現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

フレッド・ピアス「外来種は本当に悪者か?」

2016-08-31 10:08:45 | 参考文献
 世界各地で問題になっている外来種による在来種の駆逐について、「はたして外来種を駆除して在来種を守ることが、すべての場合で正しいか」について、豊富な例を示した本です。
 専門家によるアカデミックな本ではなく、ジャーナリストによる啓蒙書です。
 そのため、網羅的にいろいろな例が挙げられていますが、それぞれについては突込みが浅く、作者自身の主張もあいまいです。
 ようはケースバイケースだといいたいようです。
 現実に、外来者が好ましい姿かたちをしていたり、経済的な効果をもたらす場合は容認されている(作者自身も容認している)ことが多いみたいです。
 狭義の「現代児童文学」(定義については他の記事を参照してください)にとっての、外来種は1980年代から大きな存在になったエンターテイメント作品群であり、その新しい変種であるライトノベルでしょう。
 実際に、「現代児童文学」は、これらに駆逐されて1990年代から大きく衰退し、児童文学者の佐藤宗子たちによると2010年に終焉したとされています。
 しかし、「現代児童文学」自体も1950年代にスタートした新参者にすぎなく、それ以前の「近代童話」にとっては外来種だったのでしょう。
 また、エンターテインメント作品群も、戦前戦中の少年倶楽部や少女小説の復活ととらえられないこともありません。

外来種は本当に悪者か?: 新しい野生 THE NEW WILD
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草思社
 
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黒川博行「暗礁」

2016-08-31 08:35:35 | 参考文献
 2014年上半期の直木賞を取った「破門」(その記事を参照してください)が五作目の「疫病神」(その記事を参照してください)シリーズの三作目です。
 佐川急便のスキャンダルを下敷きにしていますが、二作目の「国境」(その記事を参照してください)と違ってあまり事実にこだわらずにのびのびと書いています。
 カタギの主人公と、ステゴロ(素手での喧嘩)をやらせたら関西一と言われる極道の相棒との名コンビが、今度は奈良や沖縄を舞台に暴れまわります。
 相手がチャカ(拳銃)やヤッパ(短刀)を使うのに対して、こちらはいつも素手なので、時にはやられますが、そのハンデによって主人公側の極道をあまりスーパーマンにしない所がこの作品の魅力でしょう。
 児童文学の世界でも完全無欠な主人公ではなく、欠点や弱点がある方が読者に好まれるようです。

暗礁
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幻冬舎
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ブレデター

2016-08-30 17:40:57 | 映画
 ゲリラの前線基地を皆殺しにしてしまうほどの勇猛なコマンド部隊が、謎の怪物に襲われて次々に殺されていきます。
 初めは三流戦争アクション映画と思わせておいて、次第に三流SFホラー映画に変わっていくところがこの作品のみそでしょう。
 アクション映画とホラー映画を一つの作品で楽しめるので、このような映画の好きな観客(ほとんどは男性でしょう)には一粒で二度おいしい映画なのです。
 戦争映画としては背景にある米ソの冷戦状況の描き方が紋切り調ですし、肝心の森の精のようなロボットなような宇宙人のような怪物も比較的最初の方で姿を現してしまうのであまり怖くありません。
 続編を作る都合なのか、怪物の正体が最後までわからないのも消化不良でした。

プレデター(特別編) [Blu-ray]
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20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
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松田青子「スカートの上のABC」英子の森所収

2016-08-30 08:11:22 | 参考文献
 いろいろなスカートをはいている女の子たちがプリントされているスカートを、さらにはいている女性が主人公という多層構造になっている話です。
 これもストーリーのない実験的な掌編ですが、正直言って児童文学の同人誌レベルの出来なので、こういったものが他の作品の付け合わせとはいえ、商業出版された本に載っているのは驚きです。

英子の森
クリエーター情報なし
河出書房新社
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松田青子「おにいさんがこわい」英子の森所収

