ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

ひきつづき、『風立ちぬ』のこと。①

2019-04-17 | ジブリ



 6年前(2013=平成25年)に劇場で観たとき、いちばん強烈だったのはやはり序盤の「関東大震災」のシーンですね。文字どおり、「震撼させられる」という感じになった。とはいえ、あのくだりは3・11ショックの影響で出てきたものではないんだ。そういう意味では、『風立ちぬ』は『シン・ゴジラ』や『君の名は。』とは違うんですよ。3・11に触発されて生まれた作品ではない。
 2011年の3月あたりには、『風立ちぬ』はもう製作段階に入ってたんですね。宮崎監督はすでに絵コンテを切り始めていて、「ちょうど関東大震災の絵コンテができた翌日に3・11が来まして」と、パンフレットではっきり語っておられる。これは予見性というより、シンクロニシティー(共時性)と呼ぶべきだろうと思いますが。
 だから「そのシーンを描くのかどうか、本当に深刻に考えなければならなかった。」といってもおられる。むしろ逆に、自粛すべきかどうか慮(おもんぱか)るくらいだったわけですね。最終的には、当初の構想どおり完全に映像化できたらしいけど。
 アニメにおける「堀越二郎」のモデルは、実在した技術者(零戦の設計者)堀越二郎氏なんだけど、この方は群馬県の生まれで、東大の工学部航空学科に受かって東京に出たのは1924(大正13)年、つまり震災の翌年だから、じっさいには体験していない。ただ、もうひとりのモデルである作家の堀辰雄(小説『風立ちぬ』や『菜穂子』の作者)のほうは、震災で母親を亡くしている。町が火事になって、みんな隅田川へと押しかけるんですね。これはそれからほぼ20年あとの大空襲の時もそうだったんだけど。
 だから堀辰雄の母親も、ほかの人たちと紛れてしまって遺体が結局見つからなかったらしい。アニメ『風立ちぬ』を見ている限り、そこまでの悲惨さは伝わってこないですよね。二郎がお絹さんと菜穂子を屋敷まで送り届けるくだりも、命懸けというほどではなさそうだったし、あとは、大学で研究室の本を運び出して、その傍らでタバコ吸ったりとか。まあ、本の避難も大事だろうけど、じっさいには、町中はもっと酷いことになってたんだ(のちに、水辺に並んだ無数の卒塔婆でぼんやりと示唆はされますが)。むろん、宮崎監督は百も承知で作ってるわけだけど、そういった姿勢への評価が作品そのものに対する賛否を分けるかなあとは思う。
 ともあれ、堀越二郎と堀辰雄ですよ。ほぼ同じ年の生まれで、ほぼ同時期に東大で学生生活を送り、苗字に同じ「堀」の一字をもつこの2人だけど、専攻はぜんぜん違うし(堀辰雄は国文科)、まったく面識はなかったでしょう。しかしアニメ『風立ちぬ』の主人公「堀越二郎」は、この2人の半生を巧みに綯い交ぜにしながら綴られるわけね。
 ざっくりいえば、飛行機の開発にかかわるパートが堀越二郎で、菜穂子との恋愛にかかわるパートは堀辰雄。
 理系のパートと文系のパート、あるいは、リアルのパートとロマンのパートといってもいいか。
 ただ、謹直なエンジニアであるはずの「二郎」も、夢のなかではカプローニと共に「官能的」といいたいくらい色彩豊かで豪奢なイメージの世界に遊ぶわけですね。角川文庫で出てる『零戦 その誕生と栄光の記録』を読むかぎりでは、じっさいの堀越さんは、とてもあんな夢を見るタイプとは思えないんですが(笑)。
 そうやって、作中ではずっと「楽園」のイメージで表されてきた「夢の世界」が、ラスト、菜穂子の死と日本の敗戦(に伴う零戦部隊の壊滅)の後には、一転して「地獄」のごときイメージになってしまう。打ちひしがれる二郎(庵野さんが下手すぎて心情がいまいち届いてきませんが)。そこでカプローニだけが妙にのんきで落ち着いてるのが、救いのようでもあるし、何とも無責任のようでもある。そこに遠くから菜穂子が歩いてきて「(あなたは)生きて。」と二郎にいう。
 あそこのとこ、最初のシナリオでは菜穂子のセリフは「来て」だった……っていう話をネットで見たけど、どうなんだろう。初夜に二郎を布団へと招く「来て」と対になってはいるものの、それだとまったく逆の意味になっちゃいますよね。作品全体の意図ががらっと変わってしまう。そんな重大な変更をするかなあ。これについては懐疑的にならざるをえない。
 ただ、前回も書いたように、『もののけ姫』いこうの宮崎作品はぜんぶ構成が破綻してるので、土壇場で「来て。」が「生きて。」に変わっちゃってもさほど支障はないのかなあ……って気もしてます。「トトロ」のラストでさつきとメイがじつは死んでたって都市伝説は噴飯もので、ぼくも本気で反論を書いて当ブログにアップしてますが、「ポニョ」のラストで宗介はじめ全員がじつは「あの世」にいるっていう解釈については、正直なところ「あー、そうとも読めるな。」と思うんですよね。それくらい、このところの宮崎作品は良くも悪くも融通無碍(ゆうづうむげ)になってきている。
 作劇の常識からいけば、「敗戦の痛手から少しずつ、しかし懸命に立ち上がろうとするニッポンの姿」を最後に描き添えるのが筋ってもんですよ。片渕須直監督の『この世界の片隅に』では、きっちりそういうことをやってるでしょ。でも宮崎さんはやらないんだよね。




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