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 季節はずれのインテルメッツォ(続)

音楽、文学、絵画、スポーツ、シェパード等々についての雑記帖。

小さな差

2017年10月09日 | その他
ルビーとサファイアを間違えることはない。同時にルビーならどれでも良いと買う人もいない。

そこで分からぬまでも必死に目を凝らして品質を見極めようとする。

幸いなことに大きさもそこでは意味がある。マハラジャが所有していたのを見たことがあるが、その大きさに度肝を抜かれた。

幸いなことにと書いたのは、大きさなら誰でも分かるからだ。ところがこれが罠なんだな、言うまでもないが。大きなまがい物だって立派に存在する。いや、だってどころかきっと星の数くらい出回っているだろう。何なら舌切り雀の話を思い出しても良い。

そこで改めて質が大切だと相成る。ところがこれが難しい。うーむ、サファイアとルビーの差ははっきりと分かったのだが、と思案投げ首になるのは請け合うね。

僕はどうかって?こう見えても僕は審美眼があるのだ。犬ならばルビーでも平気でオシッコをかけていく。宝石なんてただの石ころに過ぎないのに、この赤い石は何だか綺麗だなぁと手に取る猿並みにある。

その上数字も読めるから腰を抜かしたりも出来る。どうだ。

以上からも分かるように(ホントかね)質の差というのは実に些細な、小さな小さな差異なのだ。

ピアノでも事情は同じである。誰が大きなつづらを選んだ意地悪爺さんを笑えるだろう。

にも拘らず呑気に構えていられるのはまがい物のルビーをつかまされた経済的痛手が無いからに他ならない。

小さな差異を聴き分け磨くこと、これは言うは易いのだが極めて難しい。ルビーの鑑定の困難と何も違わない。音が出た途端に消え去るのだから余計に難しいと言っても良い。

宝石をためらいもなく買う鑑定眼が無い人はそれを肝に銘じておけば良いだろう。







謎のような

2017年10月06日 | その他
ラーメン店の主人が店に大麻をどっさり所持して捕まった。客が大麻の匂いがすると通報したことがきっかけだという。

しかしその通報した人はどうやって大麻の匂いだと知ったのかな?不思議な報道である。続報が欲しいなぁ。

麻薬探知犬だって訓練されてようやく嗅ぎ分けるんですぜ。それとも客は人ではなくてシェパードだったのか?きっとそうだ、そんな気がしてきた。


経済通

2017年03月03日 | その他
本ブログを読んで下さる人は知るまいが、僕は経済に明るい。僕の経済予想は自慢ではないが外れたことがないのである。

我家の台所事情は短期予想では火の車で、二百年後には終焉を迎えているだろう。もう何年にもわたってこう予測して見事に当ててきた。

そのような経済通である僕が、負けたと観念する経済記事が数日前にあった。

記事の筆者はきっと経済の世界?では大家なのだろう。名前を冠したブログを書くのだから間違いあるまい。

この筆者は先ごろ他の有名な経済アナリスト2人の講演を聞き、その精密な論理と取材に感銘を受けたそうである。深く納得するところがあったという。

しかもその両氏によって導かれた結論はまったく反対のものであったそうだ。

僕は思わず笑ってしまった。経済通のアナリスト2人が正反対の結論に至ったからには、他の経済アナリストも全員がこの両氏と同様、若しくは両氏の間に位置すると言って良い。

企業にせよ個人投資家にせよ、このように相反するアナリーゼを根拠にして投資するのだろう。

してみると、これとルーレットにおける赤か黒というのと同じことなのであろうか。

違うとしたらルーレットにおいては精緻な理論というものはない、という点だろう。もっとも精緻な理論を展開する人間は必ずいる。ロトに対してでも理論があるらしい。

ひと頃学校で模擬株取引が盛んだったようだ。こんなのはいっそのことルーレットにしちまったら楽しかろうと苦々しく思っていたが、聞かなくなったところを見るととうに下火なのだろう。

模擬株取引ではだめだ。教師の財産を運用してはどうだろう。という実践家は出ないだろうなぁ。豚を食肉業者に渡して涙を流す教育があるのだからあってもおかしくはあるまい。


ため息

2017年01月23日 | その他
スポットライトに照らされた舞台。鍵盤の上を指が踊る。ポロロロローン ピーンポロポロポーン ジャボーン

のっけから驚かせて失敬。

昨日余りにも酷い新聞記事を読んで感染してしまった。

 息が白い。気温は零下1度。時計の針は午前6時50分を指している。
 昨年12月の日曜、宮城県石巻市の国道沿いにあるパチスロ店ジョイパーク石巻店には10人以上が列をつくっていた。
 シャッターがゆっくりと上がった。
 キュインキュイーン。ピッポパッポピピピピピ。

思わずのけぞるね。これが日本を代表する大新聞の記事だ。

有り体に言えば、これは小学校の作文指導そのままなのである。簡単に気の利いた文章をでっち上げる術を教え込み、それを器用に覚えた者の何人かが新聞記者を目指す。

同じ記事の中で、片方の頰で笑った、というのまであった。こんな三流文学の文章を読んでいては記事を信頼する気持が生まれるはずもない。

やれやれ。

検索ワードから見えるもの

2016年10月19日 | その他
ブログ執筆者(おお、カッコ良い響きだ)にはその日、どのような記事が読まれていたかを知らせてくれる機能がある。

僕のブログなんざ、1日に高々百万人くらいしか読む人はいないし、話題は次から次へと変遷して行くから、凡そが直近の記事が読まれているにすぎない。

ところが「ブタのいた教室」関係は極めて頻繁に読まれている。

僕の記事を探したのではない。ブタ、道徳、などの検索ワードでいくつかの記事に行き着いて、序でに僕のも読んでいってくれたにすぎない。

検索していった人達がどのような意見、感想を持っていたのかは知る由もない。

だが、少なくとも心の何処かに引っ掛かりを覚えた人が大勢いるらしいことだけは分かろうというものだ。

僕は二度、この話題に触れていたのだが、検索から読まれているのは片方だけである。あとで両方にリンクを貼っておく。

今遡ってみたら三度かいている。最初がこれ。
その次がこれ。
そして最後がこれ

これ以上僕は書くことはないのである。どれかにたどり着いた人は出来れば三つともお読みください。
と書いたものの、PC以外からは跳ばないようである。申し訳ない。設定を何かしないといけないのだろうが、今の所わからない。

ささやかな幸福

2016年10月14日 | その他
朝食だけは自分で用意して食べる。

と、ここまで読んだだけでまぁ羨ましい、と感じた奥さま方は呆れるだけだから読まない方が良い。

僕の朝食はもう長い間不変である。トーストにママレード、コーヒー3、4杯。

僕の意志がいかに強固か、この一点をしてもわかるだろう。

湯を沸かす、パンを出す、トースターを出す、ママレードを出す、皿、ナイフ、コーヒーポット、コーヒーカップ、電動のコーヒーミル、これら一式を用意する、最後にコーヒー豆を冷凍庫から出す。おっと、ロウソク式の保温セットを忘れてはいけない。

何だか文字にすると大仕事のようだが、変哲も無いシンプルすぎる朝食だ。

これを何十年も続けているのだから、手順は流れるように進む。

はずなのだ。

ところが中々これが難しい。湯が沸いた時にはコーヒーがまだ挽けていない。コーヒーが淹れ終わったと思うとパンがまだ焼けていない。

或いは皿を出し忘れる。全部がピシャリと同時に完了することなぞ、太陽系の惑星がいちどきに並ぶこと並みに稀なのである。

手順を覚えてしまったらよかろう、と誰しも思うだろう。僕とて例外ではない。でもその手順そのものを忘れてしまうのだからこのアドバイスは役に立たない。

これほどかような次第だから、ごくごく稀にドンピシャリに同時に用意完了すると実に気持ちが良い。

毎朝このような気分になって1日が始まるのなら充実の日々が続くであろう。そんな妄想まで浮かぶ。

朝のちょっとした手順の乱れは小さな棘のように1日を左右する。

熱中症2

2016年09月06日 | その他
つい数日前に熱中症で生徒が亡くなったことを書いたばかりだが、今日のニュースによると又しても部活中に亡くなった。

対策を講じるのも結構だが、本気でものを考えてみたらどうか。数日前に書いたことを繰り返すばかりだが。

例えば

部活はそもそも何のためにそこまで重要視されるのか。

一度入ったが最後、そこの掟にがんじがらめに縛られる。運動部とは限らない。吹奏楽部なども、休みともなると朝から夜中まで吹き通しという学校もあるという。

音楽家を作るのか?学校は音楽家を作る機関ではないだろう。

運動部もスポーツマン養成機関ではあるまい。むしろ学校と結びつくことによりスポーツ選手の能力が伸びないという指摘すらある。

いや、話を広げるのは止めよう。これらは日を改めて書いておきたい。

部活は必要だという人へ。

社会性が身につく?社会性とはなにか。
協調性が身につく?協調性とはなにか。

断るまでもないが、僕は社会性や協調性が不必要だと主張しているわけではない。

ただ、それらは学校で教えて身につく種類のものか、まず考えてみたらどうか。

今回の事故にしても、いつもよりランニングの時間が短かったのを「誤魔化した」からと追加して走らせたようだ。

僕には言うべき言葉もない。

15分毎に水分を補給する、とかで解決しようとは思わないことだ。

熱中症

2016年08月22日 | その他
数日前に部活の練習中、熱中症で生徒が亡くなった。

対策案が幾つか見られたが、そもそも暑い中での練習を止めるべきだと思うのだが。

こんな簡単なことすら強く主張することも出来ずに「子供たちのために闘う」教師に鼻白むのは僕ばかりではあるまい。(これを書いている携帯にたった今「熱中症警報」が表示された)

僕が小学一年生の時、運動会の練習中同級生の女の子が倒れ、亡くなった。当時は何のことやら分からず、クラス全員でお悔みに行った記憶しかないのだが、これも熱中症ではなかったろうか。

部活といい、運動会の練習といい、一体何のためなのか僕には分かりかねる。恐らくは立派な教育理念が鎮座しているのだろうが。

話は運動会になってしまうが、必ずある踊り、あれもよく分からない代物だ。僕はみんなの輪の中で一緒にするのがどうしても出来ず、ハチマキばかりいじっていた。早い話が踊らなかった。

このような、意味のわからない学校行事で人の命が失われる。夏休みの練習は止める、くらいの決断力は示して良いだろう。

無知

2016年08月19日 | その他
昨日、スマートフォンなどでは折角貼り付けた動画が見られないと泣き言を書いた。

ところがちゃんと見れますよと連絡してくれた人がいたので、おや、それでは僕の携帯がおかしいのかと少し冷静に考えてみた。

カッコつけたが、頭をひねったというのが真相さ。

僕が念のために見たのは自分の編集用の画面で、これでは謎めいた文字列だけが表示されるのは当然である。

試しに自分のブログを検索してみたら(いやー、これは何というか気恥ずかしいものですな)指摘して頂いた通り、すべて無事に試聴できた。

無知ほど傍迷惑なものはないね。お騒がせしました。

同じ方からクライスラーがピアノを!弾く珍しい音源を教えて頂いたから、次にはそれを紹介しよう。

人それぞれ

2016年08月13日 | その他
欝病を患っている人に「頑張れ」と声をかけるのは絶対にしてはならない。人はついつい励ましてあげることが一番大切だと張り切ってしまう傾向があるけれど。はなはだしい勘違い人間は、叱咤激励が一番効果があると信じている。とんでもない間違いである。

心理学を学ぶひとはこうした知識をたくさん積み上げていく。そうすることで人間の心という難問に到達するならまあ良いだろう。

でもちょっとだけデリカシーを持った人ならば、言われることなく知っている知恵のはずだ。

欝病といわれる人に対してだけではない。あらゆる場面でいえることであろう。

野球解説の豊田泰光さんが現役のころ、河村というピッチャーがいた。この人も豊田さんに負けず劣らず気の強い人だった。

ある時、ピンチに陥った河村投手に豊田さんが「頑張れ」と激励に近寄ったところ「頑張っとるわい」と怒鳴り返されたという。

それもそうだ、とその後豊田さんは誰に対しても「頑張れ」と声を掛けなくなったそうだ。

僕はこうした話が好きだ。頑張っとるわい、と怒鳴った選手もだが、それもそうだとあっさり自分の中の「ウソっぽい」部分を捨て去る豊田という男も好きだ。

そのような豊田さんだが、解説者時代にある選手から面と向かって「俺のことをあれこれ抜かすな」と怒鳴られたことがあるそうだ。

野球が好きな人なら知らぬ人はあるまい、城島というキャッチャーだ。大リーグでもレギュラーまで張った名選手だ。

この人は引退会見で男泣きに泣いた。何があったのか、僕は野球に関心がないのでそこは分からない。

ではその後城島元選手はどうしているのか。ひょんなことから知ったが、この人は現役時代から釣りが大好きだったという。

イチローと同じチームだったこともあり、イチロー曰く、城島は一番が釣り、二番が野球、だそうだ。

引退会見での号泣後、彼は釣り師としての自分を見出した。自身の釣り番組を持ち、釣り雑誌の表紙を飾り、赤銅色の肌、無雑作に束ねた長髪を見る人は、これがかつての一流野球選手であるとはまず気がつくまい。

漁師に生まれたかった、とまで言っている。このような男だ、豊田さんに鬼の形相で抗議したのだろう。その時のことをたしか豊田さんが何処かで書いていたように記憶するが、勝手に空想する方がいい。

因みにこの城島さんはクラシック音楽が好きなのだそうだ。早朝から海へ出て、昼ご飯に帰宅して、午後はクラシック音楽を聴いて昼寝をするのが日課だという。

クラシック音楽の何がこのような人を動かすのであろうか。