現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

イタロ・カルヴィーノ「いい空気」マルコヴァルドさんの四季所収

2018-06-28 17:02:28 | 作品論
 病気がちの子どもたちに「いい空気」を吸わせるために、マルコヴァルドさんは休みの日に郊外へ出かけます。
 いつもごみごみしたところに住んでいるために初めは戸惑っていた子どもたちも、郊外の広々とした場所に夢中になります。
 ところが、そこは結核療養所の敷地内でした。
 「いい空気」は、子どもたちだけでなく、そうした患者たちにももちろん必要なものです。
 空気の悪いごみごみとしたところでしか暮らせないマルコヴァルドさん一家、そうした場所に戻りたくてもできない隔離された患者たち。
 この作品でも、ユーモアの中にペーソスが漂っています。
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いとうみく「かあちゃん取扱説明書」

2018-06-28 15:53:54 | 作品論
 いつも怒られているばかりのかあちゃんを、うまくコントロールするために取扱説明書を男の子が作る話です。
 取扱説明書を作るアイデアはすごくおもしろいのですが、それを生かしきれないで無難な終わり方になっていて物足りません。
 女性も働くのをよしとする健全なジェンダー観は好感が持てるのですが、一方で働くとうちゃんの姿がまるで見えません。
 主人公の作文を読んだり、一緒に風呂に入ったり、食事を作ったりと、非常に理想的な父親のように見えるのですが、この家で主たる働き手であると思われる(かあちゃんもパートをしていますが、出勤も不定期ですしその稼ぎからかなりへそくりもしているので、これだけでは家計を支えられません)とうちゃんが何をして働いているのかがさっぱりわかりません。
 現代において、働いて家族の生活を支えていくことは、そんなに楽なことではありません。
 このままでは、とうちゃんは、かあちゃん(そして作者)にとって、都合のいい男性にすぎません。
 働く女性、家事をする男性を描いだだけでは、たんに男女の役割を変えただけで古いジェンダー観の裏返しにしかなっていません。
 この作品では大人と子どもの共生を描こうとしているのですから、女性も男性も、仕事をして家事もするといったニュースキームの男女関係にすれば、もっと奥行きのある作品になったでしょう。

かあちゃん取扱説明書 (単行本図書)
クリエーター情報なし
童心社
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イタロ・カルヴィーノ「高速道路の森」マルコヴァルドさんの四季所収

2018-06-27 09:16:02 | 作品論
 冬の寒さに耐えかねたマルコヴァルドさんは、まきになる木を探しに出かけます。
 子どもたちも絵本の影響で、「森」を探しに行って、大量のまきを手に入れます。
 しかし、それは高速道路のそばに立ち並ぶ木製の看板でした。
 子どもたちに教えてもらったマルコヴァルドさんも、「まき」を手に入れに高速道路の看板へ出かけます。
 近眼の警官の勘違いをからめて、ユーモアとペーソスが漂う独特の世界が描かれています。

マルコヴァルドさんの四季 (岩波少年文庫)
クリエーター情報なし
岩波書店
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マージョリー・ワインマン・シャーマット「りょこう」ソフィーとガッシー いつもいっしょに所収

2018-06-27 08:47:41 | 作品論
 ソフィーが遊びに行くと、ガッシーは旅の準備をしています。
 昔の物を見ることができて、新しい物も見ることができて、ドキドキできるところへ行くつもりなのです。
 ソフィーはガッシーの旅の準備を手伝いますが、すったもんだの大騒ぎになってしまいます。
 けっきょく、ガッシーは旅に出るのを取りやめにします。
 なぜなら、準備の途中で、昔の物を見ることができて、新しい物も見ることができて、ドキドキできたからです。
 今回は、初めから筋が見えてしまい、十分に楽しめませんでした。
 もう少し手の内を明かさずに書いた方が良かったでしょう。
 このシリーズの話がパターン化して、作者の中で自己再生産が始まってしまった気がします。
 そのため、初めて読んだ時の新鮮さが薄れてきてしまったのかもしれません。

