平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

江~姫たちの戦国~第20回「茶々の恋」

2011年05月31日 | 大河ドラマ・時代劇
 茶々(宮沢りえ)と秀吉(岸谷五朗)の恋愛物語。

 茶々は言う。
 「力ずくで無理にでも我が物にしようと思わぬのでしょうか?」
 茶々は自分への言い訳を考えているわけですね。「力ずくで我が物にされたのだから仕方がない」と。
 それに対して秀吉。
 「相手がただのおなごであれば、当にそうしておりましょう」
 恋愛駆け引きとして上手い。
 恋愛は追いかけた方が負け。
 追いかけられた側(秀吉)は、こうやってさらに逃げて、追いかける側(茶々)の気持ちを揺さぶる。
 しかも「相手がただのおなごであれば、当にそうしておりましょう」という返事には、茶々に対する尊敬、誠意もある。
 秀吉にしてみれば、駆け引きなどではなく、誠意で受け答えしているのだろうが、茶々の恋愛の炎を燃え立たせるには十分。

 秀吉の誠意は続く。
 持ってきた縁談。政略結婚とは関係のない良縁。
 そして言う。
 「何とかお幸せになってほしいと思いますれば」
 「それが(茶々様の父上、母上を死なせた)償いかと存じまする」
 「(縁談を用意したのは)諦めるために。おのれの気持ちにけじめをつけるために」
 また、三成に任せず、自分で縁談話を話に来た理由については
 「ひと目、お茶々様にお会いしたかったのでございます」
 まあ、さすがにここまで誠意と素直な想いを示されると女性の心も動くでしょうね。

 そして最後の詰め。
 茶々の最後の砦は、<秀吉が父母の仇であること>。
 これを崩す言葉とは……。
 秀吉は茶々を抱きしめて言う。

 「それがしは仇でござる。ならばこそ、茶々様に尽くします」

 今回は実に丁寧に秀吉と茶々の恋愛を追っている。
 恋愛に悩む男性諸氏は、今回の秀吉を参考にすべし!(笑)

 でもね、これって大河ドラマじゃなくて、恋愛ものなんですよね。
 それと岸谷五朗さんの秀吉を「スケベ親父」としてしか見られなかったら感情移入できない。
 この辺が視聴者の評価が分かれる所。


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JIN-仁- 第7話~未来へと続く命の川

2011年05月30日 | 大河ドラマ・時代劇
 未来へと続く命の川。
 人は生きて何かを残す。
 野風(中谷美紀)の場合は<子供>。
 自分の血と肉を分けた子供がまた子供を生み、命の川の連なりの中で永遠に生きる。
 咲(綾瀬はるか)の場合は<仁友堂>。
 仁友堂を通して医学技術を残すことで、医学技術は受け継がれ、永遠に生きる。
 あるいは「ひとりでも多くの人を助けることによって」、命の川の連なりに咲も参加する。
 そう言えば、前回の歌舞伎役者・坂東吉十郎も子を残し、<芸>を残した。
 田中久重も<技術>を残した。

 人は生きて何かを残す。
 何かを残して命の川の連なりに参加する。

 何と深い人生観!
 では自分は何を残すのだろう? そんなことも考えてしまう。

 野風の現実肯定の姿勢も学ぶべきものがある。
 癌の進行。
 「すみませんでした!」と頭を下げる仁(大沢たかお)に野風は言う。
 「先生に助けていただいたお陰で幸せな人生をもらったでありんす。先生には感謝しかござりんせん」
 野風はあくまで現在を肯定する。今生きていることに感謝する。
 そして2年間で生存率50%と聞いて「二年も!」「それなら子供と手を繋いで歩くことが出来る」と喜ぶ。
 もし、僕が癌を宣告されても、こんな心境でいたいなぁ。
 今まで生きて来られたことに感謝して、残りの時間を大事に噛みしめて生きていく。
 そんな姿勢。

