平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

24時間テレビ はるな愛さんを見た!

2010年08月31日 | バラエティ・報道
 24時間テレビで走っているはるな愛さんを見た。

 駒沢方面に歩いていると24時間テレビのTシャツを着ているスタッフがいたる所に。
 道には制服を着た警備員が5メートルおきに立っている。
 するとはるな愛さん。
 テレビでは大きく見えるけど、わりと小柄な方。
 ダイエットでやせられたせいもあるが華奢な感じもある。
 笑顔はなく黙々と走っている。
 沿道から「がんばれ~!」の声。

 驚いたのはそのまわりにいるスタッフの多さだ。
 大型中継車が併走している。
 はるなさんのまわりに人が集まらない様に何人ものスタッフが囲んでいる。
 制服の警備員が5メートルおきに立っていたのは、マッサージなどの体のメンテナンスをするための休憩所である日産のサービスステーションに入るかららしい。
 休憩所で休んでいれば見物客が殺到しますからね。
 そして日産の休憩所にはそれこそ関係者・スタッフがいっぱい。
 警備員の人は部下らしき若手に「ほら、そこに人を立ち止まらせるなよ!」と叱っている。

 テレビ画面では、はるなさんと併走するトレーナーさん4人ぐらいしか見えないけど、実はこんなにたくさんのスタッフがまわりにいたんですね。
 思わぬ舞台裏を見せてもらって得した感じ。

 24時間テレビは感動の押し売りみたいな所があって、ちょっと抵抗があるのだが、まあ一年に一度の恒例行事。
 <絆>とか<ありがとう>とか言葉を思い出させてくれるのも悪くない。
 百円でも募金すれば、参加意識も生まれ、いい気分にもなる。
 善意ややさしい気持ちがひとりひとりに芽生えて、広がっていく感じ。
 募金も2億円以上集まった様だし、偽善と言われようと何もしないよりやった方がいい。

 斜に構えたり、恥ずかしがったりするのはやめた方がいいのかもしれない。


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龍馬伝 第35回「薩長同盟ぜよ」

2010年08月30日 | 大河ドラマ・時代劇
 薩長同盟締結のために寺田屋を出る龍馬(福山雅治)。
 お登勢(草刈民代)が母として見送り、お龍(真木よう子)が恋人として見送る。
 なかなかの名場面です。

 特にお龍がいい。
 これからは命を狙われる人間になるから寺田屋には来ない。今生の別れ。と龍馬に言われて走っていくお龍。
 お龍さん、そう言われたショックのあまり走っていたのかと思いきや、実は薩摩藩邸の様子を見に行っていた。
 龍馬の役に立ちたかったからだ。そして薩摩の案内役を連れて来て言う。
 「わたしはずっと坂本さんの役に立ちたい。このままおしまいなんて嫌どす。戻ってきて下さい」
 これは龍馬ならずとも惚れますね、お龍さんに。
 まず強さ。
 今生の別れと言われて走っていくだけだったら普通の女性。
 ところがお龍は「役に立ちたかった」と言って危険を冒した。
 乙女姉さんを始め、龍馬は<強い女性>が大好き。
 でもそれだけでは足りない。
 「このままおしまいなんて嫌どす。戻ってきて下さい」と可愛らしい面も見せる。
 芯の強い女性に、しかもあまり気持ちをオモテに出さず自分を拒絶している様な女性にこんなことを言われたら男心はグラつく。
 おまけに必死に自分のために握り飯を握る姿を見せられたら。

 お龍さんは完全にツンデレ女性。
 佐那さんも同じ様な面があるけど、ツンデレではないんですよね。好きを全面に出してきてちょっと重い。
 お元(蒼井優)はある意味したたかで男女のことを知っている分、龍馬は子供扱いされてしまう。
 加尾はあくまで初恋の人だし、これで龍馬の恋愛話は落着!

