前回の記事は、期間限定っていうより「時間限定」でしたね。お昼休みにぱぱっと書いてアップしたんだけど、発表までの数時間だけ有効だったという……。
2020年下半期の芥川賞は、下馬評どおり宇佐見りん「推し、燃ゆ」(文藝秋季号)に決定。ちなみに直木賞は西條奈加『心淋し川』(集英社)に。話題となったクリープハイプの尾崎世界観、NEWSの加藤シゲアキ両氏は受賞を逸す。
これで2011年以降の受賞作はこうなりました。
第164回(2020年下半期)- 宇佐見りん「推し、燃ゆ」
第163回(2020年上半期)- 高山羽根子「首里の馬」/遠野遥「破局」
第162回(2019年下半期)- 古川真人「背高泡立草」
第161回(2019年上半期)- 今村夏子「むらさきのスカートの女」
第160回(2018年下半期)- 上田岳弘「ニムロッド」/町屋良平「1R1分34秒」
第159回(2018年上半期)- 高橋弘希「送り火」
第158回(2017年下半期)- 石井遊佳「百年泥」/若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」
第157回(2017年上半期)- 沼田真佑「影裏」
第156回(2016年下半期)- 山下澄人「しんせかい」
第155回(2016年上半期)- 村田沙耶香「コンビニ人間」
第154回(2015年下半期)- 滝口悠生「死んでいない者」/本谷有希子「異類婚姻譚」
第153回(2015年上半期)- 羽田圭介「スクラップ・アンド・ビルド」/又吉直樹「火花」
第152回(2014年下半期)- 小野正嗣「九年前の祈り」
第151回(2014年上半期)- 柴崎友香「春の庭」
第150回(2013年下半期)- 小山田浩子「穴」
第149回(2013年上半期)- 藤野可織「爪と目」
第148回(2012年下半期)- 黒田夏子「abさんご」
第147回(2012年上半期)- 鹿島田真希「冥土めぐり」
第146回(2011年下半期)- 円城塔「道化師の蝶」/田中慎弥「共喰い」
第145回(2011年上半期) - 該当作品なし
西日本新聞の文化欄およびQJWEBの「第164回芥川賞全候補作徹底討論&受賞予想。」から、各候補作のあらすじを抜粋させて頂きましょう。上が西日本新聞、下がQJWEBです。
西日本新聞
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/682526/
▽宇佐見りん「推し、燃ゆ」
高校生のあかりは、「推し」のアイドル上野真幸の活動を全身全霊で追いかける。ある日、その「推し」がSNSで炎上した。ファンを殴ったという。あかりの人生も暗転していく。
アイドル・上野真幸がファンを殴ったという事件が〈あたし〉こと山下あかりの人生を変える。人生のすべてをかけて「推し」ていると言っても過言でない真幸が、少しずつ遠くに行ってしまうようなのだ。その事実に順応できないあかりの人生は次第に壊れていく。
◎発表前、ぼくが参照したすべてのサイトで、みなが「推し、燃ゆ」を推してましたね。
▽尾崎世界観「母影(おもかげ)」
母子家庭で育つ少女は、学校に友だちがいないため母が働くマッサージ店で放課後を過ごす。カーテンの向こうで客を「直す」母の仕事には、そこはかとない怪しさがにじんでくる。
〈私〉のお母さんは、体のどこかが壊れてしまったお客さんをマッサージで「直す」仕事をしている。だが、お店に来る男のお客さんの中には変なことをさせようとする人もいるようだ。小学生の〈私〉にも、お母さんが嫌がっていることはわかり、不安な気持ちになる。
◎少女の一人称語りの手法について、書評家の方々のあいだで、微妙に賛否が割れてましたね。
▽木崎みつ子「コンジュジ」
小学生せれなの父は自殺未遂を繰り返し、母は娘の誕生日に出奔した。複雑な家庭で暮らす11歳のとき、テレビで目の当たりにした既に亡き伝説のロックスター・リアンに魅了される。
11歳のとき、せれなはリアンに恋をした。リアンは〈ザ・カップス〉というバンドのメンバーで、彼女が生まれる前に死んでいた。駄目男の父と息が詰まるようなふたり暮らしの中で、リアンについて調べ、夢想することがせれなにとっては唯一の生きる希望になっていく。
◎「コンジュジュ」とはポルトガル語で「配偶者」って意味とのこと。ただし作中にはその説明はないらしい。それにしてもこの内容、「推し、燃ゆ」と少し被ってませんか。「私にとっての偶像(アイドル)を探す。」ってのが今日における主題のひとつになってるのかな。
▽砂川文次「小隊」
ロシアが北海道に侵攻し、戦後日本で初となる地上戦が現実味を帯びてきた。自衛隊の安達3尉は、住民への避難要請などに忙殺されながら、やがて過酷な戦端が開かれてしまう。
突如ロシアの侵攻が始まり、北海道が交戦可能性のある地帯になる。第27戦闘団第1中隊に属する安達は幹部自衛官として小隊を率いる立場だ。連絡が取れない恋人のことをくよくよ考える安達だが、そんな彼の思いとは無関係にロシアとの戦闘は始まってしまう。
◎内容からすると直木賞向きのようだが、芥川賞候補になったということは、単純なシミュレーション戦記ものではないのだろう。三崎亜記の『となり町戦争』をよりハードにした感じなんでしょうか。
▽乗代雄介「旅する練習」
中学入学を控えたサッカー少女と小説家の叔父は、コロナ禍の春休みに利根川沿いをドリブルしながら歩いて鹿島を目指す。途中で就職を控えた女性と出会い、3人の道行きが始まる。
姪の亜美が希望する私立中学の受験に合格する。そのご褒美として、小説家の〈私〉は彼女を鹿島への徒歩旅行へと誘う。亜美は道々サッカーの練習に熱中し、〈私〉は見聞した風景の写生文書きに余念がない。順調に旅をつづけるふたりは、木下貝層でひとりの女性と出会う。
◎今回の芥川賞および直木賞の全候補作のなかで、唯一、コロナの影響を直接描いた作品とのこと。それでいて、いちばん穏健そうな印象ですね。
どれも面白そうだけど、やっぱり、「推し、燃ゆ」をまず読みたいですね。純文学というのは内容もさることながら文体と手法で「最尖端」を表現するものなんで、その点においてこれはいちばん純文学らしい純文学という感じがします。