2016-08-29 08:21:00 | 参考文献
 幼児番組の「おにいさん」が、子どもたちやがては大人たちにも嫌われて孤立していく話です。
 この作品もストーリーらしいストーリーはないのですが、しいていえば「裸の王様」のパロディの臭いはします。
 偽善的な「おにいさん」の本質を子どもたちが見抜いていくという比喩が最初は感じられたのですが、だんだん展開がシュールになっていってそ、ういった意味性すら否定しているようです。

英子の森
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河出書房新社
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蜂飼耳「いとこ」のろのろひつじとせかせかひつじ所収

2016-08-28 08:12:50 | 作品論
 二匹の家のまわりに、ひつじの大群がやってきます。
 牧童犬に導かれて、海を渡って見知らぬ世界へ旅立っていくのです。
 のろのろひつじは、群れの中にいとこのひつじがいることに気が付いて、一緒に旅立つことを決意します。
 残されたせかせかひつじは、いつまでも群れが去っていくのを見送ります。
「安定した、しかし平凡な日常をおくっている定住者が、未知の世界へ旅立つ旅人にあこがれる」
 これは、児童文学ではよく取り上げられるテーマの一つです。
 古くは、イギリスファンタジーの古典であるケネス・グレアムの「楽しい川辺」の第9章「旅びとたち」が有名です。
 また、トールキンの「ホビットの冒険」や「指輪物語」、またその影響を受けたとされる斉藤惇夫の「冒険者たち」も、その典型的な例としてあげられます。
 本作品はこれらの作品における「旅立ち」には遠く及ばないのですが、二匹の友情と別れはある程度は描けているのではないでしょうか。

のろのろひつじとせかせかひつじ (おはなしルネッサンス)
クリエーター情報なし
理論社

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伊東潤「天地雷動」

2016-08-27 13:04:00 | 参考文献
 戦国時代の有名な長篠の戦いを描いた作品です。
 武田勝頼、羽柴秀吉、徳川家康の三者の視点で複眼的に描いていますが、それに加えて普段は農民である下級武士の視点も加えたところがユニークなところでしょう。
 こういった歴史上有名な事件を舞台にすると、ある程度予定調和にならざるを得ないのですが、そこにいかに新しい人間ドラマを付け加えられるかが書き手の腕の見せ所でしょう。
 そういった点では、この作品は中途半端に終わっています。
 読者は、勝頼にも、秀吉にも、家康にも、思い入れをもてませんし、せっかく設定された下級武士の視点も十分に生かされていません。
 どこか、戦国時代のゲームがプレイされているのを、傍らで見ているような感じさえ受けます。
 ゲームの場合は予定調和ではなく、展開次第によっては史実を覆すことができるので、このような感覚でもそれなりに楽しめるのですが、小説では史実に縛られていてそれもできません。
 ここでは、もっと下級武士の視点を生かして、庶民の目から見た長篠の戦いを描いた方がよかったのではないでしょうか。
 児童文学の世界でも、かつては庶民の視点に立った歴史文学(たとえば、さねとうあきらの「地べたっこさま」など)が出版されていましたが、その伝統も絶えて久しいです。

天地雷動 (単行本)
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KADOKAWA/角川書店
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黒川博行「国境」

2016-08-26 09:05:01 | 参考文献
 五作目の「破門」で2014年上半期の直木賞を取った、「疫病神」シリーズの第二弾です。
 舞台を日本(関西)だけでなく、北朝鮮や中国にまで広げたところが新しい展開です。
 かつて冷戦時代には、フレデリック・フォーサイスなどが仮想敵国としてソ連を設定したエンターテインメント作品を書いていましたが、現代の日本でのそれは北朝鮮になるのかもしれません。
 黒川は北朝鮮や中国に実際に取材に行っているので、その場面にはかなりリアリティがあります。
 しかし、逆にその体験に縛られて、その部分はエンターテインメントとしては物足りない感じです。
 カタギの主人公と極道の相棒による掛け合い漫才のような活躍は、日本に戻ってきてからの場面の方が精彩があります。
 児童文学作品でもそうですが、取材や文献渉猟をしすぎると、それが足かせになって、フィクションとしての自由度が失われることが多いようです。

