平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

オールスター感謝祭~壇蜜さん、カレーを官能的に食べる! ガヤ王、フジモンも大活躍!

2013年03月31日 | バラエティ・報道
 テレビをつけたら「オールスター感謝祭」をやっていた。
 画面に映っていたのは、新垣結衣さん、榮倉奈々さん、蓮佛美沙子さん、篠田麻里子さん、壇蜜さん。
 これは豪華だ!
 ゲームの内容は演技対決!
 5名の前に置かれたカレーの中にひとつだけ激辛カレーが混じっている。
 解答者は誰が激辛カレーを食べたかを当てる。
 なので新垣さんたちは、普通のあまり辛くないカレーを食べた時は辛い演技をして、解答者をダマさなくてはならない。

 そして対決。
 ここではフジモンこと、FUJIWARA・藤本敏史さんが活躍。
 出演しているCMをネタにして
 ガッキーが食べる時は「十六茶!」(笑)
 奈々ちゃんが食べる時は「メニコン!」「赤いきつね!」(笑)
 麻里子様が食べる時は「ABCマート!」(笑)
 さすが平成のガヤ王!!
 キンタロー。さんも負けてはいない。
 麻里子様が食べる時は、立ち上がって「…麻里子、がんばって!」(笑)
 やはり芸人さんは上手いですね。
 場に応じて、自分の持っている<技>を繰り出してくる。
 逆に言うと、藤本さんやキンタロー。さんのように自分の<技>を持っている人はこういう時、強い。

 <技>と言えば、女優さんの場合は演技。
 辛くないカレーを辛いように食べる演技は、どなたも甲乙つけがたい。
 激辛カレーを食べて水を飲む姿なんかも絶妙で、皆さんが辛いカレーを食べているように見えた。
 篠田麻里子さんも上手かった。
 麻里子様は女優さんじゃなくてアイドルなんですけどね。
 しかし、このコーナーで存在感を出したのは、何と言っても壇蜜さん!
 大きな胸の谷間を見せてカレーを食べる。
 すると官能に打ち震えて恍惚とした表情。
 すごいなぁ、カレーを食べる時までエロスの世界! プロですねーー!
 そして、これこそが壇蜜さんの技!

 ぼくは、こんなふうに<自分の技>を持っているタレントさんたちが大好きです。


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ビブリア古書堂の事件手帖 第11話 恋人たち~本の話をする栞子とそれを聞く大輔

2013年03月26日 | 推理・サスペンスドラマ
 マニアックですね~
 『江川蘭子』『空中紳士』『殺人迷路』……!
 『押絵と旅する男』には破り捨てられた初稿があった!
 『二銭銅貨』の『新青年』版の暗号は間違っていた!
 ぼくも乱歩ファンでしたが、全然知らなかった。つーか、浅い。

 世の中には、こんなマニアックな人たちがいる。
 マニアックにのめり込む人がいる。
 今回のエピソードで言えば、死んだ鹿山明と来城慶子。
 そして、彼らの論理はふつうの一般人には理解できない。
 何しろ金庫を開けるプロセス自体が、乱歩の世界に入り込むための仕掛けであり、贈り物なのだから。
 それが愛の証しなのだから。
 フツーなら、こんな手の込んだことはせず、素直に金庫を開けて、中の物を愛する人に渡しますよね。
 おまけに、金庫の中にあったのは、慶子をイメージした『押絵と旅する女』。
 フツーなら、こんなまわりくどいことをせずに、素直に手紙を書く。
 でも、鹿山はそれをせず、あくまで乱歩世界にこだわる。
 慶子もそれを喜んでいる。
 こだわりを共有すること自体が、鹿山と慶子の愛。

