平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

<浅田真央>という物語を共有する。

2010年02月27日 | スポーツ
NHK刈屋アナぼう然…「コメント浮かばず」(スポーツニッポン) - goo ニュース

 浅田真央選手、すごかった! がんばった!

 普通の選手以上に浅田選手に感情移入してしまうのはどうしてでしょうね。
 おそらく小さい時から見ているから。
 おそらく浅田選手のことを自分の子供、娘みたいに感じて見ている人は多いだろう。
 愛犬エアロのことなど、何となく彼女の私生活も知ってる感じがしているし。
 キム・ヨナ選手は<国民の妹>だそうだが、浅田選手は<国民の娘>。

 今回惜しくも銀メダルであったことは、浅田選手を<記憶に残る選手>にしましたね。
 日本人には<判官びいき><敗者の美学>みたいなものがある。
 銀メダルだけでも十分<勝者>なのだが、浅田選手はそうは思っていない。
 悔しさと涙……、その痛みがわれわれにも伝わってくる。

 また、この敗北により、われわれは浅田選手と<物語>を共有した。
 <ライバルとの激闘の果てに破れた物語><悔しさと涙の後に再び立ち上がる物語>。
 これからは浅田選手と同じ心境で彼女の試合を見てしまう。
 そして、次回のソチ・オリンピックで彼女が金メダルを獲った時、この物語は完結する。
 キム・ヨナ選手はプロ転向をほのめかしているらしいが、出来ればソチでも対決して、浅田選手が勝つという物語を見たい。
 そうすれば、この物語は最高の感動となり、スポーツ史の<伝説>になるだろう。

 スポーツは国民全体が<共有する物語>を与えてくれる。
 近いところでは、WBC決勝・最終回でのイチローのヒット。(考えてみると、この対決も韓国との対決でしたね)
 今回の浅田選手の戦いは、それに匹敵する国民全体が共有できる物語。
 というよりイチローの場合は<野球>という女性が共有しにくい種目だったので、今回の方がより多くの人が共有しやすいかもしれない。

 そして、この物語をいっしょに体験することで、明日への力を与えてくれる。
 物語にはそんな力がある。
 通常、この役割はテレビドラマや映画が果たすものだが、これらはフィクション、ウソですからね、スポーツのリアルにはかなわない。
 ともかくリアルタイムで浅田選手の物語に参加できることは、この時代に生まれた特権!
 浅田選手と共に4年後を目指す物語を共有しましょう!


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結婚できない男 名セリフ

2010年02月26日 | 名セリフ・名言集
 現在「結婚できない男」が再放送中。
 ということで、今回は過去に書いた記事「結婚できない男 名せりふ」を復活。
 いいですね、この桑野さん(阿部寛)の偏屈ぶり。
 これぞ現代の男の生き方、価値観!

★結婚観
 「好きなときに好きなもんが食えるのが独身のいいとこだろ」
 「妻と子供と家のローンは人生の三大不良債権だ」
 「家事をさせるためなら家政婦を雇えば済む話だ」
 「独身なら稼いだ金は全部自分のもんだ。結婚すれば稼いだ金は妻と子に食いつぶされるだけだ」
 「結婚なんかしたら、親や親戚とのつきあいが単純計算で倍に増える。自分の分だけでも面倒なのに」
  職場で宅配便を受け取る理由について
 「うちだと昼間受け取れないだろ。帰ったとき不在票が郵便受けに入ってると気分悪いし、再配達の指定すると、うちで待ってないといけない。独身生活の数少ないデメリットと言えるな」
  人生ゲームの復刻版を買って
 「人生ゲームの欠点は、(止まったら)どうしても結婚しなきゃならない所だ」

★金銭観
 「人が金持ちかどうかはな、収入の額じゃない。自分が自由に使える額、いわゆる可処分所得がいくらあるかで決まるんだ」
 「平均年収が600万超えるのは40歳過ぎてからだ。1000万の男と結婚したかったらカミさんに先立たれた50男でも探すんだな」

★死生観
 「食べたいときに食べたいものを食べる。それで早死にしたって本望ですよ」

★恋愛観
 「恋は落ちるんじゃない、上がるんだ、上に」

★生活哲学・こだわり
 「俺は自分の部屋に人を入れない主義なんだ。なんか他人がうちに入ると空気がこう、淀む感じがするんだよな」
 「僕は、仕事がどんなに忙しかろうが、家の中が散らかってると我慢できないたちでしてね。決められたものは決められた場所にあって、清潔、かつ機能的。そういう状態をいつも保っています」
 「俺はな、そうめん茹ではじめてから生姜がないことに気づいたら買いに行かなきゃ気が済まないタチなんだ。しかもチューブの生姜じゃダメなんだ」
 「花柄は俺がこの世で嫌いなものトップ5に入るんだ」

