現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

かわてせいぞう「流れのある風景」

2017-01-31 13:30:13 | 作品論
 まわりの風景や遠い少年の日々を、素直な言葉で書き綴った少年詩集です。
 2011年の日本児童文学者協会の協会賞の二次選考に残った作品の中に、作者の名前を見つけて興味を持ちました。
 それは、後で述べる事情により、作者がかなりご高齢であることを知っていたからです。
 あとがきによると、作者は1923年生まれということなので、本が出た2010年には87歳ということになります。
 まどみちおといい、やなせたかしといい、少年詩を書く方々はみなさんご長寿なのでしょうか。
 この詩集は前作から19年後の出版で、それぞれの作品がいつごろ書かれたかはわかりませんが、どの作品もまるで少年のようなみずみずしい感性で描かれていて驚かされます。
 実は、作者は大学の児童文学研究会時代の友人の父上なのですが、当時彼女にやなせたかしが出したばかりの「詩とメルヘン」という雑誌(1973年から2003年まで30年間発行された詩やメルヘンやイラストの月刊誌で、ブレイクする前のアンパンマンも連載されていました)に載った作者の詩を見せてもらったことがありました。
 その時、「わたしはおとうさんが大好きなんだあ」と、彼女が言ったことを今でも覚えています。
 大学生の娘に大好きだと言わせる父親とはどんな人だと思いましたが、この作品の「あとがきに代えて」にその理由の一端を発見しました。
「 ああ きれえ!

おまえは
そとに出たいとせがむ
勤めから帰ったばかりの
わたしの手を
ぐいぐいひっぱりながら
覚えているかい
いつか わたしの胸の中で
夕やけ色にそまって
ねむってしまったことを
二歳になったばかりの
おまえが 今日も
わたしの先にたって
あかねにそまった
うら庭にでてきた

ー ああ きれえ!
 きれえだ きれえだ ―
おまえは さけぶ
はるかな空のふかみにむかって
手をふりながら
― ねえ おとうちゃん
  きれえねえ ―
思いあまって呼びかけてくる
覚えたばかりの言葉が
虹になって舞いあがっていく

わたしは
思わず おまえを
たかだかと抱きあげていた」
 少年詩集の商業出版は難しく、ほとんどが自費出版か共同出版(作者も出版に必要な費用の一部を負担する)によるものだということは、作者の前の作品を紹介する記事でも書きました。
 もしかすると、この詩集の出版は、「あとがきに代えて」に出てくる幼女である私の友人も含めた子どもたちからのプレゼントだったのかもしれません。
 2012年の彼女の年賀状には、彼女の初めての孫が生まれたことが書かれていました。
 新しい詩集の出版と、おそらく初めての(彼女は長女なので)ひ孫の誕生。
 この詩人はなんと幸せな晩年をおくっているのだろうと、羨ましくなりました。
 2013年に作者のかわてせいぞう氏、そして、やなせたかし氏もお亡くなりになりました。
 謹んでお二人のご冥福をお祈りいたします。
 2015年に友人と会った時に、このご本をいただきました。
 想像通りに、出版に際して彼女も協力したことでした。
 また、実家には、共同出版のためこの本の在庫がたくさんあったそうです。
 
流れのある風景―かわてせいぞう詩集 (ジュニアポエム双書)
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銀の鈴社


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津村記久子「エヴリシング・フロウズ」

2017-01-31 13:25:57 | 参考文献
 「ウェストウイング」(その記事を参照してください)という作品で小学校六年生だった少年の三年後を描いた作品です。
 一般書という体裁で出ていますし、文章や描写も現在の中学生には難しいと思いますが、1980年代だったら児童文学として出版されていてもおかしくない作品です。
 作品世界の雰囲気をうまくとらえた内巻敦子のイラスト風の挿絵がかなりふんだんについているので、あるいはヤングアダルト向けに出版されたのかもしれませんが、出版社が文芸春秋ということもあって、流通的には一般書扱いです。
 1980年代には大きなテーマになり得た離婚がここではありふれた事柄(主な登場人物である少年少女七人のうち少なくとも三人は離婚家庭です)になっていて、いじめ(これ自体も日常的な事柄でしょう)がエスカレートした壮絶なリンチや義父による妹への性的虐待などの今日的なテーマがクローズアップされて描かれています。
 それと並行して、中三の彼らの日常的モチーフである、塾、文化祭、高校受験、将来の進路、卒業、別れなども、うまく絡めて描かれています。
 こういった作品は、現在の児童文学でも書かなければならないと思いますが、現状ではほとんど出版されていません、
 同じく一般書で、中脇初枝の「きみはいい子」(その記事を参照してください)のような作品はありますが、あれは大人のしかも上から目線で書かれていて、しかも学校や行政に対する批判精神を著しく欠いた反動的なものです。
 この作品では、あくまでも中学三年生の視点で描かれ、無力な大人や学校や行政に対する暗黙の批判になっています。
 この作品は児童文学としても評価されるべきだと思いますが、閉鎖的な既存の児童文学界からは津村の外の作品と同様に黙殺されることでしょう。
 スマホ、デジカメ、ロードレーサー、コンビニ、イケアなどの現在の中学生を取り巻く風俗はうまく描かれていますが、頻出する美術や音楽や映画や本などの情報は、現在の中学生のものというよりは、作者自身の趣味が色濃く感じられます。
 同じ作者の「ミュージック・ブレス・ユー」ではそのギャップをあまり感じなかった(もっとも、その作品の登場人物は高校三年生でしたが)ので、津村も年を取って、現実の中学生の風俗を描くのは苦しくなっているのかなあと思いました。
 もっとも、これは児童文学作家の共通の悩みで、私自身も三十代になってからはかなり苦しくなりました。

エヴリシング・フロウズ
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文藝春秋
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ビリッケツになんか、なりたくない!

2017-01-31 13:22:45 | キンドル本
 今年も運動会がやってきます。
 主人公は、かけっこが苦手なので憂鬱です。
 いつもビリッケツの方なのです。
 でも、主人公よりもっと苦手な子がいます。
 その子は、ビリッケツになるのが嫌で、運動会をさぼろうとしています。
 そうすると、同じ組で走る主人公が、代わりにその組のビリッケツになってしまうかもしれません。
 主人公とかけっこが苦手な友だちは、やはり足の遅い友だちに頼んで、中学校の陸上部に通うその子のおねえさんに、かけっこの特訓を受けます。
 なんとかビリッケツにならないように、三人は懸命に練習しました。
 いよいよ運動会の日がやってきました。
 はたして、かけっこでビリッケツになるのは誰でしょうか?

(下のバナーをクリックすると、2月4日まで無料で、スマホやタブレット端末やパソコンやキンドルで読めます。Kindle Unlimitedでは、いつでも無料で読めます)。

ビリッケツになんか、なりたくない!
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平野 厚


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1月30日(月)のつぶやき

2017-01-31 04:51:35 | ツイッター
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津村記久子「浮遊霊ブラジル」浮遊霊ブラジル所収

2017-01-30 18:11:18 | 作品
 現世に未練を残したために成仏できず、先に亡くなった愛する妻のもとへ行けないおじいさんの幽霊の話です。
 未練というのは、老人会の仲間と行くはずだった初めての外国旅行の行き先、アイルランドのアラン諸島です。
 おじいさんは、耳から人に憑りつく能力を身につけ、いろいろな人たちを巡りながら、ブラジル経由で目的地にたどり着き無事に成仏できます。
 浮遊霊が旅行するというアイデアは面白いのですが、作者の資質がエンターテインメント向きでないのか、さっぱり盛り上がりません。
 会社を辞めて作家専業になってから、作者はいろいろな分野にトライしているのですが、どうやらエンターテインメントは無理なようです。

浮遊霊ブラジル
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文藝春秋
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津村記久子「個性」浮遊霊ブラジル所収

2017-01-30 15:43:38 | 参考文献
 個性的な髪型やファッションをしていた女の子が、就活に備えて黒髪に戻してファッションもおとなしくしたら、同じ班の男の子に姿が見えなくなってしまう話です。
 物語を同じ班の別の女の子の視点で描いていることと、当該の男女がひそかに惹かれあっている様子がさりげなく書かれていて、読み味のいい短編に仕上がっています。
 ただ、時代設定は現代(雑誌発表は2014年9月)のよう(スマホやLINEがコミュニケーションツールとして出たり、日本代表のGKが川島だったりするので)ですが、いくら作者がサッカーネタが好きでもバルデラマ(90年代のコロンビアの主将でワールドカップなどで大活躍し、金髪のアフロヘアーがトレードマーク)は古すぎるんじゃないかと思いました。
 作者は、この作品のように現在の大学生を主人公にした作品も書きますが、そろそろ(雑誌発表時で作者は36歳)彼らの風俗を描くのは苦しくなっているのではないでしょうか。
 児童文学の世界でも、リアルタイムの子どもたちを、自分の体験をもとに描けるのは、30代前半まででしょう。
 ただし、子どもを持つと、またリアルタイムの子どもたちとの接点ができて描けるようになります。

浮遊霊ブラジル
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文藝春秋
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鳥越信・長谷川潮編著「はじめて学ぶ日本の戦争児童文学史」

2017-01-30 09:34:10 | 参考文献
 2013年にお亡くなりになった児童文学研究者の鳥越先生が構想した、初学者向けの日本戦争児童文学史です(同様の鳥越先生編の各種児童文学史が何冊かあります)。
 章立ては以下の通りです。
 序章 戦争児童文学とは何か
 第Ⅰ部 史的展開に沿って
 第1章 日清戦争と児童文学
 第2章 日露戦争と児童文学
 第3章 大正デモクラシー化の戦争児童文学
 第4章 日中戦争と児童文学
 第5章 太平洋戦争とと児童文学
 第6章 軍事冒険小説
 第7章 戦時下の抵抗児童文学
 第8章 二つの言論統制――内務省とGHQ――
 第9章 第二次世界大戦後の戦争児童文学Ⅰ――一九四五―六〇年――
 第10章 第二次世界大戦後の戦争児童文学Ⅱ――一九六〇―八〇年―ー
 第11章 第二次世界大戦後の戦争児童文学Ⅲ――一九八〇年―現在
 第12章 第二次世界大戦後の戦争児童文学Ⅳ(注:第二次世界大戦後の戦争についてとりあげた戦争児童文学についてです)
 第Ⅱ部 戦争とかかわる子どもの本
 第13章 子どものための科学読物と戦争
 第14章 キリスト教児童文学と戦争
 第15章 絵本に見る戦争――「講談社の絵本」を例に――
 第16章 民話・昔話と戦争
 第17章 ファンタジーに描かれた戦争――背景、仕掛け、根源そして現実を映す構図――
 第18章 子どものための伝記と戦争
 第19章 歴史児童文学の中の戦争
 第20章 原子・水素爆弾と児童文学
 第21章 戦争児童文学に描かれた空襲
 第22章 戦争児童文学に描かれた疎開
 第23章 戦争児童文学に登場する中国
 第24章 戦争児童文学に登場するロシア(旧ソ連)
 第25章 戦争児童文学に登場する欧米
 第26章 戦争児童文学に登場する沖縄
 第27章 戦争児童文学に登場する植民地朝鮮
以上の各章の間に、少国民世代とそれよりやや上の世代の児童文学者たちの、主に戦時中の読書体験を語ったコラムが10編挿入されています。
 この本の企画はかなり前に行われたのですが、いろいろな事情で出版が遅れて、その間に鳥越先生が体調を崩されたために、現在の戦争児童文学研究の第一人者である長谷川潮さんが編集を引き継いで、ようやく2012年に出版された本です。
 そのため、各章の執筆者が交代したり、執筆時期が古くて最近の作品や事象が取り上げられていなかったり、出版のタイミングに合わせた原稿の書き直しの仕方がまちまちだったりなどの、問題点がみられました。
 また、各章の執筆者が20人もいるので、章ごとの書き方にばらつきがあります。
 単独で論文として読めるような考察と論理展開をしている章もあれば、単に関連する作品の紹介などの羅列に終始している章や特定の作品だけに偏った章などもあります。
 全体が350ページ程度なのに多くの章に細分化されているので、各章(特に第Ⅱ部)はページ数が限定されていて内容も紹介程度になっていることが多いです。
 題名(「はじめて学ぶ」)にもあるように初学者向けなので、この書き方になっているのでしょう。
 私はまさに戦争児童文学の初学者なので、初めて知る内容が多くおおいに勉強になりました。
 各章の終わりには参考文献があげられていて、さらに深く知りたい人のための便宜が図られています。
 この本の特徴として、従来の戦争児童文学の定義(例えば、日本児童文学学会編の「児童文学辞典」では、「反戦平和の願いを託した児童文学」と定義されています)を拡張して、好戦・侵略的な作品も含めた広義の戦争児童文学を取り扱っていることがあげられます。
 また、対象とする戦争も「アジア太平洋戦争」だけでなく、日清、日露戦争や第二次世界大戦後の戦争も含めています(ただし、蒙古襲来や秀吉の朝鮮侵略は含まれていません)。
 このように対象を広げたことは、文学史的には正しいアプローチだと思いますが、その分内容が薄まってしまったことは否めません。
 「戦争児童文学」という枠組みに関しても、児童文学研究者の宮川健郎が「現代児童文学の語るもの」ですでに二十年近く前に疑義を示していますし、2012年の日本児童文学学会の研究大会(その記事を参照してください)でも、「「戦争児童文学」という枠からの脱出」を議論するラウンドテーブル(その記事を参照してください)が行われています。
 児童文学自体が「児童」と「文学」という二つの中心を持つ楕円原理(石井直人「現代児童文学の条件」研究 日本の児童文学4 現代児童文学の可能性所収。詳しくはその記事を参照してください)」に、さらに、もう一つ「戦争」という中心を設けることは、長谷川も「あとがき」で述べているように複雑な構造を持つ危険性は否定できません。
 「戦争児童文学」は私の直接的な研究対象ではありませんが、現代児童文学において大きな位置を占めていることも事実なので、徐々に勉強していきたいと思っています。

はじめて学ぶ日本の戦争児童文学史 (シリーズ・日本の文学史)
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ミネルヴァ書房
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松浦梨英子「奇貨」奇貨所収

2017-01-30 09:30:12 | 参考文献
 「奇貨」とは、広辞苑によると、「珍しい財貨」から転じて、「利用すれば意外の利を得る見込みのある物事や機会」のことだそうです。
 男社会からはぐれた45歳の男性作家(しかも糖尿病なので男性としての機能にも自信がない)が主人公で、会社の後輩で35歳のレズビアンの女性との奇妙な同居生活を描いています。
 この小説での「奇貨」は、主人公にとって性的対象ではなく年の離れた妹のように思えるこの女性のことです。
 あまりに貴重な存在なので、その女性に親しい同性の友だち(ただし性的関係ではない)ができた時に、不思議な嫉妬心が起きて彼女の部屋を盗聴して、その友達とのPC電話での会話を聞いてしまいます。
 盗聴が発覚して、女性が彼の元を去ることになった時、主人公は改めて彼女が自分にとっての「奇貨」であったことを思い知らされます。
 あえて極端な設定を取った中で、生きていくことの孤独や人と人との関係について浮かび上がらせる腕前はさすがなものがあります。
 児童文学でも、同性や異性の友情についてこのように考えさせる作品は、人と人のリアルな関係(ネットやスマホを通してではなく)が希薄になった現代においては重要なテーマだと思います。
 それにしても、松浦は女性なのに、(性的な意味での)風俗や同性愛の世界に詳しいのには驚かされます。
 性(異性間でも同性間でも)は、松浦にとって一貫して重要なテーマなので、身銭をきって十分に体験や取材をしているのでしょう。
 やはりそういった裏付けが、作品世界を豊かにするのだなと思いました。


奇貨
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新潮社
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内田百閒「彼ハ猫デアル」ノラや所収

2017-01-30 09:27:54 | 参考文献
 百閒先生の有名な愛猫連作随筆(エッセイでなく随筆と書かないと感じが出ません)の冒頭篇です。
 私自身は犬の方が好きなのですが、両親、特に父親が愛猫家で、百閒先生と同様に、実家の隣の保育園の緊急脱出用滑り台の裏側に住み着いた野良猫一家に餌を上げるうちに、この作品と同じように、次第に門の中、外階段、玄関と徐々に侵入されて、ついには家猫として飼うようになったので、懐かしい思いで読みました。
 末っ子の私が就職して家を出てからは、百閒先生のご夫婦と同様に老夫婦だけで暮らしていたので、やはり両親は少しさびしかったのかもしれません。
 老夫婦と子猫。
 これはまさに好一対の組み合わせなのかもしれません。
 以前はこうした滋味のある文章の児童文学作品(例えば、神沢利子の「いないいなばあや」(その記事を参照してください)など)もありましたが、現在のエンターテインメント全盛の出版状況では、そういった芸術的な作品は絶えて久しいです。

ノラや (中公文庫)
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中央公論新社
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村松友視「力道山がいた」

2017-01-30 09:25:10 | 参考文献
 2000年4月に出版された、プロレスファンの直木賞作家によるドキュメンタリーです。
 他の記事に書いた増田俊也「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」とあまりにも対照的なので、取り上げてみます。
 まず、視点が真逆です。
 増田のドキュメンタリーは木村政彦(つまり柔道側)の立場で書かれているのに対して、村松のこの本は自称力道山フリークの立場で書かれています。
 村松には、ベストセラーになった「私、プロレスの味方です」など何冊かのプロレス関連の本がありますが、プロレス業界の人間ではなくあくまでもファンの立場です。
 それに対して、増田は柔道経験者でかなりその世界の内部の人間です。
 次に手法の違いがあります。
 増田は1965年生まれなので、当然木村や力道山の現役時代は見ていません(力道山などは増田が生まれる前の1963年に亡くなっています)ので、膨大な文献の調査と関係者への取材を行っています。
 それに対して、村松は1940年生まれなので、柔道時代の木村は見ていませんが、プロレス時代はリアルタイムで見ています(しかも、叔父が当時のプロレスを主催していた毎日新聞社に勤めていた関係で、プラチナチケットだった入場券を入手でき、問題の昭和の巌流島の対決と言われた、力道山対木村政彦戦も生で観戦しています)。
 そのため、村松は関係者に取材をすることもなく、自分の13歳から23歳までのプロレス体験(会場での実際の観戦、テレビ観戦、一般の新聞とプロレスマスコミ(新聞や雑誌))を中心に、それを補う形での文献を参照する形で書いています。
 最後に、対象への思い入れの違いがあります。
 増田は柔道の世界の内部の人間であり、そこで「木村の前に木村なし、木村の後に木村なし」と神格化されている木村政彦に対する過度の思い入れがあって、作品が客観的になっていません。
 それに対して、村松は初めこそ力道山フリークであったものの、変質していく力道山プロレスに対して、だんだん批判的な目も養われていきます。
 これは、世間一般のプロレスに対する視線とも関連があると思われます。
 私は村松と増田の中間の世代にあたりますので、1954年の力道山対木村政彦戦はちょうど生まれた年で知りませんが、後期(1962年の力道山対ブラッシー戦(視聴率70%以上)や1963年の力道山対デストロイヤー戦(視聴率64%))をテレビで見た記憶は鮮烈に残っています。
 私の家では、高校教師の父親はプロ野球中継は熱心に見ていましたがプロレスは「八百長」だと馬鹿にしていて、私はプロレスの時だけは二階に同居していた町工場をやっていた母方の祖父の部屋のテレビで見ていました。
 これは、以下のような世間一般のプロレスに対する視線を表していたのでしょう。
 いわゆるインテリはプロレスを馬鹿にし、庶民は熱狂していました。
 私も遅ればせながら力道山フリークだったので、力道山の突然の死を知った時の衝撃は、今でも鮮明に覚えています。
 その朝、起こしに来た母から「力道山が死んだ」と聞いたとき、私は小学校三年生で、下の姉の部屋と私の三畳の部屋とで両側から入れ子になっている奇妙な二段ベットの上にいて、青いパジャマを着ていました。
 私は、その後もジャイアント馬場とアントニオ猪木がまだタッグを組んでいたころまでは、祖父とプロレスを見ていましたが、力道山のころのようには熱中できずに大学生になるころにいつのまにかその世界を離れました。
 こうして二つのドキュメンタリーを読み比べてみると、それぞれの手法や視点の長所や欠点が良くわかり、児童文学の研究方法を考える上で参考になりました。


力道山がいた
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朝日新聞社
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青木淳悟「私のいない高校」

2017-01-30 08:42:57 | 参考文献
 2012年の三島由紀夫賞を取った作品です。
 あらすじは、……、 書けません。
 主人公もプロットもない小説なのです。
 カナダから来たブラジル系の留学生を受け入れた私立高校の1999年3月から6月(その後の簡単なまとめは10月まで)の様子が、平易な文書で淡々とつづられています。
 この作品は、1999年に出版された「アンネの日記 海外留学生受け入れ日誌」という本を、フィクションとして改変、創作したものですが、いわゆる普通の小説ではありません。
 視点がないわけではないのですが、完全な三人称、生徒、ホストファミリー、担任(しいて言えばこの担任の視点が一番多い)など次々と変化しますし、その視点のフォーカスも非常に弱くて、題名通りに「私」が排除されています。
 女子高の二年生が舞台なので、恋愛とも受験とも無縁ですし、女性同士の葛藤も、また留学生による異文化との摩擦も書かれていません。
 しいていえば、修学旅行がこの作品では日常に変化をつけていますが、それも克明ですが淡々と描かれています。
 普通の小説では書かれない時間割や校則や修学旅行の注意事項などが、繰り返し詳細に書かれていきます。
 女子高校生の風俗は詳しく描かれていますが、1999年当時のものなので、今読むとかなり古い感じです。
 一般の小説では、読者に先を読ませよう、ページをめくらせようという工夫を、作者はするわけですが、この作品ではいっさいそういうことはなされません。
 そのため、筋を追おうとするコモンリーダー(普通の読者)がこの本を読むことは、かなりの苦痛を伴うと思われます。
 いわゆる前衛小説の難解さすら、この小説は持っていません。
 あくまでも平易な言葉で、淡々と描かれていきます。
 しいていえば、ところどころに書かれた生なコメントが作品のアクセントになっていますが、それが本文とどんな関係があるかも不明です。
 読みやすいけれど、それがなんなのかかわからない。
 そんな不思議な体験を、この作品はさせてくれます。
 ともすれば、読者にわかりやすい本ばかりになっている現在の日本文学へのアンチテーゼに、この作品はなっているのでしょう。
 実は、私自身も、この作品と同じように事実のみ(起床時間、就寝時間、体重、血圧、食べた物の詳細、その日やったことのリスト、出金、入金の明細など)を書いた日記を何年かつけたことがありましたが、それはこの作品のように人に読ませるためでなく、自分自身を言葉で解体するための作業でした。
 児童文学の世界でも、この本のように教育実践などを下書きにして書かれた作品はかなりあります。
 しかし、それらは、主人公(複数の視点で書かれることもありますが)やその心理を創作して、普通の物語になっています。
 ようは、書き手が年をとってしまい、自分自身(あるいは自分の子どもたち)の体験が、現実の子どもたちと乖離してしまった時に、それを補うためになされているだけなのです。
 はっきりいって、現在の児童文学の出版状況では、「私のいない高校」のような実験的な作品は本にはならないでしょう。
 なぜなら、まったく売れそうにありませんから。
 今の児童文学の出版社(児童文学に限らないとは思いますが)では、「いかに売れるか」かが至上命題なので、このような作品が生み出される余地はまったくありません。
 しかし、同人誌などでは、時にはこのような実験的な作品が書かれてもいいのでないでしょうか。
 どんな時代でも、いい意味でのアマチュア的な作品(需要に応じて書く職人的な作品をプロフェッショナルと呼ぶとすれば)が、新しい児童文学を創造していく可能性を持っているのだと思います。


私のいない高校
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講談社
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Think the Earth Project「百年の愚行」

2017-01-30 08:38:35 | 参考文献
 20世紀の100年間に人類が犯した数々の愚行を、写真とエッセイとコラムで告発しています。
 日本では、戦争、貧困、飢餓などの近代的不幸を克服したとされていますが、目を世界に転じれば、それらは依然として地球上に蔓延しています。
 また、これらの近代的不幸を克服するために行った自然破壊は、あらたな地球規模の不幸を生み出しています。
 21世紀の日本においても、福島第一原発事故などにより自然は大きく破壊され、いつのまにか戦争、貧困、飢餓も再び忍び寄ってきています。
 残念ながら、この本では、これから我々がどうしたら良いかまでは教えてくれません。
 私たち一人ひとりが、よくまわりを見渡してどう行動するかを考えなければならないでしょう。

百年の愚行 ONE HUNDRED YEARS OF IDIOCY [普及版]
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Think the Earthプロジェクト
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柏原兵三「星ヶ丘年代記」柏原兵三作品集2所収

2017-01-30 08:36:27 | 参考文献
 旧制中学が新制高校に改編されるに伴い、二年間だけ存在した併設新制中学校と新制高等学校を合わせての五年間を年代記風に描いた作品です。
 ここで描かれている星ヶ丘高等学校は、都立日比谷高校(当時の東大合格者数第一位の高校で、美濃部都知事の学校群制度によって都立高校の受験優位性が崩壊するまでその座を守った、今の私立開成高校以上の受験エリート校)のことで、東大受験を失敗して浪人するまでの主人公の軌跡は、ほぼ柏原自身と同じで、かなりの部分が実体験によるものと思われます。
 戦争直後の昭和二十一年から二十五年までの東京の都心の超進学高校を舞台に、生徒会活動(自治憲章を持った行政委員と議員と監査委員の三権を備えた本格的なものです)などの民主主義ごっこ、芸術至上主義の天才願望、アンチ東大受験、抑えきれない性衝動などが、赤裸々に描かれています。
 これらが、どんどん高揚していく姿と、現実(特に東大受験)の前にあえなく挫折していく様子を、年代を追いながら描いています。
 今の読者からすると、登場人物たちの自意識過剰なエリート臭が鼻について読みにくいかもしれませんが、そういったものも含めて自分の弱さ(神経衰弱、自意識過剰、自律神経失調、性的な放埓など)を包み隠さずに率直に描く点が、柏原の作家としての特長でもあり限界なのかもしれません。
 創作体験を持ったことがある人なら誰でも経験することですが、ありのままの自分を作品の中でさらけ出すことは非常に困難なことなのです。
 どうしても、自分の秘密の部分(特に恥部)は、ストレートにはなかなか描けないものです。
 それを易々と行っているところに、柏原作品の魅力はあります。
 その一方で、そういった実体験に依存しすぎていて、もっと普遍的な大きな作品世界を描けなかったことは、柏原作品の限界でしょう。
 ところで、この作品を読むと、同じ芥川賞作家である庄司薫の「赤ずきんちゃん気をつけて」を初めとしたいわゆる赤白黒青四部作(他は、「白鳥の歌なんか聞こえない」、「さよなら怪傑黒頭巾」、「ぼくの大好きな青髭」)との類似性が感じられます。
 書かれたのはこの作品の方が先で、もしかすると庄司薫もそれを読んでいたかもしれませんが(後述の通り、二人は非常に近い所で生きていました)、直接影響を受けたのではないと思います。
 それよりは、同じ日比谷高校生(庄司作品は昭和四十四年の東大入試中止を時代設定にしていますが、庄司自身の日比谷高校生活は昭和二十七年から三十年ごろまでなので、柏原と入れ替わりぐらいのタイミングで体験しています)として、エリート意識、芸術至上主義、受験体制への斜に構えた姿勢、自意識過剰、裕福で恵まれた家庭環境などを、色濃く共有しているためだと思われます。
 なお、この作品は、戦争直後のある階層の中学生や高校生の生態を描いた、現在ならばヤングアダルト作品の先駆的な作品ですが、閉鎖的な児童文学界では、読んだことがある人もほとんどいないことでしょう。

柏原兵三作品集〈第2巻〉 (1973年)
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潮出版社
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森忠明「花をくわえてどこへゆく」

2017-01-30 08:28:15 | 作品論
「美しい足」をした岸昌子先生が、自分の担任の矢崎先生と結婚することを知って、学級委員で優等生だった森壮平は強いショックを受けます。
 さらに周囲の状況によって愛犬のテツを捨てなくてはならなくなった森少年は、逆にテツに見捨てられてしまいます。
「美しい足」と「好きな犬」という自分がもっとも大事にしていたものが、もう手に入らないのだと感じた森少年は、生きていく気力を失ってしまいます。
 「なんのために生きていくのか」「なんのために学校で勉強しなくてはいけないのか」ということに強い疑問をもった森少年は、両親にしばらくの間の休学を申し入れます。
 森少年の苦しみは、両親や先生、医者たちからはまったく理解を得られません(この本が出版された1981年当時では、まだこういった少年たちは今よりも少数派で、周囲の理解も現在より不十分だったと推測されます)。
 ただ、幸運なことに母方の祖父だけは森少年に理解があり、自宅のはなれや山梨の湯治場で、森少年を好きなだけ休ませてくれます。
 森少年を取り巻く状況は最後まで好転しませんが、ラストシーンで急死した祖父を抱きかかえる森少年は、それでもこれからも生きていかねばならないことを自覚します。
 1975年の「きみはサヨナラ族か」(その記事を参照してください)から、主人公のアイデンティティの喪失はさらに深くなっています。
「きみはサヨナラ族か」の主人公は、それでも絵を描くことで自分のアイデンティティを回復させようとしていましたが、この作品ではそれも完全に失われています。
 「生き続けていくこと」に対して諦念にも似た主人公の気持ちに、現代の子どもたち(あるいは若者たちも含めて)の置かれている生きていくことが困難な(あるいはその裏返しで非常に安易な生き方しかできない)状況を先取りした作品だと言えると思います。
 一連の森作品は、一方に熱烈な愛読者は持ちつつも、いわゆる「現代児童文学」論者からは、その「変革の意志」の欠如を批判されました。
 しかし、今になって振り返ってみると、すでに既存の「現代児童文学」の創作理論では、その当時の子どもたちの状況をとらえきれなくなっていたのかもしれません。
 また同様に、いわゆる社会主義リアリズムを偏重していた「現代児童文学」の批評理論では、森のような作品は正当に評価できなかったと思われます。

花をくわえてどこへゆく (文研じゅべにーる)
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文研出版
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森忠明「きみはサヨナラ族か」

2017-01-30 08:24:17 | 作品論
受験競争に明け暮れる学校に嫌気がさした主人公は、仮病を使って立川病院に入院し長期に学校を休むことになります。
病院で知り合った友だちの死や別れ、さらには長期欠席のための留年によるクラスの人たちとの別れなどを通して、「人生なんてサヨナラだけだ」と自覚しつつも、絵を描くことに自分のアイデンティティを見つけようと、主人公は決意します。
このあたりの芸術至上主義的な考え方は、森が一時期師事していた寺山修司の影響がかなり感じられます。
あとがきでは、15年前(初版が1975年12月なので1960年ごろ)の自分の事を描いたと書かれていますが、この作品では出版されたころの年代にアレンジされているように感じられました。
それが、出版当時の高い評価と、多くの読者をつかむことに成功した一因になっているのではないでしょうか。
 他の森作品と同様に、異常ともいえるほどの子ども時代の鮮明な記憶(子どものころの記憶を持っているということは児童文学作家にとっては重要な資質で、特にエーリヒ・ケストナーの「わたしが子どもだったころ」や神沢利子の「いないいないばあや」(その記事を参照してください)が有名ですが、森はそれに匹敵するほどです)によって、ディテールがくっきりと描かれているのが、この作品でも大きな魅力になっています。
 ただ、現代の目で眺めてみると、小熊英二が「1968」(その記事を参照してください)で指摘していた、団塊の世代(森はその中心の年である1948年生まれ)の直面した「現代的不幸」を作品化した典型を見る思いがしました。
 彼らは、義務教育のころは戦後民主主義教育を受け、その後激烈な受験戦争に巻き込まれ、大学の大衆化に直面し、アイデンティティの喪失、生きていくリアリティの希薄化などの「現代的不幸」に直面した最初の世代でした。
 ここで「現代的不幸」とは、戦争、貧困、飢餓などの「近代的不幸」との対比で使われている用語です。
 彼ら団塊の世代の大半は、十代後半になってこの問題を自覚するようになって、全共闘世代となって学生運動に突入していきました。
 しかし、異常なまでに早熟だった森は、小学生時代にこの問題に直面していたのでしょう。
 また、この本が出版された1970年代には、小中学生でも森と同じ問題に直面するようになっていたので、少なからぬ読者に受け入れられたものと思われます(今回読んだ本は1983年11月で12刷です)。
 一方で、ネグレクト、世代間格差、少子化、虐待、貧困などのさらに新しい問題に直面している現代の子どもたちとは、すでに大きなギャップが生まれているのではないでしょうか。

追記
 作品論からは離れますが、森忠明とは一度だけ会って直接話を聞いたことがあります。
 彼の「へびいちごをめしあがれ」が出た後で、彼が「蘭」のおかあさんと共に立川を去る前ですから、おそらく1987年だったと思います。
 児童文学の同人誌の仲間たちと、「注目の書き手に会いに行こう」シリーズの第一弾として、立川まで彼に会いに行きました(実際にはこのシリーズは、第二弾として村中李衣に高田馬場で会っただけで打ち切りになってしまいましたが)。
 このシリーズの第一弾に森忠明を選んだのは、同人の一人に森の熱狂的なファンがいたためで、彼女は後に森の「グリーンアイズ」の編集を担当しました。
 待ち合わせをした喫茶店から、その後行った寿司屋(おごってもらったのがみんな一律に並寿司の盛り合わせだったのが、いかにも彼の世界っぽくていい思い出になっています)、名残惜しそうにわざわざ送ってくれた立川駅の改札口まで、間が空くのを恐れるように一人でしゃべり続けていたなシャイな彼の姿が今でもはっきりと思い出されます。
 今振り返ってみると、「注目の書き手に会いに行こう」シリーズは大成功で、私は今まで会った中で、一番感受性の豊かな男性(森忠明)と一番聡明な女性(村中李衣)に出会えたことになりました。

きみはサヨナラ族か (現代・創作児童文学)
クリエーター情報なし
金の星社







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