平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

MR.BRAIN

2009年05月30日 | 推理・サスペンスドラマ
 遅ればせながら「MR.BRAIN」
 1週間遅れの第1話のレビューです。

★探偵は何か特徴がなければならない。
 「MR.BRAIN」の場合は脳科学者。
 この設定が推理に活かされていたのは次の2点でしたね。

①大きな十字架は被害者のダイイングメッセージを霞ませるためのフェイク。
②脳分析機を使った罠~実際に見せたのは二番目の被害者の殺害現場ではなく出張に行ったとされる青森の写真だった。

 なかなか見事です。
 脳科学者の探偵という設定が活かされていたし、金庫のすり替えなどの他のトリックもなかなか見事。
 敢えて難癖をつけると最後の「青森の写真を見たことがない」と犯人が言ったことは言い逃れが出来るのでは?
 「勘違いだった」とか「第二の殺害現場だと言われていたので先入観があった」とか。
 もし裁判になったら弁護士にひっくり返されそう。
 まあ、これだけミステリー要素を詰め込んでくれて満足です。
 後はこのクオリティを今後も保てるかですね。

★脇役もいい。
 僕はコメディエンヌ綾瀬はるかさんのファンなので、彼女のおっとりボケぶりを見られるだけで嬉しい。
 丹原(香川照之)と林田虎之助(水嶋ヒロ)のコンビもいいですね。
 何とミスター・パーフェクトの水嶋さんがどつかれている。
 水嶋さんのファンにはたまらないだろう。
 組織対策課の武井(市川海老蔵)もいい。
 九十九とはあんみつを食べながら対決。
 海老蔵さんの横からの映像がありましたけど、彼、まつ毛が長いんですね。

★右脳で楽しむ。
 そうそう、海老蔵さんのまつ毛で思い出しましたけど、せっかくならこの作品は右脳で見たいですね。
 左脳で理屈で考えるんじゃなくてビジュアルで楽しむ。

 そう言えば、壁に描かれた十字架を科警研で分析するシーンがありましたね。
 宗教団体とか、過去の事件に同様のものがないかを分析している。
 十字架から意味を何かの読み取ろうとしている。
 もしその方向で捜査を進めていったら真実にたどり着けなかったでしょうね。
 左脳には限界がある。
 そんなことも考えさせてくれたシーンでした。


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テレビでは毒のある人を見たい

2009年05月29日 | バラエティ・報道
 今週のバラエティ(5/25~)を一気にチェック!

★月曜日「しゃべくり007」
 ナイツが登場!
 オードリー、ノン・スタイルと<M-1>ファイナリストが出ているのだから自分たちもと出演をオファしたらしい。
 寄席でやっている漫才とレッドーカーペットなどでやっている漫才を披露。
 寄席のお客さんは年配の方が多いから、フリ、ボケも丁寧にやっているらしい。(しかも持ち時間は15分)
 一方、レッドカーペットなどは限られた時間でいかに笑いを凝縮するかがポイントだからテンポはスピーディ。フリもボケも速い。
 この違いが面白かった。
 さすが実力派。

★火曜日「踊る!さんま御殿」
 蒼あんな・れいなのドすべり一発芸を友近さんが修正。
 そうするとドすべり芸が大爆笑の芸に。
 プロとシロウトの芸の違いを見せつけた。
 蒼あんな・れいなさんて何者? シロウトのパスを拾って笑いにするのが上手いさんまさんだが、あまりにもシロウト過ぎる。
 逆に友近さんの凄みをみた。

★「ロンドンハーツ」
 今年も子供に見せたくない番組第1位に!素晴らしい!だから面白い。
 今回は「格付けし合う女たち」女芸人編。
 テーマは「一般男性に聞いたつき合ってみたらイイ女」
 光っていたのはオアシズ・大久保佳代子さん。
 格付けランクでも堂々の10位。つまりイイ女でないということ。
 この人はスゴイですね。
 体中から毒のオーラを発している。
 青木さやかさんも毒を吐くが、その裏に真面目さとか純情さが垣間見える。
 格付け9位だった森三中・黒沢さんなんかは普通の人。
 しかし大久保さんは……。
 この人、女を捨ててるんでしょうね。
 ある意味、すごい芸人さん。

