現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

黒川博行「喧嘩(すてごろ)」

2017-05-31 20:14:18 | 参考文献
 「すてごろ」と言うのは、刃物などを使わずに素手でやる喧嘩のことで、主人公(堅気だが暴力団の密接交際者)の相棒(疫病神)で元やくざの桑原は、「すてごろ」だったら大阪一と言われる男です。
 前作の「破門」(直木賞受賞作。その記事を読んでください)で暴力団の組を破門になった桑原と、ひょんなことから主人公はまたつるむことになります。
 喧嘩はできないが金のためなら危ない橋も渡る主人公と、イケイケやくざのデコボココンビが、また大暴れします。
 暴力や犯罪が頻出するこの作品がこんなに人気があるのは、やくざ以上に人間のクズの国会議員や地方議員、議員秘書、役人、警察などの悪事が暴かれていく痛快さでしょう。
 もちろん徹底したエンターテインメントなのですが、議員や議員秘書や役人の実態は本当にこんなものじゃないかと読者が思っているからこそ、作品に一定のリアリティが保障されているのでしょう。
 視察と称する観光旅行を公費で行い、政治活動費で飲み食いする議員やその関係者は相変わらず後を絶ちません。
 また、「指示したことは一切ない」と国会で見えを切りながら、裏で役人たちに自分の意思を忖度させて思い通りにしている総理大臣や、「記憶にない」とか「メモは廃棄した」とか臆面もなく国会で言ってのける鉄面皮の官僚たちを、いやというほどテレビで見せられると、実態はこの作品よりもっとひどいのだろうと思ってしまいます。
 今回の作品では、桑原の喧嘩(すてごろ)も組の代紋あってのものだったことがはっきりし、さすがのイケイケやくざもそれをなくしたことによる弱みを見せます。
 それと同じで、実際の政治家や役人も、政府、政党、議員、役所といった代紋がなければただの愚かな人間にすぎず、それゆえその代紋にしがみついている様子がよくわかります。
 ラストで、桑原は組に復帰することが許されます。
 作者は、この人気シリーズで、まだまだ稼ぐつもりのようです。

喧嘩
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KADOKAWA

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奥田亜希子「キャンディ・イン・ポケット」五つ星をつけてよ所収

2017-05-31 20:08:14 | 参考文献
 高校のカースト制度の最下層(ルックスがよくない、学力もなく地元の大学に進学する予定、流行のファッションをする勇気もない、性格も地味、他の子たちとコミュニケーションする能力も低い、もちろん彼氏はいない)の主人公の女の子が、カースト制度の最上層(かわいい、ファッションセンスもいい、東京の大学に進学する学力がある、バンドのリードボーカル、コミュニケーション能力も高い、クラスの人気者、もちろん東京の大学に通う年上の彼氏もいる)の女の子と偶然知り合って、三年間同じ電車で待ち合わせて学校までの三十分を過ごします。
 主人公にとっては何事にも代えがたい、彼女との三年間の思い出を断ち切るために、主人公は卒業式を途中で抜け出して、いつも彼女からもらっていたのど飴を、彼女のコートのポケットにそっと入れます。
 作者は、最後は思いがけない結末を用意して、主人公を救っています。
 「既読スルー」を小道具に使って現代性を演出していますが、登場する女子高校生たちは少し古い感じがします。
 また、最上層の女の子の彼氏が理想化されすぎていて、「デウス・エクス・マキナ」(ギリシャ悲劇に登場する機械仕掛けの神)的な印象を受けました。

五つ星をつけてよ
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新潮社
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色川武大「とんがれ とんがり とんがる」怪しい来客簿所収

