現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

アンソニー・ドーア「長いあいだ、これはグリセルダの物語だった」シェル・コレクター所収

2017-01-13 15:41:02 | 参考文献
 高校のバレー部のエースでセックスシンボルだった姉と、小太りで用具係だった妹の対照的な人生を描いています。
 姉は、旅回りの手品師(金物喰いといって、カミソリでも、ナイフでも、フォークでも、甲冑でも、何でも食べて見せます)と駆け落ちして、トレーラーで世界中を興行して回っています。
 妹は、地元のスーパーの肉売り場の男と結婚して、二人が育った家に住み、地元から一歩も出ないで暮らしています。
 そんな対照的な二人を再開させるところがお話のクライマックスなのですが、例によって淡々として描いているのであまり盛り上がりません。
 この作品では、作者独特の美しい自然描写や、いろいろなことへの深い知識もあまり発揮されていなくて、物足りませんでした。
 児童文学の世界には、対照的な姉妹や兄弟を描いた作品(古典的な作品では「若草物語」や「トム・ソーヤーの冒険」など)はたくさんあって、パターンですらあります。

シェル・コレクター (新潮クレスト・ブックス)
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新潮社
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万馬券

2017-01-13 09:25:28 | キンドル本
 何もやることのない日曜日です。
 中学生の主人公は、何気なくテレビの競馬中継を見ます。
 見ているうちに、小さいころのことを思い出しました。
 そのころ、父親と競馬場へよく行っていたのです。
 競馬場の食べ物や父親が万馬券をとったときの、めくるめく想い出がよみがえってきます。
 その後、父親はギャンブルで借金を作ってしまって、母親と離婚して主人公の前から姿を消しました。
 ふと気がついたとき、競馬中継は終わっていました。
 その時、主人公に訪れた想いは?

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万馬券
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アグネス・ザッパー「愛の一家」

2017-01-13 09:04:09 | 作品論
 1907年にドイツで書かれた児童文学の古典のひとつです。
 2011年に出た完訳版で、約五十年ぶりに読んでみました。
 私が1960年代の初めにこの本を読んだのは、姉たちのために毎月家で購入していた講談社版の少年少女世界文学全集のある巻に収められていたからです。
 おそらく抄訳だったのでしょうが、今回読んでみて知らないエピソードが出てこなかったので、かなり良心的なものだったのでしょう。
 そういえば、同じ全集に入っていたケストナーの「飛ぶ教室」「点子ちゃんとアントン」「エーミールと軽業師(ケストナー少年文学全集では「エーミールと三人のふたご」というタイトルになっています)」の巻(幸運にもまるまる一巻がすべてケストナー作品でした)は私の子ども時代の最愛の本でしたが、大学生になって真っ先に大学生協でケストナー少年文学全集を買ってそれらの作品を完訳を読み直しても、ほとんど違和感がありませんでした。
 さて、このお話は、貧しい(といっても、昔のことですからお手伝いさんはいるのですが)音楽教師のペフリング一家の七人兄弟(男四人、女三人)が、ほがらかで頼りになるおとうさんとやさしくて信仰心に富んだおかあさんの愛情に育まれて成長していく姿を描いています。
 第一次世界大戦前の古き良き時代のドイツの庶民の暮らしが、長い冬の風物を背景に丹念に描かれています。
 私が初めて読んだ時でも、書かれてから五十年以上たっていましたが、あまり違和感なく読めたのはそのころの日本の一般的な家庭と共通点があったからでしょう。
 当時の日本の家庭を描いた作品としては、庄野潤三の家庭小説(「絵合わせ」「明夫と良二」「夕べの雲」など)がありますが、この「愛の一家」もどこか庄野作品と共通するものがあるように思われます。
 社会が複雑化した現代の日本では、この作品のような「おとうさんらしいおとうさん」や「おかあさんらしいおかあさん」や「子どもらしい子ども」を求めるのは困難かもしれませんが、東日本大震災や福島第一原発事故などを経て、家族の大切さが見直されている時期にこういった作品を読んでみるのも、たんなるノスタルジーを超えた意味があるのではないでしょうか。

愛の一家 (福音館文庫 物語)
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福音館書店
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1月12日(木)のつぶやき

2017-01-13 08:18:15 | ツイッター
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