僕は悪筆である。パソコンで何が便利といって判読可能な字が書けることだ。以前あるコンクールで審査を終え会場を後にしようとホールロビーを通った。受けた中学生たちがまだかなり残っていて、自分への講評用紙を読んでいた。
何人かの女の子が用紙を顔に近づけて「読めないよぉ」と泣き声をあげているので、ちょいと覗き込んだら全員が僕の書いたものを掲げているのであった。
ここまで書いて思い出した。むかし、といってもほんの十数年前、ある雑誌に一文を載せた。自分でも判読不可能な下書きを、丁寧に丁寧に清書し、編集部へ郵送した。
数日後、折り返し原稿が届いた旨の電話があった。「原稿を有難うございました。清書はこちらで致します」
僕の努力は一体なんだったのだ。
昔の人の崩し字だって読める人はいないでしょう。まぁたいした差はないのだとも言えるな。ふふん。
減らず口はともかく、僕が悪筆である理由の一つは書き順がめちゃくちゃに近いからではないか。最近そう思うようになった。人からしたら当たり前だと言われるだろう。
象形文字の時代は書き順は無かっただろう。多分ね。昔の方が好きだね、僕は。
何人かの女の子が用紙を顔に近づけて「読めないよぉ」と泣き声をあげているので、ちょいと覗き込んだら全員が僕の書いたものを掲げているのであった。
ここまで書いて思い出した。むかし、といってもほんの十数年前、ある雑誌に一文を載せた。自分でも判読不可能な下書きを、丁寧に丁寧に清書し、編集部へ郵送した。
数日後、折り返し原稿が届いた旨の電話があった。「原稿を有難うございました。清書はこちらで致します」
僕の努力は一体なんだったのだ。
昔の人の崩し字だって読める人はいないでしょう。まぁたいした差はないのだとも言えるな。ふふん。
減らず口はともかく、僕が悪筆である理由の一つは書き順がめちゃくちゃに近いからではないか。最近そう思うようになった。人からしたら当たり前だと言われるだろう。
象形文字の時代は書き順は無かっただろう。多分ね。昔の方が好きだね、僕は。