季節はずれのインテルメッツォ(続)

音楽、文学、絵画、スポーツ、シェパード等々についての雑記帖。

偽物狂騒曲 3

2014年02月25日 | 音楽
ジャパンビジネスプレスのサイトに伊東乾という音楽家が「偽ベートーベン事件、罪深い大メディアと業界の悪習慣 あまりに気の毒な当代一流の音楽家・新垣隆氏」との文章を寄稿していた。

多方面で活躍する人らしいが、音楽界の事情にはまったく暗くなって数十年、僕は名前を知らなかった。

題名通り、今回の喜劇の真作曲家、新垣隆を擁護する一文である。文章はなかなか歯切れが良く、物を書くことに慣れた人だと思われた。もっとも僕はこの一連の出来事で、影の作曲家の責任なぞ考えたこともなかったが。

アニメの世界ではアシスタントといわれる人、また場合によってはストーリーを考える人と作者の合同作業が当然のことだが、作曲の現場でもそれは似たようなものらしい。

伊東氏はもう故人となった人物の実名を挙げて、例えば武満徹、彼らが師匠が依頼された仕事を代行したり、部分的に任されたりしたのは珍しいことではない。そしてその作業を通して自分のスキルを、またある時は信用を高めていった、と説明する。

その辺りの事情は関心のある人には実際の文章に当ってもらおう。

伊東氏は、メディアがそうした事情を知りもせずに、知ろうともせずに、あるいは知っていてもなお、面白おかしく事を扱うこと、物語を創り上げるのに専心していることを指摘する。

物語にばかり飛びつくメディア、その点では僕はまったく同感である。

その上で、僕がこの事件そのものより、事後の様々な騒動に関心がある、という一例は、この伊東氏の文章は極めて綿密に且つ具体的に書かれているにも拘らず、何かしら腑に落ちない思いが拭えない点にも表れる。

氏に依れば、上記のような、共同作業を通じて自分のスキル高めて世間から認められるようになる、そうした世界から現在は遠く離れているのだという。

下請けの作曲家はいつまでもその地位に甘んじ、表に出ている作曲家は常に陽の当たる場所にいるという。つまり下請けの作曲家を食い潰して著名な作曲家だけが太っていく。伊東氏はそれを悪習慣と呼ぶ。

作曲の現場についてあれこれ考えたこともなかったから、これらの知識は一種驚きだった。オーケストレーションまで託しているなんて思いもしなかった。

伊東氏に依れば、ある時から次第にその悪習慣が居座るようになったらしいのだが、それがいつからのことかは分からない。そして当事者が殆ど存命だからと実名は伏せられている。

それにもきちんと理由が示される。当事者である著名な作曲家にもファンがついていて、ファンは自分の偶像のイメージを作り上げているので、余計な混乱を招かないためである。

ここいらで僕は首をかしげる。ファンの一方的な「思い込み」に配慮するのかい?と。

ファンの一方的な思い込みは殆どの場合守られるべきである。人が人を「理解」することなぞありはしない。せいぜい好感を持ったりするのが関の山だ。

そうである以上、一方的な人物像を正そうとしたところで役には立つまい。それは例えば、深刻な曲で人気があるが、普段はスチャラカだ、とかいうレベルで言える。

しかし、伊東氏は悪慣習とまで言っているのだ。それに言及する以上、ファンの思い込みとやらに配慮する必要があるのだろうか?自分のフィールドの悪慣習は自分たちで払うしかあるまい。氏はメディアにそれを期待でもするのだろうか?

氏は今日の作曲家の下請け作業を磯崎新・安藤忠雄という2人の建築家の仕事場と比較する。余りに多岐にわたる現場の仕事全部をこなすことは不可能で、多くの下請け者に託しているのだが、それでもこうした大家は他人に任せた細部も把握し尽くしていると強調する。そして下請け作業の人たちもそれに見あった扱いをされているという。それはその通りだろう。

しかし建築家と作曲家とを同じように扱うことが平気で出来るほど作曲の分業は進んでいるのだろうか?下請け者がクレジットされればもう悪慣習とは言わないのだろうか?

僕が今回の喜劇で思うことから少しく離れすぎた。そろそろ脱線は終わりにしたい。

あからさまに言えば、伊東氏の文章は、同じ「現代音楽」の作曲仲間の擁護でありながら自分の正当化に近い。序でに少々の自己宣伝と。

繰り返すが、僕は新垣氏に責任なぞを迫る世間の反応も含めて、いかにも現代風だと言っている。彼に責任なぞあるものか。

伊東氏もそれに対して援護を買って出たので、その動機は認める。だが、極めて素朴な疑問、すなわち例えばオーケストレーションを人に任せて、芸術音楽の旗手を任じること、そして矜恃を持つことがどうやって可能なのか、がどうしても分からぬ。

僕はこんな面倒なことに首を突っ込むつもりではなかった。あと一度だけ偽物騒動について書いておわりにしたい。




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