平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

ラスト・フレンズ 第8話

2008年05月30日 | 恋愛ドラマ
★様々な距離感
 美知留(長澤まさみ)、宗佑(錦戸亮)、瑠可(上野樹里)。
 彼らの気持ちの表現の仕方、他人との距離の取り方は様々だ。

・美知留は「好きになってもいい?」
 「好きです」ではなく「好きになってもいい?」。
 タケルへの気持ちを決めかねているからこういう表現になるのだろうが、間接的で遠慮がちな言い方。
 また同時にタケルに拒絶されることも怖れている。
 美知留らしい。

・宗佑は「好きだ」「愛してる」の大合唱。
 あの手紙の量で宗佑の異常さを表現しているのだろうが、彼の気持ちの表現はストレートだ。
 相手との距離もメチャクチャ近い。
 宗佑の理想は『相手とひとつになること』らしいが、彼の愛は相手の人格をのみ込む愛。
 エリ(水川あさみ)の言葉を借りれば「絶対の愛」。相手とひとつになれば確かに永遠不滅の「絶対の愛」になるのだが、それは重すぎる。
 この作品は『他人との距離』の物語だと以前に書いたことがあったが、他の4人が距離を遠くとるのに大して宗佑は逆。
 彼は近すぎる距離でしか人を愛せないのだ。

・瑠可の愛は「自分の気持ちを抑えて身を引けること」
 美知留への気持ちがそう。
 同時に自分の気持ちがどうにもならないのを知っていて美知留やまわりを傷つけることを言ってしまう。
 理性で「愛は自分の気持ちを抑えて身を引けること」とわかっていても感情レベルでは違うのだ。

★居場所探し
 この物語は『自分の居場所探し』の物語でもある。
 美知留は居場所を求めて母の家、宗佑の家、そしてシェアハウスに流れてきた。
 現在のシェアハウスにも違和感がある様だ。

 瑠可も自分の居場所を探している。
 シェアハウスでの生活は居心地がよさそうだったが、心の奥底では満たされていない。
 本当の自分を隠しているからだ。
 瑠可は本当の自分が明らかになってまわりから拒絶されることを怖れている。
 だから落ち着けない。
 今回のラストは瑠可が居場所を見つけた瞬間だった。
 タケル(瑛太)は瑠可の本当の姿を知りながら言う。
 「それでも瑠可のことが好きだ。僕は君を支えたい」
 タケルは「ありのままの自分」を受け入れてくれた。

 「ありのままの自分」を受け入れてくれる場所、それが自分の居場所なのだ。

★人の孤独
 それにしても人はどうしてこの様に孤独なのだろう。
 美知留も宗佑も瑠可もタケルも人を求めて満たされないでいる。
 自分という枠にとらわれ、ある者は言葉を発することができず、ある者は過剰な愛を期待する。
 そしてすれ違っていく。

 作品中、登場人物たちのモノローグがよく使われるがそれは常に問いかけ。
 「瑠可、わたしはあなたのことを理解していなかったんだね?」と美知留が問いかけても瑠可は答えない。
 この問いかけのモノローグこそが孤独を表現している。

※追記
 予告編を見る限りだが、ラストまでの展開はこうなるのかな?
 タケルを傷つける宗佑。
 瑠可はタケルと美知留のために宗佑と対決。
 いくつかの死。
 しかしこの結末では単純すぎる。
 宗佑がタケルを傷つける理由が「美知留がタケルのことを好きだから」ということであれば、すべてのきっかけは美知留の無責任な発言になってしまう。
 現在の美知留はもっと苦しんでいなければならないだろう。
 また宗佑も単なるモンスターでなく何らかの形で救われなくてはならない。
 どう破綻なく物語を終わらせるか、作者の腕の見せ所である。


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ホカベン 第7話

2008年05月29日 | 職業ドラマ
 市会議員の息子の強姦事件。
 市会議員と利害を持つエムザ法律事務所は裁判で負けられない。
 弁護士は依頼人の利益のために闘うものであることも灯(上戸彩)は理解し始めた。
 息子を弁護するにあたり灯は次のことを確認する。
 ・反省をしているか?
 ・事件は計画性のあるものでないこと
 ・二度と同じことをしないこと
 しかし息子の犯行は計画性のあるものだった。
 そのことを言わなかった息子は反省していない。
 再犯の怖れがある。

