現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

ウォリアーズ

2024-02-29 11:12:25 | 映画

 1979年に公開された、アメリカのB級映画(低予算で製作された特定の観客向けの娯楽映画)です。
 当時アメリカで社会問題になっていた、ストリートギャングの若者たちを描いています。
 互いに敵対していたニューヨークのストリートギャングの融和を図るための集会で、主催者である有力チームのカリスマ性を持ったリーダーが射殺され、出席していたストリートギャングのチームの「ウォリアーズ」が犯人の濡れ衣を着せられます。
 「ウォリアーズ」のメンバーは、集会が行われたブロンクスからシマ(テリトリー)であるコニーアイランド(ニューヨーク郊外の海辺で、遊園地などがある歓楽街)まで、徒歩と地下鉄で逃げていきます。
 その行先々で、そこをシマとするそれぞれに個性豊かなストリートギャングのチームが襲ってきます。
 さまざまな障害を、「ウォリアーズ」は、ゲーム感覚(その後実際にビデオゲームになりました)で突破していくだけの単純なストーリーです。
 ほとんどオールロケ(トイレの中での乱闘シーンだけがセットだそうです)で撮影されているので、現在のSFXでなんでも済ましてしまう映画と違って、手作り感満載です。
 1970年代当時のニューヨークの荒廃した街路や地下鉄がふんだんに登場していて、作品にリアリティをもたらしています。
 この映画の登場人物や対象としている観衆は、児童文学でいえばヤングアダルトにあたりますが、最近の日本の児童文学では、作者の大半が女性のせいかお行儀がよくなって、こうしたピカレスクロマンはほぼ絶滅しています。
 監督のウォルター・ヒル(脚本家としては「ゲッタウェイ」など、監督としては「48時間」など、製作者としては「エイリアン」シリーズなど)は、こうしたピカレスクロマンが得意で、1984年にはやはりストリートギャングが出てくる「ストリート・オブ・ファイヤー」(その記事を参照してください)が日本でもヒットしました(その年のキネマ旬報の読者投票で洋画の第一位)。
 これらの映画では、無意味な殺人や残酷シーンはなく、ストリートギャングたちの乱闘シーンもスポーツ感覚で楽しめ、一種の青春映画か恋愛映画として見ることができます。


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色川武大「離婚」離婚所収

2024-02-15 11:03:44 | 参考文献

 昭和53年に直木賞を受賞した短編です。
 フリーライターとその妻の、不思議な結婚及び離婚の様子を描いています。
 自由気ままな暮らしをしている主人公と、それに輪をかけてフリーな妻は、六年間の結婚生活を解消して離婚しますが、その後もつかず離れずの関係で、半同棲のような暮らしをしています。
 結婚制度というある意味自由を縛り合う関係で暮らしている一般人(現代では生涯未婚の人も多いですが)から見ると、自由で無責任でうらやましいと思う面もあります。
 特に、主人公の妻は、傷ついた小動物のようなところとフラッパーな面を兼ね備えていて、なかなか魅力的に描けています。
 作者は、ペンネームの阿佐田哲也(「朝だ、徹夜」のシャレ)でたくさんの麻雀小説(代表作は「麻雀放浪記」)を書き、ギャンブラーとしても非常に有名で、当時は若い世代に人気がありました。
 この作品に、どこまで作者の実体験が生かされているかは分かりませんが、フリーランスの生活の魅力と危険性がよく表れています。
 作者は、ギャンブル小説のような好奇な風俗ものだけではなく、この作品のような一般的な小説の書き手としても一級です。