 薩長同盟交渉のシーンでは龍馬らしさを見せた。
 「薩長はこの国のために粉骨砕身尽力する」
 薩摩の利益、長州の利益のために同盟があるのではなく、日本国のためにあることを示した。
 この考え方を桂(谷原章介)と西郷(高橋克実)がどれくらい納得したかは疑問だが(特に西郷は薩摩の利益を第一優先で考えていたと思うし)、少なくとも同盟のあり方についての発想の転換がなされた。
 私見で言うと、<日本国のため>なんていう言葉はどこか建前で嘘っぽいんですけどね。
 政治とは結局は権力闘争。
 現在の日本国民のためと言っている菅VS小沢の権力闘争を見ていればよくわかる。
 この辺は「わかった」とすんなり桂と西郷に言わせてしまった脚本の福田靖さんはどう考えているのか?
 個人の龍馬が理想を語るのはわかるが、西郷と桂は藩という組織を背負っているのに。
 もっとも龍馬はこれからこのギャップと戦っていくのかもしれないが。


※追記
 今回は躍動感があって面白かったが、龍馬が弥太郎(香川照之)を助けに行ったのは興ざめ。
 天下の一大事より、私的なことを優先してしまう龍馬は以前として変わらない。
 新選組の屯所に行った所で何も出来ないのに(実際そうだったし)、気持ちのおもむくままに行動してしまうのはちょっと。

※追記
 護衛の三吉慎蔵(筧利夫)はカッコイイ。
 先程のツンデレではないが、無骨な男が薩長同盟が成立して喜ぶギャップが三吉を魅力的なキャラにした。


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鑑識・米沢守の事件簿

2010年08月28日 | 邦画
 キャラクターが掘り下げられて描かれるのは楽しい。
 「相棒」でお馴染みの鑑識・米沢さんは、結婚に失敗、愛する妻に逃げられ今も未練たらたらの男だった。
 おまけに時々ストリートでギター片手に歌っているという意外な一面も。
 テレビシリーズでおたくっぽいイメージとは少し違う。
 飄々としているが、実はちゃんと人生の重みを背負っている感じがいい。
 一方で、特命係を陰で支えているだけあって、警察官としての芯も持っている。
 スキャンダルを怖れる警察上層部から「事件に首を突っ込むな」と言われても迷いながらも突き進むのだ。
 そして、この<迷いながら>というのがポイント。
 実に人間っぽい。

 別の視点で「相棒」が描かれるというのも楽しい。
 いつもは右京さん視点ですからね。
 この作品で、米沢さんは時どき右京さんと亀山と廊下ですれ違ったりするけど、ただそれだけ会釈するくらいで大きく絡むことがない。
 そして米沢視点で右京さん達を見るとこう見えるのかというのがわかる。
 その他、捜査一課の伊丹刑事や米沢の上司との絡みも見られる。
 そして伊丹は亀山だけでなく米沢に対してもあんな感じであること、米沢も上司という組織の重圧の中で戦っていることがわかる。

 事件としては犯人の動機の理屈が面白い。
 以下、ネタバレ。

 犯人は、警察の天下りの団体、外郭団体の人間で、広報用のパンフレットやポスターを作っているのだが、天下り団体の例にもれず、ほとんど意味のない仕事しかしていない。パンフレットやポスターは作っただけで誰の目にも触れることがない。
 だから犯人は言うのだ。
 「どうせ税金の無駄遣いをしているんだから、横領くらいしてもいいでしょう!」
 なかなか皮肉の効いた動機だ。
 ある意味、幼稚で滑稽な理屈でもある。

 ちなみに米沢さんは事件の核心までは迫るが、真犯人の特定では間違う。
 別の人間を犯人だと思い、告発してしまう。
 米沢さんはあくまで鑑識官であり、右京さんの様な名探偵ではないのだ。
 普通なら米沢さんの名探偵ぶりで描き切りたい所だが、「相棒」では右京さん以外の探偵認めない様だ。
 こういう所も抑制が利いていて好感が持てる。


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真夏のオリオン 生きるために戦っているんだ

2010年08月27日 | 邦画
 艦長の倉本(玉木宏)は言う。
 「われわれは死ぬために戦っているのではない。生きるために戦っているんだ」
 最近、仕事で戦争に関する本を読んでいるのだが、おそらく当時の軍人で、しかも士官でこの様な発言をする人はいない。
 彼らは常に<死>というものを見据え、格闘してきた。
 <何のために死ぬのか><何を守って死ぬのか><いかに死ぬか>。
 ベクトルはあくまで<死>に向かっている。決して<生>には向かっていない。
 現在、われわれは<いかに生きるのか>で迷っているが、戦争中は正反対で<いかに死ぬか>がテーマだったのだ。

