goo blog サービス終了のお知らせ 

平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

「バットマン」三部作を〝象徴〟という視点で読み解いてみた!

2025年08月20日 | 洋画
 クリストファー・ノーラン監督の『バットマン』3部作を観た。
『バットマン ビギンズ』
『ダークナイト』
『ダークナイト ライジング』

 この3部作に共通してあるのは〝象徴〟だ。

『バットマン ビギンズ』で描かれた象徴は〝恐怖〟だ。
 子供の頃のトラウマでコウモリを怖れているブルース・ウェイン(クリスチャン・ベール)。
 ブルースは〝恐怖〟の象徴として、コウモリの姿になる。
 コウモリがゴッサムシティの悪党たちに恐怖を与えると考えたからだ。
 すなわち『バットマン』の誕生だ。

 実際、コウモリの姿は悪党たちに恐怖を与えた。
 悪事を働けばバットマンが現われてコテンパンにされる。
 夜空に〝バットマン・マーク〟が灯る時、悪党たちは悪事を控える。

 原作の設定もそうなっているのだろうが、
 クリストファー・ノーラン監督は〝恐怖の象徴〟としてのバットマンを全面に押し出している。
 …………………………

『ダークナイト』で描かれた象徴は〝善と正義〟だ。
 コウモリの姿と恐怖で人を支配しようとするバットマンには〝闇〟のイメージがつきまとう。
 法律を無視して悪を裁くので警察からは敵視されている。
 バットマンは〝ダークヒーロー〟〝ダークナイト〟なのだ。

 そんな中、登場したのがゴッサムシティの検事ハービー・デント(アーロン・エッカート)。
 法で人を裁く正義の人だ。
〝闇〟のバットマンと対照的な〝光〟の存在と言ってもいい。

 ネタバレになるので詳細は書かないが、今作のラストでヒーローは交代する。
 闇のヒーロー・バットマンは退場し、光の存在のハービー・デントがゴッサムシティの希望になる。
 ハービー・デントを思い出す時、人々は〝善〟と〝正義〟を信じてみようと思う。
 自分もデントのような〝善〟〝正義〟の存在になろうと考える。

 バットマン/ブルース・ウェインはそれでいいと考えた。
〝闇〟と〝恐怖〟の象徴より、〝光〟と〝法と正義〟の象徴の方がずっといいからだ。
 こうしてバットマンは退場した。
 ……………………………

『ダークナイト ライジング』ではバットマンの復権が描かれて、
 バットマンがふたたび〝ゴッサムシティの悪と戦うヒーロー〟の象徴となる。

 これまたネタバレになるので詳細は書かないが、ラストは、バットマンの銅像の開幕式で終わる。
 銅像=象徴だ。
 人々は銅像を見るたびにバットマンを思い出す。
 人々にバットマンが刻まれ、その思いを継ぐもの=ロビンも出て来る。

 以上、〝象徴〟という切り口で『バットマン』3部作をまとめてみましたが、
 他にも
「影の同盟」といった心躍る設定、
 ジョーカー、キャットウーマンといった魅力的な人物、
 バットマンカーなどのメカニック、
 レイチェル(ケイテイ・ホームズ)とのロマンス
 掘り下げたいテーマ
 などが詰め込まれている。
 クリストファー・ノーラン監督、恐るべし。

 この他にも『バットマン』はさまざまな形で製作されているが、
 どうしてこんなに人を魅了するのだろう。
 おそらく人の数だけ『バットマン論』がある。


※関連動画
『バットマン ビギンズ』海外版予告編 
 冒頭ブルースが影の同盟で修行する所から始まる。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「教皇選挙」~教会におけるリベラルと保守の戦い。現実の縮図。最後に教皇になるのは誰か?

2025年08月06日 | 洋画
 映画「教皇選挙」
 そのタイトルどおり、ローマ教皇選出の選挙(コンクラーベ)を描いた作品だ。
 コンクラーベはダン・ブラウンの作品など、今までさまざまな映画で扱われて来たが、
 投票の仕方とか、教皇が決まらなかった時の煙の焚き方など、
 ディティールがしっかり描かれていて興味深かった。

 内容は〝リベラル〟と〝保守〟勢力の戦いだった。
 コンクラーベを取り仕切る主人公のローマ教皇庁首席枢機卿トマス・ローレンス(レイフ・ファインズ)は選挙を始めるにあたり、こんな説教をする。

