小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

草食系男の恋愛(上)

2015-06-08 06:32:09 | 小説
草食系男の恋愛

ある銀行である。大手の銀行ではない。小規模の信用金庫である。

哲也は、内気な性格だった。
世の人間は、内気な人間が、なぜ、内気なのか、わからない。
今年、大学を卒業して、この銀行に就職した。
京子も、今年、大学を卒業して、この銀行に就職した。

女子社員に、お茶配りを、させるのは、セクハラ、などと、いわれるように、なった今だが、それは、男の上司が、居丈高に命令するから、セクハラになるのであって、それが、なければ、男が、レディーファーストの精神を持ってっていれば、女は、男の社員に、「はい。どうぞ」と言って、お茶を配ってやりたい、とも、思っているのである。男の、心のこもった、「ありがとう」の笑顔が、女には、嬉しいのである。

京子は、きれいな、明るい、社員だった。
京子は、よく、皆に、お茶を配った。
性格が明るいのである。
特に、京子は、哲也に、お茶を、渡す時が、楽しみだった。
「はい。哲也さん」と言って、哲也に、お茶を、渡すと、哲也は、顔を真っ赤にして、声を震わせながら、「あ、ありがとうごさいます」と、言って、お茶を受けとって、ペコペコ頭を下げた。

哲也は、昼休みは、いつも、コンビニ弁当、とか、カロリーメイトとか、だった。
京子は、いつも、自分で、弁当を作って、食べていた。
ある時の昼休み。
「ねえ。京子。近くに、最近、出来た、インド料理店があるでしょ。昼休みバイキングで、850円、だって。行ってみない?」
同僚が誘った。
「ええ。行くわ」
京子は、即座に、答えた。
「あっ。京子は、いつも、弁当、もって来てるけれど、どうする?」
同僚が聞いた。
「私。今日は、お弁当、作ってきませんでした」
京子は、そう答えた。
同僚は、ニコッと笑った。
「決まり。じゃあ、行きましょ」
そう言って、社員みなが、出て行った。
あとには、京子と、哲也が、残された。
「あ、あの。哲也さん」
と京子は、おそるおそる一人の哲也に声をかけた。
哲也は、カロリーメイトの箱を開けるところだった。
「は、はい。何でしょうか?」
哲也は、声を震わせて言った。
「あ、あの。もし、よろしかったら、私の、作った、お弁当ですけど、召し上がって頂けないでしょうか?」
京子は、そう言って、弁当箱を差し出した。
「あ、ありがとうございます。喜んで、頂きます」
そう言って、哲也は、京子の弁当箱を受け取った。
「ありがとうございます」
そう言って、京子は、急いで、みなの後を追った。

みなが、帰ってきた。
「あー。美味しかったわね。本場のインド料理」
「食べ放題、といっても、そんなに、食べられるものじゃないわね。小麦粉を練って、作った、ナンが腹にはるのよ」
「でも、異国に行ったような、気分になるじゃない」
皆は、そんなことを、言いながら、席に着いた。
哲也は、そっと紙袋を持って、京子に近づいた
「有難うございました。とっても、美味しかったでした」
哲也は、小声で、京子に言って、京子に、紙袋を渡して、そそくさと、自分の席に戻った。
京子は、紙袋の中を見た。
中には、京子の弁当箱があり、弁当箱の中は、空っぽになっていた。
京子は、ニコッと、哲也に、向かって、微笑んだ。

その日の仕事も、終わった。
皆が帰った後。京子と哲也の二人が残された。
「あの。哲也さん。お弁当、食べて下さって、有難うございました」
京子が言った。
「いえ。とても、美味しかったでした」
哲也が言った。
「哲也さん。一人分の弁当を、作って、自分で食べても、さびしいものです。それに、どうせ、作るなら、作る手間は、同じですし、安くなります。二人分、作った方が、安くなります。よろしかったら、これからも、哲也さんの分の、お弁当の分も、作ってもって来てもよろしいでしょうか?」
京子が聞いた。
「それは、大歓迎です。でも、タダで、頂くわけには、いきません。かかった分の材料費と、手間賃を、大まかに、市販の弁当の値段、相当に払います」
哲也が言った。
「有難うございます。哲也さんも、カロリーメイトばかり、食べていては、栄養のバランスが悪いですわ。カロリーメイトばかり、毎日、食べていて、栄養失調になって、死んだ人の、記事を新聞で見たことがあります」
京子が言った。

その日、以来、京子は、二人分の弁当を作って、会社で、哲也に、そっと、弁当を渡すようになった。

ある時、ある田舎の、信用金庫に強盗が入った、という新聞記事が載った。
「ここの銀行も、狙われるかも、しれない。田舎の銀行が、狙われやすいんだ。それに、備えて、万一、銀行強盗が入った時のために、模擬練習をしておこう」
と支店長が提案した。
「異議なし」
と、社員たちは、賛同した。
「では、今週の日曜、に、やろう」
と支店長は、言った。
「異議なし」
と、社員たちは、賛同した。
「それで、強盗の役は、誰がやる?」
支店長が、みなに聞いた。
皆の視線が、哲也に集まった。
銀行で、若い男の社員は、哲也だけだった。
「山野哲也くん。君。強盗の役、やって貰えないかね?」
支店長が、哲也に聞いた。
「は、はい。わかりました。やります」
哲也は、気が小さいので、何事でも、頼まれると、断れないのである。
「それは、ありがとう。では、君の判断で、強盗になりきって、好きなように、演技してみてくれたまえ。君が、どういう行動を、とるか、は、君に全て任せるよ。その方が、実践的な練習になるからね」
と、支店長が言った。

日曜日になった。
哲也を除いた社員は、みな、出社していた。
日曜なのに、出社したので、支店長は、それなりの、特別手当を皆に渡すことを、約束していた。
みな、席に着いて、いつものように働いている様子である。
そこへ、カバンを持った、スーツ姿の哲也が入ってきた。
哲也は、さりげなく、まわりを見渡すと、振り込み用紙に、記入し、順番待ち、の番号札をとった。
すぐに電光掲示板の数字が、哲也の持っている、番号札を示した。
哲也は、受け付けに、行った。
「いらっしゃいませー」
京子が、明るい笑顔で、言った。
「あの。これを振り込みたいんですけど・・・」
と言って、哲也は、振り込み用紙を京子に、渡した。
京子が、振り込み用紙を手にした、瞬間、哲也は、カウンターをパッと、乗り越えた。
そして、京子の手を背中に、捩じ上げた。
「ああっ」
京子は、哲也の力が強いのに、驚いた。
キャー。
みなは、叫び声を上げた。
「おとなしくしろ。全員、手を上げろ。少しでも、動いたら、この女を殺すぞ」
哲也は、ドスの利いた声で言った。
哲也に、言われた通り、みなは、手を上げた。
哲也は、京子の、両方の手を、背中に捩じ上げ、手首を交差して、胸の内ポケットから、縄を取り出して、背中で、京子の手首を重ねて、縛った。
哲也は、京子の縄尻を取って、金庫の方へ行った。
「さあ。金庫を開けろ。そして、現金、一千万円を、そろえて出せ」
哲也は、女の事務員に言った。
事務員は、おそるおそる、金庫を開けて、札束を取り出して、積み上げた。
哲也は、札束の中から、数枚を、取り出して、宙にかざした。
「よし。すかし、が、入っている。本物の、札だな」
そう言って、哲也は、カバンから、大きな袋を、取り出して、その中に、札束を入れた。
「たかが、一千万円だ。この女は、人質として、連れて行く。オレが無事に、逃げ切れたら、この女は、自由にしてやる。警察に知らせたら、この女を即、殺すからな」
哲也は、そう言って、登山ナイフを、京子の、喉笛に、突きつけた。
「オレは、途中で、車を乗り換える。だから、ナンバーを、ひかえても、無駄だ。それと、警察には、知らせるな。たかが、一千万円と、この女の命と、どっちが、大切だと思う?オレは、途中で、警察に、捕まったら、この女を殺し、自分も死ぬ。オレは、かなりの距離、逃げたら、この女を、ある人気のない林の中に、縛っておく。オレは、さらに遠くに、逃げる。絶対、捕まらない方法で。オレの安全が、確実と、わかったら、警察に、この女の、居場所を教えてやる」
哲也は、そう言った。
みなが、ホールド・アップしている、中を、哲也は、後ろ手に縛られた京子を、首筋にナイフを突きつけながら、引き連れて、銀行を出た。
銀行の前には、車が止められていた。
哲也は、車のドアを開け、助手席に、京子を乗せ、自分は、運転席に、乗り込んだ。
そして、エンジンを駆けて、車を飛ばして、走り去った。

あとには、銀行員たちが残された。
「どうしよう?」
「警察に連絡しようか?」
「でも、人質になった、京子のことが心配だわ。確かに、一千万円と、京子の命とを、考えたら、京子の命の方が、はるかに、大切ね」
「じゃあ、犯人の言うように、犯人が京子の居場所を、連絡してきた時に、警察に連絡したらいいんじゃない?」
「でも、犯人の言うことが、本当という、保障は、ないわ。まず、警察に電話して、事情を全部、話して、どうするかは、警察の判断にまかせたら?」
「でも、京子の命のことを、考えたら、犯人の言う事を、聞いておいた方がいいんじゃないかしら?」
「でも、犯人は、私達が警察に連絡したか、どうかは、わからないじゃない」
「でも、警察が、非常線を張って、犯人を見つけて、追いかけた時に、わかるわ」
「でも、その時、犯人が京子を連れているか、それとも、京子を、どこかの林の中に、縛りつけておいて、一人で逃走中なのか、わからないじゃない」
「でも、そもそも、犯人の言うことなど、信用できないから、言ったことを、本当に実行するか、どうか、わからないじゃない。やっぱり、犯人が逃げた直後に警察に連絡して、警察の判断に任せた方がいいんじゃないの?」
などと、社員たちは、話し合った。
が、どうすれば一番いいかの結論は、出なかった。
あたかも、ナポレオンの後のウィーン会議の、「会議は踊る。されど進まず」のように。

そんなことを話しあっている、うちに、車の止まる音がした。
哲也が、京子と、もどって来た。
「やあ。ただいま」
哲也が、言った。
「ただいま、帰りました」
京子が言った。
哲也と、京子は、そう言って、席に着いた。
「やあ。哲也君。ありがとう。強盗が入った時の、いい練習になったよ」
支店長が言った。
「い、いえ」
哲也は、小さな声で、言った。
「君が、一千万円、という、割と、少額の要求と、人命との比較を、言うものだから、我々も、咄嗟には、一番、適切な対応を判断できにくかったよ」
と、支店長が言った。
「でも、哲也さんも、おとなしそうに見えても、かなり、荒っぽくなるのね。驚いちゃったわ」
社員の一人が言った。
「そうね。人は、見かけによらないわね」
と、別の社員が言った。
哲也は、そんなことを、言われて、顔を赤くして、俯いた。

数日後のことである。
仕事が終わって、皆が、帰ってしまって、哲也と、京子の二人になった。
「あ、あの。哲也さん」
京子が哲也に声を掛けた。
「は、はい。何でしょうか?」
哲也が聞き返した。
「あ、あの。この前の、銀行強盗の練習の時、私、ちょっと、犯人の、なすがままにされて、しまって、それ以来、恥ずかしかったんです。ちょっと、銀行員として、もう少し、自覚しなくては、ならないと、思って、護身術を、少し、研究してみました。もう一度、私を、つかまえて、みて、くれませんか?」
京子が、そう言った。
「わかりました。京子さんの、護身術、僕も、見てみたいです」
そう言って、哲也は、立ち上がった。
「さあ。私を取り押えてみて下さい」
京子には、何か、自信があるような様子だった。
「では、取り押えます」
そう言って、哲也は、京子の背後から、京子を、ガッシリと、つかまえた。
京子は、ふふふ、と笑って、ふっと、小さく体を動かした。
しかし、哲也は、ガッシリと、京子を、つかまえたままで、京子は、抜けられない。
少し、あがいたが、京子は、抜けられなかった。
哲也は、ふふふ、と、笑って、京子の右手を背中に、捻じり上げ、そして、左手も、背中に、捻じり上げ、背中で、手首を重ね合せて、縄で縛った。
京子は、クナクナと、床に座り込んだ。
「おかしいわ。抜けれる、はずなのに?」
京子は、残念そうに言った。
「京子さん。あなたが、研究した、護身術というのは、You-Tubeに出でいる、日野晃、という人の、護身術でしょう?」
哲也が言った。
「ええ。実は、そうなんです。よく、知ってますね」
京子が言った。
「僕も、あの動画は、見ました。抱きつかれた時、ほんの少し、片方の手を、動かすことで、相手の意識を、そっちの方に、持って行かせ、手薄になった、反対側から、抜ける、という方法ですね。人間の、無意識の反射的な、行動ですから、知らない人に、抱きつかれたのなら、抜けられると思いますよ。でも、たまたま、僕も、あの動画は、見ていましたので、きっと、あの方法で、抜けるのだろうと、思って、あらかじめ、精神的な用意をしていたんです」
哲也は、言った。
「そうだったんですか」
京子は、残念そうな顔をして言った。
誰もいなくなった、銀行に、後ろ手に、縛られて、座っている女と、その縄尻をとっている男、という図は、何か、官能的だった。
哲也は、もう少し、このままで、いたいと思いながらも、京子の、縄を解いた。
「あ、あの。哲也さん」
京子が口を開いた。
「はい。何でしょうか?」
哲也が聞いた。
「あ、あの。今日の夕食は、何でしょうか?」
京子が聞いた。
「ローソンのコンビニ弁当です」
哲也が答えた。
「あ、あの。もし、よろしかったら、私の家で、晩御飯、食べていって下さいませんか?毎日、コンビニ弁当では、栄養が偏ると思います。毎日、コンビニ弁当を、食べていて、栄養失調になって、死んだ人の、記事を新聞で見たことがあります」
京子が聞いた。
「は、はい。喜んで」
哲也が答えた。
こうして、哲也は、京子のアパートに行った。
二人は、満月の月夜の中を、銀行を出た。
そして、電車に乗った。
京子のアパートの最寄りの駅で、二人は、降りた。
そして、10分ほど、歩いて、京子のアパートに着いた。
京子のアパートは、一軒家の借家だった。
「失礼します」
と言って、哲也は、京子のアパートに入った。
京子は、キッチンに行くと、すぐに、調理を始めた。
しばしして、京子が、食事を持ってきた。
ビーフシチューだった。
「うわー。美味しそうだ。頂きまーす」
と言って、哲也は、ハフハフ言いながら、京子の作った料理を食べた。
「うん。とても、美味しいです」
と哲也は、笑顔で京子に言った。
「そう言って、頂けると、私も嬉しいです」
と京子がニコッと、笑って言った。
そして、京子も自分の作った、料理を食べた。
食事が終わった。
「あ、あの。哲也さん」
「はい。何でしょうか?」
「さっき、護身術が通用しなくて、抜けられなかったことが、ちょっと、口惜しいんです。抜けれる自信がありましたから。You-Tubeの動画を、見ただけで、一度も、試してみたことがなかったので、抜けられなかったんじゃなかったのかと、思っているんです。なので、もう少し、練習して、実際のコツを、つかんでみたいと、思って、哲也さんに、アパートに来てもらったんです」
京子が言った。
「そうだったんですか。わかりました」
「では、もう一度、私をつかまえて、みて下さい」
そう言って、京子は、立ち上がった。
「さあ。どうぞ」
京子が言った。
「では、いきますよ」
そう言って、哲也は、京子にガッシリと、抱きついた。
京子は、ふー、と呼吸を整えて、抜けようとした。
しかし、やはり、抜けられなかった。
哲也は、ふふふ、と、笑って、京子の右手を背中に、捻じり上げ、そして、左手も、背中に、捻じり上げ、背中で、手首を重ね合せて、縄で縛った。
京子は、クナクナと、床に座り込んだ。
後ろ手に縛られて、座っている、女の図は、官能的だった。
京子は、黙って、うつむいていた。
哲也が、縄を解こうとすると、
「あっ。哲也さん。待って下さい」
と、京子が制した。
「こうやって、縛られた時、抜ける方法も、You-Tubeで、見たんです。ちょっと、試してみます」
そう言って、京子は、背中の手を、モジモジさせた。
だが、縄は、はずれない。
「ふふふ。京子さん。ダメみたいですね」
哲也が、嬉しそうに笑った。
「え、ええ」
「じゃあ、そろそろ、縄を解きます」
そう言って、哲也は、京子の縄を解こうとした。
その時。
「あっ。待って下さい」
と京子が制した。
「どうして、ですか?」
哲也が聞いた。
「あ、あの。もうちょっと、こうしていたいんです。何だか、気持ちがいいんです」
京子は、顔を赤くして言った。
哲也は、嬉しくなった。
「僕も、すごく気持ちがいいです。縛られている京子さんを見ていると」
そう言って、哲也は、笑った。
しばし、アパートの一室で、縛られている女と、それを見ている男という図がつづいた。
それは、とても、官能的だった。
哲也は、時間が止まって、いつまでも、こうしていたい、と思った。
京子も、同じだった。
二時間くらい、二人は、何も話さないで、その状態をつづけた。
「あ、あの。京子さん。もう終電になってしまうんで、残念ですけれど、そろそろ帰ります」
哲也は、そう言って、京子の後ろ手の縄を解いた。
「あ、あの。哲也さん。また、縄抜け、や、護身術の練習に来て下さいますか?」
京子が、帰ろうとする哲也に、顔を赤くしながら、小声で聞いた。
「ええ。もちろん、いいですよ」
哲也は、嬉しそうに、笑った。

こうして、哲也は、その後も、夕食は、京子の家で、食べて、その後、京子を後ろ手に縛る、ということを、頻繁にするようになった。

ある時のことである。
京子のアパートで、夕食をした後。
「哲也さん。今日は、縛ったまま、帰って下さい。私。抜けてみせます」
と彼女は言った。
「哲也さんがいると、緊張してしまって・・・・。一人なら、きっと、抜けて見せます」
と彼女は、自信を持って言った。
「わかりました」
哲也は、優しく微笑んで、京子を、後ろ手に縛った。
そして、両足首も、まとめて、縛った。
そして、京子の後ろ手の、縄尻を、食卓のテーブルの脚の一本に、結びつけた。
そして、京子に目隠しをした。
「それでは、さようなら。見事、抜けられるよう、頑張って下さい」
そう言って、哲也は、京子の家を出た。
最寄りの、駅まで歩いて、電車に乗って、月夜の道を歩いて、哲也は、アパートに着いた。
もう、11時を過ぎていた。
哲也は、パジャマに着替え、歯を磨いて、ベッドの中に入った。
京子は、今、どうしているだろう、と思うと、なかなか、寝つけなかった。
どうしても、京子が、一人で、縛られて、縄と格闘している姿が、思い浮かんできて、眠れなかった。

翌日になった。
哲也は、起きると、真っ先に、京子のことを思った。
はたして、京子は、縄を抜けられただろうか、それとも、抜けられなかった、だろうか?
もし、京子が、縄を抜けられたのなら、スマートフォンで連絡してきているだろう。
連絡がないということは、縄を抜けられていない、ということだろう。
と、哲也は、考えたが、もしかすると、連絡しないで、会社に出社して、「見事、抜けられたわよ」と、哲也に、勝ち誇こる、ということも、考えられると、思った。
京子の、悪戯っぽい性格なら、それも、十分あり得ることだ。と哲也は思った。
しかし、やはり、京子を心配する気持ちの方が勝った。
哲也は、出社時刻より、早めにアパートを出て、京子のアパートに行った。
ピンポーン。
哲也は、京子の部屋のチャイムを鳴らした。
しかし、返事がない。
哲也は、京子の部屋の合鍵を持っていたので、それで、部屋を開けた。
「おはようございます。京子さん」
哲也は、元気に声をかけた。
しかし、返事がない。
哲也は、部屋に入った。
驚いた。
なぜなら、京子が、昨日、縛ったままの状態で、床に、伏していたからだ。
後ろ手の縛めも、足首の縛めも、昨日のままで、食卓のテーブルに、後ろ手の縄尻が縛りつけられている。
そして、我慢できなかったのだろう。
床は、京子の小水で濡れていた。
哲也は、急いで、京子の元に行った。
「京子さん。京子さん」
哲也は、京子の体を激しく揺すった。
京子は、ムクッと顔を上げると、充血した目を哲也に向けた。
「ああ。哲也さん。ダメでした。抜けられませんでした」
京子は、弱々しい声で、言った。
「京子さん。ごめんなさい」
哲也は、とりあえず、謝った。
そして、すぐに、京子の、後ろ手の縛めを解き、足首の縛めも解いた。
「ありがとう。哲也さん」
京子は礼を言った。
京子は、ムクッと起き上がると、急いで、箪笥から、替えの下着と、制服を持って、風呂場に行った。
シャーと、シャワーの音がした。
哲也は、その間、雑巾で、床の小水を拭いた。
しばしして、京子が出てきた。
京子は、会社の制服を着ていた。
「京子さん。つらかったでしょう?」
濡れた髪をバスタオルで、拭いている京子に、哲也は、言った。
「いえ。本当に、監禁されたみたいで、哲也さんが、助けに来てくれるのが、待ち遠しくて、何だか、気持ちよかったです」
京子は、髪を拭きながら、笑って言った。
「でも、哲也さんが、早く来て下さって、助かりました」
京子は、ニコッと笑って言った。
「では、会社に行きましょう」
「ええ」
二人は、一緒に、アパートを出た。

年の瀬が近づいた、ある日のことである。
京子が、哲也のデスクにやって来た。
「あ、あの。哲也さん」
「はい。何でしょうか?」
「年末年始の予定は、おありでしょうか?」
「い、いえ」
「実は、私。年末は、大学時代の友人と、二人で、JTBの、大晦日から、一泊二日の、ハワイのパック旅行に、行こうと、チケットまで、買って、予約してしまったんです。でも、友人の母親が、脳梗塞を起こして、実家に、帰らなくては、ならなくなってしまったんです。それで、ホテルも、飛行機も、二人分として、予約していたので、相手がいなくて、困っているんです。もし、哲也さんが、よろしかったら、一緒に行って貰えないでしょうか?」
と京子が言った。
「は、はい。僕は、年末年始は、寝て過ごそうと思っていたので、予定は、ないです」
と哲也は、答えた。
「嬉しい。哲也さんと、ハワイに行けるなんて。旅行は、一人で行っても、さびしいものですから」
そう言って、京子は、旅行のパンフレットを渡して、ルンルン気分で、自分の席に戻って行った。

哲也は、その晩、眠れなかった。
無理もない。
二人のパック旅行となれば、ホテルの部屋は、一緒である。

哲也は、夜、京子と一緒の部屋に寝ることになる。
ベッドはツインだが、男と女が、一緒の部屋で、過ごす、ことを想像すると、哲也は、心臓がドキドキしてきた。
内気な哲也は、今まで、彼女を作ることが出来なかった。
なので、なおさら、である。

大晦日になった。
二人は、電車で羽田空港に行った。
「哲也さんは、海外に行ったことは、ありますか?」
京子が聞いた。
「いえ。ないです。これが初めてです」
と哲也は、答えた。
羽田空港に着いた。
出発のフライトの予定時間の、30分前だった。
ゲートが開いて、二人は、飛行機に乗った。
二人は、並んで、窓際の席に着いた。
飛行機は、勢いよく加速して、離陸した。
離陸した瞬間だけ、フワッと、体が浮いた感じがした。
飛行機は、旋回しながら、だんだん高度を上げていった。
羽田空港の近辺の街の、点灯している、明かりが、人々の生活の営みを感じさせた。
「ああ。あそこで、人々が働き、生活しているんだな」
という実感。である。
自分も、いつもは、あの小さな光の中の一つなのだ、と思うと、自分が、ちっぽけな存在のように思われたが、今、高い所から、見下ろすと、何だか、自分が、彼らより、精神的にも上になったような、気分になった。
ジャンボジェット機は、かなり高くなっているが、それでも地上の様子は、よく見えた。
やがて、千葉の九十九里浜を過ぎて太平洋に出ると、あとは、真っ暗な海で、何も見えなくなった。
羽田から、ハワイまでは、7時間である。
機内食を食べた後、隣りの京子は、クークー寝てしまった。
哲也は、緊張して、なかなか寝つけなかったが、二時間くらいすると、眠くなってきて、寝てしまった。
しかし、哲也は、眠りが浅いので、少し寝ただけで、目を覚ました。
外を見ると、真っ暗だった、空と海が、わずかなオレンジ色になっていた。
空と海は、ゆっくりと、明るさを増していった。
そして、やっと、水平線の彼方から、太陽が顔を現した。
哲也は、トントンと、隣で、気持ちよさそうに、寝ている京子の肩を、ちょっと叩いた。
京子は、寝ぼけ眼を開いた。
「京子さん。日の出ですよ」
気持ちよさそうに寝ている、京子を起こすのは、迷ったが、あまりにも、日の出が、美しいので、哲也は、京子にも、それを見せたかったのである。
京子は、窓の外を見た。
「あっ。本当。きれいね。ありがとう。哲也さん。起こしてくれて」
と京子は言った。
やがて、ハワイ諸島が見えてきた。

やがて、飛行機は、ホノルル空港に着陸した。
空港から、ホテルまでは、JTBが用意した、バスで行った。
ホテルは、十二階建てで、ワイキキビーチに面して、ズラリと並んでいる、部屋から、海が見える豪華なホテルではなかったが、格安パック旅行にしては、かなり、いい部屋だった。ワイキキビーチには、歩いて、5分で行ける距離だった。
哲也にとって、嬉しかったことは、ワイキキビーチ沿いの、高級ホテルのプールは、レジャープールばかりで、本格的に、泳げないか、ここのホテルには、15mくらいだが、水深2mと深く、長方形で、泳げることが、出来る、プールがあることだった。
というか、ある程度、泳ぐことを、目的として、作られたプールだった、ことであった。
「わあ。いい部屋ですね」
京子は、部屋を見ると、嬉しそうに言った。
トイレが手前にあって、その奥が、風呂場となっていた。
京子は、すぐに、風呂場に行った。
すぐに京子が出てきた。
京子は、ピンク色のビキニを着ていた。
哲也は、その姿を、見て、思わず、うっ、と声を洩らした。
京子のビキニ姿が、あまりにも、セクシーで、美しかったからである。
スラリと伸びたしなやかな脚。細い華奢なつくりの腕と肩。細くくびれたウェスト。それとは対照的に、尻には余剰と思われるほど、たっぷりとついた弾力のある柔らかい肉。日常生活で、邪魔になりそうに見えてしまう大きな胸。それらが全体として美しい女の肉体の稜線を形づくっていた。
「哲也さん。ワイキキビーチに行きませんか?」
京子は、そう言って、哲也を誘った。
「は、はい」
哲也も、風呂場で、トランクスを履いた。
京子は、ビキニの上に、ショートパンツを履いていた。
京子と、哲也は、アロハシャツを羽織って、ワイキキビーチに行った。
ワイキキビーチは、各国からの観光客で一杯だった。
京子は、砂浜にビニールシートを引いて、そこに横たえて、うつ伏せになった。
「哲也さん。オイルを塗って下さらない?」
「ど、どこにですか」
「もちろん体全部です」
哲也は、おぼつかない手つきで足首から膝小僧のあたりまでプルプル手を震わせながらオイルを塗った。それ以上はどうしても触れられなかった。変なところに触れて京子の気分を損ねてしまうのが恐かった。
「あん。そんなんじゃなくって、水着以外のところは全部ちゃんと塗って」
京子が不服そうに言った。
哲也は、 今度はしっかりオイルを塗ることが義務感になった。哲也は、彼女に嫌われたくない一心からビキニの線ギリギリまで無我夢中でオイルを塗った。
哲也の、股間の、ある部分が、硬く、尖り出した。
幸せ、って、こういうものなのだな、と哲也は、つくづく思った。
哲也は、出来ることなら、時間が止まって、いつまでも、こうしていたかった。
京子は、夏と海外の解放感に浸って、目をつぶって、じっとしている。
哲也は、せっかく、ワイキキビーチに来たんだから、泳ごうかとも思ったが、ワイキキビーチは、そうとう、遠くまで、遠浅で、これでは、泳いでも、全然、つまらないと、思って、海水に、ちょっと、足を浸すだけにした。
哲也は、京子が、咽喉が渇いているだろうと、思って、
「京子さん。飲み物は、何がいいですか?」
と聞いた。
「オレンジジュースがいいです」
と京子は、うつ伏せのまま、答えた。
哲也は、急いで、近くの、ABCストアーに行って、オレンジジュースを二つ、買ってきた。
ハワイには、自動販売機がなかった。
哲也が、京子に、オレンジジュースを渡すと、京子は、
「ありがとう。哲也さん」
と言って、二人で、オレンジジュースを、飲んだ。
二時間くらいして、京子は、ムクッと起き上がった。
「哲也さん。そろそろ、ホテルにもどりませんか?」
京子が言った。
「はい」
哲也が答えた。
二人は、立ち上がって、ホテルにもどった。
京子が、着替え、と、オイルを洗い流すため、風呂場に入った。
シャーと、シャワーの音がした。
哲也の目に、開きっぱなしの、京子のバッグが目についた。
哲也は、そっと、バッグの中を覗いてみた。
中には、京子のパンティーとブラジャーが、無造作に、投げ込まれてあった。
京子が、ビキニに着替えた時、脱いだパンティーとブラジャーである。
哲也は、思わず、ゴクリと唾を呑んだ。
京子は、日焼け用オイルをおとすために、少し時間が、かかるだろうと哲也は、思った。
哲也は、京子の、パンティーを、取り出すと、鼻先を、京子の、パンティーに当てて、スーと鼻から空気を吸い込んだ。
京子の、女の部分の匂いが、わずかにして、哲也は、それに陶酔した。
シャワーの音がピタッっと、止まったので、哲也は、あわてて、パンティーをバッグに戻した。
京子は、裸の体に、バスタオルを一枚、巻きつけただけの格好だった。
「哲也さん。どうぞ」
と、京子は、濡れた髪をタオルで拭きながら、言った。
「は、はい」
哲也は、あわてて返事して、風呂場に入った。
哲也も、シャワーを浴びて、トランクスを履いて、アロハシャツを着た。
その後、二人は、JTBのトロリーバスに乗って、ホノルル市内を見て回った。
その晩は、近くの、レストランで、ハワイ料理を食べた。
京子は、酒を飲めるが、哲也は、酒を飲めないので、コーラを飲んだ。

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