ソフィーとガッシー
クリエーター情報なし
BL出版
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火のようにさびしい姉がいて

2018-06-22 08:40:01 | 演劇
 蜷川幸雄が、1978年発表の清水邦夫の戯曲を演出した公演です。
 この戯曲は私が一番演劇を見ていたころの作品ですが、残念ながらリアルタイムには見ていませんでした。
 しかし、今回の公演も、当時の小劇場時代の雰囲気を再現していました。
 大竹しのぶ、宮沢りえ、段田安則といった達者な役者陣が、清水独特の長ゼリフを易々とこなして、見事な劇的空間を作り上げていました。
 特に、段田安則は、当時つかこうへい事務所とならんでお気に入りだった野田秀樹の「夢の遊眠社」の中心的な役者だったので、その懐かしさもあったかもしれません。

清水邦夫全仕事〈1992‐2000〉
クリエーター情報なし
河出書房新社
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後藤正治「壁と呼ばれた男」咬ませ犬所収

2018-06-21 10:09:52 | 参考文献
 この作品もまた、陽の当たらないスポーツ選手を描いています。
 これは私ノンフィクションではなく、オーソドックスなノンフィクションの書き方で、あまり対象人物に直接的な関わりを持ちません。
 その分、対象を客観的にとらえて、裏街道を歩んできた主人公が一番輝く瞬間をラストへ持ってきて、ドラマチックに描いています。

スポーツノンフィクション 咬ませ犬 (同時代ライブラリー (296))
クリエーター情報なし
岩波書店
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後藤正治「咬ませ犬」咬ませ犬所収

2018-06-19 08:26:14 | 参考文献
 名もないファイタータイプのプロボクサーに光をあてた、スポーツノンフィクションです。
 取材対象に個人的にも深くかかわっていく、いわゆる私ノンフィクションですが、あまり感情移入せずに淡々と描かれています。
 ボクサーを対象にした私ノンフィクションとしては、沢木耕太郎の「一瞬の夏」が有名です。
 あの作品は、対象がカシアス内藤というかつての人気ボクサーで、沢木は自ら彼を再起させて世界タイトルマッチのマッチメークまでやるというどっぷり深くかかわった作品でした。
 そういった点では、「咬ませ犬」は対象も関わり方も平凡で、ドラマチックになる部分が少なかったかもしれません。
 ただ、作者の、市井の人に対する愛情のある視線は十分に感じられました。

スポーツノンフィクション 咬ませ犬 (同時代ライブラリー (296))
クリエーター情報なし
岩波書店
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橋本治「渦巻」初夏の色所収

2018-06-18 08:33:12 | 参考文献
 高度成長期に成長した主婦が、自分の人生を振り返る姿を描いています。
 児童文学の書き方とあまりにも真逆なので面喰いましたが、ある意味では反面教師として参考になるかなと思いました。
 かつて児童文学者の安藤美紀夫は、「児童文学はアクションとダイアローグで書く文学だ」と言っていましたが、この作品はアクションやダイアローグのあるエピソードを積みあげるのではなく、徹底的に説明文で書いています。
 また、最近の児童文学では、登場人物の個性を際立たせるキャラクター小説の書き方が流行していますが、この作品は登場人物は徹底的に没個性的で魅力が感じられません。
 作者には、ある世代の典型を描こうという意図があるのでしょうが、あまりにも類型的な決めつけが多く、読み味が良くありませんでした。
 特に、平凡な市井の人びとの人生への尊敬が少しも感じられず、作者の高みからの差別意識が感じられて不愉快でした。

初夏の色
クリエーター情報なし
新潮社
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新井けいこ「しりとりボクシング」