 この点で「真夏のオリオン」は現代的視点で描かれた作品と言える。
 主役の玉木さんや恋人・志津子の北川景子さんなんかも昭和でなく、平成の顔をしていますしね。
 作品のモチーフになっている楽曲「真夏のオリオン」も甘い。
 ♪オリオンよ
  愛する人を導け
  帰る道を見失わない様に♪
 まあ、「君死にたもうことなかれ」という詩もあったくらいだから、こういう思いがあっったとしてもいいだろう。
 だが、このメッセージを聞いて潜水艦の人間全員が「生きよう」「帰ろう」と思うのは、物語として甘すぎる。
 ラスト、回天の乗組員が「敵駆逐艦に突っ込んで特効攻撃しろ」と迫るエピソードがあったが、艦内でこういう葛藤がもっとあってもいいはず。

 この様にこの作品、戦争を描いた物語としては甘く弱いが、倉本艦長の考え方には同意する。
 「いかに死ぬか」よりも「いかに生きるか」を考える社会の方がずっと素晴らしいと思うからだ。


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ホタルノヒカリ2 きっちりとテキトー

2010年08月26日 | 恋愛ドラマ
 今回は部長(藤木直人)の立場から考えてみる。
 頭ではわかっていても感情レベルではうまく処理できないことってありますよね。
 蛍(綾瀬はるか)が<ひとつのことに一生懸命になると他のことが見えなくなる性格>であることは十分に理解している。
 しかし度重なるドタキャン。
 特にラストの婚約指輪のことは瀬乃(向井理)の事故と怪我ということで本当に仕方がないこと。だが気持ちとしてはうまく整理できない。ライバル瀬乃だから尚更。

 蛍と今後うまく生活していけるのかという不安もある。
 異文化交流・異種格闘技戦。
 きっちりとテキトー。
 「相手(蛍)を受け入れることで成長できた。君と出会えたことで心に余裕が生まれ、人生が豊かになった」
 とテキトーであることを肯定した部長だが、もしかしたら自分にそう言い聞かせていただけかもしれない。
 部長はこうも言った。
 「ありのままに君でいいと思っていた。でも期待もしていた。君が私の影響を少しでも受けているのではないかと」
 部長は蛍が少しでも<きっちり>に傾いてくれることを期待していたのだ。

 結論として部長はこう考えた。
 きっちりとテキトーは水と油で、決して混じり合うことはない?
 やはり同じ様なタイプの人間と結婚した方が、お互い無理をすることなく幸せなのではないか?
 今はテキトーを許せても、結婚生活を続けていけば、鼻についてくるのではないか?
 こんな蛍を永遠に受け入れていけるのだろうか?

 つきつめて考えていくと、見えてくる現実がある。
 恋愛期は楽しくて見えないが、醒めてくるとむき出しの現実が見えてくる。
 「ホタルノヒカリ2」のドラマの対立図式がクライマックスになってやっと見えてきましたね。
 確かに蛍と部長のお祭りの様な生活が結婚生活でずっと続くわけがないし。
 部長は大人だから、好きという感情の他に蛍に対する責任ということも考えているだろうし。

 この現実が見えてしまった部長が結婚という次のステージに進むのはかなり難しい感じがする。
 部長は理解のある大人をやめて蛍にもっと本音を言えばいいのに、蛍はたまには仕事を捨てて部長に一生懸命になればいいのにとも思うが。
 さて、どうなる?

※追記
 蛍が香港にいる時、電話をしなかったのは、部長の声を聞けば顔を見たくなってしまうから。
 部長がしっかりした結婚をしようと思ったのは、蛍の家族のことを考えたから。
 こういうふたりの本音が時折見える所が、この作品の見事な所。

※追記
 ラストの婚約指輪。
 『ホタルへ  誠一より』
 このメッセージを書いた時の部長の歓びの気持ちを考えると涙が出て来る。
 これを残して家を出て行かざるを得なかった部長の気持ちも……。


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L CHANGE THE WORLD

2010年08月25日 | 邦画
 強力なライバルというのは主人公を引き立たせる。
 遅まきながら「DEATH NOTE」の第三弾「L CHANGE THE WORLD」を見た。

 さてL。
 頭脳明晰。
 しかし肉体を使うことには長けていない。
 でもソファには猫の様にピョンと飛び乗る。
 猫背で歩く。背筋を伸ばそうとするとゴキゴキと骨が鳴る。
 甘いものが好き。甘いものは脳のエネルギー源だから。
 そんな甘いものを「おそ松くん」のチビ太のおでんの様に串に刺して食べる。
 子供は苦手。子供はお菓子を与えれば喜ぶというくらいの認識しかない。でも優しい。
 執事のWATARIにはファザコン?

