みことばざんまい

聖書を原典から読み解いていくことの醍醐味。この体験はまさに目からウロコ。

Sickness and Self, #16

2017年04月01日 | 聖書研究・信仰
病いは、神が我々に話しかけるために利用する方法の一つだ。

神は望まない。

あまりにも不安となり、たまらず癒しのために走りまわることを。

素直に祈ることを切に望んでおられる。

癒しを急いている者の何と哀れなことよ。

同時に、「主よ、あなたのしもべのために話しかけて下さい」と、主に言うことはあり得ない。

目的は唯一つ。

苦痛と弱さから解放されること。

病いに倒れた我々は、最善の処方せんを求めて奔走する。

病いによって、我々はいろいろな治療を受けようと奔走する。

症状が出ると飛び上がって驚き、どうしようかと思い巡らす。

神は我々から遠く離れている。

霊的恩恵など眼中にない。

頭の中心にあるのは苦痛と癒しの方法だけ。

薬が効を奏するなら、我々は主のご恩寵を賛美する。

しかし、癒しが遅れると、父の愛を疑う咎へと嵌まり込んでいく。

では、聞こう。

我々の願いすなわち痛みからの解放が聖霊の導きということになるのだろうか。

肉の力を以て神に栄光を帰することができるだろうか。