平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

けいおん!~何もないことの魅力。夢や恋愛、正義からの解放。

2011年09月30日 | コミック・アニメ・特撮
 遅まきながら、アニメ「けいおん!」を見ている。
 面白い。
 描かれるのは、唯(豊崎愛生)、律(佐藤聡美)、澪(日笠陽子)、紬(寿美菜子)、梓(竹達彩奈)の5人の軽音楽部員のまったりした日常。
 この5人が、バンドの全国大会を目指して努力したり、ラブコメのような恋愛したり、世界を滅ぼす悪と戦ったりすることはない。
 ただ、放課後、部室でお茶を飲みながらボケとツッコミのおバカ話をして、時々、バンドの演奏をするだけ。

 たとえば、第8話の「進路!」という話では、招来の進路をどうするかをめぐって、唯が悩むのだが、何の結論も出ずに終わる。
 お花屋さん、幼稚園の先生、OL……、いろいろ候補が仲間たちから出るのだが、どれもダメダメな唯には合わず、却下。それでお話は終わり。
 第5話の「修学旅行」では、唯たちがお土産のお金を使ってしまったり、道に迷うくらいで、大した事件は起こらない。
 通常、こうした淡々とした物語は退屈で飽きてしまうのだが、「けいおん!」はキャラクターの魅力で最後まで見せてしまう。
 これが見事! 
 何でもないようなあっさりしたシナリオが実は計算し尽くされていて、作画も演出もしっかりしているから可能なのだ。

 こんな「けいおん!」に魅了されてしまうのはなぜだろう?
 僕たちは、<夢や目標に向かって努力したり><恋愛をしたり><正義のために悪と戦う>なんてことに疲れてしまったからではないだろうか?
 たとえば<正義>。
 <正義>って何だろう? アメリカはフセインやビン・ラディンを殺害したが、彼らには彼らの正義の論理があったはずだ。
 たとえば<夢や目標>、あるいは<恋愛>。
 仮に<夢や目標><恋愛>を成し遂げたとして、次に見えて来るのは虚しさだ。達成した時は歓喜に包まれるかもしれないが、やがて色あせてくる。こんなものだったか、と思い知らされることもある。転落や裏切りや別れもある。
 だとしたら、<夢や目標><恋愛>という荷物を下ろしてしまった方が、ずっと楽だ。

 過去、物語は<夢><目標><恋愛><正義>を描いてきた。
 だが、僕たちはそれらの虚しさ、胡散臭さに気づきつつある。
 それらを描いた物語に感情移入できなくなり、結果として何も描かない「けいおん!」の世界に魅了される。


 最後に計算し尽くされたシナリオについて、いくつか。
 第5話の「修学旅行」の次のエピソード・第6話の「お留守番」では、唯たちが京都に修学旅行に行っている間、東京で留守番をしている唯の妹・憂(米澤円)や軽音部・二年生の梓の物語が描かれる。唯たちが京都でおバカをしている間、東京で梓たちが何をしていたかが同時進行で描かれるのだ。
 そこで行われるのはエピソードのリンク。
 たとえば「あたしたち迷子になっちゃった。どうしよう?」といった京都の唯たちのメールが、東京の梓たちに届くという仕掛け。
 作劇として、すごくお洒落だ。
 あるいは唯の妹・憂がバッティングセンターで獲ったカメのぬいぐるみが、次の話で、憂のベッドの上に置いてあるといったディティルへのこだわりもある。
 この作品、細かく見ていけば、まだまだいろいろな発見があるだろう。それが楽しい。


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さしここと、指原莉乃さんのこと

2011年09月29日 | アイドル
 「さしこのくせに」(TBS)が終了した。
 あのゆるい感じが、面白かったんですけどね、残念。
 でも本当に楽しかったです。ありがとう。お疲れ様でした。