 あと今回、面白かったのは咲。
 コーヒーは「黒き飲み物」、シャンパンは「口の中でザワザワとするもの」、ワインは「やみつきになる」と言ってガブ飲み。
 グデングデンに酔って、咲が干物女に!
 綾瀬はるかさんには酔っぱらいシーンがよく似合う。
 現在、映画の宣伝で様々なバラエティに出演して天然ぶりを発揮しているが、綾瀬さんの天然ぷりがプラスされて、咲の魅力になっている。


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マジすか学園2~予定調和を崩す

2011年05月29日 | アイドル
 「マジすか学園2」(毎週金曜0:12 テレビ東京)が面白い。
 馬路須加女学園(マジ女)VS矢場久根女子商業高校(ヤバ女)のヤンキー同士の抗争。
 アイドル・AKB48がヤンキーをやっている。
 ヤンキー言葉を使い、ケンカで顔にアザを作り、鼻血を垂らす。
 つまりアイドルであることの真逆をやっているんですね。
 清純、笑顔、趣味はお菓子作りなどといった既存のアイドル像をすべて裏切っている。
 ここが秋元康さんのすごい所。
 秋元さんは<予定調和を崩す>といったことをよく言っているが、「マジすか学園」はまさにそれ。
 予定調和を崩し、それが失敗して、イメージダウンとなるかもしれないが、この作品は見事に成功している。
 メンバー達の魅力を引き出している。

 僕が個人的に好きなのは、SKEの松井玲奈さんが演じる<ゲキカラ>。
 マジ女四天王のひとりでともかく強い。
 狂気のキャラで、不気味に笑いながらケンカをする。
 相手を血みどろにすることばかりか、自分が殴られることにも快感を感じている感じ。
 決めぜりふは「ぶっ殺す!」「怒ってる?」

 渡辺麻友さんが演じる『つの字連合』の<ネズミ>もいい。
 ネズミはマジ女制覇を狙う策略家。
 陰で暗躍し、マジ女とヤバ女を戦わせて相打ちにして、漁夫の利を狙っている。

 <ゲキカラ>や<ネズミ>が面白いのは、普段の松井さんや渡辺さんとキャラが全く真逆な所。
 ファンは、彼女たちの新しい顔を役として楽しめるわけだ。

 そして「マジすか学園」が面白いのは、マニアックであること。
 <3色><まゆげ><ジャンケン><レモン>……。
 これらの役名を聞いて、ニヤリと笑い、誰が演じているかわかる視聴者はマニアックにこの作品を楽しんでいる。
 あるいは登場人物たちの制服。
 全部、同じでない。微妙にアレンジしてひとりひとり、違っている。
 この違いを楽しむのもマニアックな楽しみ方。

 まとめます。
 これからのドラマは、この「マジすか学園」の様に、視聴者を限定してマニアックに楽しめるものが増えていくのではないか?
 万人受けして、まあ適度に面白いけど、それでどうしたの? という作品は廃れていくのではないだろうか?


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24 ファイナルシーズン~ドラマとは葛藤である!

2011年05月28日 | テレビドラマ(海外)
 「24 ファイナルシーズン」第3話(18:00~19:00)は葛藤する登場人物たちでいっぱいだ。

 まずはハッサン大統領暗殺の容疑者として尋問されている女性記者メレディス・リード。
 彼女は自分がハッサン大統領の愛人であることを言うか否かで迷う。
 言えば、妻や子供のいる大統領のスキャンダルになるからだ。
 しかし言わなければ、暗殺未遂の犯人として終身刑になってしまう。

 そしてハッサン大統領。
 彼はメレディスが愛人であるか否かをCTUのニューヨーク支部長ヘイスティングスに電話で聞かれる。
 ハッサンは迷う。
 認めることは大きなスキャンダル、しかし認めなければ、愛している女性を窮地に追い込むことになる。

 ジャック・バウアーを拘束している新人警官も葛藤する。
 彼と同行している先輩警官はジャックを仲間の警官殺しの犯人として痛めつけている。
 一方、ジャックは、自分はハッサン大統領の暗殺計画を阻止するためにCTUを助けて行動している人間で、拘束を解いてほしいと主張する。
 新人警官はジャックと先輩警官のどちらを選ぶか?