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ちばあきお「キャプテン」

2024-02-13 11:17:15 | コミックス

 1972年から1979年にかけて、月刊少年ジャンプに連載された野球漫画です。
 東京の下町の墨谷二中を舞台に、野球部の代々の個性的な4人のキャプテンを中心に、従来の魔球や超人的なプレイはまったくでてこないで、猛練習とチームワークで無名チームが日本一の強豪チームになるまでを描いています。
 谷口(1巻の途中から3巻の途中まで):才能にも体格にも恵まれないながら、絶対にあきらめない気持ちと人一倍の努力で、墨谷二中を日本一(ただし、その年の日本一のチームが東京予選の決勝の墨谷二中戦で不正(交代人数をオーバーしました)したことが発覚して、両者による決定戦で勝利したものです)に導きました。
 丸井(3巻の途中から5巻の途中まで):短気でおっちょこちょいだが、チームを愛する気持ちは人一倍の熱血漢で、東京予選は勝ち抜いたものの、選手たちが決勝の死闘でボロボロになって本大会は棄権しました。
 イガラシ(5巻の途中から13巻の途中まで):非常に小柄ながら、沈着冷静な頭脳と無尽蔵のスタミナで、チームを初めて予選から本大会まですべて勝ち抜いた真の日本一に導きました。
 近藤(13巻の途中ごろから15巻まで):体格に恵まれた剛腕投手。ちゃらんぽらんな性格の持ち主だが、新入生たちをかわいがってチームの将来に備えました。
 こうしてみると、谷口がキャプテンをしている姿は、わずかに二巻分にしか描かれていません(彼が高校に入ってからの後日談は、週刊少年ジャンプの「プレイボール」(その記事を参照してください)で描かれています)。
 しかし、墨谷二中の全体を通しての「キャプテン」は、間違いなく谷口です。
 丸井は谷口の熱狂的な崇拝者ですし、イガラシは谷口の最大の理解者です。
 1巻の最後の部分に、それがよくあらわれているシーンがあります。
 東京予選の決勝戦で、強敵(その後全国大会で日本一になります。転校するまで、谷口はそこの二軍の補欠でした)との試合に備えて、谷口はチームに猛練習を課します。
 それに不服な部員たちが、連れ立って夜に谷口の家へ抗議に出かけます。
 谷口は不在で、近所の神社で大工の父親手作りのマシンで、さらに激しい練習をしています(昼間は、部員の練習に追われて自分は練習できないためです)。
 その時のみんなのセリフが、「キャプテン」のすべてだと言っても過言ではありません。
 谷口:(猛練習による怪我を心配する父親に向かって)、「おれたちみたいに素質も才能もないものはこうやるしか方法はないんだ」
 陰で見ていた部員たち:「おれたちのコーチにおわれてこんなところで練習していたんだ」「…」「…」「おれ、家までランニングしよっと」「お、おれも!」「おれも!」「おれも!」
 丸井:退部届(強敵に備えて、一年生ながら上手なイガラシに、やっとつかんだレギュラーを奪われて、退部しようと考えていました)をビリビリに破って、「く、くそっ」と、みんなと同じように走り出します。
 イガラシ:(みんなが抗議に行くのを止めていましたが、こっそりついてきて、谷口、部員たち、丸井の様子を見て)、「これなんだなあ」「キャプテンがみんなをひっぱる力は」
 私は、このシーン、特にイガラシのセリフは、何度読んでも泣けます。
 谷口は卒業しましたが、その精神は丸井によってチームに定着し、イガラシによって真の日本一のチームとして開花するのは必然だったと言えるでしょう。
 作者は、脱谷口の新しいキャプテン像を、近藤の代で描こうとしたのだと思います。
 作者が体調を崩して(詳しくは「プレイボール」の記事を参照してください)、中途半端なままで連載が終わってしまったのが、今でも残念です。

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ジョゼと虎と魚たち

2024-02-12 11:49:44 | 映画

 2003年に公開された青春映画です
 ノーテンキな大学生と足に障害を持つ少女との、風変わりな出会いと別れを描いています。
 デビューしたころの妻夫木聡や上野樹里たちが、新鮮な魅力を発揮しています。
 特に、主人公の少女を演じた池脇千鶴の不思議な雰囲気が、この映画の作品世界を支えています。
 妻夫木聡と池脇千鶴といえば、同じ年に公開された「きょうのできごと」でも同じような魅力を発揮していました。
 その後も、二人は順調に活躍しているようです。