 一方、こんなマニアックな愛と比べて、栞子(剛彩芽)と大輔(AKIRA)の関係はどうだろう。
 栞子には、鹿山や慶子に通じるマニアックな性向がある。
 それがない大輔は、今回の事件でこんなふうに悩んだに違いない。
 栞子には、本に対してマニアックな男性の方がふさわしいのではないか?
 栞子は鹿山と慶子のような恋愛をしたいのではないか?
 だから、がんばって『押絵と旅する男』を読もうとしたし、朝、古書堂に出勤した時、いつもの場所に栞子がいなかった時、彼女は本の世界に行ってしまったと考えた。
 しかし、栞子はいた。
 栞子には、本に対してマニアックな男性よりも、本の話を聞いてくれる大輔の方が合っているんですね。
 おそらくふたりは、鹿山と慶子とは違った形の愛を育んでいくのだろう。

 栞子と母・智恵子(安田成美)の関係についてはどうだろう。
 今回、栞子は智恵子にことごとく惨敗した。
 ずるさにおいても、洞察力においても。
 おそらく智恵子は、本に対する執着が栞子よりも強いのだろう。
 だから読みたい本のために家族を棄てられる。
 一方、栞子は、母ほどの執着はないから、今回、見事に惨敗してしまった。
 そして、大輔を棄てて、本の世界に行くことはなかった。
 おそらく栞子にとっては、本よりも大輔の方が大切なんでしょうね。
 自分の本の話を熱心に聞いてくれる大輔は、どんな本にも勝る、かけがいのない存在。

 <ビブリア古書堂のいつもの場所で、本の話をする栞子とその話を聞く大輔>。
 穏やかで静かな時間を過ごすふたり。
 どこか微笑ましくて、しっくり来る。


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八重の桜 第12回「蛤御門の戦い」~西洋学問をしても家を焼かずに済むいくさのやり方はわからない

2013年03月25日 | 大河ドラマ・時代劇
 蛤御門の変~会津VS長州。
 作品はこの両者以外の第三の視点も描く。
 それは庶民の視点だ。

 焼け出された人たち
 親を失った子供たち
 食べ物を乞う人たち
 
 このように、結局、ひどいめに遭うのは庶民なんですよね。
 被害に遭った庶民の立場に立てば、西郷(吉川晃司)のカッコイイせりふも虚しく聞こえる。
「薩摩藩、西郷吉之助、御加勢つかまつる!」
 覚馬(西島秀俊)も銃のことしか考えていない。
「新式銃のライフル、弾丸筋がブレねえ。薩摩強え……」
 いくさが終わって町が焼け野原になった時も
「これがいくさか……。何百年もかかって築いた町をたった一日で焼き尽くしちまった。元の姿に戻るのにどれだけの時がかかるか」
 と、どこか他人事だ。
 長州側も自分たちのことしか考えていない。
「ここで引けば朝敵になる」
「時間を稼げば、公家たちが騒ぎ、和議を申し出る」
 大垣屋清八(松方弘樹)の言葉はどこか皮肉に聞こえる。
「西洋の学問をしても、家を焼かずに済むいくさのやりようは、わからんもんでっしゃろか?」

 結局、人は自分の立場でしか物事を考えられないものなのだろうけど、上の者が勝手に戦争をして庶民が被害を受けるという構図は昔も今も変わらない。
 この作品『八重の桜』は、この庶民の視点に時間を割いて描いている所に好感が持てる。

 一方、会津では八重(綾瀬はるか)と尚之助(長谷川博己)の縁談話。
 尚之助って理論的で聡明な人物ですね。
 いくさが始まり、山本家一同が不安になる中、「大砲を撃ち込むなんてことを考えるのは覚馬さんしかいない」→「だから覚馬さんは無事」という論理を展開して、皆を安心させる。
 いくさの後も、このいくさで銃の果たす役割が認識されたから、藩を説得して「銃器を一新するいい機会だ」と次の手を考えている。
 状況に流され、一喜一憂するだけの八重とは大きく違う。
 八重に生きる指針を与えてくれる。
 もっとも前々回は八重が尚之助に、「頑固なのが会津だ」「認めていただけるまで何度も何度も造り直すべ」と語り、励ましていましたが。
 お互いを支え合う八重と尚之助はいい夫婦になりそうです。

 そして、八重さんもそろそろブラザーコンプレックスから抜け出さないと。
 世の中には、覚馬以外にもいい男はいっぱいいるのですから。


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あぽやん 走る国際空港 最終話~ツンデレ森尾晴子さんがついにデレたーーーーーーーーーっ!!