 さて、そこで今回は、さしここと指原莉乃さんのこと。

★6月の総選挙で、ご存じのとおり19位から9位に大躍進した。
 「あたしは歌は下手だし、ダンスも上手くないし、可愛くないし……」と語ったコメントはなかなかの名言。
 この「可愛くないし……」発言は、毒舌王の有吉さんに「ブスだし……」と言い換えられて笑いにされていたが、指原さん本人は、自分はあくまで「可愛くない」のであって、「ブス」ではないと思っているらしい。
 なお、秋元康さんに拠ると、予想外の人間が大躍進して世間の注目を浴びることを<さしこ力>というとのこと。

★キャラクターは、<へたれ><マイナス思考>、正統派アイドルというよりは<企画モノ>。
 本人もバラエティ志向で、<テレビにたくさん出られる人>になりたいと言っている。
 だが、指原さんがいくら面白コメントを言っても本放送ではカットされ、逆に主要人気メンバーのフツーのコメントがオンエアされることがしばしば。
 本人はそれが不満らしい。

★先日のじゃんけん大会では、トレードマークの緑のジャージにミニスカートという姿で登場。
 ジャージのファスナーを下ろすと、黒地に白い文字で<へたれ CHICKEN HEART>と書かれたTシャツ。
 これはプロレス的でカッコイイ。見事な登場の演出。

★出身地は大分県。
 大分では「自分は結構イケてる。可愛い」と思ってアイドルを目指したが、東京に来てまわりに自分より可愛い子がたくさんいて愕然としたという。

★ちなみに指原さんのお兄さんは大分で教師をしている。
 だが、お兄さん、「妹が指原」だということで、生徒たちにバカにされているらしい(笑)。

★高校時代は友達がいなかったらしい。
 筆箱を忘れて学校に行って、筆記用具を借りる友達がいなくて困ったという内容の文章をブログに書いていた。
 なお、AKBでは、<下北グループ>(高橋みなみ、峯岸みなみ、北原里英)に所属し、下北沢にいっしょに洋服を買いにいくらしい。

★私服で街を歩いていてもまったく気づかれない。逆にマスクで顔を隠してとなりを歩いていた高橋みなみさんの方が気づかれた←芸能人、アイドルオーラ・ゼロ?
 一度、男性二人に渋谷で気づかれたことがあったが、結果はこんな感じ。
 「あれ、指原じゃねえ?」
 「まさか、指原はあんなにブスじゃねえよ」(笑)

★最近、髪を切ったが、それはミュージックステーションの竹内由恵アナを見て素敵だと思ったかららしい。

★泣くと、女優・寺島しのぶさんに似ている?


 以上が、最近見聞きした指原莉乃さんの情報。
 どれもエピソードの面白さのクォリティが高い。
 秋元康さんが、指原さんのことを面白いと思ったのは、ブログで「道にネギが落ちていたこと」を書いたことかららしい。

 指原さん、これからも面白エピソードをたくさん集めて、テレビで大暴れして下さい。
 招来のイメージは、井森美幸さん、島崎和歌子さん、磯野貴理子さん?
 これからも<さしこ>から目が離せない。

※追記
 先日の発表で、「笑っていいとも!」水曜日の新レギュラーにさしこが決定!
 指原さんは「ドッキリだと思って、今でも壮大なドッキリではないかと思っています」と記者会見でコメント。
 見事なコメント力!
 まわりからいっぱいイジられて大活躍して下さい!

※追記
 10/5、ついにさしこ登場!
 生放送でメチャクチャ、緊張しているのがわかる。
 『珍獣』のコーナーでは、衣装の帽子に探検家のヘルメットを被っていたけど、ファッション的にいいのか?
 『どやテクZ』のコーナーでは、一番最初に登場した男性が<Not Yet>のTシャツを着ていたけど、イジってあげればよかったのに。
 見逃した方は、ぜひ日曜日の増刊号で。
 それにしても「いいとも!」に出演なんて、故郷・大分に錦を飾れた感じですね。
 指原さん、おめでとうございます!


