現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

男の子が好きなことと、男の子が本で読むと好きなことの違い

2017-01-20 17:56:12 | 考察
 狭義の現代児童文学(定義は別の記事を参照してください)においては、「現実の子ども」とか「生きている子ども」とかを描くことを目指していました。
 それは、それまでの近代童話に描かれている子どもが観念的であるとして批判したところからスタートしたからです。
 この「現実の子ども」とか「生きている子ども」というものも、また一種の観念にすぎないことは、1980年に柄谷行人の「児童の発見」という論文において批判されました。
 しかし、現在においても、「現代のリアルな子ども」を描くことは作品の評価点になることが多いです。
 これは、児童文学(とは限りませんが)の評論が、実際に書かれている作品に影響力を持たない(というよりは、作家が評論を読んでいない)一例です。
 ただし、子どもが好きなことと、子どもが本で読むと好きなことには、大きな違いがあることは事実です。
 だから、作家が子どもたちが好きなことをやっている姿をいかにリアルに描いても、それは子どもたちが読みたいこととはずれてしまっています。
 例えば、現代の男の子たちは、昔よりもスポーツをやったり冒険したりすることはそれほど好きではありません(というよりは、する機会が少ないといった方が正しいでしょう)。
 実際には、トレーディングカードや携帯ゲーム機で遊ぶ方が好きです(というよりは、それらで遊ぶ方がたやすいといった方が正しいかもしれません)。
 しかし、将来スポーツ選手になることは今でも男の子たちに人気がありますし、冒険を描いたマンガやアニメやゲームは人気があります。
 児童文学の世界だけが、なぜリアルな子どもを作品に描けば読者が喜ぶと思っているのでしょうか。
 そこには、大きな錯覚があるように思えます。
 男の子たちが、本で読むのが好きなスポーツや冒険を魅力的に描いた作品がもっと現れない限り、児童文学に男の子の読者は戻ってこないでしょう。

冒険者たち ガンバと15ひきの仲間 (岩波少年文庫044)
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岩波書店
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児童文学における動物の取り扱いについて

2017-01-20 12:33:30 | 考察
 児童文学作品、特にファンタジー、メルフェン、寓話などでは、動物が擬人化されて登場することがあります。
 その際に、作品に出てくる動物の持つ意味合いをどう活かすかが重要になってきます。
 一般的な動物ならば問題ないのですが、あまりなじみのない動物は難しい場合が多いです。
 その場合は、その動物の外観や習性について簡単な記述を付け加えて、読者の理解を助ける必要があります。
 児童文学によく登場するイヌ、ネコ、ネズミ、サル、ブタ、クマ、キツネなどを使うのは無難ですが、すでにその動物のもつ意味として定着している性格(例えば、キツネはずるい、猫は気まぐれ、犬は従順など)をそのまま使うのではおもしろくないでしょう。
 ようは、その動物としての特徴を生かしつつも、作者としてのオリジナリティをどのように付加するかが勝負です。

table border=0 colspacing=0 cellpadding=0>動物絵本をめぐる冒険―動物‐人間学のレッスンクリエーター情報なし勁草書房
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1月19日(木)のつぶやき

2017-01-20 12:19:34 | ツイッター
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