2017-05-30 20:50:52 | 参考文献
 著者が無頼生活をしてドヤ街で暮らしていたころに知り合った、姉妹について描いています。
 ほとんど楽しみらしい楽しみを知らずに暮らしていた姉妹やその幼い弟たちを、著者は井の頭公園や深川不動へ連れて行ったりしてかわいがっていました、
 父親の死後、彼らは遠くの親せきにもらわれていきましたが、そこも追い出されてドヤ街に戻ってきます。
 そのころ無頼生活から足を洗った著者は、ドヤ街を離れます。
 その後再会した姉は、身を持ち崩して精神を病み象のように太っています。
 妹の方は、水商売の世界で出世(銀座に出た)して、やくざの組長の女になり、おつきの若い衆を引き連れています。
 姉とは全く違う境遇になった妹ですが、その後ろ姿は象のような姉の感じが移っていて、著者をアッと思わせます。
 子どもたちが貧困からどのように抜け出すか。
 この作品には、一昔前の典型が描かれています。
 男の子たちは、やくざや愚連隊になって、その世界でのし上がる(姉妹の兄弟たちもそうです)こともその一つの方法でしたが、その多くは命を落としたり刑務所入りしたりしました。
 女の子たちは、水商売の世界でのし上がり(そのころのゴールは銀座でした)、自分の店を持つことを夢見ますが、その大半は姉のように身を持ち崩したり、妹のようにやくざの女や金持ちの愛人に(昔はお妾さんとか二号さんと呼ばれていました)なるのがせいぜいでした。 
 再び子どもたちの貧困が問題になっている現在も、昔と状況はあまり変わっていないように思えます。
 たしかに暴力団はかつてのようには表立ってはいませんが、姿を変えたいろいろな犯罪組織に取り込まれていく男の子たちは今でもたくさんいます。
 女の子たちを取り巻く環境は、さらに悪化しているかもしれません。
 キャバクラなどでお金を稼いで店を持ったり、常連と結婚したりできる女の子はごく一部で、いろいろと名前を変えた性風俗やAVなどに取り込まれていく女の子たちもたくさんいることでしょう。
 子どもたちの貧困を行政や教育機関や地域社会が解決できない限り、いつの時代にもこの作品に描かれたような子どもたちは存在し続けます。

怪しい来客簿 (文春文庫)
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文藝春秋
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色川武大「門の前の青春」怪しい来客簿所収

2017-05-24 21:41:58 | 参考文献
 作者にとっては、戦時中の唯一といってもいい友人の話です。
 作者は、この友人から文学への関心のきっかけをもらい、逆に友人には無頼の暮らしを教えます。
 二人は、ガリ版雑誌の発行が問題視され、首謀者とみなされた作者は無期停学に、友人も謹慎処分を受けます。
 それをきっかけに、作者は無頼の道に邁進しますが、復学して大学に進んだ友人とも親しく付き合います。
 卒業後に、高校教師となって北海道へ行った友人は、その後大阪の新聞社に職を見つけ、結婚して子どももできます。
 無頼のまま人生を送っていた作者には、友人のそうした小市民的安定をどうしても許せませんでした。
 私は、この作品中の友人が通ったのと同じ大学に四半世紀後に入学したのですが、そのころでも児童文学のサークル内には無頼を気取った先輩たちがいました。
 彼らは、留年を重ねた後で大学に追い出されるようにしてしぶしぶ社会へ出て行ったのですが、その際のあからさまな小市民的変化は、はたで見ていて気分のいいものではありませんでした。

怪しい来客簿 (文春文庫)
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河合雅雄「自然の中の子ども ― あとがきにかえて」少年動物誌所収

2017-05-24 21:23:39 | 作品論
 この文章の中で、著者はアフリカで童心に帰って魚捕りをしたエピソードを語って、この二十年間(この本は1976年に出版されているので、五十年代後半から七十年代にかけての高度成長時代を意味します)に、日本の自然が環境破壊や汚染にさらされて変ってきたかを指摘しています。
 そして、この本に書かれた自然に囲まれた少年時代は、戦前に育った人たちにとっては普通のことだと述べています。
 確かに、現代と違って、当時の日本人の子どもたちが育ったのは、ほとんどが農村や漁村でしたので、ごく一部の都会育ちの子どもを除けば、当たり前の世界だったのでしょう。
 しかし、六十年代に東京の下町で少年時代をすごした私から見ても、なんと豊穣な少年時代だったのでしょうか。
 この本が出版されてから、四十年以上がたちました。
 日本では、自然破壊や都市集中がますます進み、今の子どもたちにとっては著者が描いた世界は想像さえできないことでしょう。
 外遊びをする子どもたちはほとんど見かけなくなり、たまにいてもたいていはスマホや携帯ゲーム機やトレーディングカードで遊んでいます。
 さらに、時代が進んで、ウェアラブル・コンピューターやヴァーチャル・リアリティがより安価に実現したらどうなってしまうのでしょうか。
 いや、半導体の世界でムーアの法則(「集積回路上のトランジスタ数は18か月ごとに倍になる」という、Intelの創業者の一人のムーアが1965年にした有名な予言で、これが50年以上実現され続けててきたことによって、かつてのスーパーコンピューター以上の性能がポケットに入るスマホが実現しました)が成り立つ限りは、数年後にはこれらの装置が身近にあふれていることでしょう。
 そうした時代において、どういった児童文学を創造して、どのようにして子どもたちに届けるかをもっと真剣に考えなければならないのです。