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刑事コロンボ~その見事な人物造形

2011年09月28日 | テレビドラマ(海外)
 AXNミステリーで放映されている「刑事コロンボ」。
 シリーズで全69話あるそうだが、月曜日の夜は毎週これを見ている。

 さてコロンボ。
 その人物造形は実に見事である。
 まず、コロンボというだけで、<レインコートに葉巻、もじゃもじゃ頭のさえないイタリア系の小男>という姿が浮かぶ。
 次に「うちのかみさん」という世間話から入る聞き込み手法。
 これに関しては「うちのかみさん」だけでなく、「かみさんの親戚」「うるさい上司」といった人物も話題にしている。
 そして、ポンコツ寸前の車(←実はフランスの車でアメリカに3台しかない貴重なものらしい)に、怠け者の犬(←最後まで名前がつけられることはなかったらしい)。

 行動のディティルも、しっかり<コロンボ>している。
・聞き込みの際に筆記用具を持っていなくて、他人から借りるが、必ず返すのを忘れて「返して下さい」と言われる。
・パーティで美味しそうなパンがあると、コートのポケットに入れて持ち帰る。
・貧しい人の救護院に聞き込みにいった時は、施しを受けに来た人とシスターに間違われる。
・高い所が苦手、運動が苦手、船が苦手(←必ず船酔いする)
・射撃が苦手。警察官が受けなければならない射撃テストを10年間受けていなかったらしい。

 こんなディティルもある。
・かつては朝鮮戦争に従軍していた。
・ギャング映画が大好きだった。

 このようにコロンボは実に見事に作り込まれている。
 これは日本の刑事ドラマにも影響を与えていて、「古畑任三郎」は「コロンボ」のオマージュであろうし、「踊る大捜査線」の青島のコートはコロンボのそれを思わせる。
 「相棒」の右京さんは、コロンボと正反対の人物像を狙ったのではないか。

 そしてコロンボの捜査手法。
 コロンボは「細かいつじつまの合わないことを突き詰めていくと、大きな真実にぶつかる」と語っているが、これがコロンボ捜査の基本。
 たとえば、<自殺した人間がなぜ大爆笑する楽しい本を読んでいたのか?><非力な男がなぜ240ポンドのバーベルを持ち上げようとしたのか?><コンタクトレンズをはめていたのになぜ眼鏡をかけていたのか?>など。
 そして犯人だと思った人間に徹底的につきまとい、イライラさせてボロを出させる。

 ただし、このコロンボの捜査手法、現在から見ると、犯人を特定する詰めの部分では甘い所がある。
 多くの場合、コロンボは犯人を特定するために<罠>を仕掛ける。
 たとえば、<待ち構えていて、犯人が証拠の品を隠しにきた所を捕まえる>とか<協力者にウソの芝居をさせて犯人に真実を語らせる>とか。
 この罠に犯人が乗らなかった場合、犯罪の立証は難しくなるのだが、コロンボは敢えてそんな詰めを行う。
 名探偵ポワロなどのような論理的鮮やかさはあまりない。

 だが、いずれにしても「刑事コロンボ」は、人物造形や後の刑事ドラマに与えた影響など、偉大な作品であることは間違いない。


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DIVE!!他~森絵都さんの見事な比喩表現

2011年09月27日 | 小説
 林真理子さんが「比喩の上手さは作家の先天的なもので、才能だ」というようなことを何かのエッセイで書かれていたが、森絵都さんは本当に<比喩>が上手い。

 短編集「アーモンド入りチョコレートのワルツ」(角川文庫)の一編「彼女のアリア」では、こんな比喩がある。
 虚言癖のある少女・藤谷りえ子が、その虚言癖を主人公の少年に暴かれるシーンだ。

 『藤谷はいた。窓際の壁にもたれ、怪人二十面相でも迎えるような目つきで、戸口のぼくをじっと見すえていた。……いや、どちらかというとそれは、明智くんを迎える怪人二十面相の目つきだった。自分の罪があばかれる、その瞬間を今か今かと待っている瞳』