★社会時評
 <チョイ悪オヤジ>という言葉に対して
 「何チョイ悪だ。悪いかいいかどっちかにしろ」

★毒舌
 恋に臆病な自分を車庫から出られない車に例えた夏美に対して
 「……もう錆び付いて動かなくなっているかもな」
 妹の圭子に「結婚する時、いくら仕事が忙しくても月に1回は家族でお出かけするって条件をつけたの」と自慢されて
 「日米和親条約なみの不平等条約だな……独身でよかった」
 20歳代の女性との交際を夏美に冷やかされて
 「ま、若い子は素直でかわいいですよ。ひとが言うことにいちいちチャチャ入れたりしないし。あなたも70くらいのじいさんから見ると素直で可愛いのかもしれませんよ」
 犬を飼うことについて
 「人間の子供は成長すれば、親にこづかいくれるようになるけど、犬は死ぬまで無駄飯を食らい続けるわけだな」
 ストーカーに忠告する様に言われて 
 「アナタは人の世話を焼いていれば、そりゃ、自分の寂しさがまぎれるからいいかもしれませんけどね!付き合わされるこっちの身にもなってほしい」
 「どうしても私を寂しい女にしたいらしいですね」
 「図星だから怒るんでしょ」

★個人主義
 バーテンに誕生日のカクテルをすすめられ
 「余計なお世話だ。あと客の話を聞くな」
 ジムに通う理由を問い詰められて
 「自己実現というのは 自分のなかだけで完結することもあるんです」

 最後はこれ。 

 「常識通り生きるなんて誰でもできますよ。たとえ常識から外れても自分を貫き通すことに価値があると思いますね」

 常識にとらわれずに自分の論理で生きる。偏屈に生きる。
 これが、この時代に生きる男のダンディズム。
 もっとも、そんな桑野さんもラストでは夏美さんと結婚しましたが。
 やはり人は人を求めずにはいられないんですね。


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曲げられない女 第7話 大人になれない。

2010年02月25日 | 恋愛ドラマ
 <曲げられない女>。外国にはこういう女性が多いそうですね。
 自分のルールに従って生きる女性。働きながら子供も育てる女性も多いようですし。
 今話題の勝間和代さんもそういう感じでしたね。

 ただ早紀(菅野美穂)の場合はちょっと未熟。
 他人の意見に耳を貸さない。
 枠にはめようとしたり、ルールを壊そうとする人間には反発・否定する。
 成熟した<曲げられない女>なら、「あなたの言うこともわかるけど、私はこう思うの」と大人の対応をするだろう。
 璃子(永作博美)と光輝(谷原章介)を意見の違う友人として大事にする。
 これは早紀が一皮むけるための試練。日記では反省していたし。
 
 早紀をはじめ、僕を含めた現代人はコミュニケーション能力があまりないようである。
 自分の殻に閉じこもっている。
 不平不満をうまく吐き出せずにため込む。
 ため込んだ不平不満が臨界点に達すると、今回のように爆発する。
 「電気をつけっぱなしにしないでよ」「トイレの紙を使いすぎ」と折に触れて言っていれば、たまらないのにそれを一気に吐き出す。
 そしてすべてをなくしてしまう。
 「電気をつけっぱなしにしないでよ。トイレの紙を使いすぎ。あたし貧乏なんだから。海面が10メートル上昇しちゃうから」などと冗談交じりに言えば、かどが立たないのに、そう言ったコミュニケーションが出来ない。
 実に無器用ですね。

 シングルマザーになった依頼人のために会社に乗り込み、相手の男を糾弾したのだって、言っていることは正論だが、もう少しやり方があるはず。
 こうなってしまっては円満解決はないだろうし。

 ということで大変無器用な早紀。
 早紀は極端な変人として描かれているが、どこか心の琴線に触れるのは彼女の無器用さがわれわれの中にあるから。
 最終的には「われ、死すとも、いい友」璃子と光輝との友情が復活してほしいな。
 脚本の遊川さんはどう決着をつけるのだろう? 

※追記
 早紀が成熟した<曲げられない女>になるには、やはり何者かになる必要があるように思われる。
 <弁護士>とか<母親>とか。自分の中にある確かなもの。
 今の何者でもない早紀は<空虚>で、それが彼女の不安定さになっている。


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特上カバチ!! 第6話 心が入っているか?

2010年02月24日 | 職業ドラマ
 食中毒を出したキッチン宮下。
 その店主・宮下大作(石原良純)の母親から150万を取り立てる田村(櫻井翔)。
 
 結果は同じ150万の取り立てでも、そのやり方で意味が違ってくるんですね。
 ヤクザは<暴力>という力で取り立てる。
 法律家は<法律>という力で取り立てる。
 暴力と法律の違いはあるが、両者は力で取り立てることは同じ。
 一方、同じ法律家でも田村は違う。
 法律を使うが、<心>で取り立てる。
 田村は母親に語る。
・被害を受けた会社が倒産しそうなこと。
・会社の従業員がなけなしの預金を出して会社を救おうとしていること。
・裁判になれば、屋敷や店が差し押さえになり、キッチン宮下にもメリットがないこと。
 この説得で母親は納得して150万を出す。
 「自分で自分の責任を取れないようなバカ息子を育てた自分に対する罰だ」と息子に語る。

 これが<心>のない、単なる<法律>だけの取り立てだったら、どうなっていただろう?
 母親には無理やり金をむしりとられた理不尽、怒りしか残らない。
 息子も同様で、「客商売とは何か」など失敗から学ぶことが出来なかったし、以後前向きに生きることが出来なかっただろう。
 また田村も、美寿々(堀北真希)が懸念したように、心を失った法律家になっていただろう。

 「コード・ブルー」第7話でも<結果>と<過程>の話があったが、そこに至るまでの<過程>は非常に大事。
 結果は同じなのかもしれないが、<心>が入ってるかいないかで、その後の自分や他人に及ぼすものは大きく違ってくる。

 それにしても現在は世知辛く厳しい。
 おそらく現実では法律を盾にして効率よく取り立てた人間が優秀とされるのでしょう。
 だから、少なくともドラマは<心>を忘れてはならない。田村が描かれなければならない。


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コード・ブルー 第7話 過程の自分を誇りに思う

2010年02月23日 | 職業ドラマ
★緋山(戸田恵梨香)の失敗。
 現実では結果がすべて。
 どんなにそこに至る過程で一生懸命、誠心誠意やっていても、結果が伴わなければ認められない。
 あるいは、たったひとつの失敗で、今まで努力し苦労して積み上げてきたものが失われてしまう。
 現実とはシビアーですね。ゲームのようにリセットは効かない。

 今回、冴島(比嘉愛未)もミス。
 しかし藍沢(山下智久)たち、まわりのフォローで大事には至らなかった。
 大事に至るか、至らないかは紙一重なんですね。
 運やまわりの手助けがあるかどうかにも拠る。
 これも現実。

★こんな現実を前にすると、結構足がすくむ。
 一瞬の判断ミス、注意不足が致命傷になるかもしれない。
 しかし人間は間違え、失敗するもの。
 では、こんな現実にどう対処するか?

 ひとつは<過程の自分>を誇りに思うこと。
 結果は伴わなくても、<がんばった自分><努力した自分>をほめてあげる。
 結果は他人が評価するものだが、少なくとも過程は自分で評価できる。
 勝海舟も言ってる。「行いは自分、評価は他人」
 出来れば、目的地に向かって汗を流しながら歩いていく過程を楽しめるともっといい。

 そして対処方法としてもうひとつ。
 <歩みを止めないこと><再びがんばること>
 この作品の主題歌「HANABI」でも言ってる。「もう一回、もう一回」
 緋山には「もう一回」と言って、再びがんばってほしい。
 今まで闘ってきた自分を誇りに思ってほしい。

※追記
 もうひとつ緋山。
 彼女はおばあさんに「点滴の針を刺すのが上手だね」と言われたことを自分の<歓びの体験>として心に刻みつけているという。
 緋山はこの<歓びの体験>を思い出すたびに、パワーをもらえる。自分を肯定できる。
 これは困難な現実を生きる上で大事な智恵ですね。
 自分に力を与えてくれる原体験。
 自分にとって、それは何なんだろう?と考えてみたい。


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龍馬伝 第8回「弥太郎の涙」

2010年02月22日 | 大河ドラマ・時代劇
 吉田東洋(田中泯)の所に談判にいく龍馬(福山雅治)と弥太郎(香川照之)。
 しかし東洋の反応は冷たく、不正は糺されない。
 弥太郎が唯一出来ることは、奉行所への落書き。
 そして投獄されてしまう。

★今回の展開をみると<物語に安易な解決はいらない>ということがわかりますね。
 たとえばこの作品が「水戸黄門」「遠山の金さん」のようなドラマなら、東洋が庄屋と奉行を見事に裁いて一件落着になる。
 昨年の「天地人」のような作品なら、龍馬の人柄に東洋が動かされて不正を糺すという展開になる。
 ところが、この作品はあくまでリアリズム。安易な解決はしない。
 物語としての痛快さは薄いが、逆にしっかりとしたドラマになったと思う。
 まずは東洋という人物を描くことが出来た。
 「わしは天才だ。天才は何をしてもいい」という高すぎるプライド(裏を返すと不遜、傲慢)。
 次に弥太郎。
 「何も力がない者は黙っちょるしかないがじゃ」
 ますますハングリーになる。
 龍馬も学ぶ。
 お坊っちゃんで、人を無限に信じる資質を持っている龍馬だが、今回改めて現実というものを知った。
 人は必ずしも良心や正義で動くものではないこと。
 自分の置かれた立場で行動すること。
 厳しい現実に立ち向かうには心の崇高さだけではダメで、力が必要であること。

 そして龍馬と弥太郎。
 今回の件でふたたび絆を強くした。
 「なぜ自分に関わるのか」と弥太郎に聞かれて、江戸から傷だらけになりながら走ってきた弥太郎に「震えがきたからじゃ」と答える龍馬。
 弥太郎は「何ちゅう、つまらん理由じゃ」と言いながら満更でもなさそう。
 
 この様に「水戸黄門」のような<安易な解決>をしないことで、様々なことが描けた。
 龍馬たちの成長も描けた。(黄門様は成長しませんからね。いつも高潔な人物として上から見ている)
 そしてこれがドラマ。
 安易な予定調和はいらない。

★その他のことでは、今回も龍馬らしさが出ましたね。
 弥太郎は奉行所に訴え出る。訴えが通らないと刀で庄屋の屋敷に向かう。
 一方、龍馬は刀を使わず、事件の背景を調べ吉田東洋を動かそうとする。
 同じ解決方法でも龍馬の方がスマートだ。
 結果は東洋を動かせず、龍馬の育ちの良さ、詰めの甘さが出てしまったが。
 そして半平太(大森南朋)。
 半平太は弥太郎への反発もあったが「そんなこんまいことに関わっちょる暇はないぜよ」と無視。
 大義のためなら、細かいことなどどうでもいいという姿勢がある。
 日々の生活を生きる庶民にはそういう細かいことが大事なのにそれがわからない。
 ここに主義主張やイデオロギー・思想というものの本質がある。
 イデオロギーにとらわれ過ぎると、大切なことが見えなくなる。

 弥太郎が信じるものは<金>。
 半平太が信じるものは<イデオロギー>(攘夷思想)。
 では龍馬は……。
 ここに龍馬のオリジナリティがある。

※追記
 加尾(広末涼子)と龍馬の関係も進展。
 「わしは何者にもなっちょらん。ちっくと待ってろ。いずれ迎えに行くき」と半ばプロポーズ。
 となると、このふたりの関係は悲劇になるんですかね。
 武市派の兄・収二郎(宮迫博之)は龍馬のことを良く思ってないようですし。
 「ロミオとジュリエット」のようなことになるのかもしれない。
 それにしても<イデオロギー>というのは人の目を曇らせる。
 妹の幸せを考えれば、龍馬と結婚させることが一番なのにそれを出来なくさせる。
 狂信の弊害である。
 今のイスラム原理主義も。


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俺たちフィギュアスケーター

2010年02月21日 | 洋画
 高橋大輔選手、銅メダルで盛り上がるフィギュアスケート。
 浅田真央選手、安藤美姫選手の女子も楽しみ。

 さて今回はそんなフィギュアスケートのおバカ映画をひとつ。
 「俺たちフィギュアスケーター」。
 <俺たち>という所がポイント。
 何と暴力事件で試合に出場できなくなってしまった男子フィギュアスケーターが、スケートへの夢を忘れることが出来ず、ペアのフィギュアスケートに出場するのだ。
 何と男どうしのペア!
 ルールでは男どうしがペアを組んではいけないというものはないらしい。
 また男子で出場禁止でもペアではOKらしい。
 ルールの網の目を潜っての秘策!?

 さて、こんなふうにして始まった男どうしのペア。
 当然、見た目は汚い。
 どちらが女性の役をやるかで大もめ。
 かたやポップで華麗なスケートを得意とする選手、かたや肉体派でセックスをイメージする滑りをする選手。演技のコンセプトも決まらない。
 ひとりガールフレンドをめぐって争い、仲間割れ。
 おまけに究極の必殺技というのがすごい。
 空中で回転し、一歩間違うとスケート靴の刃で相手の首を切り落としてしまう技なのだ!
 しかし、勝つためにはこの技を使うしかない。
 何ともおバカな作品である。
 実際の競技ではこんなアクシンデントが。
 織田信成選手は靴ひもが解けて競技をいったんストップしたが(織田選手、その後よくがんばった!すごい!)、そんなことはこの映画では小さなこと。
 何と足を<骨折>してしまうのだ!!
 骨折した足は使えず、片足で滑り続ける選手。
 果たして首を切断してしまう大技は成功するのか!?

 オリンピックの感動もいいが、あまりのバカさ加減に笑いたいという方にはお勧めの映画!


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藤田まことさんを偲ぶ

2010年02月19日 | 監督・俳優・歌手・芸人
「はぐれ刑事」など…藤田さん追悼番組(日刊スポーツ) - goo ニュース

★また、ひとり大好きな役者さんが亡くなられた。
 藤田まことさんと言えば、やはり「必殺仕事人」の中村主水。
 昼間の奉行所でのとぼけた感じと殺しのシーンでの凄み。
 殺しのシーンになると、眼光鋭く顔が引き締まるのだ。
 ハンサムでもあり、三枚目でもある、そのお顔立ちのせいもあろうが、このメリハリをつけられる人はいない。
 表と裏の顔を演じ分けられる藤田さんこそがまさに<仕事人>をやるために生まれてきた方。
 その飄々とした歩き方、疲れた猫背の後ろ姿は完全に主水だし。
 あるいは、つまずいたフリをして倒れ込み、短刀で相手の腹をえぐるみたいな殺し技が似合うのは藤田さんだけだろうし。
 藤田さんの主水がいなければ、仕事人シリーズはこんなに長く続かなかっただろう。

★報道を見ていて気がついたのですが、藤田さんはひとつの役を長く演じられてきた方なんですね。
 「仕事人」の主水、「はぐれ刑事」の安浦刑事。
 いろいろな役を演じられる役者さんが多い中で、藤田さんはこの二役を大事に地道にやってこられた。
 ご本人は「器用じゃないからいろいろな役が出来ない」とおっしゃられていたそうですが、逆にこの二役を生き永らえさせてきたことの方がすごい。
 作品やキャラクターがどんどん消費されていく移り変わりが激しいテレビの中で、主水と安村、ふたりの人物はしっかりと支持されて生き残っている。
 素晴らしいことだ。
 この点、希有な役者さんだったと言っていいだろう。

★それにしても藤田まことさん、緒方拳さんなど、味のある役者さんがどんどんいなくなっていきますね。
 人生の酸いも甘いも知っているような存在。
 それらを表情や立ち居振る舞いで表現できる存在。
 軽さも重みも演じ分けられる存在。
 今の中堅の役者さん達も年輪を重ねれば、そうなるのだろうか?
 役者さんがバラエティ番組に出ることはどうなのだろう?
 芸事は一日にしてならず、人生はあまりにも短い。

 最後に藤田さん、お疲れ様でした。
 愉しませていただき、ありがとうございました。


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曲げられない女 第6話 光輝こそがまっすぐな男

2010年02月18日 | 恋愛ドラマ
★この作品、小道具の10年日記の使い方が上手いですね。
 9年間<1時半まで勉強した>と同じことを書いてきた早紀(菅野美穂)が、いろいろなことを書いている。
 今回は「ムカつく!」だって。
 早紀の中に感情が芽生え、生活に彩りが出て来た。

★それにしても早紀、璃子(永作博美)と光輝(谷原章介)の関係はうらやましい。
 お互いが何に悩み、何に苦しんでもがいているかを知っている。
 今回は光輝。
 自分を守るために警察官になった情けない自分。
 自分の考えていること、感じていることとは別のことをしている自分。(光輝はストーカー被害に遭った女性のことで謝りたかったが、警察という組織の一員であるためにそれが出来なかった)

 今の時代、われわれはなかなか自分をさらけ出せないでいる。
 空気を読んで、他人に合わせて、結果自分にウソをついて、空しさを感じている。
 だが早紀達は違う。
 情けない自分、ダメな自分をさらけ出している。
 自分をさらけ出すことは他人に引かれることが多いが、少なくともこの三人はさらけだしたお互いを受け入れ認め合っている。
 このことって、今一番必要なことではないか。
 親権をめぐって義母に「クソばばぁ!」と叫ぶ璃子の顔の何とすがすがしいこと!
 イキイキと生きるためには、<自分をさらけ出すこと>と<さらけだした自分を認めてくれる友達がいること>が必要。
 そして自分をさらけだして離れていってしまうような人間は<友達>ではないのだ。さっさと離れてしまえばいい。
 この作品はそんなことを教えてくれる。

★最後に光輝。
 「誰とでも分け隔てなく向き合える優しくて強くて、愛を一杯注げる強い人なの」
 確かに光輝の懐は深い。
 まず他人を理解し、ありのままを受け入れようとする。
 <司法書士>になれと自分の枠にはめようとする正登(塚本高史)とは対照的。

 それからもうひとつ対照的なのは番組は違うが「まっすぐな男」。
 「まっすぐな男」第1話で主人公はセクハラ建築家に自分の正論を吐き会社に迷惑をかけたが、人事異動されただけで会社は辞めていない。
 ところが光輝は同じように正論を吐き、警察を辞めている。
 自分の発言が警察にマイナスイメージを与えたことで責任をとっているのだ。
 どちらが「まっすぐな男」かと言えば、光輝の方がはるかにまっすぐ。
 これはこの作品の脚本家・遊川和彦さんの「まっすぐな男」に対する皮肉のような気がする。
 何かのインタビューで遊川さんは「新しいドラマの第一話は全部チェックする」とおっしゃっていたし。

※追記
 この作品の脚本家・遊川和彦さんは結構「まっすぐな男」を意識されているのではないか。
 タイトルは類似してるし、遊川さんの前作「学校じゃ教えてくれない」の主役は深田恭子さんだったし。
 早紀の偏屈ぶりは、「まっすぐな男」の脚本家・尾崎将也さんの「結婚できない男」に桑野信介に似ているし。


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残念! 川口悠子選手~ペア・フィギュアスケートの魅力

2010年02月17日 | スポーツ
川口ぼう然4位…ロシア50年ぶり屈辱(スポーツニッポン) - goo ニュース

★川口悠子選手、大変残念でした。
 報道に拠ると、土壇場でコーチから最初の四回転ジャンプを封印するように言われたとか。
 これは良くない。
 現場の細かい事情はわからないが、守りに入って上手くいくわけがない。
 川口選手も自分の全力を出し切って戦いたかっただろう。
 結局、気持ちがモヤモヤしたままで三回転も失敗してしまった。
 それが尾を引いてその後のミスを招いてしまった。
 ifの話だが、もし四回転が成功していたら、その後もいい気持ちで滑れ、素晴らしい演技をしたかもしれない。
 もし失敗したとしても、割り切れてその後のミスはなかったかもしれない。
 これはあらゆるスポーツに通じることだろうが、競技でのメンタル面は本当に繊細だ。
 何気ないことでつまずいたりする。

★しかし今回の川口選手のおかげで、僕はペアのフィギュアスケートの魅力に目覚めました。
 相手の女性を持ち上げ、振りまわし、あげくの果てに放り投げる。
 考えてみると、すごい競技です。
 しかも、それらが美しく華麗でなくてはならない。
 優雅に泳ぐ白鳥ではないが、水面下では実にハードなんでしょうね。
 華麗さ、優雅さの裏では筋肉がきしみ、火を噴いている。
 相手のスミルノフ選手なんかは終わったら肩で息をしていたし。

 ペアの種目ということでは、相手との信頼度も重要。
 呼吸を合わせ、体を合わせ、恋人どうしのような感じ。
 川口・スミルノフ組の演技では、お互いが滑りながら近づいていき、キスしてたし。
 この恋人どうしという感じは金・銀を獲った中国勢よりもヨーロッパ勢の方が見せますね。
 やはり東洋人は愛情表現が下手。

★最後に川口・スミルノフ組の演技を見て、日本人、ロシア人はいっしょになって応援したはず。
 日本とロシアが応援で一体になる。熱くなる。
 そこには国の利害も対立も関係ない。
 スミルノフ選手をカッコイイと思う日本人、川口選手をキュートだと思ったロシア人もいただろう。
 このペアのおかげで両国の理解が深まった。
 これこそオリンピックの素晴らしさですね。


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