少年動物誌 (福音館文庫 ノンフィクション)
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河合雅雄「魔魅動物園」少年動物誌所収

2017-05-24 21:05:51 | 作品論
 主人公は、また病気で学校を休んでいます。
 そんな彼を慰めてくれるのは、すぐ下の弟が捕ってきてくれた子雀のチー子だけです。
 常にエサを求めるチー子の世話をする時だけは、病気を忘れられます。
 主人公は、少し具合がよくなって学校へ行った時も、密かにチー子を連れて行って教室で逃がして大騒動になります。
 学校へ行かれない主人公を慰めるために、弟と二人で庭に魔魅動物園を作ります。
 そこで飼われているのは、イヌ、ニワトリ五羽、シマリス二匹、十姉妹五羽、文鳥二羽。ブルーインコ二羽、二十種もの魚やエビ、ハイ(オイカワ)、カワムツなどですが、彼らが在所の子たちと戦うために育てている毒ガス部隊の屁こき虫のコウヤ(ミイデラゴミムシ)、クソジ(カメ虫)、パピ子(ナミアゲハの幼虫)などもいます。
 それに、弟がもらってきた三羽のゴイサギの幼鳥も加わりました。
 ゴイサギは大ぐらいで、二人は餌の蛙やタニシを捕るのに追われます。
 そして、目を離したすきに、魔魅動物園の他の魚や虫たちも、ゴイサギに半分近く食べられてしまいました。
 また、一攫千金を夢見た二人は、アカチナ・フリカという食用カタツムリの飼育にものり出します。
 秋が来て、ついにゴイサギは野に放たれ、魔魅動物園の魚や虫、それにアカチナ・フリカまで死に絶え、かわいがっていたチー子まで主人公の不注意で死なせてしまいます。
 こうして、主人公の少年時代は終わりを告げたのです。

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河合雅雄「タヒバリ」少年動物誌所収

2017-05-24 20:52:58 | 作品論
 主人公は、もう三日も、タヒバリを追って雪の残る田んぼを歩き回っています。
 その手には、兄のお古のおもちゃのような空気銃(目などに当たらない限り何もしとめられません)を手にしています。
 獲物をとるのには一対一の格闘しか潔しとせず、魚も手づかみかヤスを使うぐらいで、釣りの時は針も浮きも手作りで、テグスのようなだまし討ちをするようなものは嫌って木綿糸を使っていた主人公にとっては、空気銃は堕落ないし、真の意味での少年期が終わりが近づいていたのかもしれません。
 それでも、今日もまたタヒバリを追い詰めきれずに一日を棒に振った主人公は、帰り道で出会ったもっと上等な空気銃(タヒバリなどは簡単にしとめられるでしょう)を持った少年に、「タヒバリをうったらあかんぞ」とすごむのでした。
 好敵手のようなタヒバリ、文句も言わずに明日も付き合ってくれる相棒のすぐ下の弟、そして、帰りの遅い主人公たちを叱ろうと家で待ち構えているおかあさん。
 少年時代において、他に何を望めと言うのでしょうか。

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河合雅雄「おばけ鮒と赤い灯」少年動物誌所収

2017-05-24 20:47:17 | 作品論
 篠山城跡のお堀で、投げ込み(大きなウナギや鯉などを狙って、太い糸と大きな針にデカミミズやドジョウをつけて、夕方に水の中に投げ込んでおいて、翌朝引き上げる漁)で釣り上げた50センチもあるおばけ鮒と、その鮒や赤い金魚(和金)などをさらいに来たイタチ(おそらく)の思い出です。
 さかんにイタチをやっつけようとするすぐ下の弟と違って、主人公はなぜかイタチに対して優しい気持ちを持ちます。
 いつか重病で病床にいた時に、イタチが庭を訪れて、病魔を連れ去ってくれたと信じているからです(「イタチ」の記事を参照してください)。
 そして、それはまた、主人公にとって、(残酷な)少年期の終わりが近づきたことを示しているのかもしれません。