「互いに寛容でなければ共に働き、成長することはできません」
「ユダヤ人と異邦人が混在するエペソで聖パウロは語りました。神からの賜物は多様性だと」
「多様性──すなわちさまざまな人や考え方があることが教会の強さなのです」
「確信──確信は人々の団結を阻み、寛容さを失わせます」
「キリストも最期に確信を失いました。〝神よ、なぜ私をお見捨てに?〟
 十字架の上で苦しみ、そう叫びました。
 われわれの信仰が生きたものであるのは、それが疑いと手を取り合って歩むからです」
「もし確信だけがあり疑いがなければ、そこに神秘はなく信仰の意義もなくなります」
「疑いを持つ教皇を神が与えますように。罪を犯してもなおも歩み続ける教皇を」

 このローレンス枢機卿の発言は〝キリスト教の権威や絶対性〟を否定する踏み込んだ発言だ。
 他の宗教や同性愛を認める発言であり、〝リベラル〟の発言でもある。

 この発言は波紋を呼び、保守派の教皇候補テデスコ枢機卿(セルジオ・カステリット)は反発する。

 結果、教皇選挙はリベラル対保守の対立になる。
 デデスコ枢機卿は
「亡くなった前教皇以来、今の教会はリベラル方向に行き過ぎている」
「黒人が教皇候補になり、皆がラテン語を話さなくなった」
 と嘆き、憤っている。
 リベラル派は
「デデスコが教皇になったら教会は50年前に戻ってしまう」
 と考えてリベラル票のとりまとめをおこなう。

 結果、教皇選挙は混沌とし、折しもテロ事件が起こる。
 デデスコ枢機卿は
「教会が寛容になり、皆が神を怖れず自由になったからこんな事件が起こるのだ」
「教会による秩序を取り戻そう」
 と保守派の正しさを主張する。

 教皇選挙も〝政治〟なんですね。
 枢機卿の中には教皇になるために買収行為をおこなう者も出て来る。
 ある者は、脛に傷を持つ枢機卿候補者の過去のスキャンダルを暴いてライバルを蹴落とそうとする。
 完全なドロドロの政治の世界。

 そんな時にひとりの枢機卿が現われて、こんなことを問いかける。

「今、あなたたちがやっていることは信仰なのか?」
「権力闘争、票集め、買収、スキャンダル暴き──こんなことをしていていいのか?」

 この枢機卿は世界の悲惨な地域で働いて来て、世界には救いを求めている人がたくさんいることを知っているんですね。
 物語はここから大きく展開して、最後にもうひとつ大どんでん返しがある。
 このどんでん返しは何を意味するのだろう?
 神がつくった人間が不完全だったこと=神の否定?
 中世なら悪魔とされた異質を容認した教会の革新?

 映画「教皇選挙」
 いろいろ考えさせられる作品だった。
 特に冒頭で紹介したローレンス枢機卿の言葉は深く考えてみたい。

「多様性──すなわちさまざまな人や考え方があることが教会の強さなのです」
「確信──確信は人々の団結を阻み、寛容さを失わせます」


※関連動画
 映画「教皇選挙」予告編(YouTube)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ソウルの春」~韓国で実際におこったクーデター事件を題材にした一級エンターテインメント作品!

2025年06月11日 | 洋画
 amazonプライムで映画『ソウルの春』を観た。
 実際におこった1979年の朴正煕大統領が暗殺された10・26事件、全斗煥の粛軍クーデターまでを題材にした作品だ。
 フィクションなので多少の脚色がなされている。
 たとえば、こんな名前の改変。
・全斗煥→全斗光(チョン・ドゥグァン/演ファン・ジンミン)
・張泰玩→李泰臣(イ・テシン/演チョン・ウソン)
・盧泰愚→盧泰健(ノ・テゴン/演パク・ヘジュン)

 いやあ、面白かった!
 当初はクーデターを企てた全斗光が劣勢。逮捕直前。
 ところが大逆転。
 しかし、それに徹底抗戦する首都警備司令官・李泰臣(主人公)。
 息もつかせぬハラハラドキドキ!
・クーデター阻止のために軍を動かしたら北朝鮮が侵攻して来る!
・このままでは内戦になる!
・漢江の橋封鎖!
・主人公・李泰臣が率いる部隊は戦車4台を有するが、わすか104名!
 重い現実を描きながら、しっかりエンタテインメントしている。

 昨年末、韓国ではクーデター未遂事件があって「先進国でクーデター?」と思ったが、1979年にこういう現実があったんですね。
 6月3日の大統領選挙では投票率79.4%だったが、こういう歴史があるから皆、投票に行くんですね。
 ………………………………