2013年03月22日 | 職業ドラマ
 森尾晴子(桐谷美玲)がついにデレたーーーーーーーーーっ!
 今まで、さんざん遠藤慶太(伊藤淳史)にツンツンしてたのに!!

 まずは慶太の異動が決まった時。
 晴子は慶太にオススメのラーメン店を聞く。(本当は別の話をしたかったのかもしれない)
 慶太はラーメン店・麦屋を薦め、「今度いっしょに行こうか」と何気なく誘うが、誘ったことが晴子に受け入れられないことに気づいてあわてて否定する。
 すると晴子
「最後の一度くらいはつき合ってもいいわよ」

 おおおーーーーーーーーーっ!
 ツンデレ晴子が少しデレたーーーーーーーーーっ!
 しかし、まだ上から目線だ。
 ほんとうは慶太といっしょに行きたいのに。

 しかし、いよいよ慶太の異動の日。
 仲間たちが送別会を開くと盛り上がっている時、晴子は言う。
「今日は帰りますね。最後まで笑顔でいられる自信がないんで」

 おおおーーーーーーーーーっ!
 相変わらずツンですが、最後のせりふなんかは完全に告白じゃないですかーーーーーーーーーっ!
 萌える、萌えるぜ、森尾晴子!!!

 しかし送別会の時、慶太の異動が一ヶ月の短期のものであることが発覚(笑)
 慶太はそのことを報告するために晴子のもとに走る。
 だが、携帯で連絡はつかず、晴子がどこにいるかわからない。
 考える慶太。
 そして思いついたのが、以前オススメのラーメン店として話をした麦屋だ。
 果たして晴子はいた。
 晴子は麦屋でラーメンを食べることで、ひとり慶太のことを考えていたのだ。
 何という女心!! もっと素直になればいいのに!!
 そして慶太が、異動は一ヶ月ですぐに戻って来ることを告げると
「ふざけないで下さい! この一週間あたしがどんな気持ちで……!?」
 とついに本音を告白!
 しかし、状況と一連のせりふから、晴子が慶太のことが好きなことは明白なのに晴子は完全にデレない。
 慶太が「戻ってきたら以前のように厳しく自分を叱ってほしい」(←慶太はM男?)と話すと、
「あたし、厳しいんですよ」
 と完全にツンツン女子に逆戻り!!
 そして一ヶ月後、慶太が空港に戻ってきた時も
「戻って来るのは今日でしたっけ。また新人ですね。厳しく指導するんで覚悟しておいて下さい」
 と、本当は慶太が戻ってくる日を心待ちにしていたのに、こういう発言!!
 しかし最後に、最高の笑顔でこうつけ加えるのも忘れない。
「お帰りなさい!」

 というわけで、この作品、桐谷美玲さんが演じる森尾晴子のツンデレぶりが素晴らしい。
 全国のツンデレファンの皆さん、この作品は必見ですよ!
 少し先だが、DVDは7月に発売・レンタルされるらしい。


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相棒11 「酒壺の蛇」~難しいことを考えることをやめた君のことがずっと嫌いだった

2013年03月21日 | 推理・サスペンスドラマ
 今回は敵が強大であったため、総力戦でしたね。
 角田課長(山西惇)。
 伊丹(川原和久)たち、捜査一課。
 米沢(六角精児)さん。
 大河内監察官(神保悟志)。
 サイバー犯罪課の岩月彬(田中圭)。
 画面には現れなかったが、神戸尊(及川光博)。
 それぞれがそれぞれの持ち場で働いて事件解決に向かう。
 伊丹は神戸のことを指して『特命ネットワーク』と呼んでいたが、神戸だけでなく、まさに『特命ネットワーク』全員で闘った感じ。