★弁護士か?人間か?
 この現実と灯はどう闘うか?
 人間として正しいのは、息子に刑務所に入り罪の責任を負ってもらうことである。
 弁護士として正しいのは執行猶予、あるいは示談に持ち込むこと。

 灯の中には『人間』と『弁護士』の葛藤がある。
 加害者を信じるか信じないかと葛藤がある。
 ドラマは葛藤だと言われるが、この葛藤をどう解決していくかは作者の腕の見せ所。
 この点で今回の話は上手い。
 葛藤の作り方は解決の仕方が鮮やか。また見事な法廷物になっている。

 まず灯は依頼人の利益を守る『弁護士』の顔を見せる。
 被害者の補導歴や彼氏とケンカしてムシャクシャしていたことなどを並べ立て、被害者の証言に信憑性がないことを証明する。
 結果、灯は怒る被害者に突き倒され、裁判官の心証をよくすることにも成功。
 灯は『人間』でなく『弁護士』になってしまったのかと視聴者に思わせておいて……。
 加害者の友人を証人に引っ張り出すことによって、犯行の計画性を明らかにし感情的になった加害者の本音を引き出した。
 これで加害者は罰せられることに。

★今回の解決方法に点数をつけると、次の様になる。

 人間として80点。
 弁護士として40点。

 人間として20点マイナスなのは被害者の過去を暴き傷つけてしまったこと。
 弁護士として40点なのは何より裁判に負けてしまったこと。
 しかし加害者を感情的にし本音を語らせたことで、エムザ法律事務所の面子は守られた。
 法廷であんな本音を語られたのでは弁護のしようがない。負けても仕方がない。
 灯が今までの様に正論を法廷で叫んでいたらエムザの法律事務所としての評判は地に落ちただろう。

 これが現実的な解決の仕方だ。
 現実には100点満点という解決方法はない。
 これが学校の勉強と違うところ。
 そう言えばバラエティ番組の「行列のできる法律事務所」でも「有罪になる可能性70%」「無罪となる可能性30%」みたいな解答がなされていたっけ。

★弁護士という商売
 弁護士としてしたたかさを身につけた灯。
 しかし弁護士という商売は因果な商売ですね。
 裁判に勝てば被害者に憎まれ、その逆もある。
 今回の様に被害者・加害者両方に憎まれる場合もある。(今回の場合、加害者に憎まれる筋合いはないのですが)
 弁護士報酬とは「憎まれ料」なのだ。
 とてもきれいごとではやっていけない仕事。

 それを認識しつつ「弱者救済」と言えれば、灯は本物になる。

※追記
 今回は杉崎(北村一輝)の過去も明らかに。
 強姦事件で無罪にした男が再犯を行い、ひとりの女性を自殺させてしまったのだ。
 杉崎は弁護士としては正しかったが、人間として傷を負ってしまった。
 今回の件は杉崎にとって「少しだけ胸のつかえが下りた」ものだった様だ。


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無理な恋愛 その5

2008年05月28日 | 恋愛ドラマ
★3つのいいせりふ

 立木正午(堺正章)
 「好きな女性の前では強い男と思われたいんです」
  入院することを偽った立木のせりふ。
  この男心よくわかる。
 
 龍彦(徳井義実)
 「心配してくれる人がいるっていいなぁ」
  ケガで入院した龍彦が見舞いに来たかえで(夏川結衣)に言ったせりふ。
  ひとりで生きていると思っていても自分のために何かしてくれる人がいることは有り難い。

 かえで
 「60歳だから素敵なんじゃないですか!?そこ体は立木さんが生きてきた証。いろいろなことを経験してきた60歳の立木さんだからかけてくれた言葉。60歳じゃない立木さんなんて興味ないです。胸を張って下さい」
  入院を隠した立木にかえでが怒って言った言葉。
  ありのままの自分を受け入れてくれる人って有り難い。

  この作品は世代をテーマにした作品ですね。
  20歳には20歳の、60歳には60歳の良さがある。
  現在の自分を肯定して精一杯生きればいい。
  作品のテーマを集約したせりふだ。