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河合雅雄「クマネズミ」少年動物誌所収

2017-05-24 20:15:44 | 作品論
 主人公は、胸を病んで病床にいます。
 熱がもたらす幻想に交じって登場するクマネズミが、毎晩主人公を悩ませます。
 そして、主人公とクマネズミの確執が始まりました。
 例によって、主人公たちのクマネズミ退治は残酷なものですが、クマネズミの方も忍者のような素早さで対抗します。
 戦前の山間部にある家ですから、家の中には、クマネズミ(都会ではないのでドブネズミはあまりいなかったのでしょう)だけでなく、それを狩るアオダイショウやイタチなどまでが、天井裏には潜んでいます。
 私が子どもだった昭和三十年代の東京の下町でも、ドブネズミはたくさんいましたし、それを追って猫までが天井裏を駆け巡ったことがありました。
 下水道が整備された現在では、よほど山間部にでも行かない限り、こういった光景の名残すら感じられないでしょう。
 一方、今ではほとんど考えられませんが、当時の結核は死病でしたから、その恐怖が夜になって寝静まった頃に部屋を訪れるクマネズミと重なり合っていたようです。

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河合雅雄「イタチ ― 落ち葉の精」少年動物誌所収

2017-05-22 19:58:50 | 作品論
 長く患って高熱を出した主人公は、次第に消耗していきます。
 おかあさんは懸命に看病してくれますが、なかなか回復しません。
 往診してくれている老先生は、「ようすをみてみましょう」というだけで、頼りになりません。
 熱にうなされながら、主人公は様々な美しい幻想を見ます。
 イタチが、庭でカサコソ音を立てているような気もします。
 おかあさんは、イタチは血を吸いに来るので怖いと言いますが、主人公はイタチが病気を追い払ってくれると信じています。
 ある日、とうとう主人公は、庭にやってきた三匹のイタチを、ガラス戸越しに目撃します(ような気がしただけかもしれません)。
 その後、イタチはやってこなくなりますが、主人公の病気もなおります。

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河合雅雄「蛇わたり」少年動物誌所収

2017-05-22 19:53:39 | 作品論
 さまざまな蛇たち(シマヘビ、ヤマカガシ、カラスヘビ、アオダイショウなど)と主人公たち(例によって相棒はすぐ下の弟です)の確執を描きます。
 可愛がっていた十姉妹のつがいをシマヘビにのまたことに端を発し、さらに飼っていたシマリスが襲われ(尻尾を噛みちぎられて、遠くへ逃げて帰ってきません)、主人公たちは蛇たちに復讐を誓います。
 主人公たちと蛇たちとの戦いは、ここで書くのをはばかれるほど残酷でグロテスクなのですが、ラストの幻想的に美しい蛇わたり(無数のヘビが池を渡っていく)で終結します。

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河合雅雄「水底の岩穴にひそむもの」少年動物誌所収

2017-05-22 19:49:21 | 作品論
 少年の日の魚とりの思い出です。
 しかし、読者が想像するような牧歌的なものではありません。
 頼りになるすぐ下の弟を相棒に、主人公は獲物に合わせた様々な手段(手網、伏せ網、ヤス、手づかみ、潜りなど)で、いろいろな獲物(ハイ(オイカワ)、ゴリ、アカサチ(オイカワの雄)、ウナギ、鯰、モト(カワムツ)、モロコ、ギンタ(ギギ)、イチクチ、ドンコ、ユザ(ウグイ)、鯉など)と、文字通り格闘するのです。
 二人がかりで手づかみしようとして、六十センチを超えるようなウナギに巻きつかれ、とどめを刺すために主人公はウナギの首を噛みちぎります。
 魚籠がないので、手づかみしたイチクチの群れを、二人とも、四匹も五匹も口の中に押し込み、詰め込みすぎて吐き出します。
 主人公は、雷蛭に肛門のそばを噛みつかれ、大量出血します。
 その間に、シオヤアブにも尻を刺されます。
 一メートルを超すイルカのような大鯉を求めて、深さ五メートルのところにある水中洞窟へ、軍用の古い防毒面にゴムホースを付けた手製の潜水帽で潜り、もう少しで窒息死しそうになります。
 現代の親たちが見たら、目をむいて失神してしまいそうな冒険の連続です。
 主人公は、魚以外の動物たちも、簡単に命を奪ってしまいます。
 「進撃の巨人」風に言えば、少年の世界は残酷なのです。
 でも、なんと豊穣な世界なのでしょう。
 そんな光景を見ているのは、河原のショビン(セキレイ)だけです。