 カッコ良かったのは次の3つのシーン。
・右京(水谷豊、享(成宮寛貴)、角田課長が事件について話しているのを聞いていた伊丹。
 角田課長が「事故死にしちまったからな」とつぶやくと
「事故死にしちまった警察官ですけど何か? 詳しく聞かせてもらいましょうか」
・角田課長は葬儀に立ち会い
「本物の警察官の骨を拾ってやるんだよ」
・大河内監察官も甲斐峯秋警察庁次長(石坂浩二)に対して
「それは警視庁にお任せ下さい」
 それぞれが魂とプライドをもって、自分の仕事を遂行している。

 さて、君原いずみ(星野真里)が語った言葉はなかなか興味深い。
「難しいことは考えるのはやめたんです。ただ愛していればいい。ただ愛する人の指示に従えばいい」
 みたいなことを言っていた。
 考えることをやめた、いずみ。
 思考停止。
 これって奴隷になることだ。
 結果、スパイの意のままに殺人まで犯してしまった。
 これはオウム真理教事件で、サリンをまいた実行犯たちに似ている。
 確かに自分ですべてを考え、決定していくことって不安なんですけどね。
 誰かの考えに従って生きていた方がずっと楽。
 でも、スパイの王が手紙で書いていたとおり、われわれは「難しいことを考えることができる国」「調べることができる国」にいるのだ。
 この権利を放棄してはならない。
 そうしないと権力者の意のままに操られ、一部の者だけが美味しい思いをすることになってしまう。
 現在のTPP参加なんかも難しい問題なんですけどね、やはり自分の頭で考え、結論を出していきたいと思います。

 スパイ・王の手紙については、どう考えればいいのだろう?
『難しいことを考えることができる幸福を捨てて、愛に溺れる快楽を選んだ君のことがずっと嫌いだった』
 確かに、難しいことを考えることを放棄したいずみは、王にとって軽蔑すべき人間だっただろう。せっかく考える権利を与えられているのになぜ放棄するのかと。
 しかし、後に右京さんがいみじくも言ったとおり、なぜ王はこの手紙をいずみに送ったのか?
 王はこの手紙を残すことで、いずみときっぱり決別したかったのかもしれませんね。
 いずみには、憎み否定することで、新しい男を見つけ、新しい人生を送ってほしいと思った。
『相棒』はミステリードラマですが、この男女関係もミステリー。
 王の意図はどこにあったのか?

 最後は、享が持っていて、父親である甲斐峯秋次長が失ってしまったものとは何か?
 <純粋さ><他人への共感力=自分のことより他人のことを考える心>
 今回、享は自分の父親への感情が原因でスパイを取り逃がすというミスを犯してしまいましたが、それを反省して右京に謝った。
 もはや享は父親のことで感情的になったり、父親と同類である高級官僚に対して怒り、暴走することはないだろう。
 享は、刑事として大きく成長したようです。


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ビブリア古書堂の事件手帖 第10話~怖くていかがわしい乱歩作品の魅力

2013年03月19日 | 推理・サスペンスドラマ
 江戸川乱歩の怖くていかがわしい世界。
 死、残虐、孤独、異常心理……。
 探偵、怪盗、怪人、サーカス、人形……。
 リンゴの頬をした小林少年は、少年愛の対象……。

 人はなぜかこうした乱歩世界に魅了される。郷愁を感じる。
 実は人は、いかがわしいものが大好きなのだ。
 世間体、社会のルール、常識、がんじがらめの現実に生きて悲鳴をあげている人の心は、出口を求める。
 その出口のひとつが、乱歩作品。
 鹿山明(須永慶)もそのひとり。
 地位も名誉もある学者で、健全な社会生活を送っている彼にも、いかがわしさを求める陰がある。
 自分の心の中の陰を満足させるために、乱歩を読む。

 そんな鹿山の乱歩への傾倒ぶりは徹底している。
 乱歩コレクションを保管しておくための別宅。
 二重生活は、乱歩作品の『陰獣』のよう。
 革のソファの中に本の隠しスペースを作ったのは、『人間椅子』。

