ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

宇宙よりも遠い場所・論 03 コメディエンヌとしての報瀬

2018-11-26 | 宇宙よりも遠い場所
 もし「宇宙よりも遠い場所」をご覧になっておらず、ぼくのこのブログだけでストーリーを想像している方がいらしたとしたら、報瀬というのはさぞかし生真面目で陰のある女の子だろうな、と思っているかもしれない。
 たしかにじっさいそうなのだが、いっぽうでは、キマリから「残念美人」と称されるくらい、ドジで隙だらけのキャラクターでもある。
 これは、「そういう設定のほうが面白い」というキャラ付け上の理由もあるし、また、彼女がもし完全無欠なリーダータイプであったなら、話がうまく転がらないということもある。
 なにしろ報瀬とキマリが知り合ったのも、彼女が虎の子の100万円を駅の階段で落としたからだ。
 落とすこと自体うかつだが、そもそもなんでそんな大事なものを持ち歩いてるんだ、と思う。「お守り代わりに肌身離さず持っているのか……」とぼくは憶測していたが、コミック版の設定によれば、「こつこつ貯めた預金が100万に達したので、嬉しくてつい引き出してしまった」らしい。
 何にせよ、どう見ても、完全無欠なリーダータイプのすることではない。
 翌朝、学校で初めて紛失に気づいた彼女は、女子トイレに行き、個室にこもってひとしきり荒れ、泣きじゃくる。それで「ひゃくまんえん……」と嘆くのだが、鼻水で声がつまっているために、「しゃくまん……えん」と聞こえる(だから第1話のサブタイトルは「青春しゃくまんえん」である)。
 廊下で報瀬の姿を見かけ、トイレの中まであとを追ってきたキマリは、その時からずっと、その封筒に入った100万のことを「しゃくまんえん」と呼び続けることになる。
 この「しゃくまんえん」は、作中における最大の小道具として、何度となく重要な役割を演じ続け、最後の13話において、見事な落ち着き場所を得るのだが、それはずっと先の話だ。
 「しゃくまんえん」を返してもらった際の報瀬のようすは以下のとおりである。前々回の記事に貼った画像と見比べてください。


 「ギャップ萌え」ではないけれど、これくらい振れ幅が大きく、可愛いところがあるからこそ、キマリも視聴者も彼女を好きにならずにいられない。
 むろん、「喪の仕事」という重い課題を背負っているので、彼女のこころのいちばん深いところはずっと凍ったままなのだ。学校では孤高の姿勢を崩さず、ほかの誰かと打ち解けることもない。しかし、キマリという朋友(とも)に対しては、無邪気なくらい幼い顔を見せもする。


 これは南極に行く観測船「しらせ」が広島の呉に寄港したとき、ふたりが誘い合わせて見学に行く折の車中のようすだ。彼女たちの住む群馬県・舘林から呉までは片道6時間半あまり、運賃も20000円以上かかる。ただの物見遊山で行けるものではない。だからキマリが約束どおり来てくれた時の報瀬はこんなに嬉しそうなのだ。
 「しゃくまんえん」を崩して高額な「幕の内」を2人分買おうとする報瀬をキマリが押しとどめ、結局500円くらいのお握りを買ってふたりで分ける。そのあと、背の高い報瀬のほうが身を低くして、キマリの肩に凭れかかってうたた寝するところがミソだ。
 南極に行く、という一事において報瀬が牽引役なのは間違いないが、けっしてふたりの関係は、どちらが主でどちらが従というものではない。誘ったのは報瀬だが、「決めた」のはキマリ自身である。このことは、第5話において、「めぐっちゃん」という5人目のヒロインとのかかわりのなかで大きな意味をもってくる。