国境 (講談社文庫)
クリエーター情報なし
講談社
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松田青子「博士と助手」英子の森所収

2016-08-22 09:04:59 | 参考文献
 精神病のグループ療法のパロディーです。
 しかし、これも習作の域を出ていません。

英子の森
クリエーター情報なし
河出書房新社
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木下古栗「金を払うから素手で殴らせてくれないか?」金を払うから素手で殴らせてくれないか?所収

2016-08-21 09:06:02 | 参考文献
 中編集の表題作です。
 タイトルからも想像できるかもしれませんが、前衛的な実験小説です。
 ストーリーらしいストーリーはなく、姿を消した同僚を探しに行く男たちの行動がほとんど脈絡なく続いて、取って付けたような結末で唐突に終わります。
 1980年代の現代児童文学にも一時期このような実験小説(例えば、川島誠「電話が鳴っている」(その記事を参照してください)など)が出現してもてはやされたこともありましたが、1990年代のバブルの崩壊で出版不況になると、直ちに姿を消しました。
 こういった作品が今でも本になるのは、一般文学の方が読者層が多様なので、出版社にもまだ余裕があるのでしょう。

金を払うから素手で殴らせてくれないか?
クリエーター情報なし
講談社
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松田青子「*写真はイメージです」英子の森所収

2016-08-20 15:52:23 | 参考文献
 作品に出てくる人や物が、すべてイメージであると言い切ります。
 そればかりでなく、読者である我々までがイメージだと主張します。
 現代では、常にリアルよりもイメージが先行している事を風刺しているのでしょう。
 この短編は、散文と言うよりは、現代詩と言ったイメージです。

英子の森
クリエーター情報なし
河出書房新社


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ジャングル・ブック

2016-08-19 14:27:05 | 映画
 1894年に出版された、キップリングによる児童文学の古典の何度目かの映画化です。
 幼いころに愛読した作品が、最新のCGによってどのように描かれるか興味があったのですが、原作とは全く別物でした。
 CGは期待通りに素晴らしいし、ディズニー作品なので子どもの観客へのサービスも楽しいのですが、原作の持つラストの戦いの高揚感は失われていました。
 また、原作はインドの野生動物の世界を忠実に描写しているのですが、この映画では実際には同じ地域には共存していない動物が混在しています。
 まあ、ディズニー映画は教育を目的にしていないので、その方が楽しいのかもしれませんが。
 一番残念なのは、原作の重要なテーマである文明と野生との葛藤が、娯楽色を強めすぎたために完全に薄まってしまったことです。
 特に、文明の象徴である「赤い花(火)」については、モーグリが不注意によって山火事を起こしたことに対して、まったく無批判なのが気になりました。
 なお、この映画の原作は、日本の近代童話の出発作と言われる1891年に出版された巌谷小波の「こがね丸」と(ということは、1963年の東映動画の「わんわん忠臣蔵」にも)、偶然ですが非常に物語の構造が似ています。

ジャングル・ブック (新潮文庫)
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新潮社
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三田完「青い鳥」黄金街所収