★いつかえでと遭遇するか?
 今回のポイントは病院で立木とかえでがいつ、どの様に出会うか?
 これは作者の腕の見せ所だ。
 角を曲がったら出会ってしまった。エレベーターで偶然では芸がない。
 そこで作者はいくつものすれ違いを用意する。
 ・閉まってしまうエレベーターのドア。
 ・角で遭遇するかと思いきや、一方がペットボトルの蓋を落として拾っている間に他方が行き過ぎてしまう。
 うまい。これだけすれ違いを見せると視聴者はどの様に出会わせるのだろうかと気になってしょうがなくなる。
 結局
 ・偶然立木が龍彦を発見してしまい、逃げようとする所をかえでにぶつかってしまうという出会い方にした。

 その他この病院でのやりとりにはいくつか仕掛けがあった。

 ・朝子(小嶋陽菜)に想いを寄せる矢代(田中圭)が朝子の父・圭介(尾美としのり)に遭遇。
 ・入院した水田(福田充徳)。
  しかし立木も龍彦も既に退院しており、今、入院しても意味がないと律子(鈴木砂羽)に言われる。
  これは一連の病院のやりとりのオチですね。

 熱い感動的なドラマはないけれど、この作品は軽妙でおしゃれ。
 ロックを語る60歳もかっこいいし。
 僕はこのドラマ好きです。


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CHANGE 第3話

2008年05月27日 | 職業ドラマ
 「国民が何に怒り何を望み、何を信じたいのか、わからない人間は総理大臣ではありません」
 「僕のすべては皆さんと同じです」

 こう言って総理大臣になった朝倉啓太(木村拓哉)。
 さてここからが大変だ。

 ひと言に「国民」と言っても様々だ。
 上流、中流、下流……様々な階層の人がいる。
 道路を望む人がいるし、道路を作るお金を別にまわせという人もいる。
 チベット問題で日本はもっと自己主張すべきだという人もいれば、中国と仲良くすべきだという人もいる。
 彼らはいずれも国民だ。

 国民全員が納得する政治などあり得ない。
 ひとつの利益を優先すれば、他方で不満を抱く人が出てくるのが現実。
 結局、何かを切り捨て何らかの立場に立たなくてはならないのだが、啓太はどこの立場で政治を行うのか?
 総裁選での啓太に共感する定食屋のおばさん、おじさんの描写があったが、そうすると啓太が言う国民とは中流層のことか?
 政党の制約もある。
 啓太の属する政友党は保守。
 当然、お金持ちの意見も聞く政党。政友党総裁である啓太はこれらの意見も政策に反映させなければならない。
 ラスト、アメリカ大統領からの祝電があったが、アメリカの思惑も考えなくてはならない。そうなると外交に関しても啓太の思い通りにならない。

 政治の現実に直面する中で啓太はどの様に行動するか?何を発言するか?
 ドラマは基本的にウソ。
 現実で突きつめていくとドラマでなくなってしまうのだが、ここは逃げずに描いて欲しい。


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バベル

2008年05月26日 | 洋画
 原題バベルとは『旧約聖書』の「創世記第11章」にある町の名。町の人々は天まで届くバベルの塔を建てようとしたが神はそれを快く思わず、人々に別々の言葉を話させるようにした。その結果人々は統制がとれずばらばらになり、全世界に散っていった。(Wikipediaより)

 このバベルのエピソードをモチーフにして3つのドラマが展開される。

 この作品を考えるにあたり、まずとらえるべきは『人間はバベルの塔の残骸』だということ。
 モロッコのアーメッドとユシフ、アメリカ人夫婦のリチャードとスーザン、ベビーシッターのメキシコ人・アメリア、聴覚に障害を持った女子高生のチエコ、彼らは『バベルの塔の残骸』『バベルの塔を組み上げていた石』。
 かつてはひとつにまとまっていたものが、神によってバラバラにされて今はそれぞれ孤独に生きている。

 その象徴が日本の少女チエコ。
 彼女は都会を彷徨うが少しも孤独が癒されることがない。
 ハダカになって愛を求めるが拒絶される。

 ディスコミュニケーションもバラバラになった人間の姿。
 言語の違いによるディスコミュニケーション。
 銃による悪戯が世界を揺るがすテロ事件になってしまうディスコミュニケーション。
 ベビーシッターで面倒をみている子供たちを結婚式に連れて行っただけなのに誘拐と間違えられるディスコミュニケーション。
 人間は簡単なことも意思疎通することが出来ず争いを起こしている。