2018-06-17 15:13:57 | 作品論
 学校の学年行事でしりとり大会をやることになった、四年生の男の子の話です。
 「しりとり」を題材にしてどこまで面白くなるのかなと思って読み始めたのですが、細かいルールや攻撃と防御の作戦などがあって、読んでいてなかなか盛り上がりました。
 しりとりだけでなく、辞書や動物図鑑などの面白い話題も随所に盛り込んでいるので、読者の知的好奇心が刺激されて、この本を読んだ後で実際に友達としりとりをしてみた子たちもたくさんいたことでしょう。
 友だち思いで成績もよさそうな主人公だけでなく、幼なじみでとろいのでクラスで軽んじられている(主人公はいつも助けているのですが、実はそれ自体が下に見ていたのではないかと、あとで気づかされます)動物好きの男の子、でしゃばりだが正義感のある学級委員の女の子、クラス一背の高い少年サッカーチームの守護神(ゴールキーパー)の男の子、主人公のライバルの成績の良い男の子などがバランスよく配されていて、お話がラストのしりとり大会の決勝戦(一騎打ちなのでまるでボクシングのようです)までスムーズに進みます。
 面白いお話なのに、その中に子ども同士の人間関係や気づきを自然な形で忍び込ませているのは、作者の腕前でしょう。

しりとりボクシング
クリエーター情報なし
小峰書店
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東山彰良「流」

2018-06-17 08:15:09 | 参考文献
 第153回直木賞の受賞作です。
 選評ではかなり評価が高かったのですが、読んでみたらそれほどとは思いませんでした。
 台湾を中心に、日本や中国も舞台にした作品で、青春小説、恋愛小説、ミステリー、歴史小説などをひとつにまとめたようなごった煮の小説です。
 1970年代の台湾の風俗や抗日戦争、国民党と共産党の内戦などがうまくちりばめてあって、スピーディに場面は展開されていくのですが、それらが作者の実体験に基づかないせいもあって、どこか上滑りな印象を受けました。
 また、上記の青春小説、恋愛小説、ミステリー、歴史小説の要素も、個々には中途半端だったように思えます。
 ただし、エンターテインメント作品なので、極端な設定、デフォルメされた登場人物、偶然の多用、ご都合主義なストーリー展開などは当然で、それら使って上記の様々な素材や要素を一冊にまとめあげる作者の剛腕は相当なもので、これからもヒット作品を量産していくことでしょう。

クリエーター情報なし
講談社
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藤野可織「ピエタとトランジ」おはなしして子ちゃん所収

2018-06-16 08:08:22 | 参考文献
 主人公の女子高校生と、まわりで次々に事件(犯罪や事故)が起こりそれを解決する能力を持つ転校生の少女との奇妙な友情を描いています。
 次々に死者が発生するのですが、書き方が淡々としているせいか、不思議に読み味がさわやかです。
 これもヤングアダルトの範疇に入るので、広義の児童文学といってもいいかもしれません。

おはなしして子ちゃん
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講談社
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カサブランカ

2018-06-15 19:40:46 | 映画
 1942年のアメリカ映画です。
 当時ドイツに占領されていたフランスに対する連帯を示す政治的な背景を持った作品です(ホワイトプロパガンダだとも言われていますが、もちろんホワイトと言うのは戦勝国側の価値観です)。
 ヨーロッパからアメリカへの亡命の中継地であったカサブランカを舞台に、かつてパリで恋人同士であった二人が運命的な再会を果たし、また別れていく姿を描いています。
 ストーリーは典型的なメロドラマで、歯が浮くようなセリフ(一番有名なのは「君の瞳に乾杯」でしょう)も頻出しますが、それを言うのがいかにも渋くて男っぽいハンフリー・ボガード(ボギーですね)で、言われるのが世紀の美女イングリッド・バーグマンなので、当時の観客は夢の中の世界のように感じたことでしょう。
 また、プロパガンダだとは分かっていても、ドイツ将校たちの愛国歌の合唱に対して、フランス人たちがフランス国歌(ラ・マルセーエーズ)を熱唱する有名なシーンは、思わずジーンとしてしまいます。

カサブランカ (字幕版)
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藤野可織「おはなしして子ちゃん」おはなしして子ちゃん所収