 さて、保安司令官チョン・ドゥガン(全斗光)のクーデターの過程は次のようなものだ。

・政敵であり上司である参謀総長チョン・サンホ(鄭祥鎬)を逮捕。
 容疑は大統領暗殺に関わったとする共謀罪。
 もちろんでっちあげ。
・軍のOB会や派閥であるハナ会に根まわし。
 クーデターの際の味方になってもらう。
・抵抗の可能性のある主人公・李泰臣、特殊戦司令官、憲兵監の3人を夕食に招き、実質拘束。
 配下の部隊に命令を出せないようにする。
・合法的にクーデターをおこなうために参謀総長の逮捕の裁可を新大統領に迫る。

 しかし計画はシナリオどおりに進まない。

・李泰臣らは夕食の場から脱出。配下の部隊に司令を出す。
・新大統領は「簡単に裁可を下すことはできない」「国防長官の裁可をもらって来い」とツッパねる。
・軍もすべてがチョン・ドゥガンに従わない。
・シナリオどおり行かないことでOB会やハナ会のメンバーが動揺し始める。

 果たしてクーデターは成功するのか?
 結果はネタバレになるので書かないが、これが映画『タクシー運転手』の「光州事件」に繋がる。

 最後にクーデター首謀者チョン・ドゥガンと主人公イ・テシンのせりふを紹介します。

・チョン・ドゥガン
「人間という動物は強い者に導かれたいと願っている」
「失敗すれば反逆罪、成功すれば革命だ!」

・イ・テシン
「国を反乱軍に渡すというのか!?
 私の肩書きは何だ? 首都警備司令官がソウルを見捨てろというのか!?
 わが祖国が反乱軍の手によって滅びつつあるのに最後まで戦わないのか!?
 国家権力の簒奪──やつらの行為を黙認するのは大韓民国の軍人として許すことはできない。
 今夜ソウルはわが部隊が守る!」


※関連動画
 映画『ソウルの春』予告編(YouTube)

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「マトリックス レボリューションズ」~救世主の役割はソースに戻り、保持コードを撒き、初期プログラムを書き込むことだ

2025年04月30日 | 洋画
 映画『マトリックス』の最終話「レボリューションズ」。

 ここではネオ(キアヌ・リーブス)という存在が深掘りされる。
 第1作では、ネオはマトリックスの支配に反抗する人間たちの救世主、AIにしてみればプログラムのバグだと思われていたのだが、実は違っていたのだ。
 何とネオはマトリックスのプログラムの一部だった!
 マトリックスの設計者のアーキテクトは語る。
「救世主の役割はソースに戻り、保持コードを撒き、初期プログラムを書き込むことだ」

 つまりネオはシステムを壊す存在ではなく、人間の反乱を制御するためのプログラムだったのだ。
 時系列で具体的に言うと──
1.人類の一部がマトリックスに違和感を覚え、目覚め始める(バグ)。
2.人間の反乱は予定されたイベント。
3.そこへプログラムされた救世主が登場。その不安定さを吸収する。
4.最後は救世主がソースに戻り、マトリックスをリセットする。
 そして新しいサイクル(第7のマトリックス)が始まる。

 与えられた役割を知ってネオは戸惑う。
 自分は自分の意思で救世主になったのではなかったのか?
 自分の戦いはあらかじめ設定されたプログラムだったのか?
 自分に自由意思はあるのか?

 ここでネオはふたたび選択を迫られる。
 つまり、
・プログラムに従ってソースに戻り、マトリックスをリセットするのか?
・マトリックスに反抗し、人間として戦うのか? 

 ただし、それぞれの選択にはリスクがある。
 前者を選べば、愛するトリニティが死んでしまう。
 後者を選べば、マトリックスが崩壊して繋がれている人間が死んでしまう。
 
 さてネオはどちらを選ぶのか?
 ひとりの人間の救済を選ぶのか? 人類の救済を選ぶのか?