 実に上手い。
 ここで<二十面相>の比喩を使わなければ、『藤谷は壁にもたれ、おびえた瞳でぼくを見つめていた。自分の罪があばかれるのを怖れているのだ』みたいな感じになるのだろうが、それだと味もそっけもない。

 同じ短編集の「アーモンド入りチョコレートのワルツ」では、こんな比喩が。
 ピアノ教室に通っている主人公の少女は、そこでワルツを楽しく踊ることに魅せられている。
 そこで、この表現。

 『週に一度のワルツタイム。それは絹子先生がときどきこしらえるフルーツケーキの味によく似ていた。
  口に入れた瞬間は、ただ甘い。何種類ものドライフルーツが舌の上で一気に絡み合う。それがのどの奥にとろけていったあと、ようやく余韻が広がっていく。ブランデーの余韻。体のどこかが熱くなり、わたしはそれが消えてしまわないうちに……と、二切れめのケーキに手を伸ばすことになる。これは、癖になる。わたしは木曜日の夜にはまりこんでいった』

 比喩は、異質なものどうしを掛け合わせる文章手法だが、<ワルツを踊ること>と<フルーツケーキ>をかける見事さ!

 飛び込みに青春をかけるスポーツ小説「DIVE!!」(←おそらく、タイトルの!!は水しぶきをイメージしているのだろう)は、比喩の宝庫だ。
 東北の荒波を相手に練習をしてきた野生児・飛沫(しぶき)の飛び込みは、こんなふうに表現される。

 『瞬発力、踏切の強さ、ジャンプの高さ。とどめは最後の入水である。まるでクジラが尾をふりあげたかのようだった』

 <ふりあげたクジラの尾>という比喩で、飛沫の飛び込みの豪快さがイメージとして見事に伝わってくる。

 最後は、「DIVE!!」からこんな圧巻の比喩!
 オリンピックを目指すような才能に恵まれた選手たちの<膨大なエネルギー>と<いびつさ>を表現した比喩だ。
 森絵都さんは、それを<桜の木>に例えている。

 『おかしなエネルギーを秘めた桜だからこそ、こんなにもたくさんのきれいな花を咲かせることができるのかもしれないね。桜自身にもコントロールできない爆発的なエネルギー。それが幹の中でうずまいて、こんなに曲がったり、よじれたりしてしまうのかも。スポーツの世界でも、美しい花を咲かせようとすればするほどに、どこかにゆがみが生じるものなのかもしれない。そのゆがみは選手自身の体だとか、心だとか、周囲の人間関係だとかに反映し、何かを損なわせる。何かを奪い去る』

 こんな見事な表現をされると、まさに脱帽。スタンディングオベーションするしかない。

 小説を読む愉しみは、こんな見事な文章表現に触れることにある。


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江~姫たちの戦国~ 第37回「千姫の婚礼」

2011年09月26日 | 大河ドラマ・時代劇
 千(芦田愛菜)の婚姻のことで、江(上野樹里)が主人公の物語になっている。いつもこうであってほしいのだが……(笑)。
 内容としては、政治の道具にされて幼い娘と別れなければならない母親の悲しみ。
 「私は父上、母上の役に立ちとうございます。泣いてはなりませぬ。泣いてはお腹のややにさわります」
 涙をためながら語る千は名演技。さすが今ノッている芦田愛菜ちゃん。
 母親より娘の方がしっかり物事を理解していて、潔い所がこの作品らしい。

 江としては、伏見で産まれた子を初(水川あさみ)に譲って、<娘を政治の道具にしない>ことで、一矢を報いた感じ。
 「時代の流れに逆らわないが、乗ってみせる」と、かつて語った江だが、まあ彼女が出来た抵抗はこの位なんでしょうね。