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アパートの鍵貸します

2024-02-10 09:33:56 | 映画

 1960年製作のロマンチックコメディの古典(アカデミー賞で、作品賞、監督賞など五部門で受賞しています)です。
 さえない独身サラリーマンが、昇進を期待して、上司たちに自分のアパートを逢い引き用に提供したことによって引き起こされるドタバタを、監督のビリー・ワイルダーが笑えてしかも思わずホロリとさせられる人情喜劇に仕立ててみせます。
 現在では考えられないようなセクハラ、パワハラ・シーン満載ですが、この作品の背景には、1950年代から1960年代のアメリカの空前の好景気があります。
 ニューヨークには、そのころの日本では考えられないような高層ビル(当時は摩天楼と呼んでいました)が立ち並び、その中にオフィスを構える大会社(この映画では保険会社です)は、各階ごとに勤める人間も階層化されていて、それを繋ぐ何台ものエレベーターにはそれぞれにエレベーター・ガール(この映画のヒロインもその一人です)がいて、上層階にいる管理職(取締役だけではなく部長でもです)には秘書付きの広い個室が与えられています。
 象徴的なシーンをいくつか書きます。
 ジャック・レモンが演じる独身サラリーマンは、テレビを見ながらTVディナーと呼ばれる調理済みのトレイをレンジ(さすがに電子レンジはまだないのでガスレンジ)で温めて、一人で寂しい夕食を食べています(数十年後(今でも?)の日本でも同じ状況でした)。
 クリスマスには、会社で大騒ぎのパーティが開かれています(1988年の「ダイ・ハード」で同様のクリスマス・パーティが開かれていたのは、バブル最盛期の日系企業でした。今なら中国系企業かな?)。
 この映画の主役のお調子者のサラリーマンを演じたジャック・レモンは、こうしたコメディの主人公にぴったりの軽薄さとそれでいてどこか憎めない独特の持ち味を持っていて、この作品ではノミネートだけで受賞は逃しましたが、アカデミー賞の主演男優賞と助演男優賞の両方を受賞した最初の俳優です。
 相手役のシャーリー・マックレーンは、ショートカットが似合う小柄で可愛い、いかにも日本人が好きになりそうな美人で、同様にこの作品ではノミネートだけでしたが、後にアカデミー賞の主演女優賞を受賞しています。
 敵役(シャーリー・マックレーンと不倫している人事担当重役)のフレッド・マクマレイは、子供の頃に見たアメリカのテレビドラマ「パパは何でも知っている」で、理想的な父親を演じていたので、大学生の時に初めてこの映画を見たときにはショックでした。

 

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芦原すなお「青春デンデケデケデケ」

2024-02-09 08:54:49 | 作品論

 1990年に発表され、翌年の直木賞を受賞した、題名どおりに王道を行く青春小説です。 
 今ならば、ヤングアダルトの範疇にはいりますが、視野の狭い児童文学界ではほとんど無視されています。
 しかし、1992年には、大林宣彦監督によって、ほぼ原作どおり忠実に実写映画化(その記事を参照してください)されたので、そういった意味では実写化において安易な改変を許している既存の児童文学作品と比べて幸せな作品とも言えます。
 1965年に香川県立観音寺第一高等学校に入学した四人の高校生が、とことんロックにのめり込んだ三年間を、その周辺の人々も含めて、ディテイルにこだわって描いています。
 ロックファンを除くと、こんな細かな部分はいらないのじゃないかと思われるかと思われるシーンもたくさんあるのですが、実はこれでも「文藝賞」に応募するために、泣く泣く四百字詰め原稿用紙四百枚以内に削った後なので、1995年に出版された「私家版青春デンデケデケ」はその二倍の783枚あります。
 さすがに、そちらはマニアックすぎるので、クラシック・ロックや「青春デンデケデケ」のファンにしか薦められません。
 演奏や練習以外に、バイト(楽器を買うため)や女の子のことも書かれていますが、なにしろ1960年代の地方都市が舞台なので、純朴そのものです。
 しかし、表面上は大きく変化したものの、その本質は今の高校生たちと変わりません。
 ファッションやコミュニケーション方法などが大きく変化しても、学校、友人関係、部活、バイト、進学問題、異性関係などが、生活のほとんどを占めています。
 ただひとつ大きく違うのは、洋楽(特にロック)がもっと生活の大きな部分を占めていたことでしょう。
 作者は私より五学年上なので、メインのバンド(私が一番好きだったのは、レッドツエッペリン、クリーム、ドアーズ、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル、キング・クリムゾン、ピンク・フロイド、エマーソン・レイク・アンド・パーマー、レーナード・スキナードなどでした)は違いますが、それでもビートルズやローリングストーンズは共通しています。