 人間の孤独。
 一方、人間にはバベルの塔としてひとつのまとまっていた痕跡がある。
 これがこの作品のもうひとつのテーマ。

 3つの事件は偶然を含めた因果関係で繋がっている。
 妻が自殺した銃を綿谷はモロッコ人に銃をプレゼントする→その銃がまわりまわってアメリカ人旅行者スーザンの狙撃事件に→その狙撃事件のためにベビーシッターはスーザンたちの子供をメキシコの結婚式に連れて行くことに。
 バラバラに見えて人間は見えない糸で繋がっているのだ。

 ひとつにまとまっていた痕跡は他にもある。
 アーメッドとユシフと父親の親子の絆、リチャードとスーザンの夫婦の絆、ベビーシッター・アメリアが息子の結婚式に参加したいと切望する親子の絆。
 それらはすぐに切れてしまいそうな弱いものながら、実は繋がっている。
 バベルの塔としてひとつにまとまっていた昔を忘れていない様。

 ラストシーン。
 女子高生のチエコは父親と抱き合う。
 孤独で都会を彷徨った彼女が最後に見出したのは父親との絆だったのだ。

 聖書に描かれた「神の怒りでバラバラに人間」というテーマを現代社会に移し替えて描かれたこの作品。
 でも人は完全にバラバラではなく、弱いが目に見えない糸で繋がっているという主張が救いを与えている。


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後期高齢者医療制度を考える

2008年05月25日 | 事件・出来事
厚労相が週末テレビ行脚、後期高齢者医療制度で説明に躍起(読売新聞) - goo ニュース

★後期高齢者医療制度の本質
 舛添大臣出演の報道番組をいくつか見た。
 「この制度を導入した理由は財源不足」
 「この財源不足を補って十分な医療が受けられるようにするためにこの制度を改善し保持していきたい」と言う大臣。
 大臣の想いはわかった。信じてみたい。

 だが厚生労働省の官僚の方はどうなのだろう?
 報道2001ではこの制度を設計した厚労省の官僚のナマの声が伝えられた。
 「軽い風邪で病院に行かれては困る。医療財政は逼迫しているのに」
 要するに高齢の方が病院に行くのを抑制するための制度だということ。
 情の通わない冷たい発言だ。
 舛添大臣は「老人が幸せな老後を送れるように何とかしたい」と情熱を持っていても官僚は違う。
 データと数字しかない。
 机の上で数字をいじくりまわして作っている様な感じだ。
 大臣は代わる。時期が来れば舛添さんは大臣でなくなる。
 しかし官僚は残る。
 結果として制度は冷たいものとなる。
 この制度はこうした発言をする官僚が作ったものだからこそ問題がある。

★舛添大臣に聞いてみたい
 「宙に浮いた年金はいつ解決するのか?」
 例えば宙に浮いた年金分の金額が加算されれば、この医療制度で天引きされた金額と相殺されるかもしれない。
 政府は取ることばかりを考えて、支払うことは一生懸命でない。
 順番としては、宙に浮いた年金の問題が解決しましたから、後期高齢者医療制度を導入させてほしいというのが正しい。

 保険医療制度と年金問題は別という反論が返って来そうだが、国民にしてみれば財布は同じ。
 縦割り行政の弊害だ。
 これはこれ、それはそれ。
 でも政府の財布は違っていても、国民の財布は同じなのだ。
 物価だってあがっている。

 おそらくこの制度を導入した人達には、宙に浮いた年金や物価上昇のことは頭にないだろう。
 保険医療制度の中だけで数字を出している。
 年金や物価上昇は自分とは関係ない別の問題。
 これらの縦割りを横断して調整するのが政治家の役割だと思うが、十分に機能していない。
 道路特定財源が一般財源化される様だが、ぜひ横断して福祉・医療行政にまわしてほしい。

★巧みなレトリック
 後期高齢者医療制度について昨日の「サタズバッ!」で舛添大臣はこう発言。
 「高齢者みずからが負担することで高齢者は胸を張って病院に行ける」
 つまり負担しているのだから自分たち高齢者は若い人に医療費を負担してもらっている厄介者でないと主張できるという内容。
 巧みなレトリックだ。
 この制度をプラスにとらえればこういう表現になる。
 福田首相の「少しぐらい負担してくれたっていいじゃない」という発言よりはずっと上等だけれど。
 小泉元首相も講演会でこう発言。
 「年寄りが若者のことを考える社会。若者が年寄りのことを考える社会。そんな社会を作りましょうよ」
 これも巧みなレトリック。
 要は「年寄りは若者のことを考えて現在の制度を受け入れろ」ということ。