★木曜日のサプライズ
 テーマは「小島よしおは面白いか?」
 以前小島さんを応援する記事を書いた僕としては問題提起された大学生の意見は違うと思うが、すべり芸も芸。
 出川哲朗さんのリアクション芸も芸。
 様々な芸風があるから番組が面白く豊かになる。
 何より彼らは生き残るために必死だ。
 その必死さの方にむしろ共感を覚える。
 問題提起をされた大学生さんは映画監督を目指して勉強されているらしいが、まだ学生で現実に生きていない感じがする。
 小島さんたち以上に自分は現実と戦っていると言えるなら批判してもいいと思うが果たしてどうか?

 それにしても大竹まことさんの毒は素晴らしい。
 僕は毒のある人をテレビで見たい。
 最後は同じく毒のある人。

★水曜日「クメピポ!」
 田原総一朗さんが出演。
 テレビ東京のディレクター時代・田原さんがやったこととは……
・ガンで亡くなる俳優さんのドキュメント。
 その俳優さんの願いを聞いて国会議事堂に散弾銃を撃つシーンを撮影!
・学生運動で立てこもる早稲田で山下洋輔さんのジャズピアノ演奏!
・ヒッピーカップルの結婚式。フリーセックスを掲げる新郎新婦。ハダカの結婚パーティに田原さんもハダカで参加!
 今のテレビでは考えられないことですね。
 草なぎさんが酔ってハダカになっただけで大騒ぎになるんですから。
 その他、田原さんはベッキーに「セックスに興味ある?」とストレート質問。
 すごいおじさんですね。

 まとめると、きれいごとのテレビはつまらない。
 今のテレビはサラリーマン化し過ぎている。
 テレビではプロフェッショナルと毒のある人を見たい。


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アイシテル ~海容~ 第7話

2009年05月28日 | ホームドラマ
 第7話「僕は死刑になるの?」

★失って気づくこと
 失って気づくことって沢山ありますよね。
 この作品の人物たちもそう。
 さつき(稲森いずみ)の場合は「子供を産み育てるという喜び」。
 それを雑多な日常生活の中で忘れてしまう。
 いることが当たり前になって他のものを探してしまう。
 目の前の問題を解決することに躍起になって大事なことを忘れてしまう。
 つらいのは自分だけだと思ってしまう。

 居酒屋のご主人が言っていた様に「愛する対象がいるだけで幸せ」
 あれもこれもと人間は欲深い動物だからそんなシンプルなことを忘れてしまう。
 ただ同時に、これは僕の人間観でもあるのですが、『迷うが人』(「功名が辻」の言葉)、目の前のことにふりまわされ大事なことを忘れて生きていくのが人間なんでしょうね。

★真実を向き合わなければ前に進めない。
 これも大切なこと。
 目の前の現実がつらいものであればあるほど、人は目を背けて逃げてしまいますよね。
 また私事になりますが、僕はどうも組織・会社というものに馴染めなかった。
 でも会社を辞めたら食べていけなくなる、人として失格だという思いがあったから誤魔化し誤魔化し会社員をやっていた。
 でも「自分は組織には馴染めない人間」だと認めて会社を辞めた時から、自分の道を歩いている様な気がします。

 この様にこの作品は大事なことを示唆することが多いですね。
 それは子育てをされている方には僕なんかよりさらに切実でしょう。
 息抜き、楽しみのためにドラマを見るということもあるでしょうが、自分自身と向き合うきっかけを得るためにドラマを見るということも大事ですよね。
 そしてこの作品はまさに<自分自身と向き合わせてくれる作品>。 
 さて来週はついに真相解明。

※追記
 さつきは「つらい現実に向き合ってさらに人生を諦めない」と決心する。
 つらい現実に向き合えば押し潰されて普通は人生を投げてしまうものですが、なおも人生を諦めないというさつきは実に強いですね。

※追記
 この作品が提示する大事なこと。
 もうひとつ例をあげると秀昭(佐野史郎)の「大きな幸せなんか望んでたわけじゃない。娘を嫁に出して息子と酒を飲む。そんなささやかな普通の幸せでよかったのに」というせりふにも考えさせられましたね。
 なるほど、そういう幸せ、生き方もあるのかと。