 以下、ネタバレ……………………………………………………



 結局、ネオは後者を選ぶ。
 人類の救済ではなく、ひとりの人間の救済を選ぶなどアーキテクトにとってはあり得ない選択だ。
 この結果、何が起こったのか?
 エージェント・スミスの制御不能なウイルス化だ。
 スミスはどんどん増殖してマトリックスのプログラムを侵食していく。
 これはマトリックスにとっても脅威だ。
 スミスがこのまま増殖していけばマトリックスはスミス一色になってしまう。

 そこでネオとマトリックスの共闘が始まる。
 人間(ネオ)とAI(マトリックス)が手を携えて増殖するエージェント・スミスと戦う。

 なるほど~、こう来たか。
 人間とAIの共闘と話し合い。
 新たな未来が見えて来た所で「マトリックス」三部作は終わる。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「マトリックス」~管理か?自由か? 架空世界の楽園か?厳しい現実か?

2025年04月25日 | 洋画
 映画「マトリクス」3部作を再見した。

 われわれが生きている世界はAIが作りだしたヴァーチャルレアリティの世界。
 われわれが見て感じている世界はAIが作りだした仮想世界。

 これは画期的な設定でしたよね。
 はじめて「マトリクス」を観た時、本当に驚いた。
 主人公たちがいる世界は1991年だが、実はこれは仮想世界。
 現実は核で汚染され、AIが支配する2199年の不毛世界。

 なぜそうなったかと言うと、AIが人間について次のように考えたから。
・人間は環境を考えず繁殖する。
・人間は資源を食い尽くして繁殖する。
・人間は地球にはびこるウイルス、病原菌だ。
・われわれAIはその治療薬だ。
 つまり人間は害悪だから「仮想世界の中で生活させて管理してしまおう」ってわけだ。
 ……………………………………………

 さて、ここでAIの支配に反抗する人間たちが出て来る。
・モーフィアス(ローレンス・フィッシュバーン)
・トリニティ(キャリー=アン・モス)
 といった人物だ。
 彼らは現実を知って、「人間はマトリックスから解放されて自由に生きるべきだ」と考える。
 現実を知った人間たちが集まる「ザイオン」を拠点にしてAIに対して戦いを挑む。
 その戦いの救世主と目されているのが、〝ミスター・アンダーソン〟ことネオ(キアヌ・リーブス)だ。

 AIにとって、彼らはプログラムを阻害する「バグ」なんですよね。
 だから排除して修正しようとする。
 だからエージェント・スミス(ヒューゴ・ウィーヴィング)を派遣する。

 そして、この現実を知った主人公は選択を迫られる。
・マトリクスの世界でトーマス・アンダーソンとして安楽に生きるか?
・厳しい現実と戦い救世主ネオとして生きるかの?
 これが「赤い錠剤」と「青い錠剤」の選択だ。

 第1作「マトリックス」では主人公が葛藤の末、〝ネオ〟を選択する所で終わる。
 ………………………………………………

 さて、ここで考えたい。
「マトリックス」はアクション映画としてとんでもなく面白い作品なのだが、
 それで終わらせずにいろいろ考えたい。

 まずはAIは主張している人間観。
「人間は地球にはびこるウイルス、病原菌だ」
 確かにそうなんですよね。
 聞いてあまり面白くないことだが、AIの主張は当たっている。

 一方、支配から脱して自由を求めるモーフィアスたちの主張。
 モーフィアスたちの主張は一理あるんだけれど、
「マトリックスの仮想世界に生きた方が楽しいよね」とか
「戦いで命を落とすかもしれない現実に生きるのはきついよね」とか
「自由は地球を消費して汚染することに繋がるからどうなんだろう?」とか
「そもそも人は何らかの幻想の中に生きているから仮想世界に生きているのと同じ」とか
 考えてしまう。

 管理か? 自由か?
 空想世界の楽園か? 厳しい現実か?

 トーマス・アンダーソンは後者の道を選んで〝ネオ〟になったわけだが、
 映画やドラマやアニメや小説に浸っていたい僕としては前者にすごく魅かれる。

 さて皆さんはどちらを選択しますか?


※追記
 第2作「リローデッド」では第1作の世界観を深掘りしているので後日書きます。

※追記
 同じテーマを「攻殻機動隊」シーズン1・12話で描いている。
 関連記事
「攻殻機動隊~映画監督の夢」(本ブログ)

※追記
「進撃の巨人」も同じテーマを描いていますよね。
 壁の世界に安住するか? 壁の外に出て戦って自由を求めるか?

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「インターステラー」~五次元・相対性理論・重力・ブラックホールなど現代物理学が集約された作品!

