私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

おせん 77  あしが立たない

2008-07-18 11:45:00 | Weblog
 「困ったなー、どうしよう。・・・あれから、ちょっと気をつけてあちらこちらのであくぎんの噂話を聞いてきたのじゃが、あやつは相当な悪党だそうだよ。あんなやつはこの世の中から消えてしもうたほうがええというのを方々で聞いておる。この辺の人から相当誰からも嫌われているのだそうだ。だから、大旦那様も、そんなンに関わらん方がええのと違うかなとも思うんじゃが」
「でも、このままじゃあ、おせんさん、何時までたっても今のまんまで、決して、立ち直れないと思います。それこそ足が立たんようになってしまうかもしれません。・・・・・いいのか悪いのか、どうなるかはわからんと思うのですが、一応、大旦那様だけにはお耳に入れておいた方がいいのととちがいますやろか」
 と、お園。一年近くも大坂で暮らしてきていますと、夫婦の間の会話にもこうして大坂言葉が何気なく入ってくるようになっていました。
 「そうしようか。お耳に入れたかといってどうすることも出来ないには決まっているけれど、何にもならンとは思うけど、折を見て、今日聞いた三吉の話を大旦那様のお耳には入れておくよ。後は大旦那様が、きっと何かいい智慧を見つけてくださると思うので」
 あれほど暑かった昼間の熱気は夕闇が近寄る頃にもなると、何処からともなくひんやりとした風が家の中にも吹き来たります。知らぬ間に、秋の虫が喧しくそこら辺りをとよもすように鳴きだしました。
 又、あの忙しい収穫の秋が直ぐそこまで来ています今年始めて取引を始めた伊予の綿は、その生育期に雨が少なくどうなる事かと、平蔵を始め舟木屋では、みんなやきもきしていましたが、これからの野分の心配はあるものの、夏に入り、今の所、順調に生育していると言う便りが伊予辺りからも届きました。
 「今年は、舟木屋との取引が初めてなもんで、又、伊予に、私が出向かなければと思っている。・・・それまでになんかいい智慧がないかなあ、こいさんのことで」
 二人だけの初秋の夜も次第に更けていきます。