 だが、鹿山は決して異常者ではない。
 娘・直美(横山めぐみ)に乱歩を読ませるために策略を練ったり、直美と井上(佐野史郎)との結婚を願ったり、ごく普通の娘を思う父親の心情。
 その表現の仕方は、ひじょうに屈折していますけどね。
 本当は娘の幸せのために現実とたたかうべきだったのでしょうが、彼にはそれが出来なかった様子。

 というわけで、人間の心理というのは、複雑怪奇。
 大好きな物を保管するための別宅を作ったり、<二重生活>や<特注の椅子>で、小説世界を現実のものにして愉しんだり、娘の結婚を思いながらも少年探偵手帳に「井上直美」と書くことしか出来なかったり。
 オモテの顔、裏の顔、屈折して歪んだ心……。
 でも、人間はそれだからこそ面白い。
 だからこそ乱歩は読まれる。
 もしかしたら百年後も読み継がれている作家は、江戸川乱歩なのかもしれませんね。

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八重の桜 第11回「守護職を討て!」~「にしはもう立派に会津の男だ」

2013年03月18日 | 大河ドラマ・時代劇
 自分のことが理解されるというのは心地よく、幸せなことである。
 三郎(工藤阿須加)は多くの人に理解されている。
 まずは尚之助(長谷川博己)。
 三郎の佐川官兵衛(中村獅童)の部隊への志願。
 この志願のもうひとつの理由を尚之助は理解した。
 それは<隊士になれば一人前の藩士であり、新式銃の事を上に願い出る事ができる>から。
 そして、こんなやりとり。
「若輩者が上にものを言うのに他にどんな手があんべか? 無茶でもやんねえと道は開けねえ」
「覚馬さんと同じ事を。その事を話せばお父上も手は上げなかったでしょうに」
 こうして、三郎は尚之助に理解された。
 ふたりめの理解者は佐川勘兵衛。
 どうしても入隊したいという十六歳の三郎の思いを高く評価する。
「武士としての覚悟は年長の者にも勝っていた。あといくつか年かさがあればわしの方から願ってでも連れていくところだ」
 三郎にとって最高の賛辞である。
 そして、三人目の理解者は、父・権八(松重豊)。
 まず
「何かを変えるのはたやすい事でねえ。そんじも、それが正しい事なら何度でも何度でも願い出てちっとずつでも変えていく。ずっとそうやってきた。親を見くびんなよ」
 と言って、父親として子を諭し、次に
「だげんじょ、わしも我が子を見くびっていたかもしんねえ。にしはもう立派に会津の男だ」
 と三郎を評価する。
 三郎にとって、こんなうれしい言葉はなかっただろう。

 若者はこんなふうにして教えられ、理解されて成長していく。
 人と人との絆を作っていく。
 そして、人と人との絆は別の絆も作っていく。
「尚之助様、忘れ物です! 三郎の事、ありがとなし」
 三郎のことがきっかけとなって、八重(綾瀬はるか)と尚之助の理解と信頼も深まった。

 一方、理解されない人間もいる。
 佐久間象山(奥田瑛二)だ。
 帝の彦根遷座、これにより象山は暗殺される。
 覚馬(西島秀俊)は「象山先生は国のために働いていたのだ」と憤るが、暗殺者たちにはまったく理解されていない。
 おまけに松代藩に拠る佐久間家とり潰し。
 象山は、自分の藩にも理解されなかった。
 また、その絆は攘夷派ににらまれれば簡単に手のひら返しされてしまうくらいものだった。
 だから覚馬は叫ぶ。
「先生は二度殺された。一度は刺客に、二度目は藩の愚かさに」
 その象山の姿は、尚之助、勘兵衛、父・権八に理解された三郎とは対照的だ。

 理解と絆の会津。
 無理解と殺し合いの京の都。
 こんなふうに歴史は、相反するもののせめぎ合いの中で、動いていくんでしょうね。


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相棒11 「BIRTHDAY」~あざやかなオチで思わずニヤリ! 