 そして葛藤の最後はCTU捜査官のコール。
 コールはジャックに電話でハッサン大統領がマンホールに仕掛けられた爆弾で暗殺されようとしていることを告げられる。「ハッサン大統領の車を停めろ」と言われる。
 彼は迷う。
 CTUの本部は、爆弾は国連ビルに仕掛けられていると考えており、一刻も早く対比させろと命令している。大統領の車を停めるなどもっての他だ。
 しかし、ジャックの言うことも筋が通っている。

 まとめます。
 この第3話を見ると、ドラマは葛藤だということがわかりますね。
 1時間の放送時間の中にどれだけ多くの葛藤を入れ込めるか。これでドラマの面白さが違ってくる。
 第3話はこの点ですごい!
 必見です!


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東野圭吾・手紙~人と繋がるということ

2011年05月26日 | 邦画
 強盗殺人で服役中の兄(玉山鉄ニ)のために、「殺人犯の弟」というレッテルを貼られた武島直貴(山田孝之)。
 直貴は様々な迫害を受ける。
 アパートのドアには「人殺し」の落書き、工場では差別、コメディアンとして成功するが、「殺人犯の弟」ということがマスコミに暴露されるのを怖れて引退。大好きで結婚したいと思っていた女性とも破局。
 「すべては兄さんのせい」と恨むようになった直貴は、刑務所から送られてくる兄からの手紙に返事を出さず、兄との関わりを断とうとする。
 そして……。

 原作は東野圭吾。
 犯罪者の家族というテーマを扱った作品だが、底流に流れるのは<人との絆>ということ。
 直貴は現実がうまく行かず、兄ばかりでなく周囲の人間との関係をどんどん切っていく。
 しかし、そこに救いはない。
 孤立した人間にとって、世界は自分を脅かす<恐怖>であり、倒すべき<敵>でしかない。
 そんな世界と和解する方法は、人と繋がることだ。
 繋がるは誰かといっしょにいるということだけではない。
 この作品の兄と直貴の関係の様に<手紙>で繋がる方法もある。
 繋がりたいと思っていた人から寄せられた手紙の束は、もらった人にとって生きる糧になる。

 だから直貴から絶縁状の様な手紙を送られた兄は絶望するし、この作品のラストシーンの兄の姿は見ている者の胸に迫る。

 どんな形でもいいから人と繋がること。
 電線で繋がっていない電柱はとても寂しい。
 

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江~姫たちの戦国~第19回「初の縁談」

2011年05月24日 | 大河ドラマ・時代劇
 秀吉(岸谷五朗)の頬をたたく茶々(宮沢りえ)。

 何と茶々は秀吉のことが好きだった!

 嫌いだけど気になる存在っていますよね。
 <好き>の反対は<嫌い>じゃなくて、<無関心>だと言うし。
 あれだけしつこく、あるいは熱心に口説かれたら、気持ちも揺らぐ?

 今回の初(水川あさみ)の縁談を成立させる代わりに、側室になることを考えるというのも、実は<秀吉LOVE>の言い訳?
 初のことを口実にして、<無意識に秀吉>の側室になろうとした!?
 この<無意識に>というのがポイント。
 茶々自身はそんなことを露にも考えていないが、無意識が秀吉を求めていたのだ。

 あるいは類推するに、茶々が「父と母のかたき」だからと言っていたのは、秀吉のもとに走らないようにするために自分で引いた最後の防御線。つっかえ棒。
 そう言えば秀吉は「もし、私がかたきでなかったら私を好いて下さいましたか」と言っていたが、それはそういうことだったのか!

 ということで、今回は思わぬ展開に驚いた。
 これまで「江」が描いてきた人物はステロタイプで退屈だったが、この茶々はすごい!
 女心は何とフクザツなことよ。
 次回はこのことが具体的に語れるのでしょうが、すごく楽しみ!
 あくまで<恋愛ドラマ>としてですけどね。
 それから江(上野樹里)は、本当に目撃者でしかないなぁ。
 早く主役に戻ってほしい。


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JIN-仁- 第6話~戦争・革命は必要悪?