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ミス・ポター

2009年05月27日 | 洋画
 ピーター・ラビットの作者ビアトリクス・ポターの物語。

★ビアトリクスはこんな女性。
 動物が好きで描くのが大好き。(風景画は苦手らしい)
 子供の頃は人形遊びや自分で物語を作るのが好きだった。
 絵が動き出したり、馬車がウサギの馬車に見えたりもした。
 そして現在の友達は自分の描くピーター・ラビット。
 完全な空想少女だ。
 彼女は英国の上流階級のひとり娘で結婚を両親から求められているが、そんな両親にこう答える。
 「誰にも愛されなくてもいいの。絵と動物が愛してくれるから」
 空想少女ビアトリクスは現実より自分の創り出した空想の世界に生きる。

 僕はわりとこういう人、好きだ。
 繊細で永遠の子供で。
 現実っていうのは味気ないですからね。空想の世界の方がずっと豊か。

★そんなビアトリクスが現実に触れる。
 出版社に持ち込んだピーター・ラビットの原稿が本になる。
 出版社はほとんど期待していなかったが、ベストセラーに。
 そしてベアトリクスと同じ情熱で本を作った編集者ノーマンと恋に落ち婚約。
 しかしノーマンは病気で死んでしまって……。

 最後の最後で現実がベアトリクスを裏切ったのだ。
 だとしたらベアトリクスは現実に生きない方がよかったのか?
 本を出さず恋に落ちなければよかったのか?
 しかし彼女にはノーマンと出したピーター・ラビットの本がある。
 ノーマンとの思い出がある。
 そして自分だけの友達だったピーター・ラビットが全世界の子供たちの友達になった。
 幸せな結婚生活は得られなかったが、それだけで意味のあること。

 ノーマンの死を乗り越えたベアトリクスはその後の人生をたくましく生きる。
 開発で失われていく自分の愛した風景、湖水地方の保護活動に携わるのだ。
 本の印税で得たお金でそこの土地を買う。
 オークションで引き揚げられる土地の値段。
 現実との闘いだ。

★空想と現実 
 この彼女の行為を少し俯瞰で考えてみると、これは経済行為ではないんですね。
 彼女が土地を買う目的は投機とかではなく、自分の愛している風景を守るため。
 あたかも自分の世界を現実世界で創造しているかの様。
 経済の立場で考えてみれば、土地を開発せずそのままにしておくなんてもったいないという発想になる。
 しかし現実的でないのがベアトリクス。
 空想世界の論理や価値観は現実世界のそれとは違うものなのです。
 現実世界に生きていてもベアトリクスは空想世界の人なんですね。

※追記
 物語のオープニングの舞台は1902年の英国。
 恋人のノーマンが自分の部屋に入ってきてふたりきりになって作家ベアトリクスはこう言う。
 「作家には多少のスキャンダルが必要なのよ」
 部屋で男女がふたりきりになることがスキャンダルなんて!
 そういう時代だったんですね。


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核兵器をおもちゃにするな

2009年05月26日 | 事件・出来事
北核実験 米「対抗措置」を検討 大統領「平和と安全への脅威」(産経新聞) - goo ニュース

★北朝鮮の核実験。
 印象だが、子供が豪華な玩具を手にして自慢している様な感じを受ける。
 学校で相手にされない子が「自分はこんなにすごい物を持ってるんだぞ」「自分にもっと敬意を払え」と言っている様な。

 核兵器は人間の<万能感>を満足させるのに格好の道具。
 これひとつで何万人もの命を奪えるんですからね。
 「自分は偉いんだ」「みんな、頭を下げろ」と思うようになるのも必然。
 でも<万能感>って子供が持つもの。
 子供の頃(特に赤ん坊)は自分が世界の中心ですからね。
 そして「自分は世界の中心でないんだ。他人もいるんだ」と理解していくのが大人になるということ。

 北朝鮮はまだ大人になりきれていない?
 国際会議の交渉の場でもそう。
 自分の思い通りにならないとスネる。みんなが自分を虐めていると思ってしまう。
 子供を相手にしているんだから議論が成立しないのは当たり前。
 そんな子供に自らの万能感を満たすために核兵器を持たれてはたまらない。