2013年03月14日 | 推理・サスペンスドラマ
 最後に見事なオチをつけましたね。
 それまでは、あれれ??? と思って見ていた。

 物語は、
①指名手配犯・大場三郎(榊英雄)の逃亡
②鷲尾隼人(加藤清史郎)と瀬田江美子(左時枝)の拉致
③ひき逃げ事故で大場の死
 という事件を、時系列でバラバラにして見せているだけ?
 もちろん、玄関のドアが開いている<家の状況>と<白い物質の入ったビン>から、隼人と江美子が拉致されたことを類推した右京(水谷豊)さんはすごいんですけどね。
 拉致が判明してからの、角田課長や伊丹たち警察の緊迫感もよかった。
 ビンの白い物質は何なのか? と視聴者に関心を持たせる小道具の使い方も。
 でも、江美子が首を絞められる所や隼人が穴を掘らされたり、川で溺れる所を直接見せられるのは、あまり気持ちのいいものではない。
 おまけに<難病もの>のお涙頂戴ドラマまでが始まってしまった。
 僕は『相棒』って、スマートな作品だと思っているので、<直接的なシーン>や<難病もの>にはちょっと違和感。
 しかし、ラストのオチが、それらを払拭してくれた!
 これぞ、スマート&クール!
 ちょうど「前半の家出少女って何だったんだろう」と思い始めていた頃だったから尚更だった。
 写真立ての写真を見せるワンカットでオチをつけてくれたことも、鮮やかだった。

 ドラマとしては、大場三郎。
 この直情的で、衝動的に罪を重ねる男にも人間性があった。
 性善説。
 人間の本質は善であると信じたいですよね。

 面白かったのは、隼人の12歳の誕生日の豪華な飾り付けに警官達が「偉い財務省の官僚さんがすることだから」と笑うところ。
 しかし、豪華な飾り付けにはしっかりとした理由があった。
 このひっくり返し方がお見事!

 捜索人届けの有無を頼まれた角田課長の「俺、結構偉いんだぞ」のせりふにもうなずいた。
 僕も常々、警視庁の課長さんって結構偉い人なんじゃないかって思っていましたから。
 何気ないせりふだが、こういう小さなせりふがキャラを造っていくんですね。

 あとは前半のカイト(成宮寛貴)と米沢(六角精児)さんのやりとり。
 米沢さんが「暇つぶし」で持って来た<白い物質>に、カイトは舐めただけで、それ以上の関心を示さない。
 これに対して米沢さん
「杉下さんなら(このネタで)一時間は談じられたのに」
 カイトはまだまだなんですね。右京さんにはるかに及ばない。
 この米沢さんのカイトを鼻で笑ったような感じが実に楽しい。


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深夜特急 沢木耕太郎~何の意味もなく、およそ酔狂な奴でなくてはしそうにないことをやりたかったのだ

2013年03月13日 | エッセイ・評論
 ひさしぶりに沢木耕太郎「深夜特急」を読む。
 すると、こんな文章があった。
 バスでユーラシア大陸横断をする理由について語った文章だ。

「ほんのちょっぴり本音を吐けば、人のためにもならず、学問の進歩に役立つわけでもなく、真実をきわめることもなく、記録を作るためのものでもなく、血湧き肉躍る冒険活劇でもなく、まるで何の意味もなく、誰にでも可能で、しかし、およそ酔狂な奴でなくてはしそうにないことを、やりたかったのだ。
 もしかしたら、私は「真剣に酔狂なことをする」という甚だしい矛盾を犯したかったのかもしれない。」

 これが若さであり、青春なんですね。
「人のためにもならず、学問の進歩に役立つわけでもなく、真実をきわめることもなく、記録を作るためのものでもなく、血湧き肉躍る冒険活劇でもなく、まるで何の意味もなく……」
 つまり意味のないことにエネルギーを消費できること。
 バカげたことに時間を費やせること。
 そういう自分を、<酔狂>=少し恥じらいを込めてカッコイイと思えること。