 これに関しては先週の「TVタックル」でビートたけしさんが言っていた言葉で反論しよう。
 「75歳になったのだからお疲れ様でした。医療費などのことは私たちに任せて下さいと若者が言える社会が普通だ」

 僕はたけしさんの意見に賛成だ。
 財源の問題はあるが、「医療費などのことは私たちに任せて下さい」という発想で制度を廃止してほしい。

※追記
 先週の「報道2001」、西部すすむさんが次のような発言されていた。
 「こうした事態を招いたのは小泉内閣の郵政選挙で3分の2の議席を与えた国民の責任だ」
 これも正しい。
 雰囲気・イメージ政治は見直した方がいい。
 僕は民主党支持でないが、小泉さんの実行力や巧みな言葉に惑わされてはいけない。
 現在の日本に小泉さんを越える魅力的な政治家がいないことが問題なのだが。


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ラスト・フレンズ 第7話

2008年05月23日 | 恋愛ドラマ
★「宗佑が言ってることわからない」

 これは美知留(長澤まさみ)が「美知留とひとつになりたい」と言った宗佑(錦戸亮)に返したせりふ。
 「人間どうしって理解し合えない」というこの作品のモチーフを端的に表現したせりふだ。

 どんなに近い距離にいても、この作品の人物たちはお互いを理解できてない。
 美知留は瑠可(上野樹里)を知らないし、タケル(瑛太)は瑠可を理解できていない。
 もっとも人は近すぎない距離を保って日常生活を送り、お互いを理解した気になっているのだが。
 この作品ではオグリン(山崎樹範)やエリ(水川あさみ)がそう。
 オグリンやエリは、瑠可たちがこんなに苦しんでいることにほとんど気づいていないだろう。
 それが日常を生きる知恵なのだ。
 近すぎると相手を理解できなくて美知留たちの様に結局苦しんでしまう。

 「人間どうしって理解し合えない」
 タケルは性同一障害を含めて瑠可を理解していると思っていたのですが、実際は違っていましたね。
 瑠可の好きな人はどこかにいる他の男だと思っている。
 本当に人間どうしは難しい。

★瑠可はそんなに悩まなくていいのに

 自らの中にある男の心に悩みひとりドツボにはまっていく瑠可。
 美知留を拒絶しタケルにキレる。 
 でもそんなに悩む必要があるのかな?
 性同一障害は現在わりと一般的なものだし、差別すること自体が間違っていると胸を張って生きている人がたくさんいる。
 それに美知留やタケルだったら「何だそうだったの?早く言ってくれればいいのに」と受け入れてくれるでしょう。
 エリがタケルのゲイ(実際は違っているが)をあっさりと認めた様に。
 まあ、そうなってしまってはドラマにならないのですけど。

 瑠可が自分の性を自由に表現できる日が来るといいですね。

★ひとりってつらい?

 美知留は「さみしがりやで誰かが支えてあげなきゃダメな人間」「ひとりでいるのが怖くてここにいていいんだよと言われたい人間」らしい。
 僕個人のことになるが、僕は美知留と正反対で「ひとりっていい!」と思っている。
 他人といるって大変なことだ。
 やりたくもないレースゲームをやることになるし、コーヒーもいれてあげなくちゃいけない。
 自分のマグカップを無神経に使われて傷つくこともない。

 美知留の生い立ちが人を求めさせるのだろうが、ひとりで生きる術を身につけなくては。
 人は基本的にひとり。
 さもないと自分がなくなる洗脳状態(=宗佑との関係)で生きるしかない。

★君の重荷になっていいのに

 タケルの瑠可に対するスタンスは「君の重荷になっちゃいけない」。
 でも本当にそうだろうか?
 人は迷惑をかけられることも嬉しいんだと思いますよ。
 母親が子供に対するように。
 人に迷惑をかけたら謝るか感謝すればいい。
 別の形で返せばいい。
 それが人間関係だ。