 実に見事なキャラクター造型である。
 主人公のライバルというと誰もが<頭脳明晰>は思いつく。
 <体を使うのは苦手><運動能力ゼロ>も少し考えれば思いつく。
 だが、<お菓子をおでんの様に刺して食べること>は思いつかない。
 おそらく作家の思考の過程は次の様なものだったのだろう。

 L→<頭脳明晰>→<脳のエネルギー源となるブドウ糖を常に取っている>→<お菓子好き>→<お菓子をおでんの様に刺して食べる>。

 この様に<頭脳明晰>という設定をどんどん掘り下げていった結果、<おでんの様に刺して食べる>というアイデアが浮かんだわけだ。
 これはキャラクター造型のノウハウとして役に立つ。

 そう言えば、この作品でLが逃走用に使った専用車は、クレープ屋の車を改造したワゴンだった。
 そして、その中は<お菓子の家>のよう。
 ここまで徹底されるともう脱帽!

 そして、Lというキャラクターの根底にあるもの。
 <悪を憎む心>
 <正義を信じる心>
 <人間を、世界を信じる心>

 Lは死神からどんなに誘惑されても揺るがない。
 また夜神月との闘いも、決して<頭脳ゲーム>にしていない。
 彼はゲームを楽しむのでなく、悪を憎んでいる。
 第1作なんかを見ると、Lがキラと頭脳ゲームをしているのではないかと思わせるが、実はこの点を見逃してはいけない。

 子供たちに未来を託して歩いていくラストの後ろ姿にはすがすがしいものがある。


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AKB48のアーティスト戦略

2010年08月24日 | 監督・俳優・歌手・芸人
 前田敦子さん、大島優子さん、柏木由紀さん……。
 最近、AKB48の一部のメンバーの顔と名前が一致してきた。
 僕の勝手な分析ですけど、AKBって上手いアーティスト戦略ですよね。

 まず48人のメンバーということで驚かされる。
 そして<会いに行けるアイドル>。
 なるほど。

 まあ、僕を含めた普通の人間はここで終わってしまうのだが、その後もいろいろな話題が露出される。
 総選挙で大島優子さんが優勝。この総選挙の投票のために何千枚もCDを買ったファンがいた。
 へえ、熱いコアなファンがいるんだな、と僕なんかは思う。
 そして1位になった大島さんってどんな子なんだろうと興味が湧く。

 AKBがAチーム、Kチーム、Bチームと3チームに分かれていることも最近知った。
 各チーム16名。
 48名を覚えるのは無理だけど、16名なら何とか覚えられるかもと思える。
 実際には僕のようなおっさんにはハードル高いですけどね、モーニング娘。もやたら人数が多かった時は覚えられなかったし。
 しかし、この3組にチーム分けしたのは見事!
 これでグンと距離が近くなった。
 そしておそらくファンの中ではAチーム、Kチーム、Bチーム、それぞれを応援するファンがいるのだろう。
 これで互いがいい意味で競い合い、相乗効果が出る。ファンも思い入れしやすくなる。

 そしてAKBを応援する南海キャンディーズの山里さんの様な存在。
 山里さんはタレントという特権を利用してAKBのメンバーの近くにいられる様だが、これが一般ファンの怒りに火をつける。
 ネットなどで怒りの対象になる。
 もっともファンも山里さんも怒る側・怒られる側という関係を了解していて、お互い楽しんでいる様にも見えるが、そのことがいい潤滑油になっている。