★核兵器。
 広島、長崎の人が座り込んで必死の訴えをしていたが、よくわかる。
 子供の頃「はだしのゲン」を読んで思ったが、実に悲惨なもの。
 皮膚や肉が剥げ落ちる灼熱の地獄。黒い雨。その後の傷害。
 それまで必死に努力して築き上げてきたもの~家庭、友情、愛情、仕事などが一瞬のうちに失われる。
 核兵器を作って大喜びしている北朝鮮の幹部にはその認識はないだろう。
 いや認識はあるかもしれないが、それは頭の中のことで実感はない。
 必要なのは感じること。
 痛い、苦しい、つらい、哀しい、悔しい。
 そんな思いの中で死んでいく他者のことを感じることが大事。

 もっとも北朝鮮の幹部は子供で他者が存在しないから問題なのだが。
 他者を感じること。
 それを感じることが出来れば、自国民の貧困も拉致の問題も放っておけなくなるはずだ。


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天地人 第21回「三成の涙」

2009年05月25日 | 大河ドラマ・時代劇
 「三成の涙」

★兼続(妻夫木聡)は実は三成(小栗旬)の様なタイプは得意なんですね。
 無器用で自分を表現するのが下手で誤解されてしまうタイプ。
 そう。殿、景勝(北村一輝)様です。
 景勝の言葉が足りない分を兼続が補う。
 景勝の暗い分を兼続が明るくする。
 そんな関係。
 今後兼続は景勝同様、足りない点を補って三成を助けて行くのでしょうね。

★さて兼続はそんな無器用な三成をどう落としたか?
 ひとつは共感。自分も幼い頃、両親から離されつらい思いをしたこと。
 拒まれても与え続けてきたこと。
 三成が持っていないもの、<共に歩める仲間><阿呆になれること>を見せたこと。
 
 <共に歩める仲間がいないこと><阿呆になれないこと>はおそらく三成の劣等感だったのでしょうね。
 三成の様なタイプが兼続の様な人間を前にしたら普通なら、反発して心を閉ざしてしまう所ですが、兼続にはそれを払拭させてしまう大らかさがあった。
 それが兼続の魅力なのでしょう。
 同時にそれは秀吉(笹野高史)も持っているもの。
 <誰でも仲間にしてしまう力><阿呆になれること><その大らかさ>
 これは兼続、秀吉に通じるものなんですね。
 だから秀吉は兼続を評価した。
 だから秀吉を尊敬していた三成は秀吉と同じ資質を持つ兼続を認めた。

 兼続は秀吉。
 景勝は三成。
 この図式でとらえるとこの4人の関係が成立したのは「なるほど」という感じがします。

 兼続と三成のやりとりは「民のためとか」みたいな言葉が多くて説教くさい感じはしましたが、とりあえず<握り飯を分け合える人>が出来て「三成、よかったね」と言いたいと思います。

※追記
 「兼続はわが妻は美しいと秀吉に自慢していた」
 こう三成がお船(常盤貴子)に告げたことは成功でしたね。
 兼続がお船に「美しい」と直接言うより断然効果がある。
 お船は「上方の方はお上手」と喜んでいましたが、彼女が喜んでいたのは三成がホメたからではなく、兼続がホメてくれたから。
 第三者に『あいつがあなたのことをきれいだと言ってましたよ』と言わせる。
 兼続のそれは意図したものではありませんでしたが、これは夫婦生活円満の秘訣ですね。


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パルプ・フィクション

2009年05月23日 | 洋画
 僕は真面目なのだろうか、タランティーノの良さがわからない。
 まず僕はストーリーや言いたいことがしっかりしてないとダメなんですよね。
 この作品は敢えてその逆をやった作品。

★まずストーリーラインは3つ。
・ギャングのヴィンセント(ジョン・トラボルタ)のストーリー。
・ボクサー、ブッチ(ブルース・ウィリス)の試合での八百長話。
・不良カップルのパンプキン(ティム・ロス)とハニー・バニー(アマンダ・プラマー)のコーヒーショップでの強盗話。