2025年04月02日 | 洋画
 映画「インターステラー」はすごい作品だ。
 何しろ
・ブラックホール
・重力による時空の歪み
・相対性理論
・五次元空間
 といったテーマを映像で表現し、物語に昇華しているのだから。

 物語の舞台は環境悪化で人間が住めなくなった近未来の地球。
 人類は種として生き延びるためにふたつのプランを計画している。
・プランA:重力理論を解明し、人類全体を宇宙へ移住させる。
      具体的には巨大なコロニーを造ること、もしくは移住できる惑星に移動すること。
・プランB:移住できる惑星に受精卵を持ち込み、新しい人類を作る。

 このプランが生まれた背景には謎の存在によって、木星の近くに「ワームホール」が作られたことがある。
 このワームホールを通り抜ければ別の銀河に行けるのだ。
 現在、人類が生存できる可能性のある惑星は3つある。
 主人公の元宇宙飛行士クーパー(マシュー・マコノヒー)は仲間と共にワームホールを通って
 3つの星の探査に向かう。

 しかし現実は甘くない。
 クーパーたちは最初の星、二番目の星が生存に適さないことを知る。
 プランAを実行するための「重力理論の解明」が地球で頓挫していることを知る。
 絶望の中、クーパーは三番目の惑星に向かい、プランBを実行しようとするが、
 あるトラブルが起きてブラックホール「ガルガンチュア」に呑み込まれてしまう……。
 …………………………………………………

 これ以上書くとネタバレになってしまうので詳しく書きませんが、
 この後、上記の問題を一気に解決する出来事が起きます!
 重力の問題を解決して人類は宇宙に飛び出します!
 前半のクーパーの家で起こったポルターガイスト現象の伏線も回収されます!

 どう解決されるかは作品をぜひ見ていただきたいのですが、ともかくお見事!
 とはいえ実はここが今作の難解な部分でもある。
 以下、映画「インターステラー」を理解するために必要な物理学的なことを列挙しておきます。
 文系の理解なので間違っているかもしれませんが……。

①相対性理論
 ブラックホール・ガルガンチュアの近くにある一番目の星ではその影響を受けて重力が強い。
 この星では「1時間が地球の約7年に相当」する。

②ワームホール(Wormhole)
 宇宙空間の異なる2点をトンネルのように結ぶ仮説上の構造。
・通常の宇宙旅行 → A地点からB地点まで移動するには、何十年・何百年もかかる。
・ ワームホール → A地点とB地点の時空を折りたたみ、トンネルを通って一瞬で移動。
 これを2次元的に例えると、
 紙に点Aと点Bを描いて端と端を結ぶように折りたたむと、点Aと点Bが直接つながる。

③回転ブラックホール(カーブ・ブラックホール)
 本作で登場するガルガンチュアは古い巨大なブラックホール。
 ほぼ光速で自転しているため、周囲の時空を大きく歪める。
 結果、一般的なブラックホールとは違う特殊な現象が起こる。
 体がマヨネーズのようにならない。

④五次元空間
 クーパーが入り込んだ「テサラクト」とは五次元空間。
 過去・現在・未来を自由に移動したり見渡したりすることができる。
 ちなみに次元の説明をすると──
・一次元(1D):線(長さだけ)
・二次元(2D):平面(長さ+幅)
・三次元(3D):立体(長さ+幅+高さ)
・四次元(4D):三次元に「時間」を加えたもの(時間は過去→未来へ流れる)
・五次元(5D):時間を自由に移動できる空間

⑤重力は次元を突破できる。
 つまりクーパーが娘マーフィに送ったモールス信号はこれ。

 今作で映像化されたワームホールやブラックホールの内部は物理学的根拠で作成されたものらしい。
 これだけでも見る価値があると思います。
 

※関連動画
 映画「インターステラー」特別予告(YouTube)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「関心領域」~アウシュビッツ収容所の隣で幸せに暮らす家族がいた

2025年03月14日 | 洋画
 アウシュビッツ強制収容所の隣りに住む家族の物語である。
 家族は、アウシュビッツの所長ルドルフ・ヘス一家。
 ※ナチス副総裁ルドルフ・ヘスとは別の人物。

 彼らは塀の向こうのアウシュビッツでおこなわれていることに関心がない。
 塀の向こうから聞えて来る叫び声や銃声はただの音でしかない。
 塀の向こうから立ち上る煙は光景のひとつでしかない。

