ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

深掘り談義 20.07.18 祝・藤井聡太棋聖誕生

2020-07-18 | 雑(youtube/パソコン/将棋。ほか)


 dig ……フカボリスト。毒舌家




 e-minor ……当ブログ管理人の別人格。聞き手役だが、今回はよく喋るもよう


☆☆☆☆☆☆☆


 どうもdigです。


 e-minorです。


 藤井聡太くんが棋聖位を取ったな。


 屋敷伸之さんの最年少タイトル記録を更新したのも凄いが、18歳の誕生日の間際だっていうのがまたねえ。明日の19日が誕生日だからね。17歳で初タイトル!っていうのと、18歳で……では、響きがぜんぜん違うよね。コロナ禍のために対局日程が延びてた中でこれをやってのけたんだから、まさにマンガかラノベさながらの鮮やかさだな。


 駒の動かし方もろくに知らないパンピーたちが大騒ぎするってもんだよな。


 またそういう言い方を。どうしてそう反感を買うようなことばっかし言うかな。


 いいじゃんか。どうせもうやめるんだろブログ。


 そりゃそうだけど、だからってそう毒を吐くもんじゃないよ。めでたい話題なのに。


 安穏たる日常を揺さぶり、あわよくば亀裂を生ぜしめて、その裏側に広がる底知れぬ深淵を覗かせようってのがフカボリストたるおれのモットーだからね。そのためには挑発的な発言も辞さんさ。


 べつに将棋の話題でまでそれをやらなくたっていいんだよ。話を戻すと、ふつうのプロ棋士の計算能力を、6桁×6桁の掛け算をすらすらと暗算で解くレベルだとしたら、いわゆるトッププロは7~9桁×7~9桁くらい。それが藤井新棋聖のばあい、10桁×10桁を、延々と精確に解き続けられるレベルって気がする。あくまでもぼくの印象だけど。


 ラマヌジャンみたいなもんかな。知り合いの数学者が、「1729」と記された車のナンバープレートをみて、「何の意味もない数字だな。」といったのを受けて、「そんなことはありません。1729は、2つの異なる立方数の和で表すことのできる数の中でもっとも小さな数ですから。」と即座に答えたというね。


 いわゆるタクシー数のエピソードだな。立方数とはひとつの数字の3乗のことだけど、1729は、1の3乗+12の3乗としても、9の3乗+10の3乗としても表すことができる。このように、ふたつの数字の3乗の和で二通りに表すことのできる数は、1から1728までの間には他にないんだな。


 むろんこんなのは些細な例で、ラマヌジャンはほかにも瞠目すべき業績を山のように残している。彼がノートに書きつけた定理や公式の数々は、いまだ解明途上だ。


 ラマヌジャンのことは人間の脳ってものの底知れなさを測る貴重な事例だと思うけど、藤井聡太というひとも、そういう意味では似てるところはあるかもね。


 そうかもしれんが、こんな話ばっかじゃ昼飯がどうの和服がどうの賞金がどうのと与太ばかり言ってるワイドショーと大差なかろう。肝心の将棋の話をしようや。棋聖位を奪取した7月16日の対渡辺明戦はどうだった?


 じゃあここで画像を貼ろうか。

 これは51手目、先手の渡辺棋聖が26桂と持ち駒の桂馬を打ったところだね。飛車の利きを遮っての桂打ちは異筋といえるが、これが好手だった。もちろんまだまだ難しいんだが、先手のほうが攻勢に入ってるのは確かだ。仮に後手が44金とかわせば、▲55銀左とぶつけていく。それで金気が手駒になったら、そうとう攻めが続きそうだ。


 細かい攻めを繋ぐテクでは渡辺って棋士は天下一品だからな。消費時間も、ここではかなり先手有利だったろ?


 詳しくは知らぬが、中盤あたりでは1時間近く差が開いたこともあったようだ。ありていにいって、「藤井くん押されてるな。」って印象だったね。この局面にしても、44金とかわす以外に、ぱっと見て思わしい手がない。△36歩と伸ばしてるんじゃ遅いし……。


 遅いうえに、先手の玉まで遠いわな。アマの感覚だと、後手の角が使えてないのが痛い。ここで△13角と覗いても仕方ないしな。


 35歩が塞いでるからね。それに、ここで角がどいたら▲55銀左がよけいにきつくなりそうだ。


 おれだったらここでもう諦める。


 得意の深掘りはしないのかい(笑)?


 しない。おれの深掘りはきわめて局所的なのだ。わからん分野のことはわからん。


 藤井挑戦者は、ここで金を逃げずに45歩。この手にもかなり考慮時間を使った。それだけに、なかなか思いつかない手ではあるが、だからって先手もさほど慌てはしなかったろう。5段目の歩打ちだからねえ。さほど時間も使わずに、当たりになった銀を55銀右とぶつけていく。


 ▲34桂が角当たりにもなるんだから、先に金を取る手もあったんじゃないのか?