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点子ちゃんとアントン

2024-02-07 09:10:21 | 映画

 1999年公開のドイツ映画です。

 1930年に書かれたエーリヒ・ケストナーの児童文学の古典の映画化です。

 この映画の前に作られた「エーミールと探偵たち」(その記事を参照してください)の成功を受けて、現代に合わせて変更している点はありますが、かなり原作に忠実に作られています。

 ただ、エンターテインメントを意識した変更点は、ちょっとやり過ぎの感もあります。

 主な原作からの変更は以下の通りです。

 点子ちゃんを構わなすぎた原因を、社交好きの母親だけでなく忙しすぎる父親にも求めています。

 点子ちゃんの母親の社交の場を、貧困国における子どもたちを助けるための海外ボランティアの代表で、年に14回もそれらの国々での歓迎や学校などの着工パーティに出席するために海外出張しているせいにしています(けっこう皮肉が効いています)。

 アントンは、病気のおかあさんの代わりに、アイス店で働いています。

 アントンは、点子ちゃんの家で金のライターを盗み、彼のおかあさんが謝りに行きます。

 アントンは、幼い頃に別れた父親(原作では亡くなっています)を探しに、アイス店の車を運転して出かけて、警察も巻き込んで大騒ぎになります。

 点子ちゃんの家に強盗が入るシーンで、点子ちゃんの家庭教師は共犯ではなく、彼女の不注意が原因だったとしています。

 点子ちゃんが夜中に抜け出してお金を稼ぐのは、家庭教師と一緒の物乞いではなく、ストリート・パフォーマンスをして、そのお金でアントンの家に食料を届けます。

 ラストでは、アントン一家が点子ちゃんの家に同居するのではなく、夏休みに北海の海岸沿いにある点子ちゃんの家の別荘に招待されます。 

 以上のような変更点はありますが、お金持ちの家の子も貧乏な家の子もそれぞれ問題(前者の子どもは両親が忙しくしていて構ってもらえず、後者の子どもはお金のために苦労しています)は抱えていることと、そうしたことを乗り越えた点子ちゃんとアントンの友情はしっかり描かれていて、クライマックスの強盗逮捕のシーンなどは原作通りで、全体にユーモラスな仕上がりになっています。

 

 

 

 

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エーミールと探偵たち

2024-02-06 09:42:13 | 映画

 2001年のドイツ映画です。

 ケストナーの児童文学の古典の、何度目かになる映画化です(初めは出版されてからすぐにされました)。

 原作は1929年に書かれた本ですから、それを現代のベルリンを舞台にして大胆な設定変更を行っています。

 主人公のエーミールは、原作では母子家庭(父親は亡くなっています)の母親想い(母親は自宅で美容師の仕事をしながら苦労してエーミールを育てています)の少年でしたが、この映画では離婚した父子家庭(母親はもうじき再婚しようとしています)の父親想い(父親は失業していてなんとか仕事を手に入れようとしています)の少年に変更されています。

 悪漢に盗まれたのは、140マルクから1500マルク(今ならユーロにするところですね)にインフレしています。

 探偵たちには、男の子だけでなく女の子も、白人だけでなく移民の子もいます。

 探偵の知性派のリーダーだった教授くんは登場しなくて、映画ではIQ145の知性派の少年の名前は、少々ややこしいのですが原作では体力派のリーダーだったグスタフという名前をもらっています。

 原作の警笛のグスタフの役割を映画で引き受けているのは、ポニー(原作ではエーミールのいとこのあだ名であるポニー・ヒュートヘンから来ています)という女の子です。

 原作では、自宅の電話でみんなの連絡係に徹した「ちびの火曜日くん」は、映画では携帯電話を持っていてみんなと一緒に行動できます(2001年当時では携帯電話はまだ高価でしたが、彼の家は原作同様お金持ちなのです)。

 犯人を捕まえた賞金は、1000マークから5000マークにインフレしています。

 事件後に、原作(実際には続編の「エーミールと三人のふたご」において)では、エーミールはバルト海沿いの教授くんの別荘(彼はこれを祖母から遺産としてもらった!彼の家もお金持ちです)に招待されるのですが、映画ではエーミールのおとうさん(就職できました!)が賞金を使って探偵たちを招待します(そのため、エーミールの故郷をバルト海沿いの町に変えています)

