私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

おせん 88  刺し違える

2008-07-30 16:38:55 | Weblog
 「おせんさんには、今内緒で大旦那様とお会いしたいのですが、そんなことできるでしょうか」
 「だったら、ここでしばらく待っていてくれ」と、言い残して、平蔵は早足でお店の中に入っていきます。やや暫らくして、大旦那様に続いて平蔵がでてきます。
 「立ち話しもできんさかい、どこかちょっと」と言われて、そのまま二町ばかり通りを進まれ、とある一軒の小料理屋に三人で入っていきます。
 そこで、今日「松の葉」の女将からおせんが聞いた話の経緯をつぶさに話します。
 「そうか、おせんは聞いたか。・・・・・余り驚いた様子も見せへんかったか。心配せんでよかったか」
 「はい。それで帰りにはぶそんまで寄り道しいはって、こんな羊羹を買って、私にまでお土産に頂きました。おせんさん、強ようなられました。銀児と言う名前を聞かれた時はきっと唇をかみ締められ、淋しそうなお顔をしておられたようでした。・・・でも、いくら強よくなられたといっても、一旦思いつめた乙女の心がそんなに簡単には癒えるものでしょうか。胸の奥にはどうしようもない腹立たしさがあるのではないでしょうか、ただ心の奥底にしまいこんでしまって。・・・・・よくは分らないのですが、おせんさんの恋はそんなに薄っぺらな、ただのお遊びではなかったはずです。真剣に政之輔さまというお方を一途に、この人をと思いつめていたのだと思います。だから、機会があるなら中野とか言うお役人は兎も角として、こんな事大旦那様の前では言いとうはないのですが、銀児とやらの目明しだけとでも刺し違えてもと言う思いがおせんさんにはあるのではないかと思えました。・・・・余りにも静かにおゆきさん、はい、松の葉の女将のお名前です、その人がお話しするのを表情一つ変えないでじっと聞いていたおせんさんを見ていると、そんなことを、ご自分の心の中に抱いたのではないかとも、間違っていればいいのですが、私には思えました。でも、今すぐはには、どうしようもない事はおせんさんに一番よく分っていると思いますが。だから、心の中はきっと怒りに煮えくりかえっていると思います。余りにもじっと目を凝らして静かに聞いておられたからよけいに、私にはそんな風に映りました・・・・・このままおせんさんをほっておくことは出来ないと思います。何か手を打っておかないと、とんでもないことになるかもしれないと心配になったものですから。大旦那様にご相談をと思ったのです。心配ごとが心配事で済めばいいのですが」
 それだけ言うと、お園は精も根も尽き果てたように、ふっと大きなため息を肩を落します。
 「そうか、そんなことがおましたか。よく知らせてくれはったな。お礼言います。お園さん。・・・・どうしようにも・・・よう考えて見ますが。どうすればいいのやろ。おせんがなあー。でも、どうにかせなあかん。どうにかせな」