 彼らが関心があるのは「庭造り」や「誕生日」や「水遊び」のことだ。
 夫人のヘートヴィヒはアウシュビッツの女性収容者が来ていた服を自分のものにして
 何の心の痛みもない。
 歯磨き粉の中にダイヤモンドを隠しているのを発見して、
「ユダヤの女は頭がいいからねえ」
 などと話している。
 これらのことが当たり前になって、彼らの心は完全に麻痺しているのだ。
 無関心であれば、どんな悲惨なことがおこなわれていても平気でいられるのだ。

 そんな中、当たり前になっていない人もいる。
 遊びに来たヘートヴィヒ夫人の母だ。
 彼女は当初「きれいな部屋ね」「素敵な庭ね」と心地よく過ごすが、
 次第に塀の向こうから聞えて来る叫び声や銃声が気になって、自分の家に戻る。

 塀の向こう側に関心を抱く人もいる。
 ポーランド人の使用人マルタだ。
 塀の向こうに関心を持ったマルタは収容されている人たちのために
 リンゴやジャガイモを運び入れる。

 後半ルドルフ・ヘスが胃の病気になるのは何を意味するのだろう?
 アウシュビッツの悲惨が日常の業務・仕事になっているヘスだが、
 やはり少しずつ彼の心を蝕んでいたのか?
 劇中たびたび流れる不気味な音楽。
 これはおそらくガス室で死んでいった収容者たちの心の叫び。
 ヘスの中ではこの不気味な音楽が常に流れていたに違いない。
 それがヘスの心を蝕んだ。

 ラスト、博物館となった現在のアウシュビッツを職員たちが掃除するシーンを挿入される。
 これは何を意味するのだろう?
 淡々と掃除をする職員たちはおそらく何も感じていない。
 ヘスと同じように日常業務・仕事になっている。
 彼らはある意味、ヘス一家と同じなのだ。

 このことは見ている観客にも突きつけられる。
 われわれ観客はこの作品を見て何かを感じたとしても日常生活の中ですぐに忘れてしまう。
 アウシュビッツは「関心領域」ではなくなってしまう。
 まあ、それは、ある程度、仕方のないことでもあるのだが……。

 関心と無関心。
 慣れと麻痺。
 関心領域を拡げていこう。
 世の中には悲惨が山のようにある。
 この作品はこんなことを考えさせてくれる作品である。


※追記
 この作品、2024年のアカデミー賞 国債長編映画賞、カンヌ映画祭グランプリなどを受賞した。

※関連動画
「関心領域」特別映像(YouTube)
 あなたと彼らの違いは? と問いかけている。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「オッペンハイマー」を見たので量子力学について考えてみた~すべてのものは陽子・中性子・電子でできている

2025年02月14日 | 洋画
 映画『オッペンハイマー』を見たので「量子力学」の話を文系レベルでやってみる。

 爆弾には3つのコンセプトがある。
・一般的な爆弾~化学反応でエネルギーを放出するもの。
・原子爆弾  ~核分裂(Fission)でエネルギーを放出するもの。
・水素爆弾  ~核融合(Fusion)でエネルギーを放出するもの。

 一般的な爆弾は「古典力学の世界」「元素の世界」だ。
 たとえば黒色火薬。
 硝酸カリウム(硝石)75%、硫黄10%、木炭15%を混合物で、
 これらの元素が化学反応することで爆発が起きる。
 ……………………………………

 原子爆弾、水素爆弾は「量子力学」「原子」の世界だ。
 原子は「陽子」「中性子」「電子」で構成されている。

 有名なのは以下の「ボーアの原子模型」だ。

 

 陽子と中性子のかたまり(原子核)のまわりを電子がまわっている。
 陽子はプラス電荷で電子はマイナス電荷なので、磁石の仕組みで陽子と電子で反発し合っているのだ。
 より具体的に描くと──

 


 さて、ここで原子爆弾。
 一般的な物理学では、原子核は硬く、化学反応は起きないとされてきた。
 だが、映画『オッペンハイマー』でも描写があったが、それが可能になった。

 ウラン238は陽子・中性子の結合の硬い原子だ。
 一方「ウラン235」は中性子が3つ足りない「不安定」な原子だ。
 この「ウラン235」に中性子をぶつけると、ウラン236になり、ふたつに割れる。
 ふたつに割れた結果、「バリウム144」と「クリプトン89」と「2個の中性子」となる。
 これが「核分裂反応」でその際に莫大なエネルギーが発生する。
 これが原子爆弾だ。

 原子爆弾の怖ろしさは他にもある。
 分裂して発生した2個の中性子がさらにぶつかり、核分裂がさらに起きるのだ(連鎖反応)。
 この連鎖反応で原子爆弾はさらに大きなエネルギーを出してしまう。

