嘉穂劇場の後は、近くの商店街の一角にある柳原白蓮展示館へ。
柳原白蓮、本名を子(あきこ)と言い、大正天皇の従妹にあたる名門華族の出身です。
27歳のとき、九州一の炭鉱王と呼ばれ、政友会の代議士でもあった
伊藤伝右衛門(52歳)と再婚し、37歳までの10年間を飯塚で暮らした白蓮。
この展示館では、白蓮自筆の短歌や短冊、色紙など約200点のほか、
白蓮ゆかりの作家たちの書籍や資料などを展示しています。
大正三美人と称されるだけあって、美しい表情。どことなく、はかなさも感じます。
飯塚の町おこしに寄与するため、展示館の館長が個人で収集されているそうです。
この展示館は、もともと和装小物の店。
商品の陳列スペースを縮小して、白蓮ゆかりの品々を展示しているのだとか。
置いてある商品や大きな柱時計も、白蓮の展示品と違和感なく調和しており、
一体感のある空間となっています。
作家本人からの贈呈用として作られた豪華な書籍。
左側のバラの輪郭は、金で描かれているのだそうです。
本皮の黒い本。見返しページは、なんとプラチナでできているんだとか。
炭鉱王、伊藤伝右衛門は、贅の限りを尽くして白蓮を迎え入れますが、二人の結婚生活は、
同居家族の複雑な関係などもあって、白蓮にとっては息苦しいものだったのかもしれません。
次第に、自らの心を託す短歌の世界にのめりこみ、女流歌人として名を知られるようになります。
柳原白蓮、本名を子(あきこ)と言い、大正天皇の従妹にあたる名門華族の出身です。
27歳のとき、九州一の炭鉱王と呼ばれ、政友会の代議士でもあった
伊藤伝右衛門(52歳)と再婚し、37歳までの10年間を飯塚で暮らした白蓮。
この展示館では、白蓮自筆の短歌や短冊、色紙など約200点のほか、
白蓮ゆかりの作家たちの書籍や資料などを展示しています。
大正三美人と称されるだけあって、美しい表情。どことなく、はかなさも感じます。
飯塚の町おこしに寄与するため、展示館の館長が個人で収集されているそうです。
この展示館は、もともと和装小物の店。
商品の陳列スペースを縮小して、白蓮ゆかりの品々を展示しているのだとか。
置いてある商品や大きな柱時計も、白蓮の展示品と違和感なく調和しており、
一体感のある空間となっています。
作家本人からの贈呈用として作られた豪華な書籍。
左側のバラの輪郭は、金で描かれているのだそうです。
本皮の黒い本。見返しページは、なんとプラチナでできているんだとか。
炭鉱王、伊藤伝右衛門は、贅の限りを尽くして白蓮を迎え入れますが、二人の結婚生活は、
同居家族の複雑な関係などもあって、白蓮にとっては息苦しいものだったのかもしれません。
次第に、自らの心を託す短歌の世界にのめりこみ、女流歌人として名を知られるようになります。
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