2018-06-15 08:20:17 | 参考文献
 ホラー仕立てで、いじめや家庭崩壊を描いていますので、広義の児童文学といえるかもしれません。
 従来の作者の作品よりは、かなりエンターテインメントの方向へ舵を切っていますが、本離れ、文学離れの進んだ現代(大人だけでなく子どもの世界も同様ですが)への風刺も内包しています。

おはなしして子ちゃん
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講談社
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大江健三郎「この惑星の棄て子」静かな生活所収

2018-06-14 08:46:27 | 作品論
 作家である父親は、精神的なピンチに陥り外国の大学へ一時避難することになりました。
 今回の夫のピンチが深刻だと判断した母親も、それに同行することになります。
 20才の女子大生マーちゃんは、四才年上で知的障害のある兄のイーヨーの世話をして留守宅を守ることを申し出ます。
 弟のオーちゃんは受験勉強が忙しいので、精神的にしかマーちゃんをバックアップできません。
 両親の不在のためか、イーヨーは体調を崩し、作曲を教えてもらっている先生宅でもてんかんの発作を起こします。
 また、イーヨーは「すてご」という名前の悲しい曲を作ります。
 マーちゃんや周囲の人たちは、両親がいなくなったので、イーヨーは自分が棄てられたと思ったのではないかと考えて心配します。
 父親の兄が亡くなり、マーちゃんとイーヨーは両親の代わりに、父親の故郷の山間の町での葬式に参列します。
 イーヨーと話した祖母から、新しい曲は「すてご」ではなく、本当は「棄て子を救ける」であることを聞き、マーちゃんはようやく気が晴れます。
 この作品を読んで一番感じるのは、「二重性」ということです。
 どこまでが実際に起こったことなのかは知りませんが、主人公のマーちゃんには常に父親の存在が背後に感じられます。
 また、その父親はこの作品の書き手の大江健三郎でもあるのです。
 一般に、主人公に作者の視点が現れることは否定的に評価されることが多いのですが、この作品の場合はマーちゃんと作者という二重の視点が作品に奥行きを与えています。
 また、「すてご」にも、両親に置き去りにされたマーちゃんとイーヨー、そして、この惑星に住むすべての人たちという二重の意味があります。
 このことは、この作品をたんなる家族の問題にとどめずに、人類全体の問題に広げています。
 それから、マーちゃんとイーヨーにとっては、「棄て子」になるのは、両親が不在な現在の状態(期間限定)と、両親が亡くなった後(期間が不定)の二重の意味があります。
 「この惑星にいる人たちはみな棄て子なのだ。それゆえお互いに救けあっていかねばならない」という作者のメッセージが、明るいエンディングで肯定的に伝わってきます。

静かな生活 (講談社文芸文庫)
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講談社
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最上一平「ひきがえるにげんまん」

2018-06-13 15:10:31 | 作品論
 二年生の仲良し三人組の男の子が、「死」について考えます。
 同じクラスの女の子のおかあさんが亡くなって、その子がしばらくお休みすることを先生から知らされます。
 先生に促されてみんなで「黙とう」しますが、三人には「死」がピンときません。
 その日の帰りに、いつもの坂道で、車にひかれてぺっちゃんこになったひきがえるを見つけました。
 ひきがえるを見ながら、「ひきがえるは、死んでどこに行ったんだろう」「なんでこの坂道にやってきたのだろう」「死ななかったら何をしたかったんだろう」などといろいろ考えるうちに、ひきがえるをこのままにしておけずに、近くの空き地に埋めてお墓を作り、みんなで「黙とう」します。
 その時、三人は、おかあさんを亡くした女の子がふたたび登校してきたら、初めに声をかけようと、心から思えるのでした。
 低学年の子どもたちの「死」に対する考えを、お話としてのユーモアを忘れずに深刻にならないで描けている点が、特に優れていると思いました。
 武田美穂の輪郭線を生かしたカッチリした挿絵が、作品世界によくマッチしています。

ひきがえるに げんまん (本はともだち 12)
クリエーター情報なし
ポプラ社
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