★オグリン
 個人的にはオグリンのドラマを見てみたい。
 自分の方を向いてくれているエリと未練の残る妻、どちらを選ぶか?
 オグリンだけでひとつのドラマが出来そう。


※追記
 人の迷惑を気にしないキャラとしては「パズル」の美沙子。
 彼女は迷惑顧みず生徒たちをこき使う。
 痛快でたくましい。

 ある意味「十四歳の母」の未希もそう。
 みんなが重荷になるのに子供を産もうとする。
 でも結果として強い家族の絆が生まれた。
 未希を見習ってタケルももっと迷惑をかければいい。


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ホカベン 第5・6話

2008年05月22日 | 職業ドラマ
 生徒の水難事故。
 生徒の両親は学校の管理責任を問い、灯(上戸彩)たちは学校の弁護を行うが……。
 その過程で明らかになった真実。

 生徒はいじめを行っていた。
 そんな彼を憎むクラスメイトふたりが生徒を海で殺した。

★スッキリするドラマか?考えさせるドラマか?

 灯が真実を明らかにすることで次の様なことが起こった。
・落ちる学校の評判。
 灯の働くエムザ法律事務所の評判も。
・殺人を行った生徒は罪に問われる被告に。
・殺された生徒の両親は逆に周囲の誹謗中傷に。
 お前の子供がいじめを行っていたから悪いのだという論調。
 両親も信じていた子供が悲惨ないじめを行っていたことを知り愕然とする。

 真実を明らかにすることがすべてマイナスになってしまう所が面白い。
 真実が明らかにされてハッピーエンドが通常のドラマ。
 「ホカベン」はリアルな現実を描いたドラマだ。
 そこに物語のご都合やウソはない。
 それがいいか悪いかはドラマ論として意見の分かれる所だろう。
 見てスッキリするドラマがいいか?考えさせるドラマがいいか?

 この事件で唯一のプラス面は、殺人を犯した生徒たちの心。
 もし真実が隠蔽されたままだったら、生徒たちは一生罪の意識に苛まれるだろう。
 「あいつは殺されて当然のことをしていたんだ」と自分に言い聞かせてもどこか罪の意識がつきまとう。
 生きていても全然楽しくない。
 それを灯の行為が救ったことで、この作品はドラマになっている。

 現実が複雑になっている現在、ドラマの作劇はますます難しくなっていくだろう。


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無理な恋愛 その4

2008年05月21日 | 恋愛ドラマ
★本格的な三角関係発生!
 「花より男子」の司、類、つくしの様に三角関係は恋愛ドラマに欠かせないものだが、「無理な恋愛」でも三角関係が発生。
 かえで(夏川結衣)はふたりの男の間で迷う。
 立木正午(堺正章)と龍彦(徳井義実)の人物造型は次の様なもの。

・生活力、ステイタスのある男とそうでない男。
・仕事優先の責任感のある男と仕事よりも自分を優先してくれる男。
・誕生日プレゼントに大好きなバラの花束を贈ってくる男とお金がなくてイヤリングの片方しか贈れない男。
 ただし生活力のある男の方は60歳。かえでにしてみれば無理な恋愛。

 難しい選択だ。かえででなくても迷ってしまう。
 それは人物造型がしっかりしているからだ。
 人物をプラス面、マイナス面で描いているからだ。
 マイナス面では、立木は『年齢』、龍彦は『生活力』。
 プラス面では、立木には誠実でさわやか、龍彦にはくされ縁と相性の良さ、時折ほろりとさせられるという面がある。
 ドラマは葛藤だと言われるが三角関係は葛藤を作るのに適したシチュエーションだ。
 今後も様々な三角関係が作られていくだろうが、その前提は視聴者が選択に迷うほど人物造型がしっかりしているということだ。

★明日使える口説き文句
 立木はついにかえでに告白した。
 その内容はすぐにでも活用ができそうな内容だ。
 かえでは立木の誠意ある告白に涙した。
 それは次の様なもの。

「気持ちをちゃんと言わせてほしい。
 初めて会った時から君のことが好きだ。
 会えば会うほど素敵だなと思う様になった。
 さっきあなたは『私なんて大したことがない』と言いましたが、そんなことは二度と言ってほしくない。
 君は素敵な女性だ。
 かなわない恋かもしれないけれど、僕は死ぬまで恋してる自信がある。
 僕は死ぬまで君の味方だ。君の力になる。何でも出来る。
 こう言えるのは僕の残りの人生があまりないからかもしれないけれど、僕は命がけで君を守る。
 そんな男がひとりいることを忘れないで、頭のどこかに置いておいて下さい」
 