 そして、連鎖反応はこれだけでは収まらない可能性を秘めていた。
 大気中の窒素との連鎖反応だ。
 映画『オッペンハイマー』では、窒素との連鎖反応が起きて地球上を覆い尽くすという計算が出てオッペンハイマーがアインシュタインに意見を求めにいくというシーンがあったが、もしその計算が正しかったら世界は滅亡していた。
 ………………………………………………

 そして水素爆弾。
 水爆は「核分裂」ではなく「核融合」の理論で作られる。

 HP HP2 HP3という質量数(中性子の数)が違う元素(同位体=アイソトープ)を融合させて核分裂をはるかに上まわる爆弾をつくろうとしたのだ。
 ※HP~水素の元素原子番号。

 これにはオッペンハイマーは反対した。
 これ以上、人類に破滅をもたらす兵器をつくってはならないと考えた。
 一方、原子力委員会のルイス・ストローズはソ連に対する優位性という政治的理由から水爆を推進。
 反対するオッペンハイマーを排除しようとする。
 映画『オッペンハイマー』でオッペンハイマーのパートが「FISSION」と表示され、ストローズのパートが「FUSION」と表示されたのは、このためだ。
 ………………………………………

 原子爆弾の愚かさについては言うまでもないが、「量子力学」は面白いし、否定されるべきものではない。

 ここからは文系の感想になってしまうが、
・目に見えない、とんでもなく小さなものに膨大なエネルギーが宿っているってすごい!
・世界のあらゆるものが、陽子・中性子・電子でできていると考えたら世界が違って見えて来る!
 ※厳密に言えば、上記を構成している素粒子なのですが。
・それはわれわれ人間も!
 人間も、陽子・中性子・電子のかたまり。
 死ねば、それらに戻るだけ。
 エネルギー不変の法則で消滅することはない。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「オッペンハイマー」~プロメテウスは神から火を盗み、人間に与えた。そのため彼は岩に繋がれ永遠に拷問を受けた

2025年01月29日 | 洋画
「プロメテウスは神から火を盗み、人間に与えた。そのため彼は岩に繋がれ永遠に拷問を受けた」

『マンハッタン計画』
 原爆を造ったJ・ロバート・オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)の話である。
 オッペンハイマーはユダヤ人だったこともあり、ナチスとの戦争を終わらせるために原子爆弾の製造に手を貸した。
 ナチスも原子爆弾の製造に着手していたから先に開発されたら、連合国に使われる可能性もあった。
 だが原爆完成前にナチスは敗北。
 製造された原子爆弾は日本に使われることになる。

 ここからオッペンハイマーは苦しみ始める。
 原爆を造ったことは是だったのか?
 アインシュタイン(トム・コンティ)は反対した。
 人類が途方もない力を持つことになるからだ。

 オッペンハイマーは政治に翻弄されるようになる。
 第二次世界大戦後は東西冷戦の始まり。
 レッドパージの時代。
 オッペンハイマーは共産主義の妻、恋人、友人がいたため、ソ連に通じているのではないかと疑われる。
 ソ連も原子爆弾を開発したので、アメリカ政府は「オッペンハイマーが原爆の製造方法やデータをソ連に流したのではないか」と疑ったのだ。
 実際、友人の中にはソ連のスパイがいた。

 その後、東西冷戦は本格化。
 米ソは原子爆弾を競って製造するようになる。
 プロメテウスがもたらした火はあっという間に世界中に広まってしまったのだ。

 この状況にオッペンハイマーは唖然とし、自分にこう言い聞かせる。
「人類を滅ぼす力だから、使用されることはない。逆に戦争の抑止力になる」
 同時にこう主張する。
「核兵器に関する国際的なルールをつくろう」
「各国が保有する核兵器の数を決めよう」

 だが政治は止らない。
 原子力委員会のルイス・ストローズ(ロバート・ダウニー・Jr.)はソ連より優位に立つため、
 さらなる軍拡と水爆の製造に着手する。
 そのため軍縮・水爆製造に反対するオッペンハイマーが邪魔になっていく。
 オッペンハイマーを排除するために過去の交友関係をほじくり返し、
「オッペンハイマーはソ連のスパイだ」
「ソ連に情報を流している」
 と告発する。
 ………………………………………………

 政治に翻弄される科学者の話である。

 プロメテウスがもたらした火が世界に拡散し、
 プロメテウスが岩に繋がれたように人類が身動きとれなくなった話である。
 常に核の脅威にさらされているという点で、人類は拷問を受けている、と言ってもいいかもしれない。