2016-08-19 09:42:35 | 参考文献
 これも歌謡界の内幕物です。
 驚いたことに、東日本大震災を取り扱っています。
 自分も被災した売れなかった元演歌歌手が、デビュー作の「青い鳥」を避難所で歌って評判になっているという設定です。
 売れなくなった90年代までは売れっ子作詞家だった主人公が、それに便乗して再起しようというのです。
 お決まりのデビュー当時の二人の肉体関係やら(なんとその当日に作詞家の妻が癌によって死にます)、その歌手も癌に侵されているやらと、お涙ちょうだいの材料が満載です。
 こういう作品を書く作者のあまりのあさましさに驚愕しました。
 作者にとっては、東日本大震災は単なるネタにすぎないのです。
 お笑いタレントでさえ、さすがにここまではやりません(おそらく放送コードに引っかかるのでしょう)。
 こういう作品を雑誌に平気で載せるとは、出版社にはモラルというものがないのでしょうか。
 でも、児童文学の出版社でも、有名タレントに臆面もなく文学賞を与えて大儲けしたことがありましたから、他人ごとではありませんが。

黄金街
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講談社
 
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池井戸潤「空飛ぶタイヤ」

2016-08-18 09:36:45 | 参考文献
 三菱自動車のトラックの欠陥による死亡事故や、リコール隠し事件に着想を得て書かれた作品です。
 かなり露骨に、三菱自動車、三菱銀行、三菱重工などを想起させる書き方をしていますが、純然たるフィクションです。
 吉川英治文学新人賞や直木賞の候補になりましたが、いずれも落選しました。
 その理由が、「文学性がない」とのことですが、これらのエンターテイメント系の賞で、文学性を問われてもどうかなという気はします。
 この作品は、荒唐無稽なストーリー、ご都合主義の展開、デフォルメされた登場人物、偶然の多用など、純然としたエンターテインメントの手法で書かれていますが、ストーリーテラーとしてはなかなかのものがあります。
 たしかに文章は常套的な表現が多用されていますし、多様な登場人物(事故をおこした中小運送会社の社長、被害者の遺族、自動車メーカー社員、銀行員など)の視点で書かれているので個々の人物造形が薄まってしまった感は否めません。
 また、作者は元銀行員なので、銀行内部の描写はリアリティはあるのですが、メーカーは外からしか眺めたことがないようで、リアリティのない描写が散見されます。
 第二主人公とでもいうべき自動車メーカー社員は、マーケティング志望なのですが、三十年近くマーケティングの仕事をしていた私の眼には、ほとんどマーケティング知識は持ち合わせていないように映ります。
 特に、新商品開発プロセスに関しては荒唐無稽すぎて、苦笑を禁じ得ませんでした。
 このくらいの規模の会社では、新製品開発に関しては、5年あるいは10年レンジのプロダクトロードマップ(もちろん上位の事業部なり会社のビジネスプランとすり合わせてあります)を作ってあるのが普通です。
 そして、このプロダクトロードマップを実現するために必要な、技術開発、マーケティング、製造技術、品質保証、人員計画などのロードマップも作られます。
 実際に、これらの環境を整えるのには数年スパンでの準備が必要です。
 もちろん、プロダクトロードマップは、周到な市場調査、顧客からのフィードバック、競合他社の動向の分析などをもとにして作成されます。
 そして、個々の製品の企画は、このプロダクトロードマップから、下位のプロジェクトにおろされるわけで、この作品に書かれているような個人の思い付きで急に商品になることはありません。

空飛ぶタイヤ (Jノベル・コレクション)
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実業之日本社


 


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橋本治「団欒」初夏の色所収

2016-08-17 08:39:27 | 参考文献
 明記されていませんが、東日本大震災が起こってから五年後に、一度は避難した自宅に戻って酪農を再開しようとする一家を描いています。
 他の短編では背景として出たり出てこなかったりした震災を、真っ向から取り上げた点には敬意を表します。
 ただし、看護師の娘や親を助けるために農業高校に通うようになった息子を含めて、登場人物の葛藤が全く描かれていないので、一家が妙に向日的で鼻白んでしまいました。
 他の短編は雑誌に発表されていますが、この作品だけは書き下ろしなので、悪く言えばとってつけた様な印象を受けました。

初夏の色
クリエーター情報なし
新潮社
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