 でもそれぞれのストーリー進行に何の脈絡もない。
 ヴィンセントはギャングのボスの若く美しい妻ミア(ユマ・サーマン)の夕食のお相手役をするが、ミアはクスリを多用しすぎてあわを吹いて心臓発作。
 ここでヴィンセントはボスに追われることになるのかと思いきや、注射針を心臓に刺すとミアは蘇生。それでこの話は終わり。
 ところが今度は別の事件が発生。
 何とヴィンセントの銃が暴発して仲間の頭が吹っ飛び、彼は車の大掃除をすることに。脳味噌の片づけとか……。
 そしてこの話は片づけが済んで終わり。警察に追われるとか、そういうことは全然ない。

 ストーリーの脈絡のなさはボクサー・ブッチの話も同じ。
 八百長のことでギャングのボスに追われるが、逃げ込んだショップの主人が変質者で、ブッチを追ってきたギャングのボスと共にSMの拷問に遭ってしまう。
 なぜここでSM好きの変質者が現れてブッチたちが拷問に遭うのか?
 ストーリー上の必然はないし、意味もない。

★これは一体何なのか?
 まあ、この作品を楽しめない時点で僕の頭は固くなっているのかもしれませんね。
 この作品を見た若者達はそれぞれのシーンで笑い転げているという。
 敢えてこの作品を意味づけすると
 『我々の生きている現実はこの様脈絡のないもの。我々は偶然に支配され行き当たりばったりに生きている』ということでしょうか?
 そしてタランティーノは『この無意味な行き当たりばったりの生を認識して楽しめ』と言っている?
 もっともこういう意味づけ、テーマ探しこそこの作品の精神に反することなのかもしれませんが……。


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トパーズ

2009年05月22日 | 洋画
 キューバ危機を扱ったヒッチコックのスパイ映画。
 でもヒッチコックらしくない。
 ヒッチコックらしさとは何か?と定義するのは難しいが、敢えて言うと<美男美女の華麗なラブロマンス><サスペンスフルな映像>。
 この作品はそのどれもが中途半端。
 ヒロインでキューバの地下運動のファニタ(カリン・ドール)は途中で殺されてしまう。
 おまけに主人公・アンドレ(フレデリック・スタフォード)の妻は彼女が愛人だと知っていてしてドロドロの不倫関係。
 ヒッチコックのヒロインにドロドロは似合わない。
 またヒロイン・ファニタは十分にきれいだが、やはりヒッチコックのヒロインは豪華な金髪美人でないと。
 サスペンスについても同じ。
 主人公アンドレには危険らしい危険が降りかからない。
 唯一ヒッチコックらしい所はキューバの将軍のホテルからその秘書を買収して覚書のアタッシュケースを盗み出すシーン。
 だがそのシーンでも危険なのはアンドレに仕事を依頼された花屋。

 この様に「トパーズ」はヒッチコックがシェフとして十分に腕を振るえなかった映画。
 ただスパイ物としてはリアリティがある。
 キューバの共産主義体制下、それに反対する地下組織がある。
 スパイのアンドレは彼らの協力を得て情報収集する。
 かつて第二次世界大戦で英国のスパイはフランスのレジスタンスや一般市民のスパイ網を使って情報収集したが、アンドレも同じ。
 これこそスパイ。
 この作品が作られた69年ではかなりエキサイティングな素材であったはず。
 <トパーズ>がソ連のためにスパイ活動をしているフランス人の組織の暗号で、スパイは政府の官僚の中にいるというのもなかなかのリアリティ。
 このリアリティこそがヒッチコックの食指を動かしたものでなかったか?

 それにしてもこの作品のアンドレの様な<地味でリアルなスパイ>ですね。
 スパイの代表007、ジェイムス・ボンドとは大違い。
 何しろボンドは単独行動が多く派手なアクションをするスーパーヒーローですからね。
 この比較は面白い。

 スパイというのは世界で二番目に生まれた職業だそうですが、いずれにしてもエンタテインメントには欠かせない魅力的な設定ですね。


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アイシテル ~海容~ 第6話

2009年05月21日 | ホームドラマ
 「生きてこその償い」

★智也(嘉数一星)は家の中でひとりだったんですね。
 だから恵まれている清貴(佐藤詩音)に嫉妬した。怒りを覚えた。
 でも前回も書いたが、大人になるとは<自分がひとりであること>を知ることであると思う。
 自分は世界の中心でない。他人は自分を見てくれるわけではない。
 そのことを認識するのが大人になるということ。