 こうしたAKB48のアーティスト戦略がどこまで仕掛けられたものかはわからないが、なかなか奥が深い。
 48名で驚かせておいて、16名に分ける。
 そして1名の応援するメンバーを見つける。
 ○○さんのファン、△△さんのファン、□□さんのファンが応援で互いに競い合い、相乗効果で熱くなる。
 一方で山里さんの様な<敵?>を作る。
 この他にももっと深いものがあるのだろうが、アイドルを仕掛ける側からの一方通行的なものでなく、ファンが相乗効果で熱くしているという点で実に見事。
 このブームは大きくなってまだまだ続くだろう。
 何しろ僕の様な者まで興味を持っているのですから。


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龍馬伝 第34回「侍、長次郎」

2010年08月23日 | 大河ドラマ・時代劇
★長次郎(大泉洋)の死。
 でも、その死に至る過程はどうも長次郎の<ひとり相撲>の様な感じがするんですよね。
 買い付けた軍艦。
 長州がお金を払ったのに<薩摩名義>で自由に使えないというのは、視聴者としてはやはり違和感を感じる。だから長次郎の行為を理解できない。長州の井上聞多との約束で<薩摩名義>になったのかもしれないが、その交渉の過程が描かれていないから、梯子をはずされた長次郎の怒り、悔しさが伝わって来ない。
 そして英国渡航と切腹。
 これも<偽侍>と言われ、居場所がなくなった長次郎が勝手にやった行為。
 気持ちとしてわからないでもないが、やはり<ひとり相撲>だ。
 切腹も社中に害を及ぼさないためだったのだろうが、龍馬(福山雅治)や社中の仲間に相談するという手段もあったはず。
 そして相談もせずに自己判断で死んでいった長次郎の孤独を考えると、龍馬や社中の人間関係ってうわべだけ? と思えてしまう。

 <侍として切腹して死ぬ>というのも脚本の福田靖さんは好きな様だ。
 武市しかり、平井収二郎(宮迫博之)しかり。今回の長次郎しかり。
 どれも美しく描いている。
 切腹を美しいものとして作家が考えるのは個人の自由だが、龍馬はどう考えているのだろう?
 長次郎の遺体を見て龍馬は「愚かな死」だと考えた様だが、一方、今回のタイトルは『侍、長次郎』。侍となった長次郎を讃えている。
 もし龍馬が長次郎の切腹を愚かなことだと考えているのなら、タイトルは『愚かな死』の方がふさわしい。
 あるいは、龍馬には「(腹を斬って)侍になることに何の意味があるぜよ!」と叫ばせてほしかった。
 この点、作家の<侍として死ぬこと>の美意識が影響してか、内容が曖昧、ブレた感じになっている。
 ちなみに僕は弥太郎(香川照之)の様な<どんなことをしても生き残ってやる>というスタンスの方が好きだ。

★あとはいくつかツッコミを。

 今回、龍馬は「長州に武器を売ったのは幕府に攻めさせないためだ」と言った。たったひと言のせりふだったが確かにそう言っていた。
 つまり武器はいくさを起こさないための抑止力。
 外国が日本を狙っている中、国内で争っている場合ではないという考え方。
 しかし前回までは幕府を倒さなければ、日本は守れないと「倒幕」を叫んでいた。
 この矛盾。

 また今回、高杉晋作(伊勢谷友介)は身を守るためのピストルを渡した。
 つまり薩長同盟のことで龍馬は命を狙われる存在になったということだ。
 ということは前々回、龍馬が京都に潜入した時、命が危ないと描かれたのは間違い? それほどの危険人物でなく近藤勇に偽名など使う必要はなかった? ということではないか。

★今回のことをまとめます。
 <侍であるということ>、<倒幕>、龍馬の置かれている客観的な情況。
 龍馬に関するあらゆることがブレている様な気がする。
 ちなみに僕が考える龍馬像とは、<侍など否定している龍馬><死ぬことではなく生きることを志向している龍馬><国内で争っている場合ではないというスタンスの龍馬>だ。

 
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ゲゲゲの女房 のんびり暮らして祭りを楽しむ

2010年08月21日 | ホームドラマ
 玉砕。
 生きていることが罪になり、死を強要される。
 戦争では<生>と<死>の価値観が逆転するんですね。
 「生きろ」ではなく「死ね」と言われる。
 こういう世界ではまともな冷静な頭をしていたらとても耐えられない。狂気に身を委ねるしかない。
 玉砕を迫った連隊長は「御国のため」「英霊たち」という価値観を無理やり信じ込む。
 茂(向井理)の上官は違った価値観をもった人間が自分を否定されている様で怖いから、茂を殴る。自分の価値観と同じにしようとする。