 これはオトナ社会に対する反抗でもある。
 なぜならオトナ社会は、企業を見てみればわかるとおり、<意味のあること><有益なこと><効率のいいこと>を求めるものだから。
 オトナの目から見れば、ユーラシア大陸をバスで横断なんて、「何バカなことをやってるの?」「それで何の意味があるの?」となってしまう。
 だからこそ、敢えてオトナ社会に背を向けて、バカなことに真剣に取り組むことが粋でカッコイイ。

 もちろん、こうしたことが出来るのも若さゆえである。
 若者には溢れるばかりのエネルギーがあり、時間がある。
 人生の残り時間が少なくなってくると、少しは人様の役に立つことをして、自分が生きた爪痕を残したいなどと考えてしまう。
 しかし、いくら歳をとっても、「真剣に酔狂なこと」が出来る人は永遠に青春である。
 有益なことや効率に囚われている若者よりはずっと若い。

 沢木さんは、この作品の別のところで、「自分はまたひとつ自由になった」みたいなことを書かれていたが、<意味><有益>に囚われた時点で、その人は不自由になる。
 つまり社会に取り込まれるという点において。
 社会は、人に「意味のある行動をせよ」「賢明であれ」「金を稼げ」「記録を作れ」「効率よく時間を使え」と要求してくる。

 『深夜特急』は永遠の青春の書である。

 
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ビブリア古書堂の事件手帖 第9話~親子ってのは、どっか深いところでちゃんと繋がってる

2013年03月12日 | 推理・サスペンスドラマ
 高坂晶穂(矢田亜希子)はなぜ絵本を探したのだろう?
「家を建てようとして、子犬やライオンのような寂しい子たちが集まれる家を、大きなトラックでレンガをたくさん運んできて、みんなで力を合わせて作るの」
 と絵本について語ったように、晶穂は<なかよしの家>=<家族>を求めてたんでしょうね。
 しかし現実には、父親の写真家はニューヨークに旅立とうとしており、晶穂は彼の成功のために自分の妊娠を言い出せずにいる。
 晶穂自身は、生まれてきた子供にさびしい思いをさせずに育てる自信がない。
 <なかよしの家>なんか到底、自分には実現できないと考えている晶穂。
 でも、一方で<なかよしの家>を求めている自分がいる。
 そんな心の葛藤が、絵本を探したいという思いとなって現れた。
 なぜなら、そこには今悩んでいることの答えが描かれているような気がするから。

 人はなぜ本を読むのか?
 楽しみや慰め、現実逃避のためというのもあるだろうが、晶穂のような答えを探すための読書もある。
 答えは実は、すでに自分の心の中にあるんですけどね。
 本を読むのは、「そうだよ、その答えでいいんだよ」と本に背中を押してもらうため。
 おそらく晶穂は絵本を読んで、自分にも<なかよしの家>が作れるということを確信したかったのだろう。

 さて、今回のもうひとつのモチーフである<母親>。
 晶穂と母親・ミズエ(かとうかず子)はお互いに反発し、疎遠状態。
 晶穂は、自分が母親になる自信を持てないのはミズエのせいだと思っている。
 でも、晶穂が母親として前に進むためには、ミズエのことを解決しなければならないんでしょうね。
 ミズエも何か予感がして、晶穂のもとに行った。
 そして晶穂の妊娠を知ってしまった。
 それをこの作品は、志田(高橋克実)の言葉を使ってこう語っている。
「親子ってのは、どっか深いところでちゃんと繋がってる。俺はそう思ってるよ」
 晶穂は自分が母親になるという一番不安な時に無意識にミズエを思い、ミズエも娘の危機を感じて娘のもとに行った。
 意識の上では反発し合っていても、無意識の中ではふたりは磁石のように引き合い、繋がっていた。
 晶穂とミズエを見ていると、そんな感じがする。
 そして、その触媒となったのが、絵本『チェブラーシュカとなかまたち』と大輔(AKIRA)、栞子(剛力彩芽)。

 世の中は<誤解><不理解><行き違い>が横行し、その結果として<孤独><争い>が蔓延していますが、<人は心の深いところで繋がっている>と信じることで、少しは前向きに歩いていける気がします。


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