ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

合掌。

2023-03-13 | 純文学って何?


 思えばバブル前夜の80年代初頭、放課後の高校の図書室で見つけた気色わるい表紙の新潮文庫版『死者の奢り・飼育』一冊が、それまでふつうの理系志望であった私を「文学」などという冥府魔道に引きずり込んだのであった。サルトルに学んだあの文体はあまりに強烈すぎて、下手に真似すると自分を見失いそうだから模倣したことこそなかったが、しかし大江健三郎という存在はつねに私にとっての文学宇宙の中心にあった。いわば巨大な北極星だった。このところ「純文学」に疑念を抱いて「物語(ロマン)」に傾斜しつつあるのだけれど、それでも大江さんの小説のことを忘れたことはない。中上健次があれだけ野放図に自らの文学を追求することができたのも、大江健三郎という先達があってのことだ。また村上春樹にしても、『1973年のピンボール』なるタイトルが『万延元年のフットボール』のパロディーであることからも知られるとおり、大江文学の軽妙な裏返しという面がある。大江さんなくして今日の日本の現代文学はなかった。ご冥福をお祈りいたします。