 しかし、こうした変更にも関わらず、というよりはこれらのおかげもあって、この物語の本質や、ケストナーの精神は、みごとに再現されています。

 この物語の本質を標語的に言うと、「友情、団結、勝利」です(少年ジャンプと一緒ですね)。

 貧しい家の子もお金持ちの子も(映画ではさらに男の子も女の子も、白人の子も移民の子も)、そんなことに関係ない「友情」で、目的に向かって「団結」し、悪い大人たちに「勝利」します。

 ケストナーの精神とは、常に子供の立場に立つことです。

 この映画でも、大人に抑圧されている子供たちを描きながら、それに立ち向かっていく子供たちの姿が繰り返し描かれています。

 特に、離婚、失業、貧困、家庭不和など、今日の子供たちを取り巻く困難な状況をしっかり描いていることで、たんなる子供向けのエンターテインメントを超えた作品になっています。

 

 

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ガブリエル・ゼヴィン「トゥモロー・アンド・トゥモロー・アンド・トゥモロー」

2024-02-05 10:59:05 | 作品論

様々な人種的背景を持つ学生たちが、後に世界的ヒットをするゲームを開発する作品です。

その過程で人種や男女の違いを超えた愛や友情とその挫折が描かれています。

彼らの子ども時代の部分もあって、児童文学的な要素もあります。

ただし、20年間以上の時間が経過する作品で、大人になってからは、性的な描写やドラッグや暴力シーンもあるので、児童文学としては適さないかもしれません。

この本を取り上げた理由はいくつかあるのですが、一番大きな理由はゲーム的リアリズムとでも呼べるようなビデオゲームの世界に立脚した作品であることです。

日本の児童文学では、エンターテインメントの分野において漫画的リアリズム(作者と読者が共有する漫画的な世界に立脚した世界を描いている。例えば那須正幹のずっこけシリーズなど)で描かれている作品がありますが、ビデオゲームも数十年の歴史を持っているので、そういった世界に立脚した作品が可能になっているのです。

残念ながら私はビデオゲームの世界に詳しくないのですが、もっと若い年代でゲーム好きであれば、この作品はもっと楽しめたことでしょう。ドンキーコングやマリオやストリートファイターなど、私でも知っているようなゲームもたくさん登場します。

次に、男女の違いを超えた80年代の終わりから2010年代までの20年以上に及ぶ愛と友情が描かれている点です。

主人公の男性は、子供のころに交通事故で母を失い、自身も左足を何十箇所も骨折して、長い期間入院しています(大人になってからついに切断します)。

そして、ショックで誰とも口を利かなくなっていました。それがふとしたことから、病院を毎日のように訪れている同い年の少女(小児がんの姉を見舞っている)と一緒にビデオゲームをやるようになります。そして、主人公は立ち直り、二人は親友同士になるのですが、少女がその訪問をボランティアとして公式に時間をカウントされて表彰されていたことが判明して絶交します。

主人公は、その少女と大学生(男性はハーバードで女性はMITです)の時に再開し、「イチゴ」という日本名のゲームを開発することになります。そのゲームはのちに世界的なヒット作になります。

彼女は、主人公の男性の親友の、二人のプロデューサー役にもなる男性と結婚して妊娠します。

しかし、その男性は会社に訪れてきた保守主義者に射殺され、彼女は出産後にうつ病になってしまいます。

そんな彼女を救ったのは、主人公の男性が作ったロールプレイングゲームでした。彼は彼女のためにそのゲームを作って世界にリリースしたのです。

三番目の理由はグローバルな視点で描かれている点です。

主人公の男性は、ユダヤ系アメリカ人の父親と韓国系アメリカ人の母親をもち、母親の両親である韓国人の祖父母にロサンゼルスのコリアタウンで育てられました。

相手役の女性は、裕福なユダヤ系のアメリカ人です。

プロデューサー役の男性は、投資家の日本人とデザイナーの韓国系アメリカ人の両親をもっています。

こう見てみると、全員がアメリカ社会ではマイノリティです。

また、主人公の男性ははっきりとはしていませんが、LGBTQ的な傾向(彼の作ったロールプレイングゲームの中では、現実より早く同性婚が認められています)を持っています。

このような、様々な考え方を持った登場人物がぶつかりあって、ゲーム作成に没頭します。はじめは三人でスタートしますがやがては会社組織になり、後には女性は母校のMITでゲーム創作を教えたりしています。