 作品はともかくせりふの嵐。
 全編しゃべりまくりで、そのせりふの量に圧倒される。

 原爆製造の理論や過程、レッドパージ時代のアメリカの状況も詳細に描かれていて学びになる。
 戦前、戦争中にはアメリカにも結構、共産主義者がいたんだな。

 原子爆弾を通して描かれた第二次大戦後のアメリカ。
 これを押さえることで現在が見えて来る。
『オッペンハイマー』は現代人必見の作品だ。


※関連動画
 【本予告】『オッペンハイマー』(YouTube)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「シビル・ウォー」~かくして少女は戦場カメラマンになり、彼女は戦場カメラマンでなくなった

2024年12月20日 | 洋画
 映画「シビル・ウォー」
 もしアメリカで内戦が起こったら? という作品である。

 舞台は近未来のアメリカ。
 憲法で禁じられているはずの3期目に突入し、FBIを解散させるなどの暴挙に及んだ大統領に反発し、19の州が分離独立を表明、内戦が勃発。
 テキサス・カリフォルニアが連合する「西部勢力(WF〈Western Forces〉)」と、フロリダ~オクラホマにかけて広がる「フロリダ同盟」は2つ星の星条旗を掲げ政府軍を次々と撃退。
 ワシントンD.C.に迫り、首都陥落は時間の問題。

 先日、韓国で非常戒厳が発動され、失敗に終わったが、
 もし成功していたら独裁政権の樹立、あるいは内戦になっていた可能性がある。
 それはシリアでも同じ。
 アサド大統領が亡命せず、戦い続けていたら内戦になっていたかもしれない。
 あるいは来年、大統領になるトランプ氏。
 トランプ氏があまりにも強権を振るえば内戦になるかも?
 というわけで、この作品、なかなかリアリティがある。

 さて、ここからが本題。
 以下、ネタバレ。


 ……………………………………

 この作品の本質は「内戦」を描くことではない。
「戦場カメラマン(ジャーナリスト)」を描くことにある。

 すなわち
・戦場カメラマンになる少女
・戦場カメラマンでなくなる女性
 の物語だ。

 ジェシー(ケイリー・スピーニー)は新人だ。
 戦場カメラマン、リー・スミス(キルティン・ダンスト)に憧れて、同行する。
 だが新人だから危なっかしい。
 無闇に飛び出さないように記者のジョエル(ヴァグネル・モウラ)にしばしば背中を掴まれる。
 死体でいっぱいの穴に落とされて吐いたりする。
 だがジェシーは若くて柔軟だ。
 スポンジが液体を吸い込むように戦場でのふるまい方を吸収していく。
 彼女は次第に一人前になっていく。

 一方、ベテラン戦場カメラマンのリー・スミス。
 リーはジェシーに「目の前で仲間が殺されても平然と写真を撮れるようになれ」と教える。
 だが、師であるサミー(スティーヴン・ヘンダーソン)が命を落とすことによって変貌する。
 弾丸が飛び交う戦場を怖れるようになる。
 戦場カメラマンとしての勘やセンスは残っているが、恐怖は拭えない。
 そして──
 飛び出したジェシーが撃たれそうになった時、リーはジェシーの盾になって命を落とす。
 リーはすでに戦場カメラマンではなくなっていたのだ。
 以前のリーならジェシーが撃たれる写真を平然と撮っていただろう。

 この作品、リーが撃たれた後がすごい。
 自分の代わりに撃たれたのにジェシーは何の感傷もなく、死んだリーを置き去りにし、
 スクープ写真を撮るために突っ込んでいく。
 リーの友人であるのに記者のジョエルも悲しむことなく、ジェシーと共に突っ込んでいく。

 これが戦場カメラマンなのだ。
 いちいち感傷に浸っていてはやっていけない。
 スクープ写真を撮るために心をダイヤモンドのように硬くする。 

 これが人として正しいのかどうかはわからない。
 幸せなのかもわからない。
 敢えてジェシーの立場で言えば、戦場は非日常空間なので日常の感覚ではやっていけないのだろう。
 日常の感覚を抱いた時点で殺されてしまう。

 この作品の後半30分はものすごくドライだ。
 リーを放置したジェシーを是とするか、身代わりになったリーを是とするか、
 これらの判断は観る者に委ねられる。

 ここが今作のすごい所だ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする