平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

映画音楽で映画を語ろう!~「マンマ・ミーア!」 踊れば、あなたはいつくになっても17歳、ダンシングクィーンなのだ!

2020年08月14日 | 洋画
 僕が通っているスポーツジムのW先生はダンスのレッスンの終わりにこの曲をかける。
 僕たちはこの曲を踊る!

 ABA 「Dancing Queen」

♪ You are the Dancing Queen.
 young and sweet, only seventeen.

 あなたはダンシングクィーン!
 若くて可愛くて、まだ17歳!

 You can dance. You can jive.
 having the time of your life.

 踊って、スウイングして
 人生を楽しもう!

 See that girl. Watch that scene.
 digging the Dancing Queen.

 あの子を見ろよ、踊ってる姿を見ろよ
 彼女はダンシングクィーンだ!   ♪
 ………

 いいですよね、このメッセージ。
 年配の女性が集まるダンスのレッスンで、この曲を使用するW先生のセンスが素晴らしい。
 なので、W先生のダンスのレッスンは僕を含めて、みんな笑顔になる!

 さて、この曲を使ったミュージカル映画がある。

 映画『マンマ・ミーア!』

 

 中年女性のメリル・ストリーブ、ジュリー・ウォルターズ、クリスティン・バランスキーが「ダンシング・クィーン」を歌い踊るシーンは圧巻。

 すっかりおばさんモードになってしまったドナ(メリル・ストリーブ)に友人たちが挑発するのだ。
「何言ってるのよ、わたしたちはまだ若いのよ!」
「躍って、恋をして人生を楽しみましょう!」
「あなたはダンシングクィーンなのよ!」
 これに触発されて、ベッドの上で飛び跳ねてはしゃぎ、踊り出すドナ。

 これをイタいと言うなかれ。
 いや、他人の目なんか気にするのはつまらない。
 人生は楽しんだもの勝ちなのだ。

 こんなメッセージが伝わってくる。

 僕は「マンマ・ミーア!」のこのシーンを見るたびに前向きに生きる元気をもらっています。

 それでは聴いて下さい!

 Mamma Mia! (2008) - Dancing Queen (YouTube)

 歌詞を知りたい方はこちら
 Dancing Queen【訳詞付】- ABBA (YouTube)
 
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ポール・ニューマンは素晴らしい!~風格・愛嬌・笑顔・凄み・シャイが混在する見事な演技!(動画あり)

2020年07月29日 | 洋画
 ポール・ニューマンをトリビュートした動画を見つけました!

 ポール・ニューマンって、目がセクシーなんですよね。
 目尻が下がってて、眼光鋭い演技をしていても、どこか愛嬌ややさしさがある。

 

 目にやさしさがあるから笑顔も素晴らしい!
 ニヤリと笑っても

 

 爆笑しても

 

 絵になる!

 

 動画では、ポール・ニューマンの目の演技を散りばめ、ニヤリ笑い→微笑み→爆笑と展開している。
 この動画の作成者さん、わかってるなあ。

 上の4つの画像は映画「スティング」のポール・ニューマン。
 こんな葉巻の似合う役者さんはいない。
 ポール・ニューマンが演じた詐欺師ヘンリー・ゴンドーフは僕の記憶に残る『カッコいい男』のひとりです。

 それではポール・ニューマンの演技をご堪能下さい!

 Paul Newman: Raindrops keep fallin' on my head.(YouTube)

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映画音楽で映画を語ろう!~「雨に唄えば」 恋がかなえば、雨にぬれることも楽しい!

2020年07月25日 | 洋画
 雨の日なのでこれだ!

『雨に唄えば』(1952)

 昔はDVDやビデオがなくて、こういう作品はミニシアターで観るしかなかった。
 だから『ぴあ』で上映されることを確認すると、必ず観に行った。
 繰り返し、観られるわけじゃないから、一瞬も見逃すまいと真剣勝負で観ていた。

 そんな昔と現在はどちらか豊かなんだろう?
 いつでも気軽に作品とアクセス出来るのは素晴らしいが、
 かつてのような真剣さやワクワクがない。
 いつでも会える彼女と一期一会の彼女だったら、いっしょに過ごす時間の濃密度は全然違うように。
 今では大阪へは新幹線で簡単に行けるが、かつては東海道を歩いてた。
 でも、東海道をテクテク歩いてた方が、まわりの景色や土地の風物を確認できて楽しいんじゃないかな?
 広く浅くよりは、狭くディープに。
 次から次へと新しいものを消費するのが現代なんだろうけど、
 自分の心にしっかり刻まれる『雨に唄えば』のような作品は少なくなる。
 …………

 

 さて、『雨に唄えば』

 別に分析する必要はなくて、単純にジーン・ケリーのダンスを愉しめばいいとは思うんですけど、
 敢えて書くと、
 このシーンの斬新な所は〝音〟にある。
 今までのミュージカル映画のタップシーンと言えば、足を踏み鳴らすのタップの音。
 でも、このシーンは違う。
 ちゃぷちゃぷ、バチャバチャ、ちゃっ、ちゃちゃちゃちゃ──
 タップを踏むたびに靴と雨の音が入ってくる。
 傘で壁をジーッと擦る音もある。
 これが耳に楽しいんだよなあ。

 あとは、『雨に濡れることが楽しい!』という価値観の転換。
 作品を観ていない方のために説明すると、
 このシーン、好きな女性との恋愛がかなって大喜びするシーン!
 恋がかなえば、雨に濡れることすら楽しいんですよね。
 雨が主人公のドンを祝福しているようにも思える。

 最後はジーン・ケリーのダンス。
 当時言われていた評価は──
『ジーン・ケリーのダンスは体育の先生みたいで、フレッド・アステアのような優雅さに欠ける』
 というものだったが、確かにやわらかさがなくて、体操のような感じはある。
 でも、型にはまらない変幻自在さ&ジーン・ケリーの笑顔がこのダンスシーンを映画史に残るものにしている。

 それでは聴いて下さい!
 
「Singin' in the Rain (雨に唄えば , Singin' in the Rain Theme song)」(YouTube)

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映画音楽で映画を語ろう!~「明日に向かって撃て!」 雨にぬれても俺は負けない。もうすぐ幸せな日がやって来るのだから

2020年06月29日 | 洋画
 1960年代後半から70年代にかけて『アメリカン・ニューシネマ』という作品群が登場した。
『俺たちに明日はない』
『イージー・ライダー』
『真夜中のカウボーイ』
『明日に向かって撃て!』

 この時代、ベトナム戦争が泥沼化して、アメリカなるものに若者が疑問を持ち始めたんですよね。
「あれ? 俺たちの信じていたアメリカがおかしいぞ」
「あたしたち、国家やアメリカなんて信じない。夫や恋人を戦争になんか行かせない」
「ヒーロー? 勧善懲悪? 夢のような恋愛物語? 何だ、それ? 現実は全然違うじゃん!」
 それが反戦運動、ヒッピー文化、ドラッグカルチャーに発展した。
『アメリカン・ニューシネマ』も生まれた。

 その作品群の内容は──
 反体制的で、刹那的で、性や精神の解放を謳い、最終的には体制側に圧殺される。
 …………

 さて『明日に向かって撃て!』
 アメリカン・ニューシネマが西部劇を描いたらどうなるか?

 

 ううっ、ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、カッコいい!

 でも、本編の彼らはぜんぜんカッコ良くないんですよね。
 列車強盗をするが、爆薬の量を間違えて大爆発! 紙幣があたりに飛び散る!(笑)
 メキシコで銀行強盗をするが、スペイン語をしゃべれないので紙に書いたメモを読んでカネを要求する!(笑)

 ここには、ジョン・ウェインのような強くてたくましい西部劇のヒーローはいない。
 ジョン・ウエインはアメリカの象徴だが、この作品は否定している。

 おまけに、ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードが演じるブッチ・キャシディとサンダンス・キッドは保安官から追われている。
 彼らは逃げ、アメリカに居場所がなくなり、国境を越えて南米ボリビアに向かう。
 アメリカに居場所がない、というのも象徴的だ。

 そして彼らは『自転車』に乗る。

 

 西部劇の主人公なのに馬ではなく、自転車に乗る。
 これも何と象徴的だろう。

 この自転車シーンの時に流れるB.J.トーマスの『雨に濡れても』が泣ける。

♪ 雨が頭の上に落ちて来る(Raindrops Keep Fallin' On My Head)
 何もかも上手くいかない気がするよ
 だから太陽に言ってやったんだ
 寝てないで仕事しろ
 でも、わかってることがひとつある
 たとえ憂鬱な日がやって来ても俺は負けない
 幸せな日はもうすぐやって来るのだから ♪

 これ、まさにブッチとサンダンスの気持ちなんだよなあ。

 保安官に追われてて自分の居場所がない。いつ殺されるかわからない。
 すごく不安だ。憂鬱だ。
 でも負けない。
 もうすぐ幸せな日がやって来る。
 不安だけれども、今は愛する人と自転車に乗って、一瞬の幸せを確認しよう。

 こんな彼らの迎える結末は何なのか?
 映画のラストシーンは警官隊に囲まれたブッチとサンダンスが突撃するシーンで終わるんだけど、もしかしたら彼らは生きているのかもしれない。
 だって幸せな日は必ずやって来るのだから。

 それでは聴いて下さい。

 雨に濡れても  [日本語訳付き] B.J.トーマス(YouTube)
 ※『明日に向かって撃て!』の名場面で構成されています。

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映画音楽で映画を語ろう!~「サタデーナイトフィーバー」 ニューヨークの街はペンキを持って歩くのがカッコいいのだ!

2020年06月23日 | 洋画
 ニューヨークをどのような音楽で表現するか?

 ウディ・アレンは映画『マンハッタン』でガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」を使った。
 なるほど、ニューヨークにはジャズがよく似合う。
 ニューヨーカーでクラリネット奏者のウディ・アレンならではの選曲でもある。

 George Gershwin - Rhapsody in Blue - Leonard Bernstein (YouTube)
 バーンスタインの名演です!
 ………………

 一方、こんな曲でニューヨークを表現した映画もある。

『サタデーナイトフィーバー』~ビージース「ステイン・アライブ」

 何とニューヨークをディスコミュージックで表現したのだ!
 なるほど、エネルギーの塊のような大都市ニューヨークを表現するのにはディスコミュージックが合ってるな。

 

 映画の冒頭、このビージーズの曲をバックにジョン・トラボルタがニューヨークの街を歩くシーンが描かれる。
 髪をガチガチにキメて、赤い開襟シャツを着て、ピカピカの革靴を履いて。
 ペンキを持って。

 これ衝撃だったなあ。
 だってニューヨークの街をペンキを持って歩くんですよ。
 まあ、トラボルタが演じるトニーはペンキ屋でペンキを持って歩くのは当然なんですけど。
 メチャクチャ、カッコ良かった!

 平凡で退屈な日常でも、
 バリバリにキメて、気分がディスコミュージックなら『非日常』に変わるのだ!

 この作品はこのことを教えてくれた。
 ニューヨークはペンキを持って歩くのがカッコいいのだ!

 というわけで、
 さあ、音楽を持って街に出よう!
 音楽を持って街を歩けば、ありふれた日常が非日常に変わる。
 さあ、今日はどんな音楽を持っていこうか?


 それでは聴いて下さい!
 Bee Gees Stayin Alive (Extended Remaster)(YouTube)
 
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映画音楽で映画を語ろう! 「フラッシュダンス」~自由に感じるままに! 保守的なバレエの世界にストリートダンスで挑む主人公!

2020年06月12日 | 洋画
 映画音楽で映画を語りたい!

 というわけで『フラッシュダンス』(1983年公開)!

 現在はそうでもないと思いますが、
 昔はダンスの主流は『バレエ』で、ダンサーを志す者はバレエ経験が必須だったんですね。
 ところが主人公のアレックス(ジェニファ・ビールス)はバレエの素養がない。
 ダンス経験と言えば、街のキャバレーみたいなバーでセクシーなダンスを踊ること。

 そんなアレックスがダンサー養成所のオーディションを受ける。
 しかし、アレックスに立ちはだかるのはバレエを重視する保守的な審査員たち。
 さてアレックスはこのオーディションをどう突破するか?

 最初、アレックスはバレエを踊る。
 途中でバランスを崩してコケたりする。
 だが、自分らしく、感情のままに、自由に踊ればいいことに気づいて、
 ストリートダンスやバーで踊っているようなセクシーダンスになっていく!

 審査員の皆さん、あたしを見て!
 退屈なダンスなんてまっぴら!
 この方が熱くて、生きてる躍動を感じるでしょう?
 みたいなノリ。

 
 ※かっけー! 指さしてる!(笑)

 これはストリートからの保守的な世界への逆襲だ。
 もっと自由に!
 もっと感じるままに!
 審査員たちも熱くなって、いっしょに手拍子したり、リズムを取ったりする(笑)

 いやあ、お見事!
 このオーディションシーン、いつ見ても熱くなる!
 主演のジェニファ・ビールスは何てキュート!

 

 主人公のアレックスは自転車で職場に通っていたり、倉庫みたいな家に住んでいたり、
 そのライフスタイルは結構クールだった!
 確かこのあたりからストリートカルチャーが始まったんですよね。

 それでは聴いて下さい。
 胸熱のオーディションシーンです。

 フラッシュダンス(YouTube)
 ※堀ちえみさんの『スチュワーデス物語』の主題歌でもありました。
 ※前半1分くらいは音がありません。

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映画音楽で映画を語ろう! 「Eye of the Tiger」(ロッキー3)~ハングリー精神を失ったロッキーよ、虎の目を取り戻すのだ! 

2020年06月10日 | 洋画
 映画音楽で映画を語りたい!

 その第1弾は『ロッキー3』Eye of the Tiger !

『ロッキー3』って、Eye of the Tiger を取り戻す話なんですよね。

 Eye of the Tiger =虎の目とは何か?
 ハングリー精神

 アポロ・クリードを倒して世界チャンピオンになったロッキー(シルベスター・スタローン)。
 しかし、優雅な暮らしや地元の名士になって銅像を立てられたりして、ハングリー精神を失ってしまった。
 そんな中、ハングリー精神のかたまりのクラバー・ラング(ミスターT)が襲い来る。

 ロッキーとクラバーでは目が違う。
 ハングリー精神を失ったロッキーの目はおっとりしているが、
 クラバーの目はギラギラして獲物を追い求める虎のよう。
 まさにEye of the Tigerだ。

 
 試合前のにらみ合いでは、ロッキーは目を逸らしてしまう。
 象徴的なシーンだ。
 目を逸らせた時点でロッキーの負けは決定。
 すでに気力で負けている。
 心の支えのセコンドのミッキー(バージェス・メレディス)は発作で倒れて不在だ。

 ロッキーはノックアウトを喰らって無惨に敗北。
 このまま失意のまま引退してしまうのか?
 そんなロッキーに火をつけたのが、前チャンピオンでライバルのアポロ・クリードだった!
 Eye of the Tiger  を取り戻すべく、ロッキーはアポロと特訓を開始する!
 特訓の開始場所はロッキーの原点であるフィラデルフィアの古びたボクシングジム。

 おおっ、この燃える展開!
『ロッキー』はこの単純明快さがいいんですよね。
 王道のストーリー展開で、何も考えずに見ていられる。
 見るべきは「闘う男たちの肉体の躍動」と「取り戻していくEye of the Tiger 」!
 まさに肉体の復権だ。

 1980年代、『ロッキー』シリーズと平行して、ウディ・アレンの映画が評判になったが、
 ウディの演じる主人公たちは、ひ弱でおしゃべりで神経症。
 一方、ロッキーはただひたすらマッチョ。

『ロッキー』はアメリカ映画史の中で「肉体の復権」を高らかに歌った作品として位置づけられるだろう。
 ベトナム戦争で自信を失ったアメリカは『ロッキー』でマッチョなアメリカを取り戻したのだ。
 そのマッチョなアメリカは『ロッキー4』でソ連と闘う!
 う~ん、単純明快だなあ(笑)

 それでは聴いて下さい。

 Rocky III • Eye of the Tiger (YouTube)
 ※この動画、よく出来ていて、4分間で『ロッキー3』のすべてがわかります!

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変態村~辺境の村に迷い込んだ歌手♂が捕まって女装させられて掘られてしまう話。怖いのはやっぱり人間だなあ

2020年02月12日 | 洋画
『変態村』という映画を見てしまった!
 だって荒木飛呂彦先生の本に面白いって書いてあったんだもん!

 内容は──

・フランスの辺境の村に迷い込んだ歌手♂が捕まって女装させられて掘られてしまう話!(笑)
・宿屋の主人は「歌手の車を修理してやるよ」と言って、エンジンを取り外して車を燃やしてしまう(笑)
・ある村人は愛犬を探してて、「犬が見つかった」と言って牛を連れて来る(笑)
・村人は「獣姦」を日常的にやっていて、酒場ではおかしな踊りを踊り出す(笑)

 赤塚不二夫の漫画やマルクス兄弟の映画のような笑いとして捉えることができるが、作品としては『悪夢』を見ているような感じ。
 総尺94分の作品の中で、観客は悪夢でうなされる。

 で、夢から覚めて、しみじみと思うのは──
 世の中で一番怖いのはモンスターなどではなく『人間』だなあ、という思い。
 特に常識や通常の論理が通用せず、自分なりの論理で動いている人間は怖い。
 常識のある人間は、エンジンをはずして車を燃やしたり、牛を犬だと思ったりしないですからね。

 でも、このことをさらにツッコんで考えてみると、
 僕たちのまわりには、自分とはかけ離れた論理で行動している人間がウヨウヨいる。
 かろうじて法律や道徳や共通の文化や最大公約数の常識というやつで秩序が保たれているが、それらがなくなったら、世界はこの作品のように混沌として来るだろう。
 この世界認識って怖くないですか?

 監督はベルギーのファブリス・ドゥ・ヴェルツ。
 DVDにはヴェルツの短編映画も特典として入っていたが、これも悪夢のような世界だった。

 映画を観るというのは、映画館という暗闇の中で夢を見ること。
 その夢が理路整然としていて楽しいものならスッキリするが、今作のようなメチャクチャで混沌とした内容だとうなされる。

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ビューティフル・マインド~「ゲーム理論」の天才数学者ジョン・ナッシュは毎日とぼとぼと大学への道を歩いていく

2020年02月01日 | 洋画
 ノーベル経済学賞を受賞した数学者ジョン・ナッシュ(ラッセル・クロウ)の物語。

 ナッシュが発表した『均衡論』は、
『生態系であろうと、化学系であろうと、物理系であろうと、社会制度であろうと、
 あらゆるシステムは安定しようとする』(「もっとも美しい数学 ゲーム理論」文春文庫)
 というもので、
『ゲーム理論』の基本になっている。
 僕はゲーム理論のすべてを理解したわけではないけれど、
『あらゆるシステムは安定しようとする』を知った時、社会や世界や歴史の見方が変りました。
 今も時折、「もっとも美しい数学 ゲーム理論」を読み返しています。
 ………

 さて映画。
 ナッシュは「統合失調症」という精神の病で「幻覚」を見ている。
 どのような幻覚を見ているかはネタバレになるので書きませんが、すべてが明らかになった時はビックリしますよ!
 えーーーっ、あれもこれもすべてが幻覚だったのか!?
 世界がひっくり返る衝撃!
 この衝撃を体験するだけでも、この作品を観る価値がある。
 同時に
 今、自分の身のまわりにいる人が幻覚だったら?
 今、自分がおこなっている行動が幻覚に踊らされているものだったら?
 と自分に置き換えてみると怖くなる。
 でも人間って、多かれ少なかれ「不確かな幻想」や「思い込み」で行動していることは確かなんだよなあ……。

 作品の見所はもうひとつ。
 ナッシュが統合失調症をいかに乗り越えるか?
 この過程と克服していった結果訪れるラストは実に感動的だ。

 ナッシュが病に負けて挫折しそうになる時は2回ある。
 1回目は、二度目の統合失調症が発症して「もうダメだ。僕は精神病院に戻るよ」と言った時。
 2回目は、大学に通い始め、幻覚が現われて錯乱し、周囲からバカにされ、からかわれた時。
 この時もナッシュは「イヤだ。もう大学に行きたくない」と弱音を吐く。
 いずれの時もナッシュの奥さんが夫を慰め、励ますのだが、やはり人の力は大切。
 あとは、歩みはのろくても、一歩前進して二歩後退しても歩み続けること。
 ナッシュは若い時に発症した統合失調症と老齢になるまで不安定さを残しながらもつき合い続けて来た。

 こう考えると、
 病というのは治すものではなく、友人として共に歩んでいくものなのかもしれませんね。
 当初、ナッシュは統合失調症を根治しようとして劇薬を飲み、精神病院で拘束具をつけられ心身共に消耗していた。
 でも、これはおそらく不自然なこと。
 無理なことをすればその反動は大きくなる。
 一方、友人として長くつき合っていくことにすれば、不安定さは残るが、大きな反動はない。
 まさにナッシュの『均衡論』ですね。
『あらゆるシステムは安定しようとする』
 ナッシュにとっての『均衡論』は、妻と暮らし、大学にゆっくりと通い、友人として病とつき合っていく、ということだったのだ。
 これで彼の心は安定した。

「自分の心が一番安定する状態は何か?」
「自分の心の安定を妨げているのは何か? 捨てるべきではないのか?」
 こんなことを問い続けて生きていくのはありなのかもしれません。
『ゲーム理論』は実人生でも活用できる。

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戦争映画 「フューリー」~ティーガーの圧倒的な火力と装甲に歯が立たないシャーマン! ラストはSS大隊300人との死闘! 

2019年11月16日 | 洋画
 アメリカの戦車シャーマンVSドイツの戦車ティーガー!

 

 ブラッド・ピット主演の戦争映画『フューリー』の見所のひとつだ。

 ティーガーの主砲は88ミリ砲。
 1発で装甲を撃ち破り、シャーマンを破壊することができる。
 一方、シャーマンの主砲ではティーガーの分厚い装甲をぶち破ることができす、はね返される。
 4台あったシャーマンは次々と撃破され、残るは主人公たちの戦車のみ。
 主人公たちは装甲の薄いティーガーの背後にまわり込み、ティーガーを破壊しようとする。

 このシーンが凄いのは、シャーマンの乗り手の視点で描かれていること。
・迫り来るティーガー!
・次々と撃破される味方小隊の戦車!
・徹甲弾をもはね返すティーガーの分厚い装甲!
 これにより観客はティーガーの怖さを体感できる。
 ティーガーは化け物!
 おっかねえ!
 ………………

 見所は他にもある。

 クライマックスは、主人公たちの戦車とドイツSS大隊300人の戦いなのだ!
 1台 VS 300人!
 戦車が動きまわれば対抗できないことはないが、
 何と、主人公たちの戦車は地雷でキャタピラを破壊され、動くことができない!
 砲弾・銃弾の数も限られている。
 戦車は鋼鉄の要塞ではあるが、果たして300人の精鋭を相手に戦い抜くことができるのか?

 新しい切り口の戦争映画ですね。
 古い西部劇などでは、襲い来るインディアンと戦う駅馬車や砦の物語があるが、
 これを『ドイツ軍』と『戦車』にした感じ。

 基本は戦争アクション映画なのだが、
 主人公たちは酒や女に溺れたり、弱音を吐いたりする兵士で、決してジョン・ウェインのようなヒーローには描かれていない。

 僕が印象に残ったのは、電柱や建物から首つりで吊されているドイツ市民のシーンだ。
 彼らの首にはプラカードが掛けられていて、そこには
『国のために戦うことを拒否した卑怯者』
 という文字が書かれている。
 これが『国家主義』であり、『ファシズム』なんですね。
 個人の意思など関係なく、国に従うことを強要され、拒めば殺される。

 この作品では、このような戦争の不条理、悲惨、愚かさがいたる所で描かれていた。

『フューリー』、一見の価値のある戦争映画です。
 アクション映画として楽しませてくれながら、さまざまなテーマを盛り込んでいる。


※動画はこちら
 映画『フューリー』シャーマン戦車 vs タイガー戦車 バトル動画(YouTube)

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