以上のように、非常に今日的な要素を含んだ作品になっています。

 

 

 

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佐藤宗子「風をおこす旗手」<現代児童文学>をふりかえる所収

2024-02-04 10:05:44 | 参考文献

 1953年に発表されたいわゆる早大童話会「少年文学宣言」(正式な名称は「「少年文学」の旗の下に!」、その記事を参照してください)を詳細に検討しています。
 学生の同人誌に発表された明らかに気負った若書きの「宣言文」を、詳細に文章や用語まで分析することにどこまで意味があるのかは疑問ですが、作者の指摘の中で以下の三点が興味深かったです。
 第一点は、この宣言文に児童文学に「社会性」をもたらそうという意思を認めつつも、作者がこの文章を書いた1994年の時点で、それが薄れていることを指摘している点です。
 私見では、この時点で児童文学には「社会性」は完全に消滅していて、「現代児童文学」を支えた三つの特徴の一つである「変革への意志」が失われた時点で、少なくとも早大童話会が主張した「少年文学(「現代児童文学」と同じと考えていいと思います)」は終焉していたのだと思われます。
 二点目は、「作家の主体性」の問題ですが、これもまた、次第に「読者(子どもたちに本を手渡す媒介者も含めて)」に主導権を奪われて(売れる物しか出版されなくなりました)、バブル崩壊後の1990年代半ばには失われていました。
 最後の点は、古田足日や鳥越信たち当時の早大童話会(後の少年文学会も含めて)のメンバーを、「児童文学」の将来を担う「旗手」だとする認識ですが、これも1960年代までは後藤竜二なども含めてそれは正しかったと思われますが、その後は革マル派のパージなどによって、その伝統は完全に失われてしまいました(詳しくは、「早大児文サークル史」の記事を参照してください)。
 作者の文章が書かれてからさらに三十年以上がたち、「少年文学宣言」からは七十年以上の時間が流れ、鳥越先生に続いて2014年には古田先生もお亡くなりになった現在では、宣言文に込められていた児童文学に対する彼らの情熱を思うと、隔世の感がします。
 鳥越、古田、両先生のご冥福を心からお祈り申し上げます。

「現代児童文学」をふりかえる (日本児童文化史叢書)
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成長物語と遍歴物語

2024-02-03 10:59:22 | 評論

「現代児童文学」(註1)、特に、「少年文学宣言」(註2)の影響化にある作品におけるひとつの特徴に、「変革の意志」があります。
これは、当初(1950年代および1960年代)は社会変革を目指すことを意味していました。つまり「現代児童文学」という文学運動は、社会運動ないしは政治運動という側面も持っていたのです。
そのころの代表的な作品には、山中恒「赤毛のポチ」や古田足日「宿題ひきうけ株式会社」などがあります。
当時の彼らの(そして読者である子どもたちの)目指すべき社会は、ソ連型社会主義で実現されるはずのものでした。
しかし、その方向性は、60年安保及び70年安保における革新勢力の敗北とその後の活動の退潮を受けて、しだいに行き詰りました。
そうした影響を受けて、60年代ごろから、変革の意味を自己変革に拡大解釈した成長物語が、数多く書かれるようになりました。
その一方で、従来型の社会変革を目指すような作品は、80年代から90年代にかけてのソ連およびその周辺の共産主義国家の崩壊と共に姿を消しました。
しかし、成長物語の方は、その後も書き続けられることになります。
それは、成長物語が、より普遍的な性格を持っていたからだと思われます。
成長物語では、物語における経験を通して、主人公がその経験を内部に蓄積していって、それによって自己形成つまり成長が行われます。こうした主人公の成長をモデルとした作品は、一般文学の世界では近代小説ないしは教養小説と呼ばれています。
それに加えて、児童文学の世界における成長物語では、物語において主人公が成長して自らのアイデンティティを確立するとともに、読んでいる子ども読者たちもそれを追体験することによって成長することが期待されています。
そういった意味では、児童文学と成長物語の親和性はもともと高かったと言えます。
成長物語では、主人公は一つの人格という立体的な奥行きを持った特定の個人であり、「現代児童文学」においては、「真の子ども」ないしは「現実の子ども」と主張されていました。
このことは、それ以前の近代童話(例えば小川未明の作品など)に描かれている作家の内面の反映である抽象的な子ども像を批判するところから生まれました。
しかし、この主張は、1980年ごろに、柄谷行人「児童の発見」(この論文には、アリエス「子どもの誕生」の影響があったと思われます)において、「「子ども」ないし「児童」は近代(フランス革命以降、日本では明治維新以降です)になって発見された一つの概念にすぎないのだから、児童文学者が主張する「真の子ども」ないしは「現実の子ども」というのもさらにその後に見出された概念である」と批判されて、児童文学の研究者や評論家においてはかなりゆらぎました。
そのため、このことは1980年代に児童文学の多様化(「エンターテインメントの復権」(註3)、「タブーの崩壊」(註4)、「越境」(註5)など)が起こったことの理由の一つにあげられています。
しかし、この議論は実作者にはほとんど影響を与えず、成長物語は、今でも日本の児童文学において一定の基調をなしていると言えます。
一方、遍歴物語においては、キリスト教における遍歴物語に見られるように、主人公はその物語の狂言回しにすぎなくて、重要なのは物語を通じて繰り返し示される観念なのです。
そのため、遍歴物語では、主人公はある抽象的な存在であって、それを人物として形象化したもの(例えば、いたずらですばしっこい、太っていておっとりしている、おとなしくてさびしげ、といった平面的で典型的なキャラクター)としての人物であるにすぎません。
こうした主人公には、物語における経験はほとんど蓄積されません。つまり、成長しないのです。
「現代児童文学」以前の近代童話においては、こうした遍歴物語が一般的でした(千葉省三「とらちゃんの日記」などの例外はあります)。
 こうした遍歴物語である近代童話を否定して、結果的に成長物語を描こうとしたのが「現代児童文学」だったのです。
それが、80年代に入って、ある行き詰まり(読者である子どもたちからの遊離など)を見せた時に、那須正幹「ズッコケ三人組」シリーズを初めとしたエンターテインメント作品において、平面的な人物を主人公とした遍歴物語が復権したのでしょう。
 しかし、エンターテインメント系の作品がすべて成長物語ではないとは言えません。例えば、戦前、戦中に「少年倶楽部」などで書かれていたエンターテインメント作品群は成長物語でした(ただし、そこで描かれていた子どもたちの成長する姿は、軍国少年などの国家にとって都合のいいものでした)。また、ハリー・ポッター・シリーズも、魔法学校における主人公たちの成長物語です。
 ただ、現在の日本の児童文学で多く書かれているシリーズ物のエンターテインメントは、主人公を成長させずに長く続けるのに適した、遍歴物語の形態をとっていると考えられるのです。

註1.
この言葉は、広義にはもちろん現在の児童文学という意味ですが、狭義にはそれまでの児童文学(というよりは童話)を批判して新しい日本の児童文学を創造しようとした文学運動を指します(ここでは区別するために、カギかっこ付きにしています))
註2.
当時早大童話会に属していた学生たち(古田足日、鳥越信、神宮輝夫、山中恒など)が1953年に発表した「少年文学の旗の下に」という檄文で、それまでの児童文学の主流であった「メルヘン」、「生活童話」、「無国籍童話」、「少年少女読物」のそれぞれの利点を認めつつもその限界を述べて、「少年文学」(ほぼ「現代児童文学」と言っていいでしょう)の誕生の必然性を高らかに宣言しています。
註3.
「誕生」ではなく「復権」なのは、戦前、戦中において、「少年倶楽部」とその姉妹雑誌や模倣雑誌による、巨大な(「少年倶楽部」だけで月刊で百万部と言われています。当時の日本の人口は約7000万人でしたし、その大半は貧しい農民で本などを買う余裕はありませんでした)エンターテインメント・ビジネスが成立していたからです。
註4.
それまで日本の児童文学でタブーとされてきた「死」、「離婚」、「性」、「家出」などの人生の負の部分を扱う作品が登場したことを指します。代表的な作品には、国松俊英「おかしな金曜日」や那須正幹「ぼくらは海へ」などがあります。
註5.
心理描写などの小説的な技法が取り入れられた作品が登場して、児童文学と大人の文学の境目がはっきりしなくなったことを言います。代表的な作品には、江國香織「つめたいよるに」、森絵都「カラフル」などがあります。この現象は、児童文学の読者対象(特に女性)の年齢の上限を大幅に引き上げました。

     

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