2011年05月23日 | 大河ドラマ・時代劇
 戦争、革命……、戦うことは必要悪なのか?
 歴史の永遠のテーマですね。

 最近のことでは、ビン・ラディンの殺害。
 テロを根絶するにはやむを得ないことなのかもしれませんが、一方で、仁(大沢たかお)が語るように「暴力は暴力を生むだけ」というのも正しい。
 現にアメリカ社会では報復を怖れる声があがっている。

 私見を言えば、戦争、革命というのは世界を大きく変える手術・劇薬の様なもの。
 病を根絶するには一番てっとり速い方法。
 一方、仁の言う平和路線は、話し合いを繰り返し、少しずつ世界を変えていく時間のかかる方法。
 列強の脅威が迫っている中、時間をかけていられない幕末にあっては、龍馬(内野聖陽)の方法こそが現実路線で、仁は<きれいごと>なのかもしれない。

 それにしてもこの作品、先週は『神と人間の宗教論』を語り、今週は『戦争論・革命論』を語り、すごいですね。
 しかも理屈だけを語るのではなく、葛藤・感情もしっかり描いている。ドラマになっている。
 龍馬が握りしめていた<血だらけの弾丸>なんて、小道具として今回の話をすべて集約しておりますし。

 無尽灯を作った田中久重の話も的確。
 「時代という渦巻きの中にいて、自分がどこにいるのかわからなくなっている。目的地を見失っている」
 そして仁にこう語る。
 「あなたが自ら光る光になって、目的地を見失っている友人を導きなさい」
 それがラストの電球に繋がり、物語の語り口として見事。

 ちなみにこの田中久重って<からくり儀右衛門>のことですよね。(間違っていたらすみません)
 とすると、現在の東芝の創始者。
 この番組のメインスポンサーは東芝だから、ここで見事に繋がった。
 仁が電球を渡したから、久重が電球を発明して東芝が出来、その東芝が「JIN」のスポンサーになっている。
 まさに歴史の因果!?


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おかしな二人~居場所は必ず見つかる

2011年05月22日 | 洋画
 善意でやっているのにすべてが裏目に出てしまう人っていますよね。
 この作品のフェリックス(ジャック・レモン)がそう。
 清潔好きで家事が得意で、やりくり上手。何でもキチンとしてなければ気が済まない。
 でも彼の妻はそれを息苦しく感じて、離婚を言い出す。
 同居することになった友人のオスカー(ウォルター・マッソー)もフェリックスがキチンとしているのに我慢が出来なくなる。
 「俺は床にほこりが落ちているのが落ち着くんだ! ジャンクフードが好きなんだ! 放っておいてくれ!」

 こうしてフェリックスはどこにも居場所がなくなる。
 まわりから自分を否定され、拒否されて、自殺を考える。
 人が一番つらいことって、世界に自分の居場所がどこにもないことなんでしょうね。
 それが自分が誠心誠意、相手のことを思ってやったことなら、尚更。

 さて、こんな状況を脚本ニール・サイモンはどう救うか?
 ネタバレになるので詳しくは書きませんが、こんなフェリックスに居場所が見つかる。
 フェリックスを受け入れてくれる人が出て来る。

 自分の居場所。
 それが見つからなくて苦しんでいる方にはぜひ見て欲しい作品だ。
 生きていれば、いずれ居場所は見つかる。いいことが必ずある。


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ぼくたちと駐在さんの700日戦争~いたずらのススメ!

2011年05月21日 | 邦画
 1979年、とある平和な田舎町で繰り広げられる僕たちと駐在さんのいたずら合戦。

 出演は、高校生のママチャリ役に市原隼人さん。
 ママチャリの仲間達は、喧嘩の強いエロガッパ・西条(石田卓也)、偏差値0の男・孝昭(加治将樹)、恋する星の王子様・グレート井上(加来賢人)、一食2000kcalの食いしん坊・千葉くん(脇知弘)、女装もキュートな後輩・ジェミー(冨浦智嗣)、ダブリ1年目の留年大王・辻村さん(小柳友)。
 そして彼らのいたずらと戦う駐在さんが佐々木蔵之介さん。
 みんな旬の若手俳優さんばかりですね。
 佐々木蔵之介さんもいい味を出している。