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河合雅雄「森と墓場の虫」少年動物誌所収

2017-05-21 20:01:13 | 作品論
 いつもの場所と違う、山の南側へ昆虫採集に行った主人公たち。
 そこには、森と恐ろしい言い伝えが満載の墓地があります。
 しかも、頼りになるすぐ下の弟はなぜかいなくて、もっと年少の弟や友だちしかいません。
 しかし、新種の虫を採集できるかもしれない期待が、主人公をそこへ向かわせたのです。
 不思議な恰好をした虫を初めて採集した昼間は、まだ良かったのです。
 夕暮れが近づく帰り道で、避けていくはずだった墓地に紛れ込んだ主人公は、恐怖に駆られます。
 おどろおどろしい墓場、恐ろしい言い伝えがある古井戸、そして、採集した虫が図鑑に普通種と書かれているのを見たときの失望と落胆。
 確かな手触りのある少年の日の一日が、社会生態学の第一人者の驚異的な観察眼と卓越した描写力で描き出されています。

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清水義範「イマジン」

2017-05-20 20:40:33 | 参考文献
 2003年に書かれたタイムスリップ物です。
 現状に行き詰まりを感じている20歳の誕生日を迎えた青年が、自分の生まれる前の1980年にタイムスリップして、そこで24歳の結婚前の父親と出会って、二人でその年の十二月にニューヨークで射殺されるジョン・レノンを救いに行きます。
 タイムスリップ、もしくはタイムパラドックス物としては新味がありませんし、全くのご都合主義でかなりいい加減に書いてありますが、最後は主人公と父親の和解へ話を持っていってほろりとさせられます。
 感心したのは、1980年の風俗を丹念に調べていて(数か所明らかな間違いはありますが)、それを2003年の風俗と対比して、うまく話に使っていることです。
 作品に出てくる主な違いは、CD がまだなくレコード、茶髪にしている若者がいない、ミニスカート制服の女子高校生がいない、携帯がない、パソコンが普及していない、インターネットがない、DVDなどがなくフロッピーディスク、紙幣のデザインが違う、海外旅行が一般化していないなどです。
 しかし、そういう2003年の風俗も現在とは大きく違っています(スマホがない、フェイスブックやLINEなどのSNSがない、自動改札やSUICAがないなど)。
 1980年と2003年の風俗の違いを知らず、2003年の風俗が最新だと思えないと、この作品は本当の意味で楽しめないので、すでに賞味期限はきれているのかもしれません。


イマジン (集英社文庫)
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集英社
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色川武大「右むけ右」怪しい来客簿所収

2017-05-10 06:45:27 | 参考文献
 自称劣等生の作者の目で眺めた、戦時下の旧制中学(東京市立第三中学校)の教師たちを描いています。
 徹底的に外見だけを気にする形式主義者の校長(初めて空襲があった時に、あわてて避難する生徒や教職員に避難の仕方がなっていないとやり直させた)。
 インテリそのもの担任(初めは軍国調の校長の体制とは距離を置いていたが、戦争が深まるにつれて暗く不機嫌になり、やることは最初から体制べったりの他の教師たちと変わらくなった)
 女性的な洋行帰りの英語教師(不向きな軍国体制の中で、それでも体制に順応しようとしていた)。
 こういった教師にありがちですが、戦後も彼らはそれなりに成功したようです(校長は郷里の新制高校の校長になって徹底的な実利的な運営で初めは甲子園でその後は受験で有名にしたし、二人の教師は官立大学の教授に栄転した)。
 今も昔も、体制順応型の教師の方が出世することは変わりません。
 こうした教師たちを批判するような児童文学作品は絶えて久しいです。
 というより、日本では昔から児童文学界は教育界とべったりなので、適当な作品はないかもしれません(海外では、かなり古いですが、ペイトンの「卒業の夏」などのすぐれた作品があります)。

 
怪しい来客簿 (文春文庫)
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文藝春秋
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