海辺の街の図書館や児童館が入っている市民センターで働く四人の男女の恋愛模様を描いたエンターテインメントです。
この作品について文学論を展開するつもりはないのですが、商品としてどのように作られているかについて興味を持ちましたので、少し考察してみます。
作者も出版社もはっきり意識として作っていると思うのですが、若い女性をターゲットにしたエンターテインメントしての以下のような要件を満たしています。
まず、四人のキャラクターが、はっきりすぎるほどたっています。
三十過ぎの独身で、女性関係だけでなく仕事でも少し困難に直面するとフリーズしてしまう、しかしやさしくてまじめな草食男子。
二十代後半の独身でまじめな、漫画や本やアニメのオタク女子。
一年間の派遣でこの町にやってきた、ルックスが派手で仕事嫌いな元ヤン女子。
女子中学生専門の三十過ぎ独身のロリコン男子。
表紙もアニメ調で、典型的なキャラクター小説です。
おそらくコバルト文庫やX文庫を読んで育った若い女性をターゲットにしているのでしょう。
次に、極端な背景設定があります。
草食男子の母親は、一階を貸していたインド料理店のオーナーのインド人と、理由の説明もなく再婚します。
オタク女子は、唐突に草食男子に告白したり、ロリコン男子に接近したりします。
元ヤン女子は、ヤクザの元カレのDVから逃れてきました。
ロリコン男子は、厳格な教員の両親に育てられて、高校時代に女子中学生によるツツモタセにひっかっかて、親に二百万円を払ってもらいました。
それから、読み易さも抜群です。
連作短編集なのですが、四編は四人それぞれの視点で書かれているのでそれぞれの背景がよくわかるように書かれています。
文章は非常に平明で、しち面倒くさい心理描写などは独白で簡単に済ませています。
込み入った部分は、エピソードを積み重ねるのではなく、一方的な説明で終わらせています。
各短編の最後の部分に唐突な展開があり、次が読みたくなるような余韻を残しています。
このあたりは、漫画やテレビの連続物でよく取られる手法です。
それから、若い女性読者の好きな題材に徹していることもあげられます。
各短編のタイトルは、「マメルリハ(草食男子の飼っている小型のインコです)」「ハナビ(オタク女子の飼っている亀の名前です)」「金魚すくい(ロリコン男子の過去に関係します)」「肉食うさぎ(元ヤン女子がうさぎを飼っています」と、すべて女性読者好みのペットにできる小動物です。
一応職場を舞台にしていますが、基本的には女性読者の好物の「恋バナ」です。
最後には、「白馬の王子様」的なハッピーエンドが用意されています。
以上のように、この作品は若い女性が気晴らしに読む商品として、うまく作られていると思います。
エンターテインメント作品なので、「リアリティがない」などといって、目くじらを立てることもないのですが、いくつかそれでも目に余る点がありました。
まず、児童館の職員であるロリコン男子が、児童館に来た家出の女子中学生と姿を消してしまい、その後作品の中で全くフォローがないのは、作者としてあまりにも無責任すぎます。
また、児童館や図書館の職場があまりにゆるくて、作者は最近のこういった職場に対して、どこまで実体験や取材をしたのか、疑問に思いました。
確かに、地方公務員たちの仕事のゆるさは、私の経験でもかなりひどいものがありますが、ここまでゆるい職場はさすがにもうあまりないように思います。
また、やる気も能力もない派遣の元ヤン女子への契約延長や正式職員への登用なども、現実にはあり得ません。
リーマンショック以来の引き締めや平成の地方自治体の大合併で合理化が進み、図書館などの仕事も業務ごと民間へ委託するケースが増えています。
まあ、これらは現実の職場に失望している女性読者たちへ、作者が一種の「ユートピア」をサービスしているかもしれません。
「安定した公務員になりたい」とか、「安定した公務員の男性と結婚したい」とかいった、今の若い女性たちの願望を、作品世界の中で実現させてあげているのでしょう。
しかし、そういう商品化の背景を理解したとしても、「特に努力しなくても楽な職場で働けて」、「いつか白馬にのった王子様が現れる」といったこの作品の世界観は、就活や非正規就労に疲れ、専業主婦に憧れる今の若い女性たちの、「女性の自立」からのジェンダー観の揺り戻しに媚びているようで、ニュー・スキーム(自立した男性と女性の対等な関係)に対する反動的な作品に思えてなりません。