 △34同銀で後手の角道が開くし、早々と桂馬を渡すのもちょっとな……というところだったのかな。強い人ほどこういう手には飛びつかぬもんだが、しかしこの金が結局取り切られぬまま先手陣ににじり寄っていって、ついには詰みにまで関わってくることを思うと、「ここで取っておけばなあ」という気持は確かにあるね。


 もちろんその時はその時で、藤井くんのほうは対策を用意してたんだろうけどな。


 銀を引くわけにはいかんから▲55銀右は当然だろうけど、後手にすれば、先手の角道を二重に止めたのが大きいのかな。


 で、ここからの2手が棋聖の意表をついたわけだ。


 うん。まずは△86歩と飛車先の歩を一本入れて、これはとうぜん▲同歩。そこで飛車を走らず△94桂と、ここから打つのが藤井挑戦者の狙い筋だった。


 △45歩の前に後手がかなり時間を使ったのはこの後の変化を読んでたんだろうが、しかしその桂……どれくらい先手陣に響いてるんだ。


 ぼくにはなんとも言えないけども、じっさいの指し手をたどっていくと、ここから攻守が入れ替わったのは明らかなんだ。この手以降、渡辺棋聖は長考を繰り返すことになる。そして、ずっと進めて76手目、ここで△89歩成とと金を作ったところでは、逆に後手がよさそうにみえる。




 「なんでこうなった。」という感じだな。あの金がここまで来ちまった。挟撃態勢になってるな。


 このあたりでは、すでに消費時間も逆転していたかと思う。


 全盛期の羽生善治ってひとは、局面がやや不利になると、盤面を混沌とさせる手を指し続けて逆転に結び付けたんだけど、あれを髣髴とさせるな。


 そういう勝負術とはまた違う気がするんだ。羽生さんもインタビューなんかでそのことを訊かれると、「とくに意識はしていません。いつもその局面での最善手を指しているつもりです。」と答えてらしたけど、藤井くんもそうじゃないかと思うんだよなあ。


 その辺の機微は、ソフトの助けを足りてもなお、おれたちには伺い知れんところがあるわな。


 今日はばかに謙虚だねえ。


 言ったろう。おれは不得手な分野に関しては謙虚なのだ。


 さっきの△89歩成のあと、▲53桂不成。これは王手だから同桂と取って、▲73角成。飛車当たりだ。後手の陣形は飛を取られちゃあひとたまりもないんで、ぼくらだったら取り合えず逃げるところだけども。


 ここで飛車を逃げるなら△42飛しかないが、それだと先手からそうとう絡まれそうだ。


 藤井くんは飛車を逃げずに△38銀。これがほとんど決め手級の一手だった。


 これだと▲82馬、△29銀成……まあ不成か……△29銀不成と、先に飛車を取られて▲71飛などと先に打ち込まれそうだが。


 それには△51歩と底歩がきく。これがさっき▲53桂不成と5筋の歩を桂で取らせた効果で、ここに底歩が打てるのがむちゃくちゃ大きい。これで後手玉がすぐには寄らない。いっぽう、その時点で先手玉は△79飛までの一手詰めになっている。


 怖いねえ。


 だから渡辺棋聖は▲59飛と逃げた。玉がえらく狭くなったが、と金はいても、まだ78玉と上がれば左辺が広いと思ってたんだろうね。しかしそこで、△86桂の追い打ち。


 いわゆる「縛り」ってやつだな。先日の木村一基王位との王位戦第二局でも……あれもなかなかの逆転劇だったが……最終盤でそんな手が出てたが。


 あそこではもう形勢が逆転していて、余裕をもっての縛りだったけど、本局は飛車が当たりになってるわけだからね。前もってそうとう読んでなきゃ指せない。


 飛車を取り合ったら先手玉はほぼ必至になっちまうから、先手からは結局取れないんだな。そういう仕組みになってるわけだ。


 うん。とにかく51に底歩がきくのが大きい。飛車を取られたらおしまいだから、渡辺棋聖は△47桂を防いで▲48歩。そこでようやく後手は△42飛と逃げる。このやり取りはどう見ても先手が苦しいね。それでもまだ難しいところはあって、ぼくたちだったら後手を持って確実に負ける自信があるけど、むろん藤井くんは逃さない。……というわけで109手目。もう渡辺棋聖も読み切ってたと思うんだけど、それでも最善の追撃をずっと続けて▲89竜。



 もう後手に歩はないな。


 代わりに桂馬が入ってるんだ。桂馬がなければ41金と合駒するしかなくて、金を使わされると先手玉が詰まなくなるから先手勝ちなんだけど、ここできっちり桂馬が持ち駒になってるわけだね。△41桂打ちまで、先手投了。かくて17歳の新棋聖が誕生した。


 獲得までの経緯もマンガかラノベばりに劇的だったが、将棋そのものも劇的だったと。


 まさにアンファン・テリブルだよね。いや物腰や言動はまことに穏やかで、いっそ老成と言いたいほどなんだけど、盤上においてはただただ怖ろしい。終わってみれば挑戦者側から見て3勝1敗。渡辺さんもびっくりしてたみたいだ。渡辺二冠は棋士の中でも早いうちにブログを始められた方で……ちなみのこのgooブログなんだけど……わりと率直に心中を文章にされるんで好感をもってるんだけど、こんなにも驚いている様子を見るのはあまりない気がする。


 「すごい人が出てきた。」「負け方が想像を超えてる。」だっけ。じっさいに盤を挟んで対戦した棋士が……それもこれほどの強豪が言うんだからよっぽどだわな。


 とにかく藤井新棋聖、このまま順調に行ったら羽生善治永世七冠を超える大棋士になるのは間違いないんで、大人たちはあまり営利目的で擦り寄ったりせずに、できるだけ本人のことを尊重しながら節度を保って接してほしいね。


 そっちのほうが、むしろ将棋そのものよりも難敵じゃないかって気さえもするな。大きなお世話だろうけど。