 この作品のポイントは<いたずら>。
 子供とオトナを分けるものって、<いたずら>が出来るかどうかだと思う。
 落とし穴を作ったり、スピード違反を取り締まりスピード測定器に自転車で挑戦したり、エロマンガを駐在所に置いて駐在さんの所有物に見せかけたり。
 その行為には特に意味があるわけではなく、ただ駐在さんを怒らせて楽しむだけなのだが、この意味がないことを出来ることが、子供。
 オトナになると、自分がすることに意味があるかないか、特か損かを考えてしまいますからね。
 主人公達が仕掛ける様々ないたずらを見ているだけで楽しくなる。
 それは人がオトナになる前の一瞬の輝き。
 この話は実話で、いたずら合戦は700日続いたらしい。
 きっと主人公達にとって実に充実した700日だっただろう。人生をふり返って、あの時は楽しかったなぁと思える日々だっただろう。

 その他、好きになった憧れの女性が駐在さんの奥さんだったり、自転車に乗りながら道を歩く女子のミニスカートに見とれて崖から転落したり、思春期特有の爆笑話もいっぱい。

 この作品を見ていると、あの頃に戻りたいと思うし、どうしてもっといろいろなことをしておかなかったんだろうと思ってしまう。


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長い散歩~人生には同行者が必要。

2011年05月19日 | 邦画
 『人生は長い散歩。愛がなければ歩けない』
 これがこの作品の宣伝コピー。
 これはこうも言い換えることが出来ると思う。

 『人生は長い散歩。歩いて行くには同行者が必要だ』
 こんなことを考えさせてくれる作品。

 物語は次の様なもの。(goo映画より)

 定年まで高校の校長を務めた松太郎(緒形拳)は、妻をアルコール依存症で亡くし、ひとり娘とも絶縁状態。家庭を顧みなかった過去の自分を後悔しながら、安アパートでひっそりと暮らし始めた松太郎は、隣室の女が幼い娘・幸(杉浦花菜)を虐待していることに気がつく。それ以来、何かと少女を気にかけていたが、ある日ついに惨状を見かね、彼女をアパートから連れ出してしまう。旅に出た二人の間に、少しずつ生まれていく絆。しかし世間は“誘拐”と見なし…。

 当初、幸は孤独な松太郎に心を開かない。
 虐待により、まわりの大人に対して警戒心が強いのだ。
 一方、松太郎も見ず知らずの幸をどう扱っていいかわからない。
 鳥の雛(ひな)のお墓をいっしょに作った時は心を通じ合わせたかに見えたが、すぐに心を閉ざしてしまう。
 ファミレスで幸のために<鉄板のハンバーグライス>を注文した時は、「熱い!」と鉄板をひっくり返されてしまう。
 だが、この<ひっくり返し>には理由があった。
 虐待で火傷を負わされていた幸は熱いものが怖かったのだ。
 こうして少しずつ心を通わせていくふたり。
 しかし、一方で誘拐事件として警察の手が迫る。

 松太郎にとって幸は<同行者>だったんですね。
 いっしょにご飯を食べて、笑って泣いて、愛情を注げる存在。
 それは他人のどんな小さな子供であっても関係ない。
 当初、松太郎は幸の手を引いて歩いていくが、作品のクライマックスでは、幸が松太郎の手を引いて歩いていく。
 虐待から幸を救ったはずの松太郎が、最後には幸に救われているのだ。
 そう言えば、幸は幼稚園の学芸会で使った天使の羽根を背中にいつも着けていたが、もしかしたら松太郎にとって救いの<天使>であったかもしれない。

 人生は長い散歩。
 ひとりで歩いていくのもいいが、同行者と共に歩いていくのも悪くない。
 いや、きっと散歩を豊かなものにしてくれる。

 そしてラストシーン。
 ネタバレになるので書きませんが、あのラストにはいろいろ考えさせられる。
 あのラストが作品にさらなる深みを与えている。


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