 そしてこうつけ加える。

「僕は君に恋してもらえる様な男になろうと思う。
 まだなれる。
 まだまだ人生は長いのだから」

 何とも思っていない男に言われれば重い内容かもしれないが、こんなことを真っ正面から言われればやはり嬉しい。
 現にこの告白をされてかえではイキイキとしてきた。
 人にこんなふうに言われることって素晴らしいことなのだ。
 立木もこの告白をして吹っ切れてイキイキとしてきた。

 恋愛は人生に彩りを与えるもの。人生を元気にする特効薬。
 年齢は関係ない。
 立木の様にさわやかな恋愛が出来る男はかっこいいですね。

※追記
 今回ついにチュートリアルのふたりが同じシーンに。
 昔、立木と仕事した仲間として井上順さんが登場した。
 こういう遊びも楽しい。


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CHANGE 第2話

2008年05月20日 | 職業ドラマ
★「誰かの役にたちたいと思うのは間違いですか?」

 これが朝倉啓太(木村拓哉)の今回見出した言葉。
 前回は『謝る』。
 この作品は啓太が自分の言葉を見出していく作品なのだろう。

 『謝る』も『誰かの役に立ちたいと思う』のもある意味、人間の基本。
 小学校で教えられること。
 しかし政治家は出来ていない。
 そんな皮肉と批判がこの作品にはある。

 ただし、この『役に立ちたい』という言葉も小学校の先生の言葉。
 政治家の言葉ではない。
 もともと政治家などやりたくない啓太だから仕方ないが、いつ政治家の言葉を見出すかが今後の興味となる。

★総理誕生の仕組み
 木村拓哉さんが総理になる!というウリで始まったこの作品。
 どの様に総理になるのかと思っていたら、次のような感じだ。
 
 総選挙3ヶ月前の首相辞任。
 国民は現在の政治にうんざりしているから、政友党の長老が立候補しても選挙で惨敗する。
 国民は変化、新鮮さを求めている。
 ならば「国会王子」として人気のある啓太を政友党の総裁にして選挙を闘おう。

 なるほど。
 小泉さんが首相になったケースと似ている。
 人気、イメージ先行。
 ドラマの展開上、啓太は総裁になり総理になるのだろうが、ここにも作者の皮肉が……。
 啓太は理想や政策を持っていない偶然政治家になってしまった人間だ。
 そんな人間が総理になってしまうという皮肉。
 いやしくも総理大臣。国民のために熱意を持って政治を行う人物がなるべきなのにそうならない皮肉。
 この作品はフィクションだが、啓太の様なケースがリアリティを持っている所に現在の政治の貧困を感じてしまう。

★ネコ屋敷の立ち退きで時間と労力を使っていいのか?
 今回、啓太が受けた陳情。
 ネコ屋敷で立ち退きを迫られている。
 啓太は「誰かの役にたちたいと思うのは間違いですか?」と言って話を熱心に聞くが、その対応は正しいのか?
 啓太は相当な給料をもらっている国会議員。その給料は税金。
 話を聞いてもらうだけで解決してしまうような案件に時間をとられていいのか?
 他にもっと苦しんでいる人がいるのではないか?
 人脈を作って力を持ちもっと多くの人を助けるべきではないのか?
 という考え方も出来る。
 一方で啓太の様にひとりを大事にしないでたくさんの人を救えるのかという考え方も出来る。

 現実に百点満点の答えはない。
 啓太の考え方も正しいし、他のことに時間と労力を使うべきだという考え方も正しい。
 人はどちらも正しい解答の中で試行錯誤して生きているわけだが、啓太にその葛藤がない。
 「ネコ屋敷の陳情を聞く時間」を「委員会の内容が少しでも理解できるよう勉強する時間」に使うべきではないかという発想が啓太にないのが残念だ。

 この点でこの作品は軽い。
 毎回書くが「ホカベン」の方が深い。
 ストーリーテリングの面白さが福田靖脚本の魅力だが、同時に欠点でもある。


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