 そして生きるとは何とか他人との絆を築こうとして傷つきもがくことだと思う。
 友達、恋人、そして子供時代とは違った親子関係……そんな新しい自分の世界を創造していくことだと思う。
 この点で<ひとりであること>から<殺人>というマイナスの方向に向かってしまった智也は間違い。
 それは創造ではなく破壊。

★心に響く言葉とそうでない言葉がある。
 例えば響く言葉は……
 智也(嘉数一星)の「あの時のキャッチボール楽しかった」。
 さつきの母・敏江(藤田弓子)の「あなた達がいたから頑張れた。あなた達の笑顔を見たくて頑張った」。
 前回の美帆子(川島海荷)の「じゃあ、あなたが死ねば」もそう。

 しかしさつき(稲森いずみ)の言葉は……?
 「罪の大きさを息子にわからせるために私達が生きていくことをお許し下さい」
 前回の「息子がなぜこの様なことをしてしまったかわかりません」よりは進歩したと思うが、まだ心に入って来ない。
 そして手紙という手段もマイナス。
 じかに会って話した方がいろいろなニュアンスが伝わるのに。
 字面だけを追えば「生きていくことを許してもらう」言い訳にしか聞こえない。
 遺族が完全に納得する言葉を発するのは難しいと思うが、この作品のラストでさつきはそんな言葉を見つけることが出来るのだろうか?
 さつきが真の言葉を見つけた時、このドラマの絡まった糸はすべて解ける様な気がする。

※追記
 ところでこの作品のタイトルはなぜカタカナで「アイシテル」なのだろう?
 「愛してる」「あいしてる」よりは無機質な感じがしますよね。
 作者がカタカナに込めた意味もこの作品を読み解く鍵になるかもしれない。


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007 慰めの報酬

2009年05月20日 | 洋画
★前作「カジノ・ロワイヤル」に続く若き日のボンド。
 演ずるのはダニエル・クレイグ。
 ロジャー・ムーアなどのボンドに比べ、神経が張りつめピリピリしている。
 それはMI6での立場でもそうでボンドは信頼されていない。
 ボンドの行く所、死体の山。
 Mはボンドが恋人・ヴェスパーを失った復讐でやっているのではないかと疑っている。

★しかし<殺さなければこちらが殺されてしまう>のがスパイの世界。
 裏切りも当たり前、かつての味方が急に敵となる。
 英国内部にも敵に内通した人間がいるし、アメリカのCIAにもいる。
 特にCIAは自国の石油利権の確保のために組織の幹部であるグリーンの行動を黙認する。いや黙認するどころかボンドの敵となる。

 この作品のボンドは不信・裏切りの渦巻く<非情の世界>に生きるボンドなのだ。
 途中、ボンドは協力を要請したマティスやボンドを英国に移送する役割だった女性フィールズを敵の手によって殺される。
 自分を信じ応援したばかりに命を失った友人達。
 しかしボンドは感傷に浸ることはない。
 マティスの遺体はゴミ箱に捨てる。
 フィールズは石油のコールタール漬けにされるが、ボンドはすぐに新たな敵と戦う。
 マティスやフィールズを殺された怒りを胸に秘めて。

★そしてこのストイックなボンド像が新しい魅力になっている。
 Mはボンドの行動を復讐ではないかと考えるが、ボンドはそんなことは考えていない。
 あくまで怒りや復讐心を胸に秘めてクールに行動している。
 それはクールでプロフェッショナルでなければすぐに命を奪われることをボンドは知っているからだ。

 甘さの欠けらもないクールなジェイムス・ボンド。
 そう言えば今回メインのボンドガール・カミーユ(オルガ・キュリレンコ)とのベッドシーンはなかった。
 最初はそんなボンド像に、ダニエル・クレイグのキャスティングを含めて違和感があったが、「カジノ・ロワイヤル」から続く2作を見て病みつきになりそう。
 かくして007シリーズは続いていく。
 時代に応じた新しい姿を見せながら。


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