 この様な状態の時、どうするか?
 絹代(竹下景子)の言葉が参考になる。
 『千万人と言えども我、行かん』
 千万人の人間が同じ方向を向いていても間違っていると思えば、その方向に行かない。あくまで自分を貫く。
 この姿勢、態度。
 それでもまわりが自分と同じようになることを強要してきたらこう返す。
 『名字帯刀御免の家柄ですけん!』
 反論の理屈にはなっていないが、もともとまわりは理不尽なことを押しつけているのだから、正論で返してもダメ。無理やりな理屈で言い返すしかない。

 茂の考え方も僕は好きだ。
 南の島で色鮮やかな花や鳥に囲まれてのんびり暮らす。時おり行われる祭りに熱くなる。
 <のんびり暮らして、ときどき祭りを楽しむ>
 これで十分なんですね。エコが叫ばれている時代なら尚更。
 なのに人は多くのものを欲しがる。
 欲しがって得ることができず、自分は不幸だと思っている。
 現在を素直に見つめれば結構幸福なのに、求めすぎて満足を得られない。
 <幸福>とは相対的なもの。
 茂は死んでいった戦友たちと自分を比較してこう語る。
 「自分は幸運だ。腕一本なくしただけで生きて帰れたんだから」
 腕一本なくしたことは不幸。でも、死んでいった仲間達と比べれば幸福。
 現在の日本は孤独が溢れ、先が見えなくて不幸かもしれない。
 でも飢餓に苦しんでいる国々や内乱・戦争が日常の国々よりはずっと幸福だと思う。

 今回は茂を深く描き込みましたね。
 茂の体の奥にある<芯>の様なものを描き出した。
 脚色はあるだろうが、実在の人物だけに茂の言葉は重みがある。


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勝間和代VS秋元康 仕事学のすすめ

2010年08月20日 | バラエティ・報道
 NHK教育テレビ「仕事学のすすめ」で勝間和代さんが秋元康さんと対談している。
 AKB48などヒットを連発している秋元さんから何とかヒットの秘訣やビジネスのヒントを引き出そうとする勝間さん。
 しかし秋元さんは手強い。
 たとえばマーケティング。
 秋元さんは「マーケティングをすることは結局既存の価値観に縛られることだ」と言う。
 マーケティングからは既にそこにあるものしか出て来ないからだ。
 それよりも秋元さんは「自分が面白いと思うことをやれ」と語る。
 分析→実現という勝間理論とは180度違う。

 対談としては、秋元さんについて行けてない勝間さんの図式が面白い。
 分析して何とか結論という枠にはめようとする勝間さんに対し、秋元さんはスルリとかわすのだ。
 そして鋭い。
 <もし勝間本を秋元康がプロデュースするとしたらどんな本を出すか>という問いに対し、秋元さんはこう答える。
 『勝間和代がゴルフに挑戦する本』。
 理由はこうだ。
 世の中にはスーパーウーマンである勝間さんに対し、<自分とは違う人>と考えている人が多い。
 だがそれらの人々も、やったことのないことに勝間さんがチャレンジして試行錯誤し、上手くなっていく過程を描けば、きっと役に立つし共感するだろうと言うのだ。
 これはすごい発想だ。
 勝間和代という存在の弱点・本質を的確についている。

 こんな本の提案もあった。
 『勝間和代の恋愛相談本』。
 二進法のコンピュータの様に黒か白かの結論を出していく勝間さん。
 だが恋愛は黒か白かが曖昧な実にファジーな世界。分析やノウハウが通用しない世界。
 これを勝間和代が切り取ったらきっと面白いものになると言うのだ。
 これも鋭い。
 やはり秋元さんはただ者ではない。

 最近テレビはこういうビジネスものが面白いな。
 テレビ東京の夜10時代のビジネスものなんかも結構楽しい。
 不況で閉塞感を感じ、視聴者はそれらを突破してくれる勢いのある人や実例を求めているのではないでしょうか。
 時代は変わりテレビも変わる。
 先程のマーケティングではないが今までと同じことをしていたら取り残される。


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