特徴を出せる。
 サッカーだって、攻撃型チーム、スピードのチーム、守るチーム特徴が出せるはず。大まかでわかりやす過ぎるとは思うが。

 自分たちがどんな戦い方をするのかがわかれば、相手チームの特色に応じた対応ができる。
 自分たちの試合ができれば、精神的には優位に立てる。
 自分たちの試合が出来て負けたのなら、それはそれで納得できる。
 圧倒的な力の差で負けたのなら相手の凄さを認めればいいし、ラッキーな得点、怪我やアクシデントで負けたのなら、スポーツにはこういうこともあると思うことができる。

 今度の代表監督が誰になるのかは確定していないようだが、チームのコンセプトをイメージできる監督にチーム作りをしてもらいたいと思う。

★追記
 2大会連続のグループリーグ通過が果たせなかった日本代表。敗退の原因は?
                        (gooアンケートより)
 ジーコ監督の選手起用    14.7%
 FWの決定力不足      27.5%
 中盤のコンビネーション    2.3%
 不安定なディフェンスライン  4.4%
 暑すぎたドイツの気候     0.7%
 今の日本代表の実力どおり  50.3%

★関連記事
はかなく散ったジーコ日本=問われる今後の強化策(時事通信) 
 「史上最強」の呼び声が高い日本代表に対する期待は大きく膨らんだが、それは見掛け倒しでしかなかった。豪州戦にしろブラジル戦にしろ、リードしてもそれを守り切るためのしたたかな戦術がジーコ日本には欠けていた。終盤、相手の反撃を受けてパニックに陥る選手たちの姿は、日本がまだ戦う集団として成熟していないことの証明ではなかったか。
 「日本は相手が注意を要するようなチームにはなったが、まだまだ欠点が多い。日本はまだ3度目のW杯であり、そこには限界がある」。ジーコ監督はすべての戦いを終え、日本の置かれた厳しい立場を説明した。

「最後の詰めが甘い」=W杯日本敗退で石原都知事(時事通信) 
 石原慎太郎東京都知事は23日の定例記者会見で、日本がサッカー・ワールドカップ(W杯)の1次リーグで敗退したことについて、「残念といえば残念だね」と感想を述べ、「日本人は何でも最後の詰めが甘い」と指摘した。
 同知事は敗因について、「『最後は自分が決めるんだ』という精神的にも肉体的にもタフなストライカーがいない」と語り、「ペナルティーエリアに入ってから左右にパスを出すのが日本の悪い特徴」と分析した。(了)

指揮官の意図見えず=甘くなかった世界の舞台-ジーコ日本敗退(時事通信) 
 ブラジル流の自由なサッカーを持ち込み、個々の力量を生かそうとしたジーコ監督。MF中村(セルティック)が「そのやり方が(選手は)やりやすかったわけだし、戦術とかシステムとか監督じゃない」と言ったこともある。
 指揮官の下で、確かに選手は精神的なたくましさを身に付け、局面を打開したこともあった。だが、アジアではなく世界の舞台は、勝ち抜けるほど甘くはなかった。(ボン時事)

ブラジル・パレイラ監督
「今日は勝利で大きな弾みをつけたかった。ロナウドが戻ってきた気がする。これまでフィットができずに苦しんできたが、我慢して使い続けたことはよかった、ということを示せた。ブラジルのチームには常に多くの選択肢がある。今日の先発を決めた基準は、テクニックを重視し、多くの選択肢のいくつか、たとえばロビーニョはそういったイメージを与えてくれた。これでベスト16に進出し、このままひとつずつラウンドを進めていくのにいい勝利だった。とてもいいブラジルのスタイルで試合に勝つこと、これが大事だった。今日はロナウドが出ないという噂が流れた。人が何を言おうが、私に決める権利はある。日本はとても早くカウンターに転じ、右サイドを使い、MFともみな上がってきた」

★追記
 こんな記事も。
「2試合で笛を吹いた上川徹主審(43)と広嶋禎数副審(44)。世界レベルの戦いを直接目にする2人は、日本代表について「(出場チームで)一番、戦っていなかった」と辛口に評価した。
 上川主審は「強いチームは汗をかいている」ときっぱり。日本は、地道にボールを追い掛ける泥臭い部分が欠けていると、映った。広嶋副審は「相手ボールにプレスをかけることをさぼったら、幾ら技術のある選手がいても勝てない」と指摘した。
 技術面では、ボールを奪い取ろうとする場面で、体格で劣る日本はどうしても反則が多くなる。上川主審は「Jリーグの試合でしっかり、反則を指摘していきたい」と改めて強く思ったといい、「そうすることで、選手には反則なしでボールを奪う技術をさらに磨いて欲しい」と話した」(読売新聞)

 地道さ・泥臭さという言葉が引っかかった。
 一番重要なことだと思う。
コメント (2)   トラックバック (45)