私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

おせん  72 乙女の心

2008-07-10 14:46:56 | Weblog
 「家のこともありますから」と、おせんと一緒に、千代の用意してくれた朝ごはなんを頂き自分の家に帰ります。
 舟木屋の勝手口を出ても、まだ、おせんが母親に給仕してもらいながら美味しそうに食べていた姿が浮んできますが、それこそ「よろしゅうおました」と言う晴れ晴れしい気分にもなれず、お園は、何かはっきりしないもやもやとした気分が家に帰っても付き纏いますです。
 「どうして殺されたのだろう。かわいそうなおせんさんですこと。何かおせんさんを助けて上げられるいい方法はないかしら」
 という思いが、胸の中を行き来しています。そんな思いを、一時でも、消し去ろうように家中を、それこそ何回も何回も、掃除するのでした。
 姉さん被りの手拭を取り額の汗を拭った所に
 「お園さん。ゆうべはえろうすまなんだな。おかげはんで、家中が安堵しておますねん。おおきに・・・・・あんまり性急で、あ園さんに嫌われるのじゃないかと迷いながらこさせてもらいました。・・・で、どうでおした。聞かしてまらえまへんやろか。おせんのことを」
 何時ものように、お茶はいらんからと、上り框に腰を下ろします。
 お園はその場に座りながら、座布団を進めながら、
 「こんなことおせんさんに断ってでないとお話しすることは出来ないのではと思うのですが」
 と、断りを言ってから、自分が昨夜から長いことかかって聞いたおせんの物語を、時には涙を浮かべながら、大旦那様に話すのでした。お園の語りが流れるように、余りにもおせんの直の悲しみを載せたように大旦那様の耳に届いたのですしょうか、ある時は懸命に涙を堪えているかのように顔を上にしたり、又ある時は眉間にめちゃくちゃにしわを寄せられたり、目を瞑られたりしながらお聞きになっていいらっしゃいました。
 「こんなことを申し上げていのかどうかは分らないのですが、・・・・まだ、おせんさんの心は閉じたままです。やっと開きかけた桜の花びらと同じぐらいに、今、いらったらそれこそ直ぐに落ちてしまいそうです。どうぞ、もうしばらくあのままにしておいて、そっと見つめてあげて欲しいのです。舟木屋みんさんで。・・・おせんさんの受けられた大きな大きな心の痛手は他のものには、例え、失礼ですが大旦那様にも、本当の所はお分かりできないのではと思います。18の乙女にしか分らない痛みなのです。おせんさんにしか分らない痛みなのです。分らないものがとやかく言っても決したおせんさんは納得したりはしません。自分でその納得する道を見つけるしか方法はないように思えます。吉備津様にもお分かりいただけないと思います。しばらくそのままにしておいてあげて下さい。その道はいつかきっとご自分でお見つけになられるとおもいます。もし、できるなら、大旦那様。あの政之輔さまと言うお方が、なぜ殺されたのかお分かりになるようだったらお調べ願えたらと思うのですが。よくは分らないのですが、それがおせんさんの立ち直りに何か助けにはなるのではないかと私は思いますが・・」