 一方、淀(宮沢りえ)は時代の流れに逆らおうとしているようだ。
 家康(北大路欣也)は言う。
 「淀殿には夢から覚めてもらわねばならぬ。豊臣の世がどこまでも続くという夢を」
 確かに時代の流れから言って、豊臣が天下に覇を唱える世は既に終わっている。
 それを守り、しがみつこうとすることは滅びへの道。
 盛者必衰、諸行無常……、淀はこのことを認識しなければならなかった。
 でも、当事者って自分がなかなか見えないものなんですよね。

 秀忠(向井理)とはいい感じの夫婦になった。
 「娘を政治の道具にしなくてもいい世を若殿がお作りなさい」と本多正信(草刈正雄)に言われ、秀忠は「太平の世」を作る思いを抱いた様子。
 それは江の思いとも一致するもの。
 ふたりは太平の世を作るために共に歩んでいくのだろう。
 この作品の今後の流れが見えてきた。
 ちょっと当たり前の、使い古されたテーマではあるが。

 テーマとしては、先に述べた<盛者必衰>の方が現代的なような気がする。
 なぜなら日本も衰退期に入っているような気がするから。
 オランダ、スペイン、英国が示すように、世界に覇を唱えた国々に勢いがなくなっていくのは歴史の示すところ。
 司馬遼太郎さんも「(日本は)アジアの片隅にポツンとあるくらいがいい」と言っていたし。
 それなのに現代日本は、いまだにJAPAN AS NO.1を信じ、「がんばろう!日本」と叫び続けている。
 この姿は、淀が見ている<夢>に似ている。
 来年の大河ドラマは「平清盛」だそうだが、<盛者必衰>のテーマが描かれるのだろうか?

 作品は時代を映す鏡なんですね。


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海賊戦隊ゴーカイジャー~オトコはやはりコスプレ好きである!

2011年09月23日 | コミック・アニメ・特撮
 オトコはやはりコスプレが好きである。
 少し前の「海賊戦隊ゴーカイジャー」第27話「アバレ七変化で新合体」では、ゴーカイ・ピンクのアイム・ド・ファミーユ(小池 唯)が見事にコスプレ!

 物語は、怪人ダイヤールが女性の幸せエネジーを吸い込むという話。
 このダイヤール、胸についたダイヤルで自分の体を自由自在に大きくしたり小さくしたり出来る。

 そこでアイムが大活躍!
 幸せいっぱいのウエディングドレスの花嫁に化けて、エネジーを吸い込みに来たダイヤールをおびき寄せ、胸のダイヤルを銃で破壊する。
 そしてコスプレ大会開始!
 様々なコスプレをして、<女性の幸せエネジー>が詰まったダイヤールの杖を奪おうとする。
 まずはセーラー服の女子高生。「埼玉から出てきて道がよくわからないんですぅ」と上目使いをする。
 ピンクのナースになって、「注射、痛くないから」と注射攻撃をする。
 制服を着た婦警さんになって、ダイヤールをミニパトでぶつかる。←やりすぎ!

 ちなみに、この作品を見たことがない人に申し上げると、アイムはどこかの星の王女様で、ティーカップで紅茶を飲むようなお嬢様キャラ。
 フリフリのついたロングドレスを着ていて、ゴーカイ・シルバーに言わせると「守ってあげたい可憐な女の子」。
 そんなアイムがコスプレで弾けたから面白い。
 見事なギャップである。
 今回ゲストで登場したアバレンジャー・ブルーも、アイムのコスプレ攻撃に「そのあばっれっぷり、あっぱれだ!」と大絶賛!(笑)
 そして、このエピソードで、僕を含めた<アイム推し>が増えたことだろう。

 テレビを見る理由は、人それぞれだろうが、基本的には息抜き、娯楽。
 その意味では、オトコたちの願望を直球で描いてくれたこのエピソードは秀作である。
 制作陣の願望やパワーに溢れている。
 そして、こういう作品が小難しい芸術作品よりもわれわれにパワーを与えてくれる。

※追記
 この作品、粗っぽく作られているように見えて、実はディティルも凝っている。
 たとえば教会で花嫁を見た時のリアクション。
 アイムは「幸せそう」と普通にリアクションするのだが、ゴーカイジャーのもうひとりのヒロイン・男勝りのルカ(市道真央)は「きれいな指輪!」とリアクションする。「きれいな花嫁さん」ではなく「指輪」である。(笑)
 見事なキャラクターの描き分けですね。


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AKB48以外だらけの大運動会~ハングリーアイドルの登場!

2011年09月22日 | アイドル
 先週の「メチャイケ!」で行われた「AKB48以外だらけの大運動会」は面白かった。
 内容は、AKB以外の大きくブレイクしていないアイドルグループが、番組エンディングでの楽曲披露を獲得するために運動会を行うというもの。
 参加したのは、スマイレージ・アイドリング!!!・ぱすぽ☆・SUPER☆GIRLS・Berryz工房・SDN48・中野風女シスターズ・恵比寿マスカッツの8グループ。

 そこで繰り広げられる女の戦い。アイドルとして生き残るための熾烈な戦い。
 限られた時間の中で自分やグループをアピールして、視聴者の記憶に刻み込まなければならない。
 そのためには、相手グループを罵り、けなす。
 「SUPER☆GIRLSさんって、あたしたちのコンセプトをパクっています!」「恵比寿マスカッツさんのようなおばさんには負けたくありません!」
 すっぴんを映され、「フィリピンパブの方ですか?」「マネージャーさんですか?」とイジられても、目立てて美味しいと思う。
 また、ある時はパンツを見せ、ある時は泣いたフリをする。

 ハードですね、今のアイドルは。
 上品に笑っているだけではやっていけない。女芸人さながらに傷跡を残さなくてはならない。

 こんな中で、一番インパクトがあったのが、Berryz工房の嗣永(つぐなが)桃子さん。通称「ももち」。

 「ももアタック!」と叫んで、お尻で先輩芸人の加藤浩次さんを攻撃!
 加藤さんが怒ると「ゆるしてニャン!」と謝る。それでさらに激怒され蹴り飛ばされる。
 走り高跳びで仲間が痛がって脚を押さえると、「痛いの、痛いの、加藤さんに飛んでいけ!」と加藤さんに振る。
 すると加藤さんは激怒して、嗣永さんの背中を掴み、引きずり回して、スタジオ外に強制退場させる。
 AKBの話題を振られると、「総選挙に出たらあたしが一位ですよ」と豪語し、♪会いたかった~、会いたかった~イエス! ももちに~!♪と歌う。

 これは女芸人さんには出せない味である。
 「ももアタック!」「ゆるしてニャン!」などと女芸人さんがやっても、頭を叩かれるくらいで大してイジられない。
 その意味では、こうしたアイドルの登場は女芸人さん、あるいはグラビアアイドルさん、モデルさんにとって脅威である。

 そしてテレビは常に新鮮な素材を求めている。
 その意味で、今回の<ハングリーなアイドルたち>にスポットライトを当てたこの企画は素晴らしい。
 これからは<ハングリーなアイドル>の時代になっていくだろう。

 だが同時に、テレビはタレントを消費する。
 散々登場させ、飽きられればポイ! と捨てる。予備軍の代わりはいくらでもいる。
 だからこそ、真の実力と生き残りの戦略が必要なのだが……。

 いよいよ本格的に始まったアイドル戦争。
 これにAKB48も参加して、どのような展開を見せるか?


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アイリス~銃を持てば格好よく、恋愛には初心なソンファ様!

2011年09月21日 | テレビドラマ(海外)
 「アイリス」のヒロインと言えば、スンヒ(キム・テヒ)だが、僕はキム・ソンファ(キム・ソヨン)を推す。

 ソンファは北朝鮮の工作員。
 黒ずくめの衣装で、クールなデキる女性。
 頭も切れるし、銃の腕も正確。
 言葉は少なく表情を変えない。

 そんなソンファが、ヒョンジュン(イ・ビョンホン)に助けられたことから行動を共にする。
 北朝鮮の工作員でありながら、ヒョンジュンのことが好きになってしまったのだ。
 ヒョンジュンと共にソウルでの核爆弾によるテロを阻止するために戦うソンファ。
 彼女は優秀な工作員であるため、ヒョンジュンの片腕として見事な働きをする。
 その身のこなし、表情、すべてがカッコイイ。
 銃を持たせてサマになる女性はあまりいないが、ソンファの場合は見事に決まる。
 日本で言えば、「ブラッディ・マンデー」の吉瀬美智子さん、「SP」の真木よう子さん、「ジウ」の黒木メイサさんのイメージだが、僕はキム・ソヨンさんが演じるソンファを一番に推す。

 さて、このソンファに僕が惹かれるのは、恋心を内に秘めた女性だからだ。
 先にも書いたように彼女はヒョンジュンのことが好きで、行動を共にするのだが、自分の気持ちを語ることをしない。
 あくまでヒョンジュンの相棒として振る舞う。
 だが、そんな彼女の中では、恋心が激しく渦巻いている。
 ヒョンジュンが恋人スンヒのことを思い出している時は、寂しそうな顔で静かに見守る。
 スンヒが生きていることをヒョンジュンが知れば、彼の気持ちがスンヒの方に行ってしまうのがわかっているので、黙っている。
 ヒョンジュンとスンヒが出会いそうになると、それを回避するために行動する。
 見ている方は、ヒョンジュンとスンヒが再び結ばれることを求めながらも、ソンファの気持ちもわかるので、許してしまう。

 そんな彼女が自分の気持ちをあらわにするシーンがふたつある。

 ひとつは、スンヒが生きていることを黙っていたことを告白するシーンだ。
 「なぜ黙っていたんだ?」とヒョンジュンに尋ねられて、ソンファはただうつむいて黙っている。
 「あなたのことが好きだから」と言ってしまえばいいのだが、ソンファは言えない。
 何という健気な女性だろう!
 任務や戦闘に関してはクールなプロフェッショナルなのに、恋愛に関してはまったく初心だ。

 こんなシーンもある。
 ソウルでの核爆弾テロを阻止して北朝鮮に帰ることになるソンファ。
 ヒョンジュンに別れを告げる時に彼女は、最後の最後にやっとこう言う。
 「私を名前で呼んで」
 これまでヒョンジュンはソンファのことを名字で呼び、名前で呼ぶことがなかった。だからこう言って頼んだのだ。
 何という恋する女心!

 そして、われわれ男性は、クールな女性が見せる純情に<ギャップ萌え>するのである!

 本当に映画やドラマの世界には素敵な女性がたくさんいるな。
 というか現実にいないから、魅力的に見えるのか?
 確かに頭脳明晰で戦闘能力に長け、一方で恋愛に初心な女性なんていませんよね。


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アイリス~アクションとメロドラマの見事な融合!

2011年09月20日 | テレビドラマ(海外)
 遅まきながら『アイリス』を連続視聴。
 『24』なんかもそうですが、こういう作品はイッキ見に限る。最高にぜいたくな気分になれる。

 物語は上手いですね、作劇が。
 サスペンス・アクションの要素とメロドラマが上手く融合している。
 メロドラマの部分は完全に『冬のソナタ』。
 チュンサンとユジンが運命に引き裂かれるように、この作品でも主人公ヒョンジュン(イ・ビョンホン)とヒロイン・スンヒ(キム・テヒ)が引き裂かれる。
 引き裂かれる原因は、南北朝鮮の対立と謎の組織アイリス。
 ヒョンジュンとスンヒは、相手が死んだと思い込み、その幻影を追い、すれ違い、再会すれば敵同士になり、恋のライバルが登場し、波瀾万丈のメロドラマを展開していく。
 そして僕は、こういったメロドラマが嫌いではない。むしろ好きだ。
 メロドラマは山あり谷ありのあざといドラマを見せてくれる。「こんなことあり得ない。大ウソだ」と思いつつも見てしまう。
 ドラマは嘘なのだから、これくらい力業で大ウソを見せてくれると気持ちがいい。逆に変に気取って、リアリティを追求し、何も起こらないドラマなんかより数倍いい。
 日本のドラマには、こうした荒っぽい力業で見せるドラマが少なくなってしまった。
 愛憎渦巻くガチガチの感情が描かれなくなってしまった。
 だから韓流が支持される。

 たとえば、こんなシーンが凄い!
 第5話、ブタペストの町を北朝鮮の工作員に追われて逃げるヒョンジュンとスンヒ。
 だが途中、スンヒの乗った車が爆破・炎上。
 恋人の死を目の当たりにして(←実際は生きていたのだが)ショックのヒョンジュン。
 敵が彼を見つけて、銃弾が体を貫いても、ヒョンジュンは痛みを感じないし、倒れない。
 なぜなら恋人スンヒの死の方が痛いからだ。
 ショックのあまり彼は銃弾の痛みを忘れている。
 血が噴き出し、撃たれるままになっている。←カッコイイ!

 その後、ヒョンジュンは自分を裏切り、恋人を死に追いやった敵を倒すべく<復讐の鬼>になるのだが、この時のヒョンジュンの冷たい死んだような目がいい。
 以前はイタズラ好きな陽気な男だったのが、無表情な死んだ目の男になる。
 この見事な変化の演技!

 『アイリス』は朝鮮半島が未だ休戦状態にあり、南北の対立があるから生まれたとも言える。それゆえ抜群のリアリティがある。
 一方、平和な日本がこういうドラマを作ってもお子様ランチになってしまう。(かと言って国と国との緊張状態や対立がいいということは絶対にないのですが)
 また、日本製品の競争力がなくなり、携帯電話や家電など韓国製品が世界に出回っている現状はエンタテインメントにも言える。
 『アイリス』ではソウルの中心の光化門で砲弾が飛び交う大規模な銃撃戦を行うシーンがあるが、そんなこと(たとえば銀座のど真ん中で銃撃戦をやるようなこと)は、現在の日本では規制がうるさくて絶対に出来ない。

 活力を失った日本のドラマよ、どこへ行く?


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江~姫たちの戦国~ 第36回「男の覚悟」

2011年09月19日 | 大河ドラマ・時代劇
 「思えば私は年上のおなごが好きなようじゃ」
 「……」
 「そなたを、という意味じゃ」
 「もう一度言って下さいませ」
 「言えるか」

 秀忠(向井理)と江(上野樹里)のやりとり。
 何と甘く、少女漫画のような。

 人間同士の葛藤が少ないのが、この作品の特徴。
 秀忠遅参に関する家康(北大路欣也)の対応もあっさり。
 家康は物わかりのいい父親でしかない。今までの父と子の葛藤はどこにいったのか?
 遅参した秀忠の苦悩に関してもあっさり。
 「たくさんの兵を死なせて苦しめた。ならばいくさなどまっぴらじゃ!」と秀忠に叫ばせたのはいいが、次のシーンでは三成(萩原聖人)との話になり、江戸に帰ってからは、なつの子供の話になっている。
 秀忠が本当に苦しんでいるのならば、もっと深く描き込むべきなのでは?と思ってしまう。
 なつとのことでも江は「私は心が狭いのだろうか」と寝込むほど悩んでいたのに、最後のシーンでは「わびるのはこちらの方じゃ」となつを許している。ここへ至る江の葛藤がまったく描かれていない。

 あっさり薄味のこの作品。

 三成も、家康への<憎しみ>とか、自分の人望のなさへの<無力感><孤独>とか、淀や豊臣家への<愛>とかが渦巻いて、描き込めば相当深く面白くなるはずなのだが、うわべだけ。
 うわべの気持ちをせりふだけで描いたダイジェスト。

 「江」はあっさり薄味、おまけにコクもない。
 それに歯ごたえもない。
 おそらく作家のエネルギーが枯渇してしまったのであろう。
 たまには脂ぎった肉を食べたい。